見えた見えない
この世界には不思議な者たちがいる、と目の見えぬ祖母がよく話していた。祖母は気楽な人で、だからというわけではないが、私はそれをいつも話半分に聞いた。
祖母の話には、決まって妖怪の類が出てくる。彼らはどこにでもいて、昼間だって街を歩いているらしい。
「では何故見えないの?」
私の疑問は当然のもの。人間が怖がるから、などと言えば、それを屈服させる言及を私はいくつも用意していた。
でも、その答えはいつも返ってこなかった。私の言葉に何を思ったか、盲目の祖母はふと庭先に視線を移し、口を閉じた。まるで、何故見えないのか、と問い返すように。
その表情を見て、私も庭に目をやる。あるはずのない祖母の視線の先に、何か探してしまう。あの頃の私は純粋だった。
あれから・・・、何年経っただろう?
実家を離れ、夢を目指した都会は今では住み心地良く、職場で出会い、結婚した夫とのあいだには可愛い子供も生まれた。あれから20年以上過ぎただろうか。
祖母が亡くなったと連絡を受けたのはつい先日のこと。私は葬式に顔を出すため、娘が生まれて以来の実家に帰ってきた。
黒い礼服に身を包んだ母が私の隣で線香をあげる。久しぶりに見る母はどこか頼りなげで、背も幾分小さくなったように見えた。親戚との軽い挨拶。母への近況報告もほどほどに、私は一人、祖母の住んでいた離れにやってきて、その縁側に腰掛けた。
そこはよく祖母と話をした場所。日当たりが良く、庭には夏が生きている。私が来るといつも茶菓子が置かれていた。その味はいまでも忘れない。
祖母は言った。
「ここに座ると、不思議な者たちが集まってくる」
その話を私は頬杖をついて聞いた。時折、祖母がこちらに顔を向けるたび、私は小さく相槌を打ってしまう。祖母は目が見えないのに、してしまう。
「彼らは何をしたいのかしらね・・。楽しませてくれるつもりなのか。それとも、ただ私が死ぬのを待っているのか」
「おばあちゃんはどう思うの?」
私がそう聞くと、祖母はしばらく考え、そして照れくさそうに言った。
「わからないけど。・・・・にぎやかでいいわ」
祖母のことをうらやましく思ったかもしれない。半信半疑も、ほんの少しは・・・。
「何故私には見えないの?」
そう言って、私は祖母の見る庭先に視線を移し、見えるはずのない何かを探した。
忘れがたい記憶。大切な思い出。祖母は生まれたばかりの曾孫を抱えて、無邪気に微笑んでくれた。
「おばあちゃん・・」
一人つぶやく。私の故郷の風景は、祖母のいない分だけ寂しくなった。
片付いてるというよりは、何もない部屋。ほとんどあの頃と変わりない。このまま縁側に腰掛けていれば、昔のように祖母が部屋の奥から茶菓子を持って現れるのではないか、などと考えてしまう。
帰る前に、淡い期待を込めて、部屋の奥をジッと見つめてみる。こんなとき、・・ああ、私は昔から何も成長していない。自分でも笑ってしまう。
そのあと、視線を庭に戻したとき、祖母の言葉が再び頭をよぎった。
真っ赤な着物の少女がそこにいた。
姿に陰影がなく、肌が異常に白い。
瞬間、人ではないと理解した。
なぜか思い出されるのはいつかの祖母の視線。
『・・えた?』
透き通るような、か細い声。私は震える手を必死で抑え、声に集中する。
『みた? ・・ミエタ?』
少し口をひらき、驚いた表情をしている。私の真似をしているのか。
『・・・ナゼ、見えないの?』
そのとき、私はある事に気づいた。あの日、この少女もここにいたのではないか、と。幼い私と祖母の会話を今のようにそこで聞いていたのではないか・・。
どんな感情か、私の胸は熱くなる。
着物の少女は小さく微笑む。そして、ふわりと宙に浮かび、消えてしまった。
・・・しばらくあっけにとられ、その場に立ち尽くした。
それから私は何度も記憶を辿る。あの日に交わした言葉、懐かしい茶菓子の味、見えない祖母の視線の先を。
稚拙な内容ですが、作者は一生懸命です。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。