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うちの子転生!  作者: 千国丸
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079.真実と虚構③

「ほらっ、起きなさいってば!」


転移魔法でチュンコの耳元まで移動したココノアが大声で叫んだ。眠気によって閉じられていた瞼がパチリと開き、神獣は束の間の昼寝を終える。


「ハッ! いつの間にか寝てたでチュン!?」


「喋ってる途中からちょっと怪しかったけど、まさかいきなり寝落ちするなんて思って無かったわよ。夜行性だったとか言わないでしょうね?」


「実は昨日、お前達の事が気になってあんまり眠れなかったチュンよ」


「何千年って生きてる割に、メンタルが子供すぎない……?」


遠足前の小学生を彷彿とさせる返事にココノアは呆れ顔になった。だが、創世から存在する大いなる獣が感情を揺れ動かされているのには理由がある。神獣にとっては母親にも等しい存在――創世神アイリスとの共通点を多く持つメルが訪れたからだ。桃色の髪を揺らす猫耳少女を横目で気にしつつ、チュンコは眠る前に話していた内容を振り返る。


「どこまで話してたでチュンかね? アイリス様のおかげで世界に再び魔力が巡り始めたところまでは伝えた気がするチュンけど」


「大体の歴史は掴めたから大丈夫だよ、ありがとう。ところでボク達からお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」


「オイラにして欲しいことがあるチュン? 本来なら原初の獣はヒト種に関わってはいけないでチュンけど……とりあえず言ってみろチュン。内容次第では手伝ってやらないこともないでチュンよ」


「ボク達はこの国に広まった嘘の歴史を正したいと思ってるんだ。そのためには神の獣たる君の力が必要不可欠なんだけども……」


その後、レモティーは仲間達と立てた計画について詳しく述べた。その趣旨は、"ディア・メトロスで行われる建国式典へ歴史の証人として参加して欲しい"というものである。しかし一通りの話を聞き終えたチュンコは渋い表情で頭を左右に振った。


「それはできない相談でチュン。お前達は異界の存在だから特別に話してやっただけチュン。原初の獣であるオイラが世界の歩みに影響を与えるわけにはいかないでチュンからね」


「そう言わないでおくれよ。ヒト種との接触を女神に禁じられたと君は言ってたけど、それならどうして君は500年前に起こった森の大火事を鎮めたんだい? シニストラ自治区に住む亜人達はみんな神獣に感謝していたけども」


「そ、それは森の民が勝手に言ってるだけチュン! オイラの縄張りが荒らされたから、少し力を見せてやったに過ぎないチュン……ほんとチュンよ?」


巨鳥はバツが悪そうに言葉を濁した。その様子を見たメル達は顔を寄せ合ってヒソヒソと相談を始める。


「テンプレみたいなツンデレじゃない、これ。もうちょっと強めに押せば引き受けてくれるんじゃないの?」


「いや、ここは慎重に進めよう。ボク達に対しては結構ガチ目に襲ってきてたし、ヒト種に対してあまり良い感情を持ってない可能性があるからね。世界が荒れてしまったのもヒト種同士の戦争が発端みたいだしさ」


「ん……あの時の攻撃は殺意しか感じなかった。だからヒトに対する警戒心が強いのは事実だと思う。でもメルには懐いてるように見えるし、メルから頼んでみるのも1つの手」


「えっ、私ですか!? そんなにすんなりと聞いて貰えるでしょうか……」


「ダメ元でいいから頼んでみなさいよ。ほらほら!」


ココノアに促され、メルは戸惑った様子でチュンコを見上げた。その視線に気がついたのか、チュンコは自分から頭を低くして、つぶらな瞳を彼女へと向ける。


「オイラに何か話したい事でもあるでチュンか?」


「えっとですね……レモティーちゃんがお話した内容、私からもお願いし――」


「仕方ないでチュンね~! メルがそこまで言うなら引き受けるでチュンよ!」


驚くほどの即答に目を丸くする4人。しかもやや食い込み気味だ。これまでとは180度異なる対応にココノアとレモティーはジト目で神獣を睨む。


「何なのよ、このデカスズメ……いくらなんでも態度変えすぎでしょ!」


「ここまで扱いに差があるとちょっと傷つくなぁ……まあでも結果オーライだよ。いざとなったら辺り一面をリンゴ園にして交渉するつもりだったけど、その必要は無さそうだ」


レモティーはチュンコを説得するための材料として、好評だったリンゴの樹で温泉周辺を埋め尽くす交換条件を提示する心積もりをしていた。ただしそれを実行しようとすると1時間以上は確実に失ってしまうため、あくまで最後の手段である。


