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婚約者が悲しそう

「今日は、新しく友人となったステファンと鷹狩りに行ったぞ。アマリルとまた鷹狩りに行きたい」




「フラン様が楽しくお過ごしで、アマリルも嬉しく思いますわ。狩りの専門の道具がたくさん売っているお店がカルスター城下にあると伺いましたわ」




「アマリルの教えてくれた店に行ってみたぞ! すごくよかった」





「フラン様のお好きそうなお食事のあるお店が、狩りのお店の近くにあるようですわ。同封してある地図もご覧ください。女の方と一緒に行かれたら、アマリルは妬いてしまいますので、男の方と一緒にお行きになってくださいね」




「いつもありがとう、アマリル。もちろんだ。俺はアマリルの婚約者なのだ。何も心配するな」








 初めのうちは、毎日手紙をやりとりしていた。休みも、2回に1度くらいのペースで帰国していた。






「ふふっ、ステファン様と本当に仲良しでいらっしゃるんですね」


「あぁ! 留学してできた一番の宝だ!」


「大国であるリンガ王国との関係も大切ですから、フラン様が次期国王となったとき、大きな財産になりますわ。でも、アマリルは、フラン様にそのようなご友人ができたことの方が嬉しいですわ」


「ありがとう、アマリル」


「そうですわ! フラン様のお話を聞いていて、ステファン様がお好みになりそうなお菓子のお店がカルスター城下にございますわ。あとで場所をお伝えいたしますわね」


「いつもすまないな。アマリルは本当にカルスターに詳しいな!」


「ふふっ、フラン様のためにカルスター出身の教師を雇いましたの。姪御様がカルスターに住んでいらっしゃるとかで、最新の情報を教えてくれて、書物も送ってくれるのですわ」


「おぉ! そこまでしてくれていたのか! なんという名の教師なのだ?」


「カルーラ子爵夫人ですわ。カルスターの言葉もたくさん学びましたのよ?」





 そう言って、アマリルが流暢に話すカルスター語は俺よりも上手くて少し面白くなかった。





「カルスターでは、女性も鷹狩りをするそうだ。アマリルもしてみたらどうだ?」




 いつも鷹狩りについてきて、そばで見ていてくれるアマリルにそう声をかけた。一瞬顔を曇らせたアマリルは、すぐに微笑み、こう言った。




「カルスターで許されても、我が国では許されませんもの。私、フラン様の婚約者でいるためにもお淑やかにしていないといけませんわ」




 そう微笑むアマリルに、つまらない女だと感じ始めたのは、その頃だったのだろうか。いや、この頃は、俺のために頑張る姿をいじらしく感じていたから、やはり彼女と出会った頃だろうか。










「僕に!? 本当に君の婚約者は素晴らしい女性だね、フラン。普通、婚約者の友人のためにここまでできないだろう? まったく、羨ましいよ。大切にするんだぞ?」




 ステファンに、アマリルおすすめのお菓子屋さん一覧マップを見せると、大変驚かれた。カルーラ子爵夫人が教えてくれたお店を、アマリルなりにまとめてくれたものらしい。

 大国リンガ王国の王子であるステファンに対し、少し劣等感を感じていた俺は、ステファンのその言葉に自尊心をくすぐられた。




「もちろんだ! ステファンの婚約者は決まっているのか?」


「いや、」


「あーーー!」




 ステファンと俺の会話に割り込む1人の少女がいた。短くボブに揃えてある髪はゆるくウェーブしていて、一瞬アマリルを思い浮かべた。しかし、自然な茶色は、輝くアマリルの髪とは違った。




