081.破滅への導き①
――シニストラ自治区 西部森林――
発達した脚の筋肉を躍動させ、有翼の一角獣は力強く地面を蹴る。創造生物として生み出されたその肉体は鍛えられた軍馬を凌ぎ、凄まじい馬力で2台の馬車を牽引した。おかげでレモティー達に加えてミコト親子、カムイとツバキの師弟ペアが乗り込んでも速度は落ちない。
「人数が増えたからディア・メトロスに着くのはギリギリになるかなって心配してたんだけど、この調子なら予定より早めに到着できそうだ。ベール様々だよ!」
「レモティーちゃんが作ったお野菜を食べ始めてから、ベールちゃんはどんどん逞しくなってますからね! もしかしたらいずれお空も飛べるかもしれません!」
桃色の頭を荷台から覗かせたメルが微笑む。その言葉通り、レモティーがハーヴェストのスキルで栽培した野菜を与えたことでベールのコンディションは目に見えて良くなった。紫の毛並みは輝くようなツヤがあり、黒曜の如き蹄も硬度が増したおかげで傷1つ付かない。今の体躯ならバステト商会で売られていた金額の3倍以上を払ってでも手に入れたいという者が殺到するだろう。
「確かに購入した時より少し大きくなった気はするけど、餌だけでそれほど変わるものかな……? 期間もそんなに無かった気がするし……」
「何を言ってるんですか、愛情と栄養たっぷりのご飯を貰えれば成長だってしますよ! 私だってそうです!」
そう言ってメルは膨らみかけの胸に手を当てた。彼女は前に比べてバストが大きくなったと主張しているのだ。だが見た目に分かるほどの違いは見られない。小学生にしか見えないツルペタ体型を一瞥して、レモティーはどちらとも付かない苦笑いを浮かべる。
「ああ、そういえばユキちゃん達の様子はどうかな? ここからだと後ろの荷台がどうな状況なのか分からなくてさ」
「レモティーちゃんが作った2つ目の馬車は問題なく走ってますし、出発してからずっと笑顔が絶えません。ミコトさんやカムイさん達とのお出掛けを心から楽しんでる様子が良く分かります♪」
「あはは、それは良かった。ユキちゃんをお母さんに会わせるって約束は果たせたし、後は騙されてきた国民を目覚めさせるだけだ。2人が幸せに生きていける国にしてあげたいからね!」
「はいっ! みなさんが笑って暮らせるように私も頑張りますよ!」
メルとレモティーは朗らかな笑みを交わした。建国式典で国民に向けて真の歴史を語るミコトを手伝う――それがオキデンスにおける彼女達のラストミッションである。
当初の計画ではデクシア帝国の大使としての立場を活用し、ミコトが王へ奴隷解放を働きかけるのを手伝う事になっていた。だがサンディクスに狙われた以上、式典に国賓席が用意される可能性は極めて少ない。そこで国王へ直訴するのではなく、式典に集まった聴衆に奴隷制度が不当であることを訴える作戦に切り替えたのだ。当日は一般市民だけならず、豪商や軍人といった幅広い層が集まる。人口の大多数を構築する彼らの意識が変われば、王や貴族でも抑え込むことはできず、制度の見直しを迫られることだろう。
しかしながら、この案には大きな問題もあった。国を牛耳る公爵から敵対者として認定された少女達は、今や招かれざる客であり、お尋ね者も同然だ。式典に参加しようと会場を訪れた瞬間、武装した軍隊に取り囲まれかねない。
「そういえば王宮広場に入る方法を考えないといけないや。正面突破が一番手っ取り早いけど、騒動を大きくすると式典自体が中止になりそうだし、強行突入は止めたほうが無難かもしれないなぁ。チュンコを呼ぶタイミングもよく考えないとね。街に着くまでにやるべき事は山積みだ……!」
難しい顔をしつつ、レモティーは3日間の予定に思案を巡らせた。チュンコと対話した際に大雑把な計画は決まっていたが、細かい部分の調整は出来てなかったのだ。そのため貴重な時間を移動だけで終わらせることなく、式典に向けた準備期間にしなければならない。
