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うちの子転生!  作者: 千国丸
90/107

090.アイリス聖教国②

――西大陸 シニストラ自治区内――


営業を再開したカフェ・ルチフェロは連日大盛況であり、メル達は忙しくも充実した日々を過ごしていた。初日は物々交換が主流であった森の住民達から干し肉や毛皮、薪といった納品物を押し付けられてしまい、倉庫が満杯になっていたものの、1ヶ月近く経った今は貨幣による売買を行う者が大多数なので同じ(てつ)を踏む心配はない。

シニストラ自治区に貨幣文化が浸透したのは、ひとえに"チュンコ便"のおかげだろう。神獣の背を借りたことで、自治区の住民はディア・メトロス向けに物品を輸送することができるようになったのだ。様々な国を結ぶ主要な航路に近く、港湾が整備されたオキデンスには各国から商人が買付けにくるため、物を売るには事欠かない。そこへ商才に恵まれたオクトーベルの采配も加わり、シニストラ自治区は著しい速度で経済発展を遂げつつあった。まだまだディア・メトロスに比べると暮らしは貧しいが、この調子であればいずれ同じ生活水準に到達することも夢ではないはずだ。

当初の目的をほぼ達成できたため、古民家カフェはその役目を終えたと言っても良い。だが少女達は楽しいからという理由で今も営業を続けている。ちょうど今もレモティーが昼のピークタイムにおける最後の客――年老いた獣人族の女性を送り出すところだ。気さくで温かい接客は老人達に人気があり、今や彼女を目当てにくる常連も多い。


「はいこれ、お釣りとオマケね。また来てよ、婆ちゃん!」


「言われなくても喜んで来るわ、レモティーちゃん。どれもホッペが落ちそうなくらい美味しいのに、素敵な贈り物まで貰えちゃうんだもの!」


「はは、それはサービスだから遠慮しなくていいよ! その代わり、渡した苗木は庭で育てて欲しいんだ。そのうちリンゴっていう赤い果物が収穫できるから、それをいくつかをチュンコへ納めてくれないかな?」


「あら、それは楽しみねぇ。あまりこういう植物を育てたことはないのだけど、神獣様に召し上がっていただけるなら張り切って育ててみようかしら?」


「もし分からないことがあったら気軽に言ってよ。相談に乗るからさ!」


手を振るレモティーに笑顔を見せて店から出ていく老婆。その右手には小さな植木鉢が握られていた。少女達は得た利益を客へ還元するべく、チュンコへの奉納物となるリンゴの苗木を配布するキャンベーンを始めたのだ。ハーヴェストのスキルで様々な品種改良が加えられているため、水さえ与えれば素人でも問題なく育てることが可能である。出来上がった果実の扱いは基本的に栽培者の裁量に任せているが、物流改善の立役者であるチュンコへの納品を前提条件とした。神獣とヒトが共に生きていく上で大切なのは、互いをよく知る事と歩み寄りであると判断したからだ。


「さてと、最後のお客さんも帰ったしボク達もお昼ご飯にしようか」


レモティーはそう言って表に出た。そして玄関横に掛けられていた"開店中"と書かれた札をひっくり返し、"準備中"に変更する。カフェ・ルチフェロは朝9時からオープンしているものの、昼食の時間帯が特に混雑するため、店員の休憩時間を午後2時から3時までとしたのだ。なお1時間の休息が設けられた背景には、「6時間以上の労働の場合は連続45分以上の休憩が必要なんです!」というコンプライアンス意識の高いメルの意見が影響していたりもする。


「相変わらず老人キラーねアンタは。またファンが増えてるじゃない」


「ははは……お年寄りを見ると日本に居た頃の爺ちゃんと婆ちゃんを思い出しちゃってさ。色々と話し掛けてるうちに親しくなるんだよ」


「うふふ、レモティーちゃんはお年寄りに親切で優しい良い子ですからね! でもココノアちゃんだって負けてませんよ! この前なんて、若い男の人からデートに誘われてたんです!」


