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黒い鳥と天の雨



「おかしくないですか?」



「んー? 何が? あ、今護衛はオレだけだけどちゃあんと守るから、安心してくれよ柊ちゃん!」



「いえ、その心配は全然してないので大丈夫なんですけど。そういうのじゃなくて、結構壮大な話を先日してたじゃないですか。なのに、なんで今私達は商店街で呑気に買い物してるんですかっ!」



彼等と契約をした数日後のこと。

薊さんが付いてきて欲しいと言うから、何かあるのかと馬鹿正直に付いて行ったものの彼は天界名物の食べ物やら有名な観光名所につれていくばかりでなにもしない。


ヘラヘラ笑う薊さんに少々毒気を抜かれたが、ここはきちんと聞いておかないと。

巫女の件みたいに後で聞いて物凄く驚くなんてものはもう嫌だ。



「あれ、香美ちゃんから聞いてない? 封印にはタイミングがあって、そのタイミングが合うまでこっちは何にもできないんだよ」



「全く、全然っ一度もそんな話聞いたことがありませんけど」



「あっははー。香美ちゃん、基本自分が聞かせたいこと以外は適当だから」




それは結構問題じゃないのか、諜報部員にとっては。

冬樹の奴も苦労してんなあ、とカラカラ笑う薊さんとは逆に私の口は引き攣った。

いいのかそれで。

天界って、やっぱりどこか人と考えが違うなと再認識した今日この頃。


天界の文字はよく分からないので、先日から香美さんやめんどくさがって逃げる智也さんを捕まえて(たまに那音さんに捕まって)読み書きを習っているものの、覚えたものはまだ微々たる量で全く分からない。


まあ、店の品物を手に取った途端薊さんが説明してくれたので何の問題もなかったが。

なんとなく手近にあった液体が入った瓶を手に取って日に翳してみる。

薄い紫色の液体が日に反射して、それが幻想的なものに見えて思わず見つめてしまった。



「――で、で! これは『擬態薬』っていって、下に降りる仕事がきた時に上手く擬態できない中級達に人気がある薬なんだけど……柊ちゃん?」



「え? ……あ、ああ。すみません、何でしょう?」



「や、別にいいんだけどさ。それ、気になんの?」



「気になるというか……綺麗だったのでつい手にとってしまって」



「ふーん。それはちょぉっと、柊ちゃんには関係ないものかな。ってか、よく見つけれたね、それ」



そう言って、瓶を棚に戻された。

関係ないというのはどんな薬なんだろう。

妖怪限定の薬かなにかだろうか。

疑問がそのまま顔にでていたらしく、私の顔をまじまじと見た薊さんは苦笑してもう一度瓶を手に取った。



「知りたい? ――すっげえ知りたいって顔、してんね。仕方ねえから薊君が教えてあげよう!」



芝居がかったように恭しくお辞儀をする薊さんにペチペチ手を叩くと、嬉しそうに彼は笑った。



「よっしゃ、乗ってきたぁあああ! それでは、拍手にお応え致しましょう」



「わー、わー」



「ものすごい棒読みだけど、オレ気にしない! じゃあ、説明すっけど。その薬は一時的に自分が持ってる力を何十倍にも増幅できんだよ」



「結構すごい薬じゃないですか。確かに私には今のところ必要なさそうですが、薊さんは?」



「だよねー、それだけだったら大ヒット間違い無しの革命的秘薬でオレも頻繁に使いたい所なんだけど、そんな良いだけの話はないんだなー」



「まさか」



「そ。そのまさか」



左右に振られた瓶が中にある液体がチャプチャプ鳴る。

少し、呑気すぎる自分の考えが嫌になった。

天界に来てから気が緩んできたらしい。

薊さんは私に大丈夫と、また笑った。



「知らないのも仕方ねえって。今までそういうのとは無関係なところにいたもんな。この薬は確かにすげえけど、その分副作用が激しいんだ。薬が切れた途端、今までの筋肉疲労が一気にきてそのまま個人差にもよるけど三日は動くことすら出来ない。薬っつーか、アップ系の麻薬だな」



「そう、なんですか」



「うん。だからこの薬、法的に販売はアウトな筈なんだけど……ちょっとここの店主に話し聞いてくるわ」



「え?」



「いやー、オレが所属してる組織って柊ちゃんのところで言う警察? みたいなもんも仕事に含まれてっからさ。こういうのは見逃しちゃいけないわけ……おーい、この店の責任者に話あんだけどー」



