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うちの子転生!  作者: 千国丸
99/107

099.運命の花嫁③

――水の島 北側の湖岸――


聖教国の北西に位置する水の島は中央にある大きな湖が面積の半分以上を占めており、陸地の方が少ない。そのためメル達の水中神殿探しは難航した。清く澄んだ湖は透明度こそ高いものの、4人で探索するにはあまりにも広すぎたのだ。ココノアの補助魔法である潜水呼吸術(アクアラング)で水中での呼吸が可能になるとはいえ、ヒントも無しで遺構を見つけ出すのは無謀な計画だったのかもしれない。

探索を開始して3日目、少女達は未だ見つけられない神殿を求めて湖底を泳いでいた。夏の樹木のように茂った水生植物が天然の迷路となって一行の行く手を阻む。


「ああもう、水草が多すぎるっての! ほんとに神殿なんてあるのこれ? 手掛かりすら見つからないじゃない」


先頭を進むココノアが愚痴を漏らした。レモティー手製のスクール水着を纏った彼女は小学生にしか見えないが、水泳に関しては大人顔負けだったのでパーティを牽引する役目を担っている。"中の人"が海岸近くで育ったため、泳ぎが得意だったのだ。


「まだまだ私は諦めませんよ! 約束の3日目なので、何としてでも今日中に探し出してみせます!」


後方にいたメルは力任せに水を蹴り出して加速し、ココノアと肩を並べた。桃色の頭から生えた猫耳が水の抵抗を受けてプルプルと揺れ動く。その様子を見てエルフ少女は素朴な疑問を口にした。


「その耳、泳ぐのには向いて無さそうよね。水とか入らない?」


「大丈夫です! ココノアちゃんの補助魔法が守ってくれるので♪」


「そんな効果は無かったと思うけど……ま、いっか。ところでその水着、随分と気に入ってるみたいだけど、レモティーがいやらしい目で見てるかもしれないし、油断しちゃダメよ」


メルが身に付けていたのは純白のスクール水着だった。製作者の偏った趣向が注がれた一品であるが、尻尾を出すための穴を設けた獣人向けの構造となっており、メル本人は気に入っている。ただし、尻尾穴の部分から臀部の割れ目がうっすら見えてしまうといった欠陥も有する。幼女らしからぬむっちりとした太腿とあいまって、少女性愛者の情欲を焚き付けかねない。


「待っておくれよ2人共~! ボクの体だと狭い岩場は上手く進めないんだ。もう少しスピードを緩めてくれると嬉しいな!」


遅れていたレモティーがリセに補助して貰いながら必死に追いついてきた。彼女は人並みに泳ぐことができたが、成人女性なので岩や水草の隙間を縫うような泳ぎ方は真似できない。ココノアとメルは一旦停止し、仲間を待つことにした。


「ふぅ……やっと追いつけたよ。水中だとコレが結構邪魔でさ」


美しいブロンドヘアーを靡かせる美女はそう言って自分の胸を指差す。そこには新芽を思わせる鮮やかな若草色のホルターネック水着と、そこから零れ落ちそうな巨大な乳房があった。幼女体型のココノアとメルが羨ましがる豊満な双丘も、水中では大きな抵抗を生む邪魔者だ。


「随分と贅沢な悩みじゃない。うちらなんて数十年経たないと大きくなれないってのに。見た目で舐められる事も多いし、早く大人になりたいわね」


「うふふ、ココノアちゃんは将来きっと美人さんになると思いますよ! これからが楽しみです♪」


「何を言ってるんだい!? そのまま、そのままでいいんだよ! 抱きしめたくなる華奢な身体、吸い付いてくるぷにぷにの肌、そして体中から漂う甘くて良い匂い……どれも最高の宝物じゃないか! 幼い女の子が持つ魅力がどうして分からないのかなぁ!」


ここぞとばかりにレモティーは幼女の良さを力説したが、3人の仲間達にその想いは伝わらなかった。このロリコン女め、と言わんばかりの辛辣なジト目が彼女に突き刺さる。


「あれれ……ひょっとしてドン引きされてたりする?」


「ん、レモティーが重症なのはみんな知ってるから大丈夫。それよりも探索を進めよう」


リセは脇道に逸れた話題を早々に切り上げ、水中探索の続きを促した。瀟洒(しょうしゃ)な黒いオフショルダービキニに似合わない、腰ベルト付きの鞘――そこから銀色に光る剣を抜いた彼女は、視界を塞ぐ水草を一気に切り払う。


