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うちの子転生!  作者: 千国丸
72/107

072.救出作戦④

――旧獣人王国跡――


かつて西大陸で最大規模を誇った獣人達の王国。その栄華を象徴していた街並みは戦争によって焼かれ、既に存在してはいない。今となっては瓦礫ばかりの遺構を緑が覆うのみだ。シニストラ自治区の住民達も魔物や獣を警戒してこの地には近づかないのだが、今日は珍しく車輪の駆ける音が響いていた。


「井戸の跡とか家の基礎っぽいのがちらほら見えるけど、このあたりには人が住んでたのかな?」


「うむ、このあたりには街があったと聞いておる。全て焼けてしもうたがな」


苔むした大通りを突き進むのはレモティー達の馬車だ。カムイの案内により、一行は計画通りに自治区の中心部へと到着していたのである。既にゲブラ連隊の支配地へ入っているため、荷台の前方ではカムイが、後方ではココノアが警戒を担当していた。


「今のところ誰も見かけないわね。あとどれくらいで砦に到着するの?」


「まもなくじゃ。奴らの拠点は黒金の壁で囲まれておるからすぐに分かるわい」


ココノアの問いにそう答えると、カムイは馬車の中を見渡した。敵地に入ってから彼の顔はずっと険しいままだ。ユキの前では平静を装っているものの、ミコト救出に対する強い想いは一挙一動から伝わってくる。


「うむ……それでは最後の確認じゃ。昨晩に伝えた策の通り、本丸にはレモティーとメル、そしてワシが向かう。ミコト様の身に危険が及ぶ前にお救いせねばならん。両名ともワシに遅れるでないぞ」


「もちろん。ミコトさんを無事に救い出すことがボク達の優先事項だからね。全速力で追いかけるさ!」


「カムイさんに特訓して貰った成果を見せる時ですね! 悪い人達は私達がやっつけますから、頼りにして下さいな!」


そう言ってレモティーとメルは頷いた。最も重要な役どころに彼女達が起用されたのには理由がある。レモティーについては拘束技で敵戦力を無力化できる点や、攻守のバランスが良く罠や奇襲に対処し易いという長所が評価された。一方、メルは回復魔法の使い手であることが決定打となっている。ミコトの状況が分からない以上、現地での応急処置が必要になる可能性が捨て切れないからだ。ただ、カムイには別の思惑もある。


(純粋な()だけで言えば、ココノアやリセの方が上じゃろうが……)


ここに至るまでの3日間、彼は旅と修練を通してメルの実力を目の当たりにした。嫌という程に思い知らされた無尽蔵の体力と計り知れない怪力、そして群を抜く敏捷性――そのどれもが一級品であることは疑いようがない。しかし戦力という面では魔法や剣技に優れるココノアやリセに軍配があがる。


(メルには何か特別なものを感じるからのぉ)


カムイはメルに救出作戦の要と成り得る可能性を見出していた。性格も種族も異なる4人組において、いつも中心にいるのが彼女であったからだ。特異点と呼んでも過言ではないその存在が、仲間同士の結束をより強固にしているのは間違いないだろうと彼は推測する。


「よし、次は陽動役のココノアとツバキじゃ。お主らも手筈は憶えておるな?」


「勿論ですとも! 我らが前哨基地を襲撃することで敵兵の目を外に向けさせる老師の計略、理解しております。ココノア殿も共に戦っていただけるのであれば、問題などございません!」


「陽動っていうか、別に制圧しちゃってもいいんでしょ?」


「カカカッ、言うではないか! 口だけでは無いと良いがのぉ?」


弓と魔法による遠距離攻撃が可能なエルフ組には、砦の手前にある2箇所の基地から兵士を引き剥がす役割が命じられた。基地にはゲブラ連隊における主力戦力の8割が駐在しており、正面からぶつかれば大規模な乱戦になりかねない。ミコトの身を案じたカムイは別働隊による陽動を仕掛け、敵兵を砦から引き離す作戦を選んだ。


「最後はリセ、お主は姫様と共に馬車で待機じゃ。必ずや姫様を護るのじゃぞ」


「ん、大丈夫。あたしが責任持って守り抜くから」


「じぃじ、気をつけてね……」


「姫様……ミコト様をお連れするまでの間、どうぞ安全な場所でお待ちくだされ」


不安そうな表情を浮かべるユキに対して、カムイは優しく微笑んでみせた。実力に非の打ち所がないリセだからこそ大切な役目を任せられる反面、戦力的には大きく欠けることになる。そのため彼にとってもこの人選は苦渋の判断となった。


(姫様をお護りするのは本来ワシの役目……じゃが、今回ばかりはそうもいかぬ)


