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うちの子転生!  作者: 千国丸
82/107

082.破滅への導き②

――上流区内 マリド王宮――


貴族や豪商の邸宅が立ち並ぶ上流区(アップタウン)の中心地には、広大な敷地を(よう)する王宮が悠然と佇む。その最たる特徴は金細工を施した石柱を何十と並べた外壁だろう。太陽光を浴びて輝くその姿は荘厳の一言に尽き、見る者を圧倒した。また建屋の前方に広がる庭は軍隊を丸ごと収容可能な面積を有するだけでなく、すべてが白い石畳で舗装されており、莫大な労力と資金が投入された事を如実(にょじつ)に物語っている。

この宮殿は5代目国王マリドによって作られたことから、"マリド王宮"という名が与えられた。だが、国民の大部分は単に王宮と呼ぶことが多い。オキデンスでは議会が政務を取り仕切っているため、表に出ることがない国王への関心は低いのかもしれない。それでも白亜の輝きを放つ宮殿は、商業大国の豊かさを国内外に知らしめる象徴として親しまれていた。


「なんだか緊張してきたわ。マルロフ公のお顔が見られるかしら?」


「勿論だとも。今日の式典はあの御方が取り仕切っておられるのだからね」


王宮広場の外周部は大勢の人々で埋め尽くされている。興奮気味に言葉を交わす彼らは、今日行われる建国式典の様子を一目見ようと訪れた人間族の市民だ。建国500年の節目である今回は多くの来賓を招いただけならず、国軍による盛大なパレードが予定されているため、民衆の関心は非常に高かった。


――ドンッ! ドンッ! ドンッ!――


式典開始の合図である祝砲が空に響く。広場中央に並べられた大砲が放ったものだ。複数台用意されたそれらは軍が保有する正式な兵器ではあるものの、全てに儀礼用の赤い塗装が施されており、見た目は華やかである。整列した騎馬砲兵は粛々と青空に空砲を撃ち続けた。

漂う火薬の香りと共に祝祭へ向けたムードが高まっていく。そんな中、宮殿の3階部分から張り出した大きなバルコニーに人影が現れた。オキデンス国王とサンディクス=マルロフ公爵を筆頭とする名門貴族達である。主役陣の登場に一際大きな歓声があがる。


「王よ、どうぞ前へ。民が待っております」


「うむ……そうだな」


サンディクスに促され、顎にまで贅肉がついた太った男は前へ歩み出た。彼はオキデンスの現国王、スードル三世だ。王の証である金の冠を頭に載せ、金糸とシルクで作られた伝統衣装を身に纏っているが、その容姿から威厳は殆ど感じられない。隣で朱髪を靡かせる貴公子の方がよほど目を惹くだろう。


「はぁ……はぁ……」


自立歩行が困難なほどに醜く肥大化した足を引き摺りながら、スードルは中央に置かれた肘掛け椅子へと辿り着いた。よほど運動不足らしく、これ以上は自重を支えられないとばかりに座板へ腰を落とす。


「ふぅ、ふぅ……余はもう疲れたぞ……」


「何を仰るのですか、華々しき建国500年を祝う式典はこれから始まるのですよ。それでは来賓の方々にもご入場願いましょう」


純白の礼服に身を包んだサンディクスが右手を挙げて合図すると、建屋から続々と国賓として呼ばれた者達が出てきた。その後には市民議員達も続き、定められた席へ着く。


「これで全員ですな。準備は整いましたぞ、マルロフ公」


「報告ありがとう、マイウス卿。1人欠けてしまったのが実に残念だ」


「ええ、その通りで……」


晴れ渡った空の下、全ての参加者が会場に出揃った。しかしそこにオクトーベル伯爵の姿はない。王を囲むのはサンディクスの他、マイウス伯爵とユリウス伯爵、そしてデケンベル伯爵だけだ。


「それでは式典の幕を上げましょう。式辞をご準備願います」


「待つのだ、マルロフ公……此度の式典、本当に大丈夫なのか? 亜人解放団(レジスタンス)なる輩が余の命を狙っていると聞いたぞ。今からでも中止すべきだと思うが……」


「何を仰るのですか? 亜人如きを恐れて国家の行事を取りやめるなど、愚の骨頂です。他国の使者に嗤われるどころか、奴隷達を増長させかねませんよ」


「それはそうだが……」


「王がご心配になれる事など何も無いのです。数百人程度と目される逆賊に対して、広場に待機させた兵は2万以上……結果など既に出ているも同然ではないですか。懸念すべきは神聖なる広場が亜人の血で穢されてしまう事かと」


