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うちの子転生!  作者: 千国丸
96/107

096.神の島④

徐々に大きくなる地震と轟音。金火山は神罰の発動により目覚めを迎えており、その奥では溶けた岩石塊が不気味な紅色を放ちながら胎動する。破局噴火に向けたカウントダウンが始まったのだ。


――ゴゴゴゴゴゴ……――


神明裁判所を囲む城壁が崩れ始めた。メルとユースティアによる激しい闘いの影響を受けたせいだろう。裁判所全体に張り巡らされた"聖域"は火砕流ですら食い止める障壁としての役割を担うが、大地の揺れや大気を伝わってくる振動を無効化する事はできなかった。聖域を構築した者がそれらの要素を拒絶する術式を織り込んでなかったからだ。もっとも、空気を遮断する障壁を展開すれば中の者が窒息することになるため、この結末は避けがたいものだったと言える。


――ピキピキッ!――


裁判所の壁にも大きな亀裂が走った。歴史の古さならアイリス聖教国でも5本の指に入る貴重な建物であるが故に、内部の老朽化も激しい。最初は小さな損壊で始まったものの、それが連鎖的に拡大したことで太い柱や梁さえも耐えきれなくなった。主要な柱がいくつか座屈した事が引き金となり、高層階が折れ曲がるようにして大きく傾いてしまう。

さらに不運は続いた。神明裁判所を護る聖域が突如として雲散霧消したのである。守護対象の形状を正しく定義しなければならない魔法だったため、激しい歪みが術式に致命的な綻びをもたらした。こうなると間もなく火口から噴き出すであろう赤き濁流の前には無力も同然である。何もかもを諦めて終焉を待つしか無い。


「なんだか凄いことになっちゃってますね……」


揺れる決闘場から崩壊していく裁判所を見上げる猫耳少女。彼女の足元にある石床もまた陥没や裂け目だらけであり、足場として長く保ちそうにはなかった。仰向けに倒れているユースティアへ向けてメルは声を掛ける。


「ここから退避しましょう、ユースティアさん。火口に落ちちゃいますよ!」


「……俺に構わず行くがいい。最高の闘いだったぞ、我が友よ」


掠れた声に反し、騎士団総長の表情は随分と清々しかった。全力を出し切った男の肉体はボロボロになっており、立ち上がることさえ叶わない。神器の力によって限界を超えた反動のせいだ。金色の瞳を暗天へに向けたまま終わりを待つ彼に対して、メルは困ったように眉をハの字に曲げる。


「うーん……この人自身は悪い人じゃないっぽいので回復魔法を掛けてあげたいところですが、魔法は封じられてますし……」


石床に仕込まれたマジックジャマーの機能はまだ生きており、あらゆる魔法の発動を封じる作用が生じていた。NeCO由来の回復魔法も例外ではなく、メルも回復魔法が扱えない状態だ。しかし彼女はこの状況を解決できる、掟破りとも言えるスキルの存在を思い出す。


「むむっ……! ひょっとしてアレならいけるかも! 早速試してみましょう! 物魔反転(コラプス・オブ・ロウ)、さらに追加で肉体復元(リカバリー)!」


物理的な作用と魔法的な効果を反転させる特異スキル、コラプス・オブ・ロウ――これを発動した状態で行使される回復魔法は物理スキル判定となる。魔法の長所である射程を失う代わりに直接触れた相手を癒やすという効果が得られるため、マジックジャマーによる影響を気にする必要はなくなった。


「これでいけるはず! 久々に思いっきり身体を動かせましたし、これは運動不足を解消してくれたお礼ですよ!」


メルの小さな手がユースティアの頬に触れた瞬間、傷まみれの身体が淡い光を放ち始めた。負荷に耐えきれず砕け散った骨や、無惨に千切れた筋肉の繊維も綺麗に復元されていく。まさに神の奇跡としか言い様のない効果に、彼は驚いたような表情を浮かべた。


「これは……治癒魔法か? 聖教の術式とは全く異なるが……」


()()()()の効果を持つこのスキルなら、しばらくすれば元通りになると思います。まあ聖教の人達には異端だって言われるんですけども……!」


「まさか異端者に救われる日が来るとはな……俺としてはこのまま朽ちても良かったのだが、部下を巻き込む訳にもいかんか」


エルフ騎士が視線を向けた先には、総長の仇を取ろうと勇ましく武器を掲げる騎士達がいた。全員で乗り込むつもりのようだが、損壊した決闘場が大人数の重みに耐えられるかは怪しい。突撃が始まった途端、足場諸共火口へ落ちることになりかねない。


