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うちの子転生!  作者: 千国丸
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078.真実と虚構②

朝日を反射する白煙が眩しい温泉地――神獣との待ち合わせ場所に、少女達は再び足を踏み入れた。遠くからでも見える巨大な()()()が合流地点の目印だ。賑やかに談笑を交わしつつ、一行は蒸気の中を進む。


「まさか創世の女神もクソダサネーミングセンスだったとは思わなかったわね。スズメだからチュンコって安直すぎない?」


「分かりやすくていいと思うけどなぁ、ボクは。まぁ世界を作るような神様がメルと同じ感覚をしてたのはびっくりだけど……」


「散々な言われようですね……! 可愛いお名前だと思うんですけど!」


抗議の証としてメルは頬を膨らませる。彼女は神獣に"チュンコ"と勝手に命名したのだが、それはかつて女神が与えていた名と全く同じものであった。もっとも、そのような事実を異なる世界からやってきた者が知っているはずもなく、本人からすれば偶然の一致でしかない。しかしこの一件が巨鳥の興味を強く惹き付けた。神の獣はこの世界における歴史を話すと約束したのである。


「ん、いたよ。チュンコが」


「明るい所で見るとほんとにデカイわね、あのスズメ」


湯けむりの先に見える茶色の翼と白い羽毛のコントラスト。翼を持つ生き物の始祖である原初の獣は、白岩で出来た孫の手へ寄り添うようにして鎮座していた。


「おはようございます、チュンコさん!」


「やっと来たでチュンか。まったく、オイラを待たせるとはいい度胸チュン」


少女達に気付くなり、チュンコは尾羽根を振りながら跳ねるように近寄ってくる。言葉とは裏腹にどこか嬉しそうでもあった。


「この世界の歴史を聞きたいと言ってたでチュンね? それはいいでチュンが、その前にお前達の名前を教えろチュン」


「あっ……そういえば自己紹介を完全に忘れてたよ。それじゃ、改めて名乗っておこうか!」


そう切り出すと、レモティーは仲間を含めた4人の名前と素性について話し始める。加えて、自分達がこの世界へ呼ばれた時の事も詳細に伝えた。しばらくは何も言わず耳を傾けていたチュンコであったが、腑に落ちないことがあったようだ。難しい表情のまま質問を発する。


「……昨日も言ったでチュンが、異界の英雄を召喚する事ができるのはアイリス様だけチュン。どうしてお前達が次元の壁を通り抜けることができたのか、さっぱりわからないでチュン」


「チュンコさんはアイリスさんが異世界から勇者さんを呼び寄せるのを、実際に見たことがあるんですか?」


「あるでチュンよ。まずは魔力をいっぱい使って次元に裂け目を作るチュン。そして次元を超えた先にある別世界で英雄に相応しい人材を見つけて、交渉するチュン。相手が承諾したら魂をこちらに呼び寄せる……って感じで召喚するチュン」


「ちょっと待って。その魂がどういうものなのか、うちらにはさっぱり分からないんだけど」


「そんな事も知らないでチュン~? お前達にも分かるように言い換えるなら、心を構成する精神体と記憶が結合したものでチュン。それをこの世界に用意した肉体へ埋め込めば、次元を跨いだ転生が可能になるチュン」


チュンコの説明を聞いたココノアは、険しい顔で口元に手を当てた。転生という言葉の響きが気になったのである。魂を抜き取られた状態になると元の肉体はどうなるのか――それが気がかりであった。


「それ、元の世界にあった体はどうなるの? 死ぬってこと?」


「死にはしないでチュンが、魂のない器は眠り続けるしかないでチュン。お前達の体は今、昏睡状態ってことでチュンね。アイリス様なら、念のために時間の進みを遅くする魔法を肉体に掛けて長期保存できるようにしてたはずチュン」


「保存って……まるでコールドスリープだね」


SF小説や映画などで登場する冷凍睡眠カプセルを頭に浮かべるレモティー。肉体の老化を防ぎ、時間経過の影響を最小限に留める技術はまだ確立されていなかったが、魔法という神秘の力を扱えるのであればそれも可能だろうと納得する。しかし何故そこまでして女神が肉体を保持しようとしていたのかは不明だ。彼女はしばらく考えて辿り着いた仮定を神獣にぶつけた。