「お見事です、リセちゃん! おかげで向こう側が見えました! この奥は更に深くなってるみたいです。結構暗いので気をつけて行きましょうね!」


「この付近だけやたらと植物が多くない? レモティー、大地の収穫者(ハーヴェスト)の力で何とかしてよ」


「無茶を言うね!? ボクが操れるのは自分で生み出した植物だけだよ!」


レモティー達の眼前には様々な種類の水生植物が群生していた。松を彷彿とさせる針状の葉を大量に生やした水草もあれば、苔のように岩礁を覆っている種類もある。他にも様々な形状の植物が密集しており、緑や青で染まった一帯はまるで森そのものだ。リセが刈った範囲はその一部分だけなので、先へと進むためには水草を避けて進むか、都度処理するしかない。


「むっ! 何かいます! ひょっとしたら食べられる生き物かもしれません! 今日は長丁場になりそうですし、おやつ用にゲットしておきますね!」


メルの赤い瞳が水草の合間に潜んだ白い生物を捕らえる。こぶし大程度のそれはクラゲやイカに似た特徴を持つ多脚生物だった。淡い光を放ちながら舞い踊るように泳ぐ姿は幻想的ですらあったが、魚介類を好む猫の獣人には美味しそうな食料として映ってしまう。メルは水を蹴ると、リセによって拓かれた道へ突入した。


「あっ、ちょっと待ちなさいっての! 気をつけて行きましょうって自分で言っときながら、単独で先行するとかどういうつもりよ!?」


「あはは、メルは興味を持ったものに突進する傾向があるからね。おかげでNeCOではボスモンスターに轢かれたりもしたけど、たまに()()()を引く事もあるから、今回もそれかもしれないよ。とにかく追いかけてみよう」


「ん、こんなところで見失うと探し出すのに苦労する。急がないと」


3人もメルの後を追って湖底に茂る森へと入る。それまで立ち塞がるように生えていた植物は自ら避けるように道を作り、一行を奥へと誘った。進むにつれて深くなっていく上、頭上を覆う巨大水草のせいで太陽の光はあまり届かない。ココノアの補助魔法に低温や水圧を無効化する効果も含まれてなければ、生命の危機を感じて探索どころではなかっただろう。


「やっと追いついたわ……勝手に動かないでよね。こんな湖の底で迷子とか洒落になんないんだから」


ココノアは崖のような切り立った場所でメルに追いついた。少し遅れてからレモティーやリセも合流する。水流を受けて上下する桃色の尾が良い目印となったため、全員が無事に集合できた。


「見てください、みなさん! この子可愛くないですか!」


友人達を振り返るなり、メルは両手に乗せた白い軟体動物を紹介する。見た目はイカの幼体そっくりだが、サイズはそこそこ大きい。このまま成長すればゴンドラを軽く引っくり返せるくらいにはなりそうだ。


「へぇ、湖にイカなんているのね。てっきり海にしかいないと思ってたけど」


「異世界の生態系だから、地球とは全然違うのかもしれないよ。ボクも来る途中にホタテ貝っぽい生き物を見たしさ」


「ん……このイカ、足で向こう側を示してる」


リセはイカが光る足を崖へ向けている事に気付いた。可愛らしい小さな吸盤が付いた触手は揺れもせずにピッタリ固定されており、意図的して指し示したように見える。この下に何かあるのかもしれないと感じたメルとココノアは、2人同時に崖から顔を覗かせた。


「「あっ!!」」


2人の声が重なる。崖の下には立派な神殿が佇んでいたのだ。カタリナが見せた古書の写真とは角度が異なるが、風化具合や雰囲気はほぼ同じである。ここが探し求めていた遺構と見て間違いない。


「案内してくれたんですね、イカさん! ありがとうございます♪」


メルが満面の笑みを咲かせると、イカは器用に脚を振って応えた。まるで人語を解しているような素振りにレモティーは首を傾げる。


「このイカ、何となくチュンコと似てるような……?」


出会って間もないというのに、子イカはメルにすっかり懐いていた。よほど居心地が良いのかメルの手を独占したまま離れようとしない。つぶらな黒い瞳でメルを見つめる様子は西大陸で出会った空の神獣とそっくりだ。