「決闘の勝利者が貴様達である事は揺るがない。騎士団は速やかに退かせよう。それにしても……くくっ、大司教連中がどんな顔をするのか楽しみだ」


唇の端を吊り上げて笑うユースティア。そうしている間にも彼の四肢は動かせる程度にまで回復した。隣に落ちていた神槍を掴むと、それを支えにして身体を起こす。


「あっ、まだ治療は終わってませんよ! しばらく寝てないとダメです!」


「これだけ動けるのならば十分だ……恩に着るぞ。噴火まで時間がない。貴様も仲間と共に逃げるがいい。今からで間に合うかは分からんが」


「まったく……間に合うも何も、噴火を起こしたのはアンタ達の方でしょうが! 責任持って止めなさいよ」


メルの背後から凛々しい少女の声が飛んできた。ココノア達がやってきたのだ。亜麻色の髪を揺らしながら、長耳の少女はユースティアに険のある表情を向ける。


「神器とやらを使えば火山だって元に戻せるんでしょ?」


「いや、神器を使ったところで一度始まった噴火を鎮める事はできんだろう。出来るだけ遠くへ逃げろ。いくら友が治癒魔法を使えると言えども、灼熱に飲まれては助からんぞ」


「なんでメルがアンタの友達って話になってんの! 勝手にうちらのパーティメンバーをフレンド認定しないでくれる!?」


ココノアは頬を膨らませて抗議した。そんな彼女をなだめるようにしてレモティーが肩に手を置く。


「まあまあ、ここは彼の言う通りにしよう。いくらココノアの補助魔法があったとしても、噴火の直撃は避けるべきだよ。特に今はカタリナさんやフルカさんもいることだしね」


レモティーが振り返った先には応援旗を持ったカタリナとフルカが立っていた。2人は感極まった様子で潤んだ瞳をメルへ向ける。


「お見事でしたわ、メル様! 聖教国において最強の武人である騎士団総長に勝ってしまうなんて、流石でしてよ!!」


「使徒様には何とお礼を言えばよいか……! これで正々堂々とクピディタ司祭を断罪することができます!」


メルが勝利した事により、フルカを散々苦しめた異端者の罪状は消えた。"神の赦し"を失ったままではあるが、彼はこれまで通り自由に聖教国と故郷を行き来することが出来る。淫らな私欲により女性達を弄んでいたクピディタの罪を白日の下に晒すことも可能だろう。


「ともかく、これで異端審問の話は解決だ! カタリナさんとフルカさんはボクが補助するから、メルとココノアは転移魔法で一足先に逃げてくれて構わないよ」


レモティーはワンピースのポケットから種子の入った瓶を取り出し、それを触媒にして2体のマンドラハバネロを呼び出した。手足の生えた唐辛子という奇妙な外見ではあるが、その腕力は筋骨隆々の獣人族にも匹敵する。マンドラハバネロ達はカタリナとフルカをひょいと持ち上げ、運搬姿勢を取った。


「ほいほい、その2人は任せたわよ。でもなんか忘れてる気がするのよね」


「そういえばリセちゃんはどうしたんでしょう? 全然見てないですけど」


「しまった! メルの戦いっぷりに夢中でリセの事をすっかり忘れてたよ! もしかして騎士団を片っ端から倒してるんじゃ……?」


冷や汗を流しながら裁判所の方を見上げる一同。レモティーの悪い予感は見事に的中しており、先程まで集まっていた騎士達はいつのまにか全員倒れていた。明らかにリセの仕業だ。


「どうやらまだ戦ってるみたいよ。向こうから剣と剣がぶつかるような音が聞こえるし、止めたほうがいいんじゃないの。うちらに敵対するつもりはないんでしょ」


「ああ、騎士団が貴様達と戦う理由はなくなったからな。互いに無駄な犠牲を出す必要もないだろう。仲裁は俺に任せろ」


そう言い残すなり、ユースティアは凸凹になった石床の間を跳躍しながら決闘場の出口へと向かう。先程まで瀕死だったとは思えないほどの俊敏な動きだ。


「くくっ、ニールがここまで苦戦させられているとはな……この世界も捨てたものではないということか……ッ!」


古代エルフであるユースティアもココノア同様に聴力に優れる。遠くから響く剣戟(けんげき)の音だけで、副団長が劣勢に立たされている状況を察した。剣術の腕だけなら自身を上回る実力の持ち主――稀代の天才剣士と謳われるニールを一方的に追い詰める圧倒的強者の存在に、彼は嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。


