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うちの子転生!  作者: 千国丸
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094.神の島②

――神明裁判所へと続く登山道――


照明魔道具の灯りを頼りに、真っ暗な登山道を徒歩で進むメル達。聖教の助祭であったフルカを加えたことで、一行は合計6人のパーティとなった。神明裁判所へ向かうルートには砂と小石を敷き詰めた簡素な道が敷かれていたが、傾斜がきつい上に凸凹も多い。車輪が痛んでしまう可能性を考慮し、持参した組立式馬車の使用は断念せざるを得なかった。

しかしながら少女達の足取りは力強く、順調に目的地へ近づいている。この調子ならあと半時間で神明裁判所が見えるところまで登ることができるだろう。メルと共に先頭を歩むココノアは後ろを振り返り、新たな参入者の顔を見上げた。


「別に、アンタまで付いてこなくてもいいのよ。腕を切られた場所になんて戻りたくなんてないでしょ? 大人しく山の麓で待ってりゃいいじゃない」


「お心遣いに感謝します。ですが、どうかお供をさせてください。アイリス様の使徒であらせられるメル様に、聖教による異端審問が行われると聞いてしまっては見過ごすことなどできません。微力ながら司教へ抗議したく思っています」


メルから数歩下がった位置で付き従うフルカ。彼は子供にしか見えない幼女2人にも礼儀正しく接していた。回復魔法で一命を取り留めた事で、すっかりメルを女神の使徒だと思い込んでしまったらしい。自身を拷問で苦しめた裁判官達と再会する事も(いと)わず、弁論による抗議を行わせて欲しいと申し出たのだった。


「そういえばフルカさんのお話を詳しく聞いていませんでしたね。どうして裁判所に連れて行かれることになったんですか?」


「メル様にお話するほどの事では無いのですが……お聞き願えるのであれば、神明裁判所へ到着するまでの時間をいただきたく思います」


メルの問い掛けにそう切り出した後、フルカは自らの生い立ちも含めて神明裁判所での出来事を包み隠さずに伝えた。聖教の治療により妹が助かった事、女神の言葉に感銘を受けて自らも入信して聖職者を目指した事、そして異端者の嫌疑を掛けられて異端審問により"神の赦し"を剥奪された事――それら全てを話し終える頃には、裁判所のシルエットが闇夜に浮かび上がるところまで近づいていた。


「むむむ……裁判所の人達は一体何を考えるのでしょうか! 教会の外で治癒魔法を使ったくらいで、そこまで惨い仕打ちをするなんて! 妹さん想いの素敵なお兄さんなのに!」


険しい表情で憤るメル。その隣に肩を並べるココノアも表情の変化こそないが、聖教のやり方には強い怒りを覚えており、紫色の瞳に強い光を宿らせる。


「だから言ったじゃない。話が通じるような相手じゃないって。裁判だの審議だの面倒だし、外から建物に向けて範囲魔法をブチ込んじゃダメなの?」


「ははは……ココノアの魔法なら裁判所ごと吹き飛ばすことも出来そうだね。でも、それだとフルカさんみたいな無辜(むこ)の人達も巻き込む可能性があるし、最後の手段にしておこう。対話による解決は望み薄だけど、決闘裁判で勝てば無罪を勝ち取ることもできるしさ」


「ん、捕まった人はあたしに任せて。姿を消して救助してくるよ。その後なら存分に壊せる」


神明裁判所の地下牢には今も大勢の異端者達が囚われたままだ。それをフルカの話から知り得たレモティーとリセは、裁判所の破壊に代わる案を提示する。彼女達に追従するようにしてカタリナも意見を述べた。


「大変申し上げ難いのですけど……神明裁判所は聖域魔法による障壁が常に展開されていますの。恐らくココノア様でも、あれを破壊することは不可能ですわ」


「ええ、僕もシスターカタリナと同じ意見です。聖域魔法は神獣すら閉じ込めることが可能と言われる極めて強力な結界術式なので、外部から破るのは困難かと。ただ、聖域を維持するための魔力は相当な量が必要となるはず……どこかにその供給源があると思われます。地下にそれらしきものはなかったので、恐らくは上層階だと思うのですが」


続けてフルカも意見を述べる。障壁だけで脱走を防ぐ事が可能なため裁判所の内部は簡素化されており、閉じ込められた異端者であっても構造を把握するのは難しくなかった。地下牢と拷問が行われる各部屋を繋ぐ通路を往復した時の景色から、彼は簡単な見取り図を頭の中に描く。