「わざわざ魔法で元の肉体を保存していたのは、女神が英雄の魂を再び元の世界に戻すつもりだったからだと思うんだ。ボクの考えは合ってるかい?」


「人間族のくせに察しがいいでチュンね、その通りチュン。役目を終えた異界の英雄は元の世界に返すのがルールでチュン」


「なるほど、元の世界に戻る仕組みは存在してたってことか……」


「でもお前達の場合は無理チュンよ。アイリス様がいない限り、次元を渡ることはできないチュン」


チュンコは翼でバツ印を作って帰還の可能性を否定したが、少女達にしてみれば想定の範囲内だ。動じる様子はない。


「ああ、そうだろうね。ボク達も次元を超える方法なんて知らないし、正直お手上げさ。ただ、帰ることができた事例の有無を確認したかったんだ。みんなも気になってただろ?」


レモティーの言葉に一同は頷く。今すぐ元の世界に戻りたいわけではなかったが、彼女達はこの旅路の果てにどんなゴールがあるのか気になっていた。タイニーキャットに頼まれた"世界を救って欲しい"という願いに応えるのが第一の目標だとすれば、第二の目標は地球に帰る方法を見つけ出す事だろう。


「世界を救うにしろ、元の世界に戻るにしろ、うちらが知るべきは女神の事よね。知ってる範囲でいいから、詳しく教えてくれない? 会う方法があるならそれも」


「……アイリス様はもういないでチュン。この世界を護るために神核を失ってしまったチュン。オイラが言えるのはそれだけチュン」


あまり女神の事を話したくないのか、急にチュンコは嘴を固く閉じてしまった。その表情に言い知れない寂しさを感じ取ったメルは、前日に神獣が「思い出しても寂しいだけ」と呟いた光景を瞼の裏に浮かべる。


(チュンコさんはアイリスさんのこと、大好きだったんだろうな……)


もし自分がココノア達と2度と会えなくなったら――そんな想像をして、メルは胸が張り裂けそうになった。NeCOのサービス終了時ですら、彼女の心にぽっかりと穴が空いた程である。寝食を共にするほど密接な関係になった今、永遠の別れが訪れようものなら二度と立ち直れないだろう。


(私だって、きっとそう。思い出すのも辛くなるはず……でも、自分から繋がりを断ち切っちゃうのは絶対間違ってる……!)


女神に与えられた"チュンコ"という名を忘れようとしていた神獣に対し、なんとかしてあげたいという気持ちが少女の中で大きくなっていく。大好きな人物と一緒に過ごした日々を大切にして欲しいと願った彼女は、優しげな表情でチュンコへ両手を伸ばした。


「アイリスさんの事を思い出すのが辛いからって、貰った名前まで捨ててしまったらアイリスさんは悲しんじゃうと思います。それにアイリスさんと歩んできた時間は、今もチュンコさんの心の中で輝いてるんじゃないでしょうか?」 


「それは否定しないチュン……でも寂しい気持ちになるのはもう嫌チュン」


「そういう時は、誰かと想いを分かち合うのが一番ですよ! アイリスさんとの大切な思い出、私達にも教えてくれませんか? 輪を作ってみんなでお話すれば、きっと寂しさなんて無くなりますから♪」


「うぅ、そういう言い方はズルイでチュン……アイリス様とそっくりなメルに言われると、なおさら断れないチュン」


チュンコは潤んだ瞳をメルに向ける。女神が消えてから数え切れない程の孤独を過ごしてきた神の獣は、他者との触れ合いに飢えていた。禁を破り人里に降りることはあったものの、恐れをなして一目散に逃げるか、神の使いだと崇める者しかおらず、彼女のように隣で話を聞いてくれる存在はいなかったのである。チュンコは瞼をゆっくりと閉じると、懐かしむように過去を語り始めた。


「……アイリス様はこの世界を創造した唯一無二の存在チュン。何も存在しなかったこの星を大気で覆い、海を水で満たし、大地を生み出したでチュン。そして星の生命を育むため、別次元の生き物を参考にして12柱の獣を生み出したチュン。それがオイラ達、原初の獣でチュンね」


「空だの海だの創るとか、マジもんの創造神じゃないそれ……」


「アイリス様は世界中を生命で満たす事を望んでいたでチュン。だからまずはオイラ達が不自由なく生きていけるように、豊かな緑の恵みをもたらしてくれたチュン。それからオイラ達を連れて各地を巡ってくれたりもしたでチュン。初めて見る景色ばかりで、毎日が大興奮だったチュンよ!」


