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うちの子転生!  作者: 千国丸
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086.望みの果て②

――3週間後――


建国式典の日から僅か数週間後、500年に及ぶ奴隷制度が廃止された。これまで虐げられてきた亜人達は奴隷の首輪から解放され、今では一般国民と同じ生活をする権利が認められている。当初、短期間で国の法律を根底から覆すのは不可能だと思われていたが、生き残った貴族議員と市民議員が手を取り合ったことで、種族差別を禁じる法律が早々に可決されたのだ。

しかしながら国民に浸透した差別意識は一朝一夕で消えるものではない。未だ人間族には亜人を蔑む者もいる。亜人側も同じだ。奴隷として扱われていた過去を忘れられず、人間族へ強い憎しみの感情を抱く者も少なくはなかった。また亜人が暮らせる土地の整備も遅れており、彼らは貧民街での生活を余儀なくされている。当面の間、エリック市民議員に代表される亜人融和派や、議員に一時復帰したミコトの仕事は尽きないだろう。

ただ、いくつかの不安要素があったとしてもオキデンスが道を誤ることは無いはずだ。神獣を従えし白翼の少女――忘れられた女神を彷彿とさせるその姿は、国民達の心に強く刻まれた。正しき歴史に語られたように、創生の神が星の生命を想っていた事実を知った今なら、互いに争うことの愚かさも理解できるに違いない。そして現在、後の歴史書で神の化身と記されることになる幼き猫耳娘は、シニストラ自治区内の小さな村でのんびりとした日常を謳歌していた。


「むむっ! リセちゃんが飲んでるそれって何でしょう? 凄く美味しそうな香りがします!」


「ん、これはオーツミルクブリューって飲み物。メルも飲んでみる?」


「えっ、いいんですか!? やったー!」


賑やかな声が響く翼村の一軒家。村長の厚意で英雄に寄贈されたその空き家は、すっかりオシャレな喫茶店にリフォームされていた。建築物に関する多少の心得を持つレモティーが設計した事もあり、古民家カフェと呼んでも遜色ない出来栄えだ。内装も外観に負けておらず、木材加工スキルで作り出された家具が高級感のある落ち着いた雰囲気を演出する。

そんなディア・メトロスにある貴族向けの高級店にも劣らない豪華な室内で、ウェイトレス風の衣装に身を包んだメルとリセがカウンターを挟んで歓談していた。


「あっ、これすっごく美味しいです♪」


「コーヒーが水で薄められてないから、ミルクの甘味がダイレクトにくるの。あたしオススメの飲み方だよ」


「ふむふむ……だからお砂糖無しでもこんなに甘いわけですね! カロリーも控えめになってそうですし、これならきっとお客さんも喜びますよ!」


リセから手渡された琥珀色の飲料をメルは美味しそうに飲み干す。オーツミルクブリューとは、麦を絞って作られた植物性ミルクでコーヒーを抽出した飲み物だ。砂糖なしでも濃厚な甘みやコクを楽しむことができる他、乳牛が希少な地域でも作ることができるので、翼村における名物候補としてリセが提案した。本来、コーヒー豆や麦の栽培は気候や土地の性質に左右されやすいが、NeCOで"農家"と呼ばれていた植物のスペシャリストがいるので安定して生産できる。


「美味しそうなの飲んでるじゃない。うちにも同じの頂戴」


「ボクはアイスレモンティーが良いな。気温が高いせいか喉が渇くんだよね」


店先でオープンテラス設営作業に勤しんでいたココノアとレモティーが室内へ戻ってきた。注文を受けたリセは慣れた手付きで2人分のドリンクを準備し始める。レモンを薄切りにしたタイミングで窓から心地よい風が入ってきたので、カフェ全体に爽快感のあるフルーティーな香りが漂った。


「大体準備は終わったし、もう何日かあればオープンできるんじゃない?」


「うん、あとは看板作りくらいかな。昨日広場で宣伝用に配ったリセのお菓子はどれも好評だったし、村の人達も楽しみだって言ってくれてたよ。喫茶店なんて物珍しいから、他の村からもお客さんがくるかもしれないね。大忙しになりそうだ」


テーブル席に腰掛け、満足気に店舗内を見渡すココノアとレモティー。彼女達はある理由によりディア・メトロスを離れ、シニストラ自治区で共同生活を送っていた。これまでとは違い、時間や使命に追われることのない暮らしは自由気ままであり、少女達の顔も心なしか明るく見える。


