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御対面

前に書いてあった通り、小分けにしていた話をまとめてみました。

お陰で、大分長ったらしくなってしまったような・・・


後半に、次話載せる予定だった話も一緒に載せてます。



「柊、柊! どこにいるのっ」



「布団の中だけど」



「早く起きなさい!」



地響きのような母の足音を目覚ましに、私は重たい瞼を無理矢理持ち上げる。

私を探し回ってるらしく、甲高い声を家中に響かせる母に私の居場所を今私が出せる精一杯の声量で答えると、ほぼ悲鳴に近いような怒声が返ってきた。


仕方ない。

そろそろ起きないと母が私がいる所にに辿りついたときが面倒だなことになる。


……あ、そういえばさっき母に敬語使うの忘れてた。

私の家、瀬川家では伝統を重んじる月夜見尊ツクヨミノミコト様を奉る神社で祖父祖母が言うには伝説の巫女の血を受け継ぐ一族の一つらしい。

だから、その大層な名に負けないよう礼儀ある態度をってことで私は幼少の頃から礼儀作法やらこの時代で絶対に使うことなんてないだろう術式やら御祓いとかを仕込まれた。


うっかりそれを忘れようものなら、容赦なく我が母上様の分厚い手のひらが飛んでくる。

さっき、母にたいして敬語で話すのを忘れていたが母はなにやら慌てているようだったので多分そのことに気付いてないだろう。

あの人も大概鈍いから。



「……私を素直に起こさせたいのなら、十時間以上は寝かせてくださいよ。こっちは一体何時に寝たと思ってるんですかクソババア」



後半うっかり本音が零れてしまったが、私が言っている事に間違った所はないと思う。


昨夜は本当に大変だったから。


昨夜私は、祖父宛の最近流行化している妖怪の噂である類できたであろう『鬼退治』をぎっくり腰で動けなくなってしまった祖父の代理でその仕事に行かされていた。


遥か昔には、本当に妖怪がいて私の家や他の家もこういう仕事を受け持っていてその妖怪を封印しに行ったり祓いにいったり説き伏せたりしていた……と家の古い書物に書いてある。


こんな昔話を真に受けていた人は家でも祖父母と母しかいなかったが。


というわけで、なんでこんなガセネタを確かめに十七のいたいけな少女が夜中に歩き回らなくちゃいけないんだと、文句を誰かにぶちまけたくなるくらい私は不満一杯で夜の街を歩き回っていた。