「審問用の施設は1階と地下に全て集約されていたように思うので、2階から上は裁判に従事する者達の私室があるのでしょう。あと、転移用の祭壇も存在するかもしれません」


「祭壇って……神殿にあったものと同じものかい?」


「そうです。神明裁判所は特に教皇庁と繋がりの深い施設ですから、専用の転移陣が建屋内にある可能性が高いのです。また火の島では水や食糧を入手できません。必要な物資の運び込みも祭壇を使用していると思われます」


鋭い洞察力を以って推論を導き出したフルカの方を向いて、レモティーは深く頷いた。


「なるほど、こんな辺鄙な場所に裁判所を建てて不便じゃないのかなって思ってたんだけど、転移陣があるなら疑問は全部消えるよ。ただ、祭壇の存在は厄介だな……あっちは援軍を呼び放題って事だし、決闘裁判で次々に人を呼ばれたらメルがお腹を空かせちゃうかもしれない」


「決闘は代表者同士による1度きりの勝負なので、そのご心配は要りません。ただし聖教側の決闘者として選出されるのは、聖アイリス騎士団でも俊英と呼ばれる武芸の達人と聞きます。相応の実力がない限り、打ち勝つのは難しいでしょう」


「へぇ、騎士団が出てくるっていうのは初耳だなぁ。フルカさんは決闘裁判に詳しいみたいだね。喋れる範囲でいいから、知ってる事を教えてくれないかな?」


「ええ、構いません。ただ決闘をこの目で実際に見た事はないのです。文献から得た知識や修道士から聞き出した話ばかりですので、全てが正しいとも言い切れないのですが……」


そう前置きして、フルカは噴煙を吐き出し続ける山頂を見上げた。うっすらとではあるが、決闘裁判の舞台と思しき構造物の影が見える。幾多の異端者が葬られてきた死地を前に、彼はこれまで得た知識を全てレモティー達へ伝えた。

フルカの説明によると、決闘裁判は異端審問を耐え抜いた者が辿り着く"最後の裁定"と位置付けられる試練らしい。挑戦する異端者は、敗北時に"神の赦し"を返上と自死を誓わなければならないが、聖教が用意する決闘者に勝てば無罪放免が約束される。だがこの決闘には何重もの罠が張り巡らされていた。

まず決闘が行われる闘技場にはあらゆる魔法の構築を阻害する封印術式が施されているため、一切の魔法を封印された状態で挑むことになる。それは聖教側も同じであるが、騎士団から選抜された剛の者は経験・技術・肉体の全てにおいて優れており、この世界において強者の代名詞として挙げられる筆頭冒険者に比肩する実力者揃いだ。癒やしの術を専門的に学んできた魔法使い(スペルユーザー)が勝てるような相手ではない。

さらに決闘に参加する騎士達には神器と呼ばれる強力な武器が与えられた。どれもエウレカに太古から存在する伝説級の遺物である。治癒魔法を独占するアイリス聖教国に対して、軍事に優れたデクシア帝国や商業大国オキデンスですら手が出せなかったのは神器の存在が大きい。一方、挑戦者に与えられる武器は古びた剣かメイスのみだ。武器を取らず素手で戦うこともできるが、いずれを選択したところで結果が変わることはないだろう。


「うん……大体わかったよ。魔法を使えない特殊フィールドでの決闘を強いるのは、聖教側にとって有利な状況を作るためだと思っていいかな? 癒やしの術が使える人には聖属性魔法の適正もあるみたいだけど、それさえ封じれば攻撃手段は皆無に等しいだろうからね」


「ご推察の通りかと。ただ、決闘裁判は神意を問う戦いでもあります。アイリス様から授けていただいた力で争い合うのを避ける、という意味合いもあるのかもしれません」


西大陸への移動時、レモティーは密航してきたカタリナに鑑定スキルを使ってステータスを読み取っている。その時に聖教の信徒が初級ランクの攻撃魔法を扱えることは把握済みだった。相手の得意分野を封じることで僅かなチャンスすら与えない聖教のやり方は、冷酷ながらも合理的と言えよう。


「あ、そろそろ裁判所の門が見えてきたわよ。入る前に補助魔法を掛けるから、一旦立ち止まりなさいよね」


後ろを歩く仲間達を振り返って注意を促すココノア。彼女が言及した補助魔法というのは完全遮熱術(ヒートシールド)潜水呼吸術(アクアラング)の事である。火山に登る途中、高温ガスが吹き出す洞穴を見つけた少女達はバフ効果が正しく適用されるかをそこで検証済みだ。両方の魔法を併用すれば熱と窒息に対応可能であると判明しており、意図的な噴火を起こされても(しの)ぐことが出来る。


