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うちの子転生!  作者: 千国丸
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071.救出作戦③

道を塞いでいた残骸を撤去した後、レモティー達は再び森の奥へ向かって馬車を走らせた。ただし目的地はミコトが幽閉されている砦ではなく、少し道を逸れた先にある亜人の集落である。そこへ向かってほしいと荷台に乗り込んだ新たな同行者達から頼み込まれたからだ。


「すまんのぉ、ワシらの早合点じゃった。ツバキ、いつも言っておるがお主は確認不足が過ぎる。しっかり反省せい!」


「うぅ……皆様がユキ様の恩人であったとも知らず無礼を働いたこと、なんと詫びればお許しいただけるのか分かりませぬ。かくなる上は腹を斬って……!」


平謝りする白狼の老獣人カムイと銀髪のエルフ女性ツバキ。彼らはシニストラ自治区で行われている奴隷狩りに抗う義人――"森の番人"と呼ばれる者達であった。レモティー達の出会いは最悪なものだったが、ユキが居たおかげで双方で事情を話し合う場を持つことができ、今では誤解もすっかり解けている。


「大丈夫、こちらに被害は出ていないし、ボク達は気にしてないよ。それにしても黒い獣の収納籠(アニマル・ケージ)が違法改造された魔道具とは知らなかったな……」


「無理もない、一般には流通しておらぬものじゃからな。だが奴隷商はこれをどこからか仕入れて亜人を捕らえておる。契約魔法は生命力で劣る相手を強制的に下僕とする忌まわしき術ゆえ、幼子が特に狙われやすい。今向かっている村からも(わらべ)が拐かされてしまっての。ワシらは同胞を救うべく、犯人共を追っていたところだったのだ」


「で、誘拐犯の馬車を壊したまでは良かったけど、その1人に肝心のカプセルを持ち逃げされてたってことね?」


「うむ……」


ココノアの一言に渋い表情で頷くカムイ。彼は攫われた子供達を助けるべく、弟子のツバキと共に白い幌馬車を襲撃していた。そして逃げ惑う奴隷商を手分けして仕留め、いくつか黒い獣の収納籠(アニマル・ケージ)を回収することに成功する。

しかし残り1つを持っていた男に逃走を許してしまった。背に毒矢を撃ち込んだツバキが仕留めたと思い込んで油断していたのだ。結局その男は毒で息絶えたのだが、タイミング悪くレモティー達と遭遇することになる。普段ヒトが踏み入れる事のない森で人間族であるレモティーと出逢えば、奴隷商の一味だと思い込んでしまっても仕方ないだろう。

誤解による一悶着はあったものの、幸いレモティーが持っていた獣の収納籠(アニマル・ケージ)で攫われた子供達は全員揃った。その後、早く親元に戻してやりたいというカムイの意見に賛成したレモティー達は、最寄りの村落へ立ち寄ることにしたのである。それにユキやミコトの事を知る者達に出会えた以上、少しでも話を聞いておきたいという想いもあった。


「そういえばカムイさんはユキちゃんに"じぃじ"って呼ばれてたよね? ひょっとしてユキちゃんの祖父だったりするのかな?」


「いや、ワシはミコト様に仕える家臣にしか過ぎん。お優しい姫様は親しみを持ってそのように呼んで下さっているだけじゃよ」


「老師はユキ様が赤ん坊の頃から護衛役を任されております。共に過ごした時間であれば、恐らくミコト様の次には長いかと……」


ツバキが補足する隣で、満面の笑みでカムイの手を握るユキ。数ヶ月ぶりに見知った顔と出会えた事が余程嬉しいのか、白い尻尾は忙しなく揺れていた。しかし何故かカムイの方は表情が硬い。ココノアがその理由を問おうとした矢先、彼の瞳に涙が浮かぶ。


「姫様……ワシが不甲斐なかったせいでお辛い目に遭わせてしまった事、どうぞお許しを。もうワシらには愛想尽きているやもしれませぬが、ミコト様の元には必ずお連れしますゆえ、しばし辛抱くだされ……!」


「ユキはじぃじ達の事、きらいになったりしないよ! だから、もう居なくなったりしないでね……?」


「勿論……勿論ですとも、姫様……!」


カムイはユキの手を両手で握り締め、彼女の足元へと跪いた。その姿に従者としての誠意を垣間見たココノアは、ユキが正真正銘の姫君であることを実感する。しかし同時に、何故そんな高貴な存在が奴隷船に乗せられていたのかという疑問も生まれた。


