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うちの子転生!  作者: 千国丸
83/107

083.破滅への導き③

――マリド王宮 バルコニー内――


「……いくら貴殿でも、王に対する無礼は(まか)りなりませんぞ、マルロフ公」


凍りついた空気の中、最高齢の伯爵――エスター=ユリウスはサンディクスの発言を諫める。忠実なる側近として国王を支えてきた彼にとって、主を侮辱されることは我慢ならない事であった。これまで公爵家との関係は親密なものであったが、それを差し引いても看過はできない。眉間に深い皺を刻み、暴言を口にした若き公爵を問い詰める。


「聞いておられるのですか、マルロフ公ッ!」


だが相手からの反応はなかった。異彩を放つオッドアイは正面に迫る驚異だけに向けられており、周囲の喧騒などまるで耳に届いていない。公爵家が出資したことで西大陸最強と呼ばれる武力を誇るようになった軍隊が、だった1人の少女に歯も立たない現状を目の当たりにすればそれも仕方ない事だろう。


「異界人の末裔如きに、これほどの力があるはずが……!」


かつてない強大な敵の到来に、焦燥の表情を浮かべるサンディクス。未知の力により巨大化した猫の獣人――メルは一撃の蹴りだけで主力部隊の半数近くを吹き飛ばした。5台の魔光砲による一斉射撃を行う時間すら稼げず、宮殿前の防衛ラインは総崩れになっている。もはや軍の敗北は時間の問題であった。


「まさか……末裔ではなく異界より来たりし英雄そのものとでも言うのか?」


かつて異なる世界より呼ばれた英雄達は類稀なる力を以って魔族に対抗した。だが女神が消えて以来、その存在は確認されていない。魔王を倒した者達を、異界人の末裔だと彼が判断したのはそのためだ。しかし英雄固有の能力は血が薄くなるにつれ弱まっていくため、初代の勇者に並ぶ力は無い。異界人の末裔がたった1人で2万人近いの軍勢を圧倒できるとは考え難かった。


――ドゴォォン!――


魔光砲の1つがメルの手刀によって叩き潰される。移動式ではあるが軍艦の主砲にも相当する大きさと、魔銀(ミスリル)で作られた分厚い装甲を備えているにも関わらず、砲台の残骸は粘土細工のようにグニャリと凹んでいた。


「くそっ! ありったけの弾で弾幕を張れ! こちらへ近寄せるな!」


「なんであの図体で弾が当たらないんだよ! おかしいだろ!?」


砲台の守備を任された部隊は必死に応戦する。宮殿のバルコニーに届きかねない程の巨躯は銃弾の的になると思われたが、獣人族特有の俊敏さは健在であり攻撃が当たることはなかった。唯一の頼りであった魔術師部隊による爆撃魔法も、桃色の尻尾によって薙ぎ払われてしまったので打つ手がない。総指揮官であるマイウスが激しい叱責と共に指示を飛ばすものの、戦意を喪失した軍人達は持ち場から一目散に逃げ始める。


「怪物風情が、僕の計画を邪魔するなよ……!」


これまでと一転した口調で苛立ちを吐き捨てると、サンディクスは第三の眼(サード・アイ)による幻像を強制遮断した。そして後ろに控えていた学者風の貴族を振り返る。紫水晶の宝杖を手に持つ彼の名はヒエムス=デケンベル、貴族でありながらオキデンス最高峰の魔術師だ。


「デケンベル! もう一度、破滅への導き(ダムネイション)を発動させろ!」


「ですがマルロフ公、生贄となる亜人がいない今、あの術式は……」


「広場にいる逃走兵の命を吸えばいい。敵前逃亡は死刑にも等しい重罪だが、贄にすればその手間も省けるだろう。それにあの連中は国に忠誠を誓った身だ、発動の条件は満たす」


「何を仰るのです、マルロフ公!? 多くの国民が見ている中で軍人を生贄にすれば、我らへの信頼が揺らぎかねませんぞ!」


2人のやりとりに異を唱えるマイウス。軍の正規兵は人間族のみで構成されているため、広場に集まった観衆からしてみれば同胞でもある。それが貴族達によって殺されたとなれば、当然反感の声も高まるだろう。しかしサンディクスは耳を貸さず、代わりに懐から取り出した短銃をマイウスへと突きつけた。


