第3話・黄昏揺れる痛みし笑みに ~神意の結果に境界を~
第3章 神殿の呪師たち
第3話・黄昏揺れる痛みし笑みに ~神意の結果に境界を~
何でこの一週間で、日に日にアインの元気がなくなっていくんだ?
時刻は夕方。
その日の授業を終え、呪師寮の部屋に戻って来たペルフィーは教本を手に……
アインが手にしている教本は初級のものだった……
ぼんやりと椅子に座っているアインを見て一瞬動きを止めた。
教本を開いているだけで、全く見ていない……
授業時間が減って、休養の日もちゃんと与えられ、一日に受ける科目も一つだけ。
と言う、これまでの詰め込みからは考えられないほどスケジュールが緩和されている筈なのに、どうしてこんなに疲れ切った様子なのか?
「……どうした? 流石に難しすぎるのか?」
そもそも五歳ほどの子供が学ぶ内容ではないのは分かっているので、いかに理解力の塊と言えるアインでも授業が難しすぎるのかと思って尋ねてみる。
「……ぁ……。いえ……授業の内容は……分かりやすく教えて頂いています……」
そう答えたアインに、ペルフィーは眉を顰める。
無理に浮かべたのがはっきりとわかる、痛々しい微笑。
アインは噓を言うような性格はしていないのは、ここに来た当初からの付き合いで分かっている。
だから、授業が難しくて躓いているわけではない。と言うのは事実なのだろう。
「そうか? じゃあ、授業で困ってるわけではないんだな?」
「…………はい。内容は、分かります……」
確かめるようにもう一度聞くと、一瞬言葉に詰まったアインはけれども同じ答えを返すだけ。
何かがおかしいと感じながらも、その理由が見えなくて……
「……そっか。何か困ったことがあるなら、ちゃんと相談しろよ?」
「……はい……。分かりました……」
そう告げることしかできないペルフィーに、アインもまた、ただ静かに頷いた。
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明日の授業が皇宮医務殿で行われると伝えられて、アインは一瞬、息を飲んで硬直した。
その連絡は、呪師寮の当直であった神官長から密かに伝えられ、口外禁止と強く命じられる。
「……………」
強張った表情のまま頷いたアインに対し、中年の女性神官長は表情筋をピクリとも動かすことなく確認を口にした。
「……では、明朝。朝課の後は部屋で待機しているように。よろしいですね?」
「……はい……」
声音にも何の感情も見えなくて、身を竦めるようにしたアインはようよう声を絞り出す。
何の感慨も気遣いも伺わせることなく。
一つ頷いた神官長は「行ってよろしい。」と退室を促し、挨拶をして当直室を出たアインは一瞬、その場に座り込みそうになって、慌てて体に力を入れた。
今日の当直の神官長は、あまりにも感情が見えなくて少し、苦手だった。
決して、悪い方ではないことは知っている。
それでも、何を考えているのか。どう感じているのかが分からないのは……怖いと思ってしまう。
それが、神官長の職責から来る、自らを律する信条から来ているものであることは知っているが、怖いものは怖い。
実際、彼女を苦手とする者は多くいて、それを本人も承知している。
ドッと来た疲れに少しふらつきながらもアインは部屋に戻って……
そのままベッドに倒れこむようにして眠ってしまった。
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顔色があまりにも悪すぎる。
アインに明日の予定を伝えた神官長は、内心で様子に不信感を募らせていた。
そもそも当初から授業の時間割がおかしいと主張していた彼女からすると、緩和されたはずのスケジュールで疲弊が蓄積しているのは異常事態だ。
(……エルマーニ校長は、このことをきちんと把握しているのでしょうか? ……スケジュールが緩和されたからと、授業後や休養日に面会時間を設けて、問題がないか確認している筈ですが……)
報告には特に問題はない。とされているが、各専門分野で授業を担当している講師役の神官長たちからは疑問の声が上がっている。
(……すべてを知らないエルマーニ校長が暴走している可能性もありますか……その信仰心自体は評価しますが、だからと言って個人の意思や状態を無視した強制は許されることではありません……)
誤解されがちではあるが、彼女は『判別』を専攻とする神官長。
判別とは即ち『神の意思を聞く』と言うこと。
物事の真偽、正誤を正しく判じる魔法の使い手。
故に、常に己を律し、正しくあることを心掛けている。
その結果、生徒や他の神官たちからは怖がられていることも知ってはいるが、だからと言って心を砕かないわけではないことも知られている。
よって、自分に非があることを理解している者は煙たがるが、そうではない者はむしろ相談に来ることすらあった。
けれど、アインは……
(……あの子を『居ない者』と明かしてしまったわたくしを恐れるのは……致し方ないことでしょう……)
相談して、その結果、居場所を失うことを極端に恐れている。
だからアインは何も言えない。
いつも身を竦め、表情も声も固くして、ただ頷くだけ。
それが、あまりにも哀れであり……
(……どうして、神はあの子を『居ない』と仰ったのか……)
その結果が出た時から、そのことが彼女をずっと悩ませていた。
第3章第3話をお読みいただきありがとうございます。
スケジュールが緩和されたはずなのに、なぜか日に日に元気がなくなっていくアイン。
ペルフィーは異変に気づきながらも、無理に微笑んで「大丈夫」としか言えないアインに深く踏み込むことができず、もどかしい思いを抱えています。
アインが抱える『見捨てられる恐怖』がどれほど深いものか……。
そんな限界ギリギリの状態で告げられた、翌日の「皇宮医務殿での授業」。
無表情な神官長に怯え、部屋に戻って倒れ込むように眠るアインですが……。
実はその神官長の内心は、アインへの深い哀れみと、彼を「居ない者」としてしまった過去の神意への苦悩で満ちていました。
アインを取り巻く大人たちの思惑と良心が交差する中、いよいよインスのいる皇宮医務殿へ!
次回もお楽しみに!
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【第6弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
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ノリト&ミコト