「はい、ココノアちゃん! ご注文のロイヤルコーヒー牛乳です!」


「ありがと……って、そんな名前だったのこれ?」


ココノアは怪訝そうな顔でメルから受け取ったカップに口を付けた。しばらくして小さな頬が緩み、愛らしい笑顔が浮かぶ。甘味が少なめになりがちな異世界生活では、スイーツを嗜むひと時が幸せの時間だ。


「へぇ、美味しいじゃないこれ。さすがリセね、こういうの作らせたら天才だわ」


「ですよね! ロイヤルコーヒー牛乳はきっと大人気商品になります!」


「それの名前……オーツミルクブリューだから」


「うーん、そのお名前もオシャレだとは思うんですけど、パっと聞いてどんなのか想像できないじゃないですか? だからロイヤルコーヒー牛乳の方が分かりやすいかなって! 紅茶をミルクで抽出するとロイヤルミルクティーになるって言いますし、それほど違いはないはずです!」


「いや、だからオーツミルクであって牛乳とは違うんだけど……」


途中まで名称を訂正しようと頑張っていたリセであったが、力説するメルの姿を見て諦めてしまった。苦笑いを浮かべつつレモティーに氷入りのグラスを手渡す。


「ありがとう、リセ! 凄く良い香りだ!」


「ん、裏にあるレモティーの果樹園で朝摘みしたレモンを使ってるから。鮮度は日本の大手スーパーにも負けないくらい抜群」


「採れたての果物はやっぱり美味しいよね。そもそも森の方じゃレモンを始めとする柑橘類は手に入らなかったみたいだし、これを機にシニストラ自治区にも浸透してくれれば嬉しいな。都市部向けに輸出できるようになれば、リギサンみたいな活気が出てくるかもしれない。そうなれば万々歳だ」


よく冷えたレモンティーで喉を潤しながら村の将来像を語るレモティー。彼女はかつて自分が復興させた東大陸の山村と同じように翼村を発展させようと考えていた。富と権力が集中していたディア・メトロスに比べ、シニストラ自治区の発展は著しく遅れているのが現状だ。それを是正しない限り東と西で経済格差が生じ続け、いずれ再び亜人に対する差別や偏見に至るかもしれない。故に少女達は自治区の経済的な自立を支援すべく、翼村へ戻ってきたのである。

古民家カフェの開設はその一環でもあった。地球産の農作物を広めるためには、まずその良さを知ってもらう所から始める必要がある。レモティーが作った作物をリセが調理して商品にし、ココノアとメルが売り子をすることで村民に興味を持ってもらう――それが英雄達が頭を捻って辿り着いた計画だ。村の亜人がレモティーの農園と同じ作物を取り扱うようになれば、リギサン同様の豊かさを得ることも夢ではないだろう。


「そういえばコッチでも短周期で作物が育ってたけど、あれってどういう理屈なの? ハーヴェストのスキル効果っていうのは分かるけど、レモティーがいなくても変わらず収穫できてたみたいじゃない」


「実のところ、スキルで育成を補助してたのは最初だけなんだ。ボクが生み出す植物は自動的に地球産になるんだけど、魔力が循環してるこの世界じゃ性質が丸っ切り変わっちゃう傾向があってさ。何故か成長が凄く良くなるんだよね」


レモティーが語るように、ハーヴェストのスキルで生み出される植物の多くは地球由来だ。元々魔力のない土地で育っていたためか、大地から供給される魔力という第三の成長要素を得たことで、スキルの補助なしでも成長速度が数倍以上となっている。そのため極めて短い間隔での収穫が可能となった。


「何よその都合の良すぎる効果……やっぱり農家ってチートだわ」


「そのおかげで私達は食べ物に困ることがありませんし、こうしてお店を出すこともできちゃうんですよね! レモティーちゃんさまさまです♪」


「あはは、そう言ってもらえると嬉しいな。みんなとお店を開くことができるのはボクも楽しいよ!」


笑顔で声を弾ませるレモティー。食糧担当である彼女の存在はパーティにとって必要不可欠だった。特にメルは燃費が極端に悪いため、自給自足で補うことができなければ旅は相当厳しいものになっていただろう。まさに豊穣の乙女である。


「ディア・メトロスに残ったみんなにも、是非お店に来て欲しいところだね。でもミコトさんはしばらく亜人関連の法整備に尽力したいって言ってたから、当分は忙しそうかな?」


