【第21話】野球部の勇者
投稿です。
残酷な表現が含まれています。
苦手な方は第22話からお読み下さい。
なお、第22話は 2023/08/28 22時から23時の投稿予定です。
駅前、駅構内は地獄と化していた。
肉片と血液、体液が破裂した水風船のように飛び散っていた。
犠牲者は何人であろうか?
交通機関は全て停止していた。
バス、タクシー、汽車、電車、全て動かない。
通信機器も全滅である。
駅員を問い詰める利用者達。
数百人の混雑、そこを魔獣ラグナルが急襲したのだ。
混乱の対応のため、居合わせた警察官は拳銃で応戦する。
しかし、警察官の拳銃、M360J SAKURA、口径9mmの回転式拳銃はこの魔獣に対して意味を成さなかった。
そもそも、この世界の現代兵器は、全て異世界の魔獣に対して、無効である。
魔力を帯びていないからだ。
自衛隊の20式5.56mm小銃も同様である。
逃げるしか出来ない人々。
いや、そこにいた人々は、逃げることさえ出来なかった。
天敵の出現である。
人々は次々に餌食となり、肉塊と化した。
抗う術はない。
悲鳴と怒号、あらゆる声が周辺に満ち満ちた。
魔獣は恐怖の感情と、その影響による血液を好んで食した。
感情で、涙の味が変わるように、血液も味が変わるのだ。
血の海で、歓喜の咆哮を轟かせている魔獣。
この世界が気に入ったようだ。
我こそが頂点!
次々に声を上げる仲間の魔獣ラグナル。
そこに小さな泣き声が響く。
子供だ。
3歳くらいだろうか?
内に秘めた感情は透き通るように綺麗である。
そこにはまだ、善悪の感情も見えない。
馳走である。
魔獣達は嬉々として子供を見つめる。
ぱこん。
時速にして130㎞/hほどの固形物が頭部に当たった。
「グルルルルルッ」
この攻撃は、いたく魔獣のプライドを傷つけた。
拳銃より発射された弾丸を見切る身体能力。
その能力を無視されたのだ。
なによりも、仲間の前での失態。
油断とも言う。
その自分に腹を立て、怒りを倍増し襲撃者を感知する。
さらに周囲の生存者を数える魔獣。
18人。
目の前の子供が1、老人が2、そして魔獣に挑んだ同じ服装の子供が15。
この15名は東野台陸中学の野球部メンバーだった。
毎日、駅前の大きな楠まで、ゴミを拾いながら、部員全員で一緒に帰る。
野球部の伝統だ。
樹齢数百年の楠。
昔はこの地に東野台陸中学校はあったそうだ。
駅の建設で今の地に中学は移設され、この楠だけが、この地に残った。
この楠は『子守りの楠』と言われ、昔からこの街の人々に愛されていた。
そんな中、野球部15名は、チーム一丸となって日々を過ごしていた。
みんな、野球が楽しくて仕方がないのだ。
彼らはその日の反省、これからのこと、学校のこと、進学のこと、色々なことを話しながら楠まで通う。
日々の野球、鍛錬の繰り返し、そう思い、辿り着いた駅。
いつものように、あの老夫婦は楠の下で鳩にエサを与えているだろうか?
中学を卒業しても、卒業生に挨拶をする老夫婦。
その日だけは違った。
そこに日常はなく、地獄があった。
「お?キャプテン、今の球、速くね?」
「140?」
「盛りすぎ!でも130はあったかも!」
投球速度、130km/hは中学、全国レベルの速度である。
練習を重ねれば、充分高校でも通用する速さだ。
「チビちゃんは?」
「怪物がこっち見ている隙に、盗塁王が担いで逃げた」
「俺達も逃げるぞ!」
「じいちゃんとばあちゃんは?」
「建物の中に押し込んだ!」
「ずらかれ!」
無謀な逃走であった。
我先に逃げて行った人々。
結局、彼らは皆、魔獣の餌食になった。
野球部のメンバー15名は子供でありながら、更に小さな子供を見捨てることが出来なかったのだ。
その場より200m程離れたオフィス街、勇者朱天童子は7体の魔獣を倒していた。
(童子、新たに3体召喚したぞ、駅前だ)
「駅に3体?」
一瞬にして駅に移動する勇者朱天童子。
(この世界に召喚した魔獣は、これで終りだ。真杖も魔力の使いすぎで魔力還元した)
「真杖が?分身だろ?」
(ああ、本体ではない)
分身とはいえ、命は一つだ。
何故ここまでして世界を壊したがるのか、勇者朱天童子には理解出来なかった。
「俺の目の前の3体とお前の所の5体?」
(あとはこの世界で作られた、合成生物だ)
「合成生物は、この世界の兵器が有効だったな?」
(ああ、速く次の世界に行かないと、平行世界がまた一つ消える)
「だよな、真杖があと2体残っているが?どうする?」
(魔力が低い個体だ、ここの世界の戦士達に任せよう、倒せるはずだ)
駅周辺に出現した3体の魔獣は嬉々として殺戮を楽しんでいた。
そして魔獣は更なる快楽を探して、魔力感知を発動させる。
どこへ逃げた?あの馳走は?
「!」
先ほどの態度とは打って変わって、恐怖に怯え出す魔獣。
彼らの魔力感知に反応したのは、膨大なエネルギー反応。
上位存在だ。
ここまでのエネルギー反応は2つしかない。
魔王か勇者。
次は自分達が狩られる側になる!
本能で逃げ出す魔獣達。
まだ死ぬわけにはいかない、まだ世界を貪り尽くしていない!
全速で走り去ろうとしたが、逃げられる術はなかった。
目の前に現れる勇者朱天童子。
勇者の拳が次々に魔獣を粉砕する。
「くっ、こいつら倒しても、失った命は戻らんっ!真杖は何を考えている!?こんな世界に意味があるのか?」
辺りの血の海を見回し、怒りを滲ませる朱天童子。
ふっ、と空間が歪み、忽然と現れる勇者小角。
「破壊と破滅が好きなのではないか?」
「小角!お前はよく冷静でいられるなっ!?今の真杖は異常だ!我々を手玉にとっているぞ!悔しくないのか!?」
「まあな、能力も行動も、我々が後手に回っている」
「泣き声?」
子供を抱きしめている一人の翁。
ヨロヨロと歩み寄る媼。
「無事は3人か」
氷のような目で3人を見る勇者小角。
翁は勇者朱天童子を見つめる。
「助けてくれた礼を言いたいが、抗議の言葉しか思い浮かばぬ」
「抗議?」
「老い先短いワシが生き残って、どうする?この小さな子は助かったが、なぜその少年達を助けなかった?」
「……」
老人は言葉を続ける。
「勇敢な少年達、この子供達こそ生き残るべきではなかったのか?」
その言葉に目を逸らし、聞き流す勇者朱天童子。
勇者朱天童子に魔力が満ち始める。
「童子、この世界に干渉するのか?」
「小角、お前だって干渉しただろう!」
拳が震えているのは、助けられなかった怒りのせいか?
「ああ、そうか、お前も野球少年だったな、童子」
「何が勇者だ!このガキ達こそ勇敢な者、勇者ではないか!」
「選択をさせる気か?」
「ああ、選択をさせる」
ぶわっ、と広がり溢れる魔力。
少年達15名は異界で目覚める。
次回投稿は 2023/08/28 22時から23時の予定です。
サブタイトルは 【第22話】憧れ を予定しています。