「うふふ、凄く楽しそうですね!」


「もちろん楽しかったチュン! 他の獣と喧嘩してしょぼくれてた時もあったチュンけど、そんな時はアイリス様が手に乗せて慰めてくれたでチュン。優しく撫でてくれる指はとても気持ち良かったチュン!」


「待って待って、そのサイズで手乗りスズメとか嘘でしょ……!?」


嬉しそうに声を弾ませるチュンコとは対称的に、ココノアは顔を強張らせる。片足だけで人を踏みつぶせるような神獣を手に乗せることができるならば、女神はさらに大きな体を持っていたことになるからだ。超デカデカの実を食べて巨大化したメルよりもさらに数倍大きくなる計算になる。


「ん、創造神なんだから巨女でもおかしくはないね」


「それにしたってデカすぎるっての! チュンコを手に乗せることができる大きさなら、大陸間の海溝すら歩いて渡れるサイズじゃない」


「そんなに大きな巨人だったなら、アイリス聖教の経典なんかでどんな風に描かれているのか気になるなぁ」


山を跨ぐほどの巨大な女神の姿を想像する少女達。しかしそのイメージはチュンコが記憶している女性の姿からは掛け離れていた。巨大スズメは眉斑(びはん)を寄せて否定する。


「勘違いしてるようでチュンが、アイリス様の姿はお前達とあんまり変わらないチュンよ。オイラ達は最初、もっと小さかったでチュン。原初の獣は寿命がないので、生きてきた年数を経るほど大きくなるチュン」


「寿命がないって……実質的に不老ってことよね。聞きそびれてたけど、そもそも原初の獣ってどんな役割を持ってたのよ?」


「最初に言った通り、星の生物を増やす役目を負ってたチュン。ちなみにオイラ達は雌雄の区別がないチュンから、自由に仔を産むことができるチュンよ。アイリス様と世界中を旅をするついでに、各地の環境に適応できる眷属を増やしたりしてたチュン」


「えっ、アンタって卵産めたの……? しかも最初から環境適性を持たせるとか……うちらが知ってる進化論を真っ向から否定するような話だけど、異世界ならそういうことがあってもおかしくないか」


ココノアは改めてここが異世界であることを実感する。一般的に地球に生息する生物は、無脊椎動物から魚類、そして両生類へと進化し、そこから爬虫類を経て鳥類・哺乳類へと至ったと推定されている。しかし異世界ではこのような進化は行われず、原初の獣が世界各地に仔を産み落とす事で多種多様な生物が繁栄してきた。裏を返せば地球とは生き物の成り立ちが異なるからこそ、同じヒト種でもエルフ族や獣人族のように身体的特徴の異なる種が生じたと言える。


「ふんふん、神獣の起源については大体掴めてきたよ。どうやら女神っていうのはボク達が思ってる以上にすごい存在みたいだけど、さっき神核を失ったって話も出てたね。世界を作ることができる程の女神に、一体何があったって言うんだい?」


「アイリス様は傷ついたこの星を再生するために、自ら神核を砕いたチュンよ。それで生物を存続させることは出来たでチュンけど、代わりにアイリス様の魂は消えてしまったでチュン。だからもう会うことはできないチュン……」


「星を再生する、ってどういう意味なんだろう」


「言葉通りでチュン。1500年程前に世界中の魔力循環が滞った事があるチュン。魔力は生きるのに必要不可欠でチュンから、それが停滞し続けるとどんな生き物も死んでしまうチュン。だからアイリス様は神核の魔力を全て解放して、再び魔力が巡るように再生させたチュン」


「魔力の停滞……初めて聞く言葉だ。もう少し詳しく聞かせて欲しいな」


かつて世界が危機に瀕していた事は少女達も聞いた覚えがあったが、魔力の循環が停滞した事が原因だとは知らなかった。そして女神がそれを元に戻すために命を犠牲にしたという事実も初耳である。レモティーは踏み込んで聞いておくべきだと判断したが、唯一の生き証人でもあるチュンコは億劫そうな表情を浮かべていた。


「一から説明するのは流石に面倒チュン。それにお腹も空いてきたチュン」


「そう言わずに! ほら、お礼に美味しい果物をプレゼントするから!」


そう言うなり、レモティーはポケットから取り出した種子を足元に落とす。小石と砂だらけの地肌ではあったが、ハーヴェストのスキル効果により発芽した植物は即座に根を張ってグングンと成長した。