「はぁ、ホント次から次にやることが増えていくわね……まぁいいけど。レモティーはリセと合流しに行って。うちとメルは噴火に対応するから」


「へっ? ココノアとメルも脱出するんじゃないのかい!?」


思わぬ指示に素っ頓狂な声を出すレモティー。彼女の疑問に答えるべく、ココノアはその意図を掻い摘んで説明した。


「倒れてる連中を起こして逃げるよりも、噴火の方をどうにかした方が手っ取り早いでしょ。だからうちが最大出力で魔法をぶつけて、マグマを押し返そうってわけ。ただ、詠唱に集中してる間は転移で飛べなくなるから誰かに支えて貰っとかないとダメなのよ」


「なるほど、そこで私の出番なんですね! カーディナルで翼を生やせばできると思います! ココノアちゃんは私と違って軽いですし!」


「アンタは食べ過ぎなだけだっての。まあさっきの戦いでちょっとは減量できたと思うけど」


「えへへ、この調子でスリムな私を目指します!」


ニッコリと微笑むメル。足元に広がる巨大な噴火口には煮えたマグマが満ちており、真っ赤な放射光で決闘場を下から照らしていた。しかしココノアとメルは微塵も躊躇(ためら)う様子をみせない。2人でならやれない事はないと信じているからだ。


「確かにココノアが本気で魔法を撃てば噴火の勢いを削ぐことができるかもしれない。でもマジックジャマーはどうするのさ? この付近にいる限り魔法は自由に使えないはずだ」


「アンタ達が行ってから床ごとメルに叩き割って貰うから大丈夫だってば。ほら、行った行った!」


「心配ではあるけども……一応、メルは死の淵から蘇りし者(ネクロリザレクション)で自動復活できるし、なんとかなるか! 後のことは任せたよ、2人共! あとポーチも!」


友人達に修理済みのポーチを託し、レモティーはその場を後にした。カタリナとフルカを担いだマンドラハバネロ達も一緒だ。メルとココノアだけになった決闘場は崩壊の予兆を見せており、もう幾ばくも保たない事が分かる。


「よし、レモティー達は無事に脱出できたみたいね。メル、マジックジャマーをぶっ壊して!」


「了解しました! そぉい!!」


間の抜けた様な可愛らしい掛け声と共に、メルの拳が石床に突き刺さった。生物が到達可能な領域の遥か上を行く筋力ステータス値――規格外の怪力から繰り出されたパンチは決闘場を支えていた地盤すらも呆気なく砕く。石床の下に隠されていたマジックジャマー用の魔石が割れるのと時を同じくして、ココノアの転移魔法が発動した。少女達は足場の崩壊に巻き込まれることなく、ふわりと火口上空へ舞い上がる。


「メル、杖をお願い! 一気に火口中心まで連続転移するから!」


「はい、任せてくださいな! やっぱりポーチがある方がしっくりきます!」


メルは肩紐からぶら下がった魚マークの丸鞄から短杖を取り出した。青い魔石が取り付けられたそれは、ポーチと同じくセロからの餞別である。転移魔法の飛距離を伸ばす効果を備えており、ココノアの良き相棒としてこれまでの冒険を支えてきた。


多重転移加速(アクセラレイション)!」


弓から杖へ持ち替えたココノアは、絶え間なく転移魔法を発動させる超高等テクニックを存分に発揮する。ココノアと手を繋いでいるメルもその恩恵に預かり、2人は巨大な穴の真ん中へ向けて宙を舞うように移動した。だが立ち昇る黒い噴煙がその行く手を阻む。


「ああもう! 邪魔ね、この煙……! 転移の指定地点が定まらないじゃない!」


「大丈夫です、私が道を作りますから! 天使の光輪(エンジェル・リング)!」


メルの呼び声に応じ、天から黄金に輝くリングが飛来した。それを空いていた方の手で掴み取った彼女は空中で投擲姿勢を取る。本来、エンジェルリングは聖属性の光輪で対象を攻撃する魔法でしかない。しかし物魔反転状態では手に取る事が可能なリングを召喚する特殊スキルへと変化した。これはメルがリギサン北部の海岸において、奴隷にされていた人々を笑顔にしようと試みた時に判明した()()だ。