内心では今度こそ自分の手でユキを護りたいと願うカムイであったが、砦の潜入調査経験を持つ彼にしか先導役は担えない。ミコトの居場所まで最短で辿り着くには、この編成が最も合理的であった。


「さて……そろそろ見えてきたようじゃの。あれが奴らの要塞を守る防壁、ニグレドの壁じゃ」


カムイに言われて一同は前方に視線を向ける。そこには森を区切るようにして真っ黒な防壁が反り立っていた。表面は僅かに光沢を帯びており、特殊な金属で造られていることが分かる。


「よし、みんな出撃の準備をしてくれ! 馬車を隠せそうな場所を探すよ」


荷台を振り返りながら手綱を操ると、レモティーは草木に覆われた遺構の影へと馬車を潜り込ませたのであった。




――オキデンス軍 西部要塞ラクエス――




亜人奴隷の強制労働によって築かれた砦ラクエス――その威容は中小国家の王城にも劣らぬ立派なものであった。梁や柱といった構造体に森から切り出した巨木を用いたため一風変わった見た目ではあるが、石造建築物と異なり衝撃や揺れに強い特性を持つ。片や、外壁には国内で開発された新素材の鋼板、超硬度金属(アダマンチウム)を採用し、大口径砲の直撃にすら耐えることが可能だ。実験を兼ねて種々の新技術が投入されたこの要塞は、オキデンスにおける最新鋭の城とも言えるだろう。

そんな鉄壁を誇る防塞を任されているのは、グリーディという名の人間族男性であった。彼は五大名家に数えられるマイウス伯爵家の分家筋にあたり、40代後半にしてオキデンス国軍大佐という立場にまで上り詰めたエリート軍人だ。しかしその本質は貴族から程遠く、成り上がるためならば手段を選ばない野心家と恐れられている。外見にも粗暴な本性が現れており、毒蜘蛛の刺青が刻まれたスキンヘッドと強面が特徴だった。そのせいか要塞の最上階に位置するグリーディの執務室に入る部下は、必ずといっていいほど萎縮してしまう。この日、正午過ぎの定期布告に訪れた軍服の男性も例に漏れず、緊張した面持ちで黒光りした扉に手を掛けたのであった。


「し、失礼致します! グリーディ隊長、見廻り結果の報告に参りました。北部と南部の亜人集落については、これといった動きはありません。ただ、拠点東部の森では比較的新しい車輪の跡が発見されています。調査隊を派遣した方が宜しいかと……!」


「フン、奴隷商が亜人狩りでもしているのだろう。放っておけ。それよりも、だ……近隣の集落から金目の物を徴収しろと指示していた件はどうなっている?」


「お、お言葉ですが……我らは政治犯を収監しろという命令しか受けておりません。幽囚(ゆうしゅう)を奪還しにきた者達相手ならともかく、私欲による派兵は重大な軍規違反に――」


「ほう、俺に意見するとは随分と偉くなったものだな。昇進祝いだ、お前に相応しい特等席を与えてやろう」


部下の言葉を遮ったグリーディは、東側の壁に嵌め込まれた窓を指差す。部下が恐る恐る視線を向けたその先にあったのは、串刺し刑に処された亜人達の骸だった。しかもそれは1つや2つではなく、軽く数えただけでも100を超える。


「ひっ!? 失礼しました!」


"特等席"の意味を察した若い兵士は、青ざめた顔で執務室から飛び出ていった。その後姿を鼻で笑いながらグリーディは処刑場を見下ろす。おびただしい数の死体はどれも木製の杭によって貫通されており、面影も残らないほどに朽ち果てていた。彼らは拠点周辺にある亜人の集落から徴用された元奴隷の成れの果てである。砦を建設する際に反乱や逃走を企てた者達が、見せしめとして処刑されたのだ。ここには軍部や議会の目が届きにくいため、グリーディの独断による残虐行為が簡単に罷り通る。


「ここから成り上がってみせるぞ、俺は……! 大元帥殿は(てい)よく厄介払いしたつもりだろうが、力と金を蓄えた暁には必ずや軍上層部に返り咲き、このグリーディこそが真なる支配者であることを知らしめるのだ!」


苛立った面持ちで独り言を吐き捨てるグリーディ。彼が率いるゲブラ連隊はこれまで亜人の反乱を幾度となく制圧した実績があり、議会からも高い評価を得ていた。しかしある任務の失敗を理由に、隊ごと第一線から遠ざけられてしまう。大して武功を挙げられない辺境の地では出世も望めなかった。


