お送りしますは天界視点
天界。それは、新たな物語の出発地点。
死した者の魂を呼び集め、それらを様々な進路へと導く場所である。
そして、その処理を行うのはいわゆる神、もしくは、天使であり、日々何百何千という数の魂と向き合い続けているのだ。
当然、神も天使も一人だけではなく、それなりの数を動員して行っているが、どう考えてもオーバーワーク。
天界とは、人間界で言うところの「ブラック企業」なのである。
今日は、そんな天界の日常に焦点を当てて行こうと思う。
「はぁ……」
天界の「異世界転移・転生部、転移・転生者観測及び修正課」に所属しているミネルヴァは、観測室の机に肘を置き、深いため息をついた。
もう何回目だろうか。
「なんでこの子って、こんなに『クール』なの? 普通は異世界に転生しただけでも興奮するはずなのに、魔法が使えるようになっても、こんなに冷静だなんて……」
そうこう言っている間にも、モニターに映る少年は、目の前に群がっている魔物たちを最弱魔法とやらで消し炭にしてしまった。
「あ、来るわね。ここで決まって『ふっ……所詮この程度か』って――――」
「ふっ……所詮この程度か」
「ほらぁ! 訳が分からないわ! 少しくらいは動じなさいよ!」
そう叫んで髪を掻きむしるミネルヴァ。
しかし、既にボザボサになっている彼女の髪の毛は、少しも変わらなかった。
変わったと言えば、ミネルヴァの精神状態が悪くなっただけである。
そんな様子を隣で見ていた、見習い神のエリスは必死に笑いを堪えている。
「せ、先輩……彼って一応カッコイイと思ってやってるんですよね?」
「そうなのよ! だからタチが悪いの! 共感性羞恥でいつも死にかけてるこっちの身にもなって欲しいわ!」
「神って死にませんよね?」
「うるさいうるさい! そもそも、現実の15歳の男の子がこんな風に振る舞えるわけないじゃない! しかも、この子、前世では引きこもりのオタクだったのよ?」
エリスが「オタク差別ですか?」とツッコミを入れるが、ミネルヴァとしてはそれどころでは無い。
画面では少年が『闇龍魔導波』という、どこからともなく思いついた技名を叫びながら、自身の数十倍もあるゴブリンのボスを倒していたからだ。
「あ、このあと絶対、お姫様属性の女の子が出てきますよ」
そうエリスが予言する。
すると、ミネルヴァが相槌を打つ暇すら与えることなく、金髪碧眼の高貴そうな美少女が木陰から現れた。
「あなたは一体……?」
「大した者じゃないさ」
「まさか、あなたが噂の転生賢者様……! 私は第一王女のクリスティーナ・フォン・ロゼンブルグ。是非とも我が国の……」
ついに限界を迎えたミネルヴァは、予言が当たったことに喜び跳ねるエリスをよそに、【停止】ボタンを押した。
「どうして止めるんですか!?」
「これは規定違反よ。過去100件の転生案件を分析したところ、『金髪碧眼の王女様による勧誘』『クールな性格設定』『属性魔法の完全習得』この3点が重なると、89.7%の確率で『チート能力による世界の均衡崩壊』に発展することが判明しているの」
「すいません……私の勉強不足でした」
「いえ、あなたはまだ新人なのだから、これからしっかり勉強して覚えていけばいいわ」
ボザボサとした頭ながらも、凛として振る舞うミネルヴァには、神としての威厳が戻っている。
ここからはもう慣れた作業だ。
数あるボタンの中から【設定リセット】のボタンを押すと、画面が白く光る。
パッと見では、何も変化していないように見えるが、変化は【再開】ボタンを押してから即座に現れた。
「はわわわわ!? な、なんでこんなところにいるんですか!?」
先程までの少年の態度は見る影もなく、非日常的な場面に慌ててふためく普通の少年になってしまっていた。
「これは……」
「『現実的な性格設定』よ。本来の15歳相当の精神年齢に戻したの。まだ、修正したい箇所は沢山あるけれど、他がつっかえてるからね」
王女も困惑気味に少年を見つめている。
それもそのはずで、冷静にクールに振舞っていた賢者様が突如としてオドオドし始めたのだから。
「あの、私は第一王女の……」
「お、王女様!? うわあああ、すみません! こんな格好で失礼しました!」
倒れ込むように平伏する少年。
地面にめり込みそうな程に、頭を擦り付けて謝罪の言葉を連ねている。
「やっぱり、これくらいでないと……ですね」
「えぇ。自然かつ素直な反応というのはいいものよ」
思わず、口元が緩んでしまっているミネルヴァは、また残っている仕事に取り掛かる。
「この処置によって『ハーレム展開』の発生確率は20%まで低下、『世界の危機回避』確率は85%まで上昇との予測ね」
「でも、本人の希望した転生生活とは……」
「心配無用よ」
ミネルヴァが別のモニターを指さす。
そこには、王宮の料理人として採用された少年が、右に左に忙しなく動きながら甲斐甲斐しく働く姿が映っていた。
「『料理スキル』だけは残してあげたの。こちらの方が本人の適性に合っていたようね」
「確かに……。『無双チート系』より『スローライフ系』の方が、天界の業務負担も軽いでしょうし」
エリスも深々と何度も頷いて、賛同の意を示した。
しかし、彼女たちにはまだ多くの仕事が残っている。
まずは、モニターの画面を切り替え、新しい転移者の資料を確認。
「次の人は……『36歳独身ニートの逆転ハーレムライフ』で途中不具合により、社畜なニートという矛盾が発生?」
「これはまた大変な仕事になりそうですね」
「なんでこんな奴らばかりなのよぉぉぉぉぉぉ!」
神は今日も懸命に働く。
矛盾だらけのこの世界を支えているのは彼らだということを私たちは覚えておく必要があるだろう。
それではまた。
読んで頂きありがとうございました!
久しぶりに書いたので、おかしな部分は沢山あると思いますが、評価や感想を頂けると幸いです。