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うちの子転生!  作者: 千国丸
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097.運命の花嫁①

神明裁判所の陥落という衝撃的な一報はアイリス聖教国に大きな波紋を生んだ。特に異端審問官の地位にあったザケルド司教――聖杖を任されし高位聖職者の()()は様々な憶測を呼び、1週間近く経った今も信徒達の話題はそればかりである。

もっとも、事件の直後に聖教上層部が厳しい箝口令(かんこうれい)を敷いたため、その原因を知る者はごく一部しか存在していない。教皇庁は決闘裁判における敗北が聖教の在り方自体を揺るがしかねないと判断したのだろう。

現地に居ながら神器である聖杖を回収できなかった騎士団に対しては厳しい追及が行われた。その結果、総長ユースティアが全責任を取る形で1ヶ月に及ぶ謹慎を言い渡されている。今は教皇庁内に存在する懲罰房で軟禁生活を送る日々だが、副団長の地位にある騎士が「ちょうど良い休暇になるんじゃないですか? 羨ましいくらいですよ」と笑い飛ばす程度なので、特段苦になるような状況ではないのかもしれない。

一方その頃、火の島で目的を果たしたメル達は聖教国北西に位置する"水の島"を訪れていた。女神が特別な力を与えたこの島では、至る所から清らかな水が湧き出る。絶えることのない湧水が巨大な湖を作り、そこから幾筋もの河川を形成していく様子は感動的ですらあった。また一年を通じて温暖な気候に恵まれており、観光客からの人気も高い。




――湖上都市フォンス――




穏やかな湖の上に浮かぶ、いくつもの巨大な蓮の葉。魔力を帯びることで並外れた浮力を得たそれは、人々が生活を営むための基盤となった。平らに広がった分厚い葉は住居を建ても沈まず、それでいて揺れることも無いため、少ない陸地の代わりに重宝されたのだ。

そんな緑の円葉を橋で繋げて作られた湖上都市フォンスは、聖教国において第二位の人口を誇る大きな都である。神秘的な外観からは想像し難いが物や人の流れを水運によって効率化できる一面があり、自然と産業が発達した。フォンスで作られる聖属性の魔力を秘めた聖水――聖教国の特産品とも言えるそれは魔物退治だけでなく、ポーション製造等でも需要が多い。大半が他国へ輸出され、外貨獲得に一役買っていた。


「この景色、これぞファンタジーって感じで素敵ですよね!」


「昨日も同じこと言ってたじゃないの。絶対住み始めたら湿気が気になるって」


浮島に囲まれた運河を滑るようにして進む細い船。船首と船尾が持ち上がった平底船(ゴンドラ)にはメルとココノアの姿があった。また船首と船尾には漕手としてリセとレモティーが立っており、翼状の先端を持つ(かい)で船を走らせる。


「それもそうですね……あっ、でもこのあたりは暖かいですし、毎日水着で過ごせば湿気も気にならないかもしれません!」


「おっ、いいねそのアイデア! メルの水着ならボクの方でバッチリ準備してるから、いつでも言ってよ。何ならここで着替えてくれてもいいくらいさ!」


「何バカなこと言ってんの! しかも水着ってまたあの際どい奴じゃないでしょうね? 次はないわよ、次は!」


「ひぇっ! じょ、冗談だよ!」


ココノアにジト目と杖の先端を向けられて慌てるレモティー。そんな賑やかな友人達の様子に微笑みを浮かべながら、リセは櫂で水面を斬った。運河の水は底にある水草が視認できるほどに透き通っている。魚や貝といった多様な生物の姿が多く見られる事から、この地域では水産物の漁獲高も多そうだ。鮮やかな青色の魚影を目で追っていたメルの腹部から、不意にグゥと音が響く。


「えへへ、お腹が鳴っちゃいました! そろそろお昼時ですね!」


「なら早めにカタリナと合流してご飯にしよっか」


「うん。ゆっくりできる場所で話した方が情報も整理しやすいだろうし、いいんじゃないかな」


「ん、フルカ達がどうなったのか聞いておきたい」


4人の意見が一致したので、船の行き先は自ずと都市中心部に定まった。一行は決闘裁判で自らの正義を証明したものの、聖教から再び難癖を付けられる事を懸念してカタリナやフルカとは別行動を取っていたのである。少女達はこの1週間、女神アイリスに関する情報を収集するべく住民への聞き取りや文献調査に時間を費やした。カタリナの方でも聖教の資料館を調べて貰う手筈になっており、今日はフォンスの商店街で合流して情報交換を行う約束の日だった。