「なら、お前があの害獣を始末するか?」


「マルロフ公……!? このような場で、ご冗談はおやめ下さい……!」


向けられた銃口を睨みつけながら、眼帯の武人は腰のサーベルに手を伸ばす。数メートルも無いこの距離であれば、両者ともに一撃で相手の命を奪う事が可能だ。一触即発の状況に国王や来賓達は口を出すことも出来ず、黙って見守っていた。


――ガシャァァァン!――


その時、不意に大きな揺れが宮殿を包んだ。衝撃の発生源は広場の反対側に位置する裏口であったため、メルや亜人解放団による襲撃ではないことは明らかだった。通信装置で状況報告を受けた若い軍人は血相を変えてマイウスに駆け寄る。


「報告します! 正体不明の2人組が王宮内に侵入した模様! 緊急用の隔壁を容易く突破し、ここに向かっているとのことです!」


「馬鹿な……裏手に待機させた警備兵は何をしていたのだ!?」


「応戦した者によると賊はかなりの手練とのこと! エルフの子供と金髪の女らしいのですが、奇妙な技を操り、仕掛けてあった罠や迎撃装置を次々と無効化しているそうです」


襲撃者の特徴を聞いてサンディクスの目元がピクリと動く。迎賓館で言葉を交わした大使の一団と容貌が一致したことで、疑念は確信に変わった。


「恐らく4人全ての大使がこの街に潜伏中だろう。しかし3人がここへ向かっているのであれば、あと1人はどこにいる……?」


そこまで呟いて、サンディクスは地下設備の存在に思い至る。亜人解放団が"破滅への導き"を無効化した事実がある以上、術式の起動に必要な魔力源についても下調べ済みの可能性が高い。地下の研究所には魔力供給を行うための次元結晶が複数保管されており、残りの1名にそこを制圧された場合、魔光砲を含む大出力兵器が使用できなくなる懸念があった。


「……マイウス、軍を損耗させた汚名を返上するチャンスをやろう。今すぐ地下の魔術研究所に向かい、デクシアの間者を仕留めろ」


銃を懐に戻すと、サンディクスは破壊された魔光砲の残骸を見下ろしながら言葉を続けた。


「次元結晶を狙っている輩がいる。お前が独断で使用を決定したアレも、魔力が無ければ置物に過ぎない。命がけで死守してこい」


「……承知、広場の指揮は御身にお任せします」


下された指示に異議を唱えず、マイウスは王宮へ踵を返す。彼は軍式剣術の達人だったが、それでも魔王を倒した猛者に挑むなど無謀の極みだ。従ってサンディクスの命令は死刑宣告にも等しかった。しかし預かった軍に多大な損害をもたらした上、いくつかの魔光砲も喪失してしまった今、総指揮官として責任を取るには自ら死地に赴くしかない。


「倒すべき相手は1人だけだ。魔眼を使ってでも相打ちに持ち込め」


「そうですな……この眼があれば、鼠の1匹くらいは殺せましょうぞ」


背を追ってきたサンディクスの声に頷き、右眼の眼帯を投げ捨てるマイウス。隠されていた眼球は左眼と全く異なっており、虹彩の奥で不気味な魔法陣を光らせる。"仮初の写し身"という異名で呼ばれる彼の魔眼は、対峙した相手に幻影を見せる能力を持つ。だがそれは彼が生まれつき持ち得ていたものではなく、サンディクスが異界人の血を引く子孫からマイウスへ移植したものだった。


「与えてやった"仮初の写し身(オルターエゴ)"、無駄にはするなよ」


建物の中へ姿を消したマイウスを見送った後、サンディクスは再び広場に視線を向ける。魔光砲は既に4台が破壊された後であり、残り1台も怪鳥の嘴によってくり抜かれていた。