「ココノアほどの美少女なら、ロリコンじゃなくてもハートを鷲掴みされるだろうね! で、お誘いは受けたのかい?」


「はぁ? 受けるわけないでしょうが。そもそも、こんな見た目の子供に言い寄ってくるような男なんて、アンタと同じでロクでもない奴に決まってるんだから」


やれやれといった様子でココノアは両方の手のひらを上に向けた。カフェの看板娘であるココノアは若い男性層に強い人気がある。透き通った白い肌と幼いながらも整った顔立ちは現実離れしており、人形のような美しさと儚さを兼ね揃えていたからだ。またサラサラとした亜麻色の髪は窓から入る陽光を浴びて輝くため、給仕のために歩く姿ですら店内に華やかさを添えた。エルフ族としてはまだまだ子供の部類に入る事を差し引いても、彼女の容貌は相当にレベルが高い。


「はは、そういう素っ気ないところもココノアの魅力だよね。ボクにはよく分かるよ! 背伸びしてる女児って感じが凄く興奮を誘って……おうふっ!?」


「女児扱いすんなっ!」


レモティーの鳩尾にココノアの肘がクリーンヒットした。転移魔法を駆使した早業に反応できず、レモティーは腹部を抱え込む。


「結構良いのが入っちゃいましたね……レモティーちゃん、回復しましょうか?」


「し、心配無用さ……ボクはこう見えてVITもそれなりに上げてるからね。この程度なら全然大丈夫というか、むしろもっとやって欲しいというか……!」


「このロリコン女、こっちの世界に来てから変態に磨きが掛かってない? うちはともかく、メルの方が幼女感あるんだから気をつけなさいよ。客にレモティーみたいなのが混じってる可能性もあるんだから」


「そうですかね……?」


メルはポカンとした表情で首を傾げた。ココノアのようにプライベートな誘いを受けた経験がないため、自分はそういう対象として見られていないと彼女は思い込んでいる。しかし本人に自覚がないだけで、カフェの利用客からの人気は非常に高かった。猫を思わせる天真爛漫で愛らしい振る舞いが可愛いモノ好きな女性を惹き付けて止まないからだ。

中にはメルが美味しそうに食べ物を頬張る姿に興奮を覚える客もおり、注文した料理をメルに食べて貰うためだけにやってくる猛者も存在する。ただしそれではカフェではなく別の店になってしまいかねないため、ココノアが「餌付けされてんじゃないわよ!」と毎回ツッコミを入れて止めさせていた。


「ん、賄いが出来たよ。召し上がれ」


3人の会話が盛り上がっている店内にエプロン姿のリセが顔を出す。彼女は奥にある調理場で昼食を作っていたのだ。両手でガッシリと支えられた木製のトレーには湯気を漂わせる山盛りのパスタが載っている。


「わぁ、美味しそうな匂いです♪ 今日はトマトとベーコンのパスタですね! しかもこんなに盛り沢山!」


「うちもリセが作るパスタは好きだけど、いくらなんでもこれは作り過ぎだってば。余ったらどうすんのよ」


「大丈夫。メルなら完食できる」


後頭部で結わえられたポニーテールを揺らしつつ、リセはテーブルにパスタを盛った巨大皿と取り分け用の小皿を置いた。天井近くまで伸びた炭水化物の塔は女性4人の食事としては多すぎる。


「あはは……こうしてみると、思ったより迫力があるね……」


「これ、崩さないように食べるの無理じゃない……?」


椅子には座ったものの、レモティーとココノアは若干引き気味だ。一方メルは瞳をキラキラさせながらフォークを構え、準備万端と言った様子で眼前のご馳走を見上げる。リセを含めた全員がテーブルを囲んだのを確認し、彼女は元気よくランチの始まりを宣言した。


「それでは、いただきます♪」


その後しばらくの間、少女達は天まで続きそうなパスタの塔攻略に勤しんだ。香ばしいベーコンと旨味の強いトマトで作られた赤いソースは絶品であるため、シンプルな味付けにも関わらずカフェの軽食メニューではトップクラスのリピート率を誇る。ただ今回リセが作ったものは、客に提供している時の10倍以上の量だった。食の細いココノアが一番最初にリタイアしたのは言うまでもない。




――半時間後――




リセが断言した通り、皿は綺麗さっぱり平らげられていた。全体の6割近くを胃に流し込んだメルはポッコリと膨らんだ腹部を撫でながら幸せそうに微笑む。ウェイトレス風の衣装はウエスト部分が今にもはち切れそうだが、1時間もすれば元に戻るのがいつものパターンだ。