「ココノアの補助魔法は勿論だけど、一応取れる対策は全部しておこうか。リセは念のため最初から暗殺者の隠れ蓑(クローキング)で潜伏しておいてくれないかな。隙を見て捕まっている異端者達を逃して欲しいんだ」


「ん、分かった。適当に連れ出しておく」


リセは腰の鞘に手を掛けて頷いた。次元結晶の力で姿を消すスキルを獲得した彼女であれば、誰にも悟られること無く地下牢に囚われた者達を逃がすことが出来る。当初の目的には無かった攻略目標が追加される形となったが、フルカのような罪なき人々がいるのであれば救出しておくに越したことはない。その方が気兼ねなく異端審問へ挑む事ができるからだ。一通りの懸念事項を潰した後、レモティーは今回の主役である猫耳少女へ視線を移した。


「中に入ったらすぐお出迎えがやってくるだろうから、ボクとココノアで対処するよ。メルは心配せずに異端審問に挑んで欲しい。とは言っても、拷問なんかに付き合う必要もないからね。言いたい事を全部ぶつけて解決しなかったら、その時は大暴れしてやろう!」


「ありがとうございます、みなさん。ここに来る前は対話で解決できるかもって思ってましたけど、フルカさんのお話を聞いた限りだと少し厳しそうです。でも伝えたいことはきっちり伝えるつもりなので、お手伝い宜しくお願いしますね!」


聳え立つ城の如き裁判所を見上げたメルは、真紅の瞳孔をその頂点へと向けた。フルカを襲った非道な仕打ちの数々を知ったことで、小さな身体には義憤による怒りが滾っている。いつになく真剣な雰囲気を漂わせる彼女の横顔に、友人達も気を引き締めるのであった。




――その頃 神明裁判所内――




裁判所の3階には上級聖職者の私室を兼ねた執務室が並んでいる。そのうち、(ぜい)を凝らした調度品で彩られた最も広い部屋が異端審問官ザケルド=アロガンのために用意されたものだった。遠方から訪れた知人を室内に招き入れた彼は、歓待の意味を込めて国外から輸入した特上の葡萄酒をグラスへと注ぐ。


「このように上等な酒を振る舞っていただくなど、この身に余る光栄です。例の件といい、ザケルド様にはなんとお礼を申し上げればよいか……」


「旧知の仲ではないか、そう(かしこ)まることもなかろう。それで、教会運営の方は上手くいっているのか?」


「お陰様でなんとか。孤児院にも見込みのある者が増えてきました。騎士団への人員補充については問題ないかと」


「そうか、大司教様には良い報告ができそうだな。これからの神獣狩りではより多くの兵が必要となる。クピディタよ、お前の働きには期待しているぞ」


「グフフ、お任せを。聖教のためならば死をも恐れぬ者達を手配致しましょう」


クピディタと呼ばれた人間族の司祭――恰幅の良い中年男性は恭しく頭を下げた。地方に点在するアイリス聖教の教会を任される司祭職は、聖職者の序列でも上位に入る存在であり、本国の重鎮達との繋がりも深い。だが望むものを全て手に入れられるほどの権力は持っていなかった。

欲深い司祭はより高い序列に登るため、上席者のザケルドが望むものを用意する便利屋となる道を選んだ。神獣狩りで失われた騎士団の兵力を補充したいと言われれば、孤児院の若者を洗脳して送り出すくらいは簡単にやってのける。聖職者の名に相応しくない悪徳行為であるが、腐敗の進んだ聖教内部では汚職が当たり前だった。彼自身、それが悪いことだとは微塵も思っていないだろう。


「そういえばあの男……フルカの最期はどうでしたか。お手を煩わせてなければよいのですが」


「問題ない。いつもどおり異端者として処分しておいた。今頃はこの島のどこかで物言わぬ骸と化しているだろう」


「それは安心しました。騙されたとも知らず、哀れな男です」


ニヤリを唇を釣り上げるクピディタ。彼は東大陸の小国パルウムにある教会を一任されており、そこで助祭を務めるフルカは弟子に当たる。しかしフルカが異端審問にかけられた原因を作ったのはクピディタ本人だった。魔物に襲われた少女を用意し、教会外で癒やしの術を使わざる得ない状況を作る――そこまでして罠に嵌める必要があったのかと、ザケルドは疑問を呈す。