「そりゃあ、いるわけないですよね。妖怪なんて」



二時間ほど歩き回っても人の気配すらしない街にそろそろ帰ってしまおうかと思っていた矢先にアレだ。


そもそも、夜中とはいえ人の気配が全くしないのを異常と思わなかった自分がおかしい。

いくら夜中でも、残業帰りのサラリーマンや塾帰りの子供ぐらいは二時間も歩いていれば会うはず。


やけにすぐ横の路地裏が気になって覗いてみれば、まあ見事に噂の鬼に会ってしまった。

ありえない展開に今まで教わってきた術なんかどこかへ飛んでいってしまってもうここで殺されると思ったが、ギリギリのところで棍を携えた青年が私を助けてくれた。


あの時は気が動転してたから全然なにも感じなかったが少し、人とは違うような不思議な雰囲気が漂う人だと冷静になった今なら思う。


そんな絶体絶命の危機から逃げてきた娘を家族は優しく迎え入れてくれると思いきや



「何十七歳が朝帰りかましてんの! この不良娘が」



「ゴフッ!!」



戸を開けた瞬間私を待ち受けていたのは暖かい言葉ではなく、玄関で仁王立ちしていた母の平手打ち。


因みに、父や祖父母と弟は時間相応にぐっすりと寝ていた。

なんて薄情な家族なんだろうと腫れて来た頬を擦りつつ、寝ている弟の腹を踏みつけてから自室に戻ったのはまだ記憶に新しい。


こんな家で育ったわりには私は真っ直ぐに育ったものだといつも思っているが母曰く、私は『年中無休の反抗期』だと。

失礼な。



「姉ちゃん、起きた?」



「起きてますよー」



「起きてるなら、大部屋の方に来てって母さんが怒鳴ってたよ。姉ちゃん宛の客が来てるってさ」



「私宛の客、ですか? ……今行きます」



「早めにねー。母さんが怒り狂う前に」



もそもそと身支度を済ませていると遠慮なく扉を叩く音がして、近所で私と性格も顔もそっくりと評判の弟が母の伝言を伝えに来た。


寝起きで掠れた声で簡単に返事すると、五歳下の弟は不吉なことを言い残してそのままどこかへ行くのを私はボンヤリと見送る。



「怒り狂う前に、ですか。もう遅いと思いますけど」



さっきから母の私を呼ぶ声がひっきりなしに聞こえてくる。

客も引いてるだろうに。



「急ぎますか」



会った時の母の反応を想像してげんなりしながらも、私は重い腰を上げて一階の大広間へと向かった。







「折角訪ねて下さったのにすみません。あの子、寝起きが悪くて」



「いえ、いきなり訪ねた僕達が悪いので……娘さんが起きるまでお待ちしますよ」



「本当にすみません。もう、柊! まだ寝てるのっ!?」



「ま、まあ落ち着いて下さい」



機嫌が悪い時にいつも聞く、金切り声のような怒声に私は思わず大広間の襖の前で立ち止まる。

件の客であろう少し幼げな声が母を宥めているのを聞いて母の怒り具合が分かり、軽く溜息を吐いた。

そろそろ入って母の怒りを鎮めないと、母を宥めている客が可愛そうだ。



「私なら起きてますよー。母さん、客の前でそう怒鳴らないでください」



「怒鳴らないでくださいって、誰のせいで怒ってると思ってるの」



「年ですしね。イライラするのも分かりますが程々にお願いします」



「柊!!」



母が私を呼んだいいタイミングで広間に入って軽い冗談を言うと、過剰に反応してさらに怒気を強める母にかなりご機嫌がよろしくないことが分かる。


面倒なことになったものだ。



「で、お客様のご用件は一体なんだったんですか母さん」



私は、肩をすくめて畳に敷かれていた座布団に座ると母の気を逸らすために私宛の客に話をふる。


先程から母を宥めてくれていた客は声で想像ついたとおり、幼くて可愛らしい顔をしていたが……でかい。

言動や顔に似合わず結構男らしい身体つきをしている。


こういうのがいいって言う人、たまにいるが……まあ、そんなことはどうでもいいか。


自分が通っている寺小屋で雑誌を見ながらキャーキャー叫んでいた子を思い出す。

