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死の重みと決意

ちょっと主人公うだうだしてます。

暗いです。



「では、私はここまでですが……大丈夫ですか? 気分が悪いのなら、お部屋までお送りいたしますが」



「いえ、大丈夫ですよ。ご心配お掛けしました。今日はありがとうございますね。それでは、また」



灰色の曇り空の中、心配そうに手を振る灰音さんに見送られて私は寮の中へ入る。

那音さんと智也さん達は、確か他の仕事があるらしく明日まで彼等は戻ってこないので途中で会うことはなかった。


与えてもらった自室に戻り、扉のすぐ横にある壁に背を預けて膝を抱える。

目を瞑れば、彼女の最後の死に際の光景が次々に浮かぶ。

耳を塞いでも……彼女が私に叫んだ声が耳に突き刺さる。


『痛い、痛い痛い痛い! どうして、どうしてこんなにひどいことするの!!?』



『嫌よ、嫌……止めてぇぇえええ!!』



十七年間生きてきて初めて、本気で誰かを殺そうと考えた。

自分が殺られそうなら、その前に殺ってしまえばいい。

そうすれば、自分は助かると。



「……あはは。何だ、結構私も母さんに似て過激だったんですね」



自嘲の笑い声が薄暗い部屋に反響する。

天界に来てから、自分の新しい発見ばかりだ。

感情の起伏が小さいと思っていたのに、青鬼と対峙した時感じた恐怖。

死を意識した時に起こった、本能的な『過激な自己防衛』

まあ、いいか。

そんな風にいつも忘れ去っていた筈の後に残った後悔。


嫌になる。

青鬼に御札を投げた時は何も思わなかったのに、相手が意思疎通が可能の人型になった途端にこれか。

偶にやっている公演で『頭脳値が高い鯨を殺すな!』と団体が怒鳴っているのと同じだ。

ならば、頭脳値が低い鶏とか豚は殺してもいいのかっていうよく分からないえこ贔屓な矛盾。

――全く、



「覚悟決めた途端にこれですか……やっぱり、榊に任せないで良かった」



ほんの少し状況が変わっただけで、今ここで膝を抱え込んでいるのは私ではなかったかもしれない。

天帝が私を選ばなければ……あのとき私が断って家に逃げ帰れば……

青鬼、雨莉さん、天さん、中級妖怪の女性の中一人でも私が殺されていたのなら。

ここにいたのは榊になる。

アイツも大概父に似て繊細だから私以上に悩み苦しむ羽目になったかもしれない。

別に、お嬢様みたいにちやほやされて甘やかされた本家の巫女連中が代わりになるというのなら、すぐにでも変わってもらう所だが。

年の初めと彼女等の誕生日に必ず会う、ある意味幼馴染の少女達を思い浮かべて嘲笑の笑みが自然に浮かんだ。

うん、止めよう。

嫌いな人を思い浮かべると余計に気分が沈むから。



――昔の私はこんなのではなかった。

自分がしたことにはちゃんと責任を持っていた。

それが例え、些細な悪戯だったり立場が上の従妹達と殴りあいの喧嘩だろうと。

それに、自分の為ではなく誰かを守ろうと戦っていた筈。

まあ、守る相手は大抵弟の榊なのだが。


ああ、そういえばあの子達もそうだったか……ん?

あの子達って、誰?

何気なく思ったことだが、榊以外に守る相手なんて私にいただろうか?