(当初より旅程が遅れ気味だから、話がスムーズに進むのは正直助かるよ……チュンコには悪い気がするけども)


女神に似ているというメルへの強い好意を利用してしまった気がしてレモティーは申し訳なくなったが、時間を節約できるのであればそれに越したことはない。明るい緑色のワンピースに設けられた大きめのポケット――その途中まで引っ張り上げられていた小瓶を、彼女は再び奥の方へと押し込んだ。


「お手伝いしてくれるんですね! ありがとうございます、チュンコさん!」


「ただし、代わりに条件があるチュン! さっき食べた赤い果物を山盛りに準備して欲しいチュン! メル達と一緒に食べるチュン♪」


「あっ……やっぱりそれは必要になるんだね!?」


トホホと苦笑いしながら、豊穣の乙女はリンゴの種がギッチリと詰まったガラス瓶をポケットから取り出すのであった。




――数時間後――




岩と砂ばかりの荒れ地に突如として現れた果樹園。甘く爽やかな香りが漂う緑の中央で、満足そうな表情の巨鳥が鎮座していた。


「げぷっ、もう食べられないでチュンよ~」


「はぁ……どんな胃袋してんのかしら」


ぽっこりと膨らんだ腹部を擦るチュンコを見て、ココノアは溜息を吐き出す。異界の勇者であってもトラック数台分の果物を神獣に食べさせるのは流石に骨が折れた。スキルを多用したせいでレモティーも少しぐったりとしている。


「レモティー、疲れてない? 馬車の操縦は大丈夫?」


「ははは……流石にちょっと疲労感があるかな。でも帰り道の心配はいらないよ。ココノアとメルが左右から大好きって囁いてくれれば、眠気なんて吹き飛ぶはずさ!」


「馬鹿な事言ってないで素直に休みなさいっての! 居眠り運転なんてされても困るし、少し休憩してから帰るわよ」


「……それがそういうわけにも行かないんだ。明日の朝までには村へ着かないと、痺れを切らしたミコトさん達が出発してしまうかもしれないからね。見立てが少し甘すぎたかな……」


焦った素振りで首を振るレモティー。ちょっとした寄り道だからと緩めの計画を立てしまった事に彼女は後悔を滲ませた。神獣探しのために彼女達が翼村を出た朝――それが建国式典の6日前であった。シニストラ自治区からディア・メトロスまでの移動に3日を要すると見積った場合、実質的な自由時間は3日しかない。そのため当初は神獣探しを2泊3日で終えて村に戻る計画を立てていたのだ。

しかし悪路による移動時間の増加に加え、チュンコとの対話に時間を割いた事が裏目にでる。既に2日が経過しており、ベールを休み無しで走らせても村に到着するのは日付が変わってからだろう。オンラインゲームのように一瞬で目的地に移動できないのが、現実のもどかしさであった。


「さて、式典で何をして貰いたいかは説明したし、ボク達は村に戻ろう。ミコトさんやユキちゃんが心配してるだろうからさ」


「確かに今からだとお伝えしてた予定時刻よりも遅くなっちゃいますね。ではチュンコさん、当日は宜しくお願いします!」


メルはチュンコに手を降って立ち去ろうとする。具体的に式典で何をするかは食事中に伝えていたので、あとは帰るだけだ。しかしチュンコは寂しそうな素振りで一行を引き留める。


「もう少しゆっくりしていかないでチュンか? オイラの温泉も好きなだけ入っていいチュンから!」


「悪いけど、ゆっくりしてる暇はないのよ。さっきも言ったでしょ、うちらは急いで村に戻らないといけないの。全部終わったら遊び相手になってあげるから」


「村って南にある亜人の集落のことでチュン? そこまでならオイラが送ってあげるチュンよ! そしたらもうしばらく一緒に過ごせるでチュン!」


「送ってあげるって……うちらはここまで馬車で来てるのに、どうするつもり? まさかその足で馬車ごと掴んで運ぶとか言わないでよね?」


UFOキャッチャーの景品が如く、巨鳥に鷲掴みされて運ばれる自分達の姿を思い浮かべてココノアは眉のシワを深くする。下手するとスルリと指の間から抜け落ちかねない。しかしその予想に反し、チュンコは尾を向けてアピールし始めた。背中に乗れという事らしい。