(今までは気を遣って聞いてなかったけど、そろそろ知っておくべきよね)


ココノアは心の中でユキの過去について尋ねる決心をする。ミコトを救出するにあたり、自分達もこれまでの経緯を知っておく必要があると感じたのだ。カムイとの再会を喜ぶユキに悪いとは感じつつも、彼女は横から口を挟む。


「感動の再会中に悪いんだけど、うちらにユキの事を教えてくれない? どうして東大陸にあの子が連れてこられてたのか、詳しく知らないのよね」


「ふむ……恩人である主らには伝えておくべきであろうな。姫様が何故ミコト様の元から引き裂かれてしまったのかを。年寄りの話ゆえ、長くなるやもしれぬが……良いか?」


「いいわよ。どうせしばらくは移動だけで時間が潰れるしね」


ココノアの返事に頷くと、カムイは瞼を閉じて過去の出来事を語り始めた。彼の話はまずユキの母親が幽閉される原因になった議会での一幕から始まる。西大陸に存在していた獣人王国の末裔――ミコトは亜人の中でも特別な存在として扱われていた。獣人族であるにも関わらず、市民議員としての権利を与えられていたのだ。もっとも、それは亜人達の怒りや不満を都合よくコントロールするための役割でしかなく、議会に対する影響力は皆無であった。しかしそれを承知の上で、彼女は議事堂で奴隷制度廃止を訴え続けたのである。

そこには娘の将来を少しでも良くしてやりたいという母親としての願いもあったのだろう。真摯に訴え続ける彼女の声に、少しずつではあるが賛同する者も出てきた。しかし奴隷制度の恩恵を受けていた多くの国民達はそれを良しとはしなかったのだ。ミコトに対する都市民達の視線が冷たくなってきたタイミングを見計らうようにして、貴族議員の1人が国家反逆の罪で彼女を追放する議案を議会へ提出した。そして過半数の賛成によりミコトはユキから引き離され、シニストラ自治区にある砦に囚われることになってしまったのである。

カムイを筆頭とする家臣達はこれに激しく抵抗したが、議会の決定に逆らうのであれば娘共々処刑するとの厳しい通達があったため、黙って受け入れるしかなかった。同行できなくともせめて主君がいる地で生きたい――そう願ったカムイ達はユキを連れてディア・メトロスを去ったのだが、その矢先に悲劇が起きる。悪辣な奴隷狩りの集団が混乱に乗じてユキを誘拐したのだ。さらに彼女は奴隷市場で競売に掛けられ、有力な奴隷商に買い取られてしまう。そしてオキデンスを奴隷船で発ってから、その消息は完全に途絶えた。それ以降に関してはレモティー達の方が詳しいだろう。ユキの境遇を知った事で、手綱を握る指に力が籠もる。


「……そんな事があったんだね。ユキちゃんを誘拐した連中ともし出会う事があれば、その時はボクが容赦なく正義の鉄槌をお見舞いしてやることにするよ! そのためにも、まずはミコトさんを助け出さないとね」


「うむ、その通りじゃ。ミコト様はディア・メトロスを離れる最後まで姫様の事を案じておられた。今も囚われた砦の中で無事を祈っておられるじゃろうて……」


「あの奴隷船、うちらで沈めておけばよかったわね。結局逃げられたし」


腕を組みつつココノアは眉を顰ませた。彼女とメル、レモティーの3名は過去にリギサン北側の海岸でユキを載せた奴隷船と遭遇している。そこで奴隷商プラガを首領とする一団を捕らえたものの、エリクシア王国兵を連れて戻った時には船の姿が綺麗さっぱり消えていたのだ。そのため少女達は奴隷商達が逃げ去ったと思い込んでいる。実際には飛来した金色の輪により竜骨を折られて船は海の底へ沈んだのだが、それを投げた張本人の記憶には亜人達の痛ましい姿しか残っていなかった。


「奴隷船に乗せられていた亜人さん達はかなり酷い状況でした……でも、ご安心ください! 皆さんはリギサンという村で元気に暮らしていますから!」


「それは良かった……! 他国に売られた者達の末路は相当酷いものと聞きますから、恐らく皆様が居られなければ無事では済まなかったでしょう。これぞ、まさに神獣様の導きです!」