「ココノアちゃんやリセちゃんにも一緒に考えてもらいましょう! アイデアを出し合えばきっといい感じの案が出るに違いありません!」
「うん、そうするつもりだよ。昔のボクだったら自分だけで抱え込んで精神的に参っちゃってたかもしれないけど……今はどうやって難題をクリアしようかって、不思議とワクワクしてるくらいさ!」
多忙な日々を楽しめている自分に内心驚きつつ、レモティーは手綱を握り締めた。異世界での冒険や出会いを通して、彼女達もまた成長し続ける。この旅を終えた時、若き英雄はさらに頼もしくなっている事だろう。
――建国式典当日の朝 貧民街内――
シニストラ自治区から再びディア・メトロスに戻ってきたレモティー達は、まず亜人解放団の拠点を目指した。午後から始まる式典までに残された時間は多くない。憲兵の監視が薄い貧民街の旧道を馬車で一気に駆け抜け、目印である古びた商館へと乗り付ける。
「お前達、無事だったのか……!? 不穏な噂を耳にしたから心配していたんだぞ。とにかく中に入れ、馬車はオレが裏手から中に運んでおいてやる」
「リュカさん、久しぶりだね! 悪いけど馬車は任せたよ!」
一行を最初に出迎えたのは屈強な狼の戦士、リュカだ。彼は亜人解放団の拠点へと繋がる鉄扉を1人で守っていた。再会の挨拶を手短に済ませた少女達は、足早に地下へと降りていく。薄暗い通路は相変わらずの風化具合だったが、襲撃を受けたような痕跡は見られない。
「何事も無かったみたいで良かった。これならあの子を置いて行かなくてもよかったかもね」
レモティーが視線を向けた先には手足の生えた人型キノコが座っていた。見た目は奇怪だが、ツバの部分につぶらな黒い瞳がついており、ヌイグルミのような愛らしさを感じさせる。この不思議な生物は亜人解放団の拠点を守るためにレモティーが魔法植物生成のスキルで配置した植物ペットだ。呼び出し可能なマンドラ野菜シリーズのうち、唯一太陽光が得られない状況下でも活動が可能なシイタケ型は地下拠点の守衛に適任だったのである。
「お疲れ様、これで役目は終わりだ。ありがとう、もう帰っていいよ」
「キュッ、キュッ!」
マンドラキノコは手を振りながら鳴き声らしき音で返事すると、その場で土に還ってしまった。役目を終えたことで自ら消え去った儚い魔法生物――その一部始終を後ろから見ていたメルは、悲しげな顔で呟く。
「少し可哀想な気もしますね……」
「うん……NeCOでは気にせず使い捨てにしてたけど、実際に消えていく様子を目の当たりにするとボクも心が痛むんだ。でも出せる数に上限があるから、ずっと召喚しておくわけにはいかない。式典本番で呼び出す可能性もあるしさ」
「それはそうなんですけども、やっぱりこういうお別れになっちゃうのは残念です。せめて、美味しく食べてあげることができれば……!」
「そうだね……美味しく食べて……んっ!?」
突拍子もないメルの意見にレモティーは思わず振り返った。だが大真面目な表情を浮かべる猫耳娘を見て、それが冗談の類ではないことを悟る。どうコメントしたものかと彼女が頭を捻っていると、ココノアからクレームが入った。
「ほらほら、立ち止まってないで進みなさいよ。時間的な余裕は少ないんだから」
「そ、そうだね……それじゃ、声を掛けてみようかな。エリックさん、レモティーだよ! 入ってもいいかい?」
レモティーは目の前にあった扉を数回に分けてノックした。前にここを訪れた時に教えて貰った入室用の合図である。しばらくしてガチャリと鍵の外れる音が響いた。
「お待ちしておりました。ご無事でなによりです。どうぞ、お入りください」
「ミコトさんも一緒だから、椅子は多めに用意してもらえると助かるかな」
「勿論ですよ。ただ今は私だけですので、持て成しには期待しないでくださいね」
