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犬の心、飼い主知らず




「天のこともあったっていうのに、何で君は単独行動したがるの」



「返す言葉もないです」



「だろうね」



「次から気をつければいいだけの話じゃない。柊ちゃんが無事で良かったわ」



「ご心配お掛けしました」



智也さんに着いて行って数十秒もしない内に、那音さんや香美さん達がいる部屋に辿りついた。

こんなにも近かったのかという私の独り言に



「そりゃー、俺が術掛けてたカラ」



とニヤニヤ笑った夜祈さんに軽い殺意が湧いたのは、その時の私の表情を見て怯えていた恢君と二人だけの秘密だ。



「紅さま! 良かった、やっと会えました。置いていかないでくださいよ」



「うるさいわね! アンタが遅いからいけないのよっ」



部屋に戻った途端に始まった言い争い(主に紅さんが怒鳴っているだけ)を背後で聞き流しながら私は、目の前で現在進行形で起こっていることに集中する。



「ニャ、何で駄犬までこんなところにいるの? 俺、ホントついてないナァ」



「……猫」



「相変わらず無表情な奴だねぇ。そんなんじゃ柊もつまらないだろうに……あ、そうだ。アリスも柊を見たがってたみたいだから、護衛をオレ等に変えたらいい話だ」



「なん、だと?」



さて、どうしていつも冷静な仁さんが夜祈さんと睨み合っているのだろうか。

しかも、話題が私なだけに居た堪れないのだが。

一触即発な空気を醸し出す二人に二人の顔を交互に見る。

仁さんは腰の細い刀を鳴らしているし、夜祈さんは取り出したバタフライナイフを手首でくるくる回しながら開閉させていた。

こういう時は、最後の頼みの綱でもあり私が知っている限りでは一番まともな人。



「薊さん、二人の仲介お願いします」



「え、オレ!? いやいやいや、無理だって。あの二人って、那音と紅ちゃんぐらい仲悪いんだぜ!?」



「ですが、放って置いたら流血沙汰までなりそうな気が」



「そうだろうけどさ! ……あ、柊ちゃんは? 一応オレ等は柊ちゃんのご命令は聞くように上から言われてっから、聞いてくれるかもよ? それに元々仁は柊ちゃんに優しいし」



「あの間に行けって言うんですか」



ついにはお互い獲物を抜き出した二人を見ながら呟くと、薊さんは深く頷いて親指だけを上げた。

そんな馬鹿な。


今まで喧嘩の仲裁なんて一切したことがない人に、これは少しハードルが高いんじゃないのか。

加勢を求めて辺りを見渡すと、紅さんと恢君を宥めている香美さん。

それをめんどくさそうに見ている智也さん。

――あ、那音さんと目が合った。



「頑張れ、柊さん」



「面白がってません? 那音さん」



どうやら私に味方はいないようだ。

心底楽しそうな那音さんの視線を受け流しながら引き攣った頬を撫でる。

やるしかないのか。

今にも武器を交えそうな二人を見て私は肩を落とした。



「俺と殺る気? アンタって俺に勝てたことあったっけ。死んでも俺は知らないヨ」



「勝ったことはない。でも、負けたこともない」



「よーするに、同じくらい強いってことですよね」



「何を言うの柊、俺の方が強いよ」



「強い弱いの前にここで争うのは止めてくれませんか?」



この二人が争うと、絶対他の人にも被害が及ぶ。

現に彼等の殺気で今まで怒鳴っていた紅さんとそれを大人しく聞いていた恢君がすっかり怯えてしまっている。

それを顎でしゃくると、二人共罰が悪そうな顔をして肩をすくめた。


よし、収まった。



「つまんないの」



「那音くーん。どうして君はそう、いちいち人の神経逆撫でする発言すんのかなあ! ほら見てみろ。柊ちゃんが女の子としてあるまじき顔してるじゃん」



「うわ、本当だ。これはこれで面白いね」



「流石那音。言うことが他の奴等と違うよ」



「こら! 煽るな夜祈っ」



通常運転な那音さんの余計な一言に青筋がたったのを感じて額を押さえる。

落ち着いて、柊。

那音さんに食って掛かる前にすることがあるでしょう?