私とは好みがあわないようなので余り話したことはない。



「お前……」



「あ」



いきなり客の一人の青年が立ち上がったので、いい感じに母の気が逸れてくれた。

感謝をしながら青年に視線を移すと、青年は私の方を目を見開いて見つめている。


よくよくその青年の顔を見れば彼は昨日、鬼に襲われた私を助けてくれた青年だった。



「昨日はありがとうございました。えーっと、次に会えたらお礼するって言いましたよね……ちょっと待って下さい。確か母さんが買ってきた菓子が」



「あ、ああ……って、俺達はお礼される為に来たんじゃない!」



「違うんですか?」



「違う!」



違うのか。

私が菓子を捜しに行こうと立ち上がった瞬間に私を勢いよく指差して怒鳴る青年に私は首を傾げる。

それ以外に青年と私がまた会う理由はないはず。

意味もなく視線を彷徨わせると、黒髪の鎖やらピアスをジャラジャラつけた青年と目が合いニコリと笑って手を振られたので軽い会釈を返した。

あーいうタイプは少し苦手だ。

特に意味はないけど。


そのまま視線を移していくと無表情で正座している濃い色の赤髪の青年に目が止まった。

この人だけ、他の客人と空気が違う気がする。

私が長い間見つめていても、彼は相変わらずの無表情で畳を見つめていた。



「この人達はね、依頼人よ」



「依頼人、ですか?」



「そう! しかも柊をご指名なの」



自分の娘が今まで妖怪やら神仏的風習がすっかりなくなっていたこのご時勢に依頼を任されたことがかなり嬉しいのか、さっきまでの怒りはどこへやら。

楽しげに笑いながら母は私を指差していた。



「そうなんですか? 御客人の方々」



確認の為に一番話しかけ易そうな母を宥めてくれた青年に問いかけると、彼は静かに頷いた。

どうやら、本当らしい。

こんな小規模の神社の跡取り娘に依頼とは奇特というか、なんというか……

チャレンジ精神にもほどがあると思う。

私に頼むくらいなら、祖父や父母に頼んだほうが確実だろうに。


第六感というのだろうか、嫌な予感がひしひしと感じた。



「そう。君宛の依頼なんだよ……すみません、お母さん。これからは少し内密の話となりますので席を外してもらえませんか?」



「母さん無しで進めるんですか!?」



「僕が今言ったとおり内密の話、だからね」



私は、寺小屋に通っているからコミュニケーションが苦手ということはない。

だからといって、得意でもないのだ。


私一人で見知らぬ客人複数を相手にまともに依頼の話が出来る筈もない。

縋る様に母を見つめたが母は私の視線に気付かず



「分かりましたわ。柊、粗相のないようにしっかりと話を聞くのよ」



「ちょ、待っ」



ぶんぶんと私に手を振りながら襖に手を掛けてどこかへ行ってしまった。

……これだから空気の読めない母親は。


舌打ちをしたいくらいの気分で居住まいを正すと、おそらくリーダー格であろう母に退出を命じた青年に向き直る。



「話を始める前に、僕らの自己紹介をしておこうか。僕は那音。いちおうこのメンバーの中ではリーダーにあたるのかな?」



「あ、やっぱり……いえ、なんでもないです。続けて下さい」



「そう? ならいいけど、僕の左にいるちょっと目つきの悪い奴は智也。確か、君達はもう会ったことがあるんだよね」



自分の直感が当たったことにうっかり声を漏らしてしまったが、那音さんは首を傾げただけで深い追求はしなかったので軽く誤魔化して先を促す。

なんとなく、彼の佇まいや彼が話しているときは他の客人が控えめだから彼がリーダー格だろうとは思った。

直接口に出すことはしないが。


次に紹介された智也さんという昨晩助けてもらった青年は本人も気にしているのか「目つきが悪いって、大きなお世話だ」と小さく那音さんに聞こえないような声で毒づいていたが、那音さんがチラリと彼に視線を向けたので咳払いをして誤魔化していた。