「それ! いいセンスしてるね! このラインナップなら……あとは、ここにあるお店もおすすめだよ!」





 そう言いながら、アマリルの作ったマップを指差す少女は、瞳をキラキラさせながら、俺と距離を詰めてきた。





「君、突然割り込んできて、失礼だろ?」




 優しく咎めるステファンを宥め、落ち着かせる。少女が力強く指差したせいでマップはボロボロだ。




「ごめんなさい……」




 そう言って頭を下げる少女の瞳には、俺しか映っていなかった。




「いや、いいんだ……また作ってもらうよ」


「え! 貰い物なの!? 本当にごめんなさい! 私のおすすめのお店も含めて、案内するから許して!」




 そう頭を下げる少女を咎めなかった理由は、自分でもわかっている。

 俺よりもかっこよくて優しくて、頭が良くて運動もできるステファンは、女子の憧れだ。

 いつも、隣にいる俺をすり抜けて、みんなステファンに寄っていく。

 そんなステファンを差し置いて、俺しか見ない彼女の存在を嬉しく思ったのだった。

 もっと大切なアマリルという存在を差し置いて。

 このとき、ステファンの言うことを聞いて、少女の誘いを断っていたら、アマリルは今も俺の隣にいてくれたのだろうか。







「フラン、彼女は怪しいぞ? 断った方がいい」


「いや、彼女は単なるお菓子仲間を探しているのだろう。何もかも怪しむのは失礼だぞ」


「え? なんの話?」




 そう割り込む少女に、ステファンはこう告げた。




「君が台無しにしたマップは、彼の婚約者が彼のために一生懸命作ったものだ」


「ステファン!」


「え!? うそ!? ごめん!」




 俺が咎めるも、そう告げたステファンの言葉を聞いて、少女はますます頭を下げる。




「いや、いいんだ。君が案内してくれるんだろう?」


「もちろんだよ!」


「ところで、君は目の前にいる僕たちが何者かわかっているんだろう? その態度は許せないな」


「ステファン! すまない、俺は気にしていないぞ」


「え? なんのこと? 単なる学生でしょ?」




 そう首を傾げる少女の姿が演技だったとは、あれを見抜けたステファンを、俺は本当に尊敬する。俺にもそれくらいの洞察力があれば、未来は違っていたのだろうか。

 そもそも、アマリルが勧めてくれたお店を全て知っているなんて、彼女の情報源の可能性を思い付かなかった俺は、いかに愚かだったのだろうか。






「彼も僕も一国の王子だよ」


「え、じゃあ、国に残してきた婚約者が、それを調べて書いてくれたってこと? そんな大切なものなの!? ごめん……じゃ、だめだった。大変申し訳ございません、王子様」




 必死に丁寧な言葉を使って頭を下げる少女を、愛らしく感じてしまった。





「いいんだ、君が案内してくれるんだろ? 名前はなんて言うんだ?」


「私ですか? 私は、リーシャです」


「フラン! 君には婚約者がいるんだ。他の女性と親しくするのは彼女が悲しむぞ?」


「アマリルなら大丈夫だ。友人が増えたと喜んでくれるはずだぞ?」



 踏みとどまれるラストチャンスは、ここだったのだろうな。











「アマリル、何か疲れているのか?」




 たまにリーシャとお菓子巡りをすることに、罪悪感を覚えながら、休日の3回に1度は、アマリルに会いに帰国していた。





「いえ、なんでもございませんわ。フラン様に心配をかけてしまうなんて、アマリルもまだまだですわ。あぁ、そういえば、お渡ししたお菓子のお店のマップは役立っておりますか?」


「あ、あぁ、あれか! すごく役立っているぞ! 先日、ステファンと一緒に一番おすすめと書いてあった店に行ったんだ。ステファンも大変気に入っていたし、俺も美味しかった。あと、現地の民と友人になった。その子のおすすめのお店も教えてもらったりしている」


「まぁ! それはよかったですわ。そのお友達の方は男性お一人でお店を巡っていらっしゃるなんて、なかなか勇気がございますわね」


「いや、彼女は女性だ。リーシャというのだが、なかなか豪快な性格をしていて、男のようだぞ」


「まぁ、女性の方でしたの。でしたら、フラン様たちにはない視点でカルスターのことを教えてくださいますわね」


「そうだ、そうなんだよ!」







 リーシャについて話していくうちに、アマリルの顔が曇るのは、当然であろう。ただ、いつも穏やかに微笑む彼女があからさまに顔を曇らせていることに、どこか腹が立って、問いただしてしまった。






「アマリル。俺に新しい友ができることが、そんなに許せないのか?」


「いえ、ご不快に思わせてしまい、申し訳ございません。フラン様。少々疲れておりまして……そのせいですわ」


「疲れている? なぜだ?」


「いえ、大したことではないのですが、カルーラ子爵夫人と少し合わないようでして……」


「む? なら、カルスターの講義を受けるのをやめればいいではないか。別に、アマリルまでカルスターについて詳しくなる必要はないだろう」




 そう言った俺は、アマリルの気持ちをどこまで理解していたのだろうか。自分はろくにアマリルの喜ぶ会話を広げることもせず、アマリルが、俺との会話の糸口を探すために必死に努力していることも知らずに。俺より上達するカルスター語が面白くないから、そう言っていただけであった。

 アマリルが顔を曇らせるほどのことが、カルーラ子爵夫人との間にあったと考え、手を打とうともせずに、ただアマリルを責め立てた。




「フラン様のいらっしゃるカルスターについて、学びたいのですわ。ただ、カルーラ子爵夫人に……フラン様に私はふさわしくない、フラン様に合うのはカルスター国民のように奔放な女性だと……」


「奔放とはカルスターの女性たちに失礼だろ! 彼女は、奔放ではなく、人懐っこいだけだ!」


「大変申し訳ございません」


「もういい、今日は帰る」


「フラン様……」






 このようにして、帰国回数は少しずつ減っていき、辛い目に遭っていたアマリルに寄り添おうともしなかった。自分が辛い時は、アマリルに救ってもらったのに。


 カルーラ子爵夫人の悪意の噂から、社交界でも“カルスターの平民に王子を奪われた女”と囁かれ、アマリルがどれだけ苦しんだのか知らず、実際に噂の通りに行動した俺は、どれだけ罪深かったのだろうか。

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