中に入った少女達を出迎えたのは、亜人解放団のリーダーであるエリック=イーレ本人であった。他の亜人達は姿が見えず、室内は閑散としている。
「あれ、エリックさんだけしかいないのかい?」
「ええ……他の者には別の案件で動いて貰っています。さて、長距離の移動でお疲れだと思いますので、まずは温かい飲み物でもお召し上がりください」
椅子に座った一同にティーカップを配った後、エリックは視線をミコトに移した。元市民議員同士であったこともあり、両者の表情は柔らかい。
「ミコト様、お変わり無い様子で安心致しました。色々と積もる話もあると思いますが、あまり時間がありませんので単刀直入に申し上げます。ここまでご足労いただいたということは、私達にご協力頂けると思っても良いのでしょうか?」
「はい。しかし状況が変わりました。エリック議員のお話では来賓席からオキデンス王に近づく計画になっていましたが、それはもう不可能なのです。実は大使である彼女達が――」
「貴族議員から刺客が差し向けられた、という話ですね? その件については既に把握しております」
ミコトの言葉を途中で遮ると、エリックは神妙な面持ちで話し始めた。思っていた以上に情報の巡りが早かった事に驚きつつも、少女達は続く言葉に注意を向ける。
「実は、貴族議員であるオクトベール卿から情報提供頂いたのです。その中には、皆様がその刺客によって全滅してしまったという報告も含まれておりました」
「ふぅん……随分と耳聡いのね。でもうちらが死んだって聞かされてた割に、全然驚いてないじゃない。しかも貴族議員ってサンディクスの仲間だし、納得のいく説明をして貰わないと困るんだけど」
ココノアは眉を顰め、机を挟んで向かい側のエリックを睨みつけた。彼の口によって明かされた事実はどれも不可解なものだ。基本的に奴隷制による恩恵を受けている貴族と亜人解放団は相容れない。そして死亡報告のあった人物達が現れても平静を保っていられるのは相当に不自然である。サンディクスの策謀を警戒する少女達の胸中に疑念が渦巻いた。
「その理由は私が話そう」
不意に男性の声が部屋の奥から響く。全員の視線が別室へと繋がる扉へと集まった。古めかしい木製の戸がゆっくりと開き、外套を纏った冒険者風の人物が姿を現す。
「ナナシさんじゃないですか!」
「なんでアンタがここに居るのよ!?」
驚く少女達に微笑を返すと、ナナシはエリックの隣にあった椅子へと腰掛けた。一方、ナナシに関する情報を持たないカムイは、険しい表情で腰の刀へと手を伸ばす。隙の無い所作を見て彼が只者ではないと感じ取ったからだ。
「お主は何者じゃ。貴族共の手先であれば、容赦はせんぞ?」
「カムイ殿、どうか落ち着いてください。ナナシさんはオクトーベル卿を保護して、ここまで連れて来てくださった方なのです。確かに並大抵ではない腕の持ち主ではありますが、そのおかげで私達も色々と助けられました。特に、ココノアさん達が生存している事は彼がいなければ知り得なかったでしょう」
「そうでしたか……ナナシ様、此方の失礼をお許しください。カムイ、ここでの抜刀は許しません」
「むぅ……」
エリックとミコトに諌められたカムイは臨戦態勢を解いたものの、ナナシを睨みつける鋭い眼光は緩ませない。幽閉砦でグリーディと戦った際に見せた激しい闘気を全身から放つ。
「警戒するのも無理はない。私は元々、サンディクスの部下として暗殺業に身をやつしていたのだからな。だが、そこに座っている少女達のおかげで目を覚ますことができた。お前達を害することは一切ないと彼女達に誓おう」
「皆様は私達親子にとって大切な恩人……その方々と縁のある貴方を疑うつもりはありません。ですが、先程の会話で気になることがありました。オクトーベル伯爵が保護されなければならない状況とは、一体どういう事なのでしょうか?」