「その神獣様って何よ。女神とはまた違う存……んっ?」


祈りを捧げるようにして両手を合わせるツバキを見て、ココノアはある事に気づいた。フード付きのマントを脱いだ彼女の首周りは、随分とスッキリしていたのである。


「どうしてアンタ達は首輪をつけられてないの? ディア・メトロスの亜人はみんな装着させられてたけど」


「首輪か……あれは街内でのみ着用が義務付けられておる。魔物や獣が出没するこの森で力を制限されれば、ワシらはとうの昔に骸になっていたじゃろうて」


ツバキの代わりにカムイが答えた。彼はココノア達に向き直り、更に話を続ける。


「ワシらの体には目に見えぬ印が刻まれておってな。それを付けた者が街に入ることを許されるには、首輪を付けねばならんのじゃ」


「ああ、ユキちゃんにも刻まれていた隷属の刻印のことだね。亜人かどうかを判別するためだけに、そんな刻印を強引に付与するなんて酷い制度だな……」


「ワシらのような先祖と然程変わらぬ獣人ならともかく、そこの桃色の娘や姫様のように耳と尾を隠せば人間族と見た目が変わらぬ亜人もおるからのぉ……五感の鈍い連中は、印を付けねば判別できぬのであろう」


カムイの話に一旦の区切りが付いた頃、空を覆う枝葉が急に薄くなった。周囲を囲む木々が疎らになってきたのだ。少し明るくなった道を進み続けると、簡素な木造住居が点在する集落が見えてきた。


「おっと、あそこに見える村が目的地でいいのかな?」


「うむ、あれが嘴村(くちばしむら)じゃ。我が子を待つ親御達が村の入口におるはずだが、お主らの目には見えておらぬのか?」


「さすがにこの距離からは見えないかな……メルは見えるかい?」


「ええ、分かりますよ。みなさん心配そうなお顔をしてますから、早くお子さんに会わせてあげましょう!」


幌から顔を出したメルが返事をする。レモティーの眼は決して悪くないが、獣人であるメルの視力はレモティーよりも倍近く優れていた。そのため人間族では米粒サイズにしか見えない距離からでも、ヒトの顔を捉えることが可能だ。


「それにしても、嘴村って変わった名前ですね?」


「この森にある集落は信奉する神獣様の体から名をいただいているのです。他にも翼村(つばさむら)爪村(つめむら)などがありますよ」


「神獣様、ですか……?」


ツバキの説明を聞きながらメルは口元に指を当てる。オキデンスに来る途中に退治した巨大なイカもそのように呼ばれていた気がしたからだ。


(倒しちゃダメだったのかしら……? でも美味しかったし、別にいっか!)


クラーケンの肉で作られたイカ料理の数々――その味を思い出して能天気な猫娘は涎を垂らす。鮮やかなピンクの髪を靡かせる彼女を乗せた馬車は、遠くに見える村へと一直線に進むのであった。




――嘴村 村長の家――




約1時間後、嘴村の長を名乗った獣人男性宅でメル達はすっかり寛いでいた。当初は攫われていた子供達を返してすぐ立ち去るつもりであったが、是非お礼がしたいと強く申し出を受けたので、休憩を兼ねてしばし村で過ごすことにしたのである。ディア・メトロスを出発してから休み無しで走っていたベールを休ませるタイミングとしても丁度良かった。

案内された家屋は、ディア・メトロスで見てきたものと比較にならないほどに質素であった。リギサンの古びた住居といい勝負をしそうな程だ。しかし囲炉裏のある室内は(おもむき)があり、日本からやってきた少女達にとって妙に落ち着く雰囲気が漂っている。


「村人達の服装もそうだったけど、なんだか和風って感じだね。シニストラ自治区は日本に似た文化があるのかな?」


「確かにカムイさんの武器も日本刀みたいな見た目でした。ひょっとして何か(ゆかり)があるのでしょうか……?」


煤で深みが出た天井の梁や、落ち着いた色合いの土壁――日本の古民家と見紛うような室内を見渡しながら言葉を交わすレモティーとメル。外で見かけた水田や稲作用の農耕具からも、彼女達はどことなく故郷の香りを感じていた。しかし村には日本という国について知るものは存在しておらず、茶を淹れていた村長も首を傾げる。


「さてはて、ニホンとは何の事でしょうか……? この辺りではあっしらのような暮らしは珍しくはありませんよ。ただ、未知の世界より降り立った旅人が様々な文化を持ち込んだという伝承は残っておりますがね」