「ひょっとして私達を背中に乗せてくれるんですか?」


「馬車だろうとなんだろうと余裕チュン! まとめて運んでやるでチュン!」


「いやいやいや、流石にスズメに乗るのは無理があるってば!」


自信ありげに尾羽根を立てる巨鳥であったが、丸々とした見た目のせいでココノアの不安は募るばかりだ。せめてスズメでなく他の鳥――例えば屈強なワシや賢そうなフクロウであれば乗り気になっただろう。


「確かに空を移動できれば時間は短縮できそうだけども……本当に乗っても大丈夫なのかなぁ……?」


「絶対止めておいたほうがいいって! 大体、巨大なダニまで付いてたじゃないの。絶対ロクなことにならないに決まってるんだから」


「ん……でもメルは乗せてもらうつもり満々だよ、ほら」


リセが人差し指で反対派の視線を神獣の頭部へ誘導する。そこにはチュンコの羽毛をクッション代わりにして跳ねるメルの姿があった。


「凄いですよ、みなさん! フカフカで気持ちが良いです!」


「水浴びしたでチュンからね! 存分にモフるといいチュン!」


大はしゃぎするメルに合わせて陽気に踊りだすチュンコ。魔法のポーチにより見た目以上の重量を持つ少女が頭に乗っていても、全く平気な様子だ。この様子なら馬車を乗せても問題なさそうだとレモティーは思ったが、落下の可能性が脳裏を過って二の足を踏む。


「上空だと風圧で飛ばされる可能性もあるし、やっぱりここは安全第一で地上を行くべきかな……? ココノアもボクと同じ意見かい?」


「当たり前じゃない。とっとと馬車に戻るわよ」


付き合いきれないとばかりにココノアが背を向けた瞬間、残念そうなメルの声が聞こえてきた。


「ええー!? チュンコさんに乗せてもらいましょうよ! 私、大きな鳥さんに乗ってお空を飛ぶのが夢だったんですよね! こういうファンタジー全開な冒険って凄く憧れません?」


「そりゃ嫌いじゃないけど、危ない橋をわざわざ渡る必要はないって言ってるの。駄々を捏ねてないで、早く戻ってきなさいってば」


「むむむ……残念です。せっかくココノアちゃんと一緒に素敵な初体験ができると思ったんですけども……」


「……初体験?」


メルが口にした特定の単語に反応して、ココノアの足がピタリと止まった。確かに鳥の背に乗って空を移動するなんて事は地球で決してできない経験だ。この異世界でも得難い体験になるだろう。しかし彼女の乙女心を最も刺激したのは物珍しさではなく、想いを寄せる相手と唯一無二の思い出を共有出来るという点に他ならない。


「おや、どうしたんだいココノア?」


「ふぅん……初めての体験、って意味では確かにそうね。それに、上空から見た景色は良いインスピレーションを与えてくれそうかも。そもそも時間的な制約をクリアするには、空を飛んで帰るしか無いわけだし?」


「えっ、まさかチュンコに乗るつもりなのかな!? さっきまであんなに反対してたじゃないか!」


「し、仕方なくメルの我儘に付き合ってあげるだけだからっ! ぼーっとしてないで、レモティーは急いで馬車をここまで持ってきてよ。あのデカスズメを浮遊庭(ふゆうてい)の代わりにするようなもんだし、そんなに構えなくていいじゃない」


「ああ、浮遊庭なんてものもあったなぁ……すごく懐かしい気分だよ! ボクは素材集めに3ヶ月くらい掛けて完成させたんだよね」


最初はココノアの心変わり具合に唖然としたレモティーであったが、懐かしい単語が出てきたことで彼女の意識にも変化が訪れた。NeCOで存在していた空飛ぶ箱庭、浮遊庭――それはハウジング要素と移動手段を兼ね揃えたNeCO独自のシステムを指す。プレイヤー毎に1台に限り所有することができ、フレンドと日常を過ごす家として利用したり、パーティメンバーを乗せてマップ間を移動したりする事ができた。ただし決められた地点でしか乗り降りできない制約があったため、移動の足としての使い勝手は良くない。

