惚れぬなら 飲ませてしまえ 惚れ薬
「かーんせーいしたよー!」
やたらテンションの高い声と共に、木製のドアは粉々に砕け散った。ノンビリとお茶を飲んでいた俺のもとに破片が飛び散るが、それは全て障壁で防ぎきる。
朝は落ち着いてお茶を飲むのが習慣づいている俺にとって、こういうのははた迷惑でしかない。だからその元凶をギロリと睨みつけた。
「おい、朝っぱらから人の家のドア壊してんじゃねぇよ、アリス」
そこにいたのは一人の少女。身長が140に達しないので子供のように小さく、それに反してツインテールに結われた髪は地面につくほど長い。純粋無垢な見ていて気持ちいい笑顔を浮かべている。
名前はアリス。これでも一応21歳になる俺の幼馴染である。
「およ? だってリンくん、かぎかけてるんだもん!」
「鍵かかってたら諦めるか中の人を呼び出せよ!? ドア壊して入って来たら立派な不法侵入だからな!?」
「そんなことよりもね! きいてきいて! ついにできたんだよ!」
「お前が人の話聞けよ!?」
忠告をしても無駄だということは長い付き合いでわかっている。悲しき事にこいつは人の話を聞かないタイプで、現に今も自分のバッグから何かを取り出そうと探していた。
「えーと……『かみごろしのげきやく』じゃなくて、『リンくんのせいし』でもなくて……」
「待て、神殺しの劇薬からか? それともその後に出てきた俺の名前の入った何かか? どっちからツッコメばいいんだ?」
「あれー……?
……あ、あったあった! これこれ!」
「……ん?」
アリスが取り出したのは何やら水色の液体が入ったビン。水色と言っても透明感のあるものではなく、絵の具を水に溶かした感じの色である。正直、見ていて気持ちいいものじゃない。
「はい! これのんで!」
「……はい?」
何言ってやがるんだこの幼女体型の幼馴染は。こんな見るからに、「何かありますよ!」と自己主張している液体を飲めと?
「飲みたくない。断固拒否する」
「えー! のんでよー!」
「じゃぁ聞くが、これは一体なんなんだ?」
俺がそう尋ねると、アリスは不思議そうに首を傾げた。ははは、その反応が逆に不思議だぜ。
「ほれぐすりだよ?」
「……オーケイ、まずはそれを片付けようか」
「はい、どーぞ!」
「なんでそこで渡してくんの? 飲めと? 惚れ薬だなんて堂々と言っておきながら俺が飲むとでも?」
「いっき! いっき!」
「だから飲みませんよ? 聞いてますか、アリスさん」
「もう、リンくんてば……エッチなんだから」
「会話しよう!? 今の話の流れでなんでそんな反応が返ってくるわけ? ちゃんと言葉のキャッチボールしようか?」
「いつでも……リンくんをうけとめるじゅんびは……」
「シャラーーーーーップ! 受け止めるものが違うし、そこで顔を赤く染めるな!」
顔を赤くしてモジモジしているアリスとは逆に、俺の顔は青く疲れている事だと思う。
アリスは小さい頃からなんでも出来た。初等部の時点で教師と互角の魔法技術を身に付け、11歳の時に史上最年少で王宮魔導師の仲間入り。今ではこの若さで王宮魔導師の筆頭を務める超のつく天才である。
そんなアリスだから惚れ薬は実際効力を持っていることだろう。そして今、薬を俺に飲ませようとしている。
……そう、なぜかこの天才幼女幼馴染は、俺に惚れている。なんか自分で言うと恥ずかしいが、それを理解してないとやっていけないから仕方ない。
あ、ちなみに俺は極々普通の力しか持っていない。よくて中の上って言ったところである。
「ささ、おいしいからどうぞ」
「そんな美味いなら自分で飲んでろ」
「アリスにはこれがあるもん。だからリンくんはこれを」
「何だそ……待て、そのビンのラベルに『リンくんのせいし』とか書いてあるのは気のせいか?」
「いちにちいっぽん。かんぱいしよ?」
「どっからそんなもん調達してんだ!? ってか、飲むもんじゃねぇよ! そんでもって、俺も飲まない!」
「……どうしても?」
「当たり前だ。そんなもの飲んでられるか」
「……そっか」