「こんなところで終わって(たま)るものか……!」


黒壁の向こうに見える鬱蒼とした森に目を向け、グリーディは数ヶ月前に行った極秘作戦の記憶を呼び起こす。ミコトが政治犯として議員権限を剥奪された翌日――その1人娘を誘拐しろという密命が彼の元に届いた。指示を言い渡したのは極端な亜人嫌いとして知られる国軍の大元帥だ。任務の目的は"ミコトの精神的支柱を奪い、屈服させる事"だと聞かされたが、(まつりごと)に興味の無いグリーディにとっては些末であった。

それよりも彼は報酬として提示されたミコトの娘に強い興味を惹かれる。旧獣人王国の王族が極めて特異な体質を備えている事を知っていたからだ。その血筋に生まれた女は、(つがい)となった相手の才能をそのまま子に継承することができた。


――『"白の血族"は莫大な富を生み出す』――


初雪のような穢れの無い髪と透き通った肌――神秘的な容姿を持つ白狐の女獣人は、何色にでも染まる事が出来るという意味を込めて、白の血族と呼ばれる。優秀な子孫を残したい貴族や富豪は勿論のこと、究極の戦士を生み出そうとした他国の研究者や魔術の極限を目指す者などが、こぞってその血を求めた。そしていつからか白の血族は富の代名詞とまで言われるようになる。それが例え幼子であっても、価値を知る者に引き渡せば一生使い切れぬほどの大金を生み出すことだろう。


「あの時、くたばり損ないに邪魔されなければ……俺は莫大な富を得ることができていたと言うのに!」


悔やんでも悔やみきれない様子で歯を食いしばるグリーディ。ミコトの娘であるユキとその護衛役がディア・メトロスを離れようとした日、彼は素性を隠したゲブラ連隊の精鋭を連れて襲撃した。軍の仕業であることを悟らせないためだ。しかしあと一歩のところで老獣人とその仲間に邪魔され、肝心の娘が行方不明となる。たまたま近くを通りかかっていた奴隷狩り達が少女を連れ去っていた事が判明したのは、それからしばらく経った後のことだった。

ユキは白の血族だと知られる事なく市場で競売に掛けられ、単なる愛玩用奴隷として東大陸に売られてしまう。その情報を入手した彼は親戚であるマイウス伯爵に頼みこみ、借りた私船で奴隷船を追ったのだが、ユキの消息は(つい)ぞ知る事ができなかった。

その後、グリーディは密命に失敗した責任を取らされる形で、辺境の地であるシニストラ自治区へ飛ばされることになる。つまらない日常と、椅子を尻で磨くだけの人生に危機感を覚えた彼は、密かに富と権力を得る方法を模索していた。亜人の集落から金品を強奪する指示を部下に出したのもその一環であったが、貧しい村民相手に望むような成果は得られないだろう。それを踏まえた上で、グリーディは以前から立てていた計画を実行に移す決心をする。


「やはり再起を果たすには、"白の血族"を利用する他ない。もはや手段など選んでおれんのだからな」


唇の端をニヤリと吊り上げると、彼は執務室を出てミコトを収容している幽閉部屋に足を向けた。




――要塞最上階 監置塔――




砦の上層には天に向かって伸びる円柱型の尖塔が5箇所存在する。四方にある塔は監視用であるが、中央にあるものは監置塔と呼ばれており、長い空中廊下を経由しなければ入れない構造となっていた。外界から隔離されたその塔には、何重にも脱走対策が施された監禁部屋がある。さらに外から厳重に鍵が掛けられているため、出入りできるのは砦の最高責任者かその許可を得たものだけだ。

ある政治犯を監禁するためだけに設けられたこの個室には、質素な寝具と食事用の机と椅子、そして使用者の自由を縛る首鎖が備え付けられていた。壁には明かりを取り込むための小窓があるが、金属で作られた太い格子が嵌められており、見下ろしても視界に入るのは串刺しになった亜人の骸だけである。

そんな閉塞感が支配する一室の中央には、目も覚めるような美しい獣人族の女性が椅子に腰掛けていた。腰まで伸びた純白の髪は薄暗い部屋でも輝いて浮かび上がり、狐に似た耳と尾の毛並みはきめ細かく繊細だ。あまり食事を摂っていないのか少し痩せ気味ではあるが、顔つきには気品があり、長い睫毛と二重が麗色に拍車を掛ける。これで衣服が麻布を重ねただけの奴隷服でなければ、絶世の美女として歴史に名を残していてもおかしくはないだろう。