「今、オクトーベルはサンディクスから命を狙われている状況にある。まずは数日前からの経緯を説明しよう」
それから語られたナナシの言葉によって、貴族議員間に生じた軋轢の詳細が判明した。全ての発端は2日前――帝国遠征に賛同できなかったオクトーベルが、独自の交信術を保有するアイリス聖教を通じてデクシア帝国に連絡を取ろうとしたことに起因する。彼はオキデンスに派遣された大使が命を落としてしまった事を伝え、調査団の派遣を要請しようとしたのだ。この申し出が正式に受諾された場合、オキデンス側の遠征準備が整う前に問題が表面化するため、本格的な武力衝突が起きる前に話し合いの場が設けられる可能性が高い。少なくとも開戦直後から大勢の命が失われることはないだろう。またこの騒動によりサンディクスと取巻きを失脚に追い込むことができれば、帝国遠征案を廃止させることも可能だ。
しかしオクトーベルが思っているほど、サンディクスは甘くはなかった。ディア・メトロスにあるアイリス教会は公爵家から多額の出資を受けており、その手足も同然の組織である。オクトーベルの行動はサンディクスへ筒抜けとなってしまう。その結果、彼はデケンベル伯爵が率いる魔術師隊によって襲撃を受ける事になったのだが、予めその動きを察知していたナナシによって窮地を脱する事ができた。
「……ふぅん、オクトーベルって貴族が追われてる理由は分かったわよ。でもナナシが助ける必要あったのそれ?」
「オクトーベルはデクシア帝国の上流階級と交友関係があり、繋がりも深い。帝国の大使としてこの国を訪れたお前達にとって唯一味方に成り得る貴族だ。それにサンディクス亡き後、奴隷の労働力に頼らない国造りが必要になる。産業や商業に精通するあの男がいれば、その点の心配はなくなるだろう」
サンディクスが倒れ、今の政治体制が終わることを前提に意見を述べるナナシ。突拍子も無い話ではあったが、その理屈自体は筋が通っていた。オクトーベルは商取引の才覚を活かしてデクシア帝国から高度な技術供与を引き出しており、オキデンスの産業発展にも大きく貢献した男である。その手腕はこの国にとって必要不可欠なものと言って良い。また帝国の政務関係者に対して友好的であるため、少女達に便宜を図ってくれる可能性も高かった。それらを踏まえるとナナシの判断は極めて合理的だ。
「はぁ……言っとくけど、特派大使なんて肩書だけなんだからね?」
しかしココノアはナナシの意見を否定するように首を振る。正式な大使ではない自分達が、国家間の関係に影響を及ぼすような存在だとは到底思えなかったのだ。実際のところ、一行は魔王討伐の報酬としてオキデンス行きの切符を貰っただけに過ぎない。故にオクトーベルが協力する義理は無く、帝国も深く介入はしないはずだというのが彼女の見解であった。
「肩書だけ、か……大使の記章を託されたというのに、随分と己を過小評価しているな。帝国からは高速魔導船で調査団をすぐに送ると返事が届いたそうだぞ」
「えっ……どういうこと? アイリス聖教の教会経由じゃ連絡出来なかったんでしょ? どうして帝国から返事が来るのよ」
「ボクも通信は失敗したものとばかり思ってたけど!?」
「ん、今の話の流れは確実に頓挫してる感じだった」
予想外の展開にココノアだけならず、レモティーやリセも目を丸くする。アイリス聖教の教会がサンディクスの支配下にあったという一連の内容を聞けば、誰しもがそう考えて不思議では無かった。しかしこの件には永い時を生きる古代人ですら想定していなかったイレギュラーが関与していたのである。
「確かにオクトーベルが信徒に拘束されたことは事実だ。しかしその後、1人の修道女が彼を救出して魔導通信装置がある部屋まで案内したらしい。そこで帝国との通話を果たせたと聞いている」