「あの若造、審問を受けてもなおアイリス様への信仰を捨てることは無かったぞ。行く行くは聖教を支える良い柱となったかもしれぬ。依頼を受けた時は理由を問わなかったが、ここでなら聞かせてくれるのだろうな?」


神に対する信心を捨てなかったフルカに対する異端審問官の評価は高かった。拷問に耐えかねて神を裏切ったと自供する程度ならまだマシな方で、授かった刻印を自ら食い千切って許しを乞う者、過酷な運命を授けた神に罵詈雑言を浴びせる輩も少なくはない。それらに比べると、理性を保ち続けて女神に対する想いを貫いた若者は称賛に値するだろう。だがその模範的とも言える精神性こそがクピディタにとっては目障りだった。


「……フルカは賢く精悍な上、アイリス様への並々ならない信心を持っていました。そして卓越した治癒魔法の才もあった。あと10年もすれば司祭の座はフルカに奪われていたでしょう。だからこそ、早めに潰しておきたかったのです」


「ふむ……そういうことであったか。惜しい男を無くしたな。だが大司教様が我らに求めているのは、組織としての強い結束に他ならない。師の反感を買っていた事にも気づかなかったのであれば、それまでの男であったということだ」


「ご理解いただけたようで何よりです。もっとも、目的は他にもあったのですがね……グフフ」


クピディタは下卑た笑みを浮かべ、鮮やかな紫色に染まったグラスへ唇を付ける。教会の主としての顔付きは優しそうに見えるが、彼は聖職者にあるまじき欲に塗れた内面を隠し持っていた。富、名声、女――欲しいものを手にするためであれば、どんな犠牲も厭わない。脂ぎった薄毛の頭部と同じく、クピディタが信仰心に乏しい事はザケルド自身も感じ取っていた。


「目的、か……お前のやることに余計な口出しはせぬつもりだ。好きにやるがいい。だが、アイリス様を冒涜するような行為だけはしてくれるなよ。友を裁くことになっては困るのでな」


「ご心配には及びません。愚生は心の底からアイリス様への忠誠を誓っております。ただ新たな妻を迎えるにあたり、邪魔者を消しておきたかっただけなのです」


「妻だと……? その歳にして12人目を(めと)るつもりか?」


「ええ、女は若い方が好みでして。特に今回のは……グフフッ、初夜を迎えるのが楽しみでなりません」


初老を控えた身にも関わらず、クピディタは肉欲に染まった思考を隠そうともしない。アイリス聖教では婚姻に対する制約が何ら設けられていないので、配偶者を何人作ろうとも問題視されることはなかった。とはいえ、一夫多妻制の文化を持つパルウムにおいても、10人以上の妻を持つのは彼か王族くらいなものだ。


「まさか孤児院を作りたいと言い出したのは、それが目的ではないだろうな。男を騎士団へ供出し、女は我欲を満たす器とする……教皇庁の連中にはとても聞かせられぬ話だぞ」


「そのまさかでございますよ。辺境の地で一生を終えるしかない女達に優れた子種を与えてやるのも、我ら神僕の務めでしょう。それに新しい妻となる少女は両親だけでなく、唯一残された兄まで失った天涯孤独の娘です。容姿以外に何の取り柄もない生娘に生きる糧を恵んでやるのですから、女神も祝福してくださるかと」


「待て、もしやその娘というのは――」


ザケルドが思い当たった名前を口にしようとした瞬間だった。唐突に彼の私室へ慌てた様子の修道士が飛び込んできた。ノックもなしに扉が開け放たれたことから、相当な慌てようであることが分かる。


「夜分に失礼します、ザケルド様! 至急、審議の間へ起こしいただきたくッ!」


「司教である私の部屋に断りなく入るとは何事だ! 貴様も異端者として処分されたいのか!?」


「も、申し訳ありません! ですが、あのフルカが生きて戻ってきたのです! しかもアイリス様の使徒をお連れしたなどと言い放つ始末……どうか再び異端審問を!」


「馬鹿な、フルカだと……!?」


苦虫を噛み潰したような表情で視線を交わすザケルドとクピディタ。フルカが死んだものと思い込んでいた彼らにとって、修道士が述べた事実は回り始めた酔いを覚ますのに十分なものであった。わざとらしい咳払いで飲酒を誤魔化した異端審問官は、修道士に向かって檄を飛ばす。