「よーし、それじゃスピードをあげよう。リセ、方向転換を頼んでいいかい?」


「大丈夫。運河の地図はだいたい頭に入ってる」


「さすがリセちゃんです! 宜しくお願いしますね!」


「ん、任せて」


メルの言葉に力強く頷くと、リセは紫の髪束を優雅に靡かせて船首を目的地へ向けた。フォンスを南北に蛇行する大きな運河から無数に枝分かれする生活用水路は複雑なことで悪名高い。住民でさえ間違う事があるのだが、リセは持ち前の記憶力を活かして主要なルートを脳内でマッピング化していた。頭に浮かぶナビに従い、彼女は軽快に櫂を操るのであった。




――賑やかな商店通り――




半時間後、リセの的確なルート選択によりゴンドラは何事もなくカタリナとの合流地点へ到着した。そこにフルカの姿は無かったが、晴れやかな修道女の表情から事情を察した少女達は何も問わず、食事処でゆっくり話をしないかと提案する。


「まあ、ご一緒にお食事させていただけるなんて光栄ですわ! 店選びはわたくしにお任せくださいませ! 良い場所を知っておりますの!」


「それじゃ土地勘のあるカタリナさんにお願いしよう。ボク達は特に好き嫌いとか無いから、どんな料理でも問題ないよ。あ、できれば個室がある場所の方がいいかな。込み入った話もあるから」


「ええ、ええ、もちろん承知の上でしてよ!」


カタリナは軽快な足取りでレモティー達を三階建ての高級レストランへ案内した。その佇まいは蓮の葉に建てられたとは思えないほどに重厚であり、調度品も格式の高さを感じさせるものばかりだ。カタリナ曰く、この"カーリス"という名の店は建国時から存在する由緒ある老舗らしい。彼女の師である高名な聖職者も足繁(あししげ)く通ったという。

建屋に入った途端、強面の黒服店員から呼び止められるというハプニングもあったが、カタリナが見せた銀細工付きのネックレスのおかげで事なきを得た。見慣れない奇抜な服装の一団を不審に思ったのだろう。最上階の個室へ通された少女達は、食事の準備が整うまでの時間を情報共有に当てることにした。


「ようやく落ち着いて話す事ができるわね。それじゃ、まずはそっちの状況から聞かせてもらうわよ。フルカは無事に自分の国へ帰れたって事でいいの?」


「ええ、他の異端者と一緒に東大陸行きの船に乗りましたわ。結局、"神の赦し"は無くなってしまいましたけど、妹さんを守って暮らすだけならメル様に治していただいた体があれば十分……そう言っておりましたわね」


「よくバレなかったなぁ……ボク達、出国手続きの時に捕まるんじゃないかってずっと心配してたんだよ」


「ユースティア卿の計らいで身分証明書を偽造いただいたおかげですわ。神明裁判所の崩壊と同時に異端者も全員が死亡したと騎士団から報告が上がった以上、誰も疑いはしないかと」


カタリナはそう言って微笑んだ。神明裁判所から脱出した異端者達はフルカを含めて数十名おり、彼らを如何にして故郷に帰してやるかが当面の問題であった。そのまま国外へ出ようとすればすぐに聖教の監視網に引っ掛かってしまうからである。そこでメル達は騎士団に協力を要請したのだ。ユースティアはこれを快諾し、異端者が"騎士団の選抜試験に漏れた者"として故郷行きの船に乗れるよう手配してくれた。


「あの細マッチョ野郎、随分とメルの事を気に入ってたわね。ひょっとしてロリコンだったりする? レモティーだけでも手に負えないってのに、まったく……」


「いや、違うんじゃないかな……見た感じバトルジャンキーって印象だったし」


少女性愛者としての直感から、騎士団総長が同じ趣向の持ち主であること否定するレモティー。彼女の勘は間違っていなかった。ユースティアは自分を下した相手に尊敬と友愛の念を抱いたからこそ、リスクを承知で協力したのだ。