――ギィィ……――


閉じ込められた者の絶望で染めたような黒褐色の扉がゆっくりと開け放たれた。それにより淀んだ空気に僅かな流れが生じる。


「ミコトよ、久しぶりだな」


「……」


要塞における最高責任者――グリーディに名を呼ばれても、白狐の獣人は視線すら合わそうとはしない。それどころかその存在を無視したかのように黙って目を伏せていた。


「相変わらず愛嬌のない女だ。そろそろお前もこの部屋での暮らしは飽きただろう。太陽の下で生きたいとは思わないか?」


「……」


「これから話す俺の提案に乗れば、お前をここから出してやる。行方不明の娘も探してやろう。弱みを見せまいと耐えているようだが、今頃どこでどんな目に遭っているか気が気でないのだろう?」


わざとらしく娘の事に言及し、ミコトにプレッシャーを掛けるグリーディ。動じていないように見えても、獣耳がピクリと動くのを彼は見逃さなかった。


「国軍の将校である俺ならば、政治犯の釈放手続きを申し出る事ができる。そしてお前が飲むべき条件はたった1つだけだ。俺の妻になりたいと申し出ろ。最近動きを強めている反乱分子に対する牽制にもなるからな……お前自ら懇願すれば議会も無下にはしないだろう」


普段よりも穏やかな声色を作り、グリーディはミコトに伴侶となるように迫る。軍のエリートとはいえ、議会の決定事項を覆す事は難しいものの、五大名家の血縁者である事を利用すれば不可能ではない。だからこそ心を揺さぶる要因に成り得ると彼は踏んだ。しかしミコトは顔色を変えることなく、その提案を一蹴する。


「……貴方の妻にはなりません。用が済んだのであれば出ておゆきなさい」


「クックック……やっと返事をしたか。やはり娘の事になると冷静さを失うようだな。そんなに子が大事なのであれば、尚更この条件を受け入れるべきだ」


「見え透いた嘘を……あの子を取り戻したところで、貴方は富を得るために利用するだけ。この身を欲しがるのも、白の血族として価値のある子が欲しいからに過ぎない。違いますか?」


「……聡い女だ。お前のそういう所、嫌いではないぞ」


ミコトの指摘をグリーディは否定しなかった。事実、彼がミコトを妻として迎え入れる提案をしたのは、赤子を産ませて高く売るためである。しかもオキデンスでは獣人族と人間族の婚姻は認められていないため、あくまで側室の扱いだ。グリーディの甘言に応じてしまったら最後、ミコトは女性としての尊厳を一切失う事になりかねない。


「こちらに来てから少々痩せたようだが、顔立ちは悪くない。長命種だけあって、経産婦とは思えん肌のツヤと張りだ。獣臭い耳と尾は気になるが、抱けぬほどではないな」


彼はミコトの顎を指で持ち上げ、色白の肌とは対称的な鮮やかな黄の瞳を覗き込んだ。人間族とはいえ鍛え抜かれた男性の身体と比べるとミコトは小さく、見た目の若さもあいまって生娘のように見える。


「……その汚い手を離しなさい」


「ほう、この状況でまだそんな口をきけるのか。母親になった女というのはつくづく強情なものだ。置かれている立場が分からぬのであれば、今ここで教えてやろう。お前が単なる雌でしかないということをな……」


グリーディは下卑た笑みを浮かべ、ミコトの胸元へ視線を落とす。拘束用の鎖が繋がった首輪よりもさらに下、そこにはふくよかな乳房が覗いていた。奴隷服は脱走用の道具を隠せないように露出が多い作りになっており、下着を付けることも禁じられていたのだ。彼は大きく口を開けた隙間に向かって、容赦なく手を伸ばす。


――ドォォォン!――


男の手が白い双丘の片方を鷲掴みにする寸前、砦に大きな衝撃が走った。監置塔もグラグラと揺れ始めたので、グリーディは咄嗟にテーブルへ手をつく。


「クッ、何事だ……!?」


これまで要塞が襲撃を受けることはなかっただけに、彼の驚きは大きかった。ミコトを奪還しようと画策した亜人が乗り込んでくることはあったが、ここに辿り着く前に前哨基地の人員で殲滅できた。しかし今回は明らかに侵入を許してしまっている。


「オイ、何が起こっている! 状況を報告せぬか!」


グリーディはポケットに入れていた通信用の魔道具を手に取り、部下を呼び出した。小さな金属箱に嵌め込まれた水晶球が魔力を帯びて淡い光を放ち始める。


「だ、隊長! すぐにお逃げください! 要塞内に侵入者が3名入り込み、最上階へ向かって移動中! 我らで止めることは不可能です! 至急、軍本部にも応援を!」


「たかが3名だと……? そんなもの、砦内の兵で対処できるだろうがッ!」


「そ、それが手に負えない強さでして、前哨基地も既に半壊、我が隊は総崩れ……うわぁぁぁぁ!!」


「おい、どうした!? 返事をしろ!」


通信端末から聞こえた断末魔にグリーディは唖然とする。ゲブラ連隊は実戦経験の多い者で構成されており、たった数人の襲撃で綻ぶような軍隊ではなかったからだ。しかも帝国軍の魔装制圧兵団(デバステイター)に倣って、戦闘員には魔道兵器を搭載した特殊装備まで配備している。それを容易く打ち破ることができる化け物じみた相手が、オキデンス内に存在する話など聞いたことがない。もはやミコトに構っている状況では無いと察した彼は、出口に向かって踵を返した。