「神の使徒を騙った時点で、もはや言い逃れできぬ大罪なのだぞ。即刻処刑すればよいではないか! "神の赦し"を持たぬ相手に容赦などせんで良い!」


「それが、フルカと共にやってきた者が凄まじく強く、我らでは微塵も歯が立たないのです。このままではこの裁判所が陥落してもおかしくはありません!」


「異端者相手に我らが敗北を喫するなど、許されるはず無かろう! 私が聖杖を使って愚か者共を制圧する。お前は直ちに教皇庁へ連絡し、騎士団の派遣要請をしておけ!」


扉の近くに掛けてあった上着を羽織ると、ザケルドは自身の背丈ほどある長杖を握り締めた。異端審問官のみに持つことが許されたそれは魔銀(ミスリル)で作られた女神の胸像を中心に荘厳な装飾が施されており、ひと目で見ただけでも単なる杖ではないことが分かる。実際にこの聖杖は神秘の力を持ち主に与えると囁かれる神器の1つだった。


「愚生もお供致しましょう。しぶとく生き残った愚かな弟子に引導を渡してやるのも師の役目でありますから」


「いいだろう。親代わりであったお前であれば奴の叛意を削げるかもしれぬ」


ザケルドの許可を得たクピディタも司祭用の聖衣に袖を通し、身なりを整える。教皇庁への取り次ぎを指示した修道士を部屋に残し、2人は審議の間へと向かった。




――神明裁判所 審議の間――




冷たい石床に異端者を縛り付け、無慈悲な裁定を下すための円形ホール。本来、この広間には威厳ある聖職者がずらりと並んでいなければならない。しかしザケルド達が到着した頃には誰1人として残っていなかった。散乱した書類や転がった椅子を見れば、多くの者がこの場から一目散に逃げ出した事が伝わってくる。


「これは……なんたる事か……ッ!!」


床から数段高くなった螺旋状の裁判官席から惨状を目の当たりにしたザケルドは言葉を失った。中央に陣取った招かれざる侵入者は5名しかいないというのに、その10倍近い数の修道士達が至るところで横たわっていたからだ。石畳に半分程度埋め込まれた者、ヒビ割れた壁の下で無様な顔を晒す者、蔦のような植物で雁字搦めにされた者……いずれも意識を失っており、癒やしの術を施したところで立て直しできる状況ではない。


(ここに配属された修道士は厳しい修練を積んだ猛者ばかりなのだぞ。それがこの短時間で全滅したなどと、とても信じられぬが……)


半ば混乱しつつも異端審問官の机まで移動するザケルド。聖杖の効果を発揮するためにホールの中央まで近寄る必要があったのだ。その途中、一団の先頭に立っていた若い男性と目が合う。


「ザケルド司教、私はフルカ=インノケンです。どうしてもお伝えしたい事があり、ここへ戻って参りました」


「よもや、本当に生きていたとはな……しかもその腕は何だッ!?」


捕らえられていた時とは見違えるような生命力に満ち溢れた青年の姿に、ザケルドは驚きを禁じ得なかった。焼けた両足だけでなく、切り取られたはずの腕も完全に復元されている。彼の知る限りの治癒術式を施しても、ここまで完治させるのは不可能だ。


(あやつの腕は間違いなく切断したのだぞ。それを元に戻すなど、それこそ神の奇跡ではないか……!)


聖属性の魔力によって自然治癒力を加速する――それが治癒魔法と呼ばれる術式全ての原理である。生物に備わった機能を補助するという意味では身体強化の魔法に近い。しかし治癒力を高めたところで対処できる怪我には限界があった。どうしても痕跡が残ってしまう上、完全に失われた身体の一部を元に戻すこともできない。仮にフルカの腕がそのままの形で残っていれば、癒やしの術で再結合させるという荒業もできなくはないが、肝心の部位は"神の赦し"を秘匿するために火口へ廃棄した後だ。その光景を見届けたザケルドの目に、フルカの腕は得体の知れない不気味なものとして映った。


「……さては幻術の類だな? そこにいる者には見覚えがあるぞ! オキデンスで我らの神を愚弄する治癒魔法を行使した獣人ではないか!」


集団の中に珍しい桃色の髪を見つけた彼は、その持ち主へ指先を突きつける。教皇庁からの通達により、異端者がメルという名であることは既に知っていた。共にいる者達の素性も調査済みだ。


「風の島に到着したという報告は受けていたが、まさかその足でここを訪れるとはな。異端者にしては良い心掛けだと誉めてやりたい所だが、アイリス様の信徒に手を挙げた罪は重いぞ。ここから生きて出られるなどと思うなよ」