「何でチュンか、これ……?」


「ふっふっふ、出来てからのお楽しみさ!」


数十年に及ぶ樹木の成長記録をハイスピード再生するかの如く、枝葉を伸ばしていく若い樹木――その不可思議な光景にチュンコは目を丸くする。そうして数分も経たずに1本の立派な果樹が聳え立った。逞しい枝の先には真っ赤なリンゴが実っており、思わずチュンコは視線を奪われる。


「さぁ好きなだけ食べるといいよ! 日本では1個1000円以上で売られてた高級リンゴを再現したから、味は抜群なはずさ!」


「レモティーちゃんが作ったリンゴは美味しいんですよ♪ でも嘴だと枝ごと挟んじゃいそうですし、私が食べさせてあげます!」


メルは1キログラム近い大玉をいくつか掴み取ると、それを両腕で抱えたままチュンコの頭部まで跳躍した。するとチュンコの嘴が自然と開き、餌を待つ雛のような格好になる。ふわりと宙を舞う鮮やかなピンクの髪が、まだ幼かった頃に食べ物を与えてくれた女神の姿と重なったのかもしれない。


「うふふ、雛鳥さんみたいで可愛いです♪ それでは放り込み……あっ、芯や種はどうしましょう?」


「それだけデカイんだから気にならないでしょ。適当に投げちゃえばいいのよ」


「それもそうですね!」


ココノアの助言にニッコリと頷くと、メルは開かれたチュンコの口に向かってリンゴを順番に投げ込んだ。彼女が手に持ってきた実が全て無くなったタイミングで嘴が閉じ、シャキシャキと小気味よい音を立てる。


「美味しいでチュン~♪」


「では次の分を持ってきますから、少し待っててくださいな!」


メルは果樹に戻り、再び赤い実をいくつか採取した。そして先程同様にチュンコの口元へと運ぶ。よほどリンゴが美味しかったらしく、神獣は上機嫌な様子でパクパクと貪った。すっかり餌付けされる雛鳥である。

だが流石に1本の木では巨鳥の胃袋を満たすことはできない。メルが数回往復しただけでリンゴは全て無くなってしまった。青々とした葉だけになった木を見上げ、猫耳少女は眉をハの字に曲げる。


「むぅ……もう無くなってしまいました」


「あの図体なんだから、そりゃ足りなくなるっての。でもこのデカスズメ、お腹いっぱいになったら昼寝しそうだし、足りないくらいでいいんじゃない?」


「そんなぐうたらでは無いでチュン! オイラをその辺の鳥と一緒にしないで欲しいでチュンね!」


「それなら魔力の停滞とやらが起こった話、うちらに教えなさいよ。働かざるもの、食うべからずって言うでしょ」


「そんな言葉は知らないでチュンよ……!?  でもメルが聞きたいって言うなら、教えてやらないでもないでチュン」


チラチラとメルの方に視線を向けるチュンコ。昨日出会ったばかりだというのに、原初の獣は随分と彼女に懐いていた。


「ぜひお願いします、チュンコさん!」


「しょうがないでチュンね~! ついでにアイリス様がこの星にやってきた時の話もしてやるチュン!」


チュンコはメルの要望に翼を震わせて応える。その後、話が長くなるからと少女達を椅子に見立てた岩に座らせた神獣は、この世界で起こった事象を3時間以上も掛けて語った。話が脇道に逸れる事が多い上に、独特な喋り方のせいでかなり冗長にはなったものの、真実を知る者から得られる情報はこの上なく貴重である。リセは耳を傾ける傍ら、ディア・メトロスの商店で購入した筆と手帳を使って聞き取った内容を書き留めていた。



――1枚目――


『創世の物語――それは一年前、漆黒の球体でしかなかった小さな星に、1人の女神が降り立ったところから始まる。生物と呼べるモノが一切存在していない世界を哀れに思った神は、自らの魔力を星に分け与えた。しかし、魔力に包まれただけで生命は芽生えない。環境を整える必要があったのだ。


女神は生命に溢れる星を参考とするため、次元を超える力を使って異世界へと渡った。その時、最初に見つけたのが大気に覆われた青い星である。魔力が存在しない世界であるにも関わらず、多くの種が繁栄する星に心奪われた神は、その構造を真似て空と陸と海を作った。


だがそれでも生命は根付かない。その原因が判明したのは、思い悩んだ女神が再び青い星を訪れた時であった。その星では燃え盛る恒星から与えられる膨大な熱が水や風を循環させ、隅々までエネルギーを行き渡らせていたのである。