「いやぁ、堪能してしまいました! お腹いっぱいです♪」


「ん、それは良かった。デザートも用意してるから少し待ってて」


「ダメダメ、デザートは無しよ! 最近平和であんまり運動する機会もないんだから、そんなペースで食べてたら確実に太るっての。ほら、お尻とかちょっと大きくなってる気がするし」


「えっ、そうですかね……?」


太るという単語に猫耳をピンを立てて反応したメルは、椅子から降りて自分の臀部を振り返った。スカートの上からではよく見えないとばかりに布地を少し巻き上げ、きめ細かい柔肌を露出する。


「む……確かにちょっとムチムチしてきたかもしれません……!」


痩せ体型のココノアに比べるとメルは元々肉付きが良い方ではあるが、それは高い筋力値を実現するために必要なものだ。太腿が多少むっちり気味であっても気にする程のことではない。だが好きな相手から指摘されたとなれば、彼女の乙女心は簡単に揺らいでしまう。


「自覚があるなら少しはダイエットしてみたらいいのよ。運動はもちろんだけど、腹八分目にしてみるとかも効果あるんじゃない? いくら回復魔法があるって言っても体調管理はしっかりしないとダメだし」


「うぅ、ココノアちゃんの言う通りかもです。今日の夜から少し食事量を減らしてみようと思います。あと森の中をジョギングしてみたりとかも!」


食べ過ぎだという実感はあったらしく、メルは素直に友人の提案を受け入れた。とはいえ、獣人族は筋肉の密度が高いが故に代謝も良く、普段どおりにしているだけでも体型は維持できる。多くの獣人族が他種族に比べて引き締まっているのはそのためだ。むしろ極端なダイエットをしてしまうと、体を壊してしまうリスクが高い。それを知ってか知らずか、レモティーは険しい顔で首を左右に振った。


「いいや、無理は禁物だ。小さな体でそんなに食べられるってことは、それが()()()量である証拠だよ。食事量を下げることには賛成できないな。なによりボクはお腹いっぱい食べてるメルのほうが好きだしね!」


「そりゃ、食べる量を一気に減らす必要はないけど、節度を持ちなさいって言いたいだけ。あと、アンタの場合は自分の欲望が半分くらい入ってるじゃない。いつまでメルの下半身をガン見してんのよ!」


「バレちゃったなら仕方ないな……そうさ、ボクはこの"ぷにロリ感"が堪らなく好きなのさ! あ、でもボクは体の薄いココノアみたいなスリムな体型も大歓迎だよ。どちらにも甲乙つけがたい魅力があるんだよね!」


獣人幼女の内腿に出来た魅惑のトライアングルと、エルフ幼女のスラリとした細い手足の間で視線を何度も往復させる金髪碧眼の美女。危ない嗜好をオープンにしすぎる友人に対し、ココノアは呆れたような表情で苦言を吐き出した。


「アンタは幼女なら何でもいいんでしょうが……」


「ん、レモティーの性癖談義はそこまでにして。メルもスカートを戻したほうがいい。そろそろお店の再開準備をしないといけないから」


「あら、もうそんなお時間でしたか。よーし、少しでもカロリーを消費できるように後半も頑張って働きます!」


そう言ってメルが服装を整えた直後、締め切っていた玄関扉が勢いよくスライドした。まだ掛札は"準備中"のままであるが、我慢できなかった来訪者が入ってきてしまったようである。入口に近かったレモティーは接客に備えて立ち上がった。


「いらっしゃい! でもまだ準備中だから、少し外で待ってて――」


「皆様! 一大事ですわー!」


レモティーが言い終わるよりも早く店内に甲高い声が響き渡る。それと同時に入口から橙色の毛に覆われたネズミ耳が顔を出した。聞き覚えのある声の持ち主はカタリナ=モナルカだったのだ。アイリス聖教の聖職者が使っている黒い修道服を纏ったままなので、彼女が着の身着のままでやってきた事はひと目で分かる。


「カタリナさんじゃないか。今日はこんな遠いところまでどうしたんだい? ディア・メトロスの教会に復職出来たって話は聞いてたけども」


「至急お伝えしないといけないことがあったので、ミコト様に皆様の居場所を聞いて馳せ参じましたのよ! ところでお水を一杯いただけませんこと……?」


よく見るとカタリナの額には汗粒が浮かんでおり、呼吸も荒い。まずは落ち着かせてから話を聞く必要があると感じたココノアはリセに目配せをし、飲み物を準備するように指示した。