小さい時はちょっとした光や風を母の刷り込み教育により覚えたからか、それらを妖怪や霊だと思い込んでしまっていた。

それでいつも何もないはずなのに驚いたり怯えたりする私を、親族以外の周りは奇怪なものを見るような目つきで遠巻きに見ていたので友人なんてものはいた記憶はない。

だから、同じように暇していた榊と遊びを自分達で考えては遊んでいた。

そのせいか、母に悪戯をして楽しむ少々歪んだ遊びになってしまったが。

私に友人とは言えずとも、話し相手というのが出来たのは力が戻ってきても気のせいだと動じずにいられるようになってからだ。


何故か、一瞬だけ十年前の私が血の海で横たわっている光景が見えた。



「何で今思い出したんでしょうね……」



よく分からない。

いつもこの記憶はふとした時にその一部分だけ浮かんでくるのだが、詳しく思い出そうとしても妨げられるかのように靄が掛かって思い出せない。


……これから、大丈夫なんだろうか私は。

自分で止めを刺したわけでもないのにこの様じゃあ、先が呆れる。

長くてもあと一年は私はこの世界と関わることになるのだ。

これからだって、毘沙門天様側の人達や力をつけたい妖怪達に襲われることは何も言われてなくとも明確。

その人達を殺したり傷つけたりする度にこれじゃあ、精神が持たない。

だから灰音さんの言葉通りに私は『気にしない』ことにしなくてはならない……それはちゃんと分かっているのだが。


どうしても、目から光を徐々に失っていく彼女の死に際ばかりが脳裏に浮かぶのだ。



「案外繊細だったんですね私……母さんに似ていなかったことを喜ぶべきか。それとも、図太い所を受け継がなかったことを嘆くべきなのか」



胸の内で渦巻く黒い靄を吐き出すように息を流すと、足音が聞こえてきて思わず私は息を止めた。

誰だろう。

那音さんと智也さんは仕事。

薊さんと仁さんも武器のメンテナンスと見回りの当番だから、いないし……


香美さん、か?

それにしては、足音が全然違う。

彼女は結構ゆっくり歩くのに、この足音は音がほぼ聞こえないうえに少し速い。


……寮にいる誰かが偶々私の部屋の近くを歩いているだけかもしれない。

なんとなく、息を止めたままじっとしていると気のせいか足音はどんどん大きくなっていった。



「この部屋に向かってきてるみたいですね……」



前と同じく、夜祈さんみたいなことだったらいいが天さんみたいな人や中級低級妖怪だったらどうしよう。

御札なら自室なので大量にあるが、私にそれを投げることができるのだろうか。

私に、妖怪が殺せるのか。


握り締めた手の爪が皮膚を破って、一筋の赤色が流れ落ちる。



――足音が、私の部屋の前で止まった。



ドンッ!