「そりゃしばらくは無理でしょうよ。でもあっちにはカムイやツバキもいるし、亜人解放団だって協力してるんだから、そんなに時間は掛からないんじゃないの」


空になった手元のグラスを見つめながらココノアが呟いた。式典での一件を終えてからもカムイ達はミコト親子の護衛としてディア・メトロスに残っている。またエリックを筆頭とする亜人解放団はミコトの支援だけならず、貧困に苦しむ亜人達を支援する活動を始めた。オクトーベル伯爵の協力もあり、彼らの活動は順調そのものだ。


「亜人解放団か……あのアジトが襲撃されたのは対策不足だったなぁ。幸い、カタリナさんやナナシさんのお陰でユキちゃんは誘拐されずに済んだけど……」


険しい表情でレモティーは式典当日を振り返る。彼女達が留守にしていた間、亜人解放団の拠点は傭兵団に襲われた。ユキを連れ去ろうとしたデケンベル伯爵の目論見は失敗に終わったが、ユキ達が怪我をしてしまったという事実は変わらない。その場に居合わせた帝国軍人の応急処置とメルの回復魔法で全員完治済みであるが、レモティーは強く後悔していた。


「少し油断してたのは事実ね。でも最終的にはアンタのおかげでリュカやツバキが助かったみたいなもんなんだし、そう気にしなくてもいいんじゃない?」


「いや、あれは想定外だったというか、なんというか……まさかマンドラキノコにあんな特性があったなんて思ってなかったんだよ」


プラガ率いる傭兵団を制圧したのはリュカやツバキではなく、ナナシでもなかった。一部始終を目の当たりにしたリュカによると、傭兵達は全身に生えたキノコにより自滅したらしいのだが、そのキノコの正体というのがレモティーが呼び出していたマンドラキノコの幼菌だったのだ。召喚解除により一度土に還ったはずのマンドラキノコが再び現れた理由は未だ明確になっていない。


「NeCOじゃ召喚したペットを消したらそれっきりだったからね。自動的に再召喚されることはないはずなんだ。マンドラキノコの胞子が土壁に付着していた可能性はあるけど……そんな能力はNeCOじゃ存在しなかった。考えれば考えるほど謎が深まるなぁ……」


「ま、ここは異世界なんだしそういう特性が付与されてもおかしく無いんじゃないの? それに傭兵達は入口で爆弾を使ったらしいから、熱で胞子が一気に発芽したって考えれば自然よ」


後の調査により、拠点入口付近に充満していた煙を通ってきた者のみにキノコが生えた事が判明している。最初にその奇怪な症状が現れたのはリュカだ。狼特有の獣毛にキノコらしきものが生えてきたせいで、思うように動けなくなってしまったのである。それが原因となり数人の通過を許してしまったが、さほど時を置かず傭兵にも症状が現れた。幸い換毛期であったリュカは毛を抜いて難を逃れたが、人間族で構成される傭兵団にその対処法を真似することはできない。皆一様にマンドラキノコにより養分を吸い取られ、ガリガリに痩せ細ってしまった。


「熱に反応して発芽する菌類の話は聞いた事があるから、可能性が無いとは言い切れないけども……やっぱりよく分からないな。地下とは言え、湿気も少なかったしさ。胞子が発芽するような条件が都合よく揃ってたなんて思えないんだ」


「あっ! そういえば私、お水をあげてたんです! マンドラキノコさんが土になっちゃった場所に!」


「えっ、どうしてだい!?」


「また生えてくるかなって思ったので……!」


メルの発言を受けて他の3人は目を点にする。マンドラキノコは魔法生物の一種であり、召喚解除されたことで土に還っただけだ。それに水を与えて復活させようという考えは、通常のNeCOプレイヤーには思いつかないものだろう。しかし彼女はマンドラキノコを不憫に思い、こっそり水やりしていたのだった。その結果、レモティーの召喚上限枠に影響しない独立した生物としてマンドラキノコは蘇ったのである。


「ん、さすがメル。突拍子もない事をさせたら右に出る者はいない」


「そこ褒めるとこなの? まあ結果オーライだったから別にいいんだけど」


「水やりで湿気を得た土に熱が加わって発芽か……しかもヒーラーであるメルならジョウロで水やりするだけでも特殊な作用を与えていたかもしれない。よし、そういう事にしておこう! これ以上考えても結論は出ないだろうからね!」