数度深呼吸を繰り返して気分を落ち着かせると、静かになった紅さんに近寄って目線が合うよう片膝を立てる。



「紅さん。場が落ち着いたことですし、術の解除をお願いします」



「――ぇ。ええ! さっさと終わらせるわよっ恢!」



「はい、紅さま」



私の言葉に我に返ったのか、背筋を伸ばして指を鳴らした。

その合図に合わせて恢君が紅さんの右腕の袖をまくって、晒された腕に青みがかった墨で術式を描いていく。

恢君が術式を書き終わったのを確認してから紅さんは詠唱を始めた。

妖怪や仙、神の術は彼等特有の言葉で詠唱するからか何を言っているのかが分からない。

ただ、流れるように落ち着いた『音』が羅列しているように聞こえるだけ。



「巫女さま。此方へ」



「はい」



さっきとは逆に恢君に手を引かれて私は紅さんの前に正座で座らされる。

彼女の詠唱の終わりが近いのか、腕に描かれた右腕の墨が淡い赤色の光を灯していた。

私の髪を流して首を露出させると、紅さんは躊躇わず私からは見えないのだが描かれている印に手を当ててそれを拭き取るかのように手をずらしていく。



「流石は術が得意とされる妖怪、天邪鬼――随分高度で手がこんだ術を短時間で掛けたわね、天。でもアタシには……関係のない話よ」



「熱っ」



そのまま、私の首に当てていた手の力を強くして紅さんは口の端を上げた。

彼女が手をずらしていくごとに聞こえる熱いものに水をかけたような音と、音に見合うくらいの刺す様な熱。

私が声を上げたからか、壁から背を離した仁さんが視界に入って私は何でもないように笑って手で制した。

少し不満そうだったが、その場で止まって私を見つめる仁さんにもう一度私は笑う。



「あと、少し……終わりよ!」



最後に激痛が走った後、紅さんの手が私の首から離された。

疼く様な痛みに首を押さえると、ぬるりとした生暖かい感触がしておそるおそる手を前に持っていくと少量の赤が手に付着していた。



「終わりましたよ、巫女さま。お体の具合はいかがですか?」



「何言ってんの恢。アタシがやったんだからなにもないに決まってるでしょ!」



「す、すみません」



「謝らなくていいよ恢。君がやったから心配なんだ……柊さん? 結局どうなの、身体は」



「傷が少し疼くだけで他はなにも」



「チッ」



舌打ちしたな。

術の副作用を口実に紅さんを責めようとしたのか、全くもって元気そうな私を見て隠しもしない大きな舌打ちをした。

その舌打ちにまた紅さんが大騒ぎして我慢ならなかった香美さんが怒鳴って黙らしたのはまた、別の話だ。


紅さんが落ち着いた頃に術を解いてくれたお礼を言いに行ったのだが、



「巫女を守るのは当然のことでしょ! そんなことでいちいち礼を言いに来ないで」



と言われてしまった。

流石に少しは凹んだのだが、



「まあ、あれは彼女特有の照れ隠しだからねぇ……余り気にしない方がイインジャナイ?」



夜祈さんの言葉の方を信じることにした。

何事にも前向きに考えた方が色々得なのだ。

色々と。


私と薊さんがいない内に組織のメンバー同士で会合があったようで、これからは那音さん達を中心に護衛が増えるとの事らしい。

それと、私に命じられたもの。

それは



「封印の時がいつ来るかは分からないけど、少なくとも今から一年以内に起こる事はほぼ確実。だけどその間僕達がずっと守っている訳にはいかないから、柊さんには僕達の仕事を手伝ってもらうよ」



「仕事を手伝って、経験と力を増やせば封印の適合力が高まって死ぬ確率は低くなると思うの」



「それに、働かざるもの喰うべからずって言うだろ」



彼等が普段行っている仕事のお手伝い。

確かに守られてばかりというのも申し訳ないと思っていたから、嫌じゃない所かこちらからお願いしたい所だったが話をよく聞けばたまに現世にも行かないといけない時もあるらしい。