「どこが似てるのよ。スズメとイカなんて全然違う生き物じゃない」


「いやまあそうなんだけども……雰囲気がさ」


「馬鹿な事言ってないで、とっとと神殿に向かうわよ。余計な邪魔が入らないとも限らないんだから」


ココノアはそう言うなりメルの肩をポンポンと叩き、出発を急かした。頷いて返事したメルはイカを近くの水草の上にそっと移す。


「少し寂しいですけど、イカさんとはここでお別れです。もっと美味しく育ったらまた会いましょうね……!」


「まだ食べるつもりだったんだ……」


一貫して魚介類を食べ物としか見てない友人に苦笑いしつつ、レモティーは眼下の神殿を目指して頭から潜った。名残惜しそうな様子で脚を振るイカを尻目に、少女達は湖底の古代遺跡へと向かう。




――水中神殿――




湖の最下層に沈んだ石造りの神殿は大部分が風化していた。柱や屋根を覆う苔の絨毯を見れば、水没してからかなりの年月が経過した事を窺い知れる。しかしその外観は嫌悪感を与えるようなものではなく、むしろ神秘的で美しい。鮮やかな緑によってデコレーションされた建物が、深い藍色を背景にうっすらと浮かび上がる――そんな独特のコントラストは完成された芸術品のようでもあり、見た者の感動を誘った。


「ふぅん……思ってた以上に良い感じね。水の中じゃなければスケッチ道具をメルに出してもらってるところだったわ」


「うん、確かに不思議な魅力を感じるよ。アクアリウムを趣味にしてる人の気持ちが分かる気がするなぁ」


門のようなアーチ状の構造物を(くぐ)りながら遺構を観察する少女達。元々施されていたであろう細かな装飾は水流によって削り取られた部分もあるものの、ひと目でアイリスの祭壇と共通するデザインだと分かった。この神殿も女神が居た時代に作られたものと考えて間違いないだろう。

程なくして一行は建屋の入口に辿り着いた。しかし扉も何もない開け放たれた入口の先には暗闇が待ち構えている。ただでさえ水中に届く日光が少ない上に、大きな屋根のせいで一切の光が遮られているためだ。照明がないとこれ以上進むのは難しい。


「ここはお得意の宴会芸が活躍する場面よ、メル。指定地点を微妙に光らせるスキルがあったでしょ」


聖なる円陣(ホーリーサークル)は宴会芸じゃないですけど!?」


メルは抗議しつつ、魔法を詠唱した。少しの間をおいて効果が発動し、メルが指差した床一帯から淡い光が放たれる。本来の用途とは違う使い方であるため神殿内を隈なく照らすことはできないが、周囲の安全を確認するだけならばこれでも十分だ。


「ん……これなら罠が仕掛けられてても判別できる。メル、グッジョブ」


「えへへ、このスキルを取得してて良かったのですよ!」


メルが使ったホーリーサークルは、指定した場の属性を聖属性に書き換える魔法である。その副効果として属性を付与した地点が光るという効果も併せ持っていた。場属性の恩恵を受けて回復魔法の効果が上がるため、低い魔力ステータス値を補う事が可能だが、味方の属性魔法を弱めてしまう短所もある。

一方、属性相性に重点を置いたNeCOでは弱点を突いてダメージ倍率を上げる戦法が主流だった。故にこの仕様は致命的と言える。ホーリーサークルは屈指のハズレスキルとして扱われ、いつしかエフェクト目的で取得する者しかいなくなったのだ。なおココノアが操る新生魔法のような無属性スキルには影響しない。


「ココノア、バフの掛け直しをお願いしてもいいかな。ここも聖教の管轄内だから、入念に準備しておいたほうがいいと思うんだ」


「ほいほい」


レモティーの要望を受け、ココノアは全員に掛けていた各種補助魔法を更新した。魔力のステータス値が飛び抜けて高いココノアの魔法は持続時間も長いが、探索途中に水中呼吸のバフが途切れると窮地に陥りかねない。ゲームのようにスリップダメージだけでは済まないからだ。