「えー、まあ。そうですね」



「で、僕の右に座っているのは薊。見た目ほど不良じゃないからそんなに警戒しなくてもいいよ」



「え、警戒されてんのオレ!?」



「見た目がチャラついてるからだろ」



「ええ!?」



上手く隠していたはずの警戒というか、苦手意識を本人にばらされて私は自分の口が引き攣るのを感じた。


流石自分でリーダー格だと言うだけある。

一番警戒しなければならないのは薊という人よりもこの人なのかもしれない。

今一度意識を改めてから、大げさに驚く薊さんから視線を逸らして那音さんに先を促す。



「最後に、さっきから一度も喋ってない彼は仁。浅黒い肌してるけど、外国人じゃないよ」



「聞いてませんから。そんなこと……自己紹介も終わったようなのでそろそろ本題に入ってくれませんか」



一々余計な情報を話しの間に滑り込ませる那音さんに多少の苛つきを感じつつ、私の反応を楽しむような嫌な目をしている那音さんを急かす。


これ以上この異様な空間にいたくない。



「そうだね。それじゃあ、本題に入るけど……準備はいい? 柊さん」



コクリと頷いて無言で了承の意を示すと、真剣な表情になった那音さんが語った内容はとても信じられないことだった。






「……すみません。話をまとめてもいいですか」



「どうぞ」



一気に沢山の信じられないような情報が入りすぎて目眩がしてきた。

那音さんの了承を得てから要領を超えた頭を整理する為にポツポツと、誰に聞かせるでもなく呟いていく。



「まず、あなた方は人ではなく私達から天上道や天国と呼ばれている所から来た妖怪や仙人」



「そうだよ」



「そして、あなた方の世界では仏教で有名な四天王様のお一人である毘沙門天様が天帝に対して謀反ともとれる行動を起こしたと」



「そうそう! よく分かってんじゃん、アンタ」



「ありがとうございます、薊さん。そして、その毘沙門天様率いる妖怪と仙人様ご一行が起こした反乱を止める為に伝説の巫女様の子孫の一族の内の誰かが必要だと」



うんうんと軽やかに頷く薊さんに私は頭が痛くなった。

言いたいことは沢山ありすぎて最早何から言えばいいのかわからない。



「あなた方が妖怪や仙人だっていうのが嘘か本当かはこの際置いておきます」



「賢明な判断だな」



クツクツと困惑した私の表情を見て喉を鳴らす智也さんを一瞥した後に額に手を当てながら私が一番聞きたいことを彼等にぶつける。



「何故、巫女が必要なんです? こんな妖怪がいるかどうかも妖しく、存在を信じる人がマニアだと呼ばれてしまう時代で。あなた方が本当に天界の方なら無知で力のない人間を連れて行くよりもあなた方だけで事を進めたほうが何倍も上手くいくのではと思うのですが」



「うーん、やっぱりそう思うよね」



カリカリと軽く自分の髪を掻いた後、他の仲間に窺うような視線を送って確認するとまた静かな声色で彼は語り始めた。


彼等にとっては重要で、私達人間にとっては傍迷惑な話を。



「えっと……どこから話せばいいのかな。天界には天界のルールがあって悪霊化した奴なら遠慮なく殺してもいいんだけど、悪霊化していない妖怪や仙人を理由もなく傷つけたり殺したりするのは基本的に御法度なんだよね」



「なぜ?」



「腐っても同胞だからね。そこで、だ。僕達天界以外で彼等と対等に戦える人が必要なんだ。別に戦えなくても恩ある巫女様の末裔が殺されそうになってるって理由があれば僕達も自由に動けるから」



「あー、なるほどって言っていいのか悪いのか……ですね」



「あははっ。君には悪いとは思ってるんだよ? 毘沙門天様に反乱をするよう唆した奴は悪霊化してると思うんだけど、それに従った毘沙門天様と反乱に同意を示した奴等は悪霊化してないから仕方がないんだよね」



