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うちの子転生!  作者: 千国丸
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068.華やかなる都④

去り際に侍女から式典の案内状を受け取った後、一行は足早に迎賓館の敷地外へ出た。華やかな花壇や大きな噴水で彩られた広場を歩きながら、レモティーは清々するとばかりに背筋を伸ばす。


「まったく……思ってた以上にロクな奴じゃなかったね。ユキちゃん、嫌な思いをさせちゃってごめんよ。こんなところは早く離れて、シニストラ自治区へ向かおうか。そこにお母さんがいるかもしれないからさ!」


「うんっ!」


「よし、そうと決まったら残りの買い出しを済ませよう!」


フサフサの尾を揺らして喜ぶユキの前でレモティー達は決心を新たにした。建国式典までの2週間――その限られた時間で彼女を故郷に返すべく、今後の計画を練る。まず必要となるのは旅の資材だ。シニストラ自治区は市街地を出てから深い森を数日かけて突っ切る必要がある。食糧の心配はレモティーのスキルで解決できるが、日用雑貨などはそうもいかない。


「まずはダウンタウンに戻って旅の道具を買い揃えておこうか。最悪自給自足でも何とかなるだろうけど、野営道具や消耗品なんかは買っておいたほうが楽だろ?」


「そうね。道中でお風呂に入れるかわかんないけど、うちは石鹸とシャンプーを揃えておきたいかな。メルは買っておきたいものとかある?」


「うーん、私は別に無いんですけども……あ、ベールちゃん用の馬具を買ってあげるのはどうでしょうか!」


メルが口にした"ベールちゃん"というのは創造生物ベイヤールに彼女が勝手に命名した名前である。バステト商会で購入した有翼の妖馬に馬車を引いてもらうには専用のハーネスが必要だ。既存の道具では翼に干渉してしまう恐れがある。


「すっかりその呼び名で定着しちゃってるね……まぁいいんだけども。確かに専用のハーネスを購入しておいたほうが良さそうだ。馬具の専門店にでも寄って相談してみよう」


「ん、あたしは料理道具かな。加熱機能が充実した魔道具があれば欲しいし」


「リセは調理器具店をご所望だね。貰ってた観光案内のパンフレットで目星をつけて、店を回ってみようか。とりあえず夕方までには買い物を済ませよう。宿は……正直この街ではあまり泊まりたくないけど、そのときになったら探してみようか。初日からいきなり野営は避けたいし」


レモティーの提案にココノア達は頷いて同意を示した。高く登った太陽に照らされつつ、少女達はダウンタウンへ向けて出発する。




――それからしばらく後、ダウンタウン内――




昼食を挟んで多くの店舗を巡った後、レモティー達は公園で一休みしていた。商店が充実していたために予定外の買い物が盛り上がってしまい、もう日暮れ前である。久々にショッピングを楽しんだ彼女達の荷物はそれなりに増えているものの、全てメルがポーチに収納しているため今は手ぶらだ。


「悪いねメル、全部持たせちゃって」


「いえ、大丈夫ですよ♪ これくらいなら重いとも感じませんから!」


そう言ってメルは魚のマークが描かれた可愛らしいポーチを撫でた。新しい衣装にもすっかり馴染んでいるポーチには空間を操作する術式が組み込まれており、小さいながらも無限に近しい容量を持つ冒険者垂涎(すいえん)の魔道具である。しかし便利なように見えても弱点はあった。どんな大きな物体でも収納できる一方で、質量まで打ち消すことはできなかったのだ。規格外の物理系ステータスを誇る彼女かリセくらいでしか持ち運べない重量と化している。


「そのポーチ、セロから貰っておいて正解だったわね。無かったら荷物だけで馬車がいっぱいになってただろうし」


「NeCOでもアイテムに重量や容量の概念はあったけど、あっちはどの街でも使える共通倉庫があったからあまり気にはならなかったなぁ。ところでそのポーチ、肩紐が食い込んで痛くなったりはしないのかい?」


「ええ、大丈夫です! なんでも魔法で重さが使用者の全身に掛かるようになってるらしくて、紐には荷重が掛からないらしいんです。その代わり私の体重がさらに増えちゃってますけどね!」


そう言ってメルは少し恥ずかしそうに笑った。ポーチへと付与された重量分散の魔法によって、内容物の質量はメル本人に加算される仕組みになっている。これが無ければとっくの昔にポーチだけが千切れて落ちてしまっていることだろう。