「みなさん無事に帰ることができたみたいで良かったです。色々とありがとうございました、カタリナさん!」


「いえいえ、お礼を申し上げるのはわたくしの方ですわ! 虐げられていた人々は皆、誰かを救うために教会の外で癒やしの術を使ってしまい、裁判所へ連れて来られた方ばかりでしたの。彼らの行いは決して間違ってなどおりません。お師匠様も常日頃からそのように仰っておりました」


「ま、あの裁判所がなくなれば異端審問はできないだろうし、しばらく異端者が連れて来られる心配もなくなるんじゃないの。ところで、頼んでおいた件はどう? 何か掴めた?」


「モチロンでしてよ! アイリス様に関する事なら喜んでお調べしますわ!」


ガラス球のような綺麗な瞳をキラキラとさせ、カタリナは修道服の腰バッグからいくつかの本を取り出した。どれも表紙に女神をモチーフにした模様が描かれており、聖教の出版物であることを窺わせる。


「これは15年程前に行われた教皇ご生誕の祝典を取り上げた書物でしてよ。この中にアイリス様と深い関わりを持つ神器の記述がありますの」


一番上に置かれた本のページがペラペラと捲られていった。そして目を引く大きな絵――水中で撮影されたと思しき写真に差し掛かったところでカタリナの手が止まる。そこに映り込んだ夢幻の如き神殿の姿を見て、一同は思わず息を呑んだ。水没した遺構があまりに幻想的な雰囲気を纏っていたからである。

石で作られた柱や屋根は風化により大半が朽ちており、元の姿を想像することも難しい。しかしそれでもなお、神代の意匠が施された建屋は芸術品にも劣らぬ美しさで見る者を魅了した。


「"水の島"のどこかにあるこの水中神殿には、消失前のアイリス様を映した神鏡があると言い伝えられております。詳しい内容までは書かれておりませんけど、アイリス様について知る事ができるかもしれませんわ」


「水中神殿かあ……立地的に攻略難易度は高そうだ。でもココノアのスキルがあれば溺れることもないだろうし、場所さえ特定できればなんとかなるかな」


「そりゃ潜るだけならどうにでもなるけど、辺り一面が湖になってるこの島で水中にある神殿を探すとか、何ヶ月掛かると思ってんの。もっと他にアクセスの良いところから行った方がよくない?」


「私はここへ行ってみたいです! 良い思い出になりそうじゃないですか!」


水中神殿という言葉の響きがメルの興味を惹き付ける。友人とNeCO世界を隅々まで冒険することに歓びを感じた彼女は、異世界でも様々な場所を訪れたいと願っていたのだ。しかしココノアの表情は険しい。


「思い出って……ピクニックじゃないんだから。今は目立った動きがないけど、聖教だってまだメルを狙ってるかもしれないし、時間は有効に使わないと」


「ん、むしろ時間に余裕がある時にこそ探索はやっておくべき。追われる身になってからだと水中探索は難しくなるよ」


「そりゃそうだけど……」


リセの説得を受け、腕を組んで考え込むココノア。合理性に基づいて物事を判断する彼女は直感で生きるメルとは異なり、定められた条件からやるべき事の優先順位を付ける考え方が身に付いている。広大な湖で神殿を探す時間を勿体ないと判断したのもそれが理由だ。

レモティーも他を優先すべきというココノアの意見には一理あると感じていたものの、悲しそうな表情を浮かべるメルを見て気が変わった。リセに続いて水中神殿行きを援護する。


「……うん、ボクもメルに賛成かな。時間は確かに貴重だけど、未知の景色を見に行くっていう経験には代えられないと思う。せっかく異世界に来たんだから、ここでしか見られないものを見ておこうよ」


「レモティーまでそんな呑気な事を言って……」


「それに、メルはココノアに楽しんで欲しいんじゃないかい? この()()をさ!」


「えへへ、バレちゃってましたか……私は今回の旅が皆さんにとって素敵な思い出になればと思ってました。我儘に付き合って貰ってるようなものですから」


「な、何言ってんのよ。別に迷惑だなんて思ってないし……!」


メルから向けられる笑顔が気恥ずかしくなり、視線を逸らすココノア。彼女はふと窓から広大な湖が見える事に気付いた。空の青色を映したかのような水面の上をゴンドラがゆったりと行き来する――日本ではお目に掛かれないであろう眺めは、絵描きを生業としてきた()()()にとって魅力的な題材だ。何となく自分で絵にしてみたいという欲求が頭に浮かんだ瞬間、エルフ少女はメルの想いに気が付いた。