「デケンベル、何をしている。僕の指示通りに破滅への導き(ダムネイション)を放て」


「ええ……仰せのままに」


デケンベルは杖を掲げて再び古代魔法の詠唱を始める。術式の構築が進むにつれ水晶の杖は明滅を開始したが、途中でプツリと反応しなくなった。"破滅への導き"が強制的に中断されたのだ。術者も少なくない反動を受けてしまい、力が抜けたようにその場で膝をつく。


「クッ、魔力の供給が足りない……!?」


彼を襲った目眩(めまい)の正体は、体内魔力の急低下による意識の混濁であった。それは外部からの魔力供給が絶たれた事を意味する。


「マイウスが到着するより前に侵入されていたのか……本当に厭になる連中だ」


サンディクスは忌々しそうに呟いた。既に次元結晶は奪取もしくは破壊されている恐れがある。膨大な魔力を供給するための仕組みが失われた今、"破滅への導き"を発動させるには別の魔力源を用意しなければならない。デケンベルは杖を支えにして立ち上がり、次の指示を仰ぐ。


「ハァ……ハァ……マルロフ公、申し訳ありません。私の魔力だけで術式を確立させることは不可能です。他の手立てを考えるべきかと……」


「分かった。お前には別の役目を与えよう」


サンディクスはそう言って右眼に指先を這わせた。彼も移植によって後天的に魔眼を得た1人であり、黄色の瞳には千里眼の性質が備わっている。魔力を集中させることでディア・メトロス全体を見渡すことができるため、国を管理する為政者には都合の良い力だ。


「……思った通り、デクシアの大使共は貧民街を経由してここに来たようだな」


魔眼を使った遠見により、彼は貧民街の旧道で真新しい(わだち)を見つけ出した。車輪の間隔や大きさから、オキデンスの標準規格を採用していない馬車であることは明白だ。貧民街において外国製の馬車を使う亜人は皆無であるため、必然的に痕跡を残した者が特定される。


「デケンベル、今から貧民街(スラム)へ赴き、亜人解放団の拠点を潰せ。そこにミコトの娘がいるはずだ。手足の1本や2本は切り落としても構わないが、必ず生きたまま僕のところまで連れてこい」


部下に調べさせたミコトの動向や、大使と共に行動していた白髪の少女に関する情報を総合し、サンディクスはミコトの1人娘が亜人解放団の拠点に匿われていると判断した。今回の騒動はミコトが中心的役割を担っているため、その血縁者を人質にすることで動きを封じ込めることができると踏んだのである。


「承知しました。急ぎ向かいましょう」


公爵の意図を察したデケンベルは杖を構えて短い魔法を唱えた。その直後、彼の姿はバルコニーから忽然と消え去る。至高の魔道具と称される紫水晶の杖は、対となる紫水晶のオーブが保管された地点へ転移する術式が施されていた。


「さて……今まで十分良い思いをさせてやったんだ。無能な豚にも働いて貰おうじゃないか」


サンディクスは残された国王とユリウスに視線を向ける。バルコニーには軍の伝令だけでなく来賓や市民議員の姿もあるが、既に大半が逃げ出しており閑散としていた。


「王に何をするおつもりか!」


「その身を破滅への導き(ダムネイション)を発動するための魔力へと変えてやるのさ。それだけの贅肉を抱えていれば、さぞ大量の魔力が搾り取れることだろう」


「ひっ……!?」


冷酷な笑みを浮かべて歩み寄ってくる公爵に身の危険を感じ、スードルは椅子から立ち上がろうとする。だが極度に肥え太った身体は思うように動かない。汗が滴り落ちる額にサンディクスの右手が食い込んだ。


「ぐぅっ!? 余への暴虐は万死に値するぞ……!」


「止めぬか、マルロフ公!」


頭部を締め付けられて苦しむ主君を助けようと、ユリウスは咄嗟に体当たりを繰り出した。老体ながらも果敢にサンディクスの腕を引き剥がそうとする彼であったが、腕力差によって呆気なく振りほどかれてしまう。