「ん……本人が良くても荷物が増えてるのは事実。楽に移動するためにも馬車は早く準備したほうがいいんじゃないの?」


メル達のやり取りを見ていたリセがおもむろに呟いた。持参した馬車は帝国を発つ時に分解されているが、組み立て直せばオキデンス領内を馬車で移動することが可能になる。身体能力に優れる獣人とはいえ、見かけどおりの体力しかないユキの事を考えれば、それが最適解だ。


「確かに広い街中を歩き続けるのもユキちゃんには辛いだろうし、馬車は早々に使えるようにしたいなぁ。ただ、分解と違って組み立てる時はベアリング部分のギャップ調整なんかが結構シビアでさ。落ち着いて組み立てる場所を探す必要があるんだけども……」


「貰ってたパンフレットで探してみたら? 機械工場みたいなところでスペースを借りれば道具も一式揃うだろうし」


「なるほど、ココノアの言う通りだね。ちょっと探してみようか」


レモティーは手にしていたパンフレットをパラパラと捲り始めた。その途中で『創作工房フレイムハート』の文字を見つけて頁を止める。


「おっ、ここ店が良さそうだ!」


お気に入りの赤い眼鏡越しに、彼女は工房の説明文へ目を凝らす。そこには魔道具や通常の機械部品の組み立て及び製作を請け負う旨が簡潔に記載されていた。隣に掲載されている作業場の絵は随分と古びていたが、馬車を組むだけのスペースはありそうだ。


「みんな、次はここに行ってみないかい?」


仲間達にパンフレットを見せると、レモティーは地図上で目的地を指さした。そこは彼女達が今いる場所よりさらに南側にあるものの、距離はさほど遠くない。ただし工房があるのは貧民街(スラム)の中であった。


「何よこれ、スラムって書いてあるじゃない。観光地図のくせに随分と危なそうなところの店も案内してるのね」


「確かに治安は良くないっぽいんだけど、奥に入りすぎない限りは安全って説明が書かれてたよ。それに繁華街なんかも多くて、ここでしか買えないようなものあったりするんだってさ」


「そういえばNeCOにあったブラックマーケットは少し危ないところにありましたよね。こういう所にこそ、掘り出し物があるのかもしれません!」


スラムと聞いて警戒心を抱いたココノアとは対称的に、メルの瞳は好奇心に輝いている。NeCOで危険なダンジョンを攻略するときもメルが強引にココノアを引っ張っていたのを思い出して、レモティーは懐かしそうに微笑んだ。


「まあ元々はこのスラムが首都のある街だったっぽいし、そんなに酷い場所じゃないとは思うんだけどね。全体的に建物が老朽化してきたから、国策として今のアップタウンやダウンタウンを作ったらしいんだ。その時に棄てられた旧市街地……それがこの場所なんだって」


パンフレットに書かれていた内容をさらりと説明するレモティー。彼女の言葉通り、スラムは破棄された旧市街地であった。多くの建物は経年劣化に耐えられずボロボロになっているが、今もなお多くの住民がそこに住み続けているのには理由がある。貧民街という名称からも察せられる通り、そこに住む者が極端な貧困に陥っているからだ。

国の管理下に置かれているダウンタウンでは行き届いたサービスが提供されるが、その代償として毎年多額の税金を差し出さなければならなかった。一方スラムには公共サービスが無いため、住民に賦課される税も存在しない。治安を維持する憲兵すら居ないため犯罪も絶えないが、奴隷の烙印を押された貧しい亜人達はここで身を寄せ合って生きるしかなかった。

そんな場所に好んで入ろうとするダウンタウンの住民は少ない。だが観光者にとってはスラムは別の一面を持っていた。国の目が届かない事を良いことに、非合法の薬物を売買する闇商人や、際どいサービスを提供する風俗店などが点在していたのだ。やがてそれが()()になり、今では観光冊子でも紹介されるほどになっている。