それでも狩り場から街へ戻る経路をショートカットすることができるので、多くの新規プレイヤーは最初に浮遊庭の作製を目指した。材料集めのために遠方まで出掛ける必要があったので、ベテラン主導の浮遊庭作製ツアーなるものが盛んに行われていた事もある。それでも初心者には難易度が高く、苦難を乗り越えて浮遊庭を手に入れたプレイヤーは皆一様に大喜びした。


「初めて庭で飛んだ時の感動をもう一度味わえるなら、空の旅も悪くはないか! よし……ボクも覚悟を決めたよ。馬車をここまで運ぼう」


「それじゃ決まりね。うちとリセはチュンコの背中にダニが残ってないかチェックする役よ。見つけたら即斬っていいから」


「ん、了解」


少女達はテキパキと役割分担を決め、神獣の背に乗るための準備を進める。ココノアとリセはチュンコの羽毛を掻き分けて害虫探しをしたが、ダニの類は一切見られなかった。"孫の手"と水浴びが効いたのだろう。

一方、馬車を巨大スズメに乗せる作業もメルが発揮した怪力によって無事に完了した。さらにレモティーが揺れや風で落ちてしまわないようにと、蔦を使って馬車をチュンコの身体に固定したことで落下の懸念も解消される。こうして万全の準備を終えた一行は、太陽の匂いがするフカフカの羽毛に抱かれながら、澄み渡った空へ飛び出すのであった。




――シニストラ自治区上空――




大地を覆う深緑を駆ける巨大な影。そのあまりの大きさと速さに、小さな動物だけでなく獰猛な大型獣すら身を潜める。影の正体が決して敵わない恐ろしい存在である事を本能的に感じ取ったからだ。にわかにざわめく森であったが、神獣はそんな様子を気に留めること無く翼を広げた。


「見てくださいよ、ココノアちゃん! 一面に緑が広がってて綺麗です!」


「地上にいる時は鬱蒼としてて暗いイメージしかなかったけど、上から見るとなかなかの景色じゃない。スケッチしてみようかしら」


神獣の背に乗せられた馬車――その荷台からメルとココノアは地上を見下ろす。背の低い彼女達は馬車を利用し、高い視点からの眺望を確保していた。その傍ら、リセとレモティーは直接チュンコの背に腰を降ろして心地よい微風に頬を緩める。本来であれば凄まじい風圧で立つのも困難になる速度が出ているのだが、チュンコの魔力操作によって風の流れが打ち消されているので快適な旅を楽しむことが出来た。


「思ってた以上に快適だね! 揺れも殆どないし、地上にいるときと殆ど変わらないよ。バリアみたいなものを展開してるのかい?」


「飛ぶ時は魔力で空気の鎧を作ってるでチュン。風属性の魔力を操れる生き物はみんなこうやって飛んでるチュンよ」


チュンコの説明通り、その体表には薄い大気の膜が展開されていた。魔力によって生み出されたそれは空気抵抗を極限にまで低下させる役割を持っているだけでなく、浮力を発生させる効果も併せ持つ。巨体であっても高速で飛翔できるのは、この作用によるところが大きかった。


「ココノアちゃん、お絵描き用の魔道具を出しましょうか?」


「うん、ちょっと描いてみる。この色を表現できるか試してみたいし」


メルは以前購入した魔法の画材セットをポーチから取り出してココノアへ渡す。虹色の魔法石が取り付けられた筆と光沢のある白板は、インクを使わず絵を描くことができる優れモノだ。ココノアは早速筆を手に取り、遠方に望む森と空のコントラストを画材に投影し始めた。迷いなくサラサラと滑る筆により、植物の営みによって生み出された独特の凹凸が描かれていく。さらに彼女は僅かな色の違いを駆使して、鮮やかなグラデーションも再現してみせた。


「やっぱりココノアちゃんはお絵かきの天才ですよ! 20分も経ってないのに、もう出来上がってるじゃないですか!」


「まだ完成してないってば。今はラフに色つけたような状態なの。ここから仕上げようと思うと、多分半日くらいはかかると思う。あとプロならこれくらいは普通だと思うし、そんな褒めて貰えるような事じゃないから」


「えっ、まだここから凄くなるんですか!? 私、出来上がった絵を見てみたいです!」


「ちょ、ちょっと……そんなに引っ付かないでよ。描きにくいでしょ!」


身を寄せてきたメルに口を尖らせるココノアであったが、その表情は照りつける太陽にも負けず明るい。肩口までで切り揃えられた亜麻色の髪を左右に揺らしながら、エルフ少女は巧みに筆を走らせた。


