鏡の罠 解答編
学園探偵倶楽部の下に来た一件の依頼。夜の校舎に忍び込んだカップルは、教室の窓におかしな自分の姿を見た。
これが噂に聞く幽霊の仕業なのだろうか? それとも誰かの陰謀か? 事件を無事に解決することができるのだろうか?
今は使用されていない、一階校舎端の教室。そこには、昔から学園七不思議の一つとして、悲しき幽霊の話があった。両親に交際を反対されたカップルが無理心中をしたというのが定説だが、いつの時代とも知れない噂として、まことしやかに囁かれていた。
「かごめくん、ちょっと」
大崎は、部屋の隅に向かうと、かごめに手招きして見せた。
「なんですか部長?」
大崎は手を顎に添え、渋い顔をする。
「この案件、協力するのは気が引ける。これは元はと言えば自業自得。二人にとって、いい薬になったと僕は思うが……。君はどう思う」
「部長のおっしゃる事はもっともだと思いますが……。私の記憶が正しければ、相談に来た女子生徒は、生徒会長の妹です。姉妹仲も良く、かなり妹を可愛がっているとの噂」
「ほう」
大崎の目が鋭く光る。
かごめは大崎の表情を見て取ると、ニヤリと笑った。
「上手く問題を解決すれば、部費は言うに及ばず。部室をワンランクアップすることも、容易かと……」
「うむ。君のそういった打算的な考え方だが……」
「なんでしょう?」
「嫌いじゃない」
「あざーす!」
かごめは大げさに頭を下げた。
日は傾きかけ、窓から見える校庭に、間延びしたようないくつもの影が映ってる。幽霊に取り殺されるとでも思っているのか、カップルの表情は不安でいっぱいといったところだ。
「薬にしても効き過ぎということもあるか……いいだろう。今後二度と校舎に忍び込んだりしないと、約束するなら協力しよう」
「二度としません。約束します。助けてください!」
そう言うとカップルは、すがるように頭を下げた。
「早速現場に行きましょう!」
かごめは意気揚々と拳を上げた。
「いや。その必要は無い」
「なぜですか?」
大崎にあっさり否定され、かごめは肩すかしをくらった。
「開かずの教室に行ったところで何もない。僕の頭の中ではすでに、八割方事件は解決してる」
「鏡の謎は、もう解けたってことですか?」
かごめはキョトンとして尋ねた。
「そうだ。だが、謎解きに入る前に、二人にいくつか質問したい。言いにくいかも知れないが、正直に答えて欲しい。いいね?」
「はい」
「君たちが、校舎に忍び込んだのは、これが初めてではないね?」
「さ、三度目です」
女の子が小さく答えた。
「では、最後の質問だ。夜は警備員がいるはずだ。忍び込んだ所を見られた。あるいは、見つかりそうになった事はあるかな?」
「ないと思います」
「なぜ言い切れる?」
「校舎巡回は二時間に一度。九時から十一時までは、警備員は警備室に籠って出て来ません。外から警備室に人が居る事を、確認してから忍び込んでました。注意を受けたこともないですし、危なかったこともありません」
「なるほど……。謎はすべて解けた」
大崎はそう言うと大きく背伸びをした。ホワイトボードに向かいペンを取る。
「夜の学園に誰かが忍び込み、一階端の教室に入っている。毎日巡回している警備員が、何らかの変化に気が付いた。当然学園側は対策しなければならない。しかしそれはいつ、誰が忍び込んでいるのかまではわかっていない。目的はわからないが、この学園の生徒である可能性が高い。公にすれば学園のセキュリティが疑われる。なんとか秘密裏に解決したいと考えた。要は、来たくなくなればいい訳だ。そこで学園側は一計を案じた」
大崎は口早に説明すると、鏡だと言って二つの長方形を描いた。
「合わせ鏡を知っているだろう?」
かごめは腑に落ちないといった風に首を傾げた。
「知ってますけど、それが今回の事件のトリックですか?」
「そうだ。大きな鏡を二つ用意し、教室のドア窓から見える正面位置にセットする。その時もっとも重要なのは角度だ。実際やってみるのが早いだろう。かごめくん、机の引き出しから鏡を取って、君の鏡と直角に合わせてみてくれ」
言われてかごめは、鏡を取り出し合わせてみる。
「えーと、直角で正面……! なにこれ!」
大崎はかごめの反応に満足げに微笑んだ。
「面白いだろう? 原理は簡単だ。右の鏡が右半身を映し出し、左の鏡が左半身を映し
出す。さらに右の鏡に写った像は反射して左の鏡に写し、左の鏡に写った像は右に反射し映し出される。結果、左右が反転する。学校側はこの仕掛けを毎日、生徒が帰った後に仕掛け、翌朝撤去していた。誰にも気付かれないようにね」
「だからあの教室に行っても、何も無いって言ったんですね」
かごめはようやく理解したように頷いた。
「あのう……」
大人しく話を聞いていた女の子が、まだ不安そうな声を上げた。
「確かにそういった仕掛けをすれば、不思議な事ではないかも知れません。なるほどとも思いました。でも、学園側が確かに仕掛けたという証拠はありませんよね。だったら、あれが本当に幽霊の仕業だとしても、おかしくないと思います」
「言われてみればそうですね。部長の独りよがり推理とも取れるし、根本的に解決してないような」
かごめはまたまた大きく頷いた。
「独りよがり……」
大崎はかごめに何か言いたそうな顔をしたが、頭を振ると話を続ける。
「君たちが名乗り出れば簡単だが、忍び込んだ事がバレてしまう。学園側も仕掛けを認めたりはしないだろう。だが証拠はある。それがトリックを使った鏡であったという、決定的な証拠がね」
「どんな証拠ですか?」
女の子の顔に光がさした。
「証拠は君の記憶の中にある。こればかりは君達が思い出すしかない。あの時教室の窓から見た像は、君自身を映し出していた。思い出して貰いたいのは、君たち以外に写っていた像だ。通常、左右反転していてはおかしいものが、映っていたはずだ」
「反転ですか? 鏡に映った自分以外のもの……。私の後ろには何もなかったですし、あの時はとにかく、自分の姿に驚いて……。思い出せません」
女の子は苦しそうに首を横に振った。男子生徒にしても同じようである。
「鏡は死角を映す事が出来る。君の背後の事じゃない。本来鏡がなければ、教室を覗いただけでは見えないものが映っていたはずだ。君たちと鏡の間には、何があった?」
「私たちと鏡の間? もしかして……。教室のドア!」
「それだ!」
大崎はパチンと指を鳴らした。
「ドアの真ん前に置かれてある鏡には、当然ドアの内側の取っ手が映っていたはずだ。ドアの取手は、左右どちらに付いていた? よく思い出すんだ」
「通常は左……! ドアの取手は、右にありました!」
それを聞いて大崎は、ニッコリと微笑んだ。
「よく思い出した。先程した約束は守る事、いいね」
「はい! ありがとうございました!」
心底安心した二人は、手を取り合って喜んだ。その様子を見ていたかごめは、そそっと大崎に近づき、肘で脇腹をつつく。
「わかっている。ビジネスの話だろう?」
大崎はそう言うと、いやらしい笑みを浮かべた。
更新に半年。忘れていたなどと、彼らにはとても言えません……合掌。