鏡の中の自分になりたい
前の私は、鏡の中の自分のようだった。楽しい、幸せ、愛情。そんな言葉が似合う輝いた日々だった。自分を直視できたし、自信も少しはあった。今はどうだろう。退屈、悲観、不安。前の私とはかけ離れた言葉ばかりが私を纏う。毎日面白みもなく楽しくもない日常を過ごし、毎日安心できる場所で、時間をかけ眠る。前は楽しみで眠れなかったのだろう。今は不安で眠れない。過去の自分との比較が、今の自分をさらに惨めにさせる。比べるのを辞めるというのは、そうできる事じゃないと知っている。それをしないと、苦しいのも知っている。だが出来ない。何もかも。疲れて、嫌なことをするために眠るのは、回数を重ねる度に辛くなり、慣れてゆく。慣れとは、私の心を重く、軽くさせる。「慣れ」から逃げるために、私は日常に色を求める。黒しかない日常に、青、赤、緑…色んな色を求めた。それをしてどうなった。一時は気が楽になっただろう。終わった頃には黒に戻る。どれだけ素晴らしい色であろうが、他の色は黒には勝てなかった。私の心を変えるには、鏡の中の自分という、「白」を取り戻すしか無かった。「白」とは何なのか、今の私には分からない。色んな石を拾ったが、そこに宝石は無かった。全て不透明で、くすんだ色をしていた。私は自分を変える為に鏡を見た。間違いなくそこにあった白に近づける気がしたから。鏡に映る自分は、確かに前よりくすんでいた。でも、現実の私より少し透明に、光って見えた。鏡は私に光を当ててくれるから。私は思った。光だ。色じゃない。黒しかない私を色付けようとするものは、黒に飲み込まれていった。今の私に必要だったのは、黒を取り除き、薄く、少しずつ透明にすることだった。赤、青、緑という「光」が集まった時、初めて「白」という「色」が出来る。前の私と比較するばかり、焦った思いで色という結果を求めすぎていた。結果には過程が伴う。それが光だ。今まで拾ってきた石は、全て宝石の原石だったのかもしれない。曇って見えなかっただけで、光が差し込めば、それは磨けば光る宝石になる。私の中で、光という気づきは得る方法が分からなくとも大きな進歩だった。その晩、久しく明日への希望や「変われるかもしれない」という心持ちで眠ることができた。次の日の朝、私はいつもより早く起き、鏡を見た。そこには、いつもより綺麗で、光に照らされた「黒い私」が居た。黒ずむ一方だった私の日常に、希望という一筋の光が差し込んだ。鏡の中の自分も、私に合わせてさらにいい自分になっていた。縮まらない、縮まらないで欲しい距離が、そこにはあった。




