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「お久しぶり」
そう言って、教会には似つかわしくない派手な化粧で顔を覆った女性が、懺悔室に入ってきたのは午後一時半のことだった。
「お昼にくるなんて」
「そう言わずに、シスター。本当は午前の一番にくるはずだったのよ」
「来ていたの?」
「彼女、泣いていたわよ」
そうは言うものの、サリエルを責めるという訳ではなく、ただ事実としての言葉だった。返事も頷きも返さなかった。
「午後からは、信者さんが増えるのだけれど」
「あら、迷惑だった? 私もこれだけ教会に通っていれば、立派に信者だと思うのだけど」
彼女――宗田都は、数か月前から一日おきにこの教会を訪れるようになった。来て、何か告白していくと言うのでもなく、世間話をして去っていく。
「ねえ、萌子」
「その名前で呼ぶのはやめて」
萌子というのは、サリエルの本当の名前。とっくのむかしに、捨てた名前。けれど、都と居る時には、自分はサリエルではなく、萌子。岬萌子だという意識がとても強くなるのだ。
「あら、いいじゃない。私はシスターに会いに来ているんじゃないもの。萌子に会いに来ているのよ」
都はいつもそう言った。初めて会ったとき以来、彼女は萌子に会いに来ているのだと。
「なんで、私なんかに。私たち、ここで会うだけの関係じゃない」
「ここで出会ったって、十分運命的だと思わない? 神の加護の元に出会ったんだから」
「神様なんて、信じていないくせに」
「貴女だって」
余裕たっぷりの都の態度に、萌子もいつの間にか慣れてしまって、もう食って掛かることもいつからかしなくなった。都が何をしにここに来ているのか、彼女はどういう人間なのか、萌子はなに一つ知らなかった。わかっているのは、自分が都を拒否していないということ。いまのところそれでよかった。
「都さんって、何してるひとなの」
「さあ、何してるように見える?」
萌子はあらためて都を見直す。派手な化粧、尊大な態度。人の下に付いて働くような人間ではないと思った。しかしそれがわかったところで、萌子には何かわかるはずもなかった。外の世界は、彼女からはとても遠い。萌子は諦めて肩をすくめた。
「わからないわ」
「そう。まあ、別に私がなにしてても、そんなに問題じゃないでしょう」
結局、都はそれ以上何も言わなかったので、彼女が何をしているのかはわからずじまいだった。そもそも、都が自分自身のことを語ったことは一度もなかった。話すのはいつも萌子のほうだ。
「今日も、ずっとここにいるの?」
「今日は、この後幼稚園に行くの。いつも行っているシスターが風邪を引いてしまって」
「あら、萌子に子どもの相手なんてできるの?」
「あなたには関係ない」
そっけなく返すと、都は少し嬉しそうに笑って、立ち上がった。
「今日も萌子の顔が見れたし、そろそろ帰るわ」
「そう」
「じゃあね、萌子。風邪ひくんじゃないわよ」
萌子に何か言う間も与えず、都はさっさと部屋を出ていった。残された萌子は、しばらくの間ぼうっとして座っていたが、二時を告げる鐘の音ではっと我に返り、急いで部屋を後にした。