瓶を掴んだまま、私にここにいるよう言うと薊さんは店の奥へ向かっていった。

紫色の液体が入った瓶があった棚から目を逸らすと、薊さんが向かった店の奥の方に視線を移す。

さて、ここにいろと言われたが何をして薊さんが帰ってくるまでの時間を潰そうか。

店内を見て周ってもいいが、結構広い店なのであまりあちこち歩くと薊さんが帰ってきたときに私を捜さなきゃいけないような二度手間になるのも少し……


よし、大人しく待つとしよう。

そう決めると近くにあった休憩用の椅子に腰掛けてぼうっと客を眺める。

見た目は私と変わらない、多分仙人か上級の妖怪達や所々一つ余計に目があるものやふさふさとした体毛がある低級の妖怪が同行者と軽い雑談を交わしながら買い物をしているのをしばらくの間眺めていた。



「お前か。那音が連れてきた巫女ってニンゲンってのは」



「……どちら様、でしょうか」



冷たい風が肌を撫でて身震いした時、目の前に黒い影があることに気がついた。

突然現れた影に咄嗟に振り返ろうとしたが、首筋に鋭いものを当てられて身動きが取れなくなる。

余り想像したくないが、恐らく刃物を突きつけられているのだろう。

掠れた声の持ち主は、どこか聞いたことのあるような話し方で楽しそうに喋り続ける。

ああ、よりによって死角がある椅子に座るんじゃなかった。

今更後悔しても遅いが。



「オレェ? オレはァ、雨莉……知ってんだろうォ? あれだけご丁寧に世話してくれたんだからよォ!! オレは雨莉の兄貴、アメ様だァ!」



「雨莉さんの……?」



「細かく言えばオレが拾った義兄弟だがなァ。さァて、間抜けた護衛共もいねェようだからこのままテメエを連れて行ってもいいんだがァ……やっぱりちょっと遊んでからの方がいいよなァ!」