「なるほど、アイリス聖教にもサンディクスをよく思わない人がいたってことか……ところでそのオクトーベルさんと修道女の人はどうなったんだい?」
「教会を脱出してからヒエムス=デケンベルという貴族の私兵に追われていたところを助けた。しかし行くアテが無くてな……彼らが唯一身を隠せそうなこの拠点へ連れてきたというわけだ。オクトーベルは教会内で大きなケガを負っていたが、修道女が癒やしの術を施しているので問題はないだろう。今はこの奥にある部屋で療養中だ」
「へぇ、隣の部屋にいるのね……って、いきなりここに連れてきたの!? エリック達がびっくりしてる顔が目に浮かぶわそれ」
「ええ……随分と驚かされました。なんせ彼らは一部の団員しか知らない脱出用通路から入ってきましたからね。ですがオクトーベル卿のことは存じ上げていましたし、聖教の女性も獣人族として苦労されていた事がわかりましたので、私達で匿うことにしたのです」
エリックはそう言うと、後方にある扉を振り返った。その奥にはかつて少女達も宿泊した来客用の部屋が存在する。中で件の2人が会話しているらしく、少々騒がしい。
「……このやたら煩い口調、聞き覚えがあるんだけど」
「うん、ボクも同じ事を考えてたよ……世間って狭いね」
レモティーとココノアが同一人物の顔を思い浮かべた直後、勢いよく扉が開かれた。奥の部屋から現れたのは、彼女達が予想した通りの女性である。
「どうしてアイリス様の祭壇を作ってはいけませんの!? 地下だろうと天井に穴を開ければ立派な祭壇が作れますのに! ……あら? 珍しくお客様がいらして……って、英雄様ではありませんか!?」
「「やっぱり……」」
オレンジ色に染まった髪の間から丸いネズミ耳が生えた修道女――それはまさしくカタリナ=モナルカ本人だった。帝国軍船ウルズに密航していた彼女と少女達は互いに面識がある。満面の笑みを咲かせてカタリナは一直線にテーブルへと駆け寄った。
「まさかこのようなところでお会いできるなんて思いませんでしたわ! きっとこれもアイリス様の思し召しに違いありません! やはり祭壇をここにどーんと設けるべきです、エリック議員!」
「カ、カタリナさん! どうか客室に戻ってください! 私達は今、大使の皆様と大事な話をしているところで――」
「英雄様にご助力いただけるのであれば、国軍による亜人弾圧パレードも恐れるに足りませんわね! このカタリナ、全力でお手伝い致します! さあ共に王宮広場へ向かいましょう!」
「すみません、彼女は人の話が聞こえてない事が多々あるようでして……」
勝手にヒートアップするカタリナを止めることができず、エリックは申し訳無さそうに頭を下げた。その心中を察しつつも、ココノアは気になったことを尋ねる。
「亜人弾圧パレードなんていう物騒な単語が聞こえたけど、何の話なの?」
「それについては後程お話しようと思って……いえ、ここで話しておくべきかもしれません。こちらの書面をご覧ください」
数枚の書類が机の上に置かれた。どれも複写ではあるものの議会の公印が押されている。それらが正式な文書であると確信したミコトは、その事実をカムイやレモティー達に目配せで伝えた。エリックも彼女の意図に気付いたらしく、補足説明を加える。
「これらは議会で正式に承認された文書です。私はしばらく議会に顔を出してなかったため知らなかったのですが、式典パレードに合わせて貧民街の一斉摘発が計画されていました。今から3時間後、2万人以上の軍隊がここへやってくる見込みです」
「一斉摘発……? いくら亜人に対する弾圧が酷いと言えど、これまでそのような直接的な武力介入は行われていませんでした。どうして今になって……」
「表向きは治安維持を目的とした犯罪者の一斉検挙とされていますが、真の狙いはデクシア遠征に備えた強制徴募だとナナシさんから伺いました。貴族達は亜人奴隷を贄にして古代の禁術、破滅への導きを戦争で用いるつもりらしいのです。ナナシさん、私に話していただいた内容を皆様へご説明願えませんか」