「よし、全員のバフが更新されたね。それじゃ突入しよう。メルは聖なる円陣(ホーリーサークル)を設置して視界を確保してくれるかな? ボクとリセは敵襲を警戒しておくよ」


「分かりました!」


「ん、後ろは任せて」


役割分担を明確にした後、4人は神殿内の探索を開始した。彼女達がMMORPGを通して鍛えてきたダンジョン探索の練度は、この世界におけるベテラン冒険者パーティを上回る。見えている範囲に限っては半時間も掛けずに掌握する事ができた。しかしカタリナが語った肝心の神器が見当たらない。行き詰まったレモティー達は神殿の中央に集まり、作戦を練り直すことにした。


「これで行けるところは全部見たことになるけど、神器っぽいものはなかったね。ひょっとしたら別の場所にも神殿があるのかもしれない。一旦ここから離れて、他の場所を探してみるかい?」


「その可能性は否定しないけど、うちとしては祭壇っぽいものが見当たらなかったのが気になるのよ。この神殿、何かギミックがあるんじゃない? 隠し通路があったり、とか」


「……確かに、この神殿では祭壇を全然見てない。女神と関係のある建物には必ずあったのに。となれば、どこかに祭壇が隠されているかもしれないね!」


ココノアの意見を聞いて感心したように頷くレモティー。彼女も神殿に到着してから何かが足りないような気がしていたのだ。風の島や火の島にあった神殿には転移陣を起動するための祭壇があった。同じ時代の建築物である水中神殿に祭壇があっても不思議ではない。

とはいえ、どのような仕組みで祭壇へアクセスできるかは依然として不明である。さらに詳細な調査が必要となった状況を踏まえ、レモティーは仲間を見渡しながら考えを巡らせた。


「幸い危険な魔物やトラップの類はない事が判明してるし、ここからは二手に別れて探索しよう。壁や床に怪しい継ぎ目が無いか、もしくはスイッチになりそうなオブジェがないか……とにかく怪しいところを(しらみ)潰しに探すんだ」


「手当たり次第に壁をぶち抜いてやりたいところだけど、神器を巻き込まないようにするならそれしかないわね。ゲームみたいに怪しい場所が光ってたりしてればいいけど」


「ははは、NeCOだと操作できる場所が光るからすぐ判別できたね。多分、鑑定を駆使すれば似たような事ができるんじゃないかな。それじゃボクはメルと一緒に神殿内を――」


「ん、レモティーに幼女を任せることはできない。ココノアとメルがペアになって外を探して」


「待っておくれよ、リセ!? ボクは何もやましい事なんて考えてないからさ! 決して白スク水を着た猫耳幼女を間近で見てみたいとか、そんな事は……ちょっと思ったりもしてるけど!」


欲望を見透かされたレモティーはリセに腕を引っ張られ、神殿の奥へ強制連行された。ココノアはその様子を見送りつつ、やれやれといった様子で肩を(すく)める。


「巨乳は七難を隠すって聞いた事があるけど、レモティーには適用されないみたいね。さてと、うちらは外だって」


「うふふ、久しぶりに2人きりのデートです♪」


「デ、デートじゃないし! これはダンジョン攻略なんだから!」


慌てて否定するココノアだったが、メルから差し出された右手を見て無視することはできなかった。頬を赤く染めながらも小さな手を取る。


「それでは行きましょう!」


メルはパートナーに微笑みかけ、床を蹴った。ふわりと浮いた2人の身体は水流に乗って深い青色が広がる湖底へ飛び出す。神殿内と異なり、外はまだ光が届くため照明が無くとも探索可能だ。対照的な色の水着を纏った少女達はそれからしばらくの間、ギミック探しという名の優雅な水中デートを愉しんだ。




――水中神殿の外 石像が並ぶ広場――




神殿の周囲にはかつて居住区だったと思われる構造物の名残が存在する。殆どは瓦礫同然の状態であったが、神殿の正面に設けられた円形の広場は不思議と損傷が少なかった。穏やかな表情の女神像を中心に、12体の獣を象った石像が並ぶ様子はまるで時計のようである。