そう言いながら村長は熱い湯呑を配った。猪を思わせる茶色の毛に覆われた彼の腕は細く、決して肉付きがいいとは言えない。余計なものが置かれていない室内を見ても、貧しい暮らしぶりである事が伝わってきた。あまり長居すると負担になるかもしれないと思う反面、ココノアは伝承という言葉に興味を奪われる。


「その伝承とやらの話は面白そうじゃない。詳しく聞きたいんだけど」


「おや、古い話にご興味がお有りですかな? 村の恩人様がそう仰るのであれば現存している古書をお持ちしますが、何分倉庫から引っ張り出すとなると時間がかかりまして……」


「どれくらい待てばいいの?」


「そうですな……今からだと、日が暮れるまでには何とか。しかし夜に森を移動されるのは危険です。今晩はこの村に泊まってくだされ。子供達を助けいただいたお礼はさせていただきます故、ご遠慮なさらずに」


「結構時間が掛かるわね……どうする?」


ココノアは判断を仰ぐようにしてレモティーの顔を見た。馬車を操作するのがレモティーである以上、行程を決めるのも彼女の役割である。しばらく考え込んだ後、レモティーは判断を下した。


「今日はこの村で泊まらせてもらう事にしよう。ベールが長距離を走るのは初めてだし、十分な休憩が必要だよ。それにエリックさんが言ってた協力者をどこかで見つける必要もあるからね」


そう言ってレモティーはスカートのポケットから書状を取り出す。そこにはエリック=イーレという自筆の署名が刻まれていた。丁寧に書かれた文字列に心当たりがあったのか、カムイが反応を見せる。


「……差し支えなければ、その書について詳しく聞かせてくれぬか?」


「ああ、これかい? 亜人解放団のエリックさんから渡されたものなんだ。ミコトさんを助けるのに力を貸してくれる人達が森に居るって聞いてね。確か"銀狼"って呼ばれてる老齢の獣人を尋ねて欲しいって……あっ、もしかして!?」


「ぬぅ……やはりワシ宛じゃったか。あの若造、今更何を企んでおる」


「エリックさんの言ってた協力者が、まさかカムイさんの事だったとはね。とりあえずこれは渡しておくよ」


レモティーが差し出した封筒を手に取り、中の手紙を取り出すカムイ。無言で内容を読み取っていた彼の表情は次第に険しくなる。


「建国式典で王に直訴じゃと!? この期に及んでまだ夢を見ておるのか、彼奴(あやつ)らはッ! 貴族共の傀儡に成り果てた王など、何の役にも立たぬというに!」


「老師、一体どうされたのです!? 手紙には一体何と……」


隣にいたツバキへ叩きつけるように手紙を渡すと、カムイはそっぽを向いてしまった。その様子に戸惑いつつも、ツバキは手にした書簡へ目を通す。


「……成る程、ミコト様救出への支援を求める内容でしたか。式典での直訴については我も無謀にしか思えませぬ。ですが、老師のお心積もりは既に決まっているのではないのですか?」


「フンッ! ミコト様を救い出す事に異論は無いわい。じゃが直訴の件は別だ。失敗するのが目に見えておる。次は追放だけで済まぬかもしれぬのだぞ? ミコト様にこれ以上の苦痛を負わせることなど、ワシにはできん!」


「それは……ッ」


「ミコト様には姫様と静かに暮らす道もある……そうは思わぬか、ツバキよ」


ツバキは言葉を詰まらせた。カムイが手紙の内容に強い拒否感を示した理由を察したからだ。ミコトが自由だけでなく愛娘すら失ってしまったのは、奴隷制度廃止を叫んだことが根本的な原因である。もし今度、奴隷解放の矢面に立つようなことがあれば幽閉以上の処罰が待っていてもおかしくはない。しかし、それでも自分の知るミコトであれば、首を横に振ることはないと彼女は強く信じていた。


「ですが、老師! ミコト様は常日頃から亜人が笑顔で暮らせる国を目指しておられました! あの方は亜人にも幸せになる権利があるのだと、そう仰って下さったのです! 王には何を言っても無駄かもしれませぬが……それでもミコト様は決して諦めないはず!」


