雪原の地での想い
この作品は、武 頼庵様の『街中に降る幻想の雪』企画参加作品です。すいません、あまり『街中に降る幻想の雪』っぽくない話になってしまいました。
住んでいた国を出て、旅を始めた俺たち。それから一週間ほどしたある日、連れの女性が何となく元気がないことに気付いた。
「エイシア、大丈夫?」
「何がよ」
「……いや、今日静かだなって思って」
「いつもはうるさいって言いたいわけ?」
「……そうじゃなくて」
やっぱりおかしい。いつもだったらもっと叫んで怒ってる。顔が何となく赤い。俺は足を止めて、エイシアの額に手を伸ばした。
「……熱い」
「今朝から何となく具合が良くなかったの」
「言ってよっ!」
「倒れるまでは歩こうと思ってたのよ。あんたに気付かれると思わなかったわ」
「……ああもう」
俺は荷物を下ろす。今日はここに泊まりだ。
どこまでも広がる雪原。何か雪を遮ってくれるようなものがあればいいけれど、そうしたものが見当たらない。だったら動き回らずに、ここで泊まってしまった方がいい。
「エイシアは座ってて。テントを張っちゃうから」
「そうするわ」
やっぱり体が辛いんだろう。いつもだったら、俺だけがやろうとすると「私もやるわよ」と不機嫌になるのに、今日はそれがない。ちゃんと言ってよ、ともう一度心の中だけでつぶやいて、テントを張る手を早めた。
*****
テントを張って寝袋に潜り込んだら、エイシアはあっという間に眠ってしまった。いつもは同じテントには入らないけど、今回だけはそんなことは言っていられない。
エイシアの様子を見つつ、火も確認する。雪の降る中を、俺たちはさらに北へと向かって旅しているから、これからどんどん寒くなっていくだろう。温めるための火は重要だ。
「……いつも元気で自信満々なエイシアが静かだと、なんか変な感じだ」
ポツリとつぶやく。二人だけの旅。寂しいと思ったことなんてないのに、今は何かすごく寂しい。いつも笑って怒って忙しいエイシアが、何も言わないのが寂しい。
俺は自分の髪に触る。赤い髪。俺たちのいた国では、その髪色を持つ大半の人が奴隷だった。俺の場合は母が外の国から来た人だから赤い髪なだけだったけど、それでも俺に話しかけようとする人など、ほとんどいなかった。
そんな中、声をかけてきたのがエイシアだった。
『こんな雪の日まで、剣を練習してるの?』
一人、剣の素振りをしていた俺に、物怖じすることなく話しかけてくれて、笑いかけてくれて、その笑顔に見入ってしまったことは忘れられない。
そして、次にエイシアと出会ったのは、街中だった。
貴族令嬢であるはずのエイシアが、街中で貧しい子供たちと一緒に遊んでいた。雪の降る中、雪にまみれて一緒に雪だるまを作って笑っている姿に、何やってんのと思ったけど、結局俺も一緒になって遊んでしまった。
「エイシアのことで、俺が気付かないはずないでしょ」
いつだって、俺はエイシアの味方なんだから。
隠そうとしたって、すぐ気付ける。だから、これからは具合が悪かったらちゃんと言って欲しい。でも、今それを言っても、エイシアに届かないんだなと思うと、やっぱり寂しかった。
*****
「ちょっとっ! なんであんた、一緒のテントにいるのよ!」
俺はエイシアの大音量の声で目が覚めた。
目が覚めたという事実に、眠ってしまっていたことに気付く。目のつり上がったエイシアはとりあえず置いといて、テントを少し開けて見てみる。外は明るかった。珍しく晴れて太陽が昇っている。
エイシアの様子を見つつ、火の確認をしていた。横になっても眠ることはできなかったけど、だんだん熱が下がっているのが分かって、安心したことまでは覚えてる。
「うわ~、寝ちゃったのか」
安心したからと言っても、ずいぶんぐっすり寝てしまったようだ。周囲を見回す。よく何も問題が起きずに過ごせたものだと思う。
「ちょっとっ! 私の言うことに答えなさいよ! なんで一緒のテントにいるの!」
「いや、具合が悪いから、側で様子を見たくて……」
「寝てたでしょっ!」
「……ごめん」
途中までは起きてたけど、眠ってしまったことには違いない。素直に謝るけど、エイシアの俺を睨む目はそのままだ。
「何もしてないでしょうねっ!?」
「…………? いや、エイシアが寒くないように火の強さを調整したり、顔色確認したり額に手を当てたりはしてたけど」
「そういう意味じゃないわよ!」
何もしてなかったら、今頃俺たちは凍死している。そんなことくらいエイシアだって分かるだろうに、何を言いたいのか分からない。
どういう意味だと思うけれど、真っ赤な顔して睨んでいるエイシアはそれ以上何も言ってくれなかった。
――っていうか、また顔赤いな。いつもの元気なエイシアだし、もう体調は問題なさそうに見えるけど。
「エイシア、熱はもう大丈夫?」
「大丈夫よっ!」
額を触ろうかと手を伸ばすと、避けられた。
「逃げないでよ。ちょっと顔が赤いから気になって」
「触んなくていいわよっ! 自分の体調くらい、自分で分かるわよっ!」
「いや、確かに元気そうだけどさ、念のため」
「不要よっ!」
頑として拒否された。まあ、そこまで言うならいいか。でも、これだけは言っとかないといけない。
「これからはさ、倒れるまでは、なんて言わないで、ちゃんと言って。エイシアに倒れるまで無理させたなんてなったら、俺が後悔するから」
昨日は言いたくても言えなかった言葉。今度は確実にエイシアに届く。少しバツの悪そうな顔をされた。
「……悪かったわよ」
正直、この言葉には驚いた。
「エイシアも謝罪なんてするんだ!?」
「あんたは私を何だと思ってるのよっ!」
「だっていつも、自分は間違ってないって宣言して歩いているのにっ!」
「そんなもの、宣言して歩いたことないわよっ!」
エイシアが、俺をビシッと指さしてきた。
「いい? 馬鹿な奴らには絶対謝ったりなんかしないけど! あんただけは別よ別! 光栄に思いなさいっ!」
腰に両手を当てて、ふんぞり返った。
クスッと笑う。うん、いつもの元気なエイシアだ。
雪の降る日、母の葬られた墓地で、俺はエイシアに夢を語った。広い世界を見て回りたいと。そして、エイシアに手を差し出した。
『一緒に来てくれる?』
『当たり前でしょっ!』
一も二もなく俺の手を取ってくれた。繋がれた手が温かかった。いつだってエイシアがこうやって俺と一緒にいてくれることを、嬉しく思ってる。
「元気になったなら、一緒に雪だるま作らない?」
「急にどうしたのよ」
「作りたくなったんだ」
理由になってない理由。だけど、エイシアはきっと拒否しない。
「しょうがないわねっ! 付き合ってあげるわよ!」
ほらやっぱり。しょうがないって言いながらも楽しそうな笑顔を見せて、俺より先に雪を弄りだした。その笑顔をずっと見ていたいって、そう思うんだ。