「ボク達が野営していた湖がもうあんなに小さくなってるとはね……この速度なら今日の夕方までには戻れそうだ」


手にした地図と眼下の景色で視線を往復させ、現在位置を確かめるレモティー。上空から見下ろした状態では湖や山といった大きなものしか目印にできないが、それでも大雑把な座標は推定できた。飛び立ってから約半時間で既に村までの道程を3割ほど消化している事に、彼女は安堵の表情を見せる。


「チュンコのおかげで時間の心配をしなくて済みそうで安心したよ。それに、こうしていると浮遊庭で初めて移動した時のことを思い出してワクワクするね」


今体験している異世界での冒険と、NeCOで遊んでいた頃の記憶が重なり、レモティーの胸中には懐かしい気持ちが溢れた。他プレイヤーに誘われて加入した大規模なコミュニティが派閥争いで崩壊するといった負の側面を見ることにもなったが、それでもオンラインゲームで過ごした時間は彼女の大切な記憶の1つである。


「リセはどうだい? 懐かしく感じたりはしないかな?」


「ん……あたしは暇つぶしでやってただけだから、始めてすぐの頃はあんまり印象に残ってない。レモティーやメル達と行動するようになってからの事はよく覚えてるけど」


「そっか。なら、今こうやってみんなで一緒に過ごしてる時間を大切にしよう。きっと一生の思い出になると思うからさ」


「うん……そうだね」


少女達は空の冒険を満喫つつ、会話に花を咲かせた。和気藹々とした雰囲気が漂う中、チュンコだけが除け者にされた不満を顔に表す。我慢できなくなった神獣は背中を振り返って嘴を開いた。


「オイラとも喋って欲しいでチュン! 寂しいチュン!」


「ああ、ごめんごめん。君を仲間外れにしたかったわけじゃないんだ。飛んでる最中に話しかけたことで気が散ったら危ないと思ってさ」


「これくらいは余裕チュン! 原初の獣を馬鹿にしないで欲しいチュンね!」


これまでヒト種と接することが無かった反動が出ているのか、神の獣は寂しがりの一面を隠さない。メルは馬車から降りて、チュンコの首あたりまで歩み寄った。


「チュンコさん、私とお喋りしましょう! そうですね、美味しい食べ物のお話なんてどうでしょうか!」


「良いでチュンよ~♪ おすすめの木の実を教えてあげるチュン!」


その後、チュンコとメルの会話は大いに弾け、ココノア達も巻き込むほどの盛り上がりを見せる。そして愉快な時間と共に村までの距離もグングンと縮まり、残りの道程は3割程度となった。障害物だらけの地上と違い、空の特急便は一直線に目的地まで向かうことができる。故にこれまでの常識を覆す移動時間の短縮が可能だ。その点に着目したレモティーは、ふとある考えを口にする。


「そうだ、チュンコに乗せてもらったままディア・メトロスまで向かうっていうのはどうだろ?」


「ダメだってば。チュンコは式典当日に顔を出すだけ。こんな馬鹿デカイ鳥、街に近づいた時点で大騒ぎになるんだから」


提案を即座に却下したのは、メルの隣で絵を描いていたココノアであった。森の大火を鎮めたチュンコに森の亜人達は好意的であるが、街に住む市民にとっては化け物以外の何者でもない。従って、その存在が露見するような事があれば式典どころではなくなってしまう可能性が高かった。ミコトが国民達に真の歴史を訴えるための舞台を整えるには、チュンコの登場タイミングを綿密に見計らう必要がある。


「チュンコもうちらと相談して決めた事はしっかり覚えててよ? アンタが一番重要な役どころなんだし」


「任せるといいでチュン。原初の獣に二言はないチュン!」


「うふふ、チュンコさんの力が必要になったら大声でお名前を呼びますね!」


「メルの声が聞こえたらすぐ向かうチュンよ~♪」


上機嫌な様子でリズミカルに身体を揺らすチュンコ。当然のごとく少女達の足元も左右に揺れたが、レモティーが蔦で馬車の車輪と羽毛を結んでいたため、大事には至らなかった。しかし画材で両手が塞がっていたココノアは派手にバランスを崩してしまう。