レモティー達と分かれた後、神殿の外をぐるりと巡ってきたメルとココノアは休憩がてら広場を訪れた。祭壇への道を開くための機構を見つける事はできなかったものの、2人の表情は明るい。湖底に沈んだ遺跡を探索するという未知の体験が、かつてNeCOで繰り広げた冒険を思い出させたからだ。少女達は手を繋いだまま、心地よい揺らぎに身を任せて水中を漂う。


「それらしきものは見つかりませんでしたけど、泳いで探検するのはとても楽しかったです。今日が最終日じゃなければ、もっとゆっくり楽しめるのに」


「またそんな能天気なこと言って……ま、気持ちは分かるけど。酸素ボンベも使わずに潜り続けるとか、地球じゃ絶対できないだろうし。異世界に飛ばされた時はどうなるんだろって思ったけど、色々経験できたって考えると悪くはなかったかも」


「私も最初は不安でした。でもココノアちゃんがいつも隣に居てくれるので、今はこの冒険が楽しみな気持ちでいっぱいですよ。ありがとうございます♪」


「……そういえば、メルはNeCOでも一緒にいるのが楽しいって言ってくれてたじゃない? 実はネトゲの楽しさを教えて貰ってたのって、うちの方なのよ。それまでは効率プレイばっかりしてたから、他人なんてNPCと大差ないって思ってたし。だから、その……お礼を言うべきなのはこっちの方っていうか……」


長い睫毛を伏せるココノア。メルと出会う以前の彼女が他プレイヤーに心を許す事はなかった。利害が一致して共闘する場面以外では、レアドロップや経験値を賭けて競わなければならない相手だと捉えていたからだ。その根底には、顔の見えない相手と分かり合う事なんてできないという固定観念もあったのかもしれない。ココノアの気持ちを察したメルは優しげに眉を曲げ、素直な気持ちを言葉に乗せた。


「私、NeCOを始めたばかりの頃は友達もいなくて、ずっと同じダンジョンに篭もりっきりでした。でもココノアちゃんが誘ってくれたおかげで、もっと世界は広かったんだって知ることができたんです。毎日が本当に楽しくて、会社から帰る時なんて早歩きまでしちゃって……だから、凄く感謝してます!」


「メルはいちいち大袈裟ね。一緒にネトゲしてただけだってのに……」


「大袈裟なんかじゃありません! ログインできる時間が限られてた私を、ココノアちゃんはいつも待っててくれましたし、嫌な顔せずクエストや狩りに付き合ってくれました。それに知ってるんですよ、ココノアちゃんが私のためにこっそりと頑張ってくれてたの!」


「な、何の話か分からないんだけど?」


想定外の展開にココノアは視線を泳がせる。レモティーやリセが仲間に加わる以前から、彼女とメルは多くのダンジョンを踏破済みだ。10層からなる広大な海底洞窟や、氷で閉ざされた廃墟都市、天高く浮かぶ浮遊大陸……いずれもモンスターのレベルが高く、ペアでの攻略は無謀の一言に尽きた。しかしメルに新しい景色を見せてあげたいと願ったココノアは、入念な下準備を行った上で自キャラの性能を最大限にまで引き出してそれを可能にした。

消耗品や装備を調達する手間、ダンジョン踏破に要する時間等を考慮するとおよそ効率的とは言えない遊び方である。だがクリア時に誤字混じりのチャットを打って大喜びするメルの姿は、ココノアにとって何よりの報酬だった。


「ふふっ、ココノアちゃんは照れ屋さんなんですから♪」


「だから知らないってば……」


懐かしい会話を交わして見つめ合う2人。静寂に包まれた水の底、絡めあった指先から伝わってくる体温が、否応なしに相手の存在を意識させる。


(どうしてだろ……メルに対する想いが胸の奥からどんどん溢れてくる……)


普段と違うシチュエーションがココノアの感情を昂ぶらせた。これまで秘めていた恋心が口を衝いて出る。


「……うちね、メルの事が好き。最初は変わった人だなって思ったけど、一緒に遊ぶようになってからどんどん惹かれていったの。だってメルは明るいし、前向きだし、素直だし、たまに()()っぽいところもあるけど、いつだって他の人に対する思いやりを忘れたりしなかった。うちが持ってない全部を持ってるメルと過ごしてると、自分が満たされていくのが分かるっていうか……その……あっ!」


我に戻ったココノアは急いで口を閉じたものの、もう手遅れだった。言いたいことは殆ど伝えてしまった後だ。キョトンとしたメルの瞳を直視してしまい、長い耳の先端まで真っ赤になる。


(何言ってんのよ、うち! こんなところで告白してどうするの!?)


