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うちの子転生!  作者: 千国丸
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007.異世界研修③

メルとリエーレが激しい攻防を繰り広げていた頃、館の2階にある書斎ではテーブルを挟む形でセロとココノアが向かい合って座っていた。午後はここで日が暮れるまでセロによる魔法の指導を受けるのが、ここ1ヶ月の彼女の日課である。

とはいえ、学びに積極的なメルと違い、飽き性なココノアはあまり乗り気ではなかった。そこでセロは彼女の興味が途切れないように座学と実技を組み合わせたカリキュラムを組んでいた。その甲斐もあり、ココノアは今日まで順調に彼の知識を吸収し続け、魔法使い(スペルユーザー)としての実力も元の数段階上のステージに到達した。

今や彼女はスキル名を綴らなくとも念じるだけで魔法を使役することも可能であり、異なる種類の魔法を2つ同時に発動する幻の技術、二重詠唱(デュアル・キャスト) の習得にまで至っている。その理由は魔法に特化したNeCOのアバター補正も大きいのだが、何よりココノア自身がマルチタスクに対する適性を持っていた事が寄与していた。また元の世界でクリエイターと呼ばれる職業に就いていた彼女は、頭の中に想い描いた事を自在にアウトプットできる才能も有する。それらが上手く噛み合わさったことで、魔法を使役する才能が開花したのだ。


「まさかこの短期間で、俺が人生をかけて培ってきた技術を殆ど会得するとは……もう、教えてやれることは無くなってしまったな。フッ……弟子を取るような老人連中の考えは理解できないとばかり思っていたが、存外に悪くないものだ」


「いやいや、誰も弟子にしてくれとは頼んでなかったんだけど? ま、色々助かったのは事実だけどね。感謝はしてるよ」


「……礼を言うのはこちらの方だろう。新たな魔法の存在を()ったことで、俺もまた高みに登れるのだからな。特にココノア、お前の操る"新生魔法"とやらは強大で美しい。属性を持たぬが故に、何にも縛られない自由な魔法……かつて俺が理想とした魔法に似ている。もしお前が許すなら、これからも俺とここで――」


「あー! ダメダメ、その話は却下! うちらにはやらないといけない事があるから、ここでずっと暮らすわけにはいかないんだってば」


そんな恥ずかしい事を真顔で言うなとばかりに、ココノアは話を遮る。魔法使いとして才に溢れたこのエルフの少女に、セロはすっかり惚れ込んでいた。もっともそれは異性としてではなく、純粋な魔法使いとして心惹かれている、という意味ではあるが。


「そう言えばセロのこと、あんまり聞いてなかったね。こんな辺鄙なところでひっそりと暮らしている理由とか、さ」


「ふむ、自分の事を語るのは好きではないが……まぁいい。俺はかつてこのあたり一帯を治めていた古い王国の末裔でな」


椅子から立ち上がったセロは本棚に腕を伸ばし、1冊の赤い本を手に取った。象形文字を思わせるような異様な形状の言語が書かれたそれが、ココノアの前にあったテーブルへと置かれた。


「古代トレンティア王国の歴史?」


「凄いな、これが読めるのか。お前に古代文字を教えた覚えはないが……」


「まぁ……なんとなく、ね」


その本はこの世界において千年も前の言葉で書かれた物であったが、ココノアの瞳には日本語として映っていた。いや、日本語に"変換されている"とする方が正しいかもしれない。彼女やメルは、見知らぬこの世界の言葉や文字を見聞きしても、馴染みのある言語に変換して理解できるという特異な能力を得ていたのだ。自分から話すときや文字を書く時も同じ作用が働くため、基本的に意思疎通で不便な思いをすることはない。


(たぶん、"言語変換"のパッシブスキルのおかげなんだろうな)


ココノアはこの不可思議な能力が、NeCOで取得していたスキルに起因するものであると推定していた。NeCOでは現代の他に過去や未来という時代を行き来するといった冒険要素があり、その移動を行うための前提条件として言語変換というスキルを習得する必要があった。


(簡単なお使いクエストクリアしたら貰える上に、キャラクターの強さには影響しなかったから、時空移動の通行証として使うだけの無駄なスキルだと思ってたんだけど……まさか役に立つとはね)


NeCOでは意味を成してなかった無駄なスキルでも、この世界では大きな影響を持つ。ともすれば虚言のようにも思える内容であるが、実際に彼女達はアバターが取得していたスキルを発動することで、様々な事象を引き起こすことができた。


(となると、効率を求めただけのテンプレ的なスキル構成じゃなくて役に立ちそうなスキルを片っ端から取得してたほうが良かったって事?たとえば、メルみたいに――)


そんな事を考えていたココノアの顔を、不意にセロが覗き込んだ。訝しむような表情で「どうした、大丈夫か?」と問う彼に対して、ココノアは慌てて取り繕う。


「ああ、ごめんごめん。で、トレンティア王国ってなんなのさ」


「この森を中心に栄えていたエルフの王国だ。当時はもっと樹木が大きく聳え立っていたらしい。人々は頭上を覆う枝葉の元で慎ましくも穏やかに暮らしていたが……」


「……なんかあったの?」


「ある日天から降りてきた巨大な火竜に焼き尽くされ王国は滅びたと、この本には書かれている」


「何その厄災みたいなドラゴン……」


「そうだな、まさしく厄災と言っていいだろう。竜種の中でも火竜は特に強大な力を持つ。神話でも度々出てくる恐ろしい化け物だ」


セロが開いた頁には、大きな翼を持つトカゲのようなものが炎を吐き、森が焼かれている様子が描かれていた。御伽話のような抽象的な絵ではあったが、その迫力は伝わってくる。


