1 事の始まり
2025年6月
改稿いたしました。お楽しみいただけたら幸いです
side エメリー
12歳だったエメリーが初めてその人を見た時の事を、エメリーはよく覚えている。エメリーはその人を見た瞬間に、その人から目が離せなくなっていたのだ。
その人は国王陛下の親衛隊隊員だった。
親衛隊は整列して馬に跨り、国王陛下に従って街を進んでいた。
青みがかった銀色の髪、眼光鋭く辺りを見回す眼差し、キュッとつぐんだ口元、たくさんの騎士の中で、エメリーにはその人だけが眩しいほどに輝いて見えた。
(あっ、行ってしまう…)
そう思ったエメリーは思わずその人の後を追いかけて走った。走っているうちに黄紅色の長い三つ編みが解けてしまったが気付かなかった。
追いかけて、追いかけて、気がついたら城門まで来ていた。
騎士達は馬に跨ったままで城門が開くのを待っていて、周りには大勢の人がいた。エメリーより年上の女性がほとんどで、それぞれのお目当ての騎士の名前を呼び手を振っていた。
人はどんどん増えて、まだ背の低かったエメリーは追いかけてきた騎士の姿もよく見えなくなってしまった。
エメリーはぎゅうぎゅうに押されて倒れそうになったが、誰にもエメリーを気にも留めていなかった。というよりも、誰にもエメリーの姿が見えなかったに違いない。
(どうしよう…。どうしよう)
とうとうエメリーは周りの人の足に蹴飛ばされそうになりながらしゃがみ込み、泣き出してしまった。
すると、隊列から1人の騎士がエメリーの側までやって来た。きゃーっという歓声が辺りに響き、大勢いた女性の人垣がさっと2つに分かれた。だが、エメリーはそれにも気付かず、俯いて震えぽろぽろと涙を流していた。
その騎士は馬から降り、エメリーの目線に合うように跪いて聞いた。
「どうしたのですか?」
柔らかな声だった。
エメリーは顔を上げ、自分が追いかけて来たその人に声をかけられている事にやっと気がついた。
エメリーの顔をじっと見つめていたその人の瞳は虹色に輝いていた。そして、その瞳に見つめられている自分が映っているのに気がついたエメリーは目をぱちぱちとさせた。
「騎士になりたい男の子がよく私達の後を追いかけてくるんだよ。でも、女の子は初めてだ。
今は女性の騎士が少ないから、君が騎士になってくれたら私は嬉しいよ。
私の名前はマイケル。マイケル ネルマイヤー。君の名前は?」
「…エメリー …グランドレルです」
「エメリー、もう大丈夫かな?
さぁ、泣かないで気をつけてお帰り。帰り道はわかるかい?」
マイケルは、頷くエメリーの手を取って立ち上がらせ、頭をぽんぽんとすると馬にひらりと跨り城の中に消えて行った。暖かくて大きな手のひらだった。
ギギギ〜っと軋んだ音がして城門が閉まったが、エメリーはその場から動けずに、その人が消えて行った門を見つめ続けた。
マイケル、マイケル ネルマイヤー
その人の名前を忘れない様にエメリーは心の中で繰り返した。
気がつくと、いつの間にか周りにいた大勢の人もいなくなっていた。
エメリーはマイケルのあの虹色の瞳を思い出して、くすぐったい様な、恥ずかしい様な、体が暖かくなる様な不思議な感じがしていた。ぽんぽんとされた頭のてっぺんも熱く感じて、エメリーは走って帰った。
その日からエメリーは時々城の入り口まで行って城門を見るようになった。
騎士のマイケルがここにいる。
ほんの数分、門を見るだけだったが、マイケルがここにいるんだと思うとエメリーはなんだか体が暖かくなるのだった。
しばらくするとエメリーは、本当に自分が騎士になり、マイケルと並んで本当に国王陛下をお守りする事が出来たらどんなに素敵だろうと思うようになった。
12歳のエメリーはまだ純粋で、子供で、その気持ちを恋と呼ぶには早すぎた。
エメリーの頭上には、昼でも輝く大きな赤い月と青い月があった。まるでエメリーのこれからの人生を祝福する様に、二つの月の光はエメリーを照らしていた。