気付きを得た神は、交互に昼と夜が訪れる仕組みを設けた。これにより大地と海に光が注ぎ、大気にも流れが生じ始める。魔力が世界中を巡るようになったため、暗黒の星は生命の定着が見込める光の星となった。


さらに女神は異世界の生物をモチーフにして12柱の獣を生み出した。この獣達は永遠の命を持ち、眷属を産み落とすことができる特別な存在だ。星を生命で満たすため、神は原初の獣と名付けた彼らと共に世界を渡り歩く決心をする。永きに渡る旅を経て、星には様々な動物や植物が根付いた。』



――2枚目――


『生命の揺り籠となった星は、原初の獣達が産んだ子孫を分け隔てなく育んだ。そしてその子供達が互いに交わることで新たな命が産まれ続け、数多の種族へと分岐していく。そうして五千年もの時間が流れる中で台頭してきたのがヒト種であった。彼らは高い知能と魔力を操る技術を獲得し、他の生物を使役するほどの力を得るまでに至る。

さらにヒト種は同じ特徴を持つ者同士で国を興し、固有の文化を醸成し始めた。その中でも特に大きな勢力を誇ったのがエルフ族、ドワーフ族、獣人族、人間族の四種族である。


エルフ族は魔力の紡ぎ方を探究し、自然現象を自在に操る手法を身につけた。本来なら驚異となる炎や雷を、それぞれの属性に染まった魔力で制御する術式――後に魔法と呼ばれるそれは、他の種族を寄せ付けない強大な国造りに寄与した。


ドワーフ族は大地に眠っていた資源を活かし、魔道具や機械人形の大量生産を果たした技能者の集まりである。その高度な技術は生活を豊かにするだめだけでなく、軍事にも転用された。魔法にも匹敵する火力を持つ兵器群は、他国の追随を許さない。


原初の獣から容姿の一部を引き継いだ獣人族は、高い生命力と筋力を持ち合わせており、険しい森を切り拓くことで生活圏を大きく広げた。生身で機械人形に比肩する程の身体能力は、他種族にとって大きな脅威だったであろう。


人間族は突出した特徴こそ持たなかったが、平均的な能力を獲得したことで繁栄した種族だ。短命であるが故に成長が早く、過酷な環境に適応し易かったのも人口を増やす要因となった。また他種族との交流を介して、魔法を操る術や魔道具の製造技術を体得していた珍しい種族でもある。


ヒト種の出現により星の歩みは大きく変化した。世界中に溢れた生命達は、神が与えた恵みを貪欲に喰らい、かつてない隆盛を謳歌する。いずれ互いの命を奪い合うことにもなると知らずに……』



――3枚目――


『衰退への流転が始まった。競うようにして高度な文明を築いた反動により、ヒト種は自国領の資源を使い切ってしまったのである。だがこれ以上豊かな生活を続けられないと知っても、彼らの欲望が止まることは無かった。枯れた土地は民の不満を生み、不満は略奪を肯定する論拠と化す。


引き金となったのはエルフ族とドワーフ族の(いさか)いであった。領土侵犯を理由に小競り合いを始めた彼らによって、世界戦争に至る戦端が開かれてしまう。焦りと憎しみは他の種族を巻き込み、歓びで溢れていた星に長く厳しい戦乱の時代が訪れた。それから五百年……死の嘆きは大陸を埋め尽くし、あらゆる生命を滅亡へ追いやりかねない被害をもたらしたのである。


女神は星で産まれた生命に未来を委ねていたが、この事態を見過ごすことはできなかった。ヒト種の争いを止めるため、13柱目となる原初の獣を生み出す。旧き言葉で母を意味する名を与えられた最後の獣、デイパラは特別な力を持っていた。あらゆる魔力を吸収し、新たな命として還元する能力――それはこの世界において生と死を司る天使にも等しいものと言えよう。


女神に遣わされたデイパラは戦場に生じた魔力を喰らい、自らと同じ性質を持つ調停者を生み出した。後に魔族と呼ばれるデイパラの眷属は、争い続けるヒト種達の領地を隔てる壁になり、彼らの衝突を防いだ。これにより世界に少しずつ平穏が戻り始める。


だが戦火が潰えることはなかった。邪な心を持った人間族が現れ、調停者を誑かしたのだ。同族である人間達を自ら虐殺し、それを亜人種による侵略の仕業だと訴えた彼の言葉に騙され、デイパラの眷属は他種族に峻烈な制裁を加えた。』