「――っ!! 痛っ」



首筋に当てられた刃物は血管をそのままなぞる様にして下に降ろされる。

当然、肌にめり込んでいた刃は私の肌に赤い溝を作っていった。



「ギャハハハ!! 痛いかァ? 痛いよなァ! 場所が場所なら、思う存分叫ばせてやるのによォ……なァ? 巫女様」



「いた……!?」



鈍い痛みを訴える首を手で押さえることすら叶わず、顔顰めた瞬間に鋭い痛みと生暖かくてザラリとした感触が走り背筋が凍った。



「あぁ……やっぱ血はニンゲンが一番だよなァ」



厄介な妖怪に捕まっちゃいましたね……

わざと傷口を抉り上げるように舐める天さんに私は何も出来なくてただ、目の前の影を鋭く睨みつけていた。



「あ゛? んだよその顔はァ……ムカつくんだよニンゲンの分際でェ! あの野郎が捜している巫女じゃなかったら殺す所だ」



「アッハハー、その前にオレが殺すけどな」



「誰だっ! ック!!」



頬を掠めた鋭い風と破裂音に思わず目を瞑ると、すぐに背後の気配は消えて今度は知っている金属音が私の前に立った。



「遅くなってごめんなー柊ちゃん。まさかオレ等の管轄地域で変体野郎が出没してると思わなくてさー」



負の感情を吹き飛ばすような明るい声。

相変わらずのジャラジャラとした装飾品。

右手に構えた、様々な色の羽根飾りが付いた漆黒の異国で扱われている珍しい『銃』という名の兵器。



「薊、さん……?」



「そう! 巫女様の最強SPオレ登場……って、ぁあ!! 柊ちゃん首怪我してるしっ。やべぇ、かっこつけてる場合じゃなかった。オレ、那音に殺される」



頼もしかった顔が私の首を見た瞬間真っ青な色に変わり、あたふたと周りを落ち着きなく見渡していた。

見ようによっては、泣きそうにも見える。



「誰かと思ったらバカラスかよォ。驚かせんな」



「天!? ――あ。お前かぁあ!! 柊ちゃん怪我させてたのはっ。クソ、てっきり女の子襲ってる変体かと思ったっつーの」



「いや、それはそれで大問題ですよ那音さん」



「はあ? オレがこんな餓鬼襲うわけねェだろォ?」



誰が餓鬼だ。

もう私は十七ですよ。

確かに、病院はまだ小児科だが。

天さんと話しながらも目で下がれと訴える薊さんに素直に従って、出来る限り私は素早く後ろに下がる。



「兄弟揃って柊ちゃんを攫いにきやがってさー。しかもご丁寧にオレが柊ちゃんと離れる理由まで作って」



薊さんが手にしたチャプチャプと音が鳴る瓶は見覚えのある色の液体。



「それは……」



「さっき言ってた薬。いやー、おかしいとは思ってたんだよね。ここら辺は結構知ってっから、柊ちゃん連れてきたのにこんなアブナイ薬が置いてあるなんてさ。店主問いただせても知らねえの一点張りで。だよなー、だってお前が棚に忍ばせたんだから。だろ? 天」



「へェ? 噂どおりのただうるせえ馬鹿じゃねェようだなァ。そうだ、その薬はテメエ等がこの店に入った後に先回りしてオレが置いた」



「うっわ、いつからオレ達を尾行してた訳? 写真はやめてくださーい、今オレ等プライベート中なんで」



「芸能人ですか貴方は」



なんだろう。

確かに薊さんが来る前までは物凄く暗くて、生きるか死ぬかの緊張感があったのに薊さんが来た途端一気に明るい空気に変わった。

挑発的な笑みを見せていた天さんも毒気が抜かれたような顔をしている。



「本当にテメエって奴はよォ……苛々するぜェ」



「え、何? カルシウム足りてねえんじゃね? 天魚の骨揚げた奴とか外で売ってたから買って来ればー」



「うるっせェんだよ!! ッチ、興醒めだァ。今日のところは引いてやる――おい、巫女」



「なんですか」



「むっかつく顔しやがって……まあ、いい。覚悟しておけよォ、次にオレか妹が来たときはもうそいつらとお別れだ」



指先で遊ぶようにナイフを揺らしながら私を睨む天さんに、薊さんが来たことで生まれた余裕を最大限に使いながら嫌な顔で私は笑ってやった。

私の顔を盗み見た薊さんが



「うわ、那音にそっくり」



失礼なことを言っていたが助けてもらった身なので何も言い返さないで置く。

改めてちゃんと正面から見た天さんは義兄弟と言えど、やはりどこか雨莉さんと雰囲気が似ていた。

雨莉さんと同じ派手な桃の髪色。



「多分、二度とどちらとも会わないので大丈夫だと思います」



「そーだ。多分二度と会わせねえからその機会はねえ! 多分な!」



「口の減らねェ奴等だなァ」



「どうも」



青筋を立てて低く唸った天さんが高らかに指を鳴らすと、砂が風に舞うように天さんは消え去った。

やばい、最近こういうのを見ても驚かない自分がいる。

慣れたということだろうが、これは慣れてもいいものなのだろうか。

人としての何かが失ってしまう気がしてきた。



「初心って、やっぱり忘れないほうがいいですよね」



「確かにそうだろうけど、何の話? あー、早く帰って天の報告と柊ちゃんの怪我消毒しないと……絶対やべえ細菌入ってるだろうからなー天だし」



柊ちゃんに怪我させたなんて言ったら、リンチだろうなぁオレ。

悲しげに呟いて背中を丸める薊さんの背を慰めるように撫でると弱々しげに微笑まれた。



「いえ、元はと言うと私の不注意なんで薊さんに非はないです。お礼がまだでしたね。助けて下さってありがとうございました」



「ホントッ!? オレ、役に立った?」



「はい。お陰でやばいことにならずにすみました」



もう一度私が頭を下げると薊さんは嬉しそうに紫色の目を細めた。

ここまで嬉しそうにされると逆に私が反応に困る。

どう反応しようかと私が右往左往している間に薊さんはうんうんと何度も頷いた後、ビシッと指を差す。



「そっかー。次、次は完っ璧に守るから期待してくれよなっ」



「……私としては次がない方がいいんですけどね。まあ、もしもまた私がやらかしてしまった時は……お願いします」



「残念ながら100パーその可能性はあるだろーけどねー。オレに任せて!」



「はいっ」



ガシガシと私の髪を混ぜたご機嫌な薊さんだった。




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