「危ないわね……急に揺らさないでよ、もう!」


画材を落とさない事に意識を集中させていた彼女は、転んだ拍子にスカートが捲れていたことに気づかなかった。小さな双臀(そうでん)が丸見えとなり、少女性愛者(レモティー)の視線を誘う。下手をしたら魔法が飛んで来てしまうと頭では理解しているものの、それでも丸みを帯びた初々しい桃から目を離すことはできない。碧色の瞳は縞々模様の下着に釘付けとなっていた。


「むっ! 今日のココノアは可愛いパンツを履いてるね!」


「人の尻をガン見するなんていい度胸してるじゃない……! 転移魔法で放り出して、紐なしバンジー体験させてあげるわ」


「じょ、冗談だよ! 冗談!! あははは……そうだ、東大陸にもチュンコに運んでもらえば船旅なしでいけないかな? リギサンに戻るのが凄く楽になると思うんだ。いいアイデアだと思わないかい?」


青筋を浮かべて杖を取り出したココノアを見て、レモティーは慌てて話題を変える。ココノアは呆れたように息を吐くと、杖の先端でチュンコの翼を指し示した。


「スズメの翼よ、あれ? 渡り鳥じゃないんだから、大陸間なんて渡れるわけないじゃない」


「ああ、それもそうか。大きすぎてスズメってことを忘れちゃうね……」


鳥の翼には種類があり、長距離飛行に向いている形状とそうでないものがある。スズメ科の鳥類の場合は後者だ。鳥類学者によって"扇翼"と定義づけられた彼らの翼は、瞬発力はあるが滑空は不得手である特徴を持つ。頻繁な離着陸には向いていても、海を渡るほどの飛行能力は無かった。しかしここは異世界、地球の理が適用されない場所である。


「オイラにだって海を渡ることくらいできるチュン! 失礼でチュンね!」


「えっ、そうなのかい!?」


「魔力で風を操れば、どこまでも翔べるチュンよ。ただ、オイラはこの大陸から出ることはできないチュン。アレが邪魔するせいで、風の操作が上手くできなくなるチュン」


そう言って嘴で空の向こうを指し示すチュンコ。そこには不気味な青白いカーテン――隷属の呪いを大陸全土に付与するために設けられた結界が揺らめいていた。


「ナナシが言ってた結界は魔力操作にも干渉するのか……思ってた以上に厄介なものだったんだね。そういえばアレもどうにかしないといけないんだった」


レモティーは式典までに結界の対策を考えるつもりであったことを思い出す。ナナシと会話したのはつい数日前ではあったものの、色々とあったせいですっかり忘れていたのだ。


「あの結界を野放しにすることはできない。なんとか破壊できればいいんだけども……」


「あれだけの術式を維持するためには膨大な魔力が必要になるチュン。なので供給源をなくしてやれば簡単に解決するチュンよ」


「魔力の源、か……ボク達の世界と勝手が違いすぎるから上手くイメージできないけど、魔法使いが何十人も集まって魔道具に魔力を与えるような感じかなぁ」


怪しげな装置に魔力を供給するローブ姿の団体を思い浮かべた少女達であったが、チュンコはそれをあっさりと否定する。


「ヒト如きでどうにかなるものではないチュン。きっとあれは次元結晶によるものでチュンよ」


「それって確かボク達がリギサンで回収した水晶球じゃないか。メル、あれをポーチから出せるかい?」


「はいっ、少しお待ちくださいな!」


メルはポーチに片手を突っ込み、ごそごそと中を探り始めた。しばらくして目的のアイテムを掴んだ彼女は、それを取り出してチュンコの背に乗せる。高純度のガラスのように透き通った巨大な球体――それは巨大ゴーレムの動力として使われていたものであった。


「ほのかにアイリス様の魔力を感じるチュン。それは本物の次元結晶でチュンね」


チュンコは首を伸ばして背中の次元結晶へと視線を向ける。神獣にとって珍しいものではなさそうだが、少女達は名称と大雑把なフレーバーテキストしか知らない。創世の女神によって生み出された道具であること、そしてNeCOのスキルを選んで取得できる不思議な力があること以外は一切不明だ。


「これが何なのか、うちらは全然知らないのよね。女神に関係するものだって事は分かるんだけど」


「次元結晶はアイリス様が創った神造遺物(アーティファクト)チュン。今のヒト種達の言葉で表現するなら、超強力な魔道具って感じでチュン。魔族に力で劣るヒト種を助けるために、アイリス様がいくつか与えていたものチュンよ。異なる次元から力を引き出して使う事ができるチュン」