「それではいきます!!」


桃色の尻尾でバランスを取りつつ、メルは腕を最大限まで引き伸ばす。そして勢いを付けて前方の黒雲に向かって投げつけた。渾身の一投により放たれた光輪は高速で回転しており、巨大竜巻にも似た旋風を引き起こす。その凄まじい大気のうねりによって噴煙はかき消され、前方の視界が確保できた。ココノアはすかさず転移魔法を詠唱し、拓かれた道を進む。


「助かったけど、ほんと何でもアリね……さっきなんて某国民的バトル漫画みたいな動きしてたし、メルってこっちに来た時よりも成長してない?」


「そうでしょうか? あんまり実感ないですけど……」


「落ち着いた時に鑑定してもらえばいいのよ。さてと、そろそろ中心地ね。先にバフを入れるから、しばらくうちの事を支えてて、メル!」


「お任せくださいな、ココノアちゃん! カーディナルを発動します!」


ジョブ名を冠した固有スキルが猫耳少女の背に翼を授ける。続いてメルはココノアの背後から手を回し、膨らみかけの胸をぴたりと密着させた。柔らかな感触越しに想い人の鼓動を感じ取ってしまい、ココノアは思わず顔を赤くする。


「ちょ、ちょっと! 抱きつかなくてもいいでしょうが!?」


「いえいえ、これくらいしっかり掴んでおかないと! 落としちゃったら大変ですから!」


「ほんのちょっとだけ支えてくれればいいだけなんだけど……って、なんだか全身が暖かいような? 何かしたの、メル?」


「実は今、精神力増強(メンタルブースト)のバフを掛けたんです。魔力が低いので効果量は大したことないかもですけど、愛情はたっぷり詰め込みました! さあココノアちゃん、思う存分やっちゃってください!」


魔力や知性、器用さを補強するバフスキルが付与されたことで、ココノアのステータスが少し増強された。メルが言う通り、低魔力ではさほど大きな恩恵が得られる補助魔法ではなかったが、好きな相手から注がれた暖かいオーラはココノアにとって特別なものだ。本来の効果以上の力がエルフ少女の全身に(みなぎ)る。


「殴りヒーラーのくせに魔法職向けの補助スキルまで取得してるとか、相変わらずよくわかんないスキル構成してるわね……」


「大好きなココノアちゃんとNeCOの世界を隅々まで冒険するのが、この()の目標でしたから♪ 役立ちそうなスキルは片っ端から取ってますよ!」


「そういう小っ恥ずかしい台詞を耳元で囁かないでよ!? ああもうっ、フォースマスター始動!」


ココノアのジョブ専用スキルによって、正面に光り放つ魔法陣が広がった。異界の文字と模様が刻まれたそれは膨大な魔力を纏っており、周囲に輝く粒子の渦を生み出す。


「夜なのにお昼みたいな明るさ……! これがココノアちゃんの全力なんですね!」


「マジでフルパワーでやるのは今回が始めてかも。でもそれくらいでやんないと、アレは止められないでしょ!」


眼下に迫る猛火の噴流。限界に達した金火山がマグマを吐き出したのだ。超高圧下で蓄えられたエネルギーが火柱となって少女達へ襲いかかる。


「それじゃ、一丁やってやりますか! 破滅へ誘う閃光デストラクション・フレアッ!」


魔法を極めし者(フォースマスター)のスキルにおいて最高倍率を誇る攻撃魔法が発動した直後、杖の先端から津波の如き光の奔流が放たれた。天から降り注ぐデストラクションフレアに対して、大地から這い出る焔の濁流――それらの衝突地点を境にして、星の創造を思わせる輝きが大地を照らす


――ゴォォォォォ!!――


極太の閃光と灼熱の噴流は一進一退の押し合いを繰り広げた。MP消費という制限がある以上、状況の拮抗はココノアにとって不利である。だが範囲攻撃の頂点に立つ究極魔法の真価が発揮されるのは、初撃後に発生する2段階目の追撃効果だ。


「「いっけぇぇー!!」」


ココノアとメルの叫び声が重なった刹那、無数の爆発が炸裂した。マグマを覆うように生み出された白雷の球体は容赦なく溶けた岩石塊を飲み込み、その存在を喰らい尽くしていく。属性を持たない新生魔法はいかなる対象でも効果が左右されないという特徴を持つため、相手が極度の火属性を纏った溶岩であろうと、跡形も残さず破壊するだけである。


