15 天才タツヤ 覚醒の前夜
宇宙港から遠く離れた辺境植民地の片隅。
錆の浮いた低重力住宅街に、ぽつんと残された古い家があった。
再資源化装置の実証実験区域に指定され、その家も例外ではなかった。
「この物件が最資源対象です」
係官の声は機械のように乾いていた。
作業員たちは淡々と古い住宅へ入り、壁をはぎ、柱を抜き、基礎を解体してゆく。
数分後には、家の形は跡形もなかった。
まるで最初から存在しなかったように。
少し離れた場所で、小柄な老女が静かに家を見つめていた。
白い髪は風に揺れ、両手は膝の上で小さく震えている。
「……なくなるのね。あの子たちが育った家が」
隣に立つ娘が、そっと肩に手を添える。
「お母さん、また誰かの役に立つのよ。
捨てられるより、ずっといいでしょ?
思い出は……リサイクルできないけれど」
老女は少し笑った。
寂しさと誇らしさが入り交じる、不思議な微笑みだった。
「ええ、思い出はね……雪みたいに降り積もって、やがて溶けて消えていくの。
でもね、消えた場所には新しい芽が出るのよ。
若い人は前を向いて生きればいい。
そしてその背中が、誰かのみちしるべになるの」
その独り言は、記録される予定などなかった。
だが偶然、現場を視察していたタツヤの耳に届いた。
タツヤは沈黙したまま、解体された住宅の跡地に立ち尽くしていた。
自分が作った最資源装置。
ゴミを資源に、壊れた船を新品に、汚染惑星さえ清浄化できる宇宙の魔法。
そのはずだった。
だが今、宇宙ではブームが暴走しつつある。
「古墳も最資源して新素材に!」
「歴史博物館を丸ごと再資源化して宇宙美術館へ!」
「文化も技術も、ぜーんぶ最資源!」
そんな広告が宇宙ネットを飛び交い、
ツトムはすでに1億台の量産キャンペーンを指示し、
めぐみは外交カードとして企業を動かし、
じんやは事後処理で頭を抱えていた。
みんな善意だ。
宇宙のため、人々のため。
だが。
「……文化まで、最資源してどうする」
タツヤの胸の奥に、黒い影が広がる。
「俺は……そんな未来を望んでいない」
その囁きに、老人の声がそっと重なってゆく。
失敗してもやり直せるのが若者よ。
大事なのは、話すこと。
寄り添うこと。
間違えるから飛躍もある。
タツヤはゆっくりと呼吸を整えた。
胸の中で何かがほどけてゆく。
そして、これまで見えなかった道が、静かに開けていく。
「……そうか。俺はまだ、やり直せるんだ」
最資源装置を作ったのは、自分だ。
なら、その未来を守るのも自分だ。
文化は、ゴミではない。
文明は、効率だけではない。
思い出は、最資源できない。
だが残していく価値がある。
「俺が……この暴走を止める」
タツヤはそう呟き、宇宙連邦倫理会議へ向けて動き出す。
あの老女の言葉を胸に抱きながら。
その言葉はのちに、
文明は積み重ねであり、再資源できない価値がある
という名言として議事録に引用され、
連邦全域に大きな波紋を呼ぶことになる。