「フン、つくづく運のいい女だ……続きはまた今度にしてやる」


「貴方のような最低の男に屈することはありません。何度来ても同じことです」


強い意思の籠もった声がグリーディの背を貫く。囚われの身に貶められても心折れず、高潔な振る舞いを見せるミコトに対して、彼は憤りを隠せなかった。忌々しそうに舌打ちして後ろを振り返る。


「亜人如きが調子に乗るなよッ……! もうお前を妻にする気など消え失せたわ。その身体、女日照り続きの部下共にくれてやろうではないか。お前の部屋は明日から兵舎の慰安室だ。せいぜい孕み袋として扱き使ってやるからな!」


悪辣な暴言を吐き出した直後、グリーディの足元に不穏な揺れが伝わってきた。遠くから響く破壊音からも、何者かが砦の壁を打ち抜きながら上層へ向かって来ていることが分かる。


「どいつもこいつも馬鹿にしよって……この俺が直々に粉砕してやるぞ!」


彼は重い扉を叩きつけるように閉じて、自分専用の重装備が保管されている兵装格納庫へと急いだ。




――要塞最上階 中央広間――




「確かに全速力で向かうとは言ったが、まさかここまでするとはのぉ……」


「えっ、でもこの方が手っ取り早くて良くないですか? ココノアちゃんも道がない時は自分で作れって、よく言ってましたし」


城塞において最も高い階にある広間へ辿り着いたカムイ達。彼らが通って来たのは床に穿たれた大穴である。それより下の階層は壁も床も判別つかないほどに粉々になっていた。覗き込むと地上階まで見通すことができる。


「それはそうじゃが……」


カムイは戸惑い気味に答えた。陽動が成功した後、彼の案内によってメルとレモティーは問題なく内部へ潜入を果たす。しかし侵入者対策用として施された隔壁が作動したことで、上階に通じる階段が封鎖されてしまった。そこでメルが天井を貫通して進む案を提示したのだ。


「カムイさんに教わった成果もお披露目できましたし、準備運動にはちょうど良かったのです!」


「うんうん、凄かったよ! メルが掌底を繰り出しただけで壁が吹き飛んだときは、思わず吹き出しそうになったね! さすがカムイさんだ」


「う、うむ……そうじゃろうて」


喜ぶメルと感心するレモティーを横目に、カムイは言い淀む。実のところメルは武術の才を全く持っておらず、彼は技を伝授することができなかったのだ。代わりに全ての獣人武術の基礎となる呼吸法や関節の動かし方、重心移動のコツなどを助言しただけである。ただ、それでもメルの体術は飛躍的に向上しており、前にも増してパワフルな"素殴り"を獲得していた。


「さてと、ここが最上階っぽいけどミコトさんはどこにいるのかな?」


「ほれ、あそこに見えておる通路があるじゃろう。その奥にある塔の中でミコト様は囚われておる。しかし直行するわけにはいかんのだ。罠が仕掛けられておる可能性が高いからのぉ。レモティー、お主でどうにかできぬか?」


「そうだね……あるとすれば壁や床への接触感知で発動するタイプだろうし、内側から蔦で補強してやれば問題なさそうかな」


そう言うとレモティーは足元から大量の蔦を生み出した。それらはあっという間に空中廊下の内部を満遍なく覆い、緑に溢れた通路を形成する。トラップがいくつか発動していたが、どれも通路の天井や床に仕込まれていたものであったため、レモティーの思惑どおり緑壁によって封じられた。通行には何の支障もない。


「うむ、見事じゃ。これならばミコト様をお連れする際も安心できるというもの。それでは向かおうぞ!」


そう言ってカムイが通路へ突入しようとした瞬間、通路の反対側にあった部屋の扉が勢いよく開け放たれた。そして中から分厚い装甲を纏った男が顔を出す。帝国軍でも使用されていた魔道具内蔵のランスと円型シールドを構えた彼は、カムイの顔を見るなり強い憎悪を露わにした。


