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倒れた巫女

暗い。


何も聞こえない。


渋る瞼を無理やりこじ開けた先に見えた世界はそんな所だった。



「夢、にしちゃあはっきりしてますね」



虚しく響く小さな私の独り言に肩を竦めて、とりあえず黒色の世界を歩いていく。


真っ暗な筈なのに、何故か自分の身体ははっきり見えるのが少し不気味だ。

まるで夢現の世界にいるみたいだ。

何故か誘われるように私は歩き続けた。







しばらく歩いていくと、周りの色と同化するように置かれた黒い椅子に腰掛けた同じく黒い衣を羽織った人が現れた。

流れた美しい黒の髪に女性なのだろうと推測して、不思議と警戒心もなく女性の傍へ近づく。



「ごめんなさい」



「……何がですか?」



「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ」



私が近づいた途端にただただ顔を自身の腕に埋めて女性は謝り続ける。

私が何を言っても女性は謝るだけで、次第に私は口を閉ざして女性の傍らづ立ち尽くしていた。


少しだけだけど、どこか顔が弟に似ていて儚げな印象を受ける。

私の弟は、祖母に似たのか女性寄りの中世的な顔つきをしていて小さいときは女の私を放っておいて親戚連中に可愛い可愛いと連呼されていた。

……思い出しただけで暗い気分になってきたからもう考えるのは止めておこう。



「ごめんなさい。私で終わらせることができなくて、ごめんなさい」



「……え」



まさか、この女性は


浮かんだ女性の名を口に出す前に、黒い世界が急速に白く染まっていって椅子が女性ごと遠くへ離れていく。



「待ってください! あなたは――様ですか!?」



「あなたに押し付けてしまってごめんなさい。もう、他の子孫たちに任す訳にはいかないの。あなたで終わりにして」



遠くで聞こえた透き通った声の女性の顔は、やっぱりあの子に似ていた。










































「本当にあなたって人は性格悪いわ。他にも違う言い方があったでしょうに」



「どう言おうと内容は同じだよ。どっちにしろ言わなきゃいけないことだったんだから、最初に一発キツイのをやっておけば、後に何があっても平気だろうし」



「後、あいつの影響も受けてんだろ那音」



「……何の話、智也」



凍てつきそうなくらい鋭い目つきなんて、ここ八十年でもう慣れた。

那音に向かって肩を竦めてから俺は瀬川に会った時を思い出す。

あの時は訳も分からずにとりあえずこいつが件の巫女の子孫だと直感しただけだったが、やはりとある文献に書いてあった通りだ。


俺達妖怪には、巫女の力は魅力的すぎる。

巫女というのは自分の持つ、妖力とは少し違う霊力を使って封印や術を使ったりする。

だからかは知らないが、巫女というのは自身が持つ力が多い。

ニンゲンによって多少の違いはあれど、それでも少ないという奴は見たことがない。


あいつ、瀬川もその例外じゃなく天帝が指名しただけあって今まで見たことがないくらい力が強い。だから他の雑魚妖怪までもが力を求めて集まってくるから困ったもんだ。

まあ、その強い力をあいつが使いこなせているか否かは別として。


俺や薊、仁は元々動物霊からなった妖怪と仙だからか余りそういうのには少し惹かれるくらいで済むが、ニンゲンの魂からできた那音は違う。

そもそもニンゲンというのは知性がある分、欲を持つからそういう力には強く影響されやすいからだ。

那音だから少し、イラついて丁度いいニンゲン(瀬川)に八つ当たりする程度で終わっているがこれが中級や低級だと喜んで飛び掛って喰おうとしてくる。


妖怪としての本能が喰って力を取り込もうとするからな。


ま、自尊心が高すぎる那音には意地でも認めたくねえだろうから



「別に。なんでもねえよ」



俺からは何も言わないでおいてやるよ。


俺の言葉に不満そうにそっぽを向く那音に一つわざとらしい溜息を吐きつけてから、瀬川の様子を見に行った薊に視線を移した。



「おい、どうだったんだ。あいつ」



「まだ目は覚めてないんだけど、さっきよりはマシ。さっきは何か変な夢見てたみたいで大分うなされてたみたいだったからなー」



「……そうか」



「本当のこと言ったら絶対協力してくれないと思って、色々ぼやかしちゃったけどさ。やっぱオレ、忘れてたわ。弱かったよな、ニンゲンって」



「……俺も、忘れてたよ」



普段は那音に負けないくらい口が達者なあいつだったが、やはりニンゲン。

少しでも俺達が握った手に力を込めれば、あいつの身体は一瞬で肉塊と化す。


随分と長い間ニンゲンと接していなかったから、そんな簡単なことも忘れていた。

そこであいつが倒れたことにより、俺達はやっとそのことを思いだすことができたんだ。


あいつが倒れた時なんて、俺は勿論原因の那音でさえ取り乱した。

薊は騒ぐし、倒れたあいつを受け止めた仁なんてもう……?