力強く扉を叩かれたときは心臓が口からでるのではと半ば本気で口を押さえたが、扉を叩いた本人も強すぎたと思ったのか二度目のノックは控えめで小さい音だった。

……もしかして、扉の前で立っている人って。



「……柊」



「仁さん、ですか? ……今、開けます」



すっかり聞き慣れた掠れた低い声は間違いなく仁さんのもので。

張っていた気を緩めて私はすぐに扉を開け放つ。


雨でも降っていたのか、仁さんの髪は少し濡れていて毛先から雫が垂れていた。

扉を手で押さえて仁さんを招くと、相変わらずの無言で部屋に入って手近な椅子に座り込んで頭を伏せる。



「薊さんとの仕事、速く終わったんですね」



僅かに頭が揺れて返事を返す仁さんに少し笑いながら、本題を切り出す。



「私に何か用ですか?」



コクリと頷いた仁さんにやっぱり、と私はまた笑う。

薄々とは予想が出来ていた。

あの灰音さんのことだ。

短い付き合いだが、彼女はとても真面目な人だってことは重々承知している。

多分だが、今日のこともきっちりと報告書に書いて寮のボックスに提出している筈。

きっと仁さんはそれを見たんだろう。



「もしかしなくても、今日の灰音さんのお手伝いの時のことですか?」



「……中級が暴走した」



「はい。でも灰音さんが止めを刺してくれたので、大丈夫でしたよ」



「柊は」



「私、ですか。特に目立った外傷もないですよ」



痛いところを突いた質問に、誤魔化すように首を傾げながら返事を返すと答えが気に喰わなかったのか少し不機嫌そうな表情になってしまった。

そうじゃない、とでも言いたげに首を横に振って真っ直ぐに私の目を見る仁さんに誤魔化しが効かない事を知って視線を彷徨わす。



「少し、天界の人にとってどうでもいいような愚痴というか……悩みというか。そんな話が長々と続くことになりますけど、それでも聞いてくれますか?」



「――ああ」



今日はよく仁さんの声を聞く日だ。

場違いなことを考えながら、顔を上げて聞く体勢になってくれた仁さんに情けないと分かってはいながらも胸の内を吐き出していく。



「初めて、ってわけではないんですけど。少なくとも人型で、意思疎通ができる妖怪に攻撃の御札を貼ったんです。上手く弱点の部分に貼れて相手に致命傷を負わせることが出来たんです」



「その時は無我夢中で。やった、助かったとしか思わなかったんですけど……彼女の『どうして?』って言葉で我に返って、自分が何をしたかを再認識して……」



何を言うわけでもなく、静かに首を振って相槌を打つ仁さんに促されてるかのように言葉をすらすら流していく。



「それからはそのことばっかり考えていて。誰かを傷つけるなんてしたこと、なかったからそんなことしてしまった自分に吐き気がして」



言葉に出してみて改めて思うが、なんて甘い考えなんだろう。

いや、人なら普通の感情だがここは天界。

考えがまず人とは全然違う。


口を噤んで下を向くと頭に手を置かれてそのまま上下に頭が揺れるくらい髪を掻き混ぜられる。



「ちょ、ちょっと、仁さん。痛いんで、すけっど!」


最後にしめとばかりに額を指で弾かれ、赤くなっているであろう場所を手で押さえる。

地味に痛む額を擦りながら顔を上げると、いつもの無表情に少し眉間の間に皺が寄った顔になった仁さんがいつの間にやら座っていた椅子から目の前に立っていた。



「……焦るな」



「――え?」



「柊は、まだ天界に来たばかり。これから、何度でもあいつ等に襲われる。だから、嫌でも慣れる……それに何があっても俺が守る」



仁さんが長文を話したことにも驚いたが、仁さんの何かを決意したような目が印象的だった。

何故か、初めて見た気がしないその目に口を開きかけた時



「いっやー、感動的な場面なんだけどその台詞はちょっとクサイんじゃね? 仁。まあ、内容はオレも大賛成だけどなっ」



雨が地を叩く音が聞こえるほど静かだった部屋に鳴り響く、場違いと感じてしまうくらいの明るい声に思わず二人で固まる。

この声の持ち主なんて一人しかいない。

というか、他にいてたまるか。

首だけを回して背後を確認すると



「やっほー、柊ちゃん。相談事は片付いた? ……ってか、片付いた感じだったからオレも乱入したんだけどさ」



「見回り、終わってたんですか薊さん」



「うん。実は仁と一緒に帰ってきたのはいいんだけど、灰音の報告書見た途端に柊ちゃんの部屋に行っちゃって。一応オレも心配だったから着いていって、仁に全部任せてたってわけ……イテテテ! 痛い! 頭鷲掴みにすんなよ仁!」



無言で薊さんの頭を掴んで力を込める仁さんと、痛みで騒ぐ薊さんを見ていたらなんだか気が抜けた。

確かに、うだうだ考えていても仕方ない。

悩んでいようといまいと、一度引き受けてしまった以上これから何度でもこういうことになるのだ。

答えは見つからなくても、その度に悩んで最終的には答えを見つければいい。

そう決めると自然と気持ちが落ち着いて笑みが零れた。


頑張ろう。

今まで何かに本気で取り組み続けたことはなかった。

そしてこれからもそうすることはないだろうと。


だから、最初で最後の本気で彼等に関わっていこう。

全てが終わるまで。

那音さんが誓ってくれたように、私も誓う。






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