自信に満ちた表情でニヤリと笑うサンディクス。彼の指示により、自由に動かせる国軍のほぼ全数が広場に集結していた。しかも全員が列強国に負けない武装を有する正規兵である。また宮殿内には古代兵器を改修した大口径魔導砲も配備済みだ。諜報部の調べにおいて数百人程度と想定される反逆者達を潰すことなど造作もない。


「ぬぅ……マルロフ公がそこまで言うのであれば、信じるとしよう」


スードルが式辞を述べるために腰を上げようとした瞬間、バルコニーに置かれていた通信用魔道具から、緊急事態を知らせるブザーが激しく鳴り響いた。すぐさま近くに居た警備兵が受話器を手に取り、状況を確認する。


「……何ッ!? 亜人解放団(レジスタンス)共が正面に現れただと!?」


慌てた兵士が大声を出したので、亜人解放団の存在は全員に知れ渡った。開式を目前に控えた状況での襲撃ともなれば、少なからず参加者の動揺を呼ぶ。


「本当に奴隷共が一斉蜂起するとはな……狙いは王の首か?」


「馬鹿な亜人でもこの数の軍隊に勝てるとは思っていないでしょう。恐らく我らへの当て付けかと。来賓の前で恥を晒させようという魂胆ですよ」


「奴らの目的など、どうだっていい! 急いで道を封鎖するのだ! これだけの民衆が集まっている場所で暴動が起こってみろ、会場は大混乱に陥るぞ!」


人間族の老議員は焦った様子で立ち上がると、広場前の道を封鎖するように提言した。しかし兵士は険しい顔付きで首を左右に振る。マリド王宮から敷かれた大通りは下流区(ダウンタウン)を経由して貧民区(スラム)方面へ至る大きな幹線道だ。式典パレードもこのルートを使用するため、封鎖するわけにはいかなかったのである。しかも式典直前に出された貴族の指示によって警備を担う憲兵の数が減らされており、亜人達を足止めすることも難しい。


「ここに居ても大丈夫なのか……?」


「やはり亜人を奴隷とする制度には問題があるのでは……」


対応に追われた軍人達が慌ただしく走り回る様子を見て、来賓の顔にも不安の色が現れ始めた。しかし貴族達は動じること無く次の一手を下す。


「皆様、ご安心を。式典の開始は少々遅れる事になりますが、そのお詫びとしましてオキデンス軍が誇る最新兵器の数々をご覧いただきたいと思います。マイウス卿、軍の指揮は君に任せよう」


「承知しました。それでは只今の時間より、この場所を軍の指揮所とさせていただきます。王よ、ご無礼をお許し下さい」


指揮権を託されたマイウスは満を持してバルコニーの中央へと移動した。同時に彼の配下である若い軍人達が机や地形図、通信装置などを運び込んで臨時指揮所を構築する。あまりにその手際が良かったので、国王は呆然と眺めるしか無かった。


「馬鹿正直に正面から来るなど、無策にも程がありますな。我が軍の力を以って、虫けらのように叩き潰してやりましょうぞ!」


数々の武勲を示す勲章を身に着けた眼帯の老将は、貴族ながらも歴戦の軍人としての風格を漂わせる。その頼もしい姿に、国王を含めた多くの者が安堵したのであった。しかしながら、ここまでは()()が仕組んだシナリオに過ぎない。警備が手薄だったのも貴族が裏で手を回した結果だ。つまり亜人解放団はまんまと式典へと誘い込まれた形になる。


(実に良い役者ぶりだよ、マイウス卿)


サンディクスは微かな笑みを浮かべた。亜人奴隷による式典襲撃は彼に2つのメリットをもたらす。1つ目は最新鋭兵器のデモンストレーションを通して、他国の購買意欲を煽る事が出来るという点だ。軍事品の輸出が増えれば膨大な帝国遠征の出費を賄う事も可能になる。

そして2つ目の利点――それは"破滅への導き"を眼前で発動させることで来賓達に恐怖を植え付け、近隣諸国を牽制することにあった。帝国遠征時には本国の防衛が手薄になるため、国力の差を見せつけておく必要がある。


(やはり亜人共はミコトを担ぎ上げてきたようだね。少々惜しいが、こうなってしまった以上は仕方ない。せめて華々しく散らせてやろうじゃないか)