「ん、これはサービス」


リセが蜂蜜とレモン果汁で作った冷えたドリンクを差し出した瞬間、カタリナそれを両手で掴み取り、ごくごくと飲み干した。喉が相当乾いていたらしく、ガラスのコップは一瞬で空となる。


「ぷはっー! 美味しいですわー!」


「見事な飲みっぷりだね……ディア・メトロスからここまでの長旅で疲れてるだろうし、詳しい話を聞くにしてもまずは休憩して貰ってからの方がいいかな?」


「いえ、お気遣いは不要でしてよ! チュンコ便の荷物に潜り込んだので、さほど時間は掛かっていませんもの!」


貨物専用のチュンコ便を移動の足に使った事を堂々と白状するカタリナ。チュンコ便による旅客運送は安全性の検証が完了していないため、一般人を乗せての飛行は厳しく禁じていたのだが、それを彼女は知らないようだ。そもそも命の危険すらある帝国の軍船でも似たような行為をやってしまうあたり、目的のためなら危険を顧みないタイプなのかもしれない。言い聞かせても無駄だろうと判断し、ココノアは話を進める事にした。


「それで、一大事って何の話なのか教えてくれる? 場合によっては店を閉めないといけないから」


「ええ、勿論ですわ。実はアイリス聖教の教会本部からメル様宛に呼出状が届きましたの。まずはこれを読んでいただけませんこと?」


「確かに宛先に私の名前が書いてありますね……」


カタリナからメルは1通の書簡を受け取った。表には聖教国のシンボルでもある女神の翼を象った刻印が押されており、聖教からの正式な文書であることを証明している。メルは封を破き、中から出てきた1枚の書状を読み上げた。


「ええっと……神の教えに背き、邪法を操る異端の者に告ぐ。我らアイリス聖教は創世神の名において(なんじ)の罪を裁かねばならぬと判断した。直ちに神明裁判所へ来られたし。この手紙が届いた時から1週間の猶予を与えるが、逃走しようなどとは思わぬことだ。我らの目はあらゆる大陸、あらゆる国に届く。逃れる事はできないと知れ。この書状に従わぬ場合、悪しき魔女とそれを擁護する愚者には相応の天罰が下るだろう……って事らしいです。どういう意味でしょうか?」


「早い話が、異端審問への出頭命令ですわ。ディア・メトロスの教会にも、メル様を捕えるようにとの指示がでておりますの。一部の信徒が血眼でメル様を探している状況でしたので、急いでお伝えにきましたのよ」


「異端審問って裁判のことよね? メル相手に魔女裁判でもやろうっての?」


ココノアが眉を顰める。トルンデイン出立時に聖教の関係者から言い掛かりを付けられたのもあり、聖教に対する心象はすこぶる悪かった。そこに加えて今回の脅迫めいた呼出状である。彼女はイライラとした様子でメルの手から手紙を取り上げた。


「こんなの無視してりゃいいのよ。出てもロクなことにならないのが目に見えてるじゃない」


「ええ、ココノア様の仰る通りですわ。形式上は裁判という名前がついておりますけど、異端者の疑いが覆ったことはこれまでありません。応じた時点で負けが確定しているようなものですし、無実を訴え続けても最後は決闘裁判で処刑されてしまいますの」


「決闘裁判って確か、原告と被告の両当事者同士が戦うことでどちらが正しいかを決めるやり方だよね。神様が味方したほうが勝つから正しい、って話だったと思うけど、アイリス聖教相手に勝っても屁理屈を押し付けられそうだ。ボクもスルーが安牌だと思うな」


ココノアとレモティーは同じ結論に至る。しかしメル自身は手紙に引っかかる部分があったらしく、口元に指を当てて悩み始めた。


「うーん……この天罰が下るっていう一文が気になります。私達だけに害があるだけならともかく、他の人達に迷惑がかかってしまうのは避けたいじゃないですか」


「あたし達の居場所を探るためにミコトやユキに接触する可能性もあるしね」


「そうなんですよ。だから放置はできないと思うんです」


メルの考えにリセが同調したことで、珍しくパーティの中で意見が2つに分かれる。呼出状を無視すればそれで済む話ではあるが、メルはセロの館でリエーレが語った内容が忘れられなかったのだ。アイリス聖教は異端者を追い詰めるという点において手段を選ばない。規則を破っただけの仲間にすら最大戦力とされる聖アイリス騎士団を差し向けるその異常な執着心を考慮すれば、親しい者達に危害が及ぶかもしれないという懸念を抱くのも当然のことだろう。