「ああ、勿論だ。式典会場の調査結果も含めて話そう」
そう切り出したナナシは、秘匿された地下施設で目撃した血生臭い実験の様子をありのままに語った。サンディクスとデケンベルが殺戮魔法の復元に成功した事、そしてその術式を発動させるため"隷属の刻印"を付与された亜人奴隷の魂が触媒にされてしまう事――どちらの話もミコト達に大きな衝撃を与える。
「そのような惨い事を……あの男はどこまで他者の尊厳を踏み躙れば気が済むのでしょうか。命で命を奪うなどという愚かな所業を許してはなりません……!」
「ミコト様の仰る通りですじゃ。そのような外法は断じて野放しにできませぬ! ナナシとやら……お主の話によれば魔力の源を断てば良いとのことであったな? その目星は付いておるのか?」
「ああ、魔力の流れから見て王宮広場の地下に力の源が存在するのは間違いない。それを破壊すれば、発動を封じることができるはずだ。しかしあれはサンディクスの切り札にも等しいもの……監視と防衛に関しては王宮の宝物庫より強固だと考えたほうがいい」
「ならば先にそちらを解決する必要があるのぅ……ううむ」
毛むくじゃらの眉を寄せるとカムイは低い声で唸った。正しい歴史を開示し、種族間の隔たりを解消するのが彼らの至上命題だが、サンディクスを追い込んだことによって"破滅への導き"が式典で行使されるような事があってはならない。故に魔力の供給源を先んじて潰しておく必要があったのだ。
しかし、もしミコト達の動きを察知した貴族達によって式典会場が閉鎖されてしまった場合、目的を達成できなくなるというリスクが生じる。ジレンマに眉間の皺を深くするカムイであったが、その悩みはカタリナの一声により呆気なく解決を迎えた。
「迷う必要など何もないでしょう? 隷属の刻印を消し去るだけで、その破滅への導きとやらは無用の長物になりますのに。通常の方法では不可能ですけども、奇跡の代行者であるメル様がおられるのであれば問題ありませんわ!」
「刻印を消すじゃと……? メルよ、そのような事が可能なのか?」
「はい、出来ますよ! カタリナさんとユキちゃんの刻印については前に除去しましたから!」
メルの回答を得て、カムイとミコトの表情は一気に明るくなった。刻印を消すことができれば式典に赴いた亜人達が生贄にされるという最悪の事態は避けられる。ナナシも頷いてカタリナに同意を示した。
「フッ……逆転の発想だな。前提となる条件を覆せば、確かに術式は無効化される。会場に立ち入った亜人が犠牲になる事はないだろう。だが、どちらにせよ広場の地下施設は破壊しておいた方がいい。あれはサンディクスの魔術研究所だ。驚異が破滅への導きだけとは限らんぞ」
「ん、それならあたしに任せて。場所を教えてくれれば、勝手にやっとくから」
「何を言っておる、リセ!? お主達が欠けては策が成り立たぬであろう!」
「式典はメル達がいれば大丈夫。こっちは1人でやれるよ」
躊躇ないリセの返答にカムイとツバキは顔を見合わせた。単身で敵地に乗り込むなど無謀でしかないからだ。だが彼女が自分だけで向かうと言い出したのには明確な理由がある。
「それじゃ決まり。地下の方はリセに任せるわよ。多分そこに次元結晶があるはずだから、見つけたら確保しておいて」
「ん……暗殺者の隠れ蓑を試すには絶好の機会だしね。任されたよ」
姿を透明化させる事が可能な潜伏スキルを獲得したことで、リセは隠密行動における高い適正を得た。だが"暗殺者の隠れ蓑"で隠れることができるのは使用者のみである。従って、彼女以外の者が同行しても邪魔になりかねない。リセとココノアはそれを見越していたのだ。
「それじゃ、うちらも分担を決めよっか」