「ザケルド司教、メル様はアイリス様の使徒なのです! 御本人はそのように考えておられない模様ですが、奇跡を授かったこの腕が何よりの証拠! 今すぐ異端審問を取り下げてください。この事実を知れば、教皇庁でも考えを改めていただけるはず!」


「神の使いだと……ッ!? 我らの教義を貶める発言は許されんぞ! もはや教皇庁に一報を入れる必要もない! 今すぐ審問を開始してやろうではないか!」


メルをアイリスの使いだと言い張るフルカに対して、激怒したザケルドは荒々しい声をあげた。"世界を巡る魔力となって人々を見守る存在"――それが聖教における女神の定義であるため、彼もアイリスが自ら現世に干渉することはないと信じている。女神の使者を騙る者は何があろうとも許容できない。


――カァァァン!――


異端審問官は聖杖で床を叩きつけ、一方的に審議の開始を告げる。同時に聖域魔法で生み出された半球状の障壁がフルカ達を覆った。聖域が有する最大の特徴は、術者が許可したもの以外を全く通さないという性質だ。壁に囲まれた時点で異端者の一団は移動を封じられたに等しかった。さらに、この結界は目視可能なほどに強い聖属性の魔力を帯びている。接触すれば聖なる炎で焼かれるため、閉じ込められた者は近づく事も出来ない。


「フハハハッ! これで動くことはできまい。その()に触れれば神の怒りを受けることになるのだからな。無論、巨大な幻を作ったとしても無意味だ。さぁ平伏して許しを乞え!」


再びザケルドが杖の端で床を突いた。鳴り響いた反響音には彼の魔力が含まれており、行動阻害の呪縛術となって異端者達へ襲いかかる。これを掛けられた生物は四肢が石のように固まって一切の身動きが取れなくなってしまう。だが相手の反応を見る限りその効果が表れたようには見られなかった。


「ぐっ……神器による呪縛が効かないだとッ!?」


神器の力が通用しない相手に初めて遭遇したことでザケルドは酷く狼狽える。再び杖で床を叩いても結果は同じだった。それに対してメルは魔法障壁に臆すること無く前へ踏み出す。


「何かしようとしたみたいですけど、私が付与したバフがある限り状態異常は全て無効化されますよ! 諦めてこちらの話を聞いてください。回復魔法を使って他の人を助けたフルカさんがどうして責められてしまうのでしょうか。それがアイリスさんの望んだ事だなんて思えません!」


「こちらへ来るでない! 聖域が怖くはないのか!」


無意識のうちに後退(あとずさ)るザケルド。幼い少女にしか見えないというのに、メルの身体からは畏怖すら感じる覇気が放たれていたのだ。とはいえ、まだ聖域魔法による壁は健在であり、圧倒的優位であることに変わりはない。弱気になった司教を後ろから支えるかのごとく、クピディタが身体を乗り出した。


「ザケルド様、ここは愚生におまかせを」


「おお、クピディタ……! よかろう、お前に任せるぞ」


「クピディタ司祭、どうしてここに!?」


クピディタの登場に最も驚いたのは弟子のフルカである。遠く離れた地にいるはずの師がどうして神明裁判所にいるのか理解できず、顔に戸惑いの色を走らせた。そんな彼の様子に薄ら笑いを浮かべつつ、立派な身なりの司祭はおもむろに口を開く。


「どこまでワシを失望させるのだ、お前は。異端者として裁きを受けたというのに、さらに罪を重ねるなど愚の骨頂であろう。聖教の庇護なしでは生きられない妹が放り出されても良いと言うのか?」


「そ、それは……」


信頼する司祭に否定された事に加え、自分のせいで妹の生活が脅かされると知ったフルカは、ショックで言葉を紡ぐことが出来なくなった。俯いて両手拳を握る青年を見下ろし、クピディタは相手が術中に嵌った事を確信する。


「グフフ、自分の立場が理解できたようだな。ならば、せめてここで務めを果たすのだ。今すぐにお前の隣にいる異端者共を捕らえよ。素直に従えばソラの居場所だけは守ってやるぞ。ほら、どうした?」