「あ、ひょっとして……うちが神殿を描きたくなるかもって思ったの?」


「はいっ♪ この場所でならきっと素敵な絵が描けるに違いありません!」


冊子で大々的に紹介されている神殿をメルが指差す。魔道具による撮影写真ではあるが、現代日本のカメラに比べると解像度はあまり良くない。プロのイラストレーターであるココノアが実物を見れば、その魅力を最大限まで引き出して表現する事ができるだろう。


「……確かにいいモデルにはなりそうかも」


「うふふっ! ココノアちゃんの絵、楽しみにしてます!」


「そこまで言われると嫌だなんて言えないじゃない。仕方ないわね……でも3日で見つからなかったら、別の調査に切り替えること! それが条件だから」


「やったー! それでは、次の目的地はここで決定です!」


八重歯を覗かせた猫耳少女は盛大に尻尾を振って喜んだ。こうして一行が次に目指す地は女神を祀る水中神殿となった。どの書籍でも具体的な場所は伏せられていたが、水中での呼吸を可能にする補助魔法があれば探し出せなくもない。成り行きを見守っていたカタリナは、是非参考にして欲しいと関連する図書をまとめて差し出した。


「これらの本は全てお渡ししておきますわ。皆様が神殿探しをしている間、わたくしは引き続き情報収集に励みますので、どうぞ心置きなくお出掛けくださいませ」


「あれ、カタリナさんは行かないのかい? 女神に関係する場所なら一番行きたがりそうなのに……」


「ご一緒させていただきたい気持ちはありますけども、足手まといになってはいけませんもの。それに教皇庁の動向も探っておこうと思いまして」


「教皇庁って確か聖教で一番偉い人がいる所だよね。実はいまいちよく分かってないんだけど、大司教とか聖母とかの位置付けについて教えてくれないかな?」


「お安い御用ですわ! まずは聖教の成り立ちからになりますけれど、今から2000年以上も前に聖母様がアイリス様のお声を聞いたのが始まりで……」


嬉々として語り始めるカタリナ。料理が運ばれてもその饒舌は止まらなかったので、少女達は食事をとりながら説明を聞くことになる。アイリスに対する信仰心から聖教の歴史を隅々まで学んだ彼女の話は含蓄に富んでおり、思わず引き込まれてしまう内容だった。

アイリス聖教の起源はかつて女神の天啓を受けた女性にあるとされる。彼女は神から授かった癒やしの術を用いて、魔族との戦いで傷ついた多くの人々を救った。それまで肉体を癒やす術式が存在していなかったのもあり、治癒魔法は神の奇跡として扱われるようになっていく。

やがて聖母と呼ばれるようになった女性によってアイリス聖教が立教された。癒やしの術により命を救われた者や、その家族が信徒に加わることで聖教の規模は増大の一途を辿ったものの、増えすぎた人数のせいで次第に統制が取れなくなってしまう。そこで当時聖母の側近であった者が教皇を頂点とする序列制度を整えたのだ。その後、治癒魔法の使い手を支配下に置こうとした他国との戦争もあったが、聖教国はエウレカに遺された神器を用いて中立を維持し、世界でも存在感を放つ国家となった。

列強国に肩を並べるほどに成長した聖教国は、さらなる布教を目指して勢力拡大に乗り出す。大司教と呼ばれる統括責任者の席を4つ用意し、信徒を導くに相応しい人材を割り当てたのもその一環であった。なお大司教は教皇の相談役も兼ねており、現在は大司教マハート、大司教ローア、大司教シンマの3名が座に就いている。しかしここまで聞いた時点でレモティーには疑問が生じた。大司教の座と人数が一致しなかったためだ。


「大司教の席は4つあるって話だったけど、名前が出てきたのは3人だけだったよね。どうしてなんだい?」


「4人目は空席ですわ。元々はわたくしの師であるアルマ様が座に就いておられました。しかし他の大司教や教皇と意見が合わなかったことから追放されましたのよ。そのおかげで、わたくしはあの方に拾っていただけたのですけれど……」