「黙らぬかッ! お主はミコト様にもっと苦しめと――」


「おっと、口論はそこまでにしてもらおうかな! せっかく再会できたっていうのに、ユキちゃんを悲しませたいのかい?」


ツバキとカムイの口喧嘩に割って入るレモティー。彼女の隣には心配そうな表情で2人を見守っているユキの姿があった。主君を想っての発言とはいえ、心優しいユキの前で下らない言い争いをしてしまった事をカムイ達は猛省する。


「姫様、ワシの短気を許してくだされ。ミコト様には姫様と穏やかな日々を過ごして欲しかっただけなのですじゃ……」


「我こそ姫様のお気持ちも考えずに、出過ぎた真似を……!」


「まぁまぁ、エリックさんの提案に乗るかどうかは本人を助けてから考えれば良いんじゃないかな。ボク達の目的はミコトさんを救い出してユキちゃんと再会させることだし、その後については本人に任せるつもりだよ」


「確かに、ミコト様をお救いすることが先決じゃの……」


落ち着きを取り戻したカムイは湯呑に口をつけた。そして熱い茶を一気に飲み干し、意を決したように目を見開く。


「姫様が戻られた今、ワシらに憂いは無い。早々にミコト様の救出へ向かおうぞ! じゃが、砦を攻め落とす戦力が老人と女子供ばかりではちと苦しいのぉ。ワシに膝を付かせた剣士の女子(おなご)はともかく、他の者は少々鍛えねばなるまいて」


「えっ、うちらの事言ってんの?」


むっとした様子でココノアが呟いた。森で遭遇した際、カムイの接近に気づけなかったのは事実であるが、そもそも彼女達は全力を出していない。仮に本気でやりあっていたら、今頃は森の一部が焼け野原になっていた事だろう。そんなことを思いもしない彼は、少女達を見渡しながら戦力強化の策を練る。


「姫様をここまで連れて来てくれた事には感謝するが、ワシ如きの手玉に取られるようでは頼りにはならぬ。そうじゃな……ツバキ、あのエルフの幼子に森番の弓術を教えよ。あれならば戦にも十分活かせるであろう」


「承知仕りました。不肖ツバキ、僭越ながらココノア殿に弓の技をお教えしましょう。ご安心くだされ、我は教えるのが上手いと里の仲間から定評を得ておりますので!」


「勝手に決めないでよ! うちの本職は弓使いじゃなくて――」


ココノアが反論しようとしたが、カムイの声によって呆気なく遮られた。彼は続けてメルに修行の必要性を説く。


「次に、そこの桃色の娘よ。姫様とあまり年が変わらぬように見えるが、お主も獣人族の戦士であるのならばワシが技を教えてやろう。ワシらの傷を治した術は見事であったが、それだけでは自衛も(まま)ならぬ。これから砦に至るまでの間、時間を見繕って鍛えてやるから覚悟するのじゃぞ」


「あっ、私にも教えてもらえるんですか! もっと格好よく戦えるようになりたいなって思ってたんですよね! ありがとうございますっ♪」


友人とは対称的にメルの瞳はキラキラと輝いていた。彼女はリエーレから体術の基礎を教わっていたものの、技と呼べるものは何も持っていなかったのだ。()()()が平凡な会社員では、出来るとしても見様見真似のプロレス技くらいなものだろう。だからこそ、技を教えて貰える機会を得た事はメルにとって喜ばしいものだった。


「よーし、そういう事ならボクにも何か教えて欲しいな! こう、姿を消して気配を断ったまま密室に忍び込む技とかがあれば是非!」


「なんじゃ、その技は……盗人にでもなるつもりか? そもそもお主は戦法が奇天烈すぎて、ワシらでは何の助言もできん。そこの剣士も同様じゃ。各々で自己鍛錬に励むが良い」


「ボクにだけやたら冷たくないかな!?」


「それ、アンタ絶対に碌な使い方しないでしょ」


がっくりと肩を落とすレモティーにココノアがすかさずツッコミを入れる。そんなやり取りをしばらく眺めていたリセであったが、茶を飲み終えるとおもむろに外に出る準備を始めた。壁に立て掛けていた剣を腰に携えた彼女は、仲間達の方を見て今後の予定を伝える。


「ん、それならあたしはさっき出て行った村長の手伝いをしてくるよ。本を読むのは好きだし、古書にも興味があるから」


「リセがそう言ってくれるならそっちは任せておこう。ボクは空いた時間でこの村の畑や水田を見て回るかな。あまり生育がよくなかったみたいだし、ハーヴェストのスキルで手伝えることがあるかもしれないからね」