亜人集団を率いる白狐の獣人がミコトであることを、サンディクスは早々に察知していた。古代人の魂を宿す彼は異界の勇者と血を交えた旧獣人王国の一族を価値ある存在だと認識しており、敢えて生かしておいたのである。しかし全面対決となった今、ミコトだけを見逃すことはできない。亜人解放団の所属員諸共、息の根を止めるつもりであった。


「王宮より全軍に通達する! 今よりこのマイウスが指揮を執る。暴徒と化した愚かなる犯罪者共から、民を守るのだ!」


眼帯で隠されていない方の瞳をギラリと光らせながら、マイウスは通信装置から部隊へ指示を飛ばした。その言葉に従い、広場の軍隊が一斉に動き始める。現地部隊を預かる各士官達は広場前方に見える敵勢を睨みつけ、勇ましい怒声を響かせた。


「火砲隊は隊列を組め! 奴らにこの広場を一歩たりとも踏ませるな!」


部隊長の指示に従い、銃を持った兵士達が翼包囲(よくほうい)の陣を組む。突撃してきた敵勢力に対して集中攻撃で迎え撃つこの形は防衛に適しており、兵力差を最大限に活かす事が可能だ。わずか数百人規模の相手に対して銃撃隊はその10倍を優に超えているため、順当にいけば彼らの圧勝で終わるだろう。


「へへっ、退屈な式典にならなくて良かったぜ」


「そうだな。奴らを撃退すればきっと特別褒章がでるぞ」


銃を水平に構えた歩兵団は、余裕の笑みを浮かべながら相手が有効射程範囲内に入るのを待った。ディア・メトロスにおいて亜人が強制的に着用させられる首輪――身体能力を低下させる呪具が効果を発揮している限り、自分達の絶対的な優位は変わらないと信じていたのである。


「射程まで3、2、1……よし、撃ち方初めッ!」


一斉射撃の合図によって無数の銃弾が放たれた。オキデンスで開発された最新鋭の魔導式突撃銃には魔力で銃弾の射出機構を強化する機能があり、使い手の練度によらずフルオート射撃が可能だ。従来品と桁違いの性能は過剰とも言える大火力を生み出す。


「奴隷如きが人間様に歯向かうな! 蜂の巣にしてやるぜ!」


「こりゃ会場に辿り着くまでに肉塊になっちまうなァ!」


暫くの間、激しい射撃音が会場に響き渡った。近隣国の主要軍すら制圧できそうな量の銃弾が飛んでいく光景を目の当たりにして、王宮の国賓達は息を呑む。


「撃ち方止めッ!」


隊長の一声により攻撃は止められたものの、強すぎる衝撃によって亜人解放団が進んでいたであろう一帯は濃い土煙が覆い隠していた。そのせいで煙の奥がどれほど悲惨な状態になっているのかすら予想がつかない。兵士達は銃を降ろし、勝ち誇ったように仲間と勝利を祝う。しかし彼らは知らなかったのだ。亜人解放団には魔王すら殴り倒した怪力少女が紛れ込んでいたことを。


「お、おい! あれ見てみろ!」


「なんだよ、ありゃあ……!?」


風に吹かれて煙が舞い上がった直後、巨大な()が姿を現す。それが道を舗装していた石畳を含む土塊であることに気付くまで、軍人達はしばしの時間を要した。


「まさか地面をひっくり返したのかよ……!?」


「馬鹿を言うな、そんな事あるわけねぇ! さっきまで何も無かったんだぞ!」


「あれだけ撃ったのに、1人も倒れてないとか嘘だろ……」


分厚い大地の盾によって護られた亜人達は無傷で済んでいる。常識で推し量れない状況に陥ったことで火砲隊の動きが鈍った。その隙を逃すことなく、1人の少女が土塊に向けて拳を連続で打ち込み始める。その行為の意味を理解出来たのは、彼女の実力を知るミコトとカムイだけだろう。


「お、おい……あの瓦礫の山、こっちに向かって来てないか?」


「嘘だろッ!? なんであんなもんが動くんだよ!」


「まさかアレをここにぶつけるつもりだとか、言わないよな……?」


聳え立った壁が広場へ向かって動き出しのに気付き、恐怖に顔を歪ませる兵士達。間を置かずに彼らの悪い予感は的中してしまう。猫耳を携えた少女がトドメと言わんばかりの強烈な蹴りを放った刹那、大気を揺らす衝撃と共に壁が地上を滑り出したのだ。