「しかしトレンティアの魔法使いでも最も力のあった魔導師が、火竜を自らの命と引換えにこの地に封印した。森の樹木を操り、内側からは決して破れない繭を作ってな」


「あー……はいはい、読めてきた。その魔導師の末裔が、セロなんでしょ」


「クク、察しがいいじゃないか。そういう事だ。それ以来、代々我が一族はこの森の管理を任されている。この土地を領土とするエリクシア王国から、正式にな」


「それじゃ、そのドラゴンってまだ封印されてるの?」


「いや、100年ほど前に討伐した。俺とリエーレでな」


その言葉に、ココノアの目が丸くなった。彼女が驚いたのは「討伐した」ところのくだりではなく、その前の部分である。


「えっ、待って待って!? セロって何歳なの? 30代くらいだと思ってたけど」


「ん……? そうか、お前達には言ってなかったな。かなり血が混ざったせいでエルフの象徴たる耳は髪に隠れるくらいまで小さくなってしまったが、これでも古くから続くエルフの家系ではある。もう200年以上は生きているぞ」


そう言ってセロが耳元の銀髪をかきあげると、隠れていた尖った耳が飛び出した。ココノアやリエーレのように長く伸びてはいないが、どことなくエルフの耳を思わせる造形をしている。


「随分なお爺ちゃんだったのね……」


「な、何を言う! お前だって既に20、30年程度は生きてるだろう」


そんな見た目じゃないでしょ!と言いかけて、ココノアは言葉を呑んだ。彼女の素体となっているNeCOのアバターは10歳前後の少女をモチーフにしたため、見た目が非常に幼い。しかしエルフという種族に限っては、幼女の見た目でも20代の人間に相当する齢であることを初めて知ったのであった。


(つまり、数年経ってもこの見た目のままってこと……?)


自身の平らな胸を見て、これが育つのにまだ何十年もかかるのかと溜息をつくココノア。実はリエーレのような女性らしい凹凸のある体型に密かに憧れていたのだが、そうなるには相当な年月が必要であることを悟り、意気消沈していた。


「……まぁ大体の話は分かったけど、竜が討伐されたならもうセロはお役御免ってことにならないの? ここに住み続ける必要もないんだし、そんなに魔法が好きなら外の世界に飛び出す選択肢もあったんじゃ?」


「いや、そう簡単な事ではないのだ、竜殺しというのは。火竜の骸が蓄えていた膨大な魔力は、死してなお森に多大な影響を与えている。そういう場所ではしばしば、ヒト種の天敵となる存在が出てくる……」


「確か、この世界には魔物って呼ばれる厄介なのがいるって言ってたっけ。獣や植物が魔力の影響を受けて変質した成れの果てだって聞いたけど」


「そのとおりだ。だから俺とリエーレは火竜を滅した後もこの地に残り、強い魔力を持った存在が生まれ出たら、都度排除している」


「なるほどね。だからうちらが魔法を使ってた時に、飛んできたわけか」


そうだ、と頷いたセロはさらに言葉を続けた。


「森の外ではあったが、膨大な魔力の発生を感じ取ったからな。転移魔法(テレポート)で急遽向かったわけだが……」


その後はココノアも知っている通りである。ひと悶着はあったものの、セロの申し出を受けいれた彼女達はこの館で色々と学びながら生活する事となった。


「そういえば教えてもらった転移の魔法、うちが使ってもセロみたいな長距離移動はできないんだよね。あれ、もうちょっと便利にならない?」


「何を言う、俺と同じかそれ以上の速さで発動できるだけで十分だろう。あと長距離を転移するのは辞めておけ。転移した先に物体があると大怪我するぞ」


「あー……確かに岩の中に転移したら酷いことになりそう」


テレポートで石の中に埋まる自分の姿を想像し、表情を曇らせるココノア。彼女が取得した転移魔法(テレポート)は、本人が目視できてなおかつ半径8m以内の座標に瞬時に移動するというものである。NeCOにも同名のスキルが存在するが、使い道がなかったために彼女はスキルポイントの無駄遣いだと習得していなかった。それが今回、たまたまセロの指導で使えるようになったのだ。


(習得してなかったスキルも、教われば使えるようになるわけだ。ならジョブに縛られることもなく、欲しいスキルを身につけることもできそうな感じね)


この世界に関する新たな知識を得ることが出来たことは、ココノアにとって大きな収穫だった。ただ"ゲームキャラクター"が持っていなかったスキルを、この世界で覚えた場合の効果についてはまだ不明瞭な部分が多い。まだまだ検証の余地はありそうだ、と彼女が考えていた矢先、書斎の扉が勢いよく開いた。


「ココノアちゃん! もうお勉強が終わってるならお風呂行きましょう! お風呂っ♪」


リエーレとの模擬戦を勝利で飾った獣人の少女が、嬉しそうに飛び込んできたのであった。

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