「繁華街って、他にどんな店があるのよ? いかがわしい店とかあったりしないでしょうね?」


「詳しい説明は伏せてあるから何とも言えないな……薬屋とか飲食店とかが目立つけど、どれも怪しそうだ」


レモティーが頁を捲っていると、その間から一枚の紙切れが飛び出した。それを並外れた動体視力を発揮したメルが空中で掴み取る。


「レモティーちゃん、なにか落ちましたよ? (しおり)でしょうか?」


「おっと、ありがとう。頁の間に挟まってたんだね。ただ、これは栞というよりも何かのメモっぽいかなぁ……?」


メルから渡された紙切れに視線を移すレモティー。そこにはスラムの地番を示す住所と日時と思しき数字が書かれていた。


「これ、スラムにある空き地を指してるっぽい。そして日付と時刻は今日の17時……いまから半時間後か」


「なんでそんなものがここに挟まってるのよ。どっからか飛んできたとか?」


「うーん、今初めて見たし元から挟んであったとしか思えないな。あの店員さん、誰かに渡そうとしてたのを間違ってボクにくれたのかも?」


ココノアの問いにレモティーは首を傾げる。ただ記載されていた住所は次の目的地である工房にも近く、立ち寄れそうな場所であった。メルはそれを見てしばらく逡巡した後、思い至った考えを口にした。


「手違いの可能性があるなら、さっきの店員さんに返したほうがいいと思います。幸いまだ間に合いそうですし、その場所へ行ってみるのはどうですか? あの店員さんと会えるかもしれません!」


「えっ、それはリスクが大きすぎない!? こんなの絶対怪しいじゃない。観光者相手の詐欺とか犯罪の可能性だってあるし」


「確かにそういう心配もあるんですけど、やるべき事をやらなかったせいで誰かが困ってしまうのは避けたいんです。だから出来ることはしておきたいなって……!」


ココノアはメルに危険が及ぶのを懸念していたのだが、当の本人は自分よりも他者の心配ばかりしていた。昔から彼女がそういう性格であることをよく知っていたココノアは「仕方ないんだから」と溜息をつく。


「……分かったわよ。その代わり少しでも面倒な事になりそうだったら、問答無用で魔法ぶっ放すから。レモティーもそれでいいわね?」


「ああ、もちろん! メルとユキちゃん、それにココノアもボクがしっかり護るから安心してよ!」


「う、うちは自分でどうにかできるってば……! アンタ達はメルとユキが危ない目に遭わないようにだけ注意してれば良いの!……って、リセはなんで笑ってんのよ!?」


「ふふっ、ごめん。少し可笑しくてさ。ココノアとレモティーが心配してるほどメルは弱くないよ。ううん、むしろメルの方が思ってるんじゃない? みんなを守ってあげたいって」


「えへへ、その通りですよ! みなさんの事はヒーラーである私が支えます!」


公園の片隅に響く楽しげな少女達の歓談――その様子をユキは隣で羨ましそうに見上げる。種族も年齢も全く違うのに、まるで家族のように過ごす彼女達が輝いて見えたからだ。たまにつまらない事で喧嘩することはあっても、その絆が揺るぐことはない。


(ユキも他の人と、こんな風に仲良くできるのかな……?)


自分に優しくしてくれるのが母親か同郷の者だけだった幼子にとって、知らない誰かと接することは不安でしかなかった。ましてや奴隷船では家畜のような扱いを受けて死にかけたのだから、他人に対する恐怖心がトラウマとなって拭えなくなっていてもおかしくはないだろう。

しかしリギサンに辿り着いた頃から彼女の意識は大きく変化し始める。人間と亜人が何の隔たりもなく接している光景を目の当たりにして、違う種族同士でも手を取り合って共に生きることができると知ったのだ。そしてレモティー達と過ごした優しい時間が彼女の心に刻まれていた傷を少しずつ癒した。


(お母さんにも教えてあげたいな……)


海を渡った先で知ることができた素敵な世界を、最も愛する母親にも知ってほしいと願うユキ。しかし母親の顔を思い浮かべた瞬間、心の奥底に押し込めていた寂しさが誤魔化せなくなり、彼女の大きな瞳には涙が溢れ出してしまう。


「お母さん……会いたいよ」


ユキの口から漏れ出た微かな声を4人の冒険者は聞き逃さなかった。寂しげに肩を震わせる彼女に目線を合わせ、全員で励ましの言葉を紡ぐ。


「ユキちゃん、大丈夫だよ。必ずお母さんと再会できるはずさ!」


「そうそう、レモティーに任せれば問題ないんだから。幼女のお願いなら何でも聞くだろうし、地の果てでも連れてってくれるんじゃない?」


「ん、あたしも一度請け負った仕事は投げないよ。そこは心配しなくていいから」


「私達に任せてください、ユキちゃん! この4人が揃っててクリアできなかった困難(クエスト)なんてありませんでしたから!」


レモティー達の力強い笑みが、ユキにとってどれほど頼りになるものだったかは語るまでもない。涙の溜まった瞳をゴシゴシと腕で擦った白髪の少女は、精一杯の笑顔で頷くのであった。