カタリナは遠い目で窓から空を見上げる。まだ亜人差別が酷かった頃のディア・メトロス――その貧民街で彼女は1人の老いた聖職者と出会った。アルマと名乗った老婆はカタリナを保護し、犯罪に手を染めるような生き方しか知らなかったスラム育ちに変わるきっかけを与えてくれた。既にアルマはこの世を去っているが、傷ついた者を決して見捨てないという信念はカタリナの中で生き続けている。


「ともかく、大司教は聖教の運営を司る最高責任者だと思っていただければよいかと。現教皇がお若いのもあって、実質的な職務は彼らが担っていますわ」


「教皇さんってそんなに若いんですか?」


「ええ、まだあどけなさを残した少年でしてよ。ただ、色々と謎に包まれた御方なので、詳しい事はわたくしも知りませんの。巷では聖母様の嫡子と噂されておりますけど、聖母様はずっと顔をお隠しになられているので確かめようもありません」


「聖母って人は女神の天啓を得た女性の事だったね。恐らくシャーマン的な役割を持つ一族がやってるんだろうけど、顔を見せないっていうのはカリスマを失わせないためなのかな」


レモティーは謎多き聖母に故郷の歴史を重ねた。古代日本を記した書物においても神子(みこ)と呼ばれた女性がまじないを用いて治めた国が存在したと伝えられている。彼女が弟以外の者に姿を見せなかったという逸話は有名であるが、歴史学者でもその理由を解明できてはいない。ただ、正体を隠すことで得られるメリットもあるのではないかとレモティーは考えたのだ。とは言え、地球の小さな島国における歴史などカタリナが知る由もない。


「カリスマというのが何かは存じませんけど、聖母様はアイリス様の天啓を得た唯一の御方ですし、"神の赦し"を他者に授ける事ができるのも聖母様のみですから、身の安全を考えて正体を隠しておられるだけかもしれませんわ。"神の赦し"の秘密を暴こうとする者がどこにいるかわかりませんもの」


「なるほど、顔バレするとそういった問題も……ん!? ちょっと待って、聖母は役割を指す単語じゃないってことかい? その言い方だと、まるで初代聖母がそのまま生き続けてるような感じがするんだけども……!」


「初代もなにも、聖母様は今もお変わり無く生きておられますわよ。アイリス様の祝福により定命の枷から解放されておりますもの」


ごく普通の事だと言わんばかりにカタリナが話す傍ら、レモティーとココノアは驚いたように顔を見合わせた。エルフや獣人族のような長命種でも500年程度が寿命の限界とされる。アイリス聖教設立当時から生きているとすれば聖母の年齢は数千歳を超える計算になるため、もはや生物を超越した存在に等しい。


「まるで神獣みたいだね……」


「あ、それうちも思った。デカスズメも太古から生き続けてるって言ってたし」


「ん……そのチュンコから聞いた話にも聖母ってフレーズが入ってたよ。ひょっとしたら関係あるかも」


リセはそう言うとメルのポーチを指し示した。彼女がメモした創生の神話がそこに入っているためだ。しかしメルは食べるのに夢中だったので、隣に居たココノアが本人の代わりにポーチから6枚綴りのメモを取り出して机の上に並べる。


「旧き言葉で聖母を意味する名を持つ13柱目の獣、デイパラ……」


書かれていた内容をココノアが声に出した。チュンコが語った内容によると、デイパラは種族間戦争を止めるためにアイリスが創った最後の獣とされる。彼女は女神の指示に従って調停者と呼ばれる眷属を生み出し、争いに終止符を打とうとした。だが悪意あるヒトの策謀により調停者は狂い、いつしか命を喰らう魔族へと変貌してしまったのだ。

女神は魔族を封印するようにデイパラへ命じたが、彼女がこれに応じる事はなかった。その後、十三番目の神獣は眷属を使役する権能を捨て、どこかへと姿を消したと伝えられている。弱体化しているとは言え、デイパラの持つ力は上位存在にも劣らぬものだと考えて間違いない。


「ねぇ、カタリナ。その聖母って人の名前を教えてくれない?」


「聖母様のお名前は信徒にも伏せられておりますので、詳しくはわたくしも……ただ、お師匠様が1度だけ口にされたのは覚えておりますわ。皆様がお話されている、"デイパラ"という響きに近いものだったと記憶していますけれど」