「その可能性を失念してたよ……せっかく穏やかに暮らせるようになったユキちゃんの日常を脅かすのは避けたいな」


「レモティーまでそんな事言って……みんな心配しすぎだっての。メル1人のためだけにそんな手間を掛けるとは思えないんだけど」


自身が持つ常識の範疇で問題ないと判断したココノアであったが、カタリナは神妙な面持ちで彼女の考えを否定した。


「いえ、聖教の上層部は異端者に容赦しませんわ。既にミコト様のところへ聖教の関係者が向かったという情報も得ております。詳細は掴めませんでしたけど、恐らくはリセ様が心配されたようにメル様に関する情報開示させるのが目的かと」


「それを早く言いなさいよ!? 既に実害が出てんじゃないの!」


「むむ、やっぱりここは私が直接行くしか無いようですね。カタリナさん、ディア・メトロスの教会まで案内してもらえませんか?」


「それは構いませんけども……その手紙に書かれている"神明裁判所"へ赴かれるということであれば、場所が違いますのよ。異端審問が行われるのはアイリス聖教国に属する島の1つ……"火の島"ですの。そこへ向かうのであれば、海を渡る必要がありますわね」


修道服のポケットから地図を取り出し、テーブルに拡げるカタリナ。彼女が持参したのはオキデンスとアイリス聖教国が両方入った広域地図であった。


「西大陸から北上した先に、5つの島からなるアイリス聖教国がありますわ。中央に位置する本島には教皇庁を始めとする行政機関や、聖教の運営に携わる者が住まう宿舎がありますの。周囲の島は役割が決まっており、このうち南西にある火の島が裁判や神罰の遂行を担っていますわ」


「初めて見るけど、どれも不思議な形だね……中央の島が菱形なのに対して、周囲の島は全て三角形になってる。まるで元々四角形だった島を分割したみたいだ」


「この形状こそが、神の島(エウレカ)と呼ばれる由縁(ゆえん)ですの。太古の時代、アイリス様が神獣を育てるために作った地であるという言い伝えがありましてよ」


「へぇ~由緒のある島なんですね」


少女達は興味深そうに耳を傾ける。長方形の四隅を切り取ったような島々の形状は、自然に出来上がったとは考え難いものだ。西大陸に比べると流石に小さいものの、三角形の島はそれぞれが日本の四国と同程度の面積を持ち、中央本島に至っては北海道に並ぶ大きさだった。それらが規則正しく配置されているのだから、"神の島"と呼ばれるのも頷ける。何らかの神秘的な力が作用していると見て間違いないだろう。


「火の島で異端審問が行われる事は分かったけど、他の島にはどういう役割があるのかな? 差し支えなければボク達に教えて欲しいんだ」


「ええ、わたくしが知っている内容で良ければいくらでも説明致しますわ。まず中央島の南東にあるのが"風の島"ですの。この周辺は1年を通して安定した風が吹くので、聖教国で最も大きな港がありますのよ。あと北西にある"水の島"には、名前の通り清らかな水源がありますわね。教会で使われる聖水は主にここで作られていましてよ。北東の島は"土の島"と呼ばれていますの。どんな作物でもよく育つ肥沃な大地があるので、聖教国における食料生産を一手に担ってますわ」


「ふーん……随分と便利な島ばかりじゃない。まるでデバッグルームね」


「ほぼ同じ場所にある島がそれぞれ違う環境になるとは考えづらいし、ココノアが思ってる通り神獣の生息環境を調整するために作ったんだと思うよ。チュンコの話によると、この世界に様々な生き物を産み落とすために作られたのが原初の獣らしいだからね」


レモティーはココノアの発言に同意した。原初の獣は最初から強大な力を有していたわけでない。異なる世界の動物を参考に作り出されたため、最初は貧弱な生き物だったのだ。それらが生きていける環境を調整する事を目的として、特定の条件を再現した島を女神が用意したと考えればエウレカの持つ神秘にも説明がつく。


(初めて見るのに、何か懐かしい感じもするような……?)