嘘つけ。

流石にこれは言葉には出さず胸中で毒づく。

そんな全開の笑顔で言われても説得力が全然ないのだが。

不機嫌丸出しの私に那音さんが急に表情を今までとは違った冷笑に変わって、私は思わず息を飲む。



「それに、ね? これはもう天界だけの問題じゃないんだよ」



「……え?」



「ほら、柊さんも見たんでしょ? 真っ赤な異形の奴……鬼を」



「――あ」



そうだ。

昔から夢にでる程言い聞かされていたから深く考えなかったが、私は遭遇してしまった。

御伽噺やグリム童話、神話に出てくるドラゴンやらユニコーンと同じ“実在しないモノ”の筈である妖怪……鬼に。


よくよく考えてみればこれはありえない。

目の前の自らを妖怪やら仙人だと言う私宛らしい客人は正直、電波系の方だと思ったが昨夜私が遭遇した鬼はどう考えても家の蔵にあった絵巻や書物に描かれていたのと同じで。

人にしては一つ一つのパーツが大きく、肌が血色が良いだけでは言い表せないほどどす黒い赤色をしていた。

気配も、どこか人間離れしていたような気が……

鬼がいたということは、目の前にいるこの客人達も本物の妖怪や仙人ということか。


私が明らかにうろたえているのを見て、那音さんは冷笑から元の心底楽しそうな笑みに戻ってクスクス笑っていた。

本当にこの人は天界の人なのだろうか。

どちらかと言うと、地獄で大層な椅子に座りながら楽しそうに笑って下を見下ろしている方の類な気がする。


心なしか、那音さんの笑みが深くなるにつれて呼吸がし辛くなってきた。



「ん? どうしたの柊さん。苦しそうだね」



「――っ! なん、でもないっです」



心なしか、じゃない。

確実に息が苦しくなってきている。

余裕の笑みで私を見下ろしてくる那音さんを必死で睨みつけるも、酸素が足りなくなってきて額から冷たい汗が流れた。



ああ。

もう、駄目かも。


そう思えるほど目の前が霞んできたころ、グイッと力強く腕を引かれて体勢が崩れて那音さんから視線が外れると急に大量の酸素が肺の中に流れてきて目眩がする。

掴まれた腕から辿ると今まで沈黙を保ち続けていた仁さんが少し眉間に皺を寄せながら私の状態を確かめるかのように見ていた。



「ちょ、ちょいちょい那音。あんまり柊ちゃんいじめんなよ那音。これから長い付き合いになんのにさー。協力してくれなくなったらどうすんの」



「確かに。遊びすぎだぞ、那音」



次々に自分達のリーダーを悪戯した子供を嗜めるような口ぶりで叱る二人に私は軽い脱力感を覚えた。

そんな軽い感じでいいのか。

こっちはちょっと死に掛けたっていうのに。



「あはは。怒られちゃった……ごめんね? 柊さん。久しぶりのニンゲンの反応が面白くて。つい意地悪しちゃった」



「……天界と私の世界では随分意地悪の程度が違うみたいですね」



「そう? ニンゲンの悪戯って可愛いんだね」



「お願いだから止めてくれ那音。すごい勢いで俺達の株が急降下してるから」



やっぱり、先程の私の考えは間違っていなかった。

何が一番危ないのかっていうのは絶対那音さんだと思う。

これ以上一緒にいれば本当に死にそうだ。

心配してくれた仁さんに礼を述べると彼はほんの少しだけ表情を緩ませてすぐに自分が元にいた位置に戻っていった。



「――というわけだが、俺達に協力してくれ瀬川柊。もうそろそろ場を収めないとお前の世界に妖怪がちらほら出てくるってだけじゃ済まされなくさってくるぞ」



私が居住まいを正したのを見計らってから智也さんがもう一度本題を突きつける。

初めに聞いたときはふざけているのかと真面目に取り合わなかったが、今は違う。

昨夜遭遇した鬼、自称“悪戯”の那音さんの不思議な力。

こんな短い時間にこれだけのありえないことを一気に体験したんだ。

流石の私も、本当に私の常識じゃ考えられないような出来事が始まろうとしているということが分かってしまったから。



「協力、と言われても私に何をしろと?」



待ってましたと言わんばかりに口角が上がった彼等に、私はこの話の結末が見えた気がした。



「柊さん、鬼退治の依頼を受けたっていうことは少しは祓う術や戦う術はあるっていうことだよね」



「……まあ、母親がアレなんで」



「わあ。分かり易い解説だね柊ちゃん」



「大抵のことはこれで説明できると信じてます」



スッと音もなく立ち上がった那音さんに思わず私は後ずさってしまったのは仕方がないと思う。


流れるように差し出された手の意味が分からなくて交互に見つめると那音さんはそのまま強引に私の手を取った。



「じゃあ、僕達と妖怪退治しようよ。協力してくれるよね、柊さん」



その問いに私が頷いてしまったのは自身が知らない世界への興味心やちょっとした正義感か。