「まったく、老いとは醜いものだ。力が弱々しくなるばかりか、魔力も衰えてしまう。ひと思いにトドメを刺してやろう」


左手で短銃を取り出したサンディクスは躊躇することなくその先端をマイウスに向け、引き金に指を掛けた。一筋の閃光と共にバルコニーに鮮血が飛び散る。


「ぐあっ!?」


腹部を真っ赤に染めた老貴族はピクリとも動かなくなった。その様子を見て鼻で笑うと、サンディクスは右手に魔力を流し込んだ。徐々にスードルの肉体は変質し、黒い蒸気を放ちながらミイラ化し始める。


「ぐああぁぁぁぁ!!!」


「フフッ、さすが余計な血が混じってない王族だけあって良質な魔力だ。だがこれだけでは少々足りないか……お前達も僕のために死ぬがいい」


サンディクスが左手を掲げた直後、漆黒の瘴気が周囲に拡散した。微細な羽虫の群体にも見えるそれは、バルコニーに居た者達を次々と飲み込んでいく。古代の術式を応用した呪いの術式から逃れる術はなく、全員が血肉を魔力として吸い上げられてスードルと同じ末路を辿ってしまう。


「発動に必要な量は確保できた。さぁ、今度こそ害獣共に死を与えてやろう!」


横たわる骸の中でサンディクスは詠唱を開始した。オキデンスという国に忠誠を捧げる兵士達を生贄として指定する条件で術式改変を行い、メルと亜人解放団に向けて殺戮の魔法を放つ。


「魂を贄として顕現せし冥府の深淵よ、我が国に仇為す愚者に死という名の終焉をもたらせ……破滅への導き(ダムネイション)


詠唱完了と同時に死者の領域を顕現させる結界が式典会場を包み込んだ。それまで白く輝いていた石畳は暗紫色に染まり、底なし沼を思わせる淀みが広がる。贄を求める冥府は背筋を凍らせる冷気と死臭を吐き出しながら、口を開けて兵士を引き摺り込んでいく。


「この沼はなんだ……亜人達の仕業じゃないのか!?」


「誰か来てくれぇ!! 左足が引っ張られて動けねぇんだよ!」


状況を飲み込めないまま、兵士達は恐慌状態に陥った。沼から出現した無数の腕が彼らの手足を掴んで引き込もうとしたからだ。さらに強い愛国心を持っていた観衆の一部にも術の効果が及び、会場全体に阿鼻叫喚の叫び声が渦巻く。


「即席で改変したために想定以上の効果範囲になってしまったか……やはり、この手の仕事はデケンベルに任せるに限る。保険とは言え、ミコトの娘を確保させに行かせたのは悪手だった」


バルコニーから術式の遷移状況を眺めるサンディクス。逃亡を目論んだ兵士達への制裁を含めた"破滅への導き"は、順調に段階を進めていく。この後、取り込んだ魂と同じ分だけの生命を刈り取る死の宣告が発動し、術者に敵対者と見做(みな)された者達は1人残らず(しかばね)と化すだろう。


「本性を現したな、サンディクス=マルロフ……!」


「……驚いた。まだ息があったのか、ユリウス」


不意にサンディクスの背後で人影が揺らめいた。辛うじて一命を取り留めていたユリウスが立ち上がったのである。しかし銃創により大量の血を失っており、顔も青白い。長くは保たないだろう。


「王を殺し、軍を犠牲にした上、民すら巻き込んで……貴様の目的は何なのだ!」


「死に損ないが良く喋る。そのまま寝ていれば穏やかな死を迎えられただろうに」


「儂の問いに答えろッ……!」


鬼気迫るマイウスの表情に対して、サンディクスはやれやれと言った様子で首を振る。


「凡人如きに理解できるとも思えないが……まあいい、破滅への導き(ダムネイション)が発動するまでの暇潰しに話してやろう。お前は世界を創った神を知っているか?」


「神……だと……?」


「この星を統べる神の座は数千年以上も空席のままとなっている。なぜなら神格を得られるだけの魔力を持った生命が存在していないからだ。だからといって、ヒトが神に至る可能性もゼロというわけではない。他の生命体から魔力を吸い上げれば、この身でも超越者に手が届くのだからな」