カタリナが指し示す島の形状を見つめながら、メルは不思議な感覚を抱いた。どれも見たことのない島だというのに、妙にノスタルジックな気持ちが溢れてきたのだ。そしてそれは島に対する強い興味を呼び寄せる。


(アイリスさんやチュンコさん達が暮らしていた島……ここへ行けば、アイリスさんをもっと身近に感じる事ができるかもしれない!)


チュンコから女神に似ていると言われた事で、メルの中には創世神アイリスの事をもっと知りたいという気持ちが芽生えていた。しかし今のところ、アイリスに関して判明していることは多くない。ハッキリしているのは女神が何も無かった星に命を育み、それを守るために全てを捧げたという事くらいだ。この世界に自分達が呼ばれたのは、彼女が望んだ未来を紡ぐためかもしれない――そんな想いが原動力となり、メルの背中を押す。


「裁判の件も解決しないといけませんし、私はアイリス聖教国へ行きたいです。それに、ここならアイリスさんについて詳しく調べる事ができるかもしれません!」


「そりゃ女神の名前を国名に使ってるくらいだから、参考になりそうなモノもあるだろうけど……いいの? 十中八九、面倒事に巻き込まれるパターンよこれ?」


「はい……みなさんには迷惑を掛けちゃうだろうし、申し訳なく思ってます。でも私はどうしてもアイリスさんの事を知りたいんです。私達がどうしてここに呼ばれたのか、確かめるためにも!」


メルは仲間達へ真剣な眼差しを向けた。異世界に召喚される直前、少女達はNeCOのマスコットキャラクターであるタイニーキャットとの邂逅を果たしている。その際、彼は「君の助けを必要としている世界がある」と語り掛けて4人を異世界へと誘ったが、ゴールの在り処までは示していない。世界を救うために何をすればいいのか――その答えは自分達で見つける必要があったのだ。


「ん、迷惑になんて思ってない。むしろみんなと新しい場所を冒険するのが楽しみかな。覚えたスキルを使う場面もありそうだし、あたしはメルに付き合うよ」


「ユキちゃんの件ではボクの我儘を聞いて貰ったんだ。メルが行きたいって言うなら、どこまでも一緒に行くさ。ココノアは……聞くまでもないかな?」


「当たり前でしょ、行くに決まってるじゃない。何年の付き合いだと思ってんのよ。今更遠慮なんてしなくてもいいんだから」


「えへへ……ありがとうございます、みなさん!」


仲間の同意を得て、メルは満面の笑みを咲かせる。こうして一行の新たなる目的地はアイリス聖教国に定まった。まず最初に目指すのは"火の島"、異端審問を執り行う神明裁判所の所在地だ。しかし現地に向かうためには海を渡る手段から模索しなければならない。


「そうと決まれば、船の準備が重要になりますわね! ディア・メトロスの教会は本国との行き来に使う専用船を保有していますから、それをお使いになっては如何でしょう?」


それまで蚊帳の外に置かれていたカタリナがここぞとばかりに提案する。彼女の言う通り、西大陸と聖教国を結ぶ航路には定期便が存在する。聖職者の移動手段としても使われているため、乗ることができれば数日でエウレカに到達可能だ。とはいえ、快適な船旅が約束されているのは高位の聖職者のみだろう。ココノアは怪訝そうな顔で異議を唱えた。


「それって、異端者を捕まえた時に連行する船でもあるんじゃないの? 普通に乗せてくれるとは思えないんだけど」


「た、確かにそうですわね……異端者と疑われた者は船底に近い牢屋で拘束されてしまいますわ。あまり良い旅にならないかもしれません……」


「ん、聖教の船は罠を張られる可能性も高い。避けたほうが無難」


「……そうだ、ミコトさんの状況も気になるし、これから会いに行って船の調達方法を相談してみるのはどうだい? 良い船を紹介してくれるかもしれないよ」


レモティーの言葉に一同は首を縦に振る。ディア・メトロスへ行けばミコトだけでなく、エリックやオクトーベルの協力も得られるはずだ。船舶を確保する手立てが見つかる可能性は高い。カフェの掛札をそのままにし、少女達は出かける支度を始めるのだった。

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