3 エメリーは騎士の卵になった
3年の月日が流れた。
エメリーは騎士学校の入学試験を1番の成績で合格し、授業料も宿舎での生活費も免除となったが、それだけではなく、入試の成績が良かった証の金の勲章と毎月の奨学金をもらえる事にもなった。
家族は腰が抜けたようになり、学校の先生は我が事の様に喜んで泣いた。
入学式も終わって落ち着いたエメリーは、1人で城門の前に立った。
黄紅色の長い髪を1つの三つ編みにして前に垂らし暖かな蜂蜜色の瞳を輝かせながら、エメリーは3年前のあの日の事を思い出していた。
マイケルを追いかけてここまで来た事がつい昨日の様だった。
大きく深呼吸をしたエメリーは城門の衛兵に国王陛下の親衛隊にいるマイケル ネルマイヤー隊員に面会に来たと告げた。
騎士学校の制服に身を包み、胸に成績優秀入学者の証である金の勲章のロゼットをつけたエメリーは、少しだけ頬を染めていた。
衛兵はエメリーの胸にある金のロゼットとエメリーの顔を何度も見比べ、ハッと気づいて敬礼をした。
「失礼致しました。中にお入りください。マイケル ネルマイヤー隊員は詰め所にいらっしゃいます」
ありがとうございますと言って颯爽と城の中に入る娘に衛兵は敬礼をし、賞賛と尊敬の眼差しで見送った。
コツ、コツ、コツと長靴の音を響かせて城の中を歩きながら、エメリーは3年ぶりに会うマイケルの事を考えていた。
騎士学校に入学した事をちゃんと自分の口から報告したい…。ワクワクするのと同時に、マイケルは自分の事を覚えているだろうかと不安にもなる。
騎士達の詰め所の前に立つと、エメリーは大きく深呼吸をしてドアをノックした。
どうぞと言われてドアを開け、敬礼をする。
「騎士学校1年 エメリー グランドレルです。マイケル ネルマイヤー隊員にお目にかかりに参りました」
するとエメリーを見た騎士達はざわめきながら駆け寄って来た。
見覚えのある騎士達が次々とエメリーにハグをして祝福してくれた。エメリーはなんだか恥ずかしくて真っ赤になってしまった。
「マイケルは親衛隊のアレックス隊長に呼ばれて今はいないけど、もう直ぐ帰ってくるからね。待ってて」
「エメリーちゃん、授業はもう始まったかい?大変な事はない?」
騎士達の優しい言葉にエメリーは少し顔を曇らせた。
エメリーは自分には魔力がない、とずっと思っていた。普通の家に生まれ、ごくごく普通の両親を持った自分に魔力などあるはずがない。
ところが…。
驚いた事に、騎士学校の授業で魔力の測定をしてみると、エメリーにもほんのわずかな魔力がある事がわかった。しかし、それは本当に微かな力でしかなかった。
皆が火球を投げ飛ばしている時に、エメリーは指先に小さな炎が出た。皆が遠く離れた場所に飛べるのに、エメリーは体をほんの僅かに浮かすことしか出来ない。
魔力がなくても騎士にはなれるし、魔力のない同級生もいる。それぞれに適した任務があるのだと、皆は言うけれど…。この国の皆を守る力を身につけたい、エメリーはそう思ってしまう。
そんな事をポツリポツリとエメリーが話すと、騎士達は口々に自分の事を話して聞かせてくれた。
「俺も実はあまり魔力がないんだよ」
「俺は飛ぶ力はあまりない」
「俺はシールドが下手」
「俺は他の奴らとは違って、透視が出来るんだけど…他はほとんどできないよ」
「知ってるかい?マイケルはものすごい魔力の持ち主なんだよ。俺達はあいつに敵わない。あいつに勝てるのはアレックス隊長ぐらいなんだぜ」
そんな話を聞かせてもらっている内に、マイケルが部屋に戻ってきた。
部屋に入ってきたマイケルは、少し顔が曇っているように見えた。浮かない顔でため息を吐きながら、ただいま戻りましたとマイケルは敬礼をした。
「皆、どうしたんだ?何が…?
あっ!」
マイケルはエメリーに気づき、微笑みながら歩み寄ってきた。
「エメリー?エメリーじゃないか!
あっ…その制服!っていう事は…。おめでとう、騎士学校に入学したんだ。
おっ!しかも、ぶっちぎりで入学したんだね。金色の勲章は過去に数人しかもらってないんだ。
えらい!えらいよ!よく頑張ったね」
マイケルがエメリーをハグして言った。
「制服が似合っているよ。」
それを聞いた周りの皆が笑いながら言った。
「おいおい、マイケル!それは殺し文句だ」
「エメリーちゃんが真っ赤になってるじゃないか!」
「そうだよ、皆のエメリーちゃんだぞ!」
「マイケル、抜け駆けは禁止だ」
そんな時に部屋に入って来たのは親衛隊のアレックス隊長だった。
「おいっ!お前達、何をやってる?」
全員がピシッと立ち上がり、敬礼をした。アレックス隊長はエメリーを見ると、優しい笑顔で言った。
「もしかしたら…君は騎士学校1年のエメリー グランドレルかな?私は隊長のアレックスだ。
君の事は騎士学校の教官達から色々と聞いている。今日はどうしたんだ?」
エメリーはアレックス隊長とマイケルに、自分の魔力について話した。そして、自分の魔力を発動させ、指先に小さな炎を出して騎士達に見せた。
「どうすればこれが大きな炎や火球になるのでしょうか…」
アレックス隊長はエメリーを見て微笑み、こう言った。
「きっかけがあれば思わぬ力が湧いてくるんだ。でも、自分を信じる心がなければ、その力は続かない。
信じる力。こうしたいと強く思う心。
そういう思いは自分と人との関わりの中からの生まれるものだよ。独りよがりでは何も生まれない…。
……おっと、申し訳ない。長話をしてしまった」
焦らずにいなさい。その時は必ず来るから…というと、アレックス隊長はエメリーの肩をぽんと叩き部屋を出て行った。
アレックス隊長を敬礼で見送ると、マイケルがエメリーの目を見て言った。
「隊長の言う通りだよ。自分で自分を信じないでどうする!騎士に大事なのは、信じる心なんだ。自分を信じ、仲間を信じる。
俺達だってそうだよ。バカばかり言ってるみたいだけど、お互いを尊重して信頼し合ってる。
完璧な人間なんていない。だから、信じあえる仲間や友達が大切なんだ。
いいかい、エメリー。自分を信じ、仲間を信じるんだ」
マイケルの瞳は真っ直ぐにエメリーを見ていた。エメリーはその瞳をじっと見つめ返した。
その瞳は最初に会った時と同じ、虹色に輝いて見えた。
エメリーはハッと我に返った。我に返って真っ赤になってしまった。
「皆さん、マイケル隊員。今日はどうもありがとうございました。私、光が見えました!頑張れそうです。
長い時間、失礼致しました」
そう言ってエメリーは敬礼をして部屋を出た。
コツコツコツ…という急足の自分の足音より、胸の鼓動の方が速いと気づいたエメリーは思わず立ち止まり、左胸に手を当てた。
だが、エメリーの想いがマイケルに届くのはまだまだ先だった。