カタリナから返ってきた答えは少女達が予想した通りの内容であった。アイリス聖教を設立した聖母が原初の獣なのであれば、(ことわり)から外れた寿命の長さにも説明が付く。"神の赦し"という特殊な刻印を与えることができるのも、神獣が持つ力の一端なのだろう。

しかし、各地で神獣を捕獲している聖教国の動きはデイパラの出自と矛盾するものだった。国祖である聖母がその事実を知らぬわけもない。彼女自身が意図的に仕向けていると考えるのが自然だ。


「色々と厄介な話になりそうね。でも聖教国が神獣を生け捕りにできた理由、なんとなく分かってきたんじゃない? 原初の獣同士なら対抗手段もあるでしょ」


「デイパラは魔族を生み出したわけだし、魔王アスタロトみたいに対象を支配する能力を持っててもおかしくはない。神獣の件にも関係していると見て良さそうだ」


聖教国が神獣を捕まえたという話をミコトから聞いた際、ココノアとレモティーは自分達と同じく異界から召喚された存在が関係しているかもしれないと危機感を露わにしていた。だが聖母が獣の1柱なら話は別である。異界人がいなくとも、デイパラが何らかの力を行使したと仮定すればヒト種による神獣捕獲作戦も現実味を帯びてくる。


「これで異世界から来た英雄が聖教国の味方をしてるって線は消えたかな。あのユースティアって人もかなり手強かったけど、この世界の住人であることは鑑定スキルで確認済みだからね。心配事が1つ消えて安心したよ」


「ん……聖教国に異世界の英雄がいなかったとしても警戒するに越したことはない。現時点でどの国よりも危険なのは間違いないから」


唐突にそう呟くと、リセは小皿へ魚料理を取り分けていた手を止めた。そして深刻そうな面持ちでココノア達の方を向く。


「もしデイパラが再び魔族を生み出せる状態になってたら、世界のパワーバランスは破綻するよ。ミコト達を守るためにもこっちでやれる事はやった方がいい」


彼女が示唆したのは現状における世界情勢の危うさであった。表向きは中立を装いつつも、裏で神獣の捕獲を進める聖教国の動向は非常に不穏なものだ。数体の神獣を擁している時点で十分な驚異だが、仮に聖母デイパラが魔族を使役する権能を取り戻した場合、保たれていた均衡は呆気なく崩れてしまう。金色に染まった髪の先端を指でいじりながら、豊穣の乙女は難しい顔付きで思案を巡らした。


「つまり、聖教国は既にオキデンスと帝国の同盟を無視できるほどの力を持ってるかもしれない……ってことか。すぐに対策なんて考えつかないけど、女神に関する調査と並行して捕まった神獣達を探すってのはどうだろう? チュンコみたいに昔の話を聞く事ができるかもしれないし、それに――」


「助け出せば聖教の弱体化を狙える、って言いたいんでしょ? ま、駄ネコが言ってた世界の危機が今回の件を示してる可能性もあるから、うちは反対しないけど」


「ありがとう、ココノア。リセもそれでいいかい?」


「ん、問題ない」


パーティメンバー2人から承諾を得たレモティーは、残り1人の意見を聞こうと眼鏡レンズ越しに桃色の猫耳を捉えた。だがメルは丸茹でされた巨大エビと格闘している真っ最中であり、レモティーの問い掛けにも気付いていない。どうやら友人達のために殻を剥こうとしているようだ。


「うーん、なかなか殻が上手く外れないのです。でもこのエビ、すごく美味しんですよ! もう少し待っててくださいね、皆さんの分も私が剥いてあげますから♪」


「えっと、メル……ボクの話は聞いてくれてたかな?」


「答えなんて聞くまでもないでしょ。メルなら絶対神獣を助けるって言うだろうし。それより、続きは食事が終わってからにしたら? 食べ物が目の前にある状況でシリアスな話をしても、この食いしん坊娘は上の空よきっと」


「あはは……そうしよう。冷めてしまう前に食べないと勿体ないしね」


どんな時でもマイペースな仲間に苦笑いした後、レモティー達は豪勢な食事に舌鼓を打つのであった。

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