――ゴォォォォォッ!――


山津波のような轟音が火砲隊へと迫る。兵士達は恐怖に突き動かされて銃を乱射したが、荒れ狂う大地の波は小さな銃弾など意にも介さない。膨大な量の土砂は広場入口に向かって勢いよく流れ込んだ。


「退避! 退避っー!!」


「ま、間に合わねぇ! 助けてくれぇぇ!」


「あいつら、どんな化け物を連れてきやがったんだッ!?」


展開していた銃撃部隊は土塊の直撃を受け、阿鼻叫喚の様相を呈した。逃げ惑う兵士のせいで後方で備えていた別隊にも影響が生じ、軍の陣形は呆気なく瓦解する。その混乱に乗じて亜人達はミコトを連れて式典会場への突入を果たした。予想外の展開に軍関係者はもちろんの事、民衆にもざわめきが広がる。


「どうして亜人がここに!? 奴隷はここに入れない決まりでしょ?」


「軍が押し負けてるように見えるが……式典の演出か?」


「ハハッ、今年の式典は派手でいいじゃないか! さすがマルロフ公だ!」


しかしながら安全圏から眺めているだけの国民達に危機感はない。奴隷制による労働力によって豊かな生活を享受してきた彼らの多くは、完全に平和ボケしていた。貴族達が何とかしてくれるだろうと(たか)(くく)り、軍の対応を眺めるだけだ。


「陣形を立て直せ! これ以上の後退は許されんぞ!」


「騎兵隊と魔術師隊が連携を開始! 押し返します!」


「今から炎獄の陣で奴らを制圧する! 味方の攻撃に当たるなよ!」


入り交じる兵士達の声と共に中央の主力部隊が前線へ駆けつけた。高位魔術師達による広範囲の火炎攻撃で敵の足を止め、機動力に優れる騎兵隊で一気に戦力を削ぐ――オキデンス軍が得意とするこの戦法は、マイウスの采配によるものである。


炎弾の多段連射術(ガトリング・ブレイズ)を展開ッ!」


魔石を埋め込んだ高級ローブを身に付けた魔術師達は、5人前後のグループに分かれて魔力を錬成し始めた。魔法の天才と呼ばれるような存在でもない限り、高位の魔法を1人で制御することは極めて難しい。そのため戦術級の範囲魔法を扱う場合は集団による複合詠唱を行う必要がある。手間が掛かる分、威力は折り紙付きだ。


――ドドドドドドッ!――


空に描かれた真紅の魔法陣から高熱の炎弾が次々に発射され、亜人達の頭上に降り注ぐ。炎熱系の魔法は金属の鎧すら溶かして貫通するため、当たりどころが悪ければ即戦闘不能に陥る可能性があった。それを何の対策もせずに受ければ、掠っただけで致命傷になりかねない。


「我らが壁となってミコト様を守るぞ!」


「こちらには異界の勇者様が付いておられる! 怯むなッ!」


だが亜人達は臆することなく炎の雨に立ち向かう。その身に薄っすらと光輝くオーラを纏って並び立ち、ミコトを魔法攻撃から守り抜いた。何らかの加護によって生み出された魔法障壁が、炎弾の被害を大幅に軽減したのだ。


「ど、どうして魔法が効かないんだ……!?」


「あいつらただの亜人じゃねぇ! 何かおかしいぞ!」


「おい、そこ下がるな! 前に出ろ!!」


想定外の事態が続いたことで、オキデンス軍は完全に浮足立ってしまう。前衛を担う騎兵隊が屈強な獣人族に怯んで隊列を崩した途端、戦力バランスは大きく傾いた。蜘蛛の子を散らすよう撤退し始めた兵士達に対し、亜人解放団は信じられないほどの快進撃で広場中央へ食い込む。軍隊全体に漂っていた余裕ムードはとっくの昔に消えており、もはや新兵器の披露どころでは無い。


「奴らの首輪を締めてやれ! それでケリがつくだろ!」


「そんなもの、さっきから試してる! でも何も起こらないんだよ! あの首輪、壊れてるんじゃないのか!?」


兵士が何度"首輪の懲罰"を発動させても亜人達に変化は見られなかった。しかも彼らの多くは首輪を付けているにも拘わらず、常識で推し量れない程の身体能力を発揮している。その異様な動きを見て、前線を指揮していた老将校は通信装置で王宮に連絡を取った。


