母の教えとは
ちょっと最初の方とか見直してみたんですけど、大分書き方とか変わっちゃってるみたいなんで近いうちに内容は変えないで書き方だけ修正しようと思います。
めちゃくちゃな展開になってきました。
「おはよう、瀬川ちゃん。よく眠れ……てないみたいね」
顔、少しだけどやつれてるわよ。
朝、短い眠りから目が覚めて下の階にいた香美さんに挨拶をすると一番に指摘された。
家の壁に複数ある鏡の中で手近にあったものを覗き込んでみると、確かに顔が少しやつれているような気がする。
「あー、まあ。結構夢中で書類読んでいたら朝になってた……みたいな感じで」
「確かにそういうのって、寝なきゃ駄目って思ってても全部読んじゃうわよねー。わたしも昔の話なんだけどっ……て、言っても百年くらい前か。その時ね――」
話を上手く逸らせたのはいいが、彼女の変なスイッチを入れてしまったようだ。
昨日も思ったが彼女は一度スイッチを入れてしまうと、長時間喋り続けるといった傾向があるらしい。
昨日今日の付き合いだが、こういう時は聞き流すのに限る。
適当に相槌を打ちながら、私は昨晩気になっていた雑誌を捲っていって彼女が落ち着くのを待った。
「でね、でね! そこで言ってやったんだけど……あら? 誰か来たみたい」
「仁さん達じゃないですか? 迎えにくるとかなんとか言ってたので」
「あ、そうね。はーい、今開けまーす」
結局、香美さんの思い出話が終わったのは刻限の印が二周ほど周った後だった。
ノンストップで続く香美さんの話の腰を折ったのは、遠慮無しに大きく叩かれた扉の音。
最初は私を迎えに来た那音さんかと思ったが、それにしては時間が早すぎる気がする。
確か、迎えにくるのは夕時になると彼等は言っていたはず。
――ああ、嫌な予感がする。
「ちょっと開けるの待ってくれませんか香美さ……っ!? 危ない!!」
「え、」
バキリと扉が不吉な音を立てて砕け散ったのを見て、扉の前で固まってしまった香美さんを咄嗟に引き寄せる。
扉が砕け散るとすぐに出てきた、巨大な斧を引きずった青い鬼が引き寄せた香美さん越しに見えた。
前に見た赤鬼とは違い、大きさはないもののかなり筋骨隆々で恐ろしい。
「何で? 結界を二重に張っておいたのに、こんな雑魚が破れるはずが」
「貴方にとっては鬼も雑魚なんですね……まあ、その“雑魚”だけじゃあないみたいですよ」
私とっては目を見張るくらい強そうに見える青鬼も、組織の幹部の直属の部下である香美さんにとっては雑魚同然のものらしい。
彼女は青鬼の出現よりも自分の結界が破られたことに動揺していた。
結界のことについては私の専門外だからよく分からないが、破られたのもしかたないと思う。
なぜなら、青鬼の次に現れた人が只者ではない空気を漂わせていた。
扉を突き破ってきた青鬼の後に続いて入ってきた人……のように見える華奢な女性が入って来るのを見ながら心底私はそう思った。
その女性は殺気を飛ばして睨みつける香美さんに目もくれず、私の方へ顔を向ける。
直感で分かった。
この女の人は、人間じゃない。
妖怪だ。
それも、何百年も生きているような力を持つ大妖怪。
「柊ちゃん、わたしの後ろへ」
「――はい」
初めて聞く、香美さんの低くて有無を言わさない力のある声に私は大人しく従った。
大丈夫なのだろうか。
昨晩彼女が用意してくれた資料を見た限り、香美さんは諜報員であって戦闘員ではないようだったが。
私というお荷物がいるから余計に心配だ。
戦える、戦えないの問題じゃないのだ。
私は知識はあれど、経験はないという使えない奴の中でも最悪のケースに当てはまる。
そんな私と、戦う相手は二人なのに。
私が不安なのが分かったのか、香美さんはとびっきりの笑顔を向けた。
「大丈夫よ柊ちゃん。だからわたしから離れないでね」
「分かりました……よろしくお願いします香美さん」
「任せて」
大丈夫。
戦闘員じゃなくても彼女は天界唯一の組織の幹部であると共に人型の姿でいれるほどの大妖怪なんだ。
私が心配する方がおかしい。
だから、私がすべきことは一つだ。
それは、邪魔にならにように、香美さんの足を引っ張らないように下がっていることだけ。
「あれぇ、あんたが戦うのぉ? 香美ちゃんっ」
「そうよ。ま、充分すぎるくらいだと思うけどね。雨莉」
「なにそれ、ちょーうけるんですけどぉ」
私が通っていた寺小屋にいた女子のように甲高い声を上げて笑う彼女に、香美さんは顔を顰めていた。
名前もお互い知っているようだし、何か彼女と香美さんとの間に深い因縁があるのかもしれない。
マスカラをふんだんに使った目をパチパチと瞬かせながら派手に装飾された爪を腕を伸ばして眺める雨莉と呼ばれた女性はまた、声高く笑った。
「戦うなんて冗談よぉ。あたしはただ」
ピッと彼女が指した指の先は
「巫女の子孫である瀬川柊を連れて来いって言われてるだけだから」
私、だった。
「……何故? 聞いた話によると巫女を連れてくるのは謀反を起こした方々を始末する為の口実だったのでは」
「え?」
「きゃはははは!! おもしろーいっ」
どういうことだ。
雨莉さんがより一層声を上げて笑うのは、まあこういうタイプの人は何を言っても笑うだろうから別にいいのだが。
天界の辞書と呼ばれている貴方が驚いているのは何でなんだ。
「柊ちゃん、今言ってたことって、本当? あなたを迎えに行ったのは那音だったから……那音がそう言ったの?」
「ええ。そうですけど、違うんですか?」
「全然違うしぃ。そもそも、そんなの信じるなんてあんたバッカじゃない?」
「貴方には聞いてません。どういうことですか、香美さん」
訳がわからない。
何故、香美さんはどうでもいいような世間話は流れるように喋るのに、何で喋らなきゃいけない今は口を噤むのだ。
那音さんがした私の説明は、嘘だったのか。
ああ、雨莉さんの笑い声がうるさくて腹が立つ。
――ねえ、何でなにも言ってくれないの?