――4枚目――


『辛うじて保たれていた国家間の均衡が崩れたことで、世界に再び戦災が訪れる。さらに調停者が侵攻してきたという事実が、各種族の代表者に極めて強い危機感を抱かせた。悪意を秘めし男によって調停者が欺かれていたとは、誰も知らなかったのである。


そしてついに星の破局へと至る戦争が勃発した。それまで禁忌として封印されていた殺戮魔術や汚染兵器が投入されたのだ。これにより女神が作った楽園は生物の大半が死滅するという最悪の悲劇を迎える。

さらに自身の眷属が終末戦争を引き起こした一因となった事でデイパラは失意に沈み、北方に位置する神の島(エウレカ)に引き籠もった。主が姿を消したのと時を同じくして、調停者達も本来の役目を見失ってしまう。世界を破壊しかねないヒト種へ矛先を向けたのである。こうして彼らは魔力を喰らう者――魔族と称されるヒト種の天敵になったのだ。


破滅へ向かって突き進む世界の在り方を嘆いた女神は、自ら星の運命に介入する決心をした。しかし魔族へ干渉できるのは、その始祖であるデイパラのみに限られる。さらにヒト種との争いによって進化した魔族を滅するのは、神の力を以ってしても困難であった。

女神はデイパラを探し出して眷属の封印を要求したが、母としての性質を強く持つ彼女は我が子を護る道を選んでしまう。自ら原初の獣としての権能を捨てるという暴挙に出たのだ。この日を境にして、魔族は創造神や原初の獣ですら手に負えない存在と化す。神は残った獣が災禍に巻き込まれないように、ヒト種への接触を固く禁じた。


魔族を討つためには、新たな力を外界に求める他無い。神は次元を超える力を使って星の命運を委ねるに足る英雄を探した。そして資質のある者を見つけ出し、力を貸して欲しいと呼び掛けた。英雄の多くはその申し出を受け入れ、生き残った者達と共に魔族に立ち向かったのである。』



――5枚目――


『英雄の出現は滅びを待つだけであった人々に希望を与えた。異世界から来た彼らは星の住人とは異なる魔力を宿していたため、魔族に対抗することができたのだ。勿論、魔族側も黙ってはいない。ヒトの魔力を糧にする凶暴な獣――魔物を生み出して街や村を滅ぼしたのである。


新たな危機に瀕したヒト種であったが、戦い続ける英雄の背に勇気づけられた彼らの心が折れることはなかった。心を奮い立たせて魔族へ挑む中で、人々は互いに手を取り合い、助け合うことの大切さに気づく。そして種族を超えて団結し、異種族同盟(アライアンス)を結成したのだ。奇しくも、魔族の存在が種族間の争いに終止符を討ったのである。


数百年に及ぶ抗戦の間に幾人もの英雄達がこの世を去った。そして、その度に女神は多くの魔力を費やして新たな英雄を召喚した。神の力は弱まったが、いつしか勇者と呼ばれるようになった彼らのお陰で星の命は増加に転じる。異種族同盟(アライアンス)の勝利も近いと思われた。


しかし、魔王アスタロトの出現が人々の希望を打ち砕く。その圧倒的な力によって、両手で収まらない数の勇者の屍が築き上げられた。そして他者の精神を支配する術式で人心を操り、歴代最強と謳われた勇者をも死に追いやったのである。

最後の英雄が仲間の裏切りで命を落とした事によって、異種族同盟(アライアンス)の人々は疑心暗鬼に陥り、呆気なく自壊してしまった。驚くほどにアスタロトの企てが上手く進んだのは、魔族に(くみ)した人間族の男が暗躍していたからだという噂もあったが、その真偽は定かでない。


もはや女神に勇者を再召喚する力は残っておらず、生き残った者達にも抵抗する気力は無かった。滅びを待つしかない状況であったが、驚いたことに魔王は譲歩を示した。生贄を魔族に捧げれば、根絶やしにはしないと告げたのだ。人々はその条件を飲み、自ら家畜となる道を選ぶ。


実はこの時、魔族もまた疲弊していたのである。戦争により星は荒れ果て、さらに女神の魔力が失われたことで、世界を巡っていた魔力も限りなく少なくなっていた。魔力を喰らって生きる魔族にとって、それは酸欠にも近しい耐え難い状況と言えよう。故にヒト種を糧にしようと考えたのだ。』