――貧民街(スラム)――




無計画に増築されたであろう建物が壁のように連なるスラムでは、昼間ですら路地に陽が射すことはない。狭い空を見上げても視界に入るのは凹んだ看板や薄汚れた洗濯物を干したロープだけだ。馬車1台が通れる程度の幅しかない主要道に無数の脇道が繋がる地上の迷宮――スラムの有り様を形容するならばそれが最も相応しいだろう。

風雨に晒され続けた住居の壁には大きな亀裂が走っており、時折石片が転がり落ちもする。廃墟と言われても違和感のない朽ちた街であったが、そこには大勢の亜人が暮らしていた。ディア・メトロスで必死に働いても、彼らは奴隷身分であるが故に適正な労働対価を受け取れない。そのためこの旧市街に住み着いたのだ。

その一方でダウンタウン側に面した繁華街は観光客も訪れるため、昼夜を問わず賑やかである。綺羅びやかな店構えや艶めかしい娼婦が目を引く通りでは、多くの男達が色欲に溺れた事だろう。また普通の商店に見せかけたブラックマーケットもここには多く存在していた。表では出せないような商品だけでなく奴隷まで取り扱われており、一晩で小国の国家予算に負けないほどの金銭が動くこともある。そんな欲望と虚飾でまみれた街に似つかわしくない少女の一団が、狭い路地を歩いていく。


「まともそうだったのは入口付近だけじゃない……奥に行くほど雰囲気が悪くなっていくし」


「思ってたよりも酷い有様ですね……小さなお子さんがゴミ漁りをしてるのはなかなかつらい光景でした」


パンフレットに挟まっていたメモに従って移動してきたココノア達は、スラムの現実を目の当たりにした事ですっかり意気消沈していた。それでもバステト商会の店員がいるかもしれないと、スラムの奥にあった寂れた広場まで辿り着く。何かの集会場として使われているのか、そこには焚き火の痕跡や演説台を思わせる木箱があった。


「うん、場所はここで正解だと思う。ただ、それらしき人影はまだ見えないかな?」


「ん……気をつけた方がいい。さっきからずっと見られてるよ。建物の窓とか物陰とかからね」


警戒した面持ちのリセは即座に抜剣できるよう、腰の鞘に意識を向ける。人通りの多かった繁華街では特に危険は感じられなかったが、そこから路地をいくつか通りぬけた先からは雰囲気が一変した。薄暗い路地では図体の大きい荒くれ風の男が眼を鋭く光らせており、崩れかけの廃墟では子供達が脇が甘いカモを探して駆け回っていたのだ。もし観光者が迷い込もうものならば、あっという間に身ぐるみを剥がされてもおかしくは無い。

そしてこのような場所では、高級そうに見える衣服を身に付けている者ほど狙われやすいというのが常識だ。彼女達にも邪な視線が向けられていたが、先頭を歩くレモティーのおかげで今のところ荒事に巻き込まれないで済んでいる。下手に人間族へ手を出すと後々面倒なことになると理解しているからだ。それでも隙を伺うような息遣いは其処彼処(そこかしこ)から聞こえてくる。


「……誰か近づいてくるわよ」


迫る足音を察知したココノアの耳がピンと立つ。その主は西側の路地からやってきたらしく、夕暮れによって伸びた影と共に路地から飛び出した。


「あっ!? 本当に来てくれるなんて思ってなかったニャ……!」


素っ頓狂な声をあげるなり、獣人族の女性がレモティー達の方へ駆け寄る。彼女は紛れもなくバステト商会で商品案内を担当していた店員だった。その証拠に猫耳の片方は欠けており、チョコレートのような濃い茶色の髪も出会った時と相違ない。


「まさかメルが言ってた通り本当に会えるとは思ってなかったよ。ボク達は本に挟まってた――」


「レモティー待って! この女、仲間を連れてきてるわよ」


パンフレットを返そうとしたレモティーをココノアが険しい顔つきで制した。彼女の背後に灰色の体毛に覆われた獣人男性がいたからだ。黒いフード付きのジャケットで頭を隠してはいるが、狼を思わせる強靭な顎と鋭い眼光は猛獣の如き威圧感を漂わせる。さらに開け放たれた胸元には深い傷跡がいくつも残っており、これまで修羅場を何度もくぐってきたであろう猛者であることを示唆していた。