「マイウス卿、ご連絡したいことが……」


「貴様ッ……無駄口を叩く暇があるのならば戦闘に集中しろ! 主力隊を投入しておきながら、何故あの数を制圧できないのだ!?」


「お怒りは重々承知しております。ですが連中は明らかに異常なのです……! 首輪の懲罰が発動しないどころか、能力も制限されてなどいません。恐らくあれは偽物で、代わりに何らかの強化魔法が仕込まれているのではないかと。このままでは総崩れになります。直ちに魔光砲の投入を!」


「あのような有象無象に我軍の切り札を出せというのか、この恥知らずがッ!」


戦況をバルコニーから見下ろしていたマイウスは、憤った様子で通信装置を殴り付けた。他国の来賓が見ている中で恥をかかされたせいか、今にも飛び出しそうな青筋が額に浮かび上がっている。


「何故だ……何故このような事に……!!」


眼帯の指揮官は大規模な乱戦に発展した会場を見下ろし、歯を強く食い縛った。最初の一斉射撃で大勢を決した後、生き残った者を広場中央へ連行し、"破滅への導き"による見せしめの処刑を執り行う――それが元々の計画である。だがこうなってはサンディクスの要望に応えることは難しい。せめて自らの手で戦を終わらせようと、彼は部下から申し出があった古代兵器の導入を決心した。


「……申し訳ありません、マルロフ公。魔光砲の使用をお許しください」


「随分と焦っているようだ。君らしくないな、マイウス卿」


「奴らを侮りすぎたようです。これ以上の損害が出る前に仕留めるべきだと判断しました」


「確かに彼らは驚嘆に値する力を発揮している。でもそれらは全て、ミコトの隣にいる獣人の子供が原因さ。あれを破滅への導き(ダムネイション)で先に潰せば良い……と言っても、君達の目じゃ見えないか」


サンディクスが腕に付けていた宝珠型魔道具を操作すると、バルコニーの正面に巨大な映像が投影された。背景の青空がうっすらと透けているためやや見辛いが、亜人解放団とオキデンス軍による戦闘の様子が拡大されており、遠くで行われている戦闘の状況が手に取るように分かる。


「こ、これは一体……?」


空間抽出装置(トリミング・ボックス)を更に進化させた試作機でね、遺跡から発掘された宝珠をいくつも並列稼働させて、離れた場所の光景を手元で見れるようにしたんだ。名前を付けるとすれば……第三の眼(サード・アイ)が妥当かな」


そう言って自慢気に口元を緩ませる稀代の発明家に、他国の高官や王族達は称賛の拍手を贈った。サンディクスは公爵でありながら、多種多様な魔道具を生み出す技師としても名高い。彼が持つ目新しい技術を見逃さまいと、他国の者達は映像に目を凝らした。


「僅かな遅延もなく、実在の光景を映しているのか……?」


「流石オキデンスですな。よもや、これほどの技術を手にしていたとは」


「面白い、是非我が国でも導入したいものだ……!」


この世界では遠隔地の光景をリアルタイムで結像する魔術理論は殆ど発展していない。故にサンディクスが作り出した"第三の眼"は称賛に値する技術だと言える。しかし彼が見せたかったのは装置本体ではなく、あくまでもそこに映る映像の方だ。


「マイウス卿、敵集団に亜人の子供が混ざっているのが見えるだろう? 彼女の周囲にいる者は、皆総じて金色の魔力を纏っている。あれが傷の治りを早くさせ、さらに強大な力まで与えているようだ。推測の域を出ないが、あれは治療と強化を同時に行う極めて高度な術式だろうね」


「仰る通り、あの者の周りには極めて異色の魔力が見えますが……癒やしの術をあれほどの大人数に施せる獣人がいるとは思えませんぞ。そもそも斯様な異端の術式が存在しているとなれば、アイリス聖教も黙ってはおらぬでしょう」


「至極もっともな言い分ではあるけど、有り得ない話ではないさ。なんたって彼女は魔王討滅に関わった帝国大使の1人なのだから」


「まさか……! 大使の一団は討たれていなかったと!?」


「フフッ、全く手間を掛けさせてくれる連中だよ。おかげで備えが無駄にならずに済みそうだ」


メルの生存を知ってもサンディクスは動じない。あらゆる可能性を考慮し万全を期した彼にしてみれば、ミコトと大使が同時に姿を現すことなど想定の範囲内だ。その対策方法も事前に構築済みである。