「くッ……!!」


「戯言はそこまでになさいまし! 色狂い司祭の言葉など、聞く必要ありませんわ!」


クピディタとフルカの会話に割り込んだのは獣人族の修道女だった。形の良い眉を吊り上げた彼女は、怒り心頭といった様子で結界へ詰め寄る。


「このワシが修道女風情に罵られるとは……異端者として処分される覚悟はできているのだろうな!」


「覚悟するのはそちらでしてよ! このカタリナ=モナルカの顔、お忘れになって?」


「何だと……?」


怪訝そうにカタリナの顔をしばらく覗き込んだ後、クピディタは何かを思い出したかのように目を見開いた。


「お前、まさかあの時のッ!?」


「パルウムを訪れたわたくしに手を出そうとして、投げ飛ばされたのを思い出していただけたかしら?」


「ぐっ、こんなところでワシに逆らったバカ女と出くわすとは……!」


バツが悪そうに視線を逸らすクピディタ。強気の態度を見せなくなった師を横目に、フルカはカタリナに詳細を尋ねる。


「シスターカタリナはパルウムの教会を訪れたことがあったのですか?」


「ええ、貴方がまだ聖教に入る前の話ですわ。道中では黙っておりましたけど……」


そう切り出すとカタリナは5年前の話を始めた。東大陸にアイリス聖教を広めるべく各地を巡っていた頃、彼女は寝床を借りるためにクピディタの教会を訪れた事があったのだ。しかしその夜、クピディタが修道女に肉体関係を強要する場面に出くわしてしまう。


「確か、お前もワシの女にしてやろう、などと言われましたわね。あまりにも下衆な台詞でしたので、その場で投げ飛ばしてやりましたわ」


「まさか、司祭がそのような事をするわけが……いや、しかし……」


途中まで半信半疑であったフルカだが、思い当たる節はいくつかあった。教会へ配属される修道女は若い女性に偏っており、全員が昼夜問わず司祭の身を世話する役に指名されていたのだ。神へ身を捧げる者としての修行だという名目があったとしても不自然すぎる。しかもその半数以上がクピディタの妻となっていた。


「クピディタ司祭、シスターカタリナの話が真実なのかお答えください!」


「……フン、それが事実だとしてもどこに問題がある? 司祭の妻になれば不自由の無い暮らしができるのだぞ。無能なソラもワシの子を孕めさえすれば、貧しい思いなどせずに済むのだ!」


「どうしてそこで妹の名前が出でてくるのですか!?」


問いがフルカの口を()く。クピディタは開き直った勢いで余計なことまで口走ってしまっていた。


「チッ、口を滑らせてしまったか……まあ良い、どうせお前はここで死にゆく定めだ。今更知られたところで、何の障害にもなるまい。冥土の土産に教えてやろう」


「司祭は私の死を望んでおられると……?」


「何も気付いていなかったのか? ワシはお前達が教会にやってきた時から目をつけていたのだぞ。ソラが成長すればそこらの女とは比べ物にならない一級品になると直感したからな。兄妹一緒に孤児院に入れてやったが、欲しかったのはお前の妹だけだ」


「何を言って……」


「兄の方は適当に騎士団にでも入れて、死地へ追いやるつもりだった。だがよりによってお前は聖職者を目指し、ワシの立場を脅かす存在になってしまった。だから異端者として葬ることにしたのだよ」


次々と明らかにされていく真実。親代わりでもあった司祭が妹に対して歪んだ欲望を抱いていたことに、フルカはショックを隠せなかった。顔面蒼白となった彼にクピディタはさらに追い打ちを掛ける。


「兄の死を知ったソラは必ずワシの元を訪れるだろう。傷心の女というものは優しい言葉に弱いものだ……耳元で愛を囁いてやれば、いとも簡単に堕ちる。グフフッ、あの初々しい身体を味わう日が待ち遠しくて堪らんぞ」


「今すぐお黙りなさい! 醜いにも程がありましてよ!」


愕然としたまま動かなくなったフルカを庇うように立ちはだかるカタリナ。床に転がっていたメイスを掴み上げ、煩悩に取り憑かれた司祭を威嚇する。


「その下劣な性根、叩き直して差し上げますわ!」


「フンッ、今更何を吠えても無駄だ。聖アイリス騎士団がここへ向かっているのだからな。せいぜい今のうちにアイリス様への祈りを済ませておくがいい。もっとも、我らの神が異端者の穢れた魂を受け入れるとは思えんが」


聖域魔法に守られているという絶対的な安心感から、クピディタは余裕の表情を浮かべた。だが彼の放った安易な挑発が異世界の英雄を焚き付けてしまう。


「何アレ、最低のクズ野郎じゃない。胸糞悪すぎるんだけど」


「ロリコンの風上にも置けない奴だ。あんな輩は去勢してやれば良いと思うよ!」


短杖を持ったエルフ少女と金髪碧眼の人間族女性――ココノアとレモティーがクピディタの顔を睨みつけた。今までフルカとカタリナの様子を黙って見守っていた彼女達であったが、司祭の卑劣極まりない言動に堪忍袋の尾が切れたのだ。