ココノアは瞼をギュっと閉じて過去の自分に文句をぶつけた。雰囲気に流されたとは言え、脈絡もなく愛の言葉を囁いても相手を困らせるだけである。しかも女同士の恋愛感情となると、更に事情は複雑だ。メルがどんな反応をするのか怖くなり、ココノアはこの場からテレポートで消えたくなった。


「嬉しいです、ココノアちゃん……♪」


暖かい手がココノアの頬へ触れる。ゆっくりと瞼を開いた彼女の視界に映ったのは、八重歯を覗かせて微笑むメルの顔だった。


「えへへ、相思相愛だったんですね。こう見えて私、結構アタックしてたつもりだったんですよ? でもココノアちゃんったらいつも素っ気なかったので、てっきり私の片想いだと思ってました」


「それって……えっと、恋愛対象として好きってこと?」


「もちろんです。ずっと大好きでした! この指輪に誓います!」


そう言ってメルは左手薬指に嵌めた精霊樹の指輪を見せる。独特の色合いを纏った木製のそれは、トルンデインのアクセサリ商店で首鈴を購入したときに店主から贈られたものだ。同じ枝から作られたリングを身に付けた2人は決して離れることがないと言い伝えられているため、ココノアも同じ指に装着していた。


「うちも嬉しいけど、付き合ったら同性の恋人になるわけじゃない? それでも大丈夫……?」


「ふふん、お硬いですねココノアちゃん! 今はまさに多様性が叫ばれる時代! 女同士だろうと問題にならないのです! ついでにここは異世界ですし、倫理的な問題もきっとクリアしてますよ♪」


ココノアに抱きつき、水着越しに肌を密着させるメル。さらに彼女は腕を亜麻色の頭へ伸ばし、ゆっくりと唇を近づけた。大胆かつ積極的な愛情表現にココノアの思考は追いつかない。


「待って待って! こんなところ、誰かに見られたりでもしたら恥ずかしくで死んじゃうんだけど!?」


「あら、そうですか? それでは初めてのキスは今度のお楽しみにしておきましょうね。下には女神さん達もいることですし」


悪戯っぽく笑うとメルは顔を離した。そして顔を真赤に染めたココノアの手を取り、広場の中央に並ぶ石像を目指して降りていく。


「せっかくですし、女神さんと神獣さんの石像でも見学しませんか? こういうのもデートっぽくていいかなって♪」


「えっ、あの像って神獣だったんだ? そう言われてみればスズメっぽいのもあるような……」


2メートル超の円柱台座にはそれぞれ原初の獣を模したモニュメントが取り付けられており、どれもが中央を向いた状態だった。一方、女神像は神殿側の鳥像に正対するような角度で固定されている。


「今、女神さんはチュンコさんの方を向いていますね。でもこれだと見て貰えない他の神獣さんがちょっと寂しそうです」


「円形に配置してるんだから仕方ないじゃないの……って、それよメル! わざわざこんな風に置いてあるってことは、意味があるに決まってるんだから!」


「なるほど……! 試しに女神像を回してみましょう!」


メルは女神像の台座を両手で掴んだ。石像と地面の接触面には苔類や貝類が付着しており、動かされた形跡は見られない。それでもメルはココノアを信じて両手に力を込めた。


「そぉい!」


掛け声と共に50トンは下らないであろう石像が回転し始める。苔むした女神は時計回りにゆっくりと方向を変え、水生生物や爬虫類を思わせる神獣像にも目を向けた。規格外の怪力を備えたメルにとってこの程度は朝飯前だ。


――ゴゴゴゴゴ……――


女神像が全ての神獣を見渡し終えた直後、地響きと共に重量物が擦れる音が聞こえてきた。その発生源は神殿内部である。何らかのギミックが動作したと確信した2人は顔を見合わせた。


「ビンゴ! 行こっか、メル!」


「はいっ、ココノアちゃん!」


ココノアから差し出された右手にメルの左手が重なる。友達から恋人という関係へ踏み出した少女達――その顔には(まばゆ)い笑顔が満ちていた。

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