「これと同じものが複数あるなんて思ってなかったな。1個だけでもあの巨大なゴーレムを自律稼働させる動力になってたくらいだし、いくつか組み合わせれば隷属の結界を大陸中に展開させるだけの出力を得ることもできそうだ」


「ん……話には聞いてたけど、これってもう動かないの?」


リセは興味深そうな様子で水晶球に手を触れる。次元結晶が動作した時に彼女は同行していなかったので、唯一追加スキルを取得することができていなかった。


「アイリス様の魔力が残り僅かになってるせいで、起動できなくなってるチュンね。でもオイラの力を足せばギリギリ動かすことができるかもしれないチュンよ」


少女達のやり取りを聞いていたチュンコは、魔力の一部を次元結晶へと向ける。輝きを帯びた力強い風が吹き抜けた直後、水晶の中心に白い光が灯った。起動の合図だ。


「あ、何か出てきた……」


リセの指が当たっていた部分を中心にして、枝状の図形が描かれていく。それはNeCOでもよく目にしていたスキルツリーと呼ばれる成長システムを示したものであった。そしてココノア達の時と同じく、本来取得できないジョブのスキル名が羅列されている。疑問符を顔に浮かべるリセに、レモティーは使い方を説明した。


「一覧の中から取得したいスキルを選ぶと覚えることができるんだ。この機能を使ってボクは"武器製造"、ココノアは"弓マスタリー"を取得したのさ。あとメルは物魔の反転(コラプス・オブ・ロウ) をゲットしてるよ」


「ん、大体は理解できた。あたしが欲しいのはこれかな」


リセは大量に並んだスキルの中から1つを選び、それを躊躇せず指先でタップした。次元結晶の表面に書かれた"暗殺者の隠れ蓑(クローキング)"というスキル名が青く輝いた後、"スキル取得完了"の文字が浮かびあがる。


「判断が早いね!? 他にも色々使えそうなスキルはあったはずだけど、どうしてクローキングを選んだのかな? もっと火力に直結するスキルを選ぶとばかり思ってたよ」


「便利だから、これ。対人戦でも猛威を振るってたし」


リセは唇の端をニヤリと吊り上げた。暗殺者の隠れ蓑(クローキング)暗殺者(アサシン)系ジョブを代表する潜伏技である。姿を消したまま移動することができ、その間はモンスターに感知されない。通常フィールドでは安全に移動する手段として使われる一方、プレイヤー同士の戦闘では不意打ちできる手段として重宝されていた。ただし、リセはPvPにおいて姿を消した相手に敗けたことはない。


「猛威を振るってたのはアンタのサーチ能力でしょ。クローキングしてる相手でもすぐ見つけるから、どっかの掲示板じゃチート扱いされてたじゃない」


「ん、相手の思考を読めば対策は簡単。どこから来るか分かれば、あとは範囲攻撃で燻り出せばいいし」


「理屈ではそうだけど……普通のプレイヤーにそれは無理だから」


対人戦で驚異的なキルスコアを叩き出していたリセの言葉には妙な説得力があった。人並み外れたセンスを持つ彼女に言わせてみれば、潜伏した相手は動きが単純になるため対策し易いらしい。むしろヒーラーであるにも関わらず前衛と同じ立ち回りをしてくる異端プレイヤー、つまりメルのような人物の方が厄介とのことであった。


「取得できたのか分からないから、実際に使ってみるね。スキル発動後に消えてるか見てて欲しい。3、2、1……暗殺者の隠れ蓑(クローキング)


カウントダウンの後、リセの身体は背景に溶け込むようにして消えた。衣服や装備も含め、全てが視認できない。まるで透明人間になったようだ。


「すごいですよ、リセちゃん! 本当に消えてます!」


「なるほど、クローキングって()()だとこうなるわけか。光学迷彩って感じだ」


「ん、問題なく発動したみたいだね。少し移動してみようか」


リセ本人の姿は見えないが、その声だけはハッキリと聞こえた。メルとレモティーはキョロキョロと周囲を見渡すだけだったが、鋭い聴力を持つエルフ族は音の方向から対象の位置を割り出すことができる。メルのすぐ隣――背景が微かに揺らいでいる空間に向かって、ココノアは視線を投げた。


