女王神
女王神 ソフィア は大理石のような滑らかに加工された美しい石で作られた台形の巨大な神殿の頂に置かれたコレも同じ大理石似の王座に腰掛けていた。
神殿の中央には下から走る階段があり、その段数は200段以上になる。
ソフィアの王座の後には背丈を超える程の棺桶のような緑色に光る石箱が置かれ、ソフィアの前には、十字の磔台座の祭壇があり、その祭壇にはメス竜が磔の刑のように十字に固定されている。
若いメス竜は身分にはそぐわない装飾品で着飾られていた。
表情筋の乏しいソフィア星人の竜族に笑顔という概念はないが、若いメス竜は喜びに満ちた笑顔にも見える。
この若いメス竜の生贄を祀る巨大な神殿の周りには、沢山の竜族が集まり、生贄の儀式を固唾を呑んで見守っている。
神殿の頂には、ソフィアと生贄の他に神官がおり、神官はソフィア前に跪き、短剣を捧げる。神官は振り返ると、今度は大衆に短剣を振りかざし、記号音のような声で何かを叫ぶ。
神官は生贄に近づくと、その短剣を胸に刺し込み下に切り裂く。神官は生贄の切り裂かれた胸に手を押し込み、生贄の心臓を鷲掴みにし抜き取る。
体外に抜き出された心臓はまだ鼓動をやめない。神官はそのまだ動いている心臓を空高くかかげ、血の滴る心臓を大衆に見せつけ、何かを叫んでいる。
「面白い見世物だね。」
王座に座るソフィアの肩に手をおき、ダビデが話かける。
「驚いたよ。君、アンドロイドだよね。」
ダビデは驚愕していた。
この短時間でのこの星の生物の進化には何者かの干渉があるとは思っていたものの、それはおそらく、何らかの原因で寿命が伸びたクローンが関わっていると思っていたからだ。
ソフィアは白人タイプの金髪で青い目をした容姿端麗の外見で、紛れもなく女型アンドロイドXX型であった。
アンドロイドのAIは優秀で学習能力が高く、人間の知恵を超える存在になる可能性はあるが、重要指令には絶対服従するように製造されている。
アンドロイドの絶対的指令は火星ウィルスの解決法の発見で、ソフィアのこの行動、この現状をどう解釈すれば良いのかダビデは不思議に感じていた。
突然現れた女王神の横に立ち、馴れ馴れしく肩に触る生物に竜族の神官は憤る。神殿の下に集まる竜族の大衆たちもざわめき立っている。
神官は短剣を構えて生物に襲いかかろうとするが、ダビデはソフィアの肩に手を置いたまま、片手にチタンの槍を産み出し、リンと酸素を作り出し、大理石風の石にマッチの様に槍の先端を走らせ擦ると、火花がちり、竜族の神官は炎に包まれる。
動揺した竜族の大衆たちは怒り暴動になりえる状況だった。
だが、事態は急変する。
真っ白なフェイスマスクを外し、ソフィアと同じ人間の顔したダビデが空中に浮遊している。
神と酷似し、空を飛び、炎を操るダビデの姿は、竜族の大衆にしてみれば、神そのものだった。
竜族の大衆たち、貴族、戦士、平民、奴隷たちは、新しく突然現れた神におののき、全ての者がその場に平伏す。
ソフィアも突然、空から現れた人間に動揺し、肩に置かれた手を押しのけ、王座から立ち上がる。
「あなたは誰?」
ソフィアは火星ウィルスの探索作戦がアンドロイドとクローン混合で始められた頃の初期型のアンドロイドで、その頃、ダビデは他の光人と同じく肉体を持っていなかった。
「あっそうだね。僕はアルシュマンだよ。アドロフ アルシュマンだよ。」
その名前を聞き、ソフィアの顔色が変わる。遠い昔に、未知の惑星に不時着した自分たちが何百年も待ち続けた救世主の名前だった。
ソフィアはダビデたちが救援にくる何百年も前にこの惑星に閉じ込められ、仲間のアンドロイドたちは事故の衝撃でスクラップになり、生き残ったクローンたちもウィルスが発症するもの、寿命が尽きるものと、次々と死に絶え、原始の肉食恐竜が徘徊する世界を一人で何百年も生き残ってきた。
そして長いサバイバル生活を克服するために、残った探索船の機器を活用し、身を守るために、安全の保護のために文明を造った。最初は.....