(さぁ破滅への導き(ダムネイション)の被検体になってもらおうか)


冷徹な策謀家は笑みを浮かべ、再び腕の宝珠を操作し始めるのであった。




――その頃 式典広場中央――




自分達を遥かに上回る軍勢に堂々と立ち向かう亜人解放団。彼らはミコトが落ち着いて真実を語るためのスペースを確保するべく、全力を尽くしていた。聴衆からよく見える広場中央を陣取った事で目的達成には近づいたが、代償として全包囲から攻撃される事になる。いつまで耐え続けることができるかは未知数だ。


「ワシの目が黒い内は決してミコト様に近づけはさせぬぞ! 命が惜しくない者から掛かってくるがよい!」


3人の兵士をまとめて斬り捨てた老練の剣士が荒々しく吠えた。その気迫に押されて、周囲の敵勢が怯む。まさに国士無双の体現者だ。


「ふむ……これならいけそうじゃ。身体が軽い上に、腹の底から力が漲ってくるわい。まさかメルの奴、こんな事まで出来るとはの」


カムイはミコトの隣で歌唱する桃髪の少女を一瞥した。彼女を中心とした周囲一帯には、黄金色に染まった眩い波動が広がっている。数で圧倒的に劣る亜人解放団が優勢だったのは、その不可思議な魔法の恩恵によるものだ。暖かな魔力に触れるだけで、亜人達は身体能力の大幅強化と継続回復の効果を得る事ができたのである。


「ラ~ララ~♪ ラ~♪」


周りの喧騒も気にせず、メルは可愛らしい歌声を奏で続けた。NeCOにおける唯一のヒーラー職、カーディナルは回復と支援魔法のスペシャリストであり、他キャラクターの能力を強化する魔法にも長けている。その中でも最高位のバフスキルである神々の福音(ゴスペル)は、術者本人が歌うことで効果が発動する仕様だった。

スキル発動中は他の一切のスキルが使えない上に移動不可の制約が生じるものの、得られるリターンは絶大だ。味方の全ステータスを大幅にアップし、さらにはダメージ軽減効果と持続的な回復状態も付与する――その至れり尽くせりの効果は多数のプレイヤーでボスへ挑むレイド戦などで特に重宝された。

歌うモーションが可愛いからという理由でメルも取得していたものの、そういった場面では支援に特化したカーディナルが優先されるため、殴りヒーラーのゴスペルは邪険にされてしまう事が多い。それに彼女は自ら前に出て戦うタイプであり、これまで使用する機会は全くなかった。それが亜人解放団と共闘する状況になって、ようやく日の目を見たのだ。


「ミコト様、敵の攻勢が鈍ってきました。今が好機かと!」


「ええ、そのようですね……皆様の力添えを無駄にすることがないよう、全身全霊を以ってこの務めを果たしましょう」


エリックに促されてミコトは広場の中心に立った。荒々しい戦場においてもなお神秘的な雰囲気を纏う美女に、観衆の視線が集まる。大きく深呼吸すると、彼女は出せる限りの声量で語り始めた。


「私は旧獣人王国の末裔、ミコトと申します。勝手ながら式典の場をお借りして、この国に生きる方々全てにお伝えしたい真実があります」


自らの素性を明かす言葉から始まった演説に、聴衆達は険しい顔を見せる。亜人の国が人間族を生贄に魔族へ差し出したという偽の歴史を信じ込まされていたからだ。それからしばらく続いた話の途中でも心無い罵声を浴びせる者はいたが、ミコトは諦めず種族間の融和に対する想いを伝えようとする。


「悪意ある者によって作られた嘘により、深い分断が生み出される事があってはなりません。あらゆる種族が手を取り合って生きていた時代のように、私達は協力して未来に進むべきなのです。どうか虚言に惑わされず、真実に目を向け――」


『我が国の民を誑かすのはそこまでにして貰おうか。せっかくの式典を台無しにした理由が、そんな下らない妄言を垂れ流すためだったとはね……心底失望したよ』


聞き覚えの声が響いた後、巨大な幻像がミコトの頭上に出現した。魔道具によって巨大スクリーンと化した空は、王宮バルコニーの様子を鮮明に映し出す。


『国民諸君、どうか犯罪者の言葉に騙されないで欲しい。そこに居る彼女はデクシア帝国および亜人解放団を名乗る国賊と共謀し、国家転覆を狙う犯罪者なのだから。我が国の安泰を脅かす愚か者達には裁判を行う価値もない。この誇りある御旗の元に、彼女達をこの場で断罪しようじゃないか!』