ショボンと見るからに落ち込んだ様子を見せるアリス。飲む気は全く湧かないが、少し言いすぎたかなと反省した、その時。
俺の手足を突然現れた木のツルが拘束した。
「なっ!?」
振りほどこうとするがツルはガッツリと手足を抑え、どうやってもビクとも反応しない。
そんな身動きの取れない俺に、アリスは腰の辺りに抱きついて来た。
「お、おいアリス……お前の仕業かこれは」
「うん。リンくんがのんでくれないから……」
目と目が合う。身長の差で自然と俺は下を、アリスは上を向く。見上げる体勢でアリスは変わらない純粋無垢な笑顔を浮かべた。
「むりやりのませちゃえ!」
「やめろおおおおおおおお!?」
抵抗しようとするが、ピクリとも動けない現状に、生まれ持った魔法の才能の差。なんの意味もなさず、ビンの口が俺の口の中に入る。それと同時にドロッとした液体が口内に充満した。
「んー! んー! ……ん?」
ドロッとしているので舌触りはよくないが、意外にも味は良い。というか、俺がお茶にハマるキッカケとなった王族御用達の1kgで家を買えるような超高級茶と同じ味である。ほんの一滴だけだったが、あのお茶の味は忘れられない。あれが俺の人生を変えた瞬間だった。最初部屋の片付けが大変になること覚悟で吹き出してやろうかと思ったが、この味はもっと味わっていたい。あぁ、なんて至福の時……。
なんて風に思っていたせいで、俺は過ちを犯してしまった。
──ゴクリ
「……あ」
つい、いつものお茶の感覚で飲み込んでしまったのだ。
「あああああああああああああああ!?」
「よしっ!」
してやったりという表情のアリスと、やってしまったと顔面蒼白な俺。まさかコイツ、キチンと飲ませる為にわざわざあのお茶の味の研究でもしてたのか?そんな金どこから……あ、王宮魔導師だ。しかも筆頭。給料ガポガポもらってるのか。
「リンくんリンくん!」
「あ……?」
呆然としていた為、呼ばれた声に素直に反応してしまう。声の方──まだ俺に抱きついているアリス──を向いてしまう。
薬の効果が発動するのを今か今かと期待しているのだろう。ワクワクと興奮を隠しきれずに闘牛のように鼻息が凄く荒かった。
……でも、何だろうか。そんなアリスを見ていたら何かこう……胸の奥の方がザワザワっと不思議な感覚に陥る。今まで感じたことのない自分じゃない自分がいる感じ。もしかして、これが薬の効果。これが恋なのか。魔法は既に解かれており、自由になった手でアリスを抱きしめ──
「──何て事にはならないけどな。えいっ」
「あだっ!?」
今までと何ら変わらない、さっきまでと同じ俺はアリスに軽くチョップを落とした。軽くだから痛みは無いはずなのだが、頭を抑えながら涙目で上目遣いをしてこちらを睨んで来る。まったく怖くない。
「うー……ひどいリンくん。たたいてくるし、くすりきかないし……」
「ドア壊した罰だ。それと、お前の作る惚れ薬なんか効くわけないだろ」
「うー! いいもんいいもん! つぎはちゃんとしたくすりつくるもん!」
「はいはい。頑張れよ」
「いまにみてろよー! あっかんべーだ!」
負け犬のセリフを吐いて、子供のような仕草をすると全速力で部屋から出て行った。たぶん、王城にある自分のラボに篭って新作惚れ薬の開発に勤しむ事だろう。王宮魔導師がそれでいいのか、甚だ疑問だが、天才は何かやらかしても大抵の事は許されるからタチが悪い。
「まぁ、無駄なんだけどな」
幼い頃から一緒なだけにあいつのこと、天才的な力の事はよくわかっている。
でも、それでも、いくらアリスが天才で、どれだけの資金と時間をかけようとも惚れ薬で俺が惚れる事は絶対にない。
だって、そんな事しなくても、元々俺は────
既に惚れてるのに惚れ薬飲んでも効果はないんじゃない?という疑問から出来上がった作品です。
アリスのセリフは全て平仮名か片仮名ですが、なるべく読みづらくないようにしました。それでも読みづらかったらすみません。
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