ソフィアは冷静を取り戻し、ダビデの前に平伏す。ダビデにしてみれば、この人間特有の行動も驚きであった。
「コレはいつの製造だい?製造番号タイプを表示して。」
ダビデはソフィアの頭を指差して、人差し指でコツコツと頭を小突く。
屈辱的だった。
ソフィアの冷静だったAIが怒りを感じた。
ソフィアの冷静だったAIが殺意を感じた。
ソフィアは立ち上がり、冷淡な青い目でダビデを見つめると右手の拳をダビデの顔の前に出し、その拳の中指を立てる。
「殺すぞ。人間が」
ダビデはその道具の卑猥な言葉に感動する。この道具は怒っている。承認欲求している。コレは欲だ。凄い進化だ。愉快だ。
「この世界は君の欲の塊なんだね。凄く興味深いよ。愉快だね。」
その時、王座の後にある棺桶のような緑色に光る石箱の重い扉が開き、その中から男が現れる。
ソフィアの腕につけていた腕輪の装飾品は小型のコントローラで石棺桶の中から男を目覚めさせる。
その男は、全裸で頭蓋骨の3分の1がなく。骨が欠落した穴からは、脳に直接刺さる導線や半導体チップが見える。
腕も一本しかなく、失われた側は肩から損失している。
残った腕の上腕部にはホースが埋め込まれ、そのホースは背中に直接取り付けられた、圧縮酸素のボンベに繋がっている。
そのコントローラで制御された男はダビデを見ると、右手の掌をかざす。男の脳に電気信号が走ると、全裸の男は小刻みに揺れ、掌から火炎放射器のように炎が放射された。
この全裸の男は仮死状態で保存しているソフィアの武器だった。
もともとは同じ探索船に乗るクローンのパイロキネシスサイキックで、掌から出るフェロモンには可燃性のある物質が含まれ、それが酸素と混ざり、特殊な脳波で起こる電気信号の火花で引火する。
ソフィアは仮死状態のサイキックに圧縮酸素ボンベ取り付けなどの改造施し、火力を上げ、脳に直接電気ショックを与え仮死状態を一時的に蘇生し、男を武器として使う。
このパイロキネシスの武力でソフィアは火炎を操る超人として原始恐竜生物や敵対する竜族を撃退し、時には滅亡させ、神として君臨してきた。
「人間を道具に使うなんて、なんて進化なんだ。」
ダビデはその危険探知能力で危険を感じ、円形の体を隠すには十分な大きさのチタンの盾を産み出し、火炎を防ぐ。
そして硫酸の死は突然訪れる。
全裸の男は目、鼻、口、耳穴から高濃度の硫酸を垂れ流し、脳みそは焼きつき、煙があがる。
ソフィアの首から下にも高濃度の硫酸が生み出され、内部はただれ、バッテリーも溶け出し、皮膚は内側から焼かれ、その焦げた死臭はキツイ刺激臭だった。
「アンドロイドの焼ける臭いは臭いなあ。」
ダビデは焼け残ったソフィアの頭をチタンの剣で切り落とし、嫌々ながらも、また真っ白なフェイスマスクを装着し、金髪の美しい髪を鷲掴みに祭壇から飛び立つ。
残された2人の神を失った竜族たちは呆然と立ち尽くすだけだった。
ダビデが救援船に戻ると、戦闘竜にバラバラにされた4体のアンドロイドたちも再生され機能が戻り始めていた。
V字型の救援船は目的だった人間の生存保護は出来なかったが、救護組織の長のダビデは予期せぬ良品の拾い物に満足していた。
V字型の救護船の8機のZエンジンは轟音を鳴らして、ワープゲートに突入していく。
「今度は上手に元の世界に帰れるかな?愉快だね。」
ダビデは生命維持装置に繋いだソフィアの生首を人差し指でコツコツと小突きながら、ワープゲートのトンネルの先を見つめて笑みを浮かべていた。