「レモティーお姉ちゃん! ユキも一緒に行って良い?」


「ああ、もちろんだよ!」


ユキの面倒はレモティーが見る事になり、各々のやるべきことは全て定まった。この後、メルはカムイと共に小高い丘へ、ココノアはツバキに連れられて近くの洞窟へと赴くことになる。そしてセロの館以来となる異世界人の指導を受け、少し懐かしい気分に浸るのであった。




――その晩――




日暮れを迎えると森は急に静けさを帯びる。シニストラ自治区のうち、月明かりが地面を照らすのは村落のある場所か、もしくは樹木が育たない岩場や湿地だけだ。闇夜は視界を奪うため、夜行性の獣を除いて森の生き物の大半は巣に引き籠もってしまう。

一方、夜になっても嘴村の営みは賑やかであった。恩人への礼を兼ねた宴会が村長宅で催されていたのだ。都市から切り離され、商業大国の恩恵を受けられない亜人達は決して豊かではなかったが、今日だけは様々な料理が盛られた皿が惜しみなく囲炉裏の周りを飾る。


「わぁ、美味しそうなお料理です!」


「どうぞ遠慮なく召し上がって下さい。とは申しましても、大半はレモティー様のおかげで収穫できたものばかりなのですが……」


村長はそう言ってメル達にお辞儀した。シニストラ自治区における食物は湿地を利用した稲作に頼っており、後は森での狩りで調達した肉類、そして畑で採れた野菜がそこに加わる形となる。しかし畑の生育状況に関してはあまり芳しくなく、作付面積を大きくしても得られる作物は少なかった。村を囲む巨木群が土中の栄養を吸い上げてしまうからである。しかしその問題もレモティーの活躍によって見事に解消された。


「あはは、ボクはちょっと土を改良して成長を早めただけだよ。元々畑はしっかり作ってあったし、獣に食い荒らされないような対策もされてたから、これからはもっと多くの作物が実ると思うよ」


玄米飯の茶碗を片手に微笑むレモティー。彼女は昼間に村を見回っていた際、ハーヴェストのスキルを駆使して畑に土壌改良を施したのだ。さらに促成栽培のスキルも併用し、それまで閑散としていた畑を瑞々しい緑で覆うことにも成功した。その時に収穫できた野菜は今、美味しく調理されて食卓に並んでいる。


「畏れ入ったわい……まさか斯様な事もできるとは。お主らの事を見縊(みくび)っておったようじゃな」


「フフン、戦闘だけじゃなくて生産面でも貢献する! それが()()の本質だよ」


「お主のような者ばかりであれば、この自治区も少しは暮らしやすくなったかもしれんがのぉ……」


そう呟くとカムイは丸芋と根菜の煮物を箸で器用に口に運んだ。食事に使われている食器類も日本文化を彷彿とさせるものばかりである。囲炉裏を挟んで彼の対面に座っていたココノアは、村長が口にした伝承の話を思い出した。手にした箸を眺めながらリセに古書調査の首尾を尋ねる。


「そういえばリセ、古書を一通り読んだのよね? 日本に関係するような内容はあった?」


「ん、読んだよ。自称異世界人が居たのは事実みたい。名前の響きは日本人っぽい感じではあったけど、直接日本に関して書かれた内容はなかったかな」


「なんだ、結局ハッキリはしなかったのね。かなり昔の話みたいだし、日本って名詞が上手く残ってないだけかもしれないけど……」


シニストラ自治区に来てから親近感の沸く人名や文化に多く触れるようになったため、ココノアは過去に自分達と同じ民族が召喚されていたのではないかと推測していた。しかし、村に残っていた文献だけではその仮説を証明するまでに至らない。モヤモヤする気分を抱えながらも彼女は他の情報について問う。


「それ以外に何か目立った内容はあった?」


「数千年前に自称異世界人が魔族や魔物と戦った話も残ってたよ。アスタロトが言ってた異界の勇者と同じ存在なのかもしれないね」


「戦ったって言っても結局負けたんでしょ? そうじゃないとあの痴女が言ってた事と辻褄があわないじゃない」


「うん、その通り。異界の勇者は魔族に勝てなかった。ただ、古書では『元の世界で英雄と呼ばれし彼はこの地でも多くの命を救ってくれた』って一文で締め括られていたよ。この土地で生きてた人々にとっては、やっぱり勇者だったんだと思う」