「うん、でもその前に……エリックさん、他の団員達は式典会場に向かう準備をしてると思っていいのかな?」
「ええ、確かにその通りですが……どうしてお分かりになったのしょうか?」
「元々、全滅しかねないようなミコトさんの救出作戦を計画してたくらいだからね……国王への直訴が難しくなったと判明した時点で、玉砕覚悟の突撃でもするつもりじゃないかなって心配してたんだよ」
レモティーの指摘を受け、エリックは視線を伏せる。彼はしばらく押し黙った後、顔を上げてミコトの顔を見据えた。
「全てお見通しですね……スラムの一斉摘発が計画されている以上、私達に逃げ場はありません。だからこそ命を賭してでも道を切り拓き、王宮へ至る道を作る所存でした。団員達は式典の開始に合わせて軍の守備隊へ斬り込む予定ですので、ミコト様と皆様は私達に続いて王の居る場所まで向かって頂けないでしょうか」
「フン、無駄な事じゃの! 何人いようが素人では話にならんわ。装備が整った正規兵相手に何が出来るというんじゃ。亜人解放団が総力を結集したところで、半時間も経たずに鎮圧されるのが目に見えとるわい」
「それは……返す言葉もありません。しかし貧民街に居残っても亜人達に未来は無いのです。ならば少しでも可能性がある方に賭けたかった……!」
カムイの見立てを否定できず、悔しそうに拳を握るエリック。彼は王への直訴を何としてでも果たそうと躍起になっていたのである。しかし少女達はとっくの昔に作戦を変更済みだ。現代日本では当たり前になっていた手軽な通信手段がない事を不便に思いつつも、レモティーは自分達の計画について説明した。そこには神獣が語った真の歴史に関する事項も含まれていたので、熱烈なアイリス教徒でもあるカタリナが女神の話題に一喜一憂したのは言うまでもない。
「――以上がボク達の案だよ。確かに種族同士の争いはあったけど、それはサンディクスが言っていたような一方的なものじゃない。最終的に全種族が団結して魔族に立ち向かっていた事実を知らしめることができれば、今みたいな身分制度の在り方に疑問を持つ人は増えるはずさ」
「確かに、全ての国民が真実を知ることで亜人に対する偏見は無くなると思います。間接的にはなりますが、世論に押されれば議会も奴隷制度を見直さざるを得ないでしょう。私は国王へ直訴することばかりに執着して、目的と手段を履き違えていたようですね……」
「だからエリックさん、危険を冒してまで道を作る必要なんてないんだ。式典会場にはボク達だけで行くよ。何が起こるかわからないし、解放団の人達には街の外へ避難しておいてもらった方がいいんじゃないかな?」
「いえ、どうか私達もご一緒させてください! 団員に人間族を酷く恨む者がいるのも事実……種族間の融和を確実なものにするためにも、彼らには同席して貰いたいのです。それに今回の件は私達が言い出した事ですから、何もせずに待っていることなどできません。せめてミコト様が真実を語る間だけでもお守りさせて貰えませんか……!」
エリックは机に手をつくと、頭を擦り付けるようにして懇願した。その姿を見たミコトはおもむろに両手を差し出す。
「エリック議員、どうかお顔を上げてください。仰る通りこれは人間族だけでなく、この国に生きる全ての民が知るべき事です。虐げられてきた者が全ての憎しみを捨てる事は難しいでしょうが、そのためにできる事なら私は喜んで受け入れましょう。改めてご協力をお願いします」
「ミコト様……感謝の言葉もありません。私達が全力で御身をお守り致します!」
ミコトの承諾と共に亜人解放団との正式な盟約が結ばれた。現地では国軍による激しい攻撃が予想されるため、戦力が多いに越したことはない。しかし解放団の亜人が増えたところで万を超える軍勢の前では僅かな差だ。この作戦においてやはり柱となるのは英雄達4人の存在だった。
「話が付いたみたいだし、人員配置を考えるわよ。メル、何でもいいから適当な紙とペンを出してくれる?」