――ドォォォォン!――


ひときわ激しい揺れが火の島全体へ波及した。しかしこれは噴火に伴うものではない。天罰によって活性化されたマグマの大部分が消失した事を示す、いわば決着の咆哮だった。一部の火砕流が決闘場の通路を伝って神明裁判所内へ流れ込みはしたが、リセの誘導により先んじて脱出していた異端者や騎士団は無事である。英雄達によって人的被害は最小限に食い止められたのだ。


「ふぅ……何とかなったわね。邪魔な煙が全部消えたおかげで、視界も随分クリアになったじゃないの」


「うふふ、凄くスッキリしました! 戻ったらお月見をしましょう♪」


満月が輝く夜空を見上げて微笑むココノアとメル。半径数キロメートルはあろうかという大穴から噴き出したマグマを1撃で消し飛ばす――そんな偉業を成し得るのは、この2人以外に存在しないだろう。純白の翼に抱かれた最強ペアはゆっくりと方向転換し、仲間達が待つ場所を目指して飛び去った。




――神明裁判所跡地――




度重なる衝撃で崩れた神明裁判所は瓦礫も同然の様相となっており、原型を留めてすらいない。その一方、幸いにも被害が少なかった中庭は救護用のスペースとして使われていた。1人の女剣士によって戦闘不能に追い込まれた大勢の騎士達を手当てしつつ、レモティーは危機が去った火口を一瞥する。


「スキルレベル最大で撃ったんだろうけど、まさかマグマ自体を消滅させちゃう程の威力が出るとは思ってなかったなぁ」


「ん、この世界はNeCOと違ってスキルダメージの算出式なんて無いから、ステータスに応じた効果が出るはず。MAG-DEX極構成のココノアが使う最高位の魔法なら大災害に匹敵してもおかしくはないよ」


独り言にも近い呟きに反応したのはポニーテールの少女だった。涼しい顔をしているものの、彼女は地形を変える攻防の末に副団長ニールを制した張本人でもある。そのため周囲の騎士達は恐ろしい怪物でも見るような視線を向けていた。


「……あんまり歓迎されてないみたい。姿を消しておいたほうがいい?」


「いや、リセは堂々としてれば良いんだよ。決闘場を囲んでる連中を何とかしておいてって頼んだのはボクだしさ。そろそろメルとココノアが戻ってくるだろうから、一緒に出迎えよう」


「ん、分かった」


噴火の残渣によって熱気を纏った空気を物ともせず、和やかな会話を交わす2人。そんな彼女達の元へ銀色の鎧に身を包んだ1人の騎士が訪れる。


「いやあ、申し訳ない。貴女達にしてみれば敵でしかない我々を助けていただけるとは。特にあの光る木……あれは癒やしの術にも劣らぬ御業と言っても良い。ありがたく使わせて貰いますよ」


「君は……確かニールって名乗ってた騎士だね。癒やしの光樹(ヒーリング・ツリー)の事なら気にしなくていいよ。回復量は微々たるものだから、応急処置にしかならないし。それよりも、また異端者扱いするような真似はしないって約束してくれないかな?」


「はは、天変地異すら打ち消す一団に喧嘩を売るほど僕も馬鹿ではありません。それにそちらの潔白は決闘で証明済み……その点はどうかご心配なく」


ニールは鮮やかな水色の髪をかき上げて笑う。レモティーが地面に生やした命の再生を促す魔法樹――ヒーリングツリーは騎士達を癒やすのに大いに役立った。言うまでもなく、騎士団でも聖教で伝わる治癒魔法以外の使用が禁じられている。だが神の使いと称しても過言ではない奇跡の数々を目の当たりにした後となれば話は別だ。この場にメル達一行を異端者などと蔑む者は誰1人としていない。


「ただ……そちらのお嬢さんにはまた手合わせをお願いしたいですね。僕の剣閃を全て捌いたのは貴女が初めてだ。今度は負けませんよ」


穏やかな表情には似合わない、物騒な台詞を吐き出すニール。天罰が発動した後、彼はユースティアの救助へ向かおうとした最中にリセと遭遇し、自分の腕がまだまだ未熟である事を思い知らされる羽目となった。天才と称賛されるに相応しい剣技ではあったが、リセにはその一切が通用しなかったのである。

しかしニールの胸中では悔しさよりも歓びの方が上回っていた。全力で剣の腕を競える相手などいないと半ば諦観(ていかん)した時に出会った最強の剣士――そんな好敵手と再び刃を交える日を想い、微笑を浮かべる。