「お前の顔には見覚えがあるぞ! 俺の計画を何かも台無しにしてくれた、"くたばり損ない"ではないかッ!」


「お主は姫様を襲った悪漢! よもや、こんなところで会うことになろうとはな……!」


ユキを狙って襲撃してきた者達の顔はマスクで隠されていたが、特徴的な声の臭気からカムイは男が誘拐犯であることを悟る。一方、対峙する軍人男性はグリーディ本人であった。連絡が取れなくなった部下に頼らず、自ら武装を身に付けて待ち構えていたのである。


「一度ならず二度までも我が覇道を邪魔をしてくれた礼は、きっちりしてやろう! この最新型兵装でな!」


そうグリーディが叫んだ瞬間、彼が纏っていた黒いスーツの表面に術式の羅列が浮かんだ。それが筋力増強の術式であることに気づいたカムイは、先んじて攻撃を仕掛ける。


「小僧、その首ワシが貰い受ける!」


「フハハハ、その程度で俺に勝てるものか! 以前とは違うのだぞ、以前とは!」


補助魔法により異常発達した上腕から繰り出される槍の刺突。衝撃波を纏う強烈な一撃を素早く回避したカムイであったが、魔道具を内蔵するそれには追撃の機能があった。円錐状の槍先が展開し、周囲に電撃が乱れ飛ぶ。高密度の放電は激しく輝き、カムイを弾き飛ばした。


「どうだ! 我が国で開発された対人兵器の味は! だが、まだまだこの程度ではないぞッ! お前には新兵器の実験台になってもらわんとなァ?」


「くっ、この程度でワシがくたばるなどと思うでないぞ……!」


辛うじて着地はしたが、カムイの足元は覚束ない。電撃の威力は馬鹿にならない上に、対象を狙って変則的に曲がってくるため、狭い室内では避けることも困難だ。


(あの武器も厄介じゃが、他の武装も侮れんの……魔道具による補助を受けて相当能力が上がっておる。まさか武具だけで亜人に匹敵する能力を手に入れたとでもいうのか……?)


覚悟を決めたカムイは刀を握り直す。永い時間を掛けて培われてきた武人としての勘は正しかった。グリーディの装備は従来の魔道具とは比べ物にならないほどに進歩していたのだ。膨大な資金を注ぎ込んで作られた装甲には身体機能の増強機能だけでなく、魔法の発動を支援する術式も組み込まれており、人間族であっても獣人族やエルフ族を上回る能力を得る事ができる。老練の戦士と言えど油断できない相手であった。

ただし装置の維持に大量の魔力を消費するため、エルフ族の奴隷から強制抽出した魔力結晶を大量に搭載しても10分の稼働が限界である。その燃費の悪さにはカムイも薄々気づいており、今は無理に相手をせずミコトの救助を優先すべきだと判断した。


「メル、レモティー! ワシに構わずミコト様を助けに向かえ! ここはこの老いぼれが――」


カムイが全てを言い終える前に、グリーディの肩部砲台から放たれた光線がその身体を貫いた。魔力結晶を兵装に搭載した炉で昇華させ、凝縮して撃ち出す魔砲の威力は高位術式にも匹敵する。侵入者を1人消し飛ばした事を確信したグリーディは、歪んだ笑みを浮かべて勝利を宣言した。


「クックック、俺の勝ちだ! 射程を読み違えたな老いぼれッ! この魔砲はオーガでさえ一撃で仕留める威力を誇る! もはや胴体すら残っていな……」


唐突にグリーディの顔から余裕が消える。光線が直撃したはずの場所に幾重もの蔦が張り巡らされていたからだ。深緑の盾とも形容できるそれは、カムイの身を完全に守護していた。


「そうか……お前がユキちゃんを母親から引き離した張本人だったのか」


レモティーの声が広間に響く。だがその声にいつもの朗らかさはなかった。碧色の瞳に怒りを携え、豊穣の乙女はグリーディに近づいていく。


「女、手から出している蔓ははなんだッ!? お前が操っているのか……?」


得体の知れないプレッシャーを感じて、グリーディは後退(あとずさ)った。たった1人の若い女相手に気後れしてしまう自分に違和感を抱きつつも、次の魔砲のチャージを密かに開始する。充填が完了次第、金色の髪を靡かせる頭部を穿つつもりであった。


「ボクは親から子供を引き離すような奴が大嫌いでね。ユキちゃんやミコトさんの代わりに、ここで成敗してあげるよ」


「フンッ……何を偉そうに! お前は何も知らないだけだ。あの娘には価値がある! それを利用して何が悪い? 莫大な富の前では親子の情など塵同然、誰しもが俺と同じ考えに至るだろう!」