宮殿の頂上に掲げられていた国旗――公平と均衡を司る天秤を(かたど)った旗幟(きし)を指し示すと、サンディクスは高らかに処刑を宣言した。民衆達もそれに同調し、会場中に「処刑しろ」の大合唱が渦巻く。


「むぅ、やはり言の葉だけでは解決せぬか……! あの男が何を仕掛けるつもりなのか分からんが、何としてでもミコト様をお守りせねばなるまい」


カムイは急いでミコトの近くへと戻った。軍人達が不自然に距離を取り始めたため応戦する必要は無くなったが、逆にそれが不気味に感じられる。今後に備え、他の亜人も身を寄せて護りを固めた。


『フッ、どうやら賛成多数のようだ。ではデケンベル卿、愚か者達に死の宣告を下してやってくれ』


『ええ、わかりました。それでは国賓の方々並びに国民の皆様、我らが復元せし古の禁術をどうぞご照覧ください』


幻像中のデケンベルは右眼の片眼鏡を鋭く光らせ、手にした宝杖を高く掲げる。先端に嵌め込まれた紫の水晶球が不気味な明滅を宿した途端、膨大な魔力の流れが突風となって会場全体を揺らした。空中映像にも激しい乱れが生じたものの、デケンベルは構わず魔法の詠唱を続ける。


『魂を贄として顕現せし冥府の深淵よ、愚者に死という名の終焉をもたらせ! 破滅への導き(ダムネイション)!』


最後の一節を終え、ついに"破滅への導き"を発動するための術式が構築された。だが杖は沈黙したまま、魔法が発動する様子はない。デケンベルは戸惑いつつ杖を再度掲げたが、結果は同じである。


『何故だ……何故魔法が発動しない!? 魂を喰らう黒沼が奴隷共を飲み込むはずだというのに……!』


「そんな魔法、いくら唱えても無駄です! 隷属の刻印は私が消しましたから!」


いつの間にかミコトの隣で立っていたメルがデケンベルの疑問に答えた。ゴスペルを維持する必要が無くなったので、彼女は映像がよく見える位置へやってきたのである。


「今度はこちらの番ですよ! ミコトさんのお話が妄言なんかじゃないって事を、これから証明します! チュンコさん、お願いしますね!」


上空に向かってメルが叫んだ瞬間、会場の周囲を竜巻が包み込んだ。その風速はデケンベルが"破滅への導き"を発動させる時に生じた突風の比ではない。この世の終わりを連想させる激しい嵐によって国軍の兵士はすっかり戦意を喪失し、地面に平伏すことしかできなかった。


「ようやく出番チュンね!」


メルに名を呼ばれた暴風の主は華麗に広場へと降り立つ。鳥とは到底思えない巨躯を目の当たりにして、民衆だけならず軍人達も驚嘆の表情を浮かべた。


「チュンコさん、これを会場の人達に配って貰えませんか?」


「お安い御用チュン!」


メルがポーチから取り出した紙束の山を見て、神獣は快く頷いた。羽ばたきで大量の紙を浮かし、風を操って会場全体へ飛ばしていく。桜吹雪が舞い散るような幻想的な光景がしばらく続いた後、少女達が作製した紙は会場にいたほぼ全ての者へ行き渡った。


「なんだこれは……絵か?」


「文字もあるみたいだけど、初めて見るわねこういうの」


市民達は配られた紙切れを手に取り、目を通し始める。その内容自体はミコトが語った真の歴史と同じものであったが、表現の方法が大きく異なっていた。コマ割りのある絵に文字を書き込んだ新たなスタイル――それはこの世界で初めて生み出された"漫画"だったのである。字を読めない者でも絵を追うことで大体のストーリーを把握できるため、教育の機会を奪われていた奴隷達でも理解する事が可能だ。


「世界の始まりから生きてきたオイラが昔の事を話してやるでチュン!」


大きく翼を広げて語りかけるチュンコに緊張した面持ちを向ける国民達。神獣を御伽話の存在だと思っていた者であっても、上位存在と思しき巨鳥の言葉には耳を傾けずにいられなかった。