「確かに姿が見えないって思ってた以上に厄介な気がしてきたわ。それがSTR-AGI極型みたいな火力特化アタッカーだと尚更よ」


「ふふっ……すごいねココノア。あたしの居場所が分かるなんて」


「声がした方向を見ただけよ。ヒントがないとお手上げだっての。でもメルには潜伏看破の魔法があったわよね? 目が光るっていう宴会芸向けのアレよ、アレ」


「宴会芸ではないんですけど!? 透視の神眼(クレアボヤンス)は立派な聖属性魔法なんですから!」


メルは不服そうな表情で宴会芸と称された魔法を詠唱する。その直後、ただでさえ目立つ大きな猫の瞳が更に赤く輝いた。透視の神眼(クレアボヤンス)は隠れた者を見つけ出す効果を持つ、聖職者系ジョブ専用の補助魔法だ。ただし自分にしかバフを付与できないという不便さと、両目が光るという謎エフェクトのせいでNeCOでは宴会芸扱いされていた。何故ならヒーラーが隠れた襲撃者を見つけ出したところで、有効打を与えることは難しいからである。仲間にチャットで報告する間にやられてしまう事も多く、実戦で使っていたプレイヤーは皆無に等しい。


「あっ、リセちゃん! 私の隣にいたんですか? 全然分からなかったです……!」


「ん、さっきからずっとここにいたよ。NeCOの仕様通り、看破バフが付いた相手には見破られるみたいだね。大体の特徴は理解できたかな」


簡単なスキル効果の検証を終え、リセはクローキングを解除して姿を現した。これで少女達は全員が追加スキルを取得したことになる。一方、次元結晶は役目を終えたとばかりに沈黙してしまい、中心に宿していた淡い光も消えてしまった。すかさずココノアが触れたものの反応は無い。


「あっ、もう魔力切れを起こしてるじゃない!? うちらも新しいスキルが欲しかったのに! チュンコ、さっきみたいにこれをまた使えるようにはできないの?」


「諦めるでチュンよ。その次元結晶にはもうアイリス様の力は残されていないチュン。新しい次元結晶を見つける事でチュンね」


「そ、そんな……」


次の機会があれば強力な弓技スキルを追加取得しようと考えていたココノアであったが、その願望は有無を言わさず打ち砕かれてしまった。ガックリと項垂れた彼女の肩にレモティーが手を乗せる。


「そういう事なら、あの結界を発生させている装置から次元結晶を奪ってやろうじゃないか。この国の亜人達を救えるし、ボク達にとってもメリットはある。一挙両得ってやつだ!」


少女達は遠い空に揺らめく呪魔のカーテンを見据えた。亜人に隷属の刻印をばら撒く悪しき結界は必ず排除しなければならない。そのついでに次元結晶が手に入るのであれば、苦労してでも装置の在処を探し出す価値はあるだろう。


「建国式典でミコトさんの手伝いをするのは勿論だけど、サンディクスにも引導を突きつけてやらないといけない。それに加えて次元結晶の奪取か……随分とやるべきことが増えたね」


「クエストリストが満タンになりそうな勢いだけど、どれもディア・メトロスへ行けば解決しそうじゃない? 次元結晶だってあの街にありそうだし」


「ん、確かにその可能性は高いね。刻印の発生装置はサンディクスにとっても大事なはずだから、必ず手の届くところに置いてあると思う」


「街の中を探索するなら、リセちゃんのクローキングが早速役に立つかもしれませんね! チュンコさん、ありがとうございました♪」


その場で座り込んだメルは羽毛に覆われた背を優しく撫でた。それに呼応するようにしてチュンコの速度が増す。綿菓子のような雲塊をいくつか掻き分けた先に、目的地である村の広場が見えてきた。快適であった空の旅にも終わりが近づいてくる。


「もう到着しちゃったでチュンね……でもメル達といっぱい話せてよかったチュン! またオイラとこうして一緒に飛んでくれるチュン?」


「はいっ、勿論です♪ 今度はもっと色々お喋りしましょう!」


「やったチュン~!」


屈託のない笑顔で返された言葉に、神獣は心底嬉しそうな鳴き声を響かせた。紆余曲折はあったものの、少女達は目的であった神獣との対話を果たし、建国式典において正しい歴史を知らしめるための強力な助っ人を得る事が出来たのである。

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