「あ、危害を与えるつもりは無いですニャ! リュカは付き添いで――」


「ミケ、黙っていろ。オレが話をつける」


女性からリュカと呼ばれた男は彼女を庇うようにして前に出た。獣の血が濃いのか、狼男と言って差し支えない風貌には相当な迫力がある。しかしそんな彼でさえ首には奴隷の証である銀環を付けていた。


「無事に帰りたいなら無駄口は叩かず、オレの質問だけに答えろ。お前達はミケのメモを見てここに来たのか?」


「ミケっていうのはその店員さんの名前かな? それなら質問のとおりだよ。ボク達はバステト商会でこのパンフレット貰ったんだけど、この紙が挟まってたから返しに――」


「余計な口を利くなと言っただろうがッ!」


リュカが右腕をレモティーの眼前に突き出す。逞しい五指の先端には刃物の如く研ぎ澄まされた爪が伸びており、金属の鎧ですら裂きかねないほどの鋭利さを誇っていた。しかしレモティーは全く動じない。彼に危害を加える意思がないことが分かっていたからだ。


「言葉遣いは荒いけど、君はボク達に何かするつもりはない。そうだろ?」


「……なんだと? どうしてそんな事が言える?」


「もしボク達に悪意を持って仕掛けてたなら、今頃君はリセに真っ二つにされてただろうからね」


レモティーは眼鏡の位置を正しながら後方にいたリセの方を親指で示した。睨みつけるようなリュカの視線がリセへと向く。


「ん、護団の反刃(パーティ・カウンター)が反応しなかったからね。その人は今のところ無害だよ」


「無害だとッ!? 誇り高い獣人族をバカにしやがって……! ちっとは痛い目を見ないと、オレの怖さが分からねぇようだなァ!」


そう言ってリュカがレモティーに右手を振り上げた瞬間だった。彼に反応する間を与えずリセは一瞬で懐に入り、輝く剣先を首元へと突き付ける。瞬きすら許さない早業にミケとリュカは唖然とするしかなかった。


「……今度は発動したね。それでも本気じゃなかったみたいだけど」


「このオレが……何も視えなかった……だと……?」


対象から攻撃の意思が消えたことを察すると、リセは剣を腰の鞘へと収めた。もしリュカがそのままレモティーを害していたら、その頭部は今頃地面に落ちていただろう。仲間を傷つける悪意ある者に対しては一切の慈悲を与えない――それが彼女の信念だ。


「ありがとう、リセ。相変わらず便利だねそのスキル」


「メルに勧められて覚えてたのが役に立っただけ。お礼はメルに言っておいて」


リセは照れくさそうに視線を逸らした。グラディエイター専用スキル、護団の反刃(パーティ・カウンター)は一定範囲内の味方に対する攻撃を感知すると、自動的にカウンターを叩き込んで対象者を護る効果を持つ。彼女はこれをスラムに入った時から常時発動させていたのだ。

このスキルは仲間の盾となって戦う前衛ジョブに必須とされるものであったが、ソロでは何の恩恵もないため、NeCOでメル達と出会う前までリセはこれを取得していなかった。心を許せる仲間達と冒険するようになってから新たに覚えたのもあり、彼女にとっては思い出深いスキルの1つとなっている。


「アンタら一体何者なんだよ……オレ達の事を探りにきた人間じゃないのか?」


「もうやめるニャ、リュカ! この人達はこの国の人間族とは違うニャ!!」


そう叫びながらミケはレモティーとリュカの間に割って入った。そして何度も頭を下げて、平謝りを繰り返す。


「失礼な事をしてしまってごめんなさいニャ! ここに呼んだ理由は全て話すので、どうか許して貰えないですニャ……?」


「話が見えないけども、この紙切れは間違いで入ってたわけじゃなくて、ボク達をここに呼び出したかったってことで合ってるかな?」


レモティーがパンフレットに挟まっていた紙切れを見せると、ミケは首を縦に振った。


「そうですニャ! お客さんは初めて会ったアタシにも良くしてくれたし、それに亜人を差別したりもしない人でしたニャ! だからアタシ達の活動を手伝ってくれるかニャって……!」