そういえば、仁はどこに行った?



「薊、仁がどこにいたか知らないか? さっきからあいつの姿を見てねえんだけど」



「あー……仁は……柊ちゃんのとこ?」



「は?」



いや、どう考えてもおかしいだろそれ。

一応もなにもアイツ女だぞ?

それなのに長時間部屋に居座るって……っあー、めんどくせえ。



「とりあえず俺、あいつ引きずってくる」



「ちょっ、ちょっと待て智也」



上の階へ上がろうとする俺を必死の形相で引き止める薊に眉に皺を寄せる。

腕を振り払うと首を激しく横に振りながら俺の前に立ちふさがるのを見て、苛立ちよりも先に疑問が芽生えた。



「何でそんなに必死なんだよ、テメエは」



「いや、その」



「煮えきらねえな。なんだよ」



うろうろと視線を彷徨わせる薊だったが、俺にも最初から思っていた疑問があった。

初めて瀬川と会った時から、仁は妙に瀬川に対して優しかったことだ。

その時はあいつも仙だとはいえ、力に惑わされて少しおかしくなっているだけだから一時的なものだろうと思ったがそれは違ったみてえだな。

そう思う理由はたくさんある。


あの時だって、そうだ。



































仁があいつを香美のところに連れて行った次の日のこと。

那音と薊は自分の家があるから迎えに行くまで一旦家に帰るらしく、時間が来たら寮の前で待ち合わせにすることにした。

で、寮組みの俺と仁はあいつを迎えに行く夕刻まで時間を潰していたんだが。



うろうろ、そわそわ。

あいつの今の様子を表す言葉はこれくらいだろうか。

いつもは無言で掃除をしたり読書をしたり、長時間鍛錬場に篭る奴がさっきからどうも様子がおかしい。


布団の上に座ったかと思えば立ち上がる。

読みかけの本を開いたかと思えば、すぐ閉じてどこも汚れていない机を磨きだす。


チームが一緒になったから同室になったものの、お互いの性格がこうだから余り干渉はしない。

だが、



「……少しは落ち着いたらどうなんだよ、仁」



流石の俺でもこれには一言言うぞ。

あいつの反応は特に気にしていない。

どうせ、無言だろうからな。


動作が止まっただけで俺は満足して、下に行った時に購入したニンゲンの小説に目を落とす。


だからだったのかもな。

俺と仁しかいない部屋で



「……嫌な予感。柊、大丈夫か」



「ゴッフ!!」



男の声がして含んでいた茶を吹き出して棍に手を伸ばしたのは仕方ないと思う。

誰かが部屋に入り込んで来ていたのかと思ったが、そういえばこのぎこちない様な喋り方は瀬川に会った時に聞いた声と同じじゃねえか。


いつも喋らねえ奴がいきなり喋ると驚くから正直止めて欲しいんだが。

喋らないのか、喋るのかどっちかにしてくれ。

頼むから。



「嫌な予感って、大丈夫だろ? 香美に預けたんだから身の心配はしなくていい……あ」



「なんだ」



「香美の長ぇ話に付き合わされて精神疲労がやべえかもな。迎えに行く時になんか甘いもんでも持っていくか?」



めったにない仁の反応が不覚にも面白くて少しからかってみると、からかわれているのがすぐに分かったのかすぐにまた黙り始めた。


あーあ、怒っちまった。

喉鳴らした後、俺は読書に戻った。




















「って、ことがあったんだが」



「へー、仁がねえ……っと。とにかく、結構真面目に看病してるし邪魔しないほうがいいって! もしかしたら春色な展開かもしれねえじゃん」



「特に接触もなかったのにか」



「一目惚れかもっ」



「馬鹿」



若い仙女みたいに目を輝かせてはしゃぐ薊に、香美と二人で深い息を吐いた。

ない。

それは絶対にない。



「ちょっとその可能性もあるかと思って、わたしも調べてみたんだけど……」



「香美が? それじゃあもう分かったんだろ。魔法の鏡さん」



香美は昔、その情報能力を買われてある城の女に重宝されていた。

その時のあだ名が『魔法の鏡』

それからまだニンゲンで男の魂と同化していなかった、雇い主の娘である冬樹と色々あって今に至るが……別に今言わなきゃいけない話でもねえだろ。



「茶化さないで智也、いつの話をしてるのよ。確かに分かったけど、勝手に話すのも仁に悪いわよね」



「えー! そこまで言ったんなら全部言っても同じことだろ? 言ってくれよ香美ちゃーん、オレだけでもいいから」



「ふざけんな薊。俺にも聞かせろ」



「ちょっと、面白そうな話は皆で聞くって、約束したよね」



「……結局あなた達も興味なさそうにしてる割には聞きたいのね」



当たり前だろ。

普段秘密が多い奴の話ほど聞いてて楽しいことはない。


肩を並べて椅子に深く座り直す俺達に額に手を当てた香美は戸惑いながらも、自身が調べた仁と瀬川のことを語った。







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