そう言って紅茶を一気に飲み干し、レモティーは席を立った。麗らかな午後の日射しに黄金のロングヘアを輝かせて仲間達へ笑顔を向ける。


「さて、雑談はこの辺にしておこうか。実は次元結晶で得た力を使いこなせるようになったから、お披露目しようと思ってたんだ」


「いいわね、それ。うちもそろそろ自慢しようと思ってたのよ」


「ん、賛成。店の準備は大体終わってるから後は自由時間で問題ない」


「私は気軽に試せないスキルを選んでしまったんですけど、みなさんが獲得したスキルは是非見せてもらいたいです!」


4人は互いに頷き合って建物の外へ出た。カフェの隣にはいずれ花畑を作る予定で開拓した空き地があり、スキルの試し打ちをするにはちょうど良い場所となっている。


「ここでなら派手なスキルを使っても大丈夫だと思う。とは言っても、店を吹き飛ばすような大技は禁止だからねココノア?」


「分かってるっての。ほら、はやくアンタのゲットした新スキル見せなさいよ」


「ふふん、勿論さ!」


ココノアから促されてレモティーは自信ありげに微笑む。サンディクスの地下研究所から奪取した3つの次元結晶――うち2つはディア・メトロスの都市機能を維持するために使用されているが、残った1つは少女達の戦利品となった。その次元結晶を通じて各自1つずつ新たなスキルを獲得していたのだ。ただし今回は他のメンバーに気兼ねすることなく好きなスキルを選ぶ事になったため、取得スキルについては何の情報も共有していない。


「ボクが選んだのは孤高の流離人(ストライダー)が持つスキル、"ペット強化"だよ! これを使うことで召喚ペットにボクのステータスを少し上乗せできる上、特性も変更できるようになるんだ。例えばこんな風にね!」


レモティーがポケットから取り出したトゲトゲの種を足元に落とす。地面に落ちるなり瞬く間に芽を出したそれは、グングンと成長して手足の生えた野菜へと姿を変えていった。見た目だけならマンドラニンジンやマンドラダイコンに似ているが、表面がツルツルしており目付きも悪い。何より体の表面が燃えるように真っ赤だ。


「なにこれ……トウガラシ? マンドラトウガラシなんてNeCOじゃ存在してなかったと思うけど」


「そりゃそうさ! この子はマンドラハバネロ、火属性への耐性を限界まで高めた新ペットなんだから! 代わりに水属性には弱いんだけど、ステータスは筆頭冒険者にも負けないくらいだよ。これでもうサンディクスみたいな奴に負けたりすることもないはず!」


レモティーは大きな胸を揺らしながら成果をアピールする。地下鍾乳洞でサンディクスを捕らえるべく呼び出したマンドラダイコン達を返り討ちにされた事にショックを受けた彼女は、自身のペットを強化するスキルを選んだ。"ペット強化"はその名の通り、あらゆるペットに対して使役者のステータスを一定割合で加算して強化する効果を持つ。さらに属性耐性や使用スキルを任意でカスタマイズする事も可能なため、弱点の多い植物ペット使いにとって心強いスキルとなるだろう。しかし使い魔の類を扱わないココノアからしてみれば、何故自身を強化する要素ではなくペット強化を選んだのかが不思議だった。


「何となくシナジーがあるのは分かるけど、自分用の強化スキル取ったほうが手っ取り早くない? ペットよりもプレイヤーキャラの方が圧倒的に強いんだし」


「ココノアやリセみたいな戦闘に特化したジョブならそうだろうね。でもハーヴェストは戦闘だと器用貧乏な面が多いんだ。例えば宿り木の種弾(ヤドリギ・ショット)なんかは命中率が悪すぎて、基本的に相手が動けない状態でしか当てられない。その隙を作るためにも、ペットを強化する線は妥当だろう?」


「そう言われると、確かに一理あるわね……」


「あと、こういう()()()()()植物ペットを作ることもできる!」


こちらが本命とばかりにレモティーは魔力を種に注ぐ。今度の種は縞々の模様が入っており、ココノア達も見たことのないものであった。しばらくして地面から出てきたのは、ウツボカズラのような袋状の体を持つ生物だ。


「食虫植物……? NeCOにこんなのいたっけ?」


「フッフッフ、これは品種改良(ブリーディング)と"ペット強化"を駆使して作った完全新作だよ! 消化能力に特化してるから、あらゆるゴミを溶解してくれる便利な存在なんだ。これでカフェで出るゴミ処理の問題も解決ってわけさ」