「価値だとか利用とか……そういう下らない言葉で家族の絆を踏み躙るなッ!」


レモティーの怒りが無数の葉を召喚する。そのどれもが研ぎ澄まされた刃のように鋭く輝いており、グリーディの方を向いていた。得体の知れない相手の異能に焦った彼は、魔砲の充填率が8割を超えた時点でトリガーを押し込む。


「これだけ近ければ防げまい! 死ねぇぇッ!」


万緑の暴風(リーフ・テンペスト)ッ!」


レモティーの方が一手早かった。砲口が光った直後に、緑の嵐がグリーディを飲み込んだのである。その結果、魔砲は彼の装甲ごと切り刻まれて床に散らばった。


「こ、こんな馬鹿な事がッ……!」


鎧を失った大男が倒れ込み、床にズシンと鈍い音が響く。彼が動かなくなったのを確認し、レモティーはカムイとメルを振り返った。


「コイツにはもっと言いたいことがあるけど、今はミコトさんの救出を急ごう!」


「そうじゃの」


「はいっ!」


同意を示した2人と共にレモティーは青々とした廊下を渡り、ミコトが捕らえられている個室の前まで移動する。鍵付きの頑丈な扉が行く手を塞いでいたが、それはメルが片手で曲げてしまった。超硬度金属(アダマンチウム)を含有した重厚な金属板も、怪力の前では溶けたチョコレートも同然だ。こうしてミコトを外界から隔てていたものは全てなくなり、彼女は臣下との再会を果たす。


「ミコト様! ご無事ですか!?」


「貴方は……カムイではありませんか! どうして危険を冒してまで、このようなところに……」


「細かい説明は後ですじゃ! 防壁の外に姫様がおります故、すぐに脱出を!」


カムイの言葉を聞いて、ミコトの表情はパァっと明るくなった。幽閉されてからも毎日のように娘の無事を祈っていた彼女ではあるが、再会は出来ないものとして諦めていたのだ。希望と言う名の原動力を得た彼女は、心を奮い立たせて力強く立ち上がる。


「ああっ……! まさか生きているうちに、もう一度ユキに会えるなんて……! 是非、私をあの子のところへ連れて行ってくださいな」


「もちろん! ユキちゃんも会いたがってたからね! でもボク達が暴れすぎたせいでちょっとばかり足元が悪いんだ。肩を貸すよ、遠慮せずに掴まって!」


「首輪に繋がってる鎖は私が壊しておきますね! えいっと!」


メルが鎖を引き千切った後、ミコトはレモティーに支えられる形で部屋から出た。数ヶ月ぶりに外に出た彼女であったが、その足取りは確かなものだ。カムイに先導して貰いながら、蔦に覆われた通路を進んでいく。だがその先にある広間で待ち構えていたのは執念を滾らせるグリーディであった。


「ハァ……ハァ……お前達を逃しはせんッ!」


ランスの残骸で身体を支えないと立てないような満身創痍の状態であったが、その鋭い眼光はミコトを真っ直ぐに睨みつけている。カムイが刀を構えると、彼は円筒状の機械を握り締めた右手を正面に突き出した。


「それ以上近づいてみろ、即座に首輪の懲罰を発動するからな。このスイッチがある限り、俺の元から逃れることなど出来ぬのだ……クククッ」


「この期に及んで悪足掻きをしよって……!」


カムイの額に汗が浮かぶ。奴隷の首輪を着用している限り、どんな者であっても懲罰から逃れることは不可能だ。迂闊に動けばミコトに危険が及ぶため、それ以上踏み出すことはできない。しかしメルは違っていた。カムイの隣に並び立ち、グリーディを正面に見据える。


「何だお前は……? ガキは引っ込んでろ!」


「どうしても私達の前に立ち塞がるのなら、もう容赦はしませんよ!」


「フンッ、笑わせるな! ミコトの生殺与奪権を握っているのは俺だぞ! お前達が何をしようと無駄だ!」


「そうですか……なら仕方ないですね」


吠えるグリーディに溜息を付くと、メルは首の鈴を鳴らした。一定のリズムで奏でられた美しい音色は壁を超え、砦の外にまで広がっていく。


「何だそれは……投降のつもりか? 耳障りだ、今すぐやめろ! 他の連中も変な気は起こすなよ……そこの金髪女は特にだ! 少しでも妙な動きを見せたら、ミコトの命は無いものと思え!」


「……ああ、ボクはここから動かないよ。ほら、この通り」


レモティーは両手を挙げ、何も(くわだ)てていない事をアピールした。しかしそれは降伏の合図ではない。この後の展開が読めていたからこそ、ミコトに「大丈夫だよ」と微笑みを向ける。


