第5話・溺れる『いろ』の氾濫に ~神秘の瞳が見る世界~
第1章 制御不能の幼き見習い
第5話・溺れる『いろ』の氾濫に ~神秘の瞳が見る世界~
アインの記憶の最初にあるのは、一言でいうなら洪水。あるいは氾濫。
気が付いた時には鎖で繋がれ、乱暴に扱われていたアインの目に、世界は酷く、忙しかった。
様々な物が、生き物も、生き物ではないものも、ありとあらゆるものが、姿形と共に様々に色を纏い、動き続け、交わったり、離れたりと、入れ替わり続けていて……
少し、見ているだけですぐに頭が痛くなって、気持ちが悪くなって……そうして、不調になると殴られたり、蹴られたり……時には鞭で打たれたり、棒で叩かれたりと言った酷い仕打ちを繰り返されて……怖くてたまらなかった。
「……世界……」
もう一度、言われた言葉を繰り返したアインの顔から表情が消え、瞳も暗く、濁っていく。
わななく唇が、微かに乱れた呼吸を零し、全身に震えが走った。
「……アイン……?」
思いもかけない変化に、目を見張ったシリウムが声をかけ、掴んだままの肩を軽く揺さぶる。
「……ぁ……」
「どうした? どんなふうに見えているのか、説明するのは怖いのか?」
ハッとして我に返ったアインがシリウムを見る。
真剣に、けれども落ち着かせるように問いかけたシリウムに、一度、大きく息をしたアインはゆっくりと首を横に振る。
「……ごめんなさい……大丈夫です……」
そう言って、もう一度、震える息を大きく吐き出す。
「……僕は、普段は、色々なものを、見ないようにしています……」
「……ウスニーから報告があったな。見者の目で、魔力や精神世界の存在と言った、姿形のないものを見ていると、すぐに不調になると……」
皇宮にある神殿の医務殿の長官であるウスニー=メンテは、当然医呪神官長であるシリウムの部下に当たる。
インスの見舞いを許されたアインが皇宮医務殿を訪れた際に、十日近く昏睡し続けているインスの精神体の状態を『見て』今のインスがどういった状況にあるのかをウスニーに伝えた。
その時アインは、見者の力を象徴する『普通は見えない魔力を見る能力』を普段は封じて、見えないようにしているのだと言った。
こくりと、一つ頷いて、アインは震える唇をまた開く。
「……だから、多分。普段は普通に物質として存在している、そのままを、見ている筈です……」
見ないようにしているのは魔力や精神世界の、姿や形がないものだけのはず。
けれど、本当にそうなのかを知る術はアインにはないし、シリウムにもない。
だからアインがそう答えたことに対しても、シリウムは黙って頷くだけ。
「……魔力や、精神体やなんかの、普通には姿や形がないものは、基本的には『見よう』と思った時に、見ようと『思ったものだけ』を、見るようにしています……」
そうでなければ呑まれる。
様々な、極彩色の情報の波に。
けれど、時に、それらの存在に気づく時がある。
どんなに見ないようにしていても、あまりにも眩い光や、逆にあまりにも暗い闇は強すぎて見えてしまう。
インスの肩の怪我に、魔力が残留していることに気づけたのはそれらとは違って、その時のインスが普段と少し……様子が違うように感じたから。
何が違うのかと疑問に思って、じっと見ていたら、急に目が霞んだかのように絡みつく魔力の残滓が見えた。
だから、最初は本当に、目が霞んだのかと思ったのだ。
けれど、目を擦ってもその霞は消えなくて、だから集中して『見て』、何があるのかが分かった時には震えあがった。
「……見者の目に、映る世界はどう見えているのか? ということなら、様々な存在の氾濫……ですね……」
色も形も、明るさも暗さも……何一つ、同じ状態では止まっていない。
「……すべてが常に、動いている……動いていないのは、じっとしている物質だけで……でも、それも、纏う魔力が揺らめいて……じっとしているようには見えない……」
ゆっくりと、シリウムが何を聞きたいのかを察して、答えるアインの返答は、明らかに五歳ほどの子供の言葉ではない。
一瞬、子供を相手にしていることを忘れかけて……すぐに目の前のアインに、その小さな肩を掴む己の手の大きさとの差に気づく。
気づいて、その、せわしなく動き続ける状況が、いかに負担がかかるものであるのかを察した。
もう、これ以上『見たくない』と、目を閉じて、視界からすべてを遮断したくなるのも当然。
けれど同時に、見たい時に『見たいものだけ』を見れるようになったから、アインは神業をやってのけたということでもある。
「インスの肩の怪我にあった魔力は糸のようだったと言っていたな?」
シリウムの確認に、アインは少し、曖昧に頷く。
「……実際に、糸が見えたわけではないです……すごく細い、霞のような線というか、糸というか……そんな感じに見えただけで、ちゃんとした形があったわけでもないです……」
たとえて言うならば『糸』と言う意味で、本当に『糸』として見えていたわけではない。
「……魔力は、言うなら、それぞれ固有の『色』を纏っているような感じです……誰の魔力なのか、感じ取れるのと同じで、全く同じ色はないから、見分けがつきます……」
その説明には納得できて、シリウムも深く頷く。
そもそも、魔力の違いを把握できなければ魔法は使えないのだから、少なくとも自分の魔力と、使いたい魔法を起こせる存在の魔力とを、大まかにでも把握できるようになる必要がある。
見者であるアインは、その魔力の違いを、感覚だけではなく色のようなものとしても見られるということ。
「……では、インスの魔力の流れを整えた。と言うのは?」
そして、核心となることを問いかける。
じっとりと、掌に汗が浮かんでいたが、緊張しているのはシリウムだけではない。
アインもまた緊張していて、真顔で見つめ続けるシリウムから逃れるように、顔を俯けた。
「……僕の、魔力を剥がした後に、詰まってるところを、流れるようにして欲しいと、お願いしました……」
アインのその答えに、ヒュッと、微かな息がシリウムの口から漏れる。
(……合っている……。だが――だからこそ……異常だ……)
回復魔法は、自身の魔力を呼び水に、神族に対して助力を請い、起こして欲しい現象……治癒力の活性化……を起こして貰う魔法。
だからあの時、アインが唱えた回復魔法の呪文は、異常のある個所の修復を依頼するもの。
正しく、回復魔法を構築し、膨大な量の自身の魔力を捧げた。
第1章第5話をお読みいただきありがとうございます。
シリウム神官長に「どんなふうに見えている?」と聞かれ、フラッシュバックのように凄惨な過去を思い出してしまうアイン。
知識のない幼子が、インスを助けるためだけに感覚で導き出した治療法。
最後にアインが語った「魔力の流れを整えた方法」は、シリウム神官長に「だからこそ異常だ」とまで言わしめます。
才能という言葉では片付けられない、アインの祈りのような魔法の真実とは?
次回もお楽しみに!
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【第6弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
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ノリト&ミコト