――6枚目――


『喰われるためだけに生かされる日々に人々は絶望する。枯れた大地や汚れた海では他の生命も生き続けることはできず、星には着実に終焉の影が迫っていた。深い哀しみに染まった世界を救うべく、女神は最期の賭けに出る。自らの神核に込められた膨大な魔力を使って星の浄化を試みたのだ。


原初の獣達は大反対したが、女神の決意は変わらない。彼らに世界の行く末を見守るように言い残し、神はその身を犠牲にしたのである。神核から放出された清らかな魔力の流れが世界中を巡り、再び多くの生命を芽吹かせた。さらに女神の想いは聖なる楔へと形を変え、魔族と魔物の力も削いだ。これにより多くの魔族は消滅し、その王すら深い眠りへ追い込む事に成功する。


こうして世界には再び安寧が訪れた。しかし魔族の驚異が薄れたとはいえ、神無き大地で生き残るためには力が必要となる。彼らは再び文明を興し、国を作った。そして古代人が遺した術式や兵器を掘り起こし、短期間で急激な躍進を果たしてきたのだ。


一方、原初の獣は女神の意思を尊重して世界を見守る存在となった。とは言え、女神と触れ合った日々が忘れられずに人里へ降りてくる獣や、女神を失った原因となったヒトを襲う獣がいたのも事実である。人前に姿を現した一部の獣はいつしか神獣と呼ばれるようになり、畏怖すべき存在として語り継がれるようになった……』



合計6枚に及んだメモは、読みやすい綺麗な文字で綴られている。一見すると作家志望者の手帳に見えなくもないが、この手記が文字として残された貴重な創世神話であることは間違いないだろう。


「よくあのデカスズメの話をここまで綺麗にまとめたわね……うちなんて語尾が煩すぎて全然頭に入って来なかったのに」


「ん、こういうのは慣れてる」


「リセは読書好きだから、書く方も得意なのかもしれないよ」


「読書が趣味なのと速記できるのとは関係なくない? まぁ別に何でもいいんだけど。それより、メルが魔王から聞いた話とこの内容を照合するわよ。何が嘘で何が本当なのか、ハッキリさせておきたいし」


話を一通り聞き終えた少女達は得た情報を整理することにした。魔族側の視点で語られた魔王の論述とは少し異なる部分があるものの、歴史の流れは概ね合致する。2つの情報を重ね合わせた結果、リセのメモはより信憑性が増した。


「チュンコと魔王の話はほぼ同じだから、この国に伝わってる歴史が途中から改竄されてるって結論にして良さそうじゃない? 嘘ばっかりの癖に、"オキデンスの歴史を学んで貰おう"だなんて台詞をよく言えたもんね、アイツ」


「ああ、サンディクスの事かな。確かに迎賓館でそんな事を言われた記憶があるような……?」


「ん、その人物の事で気になることがある。この部分だけど」


リセはおもむろに3枚目の末尾を指差す。そこには調停者を誑かした人間族のことが記載されていた。この男が何を考えていたのかまでは不明だが、全てを狂わせた元凶と言っても過言ではない。


「人間族の男、ね……うちも少し気になってたのよ、それ。確たる証拠はないんだけど、何となくアイツじゃないかなって」


「奇遇だねココノア。ボクもだよ」


「ん、あたしも同じ事を考えてた。メルは分かる?」


「この人……ナナシさんが言ってた"リーデル"って人かもしれません!」


メルの回答に一同は頷いて同意を示した。リーデルというのは2000年以上前から存在していたとされる古代人の名だ。ナナシが語った内容によると、彼は魂を他人に憑依させることで生き永らえることができる。従って太古の時代に存在していたとしてもおかしくは無かった。そしてそのリーデルは今、マルロフ公爵家の若き貴人――サンディクスの体を操り、世界でも1,2位を争う大国の中枢に君臨している。


「ナナシからはサンディクスの中身がリーデルであることしか聞いてないけど、調停者を焚き付けて亜人を襲撃させるってやり方を見る限り、その人間族がリーデルと同一人物である可能性は高いと思う」


