5 マイケルのやりたい事は?
side マイケル
マイケルは子供の頃の記憶がはっきりとしない。楽しく暮らしていたと思うのだが、何故だかモヤっとした記憶ばかりだった。
母のロレインは商人の屋敷で侍女をしながらマイケルを育ててくれた。父は早くに病気で亡くなっている。
騎士になりたいと思ったのは、近くにいた強い男に憧れたからだった。優しい心と強い意志を持ち、魔力を操り、悪を倒す…そんな強い男がマイケルのそばにいたはずだ。
(いったいどこでそんな男と出会ったのだろう…)
記憶は曖昧だった。
子供の頃からマイケルの持つ魔力は強かった。
いや、気がついた時には強くなっていた、というのが正しいのかもしれない。
学業でも秀でていた。
騎士学校の入学試験での成績は1番だった。おかげで授業料、宿舎の費用、全てが免除になり、ロレインに苦労をかけなくて済んで、ホッとした。
その上、マイケルは女性に人気があった。
青みがかった白銀の髪を短めにカットした姿がマイケルを凛々しく見せていて、キリっとした顔立ちは女の子達を夢中にさせた。
学生時代は何人か女性とお付き合いをしたこともある。でも何故か相手に泣かれて終わってしまった。
(なんで泣いているのか、俺にはよく分からない)
それがマイケルの正直にな気持ちだった。
「お前はもう女と付き合うな。泣かせるだけだ」
友にそう言われ、それもそうだなとそれっきり女性と付き合うことはやめにした。
極々真面目な性格のマイケルは、女心がわからない残念な男でもあったのだ。
騎士になった最初の年、17歳のマイケルが国王陛下に従って騎馬で街を進んでいると、黄紅色の髪の女の子が後を追ってくる事に気がついた。周りで騒いでいる女の子達より幼く見えるその子は、必死で後を追いかけてきた。
城門の前に着き、整列をして開門を待っていると、なぜかその子がしゃがみ込んで泣いていた。
(…追いかけてきたって事は…つまり…騎士になりたいってことだよな?いや、迷子になったのか?)
そう思ったマイケルはその子に声をかけてみた。
黄紅色の髪の女の子、エメリーは蜂蜜色の瞳を輝かせたとても可愛い女の子だった。マイケルはエメリーが自分を追いかけて来たなんて、思いもしなかった。
それから3年経ったある日、エメリーが騎士の詰め所にやって来た。騎士学校の制服を着たエメリーは騎士学校に合格したと目を輝かせてマイケルに報告した。
3年前、お金がない自分に騎士になる道はあるのかと泣きながらマイケルに聞いていたエメリーは、騎士学校の費用が全額免除になっただけでなく、奨学金をもらい金の勲章のロゼッタを胸に付けていた。
(どれだけの努力をしたんだろう。
何か言って褒めてやりたい。
えらいよ、頑張ったね…。
他になんて言えばいい?)
マイケルはエメリーをハグして、制服が似合っているよ、と言うことしかできなかった。
(あぁ!なんで、もう少し気の利いたことが言えないんだ、俺は!)
そうは思っても、他に言葉が見つけられない。周りの友からは、それは殺し文句だ、と言われたがもう遅い。言ってしまった。
魔力が少ないと悩んでいたエメリーの相談に皆で乗り、自分を信じろと話すと、エメリーはキラキラと顔を輝かせながら帰って行った。
騎士になりたいと言っていた小さかったエメリーが…。あんなにキラキラと輝いて…。マイケルはくすぐったいような気持ちになり、そっとエメリーの後ろ姿を見送った。
そしてこの時も、エメリーがキラキラしている理由が自分だとは考えもしないマイケルだった。
*** *** *** ***
エメリーが騎士の詰め所に来た日。
アレックス隊長に呼び出されたマイケルは、思いもかけない事を隊長から言われていた。
配置替えと結婚の打診。
配置替えは複雑な事情が絡んでいるため、ゆっくりと考えてよいとアレックス隊長は言った。
しかし、結婚話の返事はゆっくりとはしていられない。自分の心に従って決めろ。強制ではないのだからとアレックス隊長は言っていたが…。
結婚を打診してきたのはブラウン伯爵家。伯爵自らアレックス隊長のところに話を持って来た、という。結婚してもマイケルは直ぐに騎士を辞めなくてもいい、と言ったらしい。
(お相手のエマ殿は一人娘だ。結婚したら、自分はいずれ騎士をやめて伯爵として残りの人生を過ごし、自分の領地を治めていく事になるのだろう。たぶん、一生豊かに暮らせるに違いない。
自分の隣に自分を愛してくれる美しい妻がいて、子供達が自分の周りにいる)
マイケルはそんな暮らしを考えてみる。
(エマ殿は美しいだけでなく聡明なお方で、驕らず、優しいお人柄と聞く。そのような女性と一生を共にしたら、楽しく幸せに暮らせるだろう。
でも、それが俺のやりたい事なのか?
俺はこれから何をしたいんだ?)
配置替えと縁談という二つの事が一気にマイケルにやってきて、マイケルは自分の生き方を考えることになった。
色々な事がマイケルの頭の中で渦を巻いた。
マイケルは仕事の帰りに飲みに行こうと誘われたが、なんとなくそんな気分にはなれず、少し気持ちを切り替えて家に戻りたいと思った。
家には母親のロレインがいる。何故だか今の自分の心の動きをロレインには隠しておきたかった。
(迷っていれば心配するだろう。心配だけはかけたくない…)
そう思ってマイケルは魔力で飛んで帰らず、てくてくと歩いて帰った。