「手伝い……? それはどういう――」


レモティーがミケに説明を求めようとした直後、路地から大勢の人影がぞろぞろと出てきた。全員が人間族であったが、身なりはチンピラそのものであり、ダウンタウンでは見なかった下品な装いの者ばかりだ。さらにチラチラと鈍器や刃物を見せつけている者も多く、場に不穏な空気が立ち込める。


「やっと尻尾を出しやがったな、この雌猫! お前らの動きなんてとっくの昔からバレてんだよ! 亜人のくせに人間族を仲間に引き入れようとしやがって!」


「そんニャ!? 尾行されてたニャ……?」


「……チッ、この人数相手じゃムリだ! ここから逃げるぞミケ!」


リュカは咄嗟にミケの手を引いて近くの路地へ逃げ込もうとした。しかしそこからもゴロツキの集団が顔を出す。


「へへっ、逃がすわけねぇだろ? それにしても獣人にしちゃ良い体付きしてるじゃねぇかこの猫女! 抱き心地は良さそうだぜ」


「やめとけよあんな小汚い女、どんな病気持ってんのかわかんねぇぞ?」


下卑た笑みを浮かべて距離を詰めてくる男達に怯えてしまい、後退りするミケ。そんな彼女を守るように仁王立ちしたリュカは、豪快に服を脱ぎ捨てた。その下には何も身に着けておらず、毛に覆われた上半身が露わになる。膨張した胸筋は鎧など不要と言わんばかりに逞しかったが、至る所に酷い傷跡が無数に刻まれており、彼がこれまでどんな生い立ちをしてきたのかを暗に語っていた。


「へっ、やるつもりかよ? 首輪付きのくせに威勢がいいこった! だがな、お前らにはコレが良く効くって知ってるんだぜ!」


暴漢の1人が怪しげな黒い水晶柱を掲げた瞬間、突然ミケとリュカがその場に膝を付いた。両名とも苦しそうな嗚咽を漏らし、首輪を掴んで悶え苦しんでいる。彼女達に異変が起こった事を察したメルがすぐに駆け寄ろうとしたが、その行く手を男達が阻んだ。


「おっと、他にも亜人がいるじゃねぇか。いい拾いもんしたぜ!」


「おい、そこに立ってる金髪の女! 奴隷を3人も連れてるってことは金持ちなんだろ? 懐が寂しい俺らに()()を恵んでくれよ? 何、悪いようにはしねぇからよ、ギャハハ!」


ゴロツキの狙いがメル達に移る。美しい見た目を持つ亜人の女性はスラムにおいて価値ある商材として扱われていた。低俗な欲望を満たそうとする男達に需要があったからだ。浅ましくもそれは年端の行かない幼子であっても同様であり、オキデンスでは亜人の子が誘拐される事件が後を絶たない。


「上玉の生娘なんて娼館に売り飛ばせばかなりの額になるんじゃねぇのか? ちっとばかり幼すぎるが、ああいうのが好きな野郎もいるしな、ヒヒッ!」


「亜人は金にするとして、乳のデカイ女と剣を持った女は俺らで愉しもうじゃねぇか! 邪魔するような奴が来るはずもねぇしよォ!」


広場に乗り込んできた連中は、レモティーやリセに対しても容赦なく下劣な台詞を吐き掛けた。人数において圧倒的有利な状況と、ここが逃げ場のない袋小路であることが強気の理由だ。確かに場面だけ切り取れば、か弱い女性達が下衆共の毒牙にかかる寸前といったところだろう。

だが不幸なことに彼らは知らなかった。眼前の一団が魔王すら倒した最強のパーティであることを。そして、最も怒らせてはいけないエルフ少女の逆鱗に触れてしまっていたことも。


――バチバチバチッ!!――


集団の1人がメルに手を伸ばそうとした瞬間、眩い閃光が路地を明るく照らした。真っ白に染まる視界の中で、意味も分からぬままゴロツキ達は倒れていく。雷の如き魔力の咆哮が彼らの身体を突き抜け、失神するほどの激痛をもたらしたのだ。怒ったココノアが無詠唱で放った新生魔法、魔光焦雷(エナジー・バーン)によって血が沸騰しかねないほどの熱量を浴びた事で、男達は文字通り瀕死のダメージを負っていた。