レモティーの手によって捕虫袋に蓋をしていた大きな一枚葉が捲りあげられた瞬間、周囲にフローラルな匂いが漂い始めた。しかし内部に溜まっている真っ黒な消化液はプツプツと小さな気泡を発生させており、かなり不気味な見た目をしている。


「何より、旅の途中で催してもこの子がいれば何も心配はいらない! ささっ、メル! ココノア! どちらでもいいから、試しに用を足してみたらどうかな!? 消臭機能付きだからその辺りについても安心して欲しい!」


眼鏡の奥から欲望に満ちた瞳を覗かせ、幼女2人に排泄を勧める金髪の美女。見方を変えれば強化ウツボカズラは子供が使うオマルに見えなくもないが、勿論それを承諾するようなココノアではない。


「何? うちが選んだ新スキルの餌食になりたいってこと? ちょうどいいわね。メル、ポーチから弓を出しておいて」


「や、やだなぁ! 冗談さ! 冗談! あははは……」


「遠慮しなくていいわよ。対人戦でも機能するか見ておきたかったし」


メルから受け取った木弓を構えて、笑顔を見せるエルフ少女。だがその両目は笑っていなかった。背筋がゾクっとするような殺気を感じ取ったレモティーは、すぐさま召喚したペット達を土へ還す。


「調子に乗ってすみませんでした……」


「まったく、碌な発想しないんだからこのロリコン女は。アンタが冗談のつもりでもメルは本気にしかねないんだし、そういうのは今後一切禁止! さてと、うちのスキルを見せるわよ」


ココノアは弓に矢を番えて、近くにあった枯れ木へ視線を移した。次元結晶の力で弓マスタリーを獲得していた彼女は魔法使い(スペルユーザー)が使用不可能な弓を武器として扱うことが可能だ。


衝撃瞬退射(インパクト・ショット)!」


細い腕によって引かれていた矢が放たれた瞬間、ココノアの身体は後方に向かって10メートルほど跳んだ。同時に枯れ木の真ん中へ矢が突き刺さり、その何倍もあった幹を破砕する。


「それは鷹眼の射手(ホークアイ)が取得できる近距離用の弓術スキルだね。バックステップでの移動を兼ねてるから、対象と距離を空けるために使うプレイヤーも多かった気がする」


「そうよ。テレポートがあればある程度自由には移動できるんだけど、杖に持ち替えないでやると移動距離が短くなるじゃない? でもこれなら攻撃しつつ移動できるし、動きの幅が一気に広がるでしょ」


テレポートで戻ってきたココノアが説明する。弓マスタリーのおかげでツバキから伝授されたいくつかの弓術を取得できた彼女であったが、NeCOのスキルに比べて威力が低いため実戦向きではなかった。そこでダメージの高さと緊急回避を両立できるインパクトショットを取得したのである。ダメージ倍率1200%かつ気絶付与の効果もあるため、筋力に乏しい身体でも使い勝手は悪くない。


「うちの分は見せたし、次はリセね。何を選んだの?」


「ん、それじゃ発動させるから少し離れてて」


リセは腰の鞘から古めかしい長剣を引き抜いた。側面に桜花の如き華やかな紋様が刻まれたそれは、美術品と見紛うほどの形貌を誇る。元はミコト家で代々家宝とされた業物(わざもの)であったが、市民議員としての立場を剥奪された際に国軍の手で接収されていた。遥か昔に異界の勇者が使っていたものだという。

しかしミコトは家宝を取り戻しても手に取ることなく、冒険に役立てて欲しいとメル達へ託した。一行の中で刀剣を扱えるのはリセだけであったので、今は彼女の武器となっている。なお、これまで愛用していた無骨なブロードソードはメルのポーチで休憩中だ。


無慈悲なる影撃(マーシレス・シャドウ)


リセが対象に見立てた木片を斬り付けた刹那、その姿は忽然と消えた。しかし足跡を見る限り、その場から移動した形跡はない。それを見たココノアはリセが透明化していることに気付く。


「攻撃と同時に暗殺者の隠れ蓑(クローキング)を発動させるスキルなの、それ?」


「そうだよ。これを使えば攻撃してもずっと姿を消し続けられるから、基本的に察知される事はないかな。看破スキルには無力だけどね」


「良い選択じゃない。一方的に攻撃できるってだけで強いし」


以前にリセが次元結晶から得た"暗殺者の隠れ蓑"は、姿を消して潜伏するスキルだった。潜伏状態で攻撃を行うと強制解除される欠点があったが、アサシン系ジョブの専用スキル、マーシレスシャドウがあればそれを補うことができる。