「魔族に世界が脅かされていた頃、ヒト達は種族の分け隔てなく協力しあって生きてたでチュン。オイラはずっとヒトの暮らしを見てきたから、良く知ってるチュン。でも、この国が出来てからは急におかしくなり始めたチュンよ! お前達はどうして亜人にだけ冷たいチュン?」


チュンコはオキデンス建国と同時に定められた奴隷制度ついて疑問を投げかける。多くの者はその問いに対して、「法として定められた事だから」としか答えられないだろう。何故なら平均的な人間族の寿命は100年に満たず、どのような経緯で奴隷制が生まれたのかを知る者は残っていないからだ。自分の目で見ていない事をどこまで信じるべきなのか――そんな考えを心の内に芽生えさせた一部の民衆が、隣の者と意見を交わし始める。


「どうして、って……亜人が全面的に悪いからじゃないの、ねぇ? 奴隷扱いされても仕方ないくらい酷いことをしてきたのよ!」


「いやでも、俺達がそれを直接見たわけじゃないだろ。それに亜人達が人間族を虐げていたって話は、この国の歴史書でしか書かれてないんだよ。東大陸の国じゃ種族差別なんて無いって聞くしさ」


「もしこの紙に書いてある歴史が真実ならば、我々は大変な過ちを犯しているのではないだろうか。亜人だからという理由だけで、彼らから多くを奪いすぎた……」


時間が経つにつれて国民達の疑念は膨らみ続けた。雑談程度でしかなかった会話が白熱し、歴史の妥当性を見直すべきだという議論にまで発展する。ミコトの説得だけで長年に渡る洗脳を解くことは難しかったが、視覚的に理解しやすい歴史漫画、さらには原初の獣による証言が追加された事により、流れは確実に変わろうとしていた。一方、この状況に強い危機感を覚えたのは貴族達だ。デケンベルとマイウスは幻像越しに怒号を飛ばす。


『このような馬鹿げた紙切れに騙されてはいけません! 亜人が悪であるという歴史は事実なのです! 現にこうして奴らは式典を妨害しているではないですか!』


『その巨大な鳥は民を誑かす魔族の類に違いない! 今すぐ軍の総力を結集して討ち取ってやろうぞ! 私が魔光砲の使用を許可する! 全隊、砲塔を正体不明の獣に向けよ!』


マイウスの独断により、虎の子であった移動式砲台が次々と運び出された。その正体は古代ドワーフ族の長距離砲を改修した大量殺戮兵器である。元々は西大陸に5台しかないとされる希少な遺物であったが、オキデンス軍は大金を注ぎ込んで全て確保していた。直径3メートル近い巨大な砲塔に高純度の魔石レンズを組み込んだ外観は圧巻の一言である。


「むっ、オイラとやるつもりでチュンか? 身の程知らずでチュンね! でもオイラが本気を出すと、この近辺もただじゃ済まないかもしれないチュン……」


「ここは私に任せてくださいな。あの人達の好きにはさせませんから!」


ここが正念場だと直感したメルはポーチから赤い果実を取り出した。その効果は時限付きの巨大化――シンプルではあるが、自らの肉体を武器にする彼女にとってこれ以上無い強化アイテムである。なお身体だけでなく身に付けた装備を含めて効果が適用されるため、大勢の前で全裸を晒してしまう恐れはない。


「それでは行きますよ!」


宮殿前に集結した軍隊に向けて力強く踏み出すメル。変身に適した空白地帯を見つけた彼女は、そこに飛び込むなり超デカデカの実を齧った。それまで子供にしか見えなかった小さな身体は、瞬く間に10倍以上の大きさへと変貌する。


『な、何が起こった!? これは夢か、それとも幻なのか……?』


突如現れた身長10メートル超えの幼女を前にして、マイウス達は我が目を疑う事しかできなかった。暴風を引き起こした神獣よりもさらに大きいのだから、当然の反応だろう。国王に至っては椅子から転がり落ちそうになっており、幻像を介して国民に醜態を晒している。


『マ、マルロフ公! あれはどういうことだ!? あのような巨人が襲ってくるなどとは聞かされてはおらんぞ! 今すぐ余を安全な場所へ案内せぬかッ!!』


『チッ……少し黙ってろ。脇役如きが僕に指図するんじゃない』


騒ぎ立てるスードル三世を睨みつけ、辛辣な台詞を吐き捨てるサンディクス。計画を(ことごと)く邪魔された苛立ちにより、彼の仮面に綻びが生じようとしていた。

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