「ん、あたしも楽しかったから、暇な時なら付き合ってあげてもいい」


「ふっ、良いお返事をいただけて何よりです。それでは、また」


リセの承諾を得たニールは軽く会釈をして踵を返した。しかし彼が立ち去るよりも早く、フルカがその背を呼び止める。


「ニール卿、お待ちを! ザケルド司教の処遇は先程伺いましたが、クピディタ司祭についてはお聞きしておりません。あの男はどうなったのです?」


「ああ、彼の事なら心配無用ですよ。君の前に姿を現す事は二度とありません」


「それは一体、どういう意味でしょう……」


「恐らく今頃、()()()()を受けているんじゃないかな。ま、我欲のためにアイリス様の名を汚した聖職者の末路なんて、ロクなもんじゃないでしょう」


「……?」


意味深な台詞にフルカは首を傾げた。観覧席に残されたクピディタがどこへ向かったのか――それを知るのは現場に居合わせたニールだけである。そして彼はクピディタが降りた階段の先に関しても把握済みだった。糸目の騎士が薄っすらと開けた瞳には、絶望の暗闇を彷徨う堕ちた司祭の姿が映っていた。




――神明裁判所 地下――




灯りが消え、漆黒が支配する無人の地下室を這って進む男。彼は聖職者風の身なりであったが、尿で濡れたローブに砂埃が付着しており非常に小汚い。だがそんな風貌を気に留めている状況ではなかった。燃える岩の泥流が裁判所内へ流れ込んできたからだ。既に周囲の壁へ熱が伝わっているため、触れることもままならない。


「クソッ! クソッ! 何故ワシがこんな目に遭わなければならない……ッ!」


汗だくの顔で悪態をつく醜い司祭――クピディタは出口を求め、必死に地の底を這い回る。だが登り階段は全て崩落してしまった後だ。もはや逃げ道など残されていなかった。


「せめて灯りが……灯りさえあれば! どこかに松明はないのか……!?」


聖教の魔法を使えば光を生み出すこともできるが、それ以前に自らの治療で魔力の大半を使い切っている。壁や柱に何度も体をぶつけながら、クピディタは照明になりそうなものを探した。


「おおっ、あれは炎の光ではないか! 上階への道があるかもしれん!」


贅肉で(たる)んだ体を引き摺るのにも疲れた頃、赤い揺らぎに照らされた壁がクピディタの視界に映り込む。煌々と輝くそれは明らかに人為的な炎によるものだった。彼は喜び勇んで光に満たされた部屋へと飛び込む。


「……なッ!?」


だが眼前の光景に司祭は言葉を失った。辿り着いた先が焔の間と呼ばれる拷問部屋だったからだ。空中に架けられた細い鉄橋の下には薪が焚べられており、橋の表面が赤熱するほどに熱されている。橋を渡りきれば隣の部屋へ移動できるが、それ以外の出口はなかった。


「こんなもの、渡れるはずがないであろう!?」


残り少なくなった頭髪を振り乱して叫ぶクピディタ。靴を履いているとはいえ、焼けた金属の上を進むのはあまりに無謀である。癒やしの術で火傷を治癒しながら歩く事ができれば両脚が使えなくなる前に渡り切れるかもしれないが、痛みに耐えて詠唱を維持できる者など聖教でも一握りしかいない。


「ひ、引き返して別の道を……!」


諦めて部屋を出ようとしたものの、クピディタは立ち込める熱気に顔を焼かれてしまい、すぐ焔の間へ戻る事になった。裁判所内に流れ込んできた溶岩がすぐ近くまで迫っていたのだ。


「この道を進むしかないというのか……ッ!」


弟子を苦しめた炮烙の試練が自らにも科されるとは、微塵も思っていなかっただろう。クピディタは近寄ってくる死の気配に追い立てられ、恐る恐る右足を踏み出した。


「ぎゃぁぁぁぁッ!?」


想像以上の激痛がクピディタの顔を歪める。そしてその拍子に体のバランスを欠いた彼は橋から転げ落ち、燃え盛る業火に包まれた。断末魔をあげる暇すらなく喉と肺を焼かれた者の末路は、驚くほどに静かなものだった。グツグツと体内の水分が沸騰する音だけが男の最期を物語る。

それから間もなくして、地下室全てを火砕流が満たした。数え切れない異端者達の血と叫びで染まった神明裁判所は、英雄達の活躍によって完全なる終焉を迎えたのである。

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