「よし、それでいい。ミコトは今すぐ部屋に戻れ。他の連中は串刺し刑だ! 尻の穴を引き裂いてじっくり杭を挿し込んでやるから、存分に苦し――」


グリーディが歪に唇を曲げて不敵な笑みを浮かべた瞬間だった。広間にあった窓が眩く光り、その周辺にあった壁が豪快に消し飛ぶ。同時にエルフの少女が広間に現れ、彼に向かって杖を構えた。魔石が掲げられた先端には大気を揺らすほどの巨大光弾が蓄えられており、いつでも魔法が発射できる状態になっている。


「何ッ……!?」


突然の乱入者に思わず防御態勢を取るグリーディ。魔砲とは比べ物にならない膨大な力の奔流を感じ取ったことで、死への恐怖が思考を埋め尽くしたのだ。そして手元から注意が失われたことで、スイッチのボタンから指が浮く。その隙が出来るのをレモティーは待っていた。


「さすがココノアだ、頼りになるね! ボクも良い所を見せようかな!」


通路を形成していた蔓の1本が素早くグリーディの腕に巻き付き、スイッチを弾く。さらにカムイがそれを空中キャッチした。咄嗟の連携により首輪の制御装置は暴君の手から離れたのだ。

逆に窮地に追い込まれたのがグリーディ本人である。唯一の抑止力を失った結果、背後にはココノア、正面にはメルという最悪の状況に陥ってしまう。


「それでは、お仕置きの一撃をお見舞いしてあげます!」


眉宇(びう)を引き締めたメルは深く息を吐き、肺の沈み込みに合わせて腰を落とした。続けて両脚に力を込め、流れるような動きで踏み出す。その一連の動きは舞踏のように滑らかなものであったが、加速は従来よりも格段に向上していた。瞬く間も与えずグリーディの懐に飛び込んだ彼女は、指先を少し曲げた状態で手の平を突き出す。


()ッ!」


掌底打ちが炸裂した刹那、グリーディの身体が波打った。子供サイズの手から繰り出されたとは思えない衝撃が生じ、彼は大きく吹き飛ばされる。だがその背が壁で止まることはなかった。その巨体をココノアが魔法で打ち上げたからだ。


「ぐおぉぉぉぉッ!?」


城塞の頂上は野太い男の断末魔を引き連れて消し飛び、巨大な光の柱が空高く伸びた。そんな現実離れした光景をカムイとミコトは唖然とした様子で眺め続ける。一方、レモティーとメルは頬を緩ませてココノアの元へ駆け寄った。


「いいタイミングで来てくれて助かったよ、ココノア」


「ええ、バッチリでした!」


「まったく……いきなり鈴が聞こえてきたから心配したじゃない。ま、何事もなさそうでよかったけど」


移動中に首鈴が鳴るのを耳にしたココノアは、転移魔法で要塞の最上階へと急行したのだ。しかも鈴の音が"SOS"を意味する短・長・短のリズムだったため、彼女は迷うことなく外壁を破壊して強行突入を図っている。結果的にこの事がグリーディの隙を誘い、反撃の糸口を作ることに繋がった。

一見すると博打にも思える危険な作戦かもしれない。だが以心伝心を体現した少女達にしてみれば、ダイスを振る必要すらなかったのだ。メルはココノアなら来てくれると確信していたし、ココノアもメルから求められた役割に全力で応じた。互いに思い遣る心が最善の結末を呼び寄せたのである。


「……ココノアよ、礼を言うぞ。よくぞ窮地を察して来てくれた。じゃが前哨基地の方はどうした? ツバキも見当たらぬが……」


刀を腰鞘に収めながらカムイが声を掛けた。彼が言う通り、ココノアと行動していたはずのツバキは姿を見せていない。


「そんなのとっくの昔に壊滅させたっての。でもツバキが逃げた連中を仕留めとかないと危ないって言うもんだから、途中まで一緒に行動してたのよね。その辺でまだ残党を追いかけてるんじゃない?」


「信じられん……主力部隊をこの短時間で制圧したというのか……」


「ふふん、ココノアちゃんの凄さを知って貰えて、私も鼻が高いのですよ!」


「なんでそこでメルが自慢するのよ……」


そんな歓談に興じる少女達から少し離れた場所で、ミコトは穿たれた天井を見上げていた。開け放たれた檻から降り注ぐ久方ぶりの陽光に、彼女は心から微笑む。


「心地よい光……こんなに空を美しく思えたのは、あの子が産まれてくれた時以来かもしれませんね」


その言葉に誘われるように、清々しい風が砦を吹き抜けた。穴だらけになった要塞ラクエスが、幽閉砦としての機能を果たすことは未来永劫ないだろう。ミコトを薄暗い部屋に繋ぎ止めていた鎖は、心優しき異世界の少女達によって打ち砕かれたのだ。

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