……そういえば、



「那音さん、私の家で言っていた『ちょくちょく帰れる』ってこのことだったんですか?」



「さあ? 何の話だったっけ」



家を出る時に私が弟に言った那音さんに聞いた話を思い出して追求してもサラリと流されてしまった。

白々しいというかなんというか……もしかしてこの人はこうなることが分かっていたんじゃないのかと疑問に思う。

やはり、余り敵に回したくないタイプだ。


自分の黄色い頭を押さえてクスクス笑う那音さんの声を聞きながら私は眼を閉じた。

やりきってみせますよ。

私が死なないためにも。

その役目が弟に周らない為にも。


――あの夢で会ったご先祖様の悲願を果たすためにも、ね。























紅さんと恢君が研究室へ帰り、夜祈さんがアリスさんという方に呼ばれて帰った後私は思いも寄らぬ相手から説教を喰らっていた。



「……え、何これ。どーなってんの智也」



「俺に効くなバカラス。おい、那音どーすんだ」



「別にいいんじゃない? 一番彼女を心配してた訳だし、これぐらいは甘んじて受けて貰わないと」



「うっわー、どんまい。柊ちゃん」



そんな哀れみを含んだ視線を背中一杯に受けつつ、見上げた説教者の顔を見て固まる。

わー、すっごく怒っていらっしゃる。



「えーっと、心配させて本当に申し訳ないです……仁さん」



「気をつけろ、忠告した」



「おっしゃる通りです」



どうしよう。

ものすっごく怖い。

説教をされてここまで怖いと思ったのは幼少の時、いつも優しくて母に逆らえなかった父が初めて私に母が思わず止めに入るくらい激怒したときくらいだ。

智也さんや香美さんに怒られたことは何度もあった。

心配そうに少し冗談を交えて怒る薊さんも、言葉の前に手を出してくる那音さんにも。

だけど、今まで仁さんだけには怒られたことは……ない。

何か私がやらかしても、どちらかというと仁さんは怒るのではなく改善策をさり気無く示してくれる人……仙だった。


無口ながらも手の動きや口の動きで大体は意思疎通できていたので、仁さんが滅多に言葉を発するということは余りない。


いつも声を出す時は、身振り手振りだけじゃ説明できない時や夜祈さんといるときみたいに感情が昂っている時。

今は……前者後者なんて分けられない。

どっちもだ。

かなり怒っているし、身振り手振りじゃ伝えられないようなことを話そうとしているのだろう。


苦手な正座を進んでやってしまうくらい怒りの空気を生み出す仁さんは私の目の前に仁王立ちしていて、顔を上げることすら恐ろしくてできない。



「これ、」



突然差し出された分厚い用紙をおずおずと受け取ると、仁さんはそれを顎でしゃくった。

今見ろってことですか。

鋭い視線をビシバシ浴びつつも、手元の用紙に軽く目を通す……わあ、達筆。

って、そうじゃなくて



「危険地域の地図と……反乱を起こした人達の名簿ですか?」



一つ頷いた仁さんに私は目を見開いた。

この資料、どう見ても手書きだ。

とても丁寧に書かれた地図と、写真があるものは写真で。

写真がない人はその人物の特徴を事細かに書かれた名簿。

次々と用紙を捲っていくと、雨莉さんや天さんなど見たことがある人物もいて興味を示したのか私の背後から覗き込むように香美さん達が集まってきた。



「すごい。ここまで完璧に書けるなら諜報部員顔負けよ、仁。特攻部隊止めて私の隊に入らない?」



「ちょっと、何僕の部下勧誘してるの香美。……全く、仁のことに関しては柊さんが来てから初めて知ることばっかりだよ」



「おー、結構すげえじゃねえか。これからは俺の代わりに報告書頼むわ」



「いや、さり気に仁に仕事押し付けんなよ智也!」



背後で盛り上がる会話を聞き流しながら私は目を伏せる。

これはもしかしなくても



「私に作ってくださったんですよね……?」



コクリ。

鋭い目つきのままもう一度頷いた仁さんに自然と頭が下がった。

本当にこの人は私を心配してくれている。

申し訳なく思う気持ちと、何でそこまで? といった疑問が複雑に交差した。



「ここと、ここ。絶対近づくな。ここは――」



「仁さん」



「ん、」



「ありがとうございます。後、本当にごめんなさい。自分が狙われているという意識が低いことを痛感しました」


地図に赤い丸を書き込んでぎこちなく説明を継ぎ足す仁さんにポツリと謝罪の言葉を零すと、何故か仁さんは困った顔になった。

何か変なことでも言ってしまったのだろうかと首を傾げると、その表情のまま仁さんは私の頭を掻き混ぜる。



「それだけ、じゃない」



「……私、他にもなにかやらかしてましたっけ」



「夜祈」



「夜祈さん?」



そう、と呟いた仁さんの顔はとても不機嫌で。

薊さんが言っていた『那音さんと紅さん並に仲が悪い』というのも頷けた。

はて、私と夜祈さんが何かしただろうか。



「アイツは気に喰わない。だけど、役に立つ。ある程度利用して、あとは関わらない」



「それ、結構夜祈さんに失礼なんじゃあ……あ。いえ、何でもないです」



かなり失礼なことを苦虫を噛み潰したように言いのけた仁さんに少し言い返そうとするとさっきの怒った表情に戻ったので途中で口を塞ぐ。


夜祈さん。

大変申し訳ないのですが、怒った仁さんが怖すぎるので私は仁さんに逆らえそうになさそうです。

心の中で彼に合掌してから、小さく頷くとようやく仁さんはいつもの顔――つまり無表情に戻ってくれた。

これはどこの世界でもそうだが、やはり普段怒らない人ほど怒ったら怖いものはない。

人生十七年目にしてそれを再確認した私は、注意を怠らないことを深く心に誓ったのだった。









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