「まさか、貴様の目的は神になる事だとでも言うのか……!?」


「その通り。そして僕はその資格を得るため、生物の肉体を魔力に変換する術式を編み出した。この場で見ていたなら、分かるだろ?」


サンディクスの思惑を知ったユリウスは周囲を見渡した。ミイラ化した亡骸達は、他者の血肉を魔力へ昇華させる術式が存在する事を黙したまま証明している。


「ただし術者である僕と同じ種族、つまり人間族にしか使えない欠点がある。しかも亜人の血が混じっていたりすると変換効率はガタ落ちだ。だからこの国を作って、混じり気のない人間族を増やすことにした。今の人口が10倍に増えれば、その全てを魔力として取り込む事で神への道が拓かれる事になるだろう」


「狂っている……貴様はもはやヒトではない、魔物や魔族と同じ怪物だ!」


「不自由のない豊かな暮らしを与えてやったんだぞ? 感謝されど憎まれる筋合いはない。これからも僕の庇護下においてオキデンスは発展し続けるのだから」


「もしや帝国への遠征も……その馬鹿げた野望のためではあるまいな!?」


「フフッ、察しがいいじゃないか。人間族は成長が早い上に繁殖力にも優れているが、亜人共のように深い森で生きられるほど強靭ではない。だから豊かな大地を持つ東大陸が欲しくなってね。邪魔な魔王もいなくなった今が頃合いだろう」


「馬鹿な……全て我欲のためだったというのか……!」


語られた真実に驚愕するユリウス。王族に利益をもたらす公爵家の政策には両手を挙げて賛同していた彼であったが、この時になってようやく大きな過ちを犯していた事に気付いた。サンディクスの目的は自らの糧となる人間族を増やすことにしかなく、王族や国民の幸せを願ったものでは無かったのだ。


「全てを知り得たからには、貴様の好きになどさせるものか……この命と引き換えにしてでも……ごふっ!」


老貴族の足元に血の塊が飛び散った。肉体が限界を迎えたのである。遠のいていく意識の中、彼は死神の鎌が首元に当てられている事を悟った。


「会話の時間はここまでのようだな、ユリウス。お前が忠誠を誓った王の命と引き換えに、破滅への導き(ダムネイション)が発動する光景を見せてやりたかったよ」


「まったく……"破滅への導き"とは、よく言ったものだ。まさしく、お前を破滅に導くに相応(ふさわ)しい禁術ではないか……そうは思わぬか?」


ユリウスは鮮血に染まった口元をニヤリと吊り上げた。その右手に握られた宝珠型魔道具を見て、サンディクスの表情が豹変する。


「お前、まさか……!?」


「そうだ……今の会話はすべて式典会場に筒抜けだ。年寄と思って油断したな、間抜けな若造ッ!」


王がサンディクスによって殺される直前、ユリウスはサンディクスを止めようと腕にしがみついた。その際に魔道具の腕輪を奪い取っていたのである。そして彼が密かに起動させた第三の眼(サード・アイ)は、それまでの会話内容を余すこと無く観衆席および広場へ伝えていた。

なぜオキデンスでは歴史が嘘によって塗り固められていたのか、なぜ亜人が迫害されて人間族が優遇されていたのか――その理由がサンディクスが語った言葉により線で繋がる。市民や軍人、そして亜人解放団を含めたこの場の全員が彼の企みを知った今、公爵家の信頼は地に堕ちたと言っても過言ではないだろう。


「この……死に損ないがッ!」


「好きなだけ撃つがいい。だが、お前の望みが成就する事は永劫に無いと知れ!」


「死ねッ! 死ねッ! 死ねェッ!!」


短銃を構えたサンディクスは弾を使い切る勢いで撃ち続ける。積み上げてきた全てを台無しにされた怒りは凄まじく、年老いた伯爵は身体を穴だらけにされて崩れ落ちた。


「赤き瞳の巨人よ……王の仇を頼む……そして民と国を……守って、くれ……」


薄れていく意識の中、ユリウスは広場に佇む巨影へ手を伸ばす。死の間際とはいえ、毛嫌いしていた獣人に頼み事をするのはプライドが許さなかったが、それよりも国を想う気持ちが上回った。