時を遡ること3週間前、式典が行われている広場の地下に赴いた彼女はマイウス伯爵と遭遇していた。その際、潜伏状態から一撃で相手を屠ったものの、透明化モードが解除されてしまい警備用の魔道具に探知されかけたのだ。この反省から、潜伏バフを持続させる事が可能なスキルの取得を決心したのである。


「あたしのスキルはこれでお終い。最後はメルの番だよ」


透明化を解除して姿を現したリセはメルに顔を向けた。他のメンバーも彼女が何を選んだのか興味深そうな面持ちだ。一方、メル本人は困った様子で言い淀む。


「ええと、私が取ったスキルはパッシブスキルなので、自由に発動させることができないんですよね……」


「パッシブスキルってことは、ココノアの弓マスタリーなんかと同じタイプだね。ついに格闘マスタリーでも取ったのかい?」


「いえ、実は"死の淵から蘇りし者(ネクロリザレクション)"を……」


「「「えっ?」」」


メル以外の3人が声を重ねた。"死の淵から蘇りし者"は死亡時にアンデッド状態で自動蘇生するという極めて特殊なスキルだったからである。アンデッド状態になると回復魔法がダメージに反転してしまう上、スキルが使えなくなるデメリットもあった。自動蘇生という効果が唯一無二であるとは言え、わざわざ有用な他スキルを無視してまで取得するようなものではない。


「そりゃ自動蘇生は保険になるかもしれないけど、そもそもヒーラーを死なせないように立ち回るのがパーティプレイの前提でしょ? それにアンデッド状態だとスキルが使えなくなるから自力解除もできなくなるし、本末転倒じゃない。どうしてそんなスキル取っちゃったのよ……」


「うぅ……そう言われるとそうなんですけども、即死魔法に対する耐性は100%じゃないので、対策するとなるとこれしか……」


メルは両手の人差し指をツンツンと突き合わせながら釈明した。NeCOにおいても"破滅への導き"と似た効果を持つ即死スキルは存在している。即死付与はレベル差によりある程度レジストされるものの、防止できる確率を100%にする事はできない。故にレベルカンストプレイヤーが格下のモンスターから即死系スキルを使われ、道端で転がってしまう光景も少なくなかった。仮に死亡してもNeCOでは他プレイヤーから市販品の蘇生アイテムを使って貰えば済む話であるが、異世界において即死攻撃は彼女達の驚異と成り得る。


「なるほど、即死対策っていう面では有効かもしれない。ヒーラーが生きていれば立て直すことはできるだろうしさ。あながち悪い選択じゃないのかも」


「いやいや、NeCOなら状態異常を治すポーションやら蘇生薬があったからどうにでもなってたけど、こっちじゃそんな便利なアイテムは無いでしょうが。どうやって立て直すのよ」


「あっ、それもそうか!? いやでも、カーディナルってアンデッド耐性があったよね? この場合どうなるんだろう……?」


「ん、NeCOの仕様なら耐性がある限りアンデッドにはならないよ。猛毒状態になるデメリットを持つバフスキルを毒耐性装備で無効化したら、メリットだけが残ったっていう検証結果が公式SNSに掲載されてたし、それと同じ挙動になると思う」


「そうなの!? なんだ、焦って損したじゃない……都合が良すぎる話だけど、メルがアンデッドにならなくて済むなら問題はないわね」


メルの取得スキル名を耳にした直後、ココノアは朽ちてなお1人で異世界を彷徨う想い人の姿を想像してしまい、切実に心配していたのだ。しかし、そんな末路を辿る事が無いと判明したことで安堵の表情を見せる。そして当の本人もカーディナルの特性をすっかり失念していたらしく、彼女と同じような反応をしていた。


「そういえば不死化に対する完全耐性があるのを忘れていました……!」


「ははは……まぁメルのことだろうから、そうだとは思ってたよ。それにNeCOじゃカーディナルが"死の淵から蘇りし者(ネクロリザレクション)"を取得することは絶対に出来なかったからね。悪くはないチョイスじゃないかな?」


「条件発動型のパッシブスキルはすぐ再発動できないから完全に無敵ってわけじゃないだろうけど、即死攻撃を耐えられるのは明確な強み。NeCOで同じ事ができればヒーラー必須の構成になってたと思う」


「えへへ♪」


レモティーとリセにも褒められ、メルは頬を綻ばせる。こうして新スキルの披露会は無事に終わり、少女達は上機嫌で店へと戻ったのであった。

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