「えっ、それ初めて聞く情報なんだけど!? 創世の女神とやらは、別次元から本物の勇者を召喚してたってこと……?」


ココノアは驚いたような表情でリセに詰め寄った。魔族に対抗するため、次元を超えた先から勇者として相応しい力を持つ者を呼び寄せるという理屈は確かに筋が通る。世界の危機を救えるほどの強者でなければ召喚する意味が無いからだ。しかしそれが事実なら、どうして自分達が選ばれたのか――それだけが腑に落ちない。


「それじゃ、うちらが呼ばれた理由って何……? 特に褒められるようなエピソードなんて持って無いけど、うち……」


「そんな事言い出したら、あたしもごく平凡な人間だよ。メルやレモティーもそうだろうし、呼ばれた理由はあってないようなものじゃないかな」


「はぁ……結局謎が深まっただけって事ね」


古書を紐解いても真実が分かるどころか、さらなる混沌が待っていただけであった。不満そうに頬を膨らませながらココノアは愚痴をこぼす。


「大体、なんでNeCOの自キャラなのかも分かんないし。ま、生身で放り込まれてたらとっくの昔に野垂れ死んでただろうから、これはこれで都合は良いんだけど……」


「はは……そればかりはボク達をここに送った張本人に聞かないと分からないかな。この世界にタイニーキャットがいるのか分からないけどさ」


「あの駄ネコ……! もし見つけたらみっちり説明させてやるんだから」


息巻くココノアであったが、その言葉の意味を理解できているのは友人達だけだった。彼女達が異世界からの来訪者であることを知らないカムイとツバキの顔には、クエスチョンマークがいくつも浮かんでいる。


「なんじゃ、よう分からぬ話をしよって……それでは姫様が会話に混じれぬであろう! するなら別の話にせい」


「ああ、ごめんごめん。ボク達はちょっと訳ありの身でさ。今の会話は気にしないで欲しいな」


苦笑いで取り繕うと、レモティーはユキの頭を優しく撫でた。これまで共に旅していたこともあり、ユキ自身は突拍子もなく不思議な話を始めるレモティー達に慣れている。あまり気にすることもなく、嬉しそうに狐耳を跳ねさせた。


「そういえば老師、修練の折にココノア殿の腕前を拝見したのですが……」


会話の切れ目に差し込むようにして昼間の修練について言及するツバキ。彼女は洞窟に潜む吸血蝙蝠を獲物と定め、暗闇の中でどれだけ正確に射抜けるかという試験をココノアに課していたのだ。


「まだ幼いというのに、恐ろしい才能を秘めておられました! すぐに我など追い抜かされるやもしれませぬ!」


「そんな持ち上げなくていいってば。音で上手く捉えられただけだから!」


少し照れた様子で首を横に振るココノア。その言葉通り、彼女は特殊な技能を発揮していたわけではなかった。単に耳の良さと高い器用さに任せて矢を放ったら、全本命中してしまっただけである。


「ご謙遜を! 洞窟内を飛び交う蝙蝠を仕損じることなく射落とすなど、熟練の狩人ですら至難の業! 我は感動致しました! 明日からは我の技を伝授致します故、共に弓の極みを目指して励みましょうぞ!」


ツバキは熱い視線をココノアへ向けた。シニストラ自治区内には弓術に長けたエルフ族の里があり、ツバキはそこで厳しい弓術の試練を受けて育った弓の名手である。そんな彼女から見てもココノアの才能は眩く輝いていたのだ。


「極めるつもりはないわよ。実際に覚える事ができるかなんて分かんないし」


片や、ココノアは技の習得ついて懐疑的な態度を見せる。使用武器が杖に限られるフォースマスターは、弓を扱うスキル系統の適性を持たないからだ。ただし彼女は次元結晶の力により弓マスタリーを習得しており、弓を扱うための基本技術を習得済みである。また器用さのステータスも異常に高いため、命中精度だけ見れば達人級と言って差し支えない。もし本当に技を覚えることができれば、新生魔法に劣らない攻撃手段となり得るだろう。