「あの性格の悪さ、何千年も前から(こじ)らせてたなら納得できるわ。亜人を襲わせた動機は分からないけど、うちらに対する差別意識はかなり酷かったし」


サンディクスと迎賓館で言葉を交わした時から抱いていた違和感が、少女達の判断材料となった。太古の歴史をあたかも自分の目で見てきたような語り口、緘口令により秘された魔王の名を口にした事……いずれも彼が当事者だったのならば不自然ではない。そして最大の決め手となったのは、自ら手を下すことなく他者を騙して争いを起こすという狡猾なやり口だ。ナナシを仕向けて同士討ちさせようとしたサンディクスの考え方と非常に似通っている。様々な情報が入り交じる現代社会で鍛えられてきた元日本人達は、鋭い勘でそれらを即座に結びつけることができた。


「亜人さんの身分を貶める制度を正当化するためだけに、嘘の歴史を広めているなんて許せません! ミコトさんが言ってた通り、本当ならみんなが仲良く暮らせる国になってたはずなのに……」


「ん……サンディクスを何とかしないと、ここは永遠に変わらないだろうね」


「何とかこの国の人達に真実を伝えることができればいいんですけども……」


(いわ)れなき迫害を受けている亜人を救いたいと思ったメルは、オキデンスの現状をどうにかできないかと頭を悩ませる。


「あっ、この話をミコトさんにお伝えするというのはどうでしょうか! そして式典で直訴する時に、リセちゃんのメモを街の人々にも配るんです! 人間と亜人が力を合わせて魔族に立ち向かってた事を知ってもらえれば、きっと奴隷制度なんて無くなりますよ!」


「言いたいことは分かるけど……今更それを広めるのは無理じゃない? 絶対受け入れてくれないってば。人間族からしてみれば今の暮らしの方が便利なんだし」


「ん……互いに抱いてる感情も良くないだろうしね」


「それでも、ミコトさんはユキちゃんのために危険を顧みず立ち上がりました。私もそれを応援したいなって……!」


異界の英雄から記憶を継承したミコトは、亜人と人間が共に手を取り合って暮らせる国を作るために全力を尽くすことを選んだ。最悪の場合、死刑に処されることも承知の上で、彼女は建国式典で奴隷解放の直訴に挑む。もちろんココノア達もそれに力を貸すつもりではあったが、深く浸透した人間族の差別意識と、亜人達に刻まれた恐怖や憎しみを払拭する事は難しいだろうと感じていた。


「メルの気持ちはボクもよく分かる。でもいくらミコトさんが本当の歴史を語っても、街の住民や議員達はすぐに信じてくれないと思う。今までそれが当たり前だとして言われてきた事を覆すのは、本当に難しい事なんだ」


「そんな……私達に出来ることって何も無いんですか……?」


しょんぼりと猫耳を折り曲げるメル。悲しそうな彼女の顔を見下ろしながら、レモティーは微笑みながら首を左右に振る。


「ボク達()()なら厳しいと思う。でも神の獣と呼ばれる程の偉大な存在が手伝ってくれるのなら、話は別だ! シニストラ自治区では森の大火事を神獣が鎮めたって言い伝えが残っているし、神獣に対して魔物祓いを祈願していた時代もあったくらいだから、この大陸の人々にとって神獣は特別な存在なんだよ。だからその潜在意識を利用させて貰うわけさ!」


レモティーは喋り疲れて微睡(まどろ)んでいるチュンコを見上げた。自分の事に言及されているとも知らず、巨大スズメは瞼を半分閉じた状態で鼻提灯を出している。見た目こそ愛らしいが、生物の枠を超越した巨躯と天災にも等しい暴風を操る力は、あらゆる生物にとって畏怖と畏敬の対象だ。


「なるほどね、チュンコがいれば説得力ありそうかも。こんなんだけど、一応は神が創った最初の獣なわけだし」


「ついでに本当の歴史を記した紙をチュンコに配ってもらうなんてどうかな? ただ、普通のチラシだとインパクトに欠けるから、古文書っぽくしてみるのもいいかもしれない。NeCOにあった書物系アイテムを参考にしてみようかな。デザイン関係はココノアにも手伝って貰うけども」


「そんな秘策を考えつくなんて! さすがレモティーちゃんです!」


「あはは、褒めてもリンゴしかでないよ? ボクとしてもユキちゃんには幸せに暮らして欲しいから、出来ることは全部やっておきたいんだ。もっとも、チュンコに事情を話して協力してもらうのが前提なんだけどね!」


力強い眼差しを巨鳥に向けると、レモティーは立ち上がった。虚構で覆い隠された歴史を明らかにし、亜人達を蝕む奴隷制度を無くす――新たな目標を見据えた少女達は、国家権力を擁する諸悪の根源に戦いを挑む。

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