はたまたは、有無を言わさない那音さんから醸し出される空気だったのかは分からない。


それでも、この問いに頷いてしまった時点で私が想像した以上に大きいモノに巻き込まれていたことは確定したのだがこの時の私には知る由もなかった。







「姉ちゃん、どっか行くの?」



「……まあ、依頼でしばらくは」



「ふーん。こんなご時勢に依頼が来るのも珍しいのに、しかも長期の仕事なんだ」



あの後、那音さんにこれからを慣れてもらう為にとある場所へ私を案内するらしいがあまり良い予感はしない。

気が進まない荷造りを淡々と続けているとそれを眺めていた弟がポツポツと呟いた。



「最近さ、なんか嫌な感じがしない? 空気とかさ、誰も信じていない筈のアレ――妖怪やら幽霊関係の仕事が増えたところとか」



「そうですね。まあ、心配はないと思いますよ。流行とかそういう一時のものでしょうし」



いつも動じず、表情が全く変わらない弟の顔が珍しく暗い不安そうな表情に変わったのを見て私には感じられない何かをこの子は感じているのだと直感した。


昔からそうだ。


三つ下の弟は幼い頃から妙に聡くて、なにか良くないことがあるとそのまま引っかかってしまう私とは違って弟は事前にそれを回避するための準備をいつもしていた。


不思議に思って、いつもの如く言葉遣いや鍛錬をサボったことで母に怒鳴られた後に一度だけ弟にその理由を聞いてみたことがある。



「なんか、聞こえるから」



「は? 何が」



「さあ。でも、なんか聞こえるんだ。『ソレ、アブナイヨ』って」



「……電波?」



「姉ちゃんなんか嫌いだ」



「ごめんって」



その後、小一時間程弟の機嫌取りに時間を費やしたのを覚えている。

今改めて考えてみると、私よりも両親や祖父母が言う『霊的なナニカ』な力を弟は持っていたんだろう。

今回の件だってもしかしら私よりもこの子のほうが適任なのではと思う。

だけど……なんだかんだで私はこの子の姉なのだ。

弟を巻き込みたくはなかった。

家族だって詳しい内容は知らないからただ、忘れ去られていた仕事が跡取りである私に周ってきたと大騒ぎしている筈だ。

先程小耳に挟んだが今日は赤飯らしい。

母の浮かれ様がすごかった。


それでいい。

自己犠牲、なんて今回は当てはまらないような気がするがあの腹どころか体内が全て真っ黒な那音さんと共にこれからを行動するのだから同じこと。

知らないのならそのままで。


すぐ終わるよ――


那音さんはそう言っていた。

なら、私はそれを信じることにする。

全てを知る前に終わらせてしまおう。



「――そ。分かった」



「ええ。それじゃあ」



「あれ、晩飯食っていかないんだ」



荷造りを終えた鞄を肩に担ぐのを見て驚いたように弟が声を上げた。

相変わらず、だるそうな表情は変わらないが。



「さっさと終わらしたいんで。終わるまで帰らないとかじゃないらしいから、ちょくちょく家には帰ってくると思いますよ」



「そっか。母さん達には声、掛けないの?」



「あれだけ浮かれているのに、水は注したくはないですから」



玄関まで歩いていくと、いつもはしないのに弟が見送ると言って着いてきてくれた。

玄関にはすでに那音さん達ご一行がすでに待っていて草履を履いた後、首を傾げていた薊さんが口を開く。



「ん? この子誰柊ちゃん」



「私の弟です」



へー、確かに顔が似てるようなと何度も頷く薊さんに苦笑してから改めて弟に向き直る。



「では、行ってきますが気をつけてくださいね」



「それはこっちの台詞。“くれぐれも”気をつけてよ姉ちゃん」



「何でそこ強調するんですか」



軽くふざけた後、家の戸に手を掛けた。

そのまま左に引こうとするとその手を掴まれて止められて、掴まれた手から遡って見上げると複雑そうな表情をした智也さんが私を見ていてそのまま口を開く。



「もう、いいのか? たまに帰って来れるとはいえ、それがいつになるかどうかは分からないぞ」



「お互い、そういうの柄じゃないんですよ」



「なら、いいけどよ」



ニンゲンの考えてることってよく分からねえな。

そうぼやきながら智也さんは素直に私から手を離し、一歩後ろに下がった。

戸を開け放ち、外へ足を踏み出すと



「――っ! いってらっしゃい、姉ちゃん!!」



おそらく、初めて聞くであろう弟の大声に私は思わず足を止める。

振り向くと、顔を歪めながら手を大きく振る弟が見えてなんだか私も少し泣きそうになった。



「……行ってきます」



すぐ、終わるんだから。

そう自分に言い聞かせて私も弟に小さく手を振り返した。





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