7 マイケルの仕事始め
数日後、マイケルは親衛隊仲間に挨拶を済ませて、アレックス隊長と共に自衛軍本部へと向かった。
そこには自衛軍の司令長官であるセオドラ国王陛下がおられ、隣には実質的に自衛軍を指揮するルドルフ司令官が控えていた。
マイケルは国王陛下の前で片膝を付き、右手を左胸に当てて首を垂れた。
セオドラ国王はマイケルを副司令官に任ずると勅令を出した後、マイケルの目を見て、頼んだぞ、と仰った。そこには、自分の娘を思う父の愛情が溢れていた。
「御意。御心のままに。
国王陛下とスカーレット国に神のご加護が在らんことを!」
マイケルが任された副司令官の仕事は司令官を補佐する仕事だが、ルドルフ司令官は思わぬことをマイケルに告げた。
「私は体調が良くなくて、来年には退職したいと思っている。後は君に任せたい。アレックス隊長から君の事はよく聞いているんだよ。任せて大丈夫だとアレックス隊長からの太鼓判だ。よろしく頼むよ」
マイケルは自分が思ったより重い立場に立った事を初めて悟った。
だが、尻込みはできない。
(自分を信じて任せようとしてくださるセオドラ国王陛下、王妃ゾーイ殿、アレックス隊長、ロレイン、ルドルフ殿のため。そしてエレノア姫のため、自分のために…。自分のできる限りの事をするだけだ)
ルドルフ司令官に連れられて行った自衛軍の庭では隊員が整列してマイケルを待っていた。ずらりと並んだ本部隊員300人は、初めて顔を合わせる年若い男に憎悪にも似た眼差しを向けている事にマイケルは気づいた。
ルドルフ司令官がマイケルを紹介している間も、隊員達の眼差しは冷やかだった。
ー今まで親衛隊でチヤホヤされたいた若造に何が出来る!
ーこんな奴に自衛軍の何がわかるというのだ。若造め!
隊員達の眼差しを受けて、マイケルは考えた。
この男達を掌握して懐に飛び込むためには、何をするべきか…。
挨拶を済ませ自衛軍本部の副司令官室に入ると年若い男が待っていた。男は深々と頭を下げてからマイケルの顔を真っ直ぐに見つめた。
「初めまして。サイモンです。
私は官史ですので、秘書としてマイケル副司令官にお仕えるすることになります。なんでも仰ってください」
マイケルは片手を差し出してサイモンと握手をすると言った。
「マイケルだ。副司令官を拝命したばかりだ。これからよろしくお願いしたい。
サイモン、早速だが仕事を頼みたい。
ここにいる隊員の全員の履歴名簿を持ってきて欲しいのだが…」
サイモンは、それならここに、と棚の中から分厚い冊子を取り出した。
「必要かと思いまして先ほど取って参りました」
気が利くな、というマイケルに、ありがとうございますと笑って答えた顔が若かった。
いつもなら余り気にしないことをマイケルは聞いた。
「聞いてもいいだろうか…。サイモン、年はいくつだ?」
「昨年、官史の試験を軽い気持ちで受けたら15歳で合格してしまいました。今、16歳です。
はい、若いですっ!
私がマイケル副司令官付きになったのはアレックス殿の推薦です。若い秘書官を付けて困らせようとかいう嫌がらせではありません。
私はご一緒に仕事ができる事が楽しみです。至らない所がありましたら、直しますのでおっしゃって下さい」
にぃ〜っとサイモンは笑った。
「私が副司令官殿でしたら真っ先に皆の情報を頭に叩き込みたいと思うので、先ずは履歴名簿かなと思い準備いたしました。でも本部隊員は300人ですから、時間がかかりますね」
今度はマイケルがニヤリと笑った。
「サイモン。実はな、私は意識を集中させると見たものはすぐ頭に入るんだ。多分、名簿300人分はすぐ覚えられる。
さあ、始めるぞ!」
そう言って、マイケルは名簿のページをゆっくりとめくり始めた。
夕方にはマイケルは履歴名簿の内容を覚えていた。明日は全員参加で朝会を開くと連絡を頼む、と言うとサイモンは嬉しそうに答えた。
「履歴名簿と顔を一致させるのですね。了解です!」
2日目の朝、マイケルは朝会で隊員一人一人と握手をして名前を聞いた。
3日目の朝、マイケルは誰よりも早く門に立った。斜め後ろにはサイモンが控えていた。
マイケルは次々と当庁する隊員全ての名前を呼んで挨拶をした。
「おはよう、ピエール。早いですね」
「おはよう、マイクとチャド」
「ジム、マイル、ヤミン、おはよう。いい天気ですね」
皆、名前を呼ばれてビクっとし、マイケルの顔を見た。
全員が登庁したのを確認すると、マイケルは自室で履歴名簿を前にすると、サイモンを呼んだ。
「サイモン、これから名簿に載っていない皆の情報を教えてくれ。良いことも悪いことも、噂話もだ。
サイモンならきっと色々と集めていると思うんだが…当たりかな?」
サイモンは16歳の若々しい顔に邪悪な微笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
「お任せください!」
4日目の朝、マイケルは一人一人に声をかけていた。
「母上の具合が悪いと聞いています。調子はどうですか?」
「娘さんは5歳ですね。可愛い盛りだろうな」
「釣りが好きと伺いました。今度連れて行ってください」
1週間後にはマイケルを若造とバカにする者はいなくなっていた。