「メル、余裕こいてる女の敵に思い知らせてやって! セクハラが許される時代じゃないってことをね!」


「はいっ! 私もそろそろ我慢の限界でした!」


ココノアの声に応じてメルは息を深く吸って腰を落とした。そして両脚に力を込め、流水の如き動きで踏み出す。獣人武術の奥義を思わせる必殺の掌底打ちが、輝く障壁に向けて繰り出される。


――ガシャァァァン!――


裁判所全体を揺らすほどの凄まじい破砕音。烈風を纏った破壊の一撃により、聖域は一瞬にして砕け散った。その衝撃は広間にも甚大な影響を与え、天井や床に無数のヒビを走らせる。前に出ていたクピディタに至っては壁へ叩きつけられて失神寸前だ。


「どうしてそんなに酷い事ばかりできるんですか! フルカさんに謝ってください! もし謝らないなら、この建物ごと火口に放り投げちゃいますよ!」


唖然とするザケルドの眼前へメルが降り立つ。脆いガラスのように割れた魔力片が床へ落ちるよりも速い少女の動きに、彼の反応は追いつかない。


「なッ……!?」


底知れない威圧感を放つ赤い瞳に睨みつけられ、異端審問官は口をパクパクと開閉させる事しかできなかった。神器の力で補強された魔法障壁を生身で破る者など前代未聞である。大いなる力を持つ神獣でさえ聖域魔法から逃れられないのだから、眼前の相手はそれ以上の化け物と言っても良い。


(本物の怪物ではないか……! 騎士団の実力者を全員揃えても勝てるとは限らんぞ。最終手段ではあるが、今回ばかりはアレを使うしかあるまい……)


僅かな時間で思考を巡らせ、ザケルドは1つの結論を出した。仮に騎士団が敵わなかったとしても、メルを仕留める方法は存在する。だがそのためには相手を火口まで誘い出す必要があった。


「……分かった。審問の過程を省略した上で、お前達の罪は決闘裁判にて裁定する。万が一にも我らが敗北を喫するような事があれば、そちらの言い分を全て聞き届けてやろうではないか!」


「今の約束、絶対守ってもらいますからね!」


メルはそう言い残すと、素早い身のこなしで元の位置まで跳んだ。生命の危機が去り、ザケルドは安堵の溜息を吐き出す。その傍ら、クピディタは這うようにして裁判官用の通路から逃げ出そうとしていた。


「……クピディタよ、お前にも同席してもらうぞ。決闘場に奴らを呼ぶ口実を失いたくはないのでな」


「ひぃっ!? し、しかしザケルド様! あのような化け物を相手にするのは、騎士団といえども荷が重いのでは……」


「心配など無用だ。我らには聖母様よりいただいた力があるのだぞ」


杖を握り締め、ほくそ笑む異端審問官。神器の力で自然の猛威を操れば敵対者を葬ることなど容易い――それを知る彼は決闘裁判を利用して事態を収拾しようと考えたのだ。長い歴史の中に聖教の敗北記録が一切存在しない事からも、これが最良の選択であることは疑いようがなかった。


「まさか天変地異を引き起こすおつもりで?」


「うむ。騎士達が負けるようなことがあれば躊躇なく仕掛けるつもりだ。奴らとて、燃え盛る岩石の濁流に抗うことはできまい」


「流石ザケルド様、そこまでお考えの上で決闘裁判を提案されていたとは……感服致しました。それでは特等席から奴らの惨めな最期を見届けるとしましょう」


つい先程まで怯えきっていたクピディタも不敵な笑みを浮かべる。決着の場として選ばれた闘技場は火口近くに設けられているが、審問官を始めとする聖職者達は聖域に守られた見物席からその様子を眺めることができた。残酷な処刑の様子を安全圏から愉しむ行為には一定の需要があり、娯楽の少ない聖教国では催し物としての一面も有する。それ故に決闘裁判への危機感が致命的に乏しかったのだ。

彼らが怒らせた猫耳少女は魔王すら圧倒した最強の殴りヒーラーであり、その仲間もまた同等クラスの力を持ち合わせる英傑ばかりである。悪徳聖職者達はすぐに悟る事になるだろう。神による試練を課されていたのは自分達の方であったと……

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