困惑していた私には周囲の音が全く聞こえていない状況に陥っていた。
そして途端に湧く、香美さん達への疑心感。
「やだぁ。本当になんにも説明されずにノコノコ着いて行っちゃったのねぇ。かわいそぉ」
「だ、黙りなさい雨莉! あなたは天に背いた反逆罪の罪で牢に入れてあげるから、覚悟なさい」
「きゃあ、こっわーい。ま、がり勉のあんたにできる訳ないけどぉ」
「うるさいって言ってるでしょうっ。柊ちゃん!」
「は、はいっ」
叫ぶように私を呼ぶ香美さんに私はつい返事が遅れてしまった。
蛇のような眼光で私を射抜く彼女を見て、やはりこの人も人間じゃないんだと場違いなことが脳内で浮かぶ。
彼女はその鋭い視線のまま声を張り上げた。
「この女をとっ捕まえたら全部教えてあげるからっ。那音がどう思ってあなたに全部話さなかったのはわたしにもわからないけど、聞きたいことがあるのなら昨日みたいに全部答えてあげる。だから、そこで大人しくしてて!」
「――分かりました!」
疑心感なんてものはとっくに飛び去った。
そうだ、何を疑う必要があるんだ。
那音さんはまだしも、香美さんは昨日散々私の質問に答えてくれていたというのに。
守ってくれようとしているのに、疑うなんて失礼にも程がある。
頷いた私を嬉しそうに見た彼女は真剣な表情にもどり、懐から小さな鏡を取り出した。
「何度見ても、あんたの技ってダッサーイ」
「あなたよりはましだけどね」
「なにそれ、うざいんですけどぉー」
今まで、ずっと嫌な顔でケラケラ笑っていた雨莉さんだったが香美さんの切り替えしに急に顔つきを変えた。
彼女の目が痛くなるような金色の髪に刺さっていたピンクの長い簪を抜くと、そのまま逆手で構えていた。
「雨莉は、わたしと同じで幻術が得意なの。わたしがいるから大丈夫だと思うけどあまりあの女の一挙一動……いや、雨莉を見ないほうがいいわ」
「はあ、そんくらいであたしの術を防げるとでも……まあ、いいわ。さて、それじゃあ巫女様にはこいつの相手をしてもらおうかしらぁ」
雨莉さんが指を弾いたと同時に、石像のように動かなかった青鬼が動き出して私の前に立ちはだかった。
嘘だ。
初めての妖怪退治が鬼でしかも戦うのは私一人だけ?
何かの冗談としか思えない。
「止めなさい、彼女が死んでもいいっていうの!」
「別にぃ。巫女の子孫はこのニンゲンだけじゃないんだし。できればあの腹黒妖怪の那音が決めた巫女を連れて来いって言われてたけど、死んだら死んだらで他にも方法はあるわよぉ」
「っこの女……柊ちゃん、逃げてっ」
逃げる?
そんなことできるのならとっくにやってますよ、香美さん。
出口の方に逃げようものなら、両腕を広げて待っている青鬼に迎え入れてもらう羽目になるだろうし、この家に裏口なんてものはない。
それに、流石にいくら自分の命が惜しいとはいえ香美さんを残して私だけ逃げる訳にはいかない。
「もし効かなかったらあの世で呪ってやりますよ母さん」
腹は決まった。
母に教わった知識を信じよう。
息をゆっくり整えて必死に教わったことを思い出す。
その一、何と戦うのにしても目を逸らしてはいけない。
目は全てを語るから逸らして自信がないことや、自分が怯えていることを相手に伝えてはいけない。
じっと青鬼を睨む。
青鬼は睨み返す訳でもなく、何かを待っているのかのようにただ静かに私を見下ろしていた。
その二、まずは相手の力量を測れ。
力量、力量か。
「確実に相手のほうが強いですよね。考えるまでもなく」
まともに戦っても勝ち目なんかない。
さあ、次はなんだったか。
その三、あとは根性でなんとかする。
「なんとかって、どうしたらいいんですか。母さん」
よくもまあ娘にこんな適当な教え方をしたものだ、あの人は。
色々と母にぶちまけたいことがあるが、残念なことにそれしか今は頼れないのだから仕方がない。
母の言う通りなんとかしてみよう。
それしか私が助かる道がないのだから。