御伽噺の始まりは
主人公の性格を修正しました。
見直してみると今の話と全然違いますね……気を付けます。
『鬼、が出た』
最近よく耳にするようになった噂話。
なんでも、昔に力が強いと有名で今では伝説となった巫女が眠らせていた鬼やら妖怪とかが封印の劣化のせいで出てきたらしく、そいつ等が夜な夜な人を襲って貪りついているらしい。
今や異国の技術を取り入れ始めた我が祖国は、まだ発展途上中。
例を挙げれば異国の服を自分用にアレンジして着こなす中、昔ながらの伝統とか文化とかで着物を着ている人がちらほらいる文化がまだ安定していないような時期。
だからこそこんな噂が広がり、全くと言って良いほど必要とされていなかった妖怪達を手懐けたり封印していたりしていた冒頭で言っていた巫女の子孫……つまり私の一族に多くの依頼が来るようになった。
だが、いくら一族総動員で捜索しても件の妖怪は出ず、結局不可思議な殺人事件だけが続いていき噂だけが大きくなっていくばかりだ。
そういう訳で、噂は噂。
鬼なんて居る分けないと私は思っていたのだが。
今、自分の目の前で起こってしまっていることに頬が引き攣るのを抑え切れないでいた。
さて、何故かと言われれば私こと瀬川 柊は、今人生最大の絶体絶命の危機に瀕しています。
そしてその絶体絶命となってしまった原因は、私が探せと命じられた件の鬼に追い詰められているからです。
え? いやいや、妄言とか気がふれたとかじゃなくて本当に。
「どうしたもんですかね……このままだと私の人生強制終了ですし」
生暖かく、鼻に篭るような生臭い臭いに私は顔を顰めた。
地に落としていた視線を少しでも上に移せば嫌でも目に映る赤くてず太い、毛に覆われた大きな足。
目の前にいるのがただ単に酔って赤くなった中年の男なら言葉なり警察に通報とかで即解決なのだが、残念ながら相手は
「どう見ても人ではないですよね。鬼についての対策なんて今まで聞いたことない……というより、やっぱり鬼って御伽噺で伝えられているものと似た姿をしているのか」
昔話も侮れないものだ。
半ば感心していたが流石に今は感心している場合ではないだろう。
早く何かしらこの状況をなんとかしないと私も噂の変死体の仲間入りになってしまう。
――どうしたものか。
このままいけば御伽噺のお姫様の様にどこかへ連れて行かれて監禁……なんてことはないか。
私に限っては。
殺されてしまうか、良いとこ奴隷にされるのが関の山だろう。
こんなことになるのなら、幼い頃から口煩く妖についての祓い方や気の鎮め方を言っていた母親の話をもう少しちゃんと聞いておくべきだった。
まあ、それも今更。
赤鬼は興奮している割には未だ攻撃せず、私に手を出さないままで血走った眼を私に向ける。
目の前にいる赤鬼から出来る限り目を逸らしながら、精一杯今私がどうするべきかを必死で考えるがどれも現実味が無くてこの状況を脱するのには程遠い。
「ガァッ!」
今まで何もせずに待ってくれていたことが奇跡なくらいだった赤鬼がとうとう金棒……ではなく、黒い三叉槍を振りかざしてくるのを見て私は諦めにも似た気持ちが浮かぶ。
昔っから私は淡白と言うか、余り執着しない所がある。
それは長所でもあり、短所でもあると父親に指摘されたことがあるほどに。
「あーあ。まだあの本読み終わってなかったのに」
続きがかなり気になっていたのに。
これは化けてでるしかないかないな。
ふざけたことを考えながら、私はせめてもの現実逃避としてゆっくりと目を閉じた……のだが。
「『本読み終わってなかったのになぁ』じゃないだろ!?」
「――え」
来ると思っていた痛みがいつまで経ってもこなくて、閉じていた目を恐る恐る開くと鬼から私を守るように眼光がやけに鋭い茶髪の青年が立ち塞がっていた。
よく見ると私に突き刺そうとしていた赤鬼の槍を私の目の前にいる青年が赤色の棍、だろうか。
それで受け止めてくれてる。
筋骨隆々みたいな体型というよりは痩せ型の青年なのに、どこに鬼の槍を受け止める力があるのかが不思議だ。
そしてそのまま戦い始める彼等に私の頭の整理が追いつかなくて混乱する。
……まあ、頭の整理とかはもういい。
私にはそんなことよりも大事なことがある。
「すみません、ちょっといいですか」
「見て分からないか。今取り込み中だ」
「いや、それは分かっていますが」
「解ってるなら黙ってろ。死んでもいいなら別だけどな」
「死にたくはないです。私が言いたいのはですね……帰ってもいいですか?」
「……は?」
一瞬だけ、時間が止まった気がした。
青年は呆けた顔をして、間が抜けたように声を上げたが今自分が置いている状況を思い出したのか力強く棍を振り回して鬼との間合いをとる。
それを横目で見たあと、顔を顰めて私の方へ顔を向けた。
「ふざけてるのか? お前……っ! まさか」
私を元々鋭い目をさらに細く鋭くして睨みつけていた青年だったが、私の顔を見つめた途端に何故か驚いたような表情に変わった。
彼は何言いたそうだが、それでも私は
「ふざけていませんよ。見たところ余裕みたしだし、足手まといにならない内に私は避難しておきます」
自宅に帰り、自身が生き残る方法を選んだ。
「おい、待て!」
「もしも次に会えたら、何かお礼しますねー。それでは」
青年が私を助けてくれた理由は分からないが、必死に私を引きとめようとする声を尻目に私はすぐ横にあった塀に上手く足を引っ掛けて登りそのまま、向こう側へ飛び降りて走り去った。