婚約者が愛らしい
「はじめまして。お初にお目にかかれて、こうえいです。でんかの婚約者になりました、アマリルと申します」
アマリルに出会ったのは、俺の10歳の誕生パーティーのことだった。
ゆるくウェーブした、輝くような金髪を綺麗に編み込み、優しい笑顔で微笑む彼女に、一目惚れした。
一目惚れした時点で、アマリルは俺の婚約者だった。
アマリルも緊張からか赤く頬を染めて、上目遣いでこちらを見つめていて、天使のようであった。
「お、おう。よろしくな!」
「フラン? ちゃんとご挨拶なさい?」
「アマリルじょう。こちらこそ、よろしくたのむ」
かっこつけて、わざわざフランクにした挨拶は、母上に怒られ、ちゃんと挨拶し直した。その姿を見ていたアマリルは、花が咲いたかのように笑ってくれた。
「アマリル! あっちにいくぞ!」
「ふふっ、お待ちください。フランさま」
そこから俺たちが仲良くなるには、時間がかからなかった。大人たちも、俺たちが仲良くしているのを微笑ましく見守ってくれていた。
「フランとアマリルちゃんは、仲良しさんね?」
「よかったですわ。二人の相性が合ったようで。これで、王国の未来は安心ですわね」
花が咲いたように笑うアマリルが愛おしくて、愛らしくて、大好きだった。
「アマリル。俺の教育ペース、少し早いと思わないか? つらいんだ、最近」
「フラン様。大丈夫ですか? ご無理なさらないでください。ただ、みなさまがフラン様にご期待なさってるから、今のペースで進んでいらっしゃるんですわ。大丈夫ですわ。フラン様の頑張りは、アマリルが見ておりますわ。フラン様ならきっと乗り越えられますわ。微力ながら、アマリルにも、横で支えさせてくださいませ」
11歳になった俺は、基礎的な勉強に加えて、帝王学や経済学、経営学、法学等の勉強も始まった。
元々、13歳に開始する予定だったはずの教育を早めたのには、ワケがあった。
父上が王位に就くとき、先王であるお祖父様が急逝し、苦労したそうだ。そのためにも、早めに終えることのできる教育はできるだけ早く終わらせ、実践を経験させたいという親心からの教育課程だった。
それはわかっていたが、幼い俺は反抗した。そんなのは虐待だと感じ、不満ばかりだった。
そんな俺をアマリルは優しく支えてくれて、アマリルには必要のない授業まで共に受けてくれた。今思うと、王妃教育も忙しかっただろう。でも、時間を作っていつも一緒に参加してくれた。
「フラン様はすごいですわ。呑み込みがとても早くて、尊敬いたします。アマリルにはついていけないですわ」
途中から参加したアマリルが、教育についていけないことは当然だった。しかし、アマリルのそんな言葉を聞くと、俺は気をよくした。好きな女に褒められるんだ。嬉しくないわけがない。
「フランさま! 気分転換に鷹狩りに参りましょう? アマリルも、サンドイッチを作って、ピクニック気分でフラン様と一緒に食べたいですわ」
出かける時も、俺に合わせてくれて、よく外に出かけてくれた。俺のストレス解消のためにいろいろと考えてくれていたようだ。
アマリル自身の趣味は読書や楽器演奏、絵を描くことのような室内で過ごすものが多かったが、いつも俺に合わせてくれていた。あの頃の俺は、それを当然と受け取っていたが。
「優秀なフラン様に、明るく優しく、いつも穏やかなアマリル様。この国の将来は安泰ですな!」
俺からはもちろん、アマリルは国民たちからも大人気だったし、心優しい淑女の鑑であった。また、アマリルの名前に例えて、白いアマリリス姫と呼ばれることもあった。アマリルの上品さや穏やかさをよく表していると、俺も嬉しく思ったものだ。
「アマリル。庭に咲いていた、白いアマリリスだ。君にぴったりだろう?」
「まぁ! ありがとうございます、フラン様。大切にいたしますわ」
そう言ったアマリルは、俺が贈ったその花を、毎日大切に世話をし、どういう技術を使ったのかはわからないが、美しく咲いた状態で残して、部屋に飾ってくれていたようだ。
アマリリスを受け取った時のアマリルの、花が開いたかのような笑顔を、俺は一生忘れることはできないだろう。
「アマリル、俺、カルスターに留学に行くことにしたぞ! 一回り大きくなって帰ってくるからな!」
「え……?」
アマリルに相談することなく、俺が海外留学に行くことを決めた時、アマリルは一瞬、微笑みをなくした。しかし、次の瞬間には微笑んで、こう応援してくれた。
このときの俺は、アマリルの気持ちなんて考えずに、応援してくれて、当然だと思っていたのだ。
「フラン様なら、さらに幅広い視野を得て、帰っていらっしゃいますわ。アマリルも楽しみにご帰国をお待ちしておりますわ」
その後数日、アマリルに会うことは叶わなかった。噂によると、俺の留学が寂しくて泣いていたようだ。
離れていたって俺たちの関係が変わるものでもないし、婚約者として共に過ごす将来は変わらない。アマリルに会えなくなることは寂しいが、所詮隣国だ。長期休暇には帰国できるし、一年で済む。寂しがるアマリルを愛らしく思うと同時に、少し疎ましく思ってしまった。
そんな俺の心の声をわかっていたのだろう。アマリルは決して俺の前で涙を見せなかった。
「では、いってくる」
「ご無事のご帰国をお待ちしておりますわ」
「隣国に1年間行くだけだ。大袈裟だな」
「アマリルの心は、フラン様でいっぱいですもの。心配してしまいますわ」
優しい微笑みを浮かべながら、俺を慕うアマリルの聖母のような姿は、周囲の視線を集めていた。そんなアマリルに愛おしげに見つめられることは、すごく誇らしかった。