「はい、必要になると思って準備してました! どうぞ!」
受け取った白紙を机に広げるなり、ココノアはディア・メトロス全体の概略図を描き始める。その鮮やかな筆捌きにエリックやミコトが見惚れている間に、要所となる各地点へ赴く者の名が追加された。
『王宮広場:メル、ミコト、カムイ、亜人解放団』
まず式典の会場となる王宮広場に向かうのはメル、ミコト、カムイ、そしてエリックと団員だ。隷属の刻印を解除できるメルは亜人達と行動を共にする必要がある。広場では相手主戦力との激しい衝突が予想されるが、元々の身体能力が高い亜人を回復魔法と支援魔法で強化すれば応戦できる見込みはあった。さらにメル自身も一騎当千の実力を持つため十分対処可能だろう。
『王宮:ココノア、レモティー』
式典広場の奥にある王宮に突入する役はココノアとレモティーのペアだ。諸悪の根源であるサンディクスに引導を渡すには、彼女達の存在が必要不可欠であった。また王宮を守る警備隊との余計な戦闘を避けるならば、ココノアの転移魔法で上空を素通りするのが最良の攻略法と言えよう。
『広場の地下施設:リセ、ナナシ』
一方、地下に隠されたサンディクスの魔術研究所に潜入する担当は先程のやり取りでリセに決定済みだ。その案内役としてナナシも同行する。少女達が得たこれまでの情報を総合すると、"破滅への導き"を放つための魔力源は高確率で次元結晶であると推測できた。ここで次元結晶を奪取できれば呪いをばら撒く結界を消すこともできるため、一石二鳥となる。
『亜人解放団拠点:ユキ、カタリナ、オクトーベル、リュカ、ツバキ』
そして亜人解放団の拠点にはユキとカタリナ、療養中のオクトーベルが残ることになった。少女達の大切な旅仲間であるベールと馬車も同様だ。式典会場でパレードの足止めは可能なため、実質的にここがディア・メトロスで唯一の安全地帯となる。ただし、いざという時に備えて戦闘能力の高いリュカとツバキが防衛を担う――以上がココノア考案の采配であった。
「……大体こんなもんかしらね。異論はある?」
「ボクもこれが最適案だと思う。ただメルの負担が重めになっちゃうから、これを渡しておくよ。危なくなったら躊躇なく使って欲しいな」
レモティーはそう言うとポケットに入れていた超デカデカの実をメルに渡す。真っ赤な果実は甘酸っぱい香りを漂わせており、リギサンで収穫されたものよりも美味しそうに映った。メルは涎が出そうになるのを我慢しつつ、それを大事そうにポーチへ収納する。
「はい、使い所が来たら齧りますね! 私からはこれを渡しておきます」
ポーチから出てきた小さな手には真っ黒な獣の収納籠が掴まれていた。元々は森の奴隷商から回収した魔道具である。違法改造により制限が取り外されており、使用者よりも生命力に劣る対象であれば相手を問わず捕らえる事が可能だ。何故ここでそれが出てくるのかと、カムイとツバキは首を捻る。
「意見は無いみたいだしこれで進めるけど、後から文句言うのとかは無しだから。あとの細かい話は適当に詰めておいて。式典の開始と同時に動かないと意味無いから、勝手に先走ったりしないでよね?」
全員の顔を見渡すココノアに一同は頷いて返した。短い時間ではあったが、これまでの協議を以って作戦の準備は整ったことになる。あとは数時間後に訪れるであろう歴史の転換点に向けて、各自が役割を遂行するだけだ。
「それじゃ解散! 気合い入れて行くわよ!」
「うん、力を合わせてユキちゃん達の未来を勝ち取ろう!」
「ん、嘘つき男には罰を与えないとね」
「ハッピーエンド目指して頑張りましょう、みなさん!」
少女達の声を受けて、その場にいた者は皆一様に決意を滾らせた。500年間に渡って亜人達を蝕んだ虚構の歴史を崩すための戦い――その火蓋が今、切って落とされる。