「馬鹿がッ! 破滅への導き(ダムネイション)はすぐに発動する! 止める術などありは――」


血塗れの骸を踏みつけたサンディクスが吐き捨てた瞬間、式典会場に眩い光が射し込んだ。女神の降臨を思わせるような神々しい白き羽が舞い散る中、メルの声が響き渡る。


「私が止めてみせます!」


そう宣言した巨人の背には純白の翼が広がっており、足元からは翡翠色のオーラが放たれていた。優しく吹き渡る癒やしの風に包まれた者は敵味方関係なく傷が癒え、生きる希望を抱く。


「何だこの光は……冥府が消えていく……だと!?」


"破滅への導き"によって開かれようとしていた領域が霞む様を目の当たりにし、サンディクスは我が目を疑った。メルの魔法が破滅への導き(ダムネイション)を上書きし、死の沼を掻き消してしまったからだ。冥府から生じた亡者の腕も、光を恐れるように元の棲家へ戻っていく。


「あなたの魔法が発動することはありません! なんたって私の回復魔法は、全ての設置型魔法に対して優先されますから!」


「魔法同士の干渉とでも言うのか……!? しかし純粋な魔力強度ではこちらが遥かに上! そのようなことが起こり得るはずがない!」


サンディクスは強く否定したが、冥府が閉じてしまった以上メルの言い分が正しいと認めざるを得なかった。魔法同士がぶつかった場合、属性相性の影響を受けるものの基本的には魔力密度の高い術式が打ち勝つ。従って数千人の魂を飲み込んだ殺戮魔法が圧倒的に有利なのは事実だろう。

しかし異界由来の回復魔法相手であれば話は別である。NeCOの設置型スキルには優先度という隠しパラメータが設けられており、その中でもプレイヤーへの影響が大きい回復魔法は最優先として設定されていた。サーバーの処理を軽くするために運営が追加した苦肉の対策であったが、その特性は異なる世界においても適用される。これを利用し、メルはわざと設置干渉を引き起こすことで"破滅への導き"を無効化したのだ。なおゲームシステムに疎い彼女がこの仕様を知っていたのは、友人から「うちの魔法が不発になるんだけど!」と文句を言われた事に起因する。


「何もかもがデタラメすぎる……クソッ、一体何だと言うんだ!」


親指の爪をガリガリと齧りながら、次の手を絞り出そうとする朱髪の貴公子。だがいくら考えても打開策は浮かばなかった。そもそも"破滅への導き"を攻略された時点で完全なる()()である。そしてリーデルとして隠してきた本性が国民達にバレてしまった今、彼の味方をする者は1人もいない。


「反逆者、サンディクス=マルロフを捕らえよ!」


「王殺し、並びに私欲により国を乗っ取ろうとした罪を裁かねばならん! 奴を広場に引き摺りだせ!」


軍が反旗を翻して宮殿へ突入し始めた。しかも身体ごと魂を飲み込まれたはずの生贄達がいつの間にか蘇っており、その数は大隊に及ぶ規模となっている。古代魔法の心得がある者でも、1人で迎え撃つ事は困難だ。


「潮時か……ミコト、不本意ではあるが今回は勝利を譲ってやろう。しかしこれで終わりではない。お前の娘を手に入れたあかつきには、死んだ方がマシに思える絶望を送り届けてやるからな……」


不利を悟るなりサンディクスは広場に背を見せた。宮殿内には王族専用の避難経路が存在するため、それを利用すれば港へ出られる。そこでデケンベルと合流できれば、反撃の手はいくらでもあった。だが脱出を急ぐ最中、巨人の放った言葉が背中を刺す。


「私のお友達が必ずあなたを追い詰めますから、覚悟しておいてください!」


「チッ、調子に乗るなよ害獣……! 例えお前達が異界の英雄だろうと、僕を殺すことは不可能だ。せいぜい、そこで吠えてるがいい!」


捨て台詞を吐き、落ちぶれた公爵は隠された地下道へ至る通路を駆けた。その身に潜むリーデルは独自に編み出した魔法により絶命を免れる事が可能であるため、死に対する恐怖がない。故に危機感が乏しく、宮殿内へ乗り込んできた侵入者達の存在も軽視していた。この油断が後に彼の命運を決定づける事になる。

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