「心配ご無用です! ココノア殿であれば必ずや会得できます! 我の目に狂いはありません!」


「ま、まぁそこまで言うなら、やるだけやってみるけど……」


「ココノアちゃんは昔から物覚えが良いですし、きっと大丈夫ですよ! あ、おかわり頂きますね♪」


村長からてんこ盛りになった茶碗を受け取るなり、メルは湯気ごと炊きたての飯を頬張った。体を動かしていたためか、いつもに増して食欲が旺盛だ。


「そう言えばカムイはメルに技を教えたのよね? そっちはどうだったの?」


「ぬぅ……」


毛虫のような白眉を寄せて唸るカムイ。昼間、彼は修業場として使われている岩場へメルを連れ出していた。戦場でも自分の身を守れるように、最低限の武術を教えておく必要があると感じたからである。だがその結果を大きな声では言えない理由があった。


(よもや規格外すぎて何も教えられんだとは言えぬわい……)


カムイはメルに指導しようとした時の事を振り返る。平らな巨岩が舞台のように横たわる神秘的な場所を訪れた彼は、まずメルの身体能力を見てみることにした。


「軽く組手でもするかのぉ。ほれ、手加減なしで構わんぞ」


「はい、よろしくお願いしますね!」


このやり取りが全ての間違いの始まりとなる。次の瞬間、メルはカムイの前まで一気に踏み込み、スカートを翻しながら鋭い蹴りを放った。白い脚は華奢な見た目に反して破壊神の一撃を思わせるオーラを纏っており、思わず彼は死を覚悟する。


「うぬぅっ!?」


しかし老練の戦士が持つ鋭い勘がここで生きた。相手の体勢や視線から()()を見極めた彼は上半身を逸し、辛うじて蹴りを避けたのである。結果、メルの脚は空振りして宙を横切った。


(威力は凄まじいが、動きは素人そのものじゃの……これなら――)


何とかなりそうだとカムイが安堵した直後、後方にあった岩に大きな亀裂が走った。その原因が蹴りによって生じた衝撃波であることを彼はすぐに理解する。避けたにも関わらず、全身にビリビリとした痛みが走ったからだ。


「凄いです! まさか今のを避けられるなんて! でもこれならどうですか?」


続けざまに繰り出されたメルの踵落とし――それをカムイは無理やり体を捻って回避したが、直撃を受けた足場は粉々に砕け散ってしまった。巨岩すら粉砕する化け物じみた破壊力にカムイは青ざめる。


(ここを砂場にでもする気か、この娘!?)


その後も彼は全力で逃げ回るしかなく、技を教えるどころではなかった。崩壊した岩場の光景を思い出して髭をピクピクと震わせつつ、カムイはメルへの評価を下した。


「まあなんじゃ……そこの娘はそれなりに見込みはあるのぉ。だが武術の心得が全く感じられん。動きを読めば避けるのは容易いわい」


「ふむふむ、だから私の攻撃が全然当たらなかったんですね! すっかり鬼ごっこみたいになっちゃってました、えへへ」


「へぇ、そうなんだ。でもそれって単に逃げてただけで時間が潰れたパターンなんじゃないの?」


「ゴホッ! な、何を言うておるか!」


ココノアの鋭い指摘を受けてカムイは(むせ)た。ツバキが慌てて差し出した湯呑を飲み干し、喉に引っ掛かっていた飯粒を流し込む。


「本格的に技を伝授するのは明日からじゃ! この村からではミコト様がおられる砦まで3日はかかる。それまでにお主らは姫様のお力になれるよう、一心不乱に精進せよ!」


「はいっ! 私、頑張りますね!」


「うむ……良い心掛けじゃの」


口ではそう言ったものの、老練の武人はこれからどうしたものかと頭を悩ませていた。一方、ツバキは尊敬する師匠が窮地に陥っているとは知らず、空になったメルの茶碗に手を伸ばす。


「メル殿、おかわりはどうですか! レモティー殿のおかげで、今宵の夕餉(ゆうげ)はこれ以上無いほどに充実しております。我が飯をよそいます故、いつでもお申し付けくだされ!」


「ほんとですか! それじゃお言葉に甘えて、早速おかわりをお願いします!」


「どれだけお腹減ってたのよ!?」


さっきまで山盛りだった茶碗が空になっているのを見て、ココノアは呆気にとられた。だがツバキの言葉通り、村の食料事情は劇的に改善されたため村人の生活を脅かす心配はない。むしろ、感謝を示すかの如く次から次へと料理が運ばれてくる。それからも宴会は囲炉裏の炎さながらに盛り上がり、ミコト奪還に挑む少女達の英気を十分に養ったのであった。

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