「手加減はしておいたけど、次やったら肉片すら残さないから」


「いや、これは手加減っていうのかな……?」


ココノアの言葉に手加減という言葉が正しいのか首を捻りたくなるレモティー。彼女が見渡す限り、広場を取り囲んでいた者は全員黒焦げになっていた。辛うじて息はありそうだが、メルの回復魔法で治癒されない限りは以前と同じ生活を送ることもできないだろう。


「あれ……もう苦しくないニャ?」


「大丈夫か、ミケ! それにしても何があったんだ……?」


苦しみから解放された2人は周囲の状況変化に気がついた。ふらつくミケの体を支えながらもリュカは状況を飲み込み、ひとまず危険が去った事とそれを成してくれたのがレモティー達であることを察する。


「これ……アンタ達がやったんだよな?」


「自衛のために、ね。ところでこの状況について色々と話を聞かせてもらいたいな。ただここは目立つし、どこかに落ち着ける場所があるといいんだけども」


周囲の建物に向けてレモティーが睨みを効かせると、それまで安全地帯から様子を伺っていた住民がピシャリと窓を閉め始めた。スラムでは騒動も娯楽の内であり、彼らは広場で行われる一部始終を愉しむつもりでいたが、ココノアの魔法を目の当たりにして命の危険を感じたのである。再び静寂が訪れた一角でリュカはレモティー達へと頭を下げた。


「さっきは済まなかった。オレはリュカ、亜人を奴隷身分から解放するために活動している亜人解放団(レジスタンス)の一員だ。アンタ達には礼もしたいし、是非オレ達のアジトに来て欲しい!」


「アタシはミケって言いますニャ! 改めて宜しくお願いしますニャ!」


「こちらこそ宜しく。ボク達の自己紹介はそのアジトとやらでさせてもらうよ」


レモティーは亜人解放団(レジスタンス)という組織を名乗った2人組の提案を快諾した。ユキの母親を探す時間も大事ではあるが、亜人への差別に関わる問題なら無関係ではないと感じたからだ。一行は彼らの後を追って迷路のような細い道へ姿を消した。




――同時刻、議事堂の一室――




ディア・メトロスの中心地に存在する議事堂――宮殿かと見紛うような豪華な建物の奥には貴族議員専用の控室がある。五大名家と呼ばれる高貴な血筋の代表者だけで使うにはやや広すぎるその部屋で、大理石の円卓を囲むように5名の男性が席についていた。

上座に腰掛けているのは最も強い権力を持つ公爵家のサンディクス=マルロフだ。そして時計回りにデケンベル伯爵、オクトーベル伯爵、マイウス伯爵、ユリウス伯爵が並ぶ。伯爵である4名が権力相応の年齢であるのに対して、サンディクスだけは彼らよりも20歳近くも若く見える。このような不可思議な顔ぶれが実現するのも商業大国オキデンスならではと言えるだろう。(まつりごと)に対する優れた才覚を示し、豊かな国益を産み出した実績さえあれば、年齢すら関係なく家督を継ぐ事ができるからだ。

それを若くして体現したサンディクスに対して、爵位を持った議員達は敬意と尊敬の念を持って接している。だからこそ議会とは無関係の呼び掛けだと前置きされていても、彼らは貴族議員としての正装を纏って参上したのだ。だがそこで伯爵達が聞かされたのは耳を疑うような内容ばかりであった。


「恐れ入りますがマルロフ公……デクシア帝国への遠征、本当に実行されるおつもりですか? 彼の国における軍の規模はこちらの5倍以上です。海を渡った先であの軍隊とぶつかれば、こちらに勝機は無いでしょう。今は友好関係を保つべきです」


強張った面持ちでオクトーベルが問い直す。つい先程サンディクスが提案したデクシア帝国への侵攻という言葉が冗談ではないことを確認するためだ。親デクシアでもある彼は自国と帝国の軍事力に大きな隔たりがあることをよく理解していた。経済面で帝国を上回る規模にまで成長したとはいえ、オキデンスが武力で帝国を上回ることはないと確信している。


「その点については問題ないよ。魔王による帝都の被害は相当なもので、まともに動かせる軍はごく一部さ。厄介だった四魔導も半分に減ったらしいし、属国による独立紛争という火種も燻っている……今が一番の好機であることに相違はないだろう?」


「それは事実ですが、やはり戦力差が大きすぎるかと……! 特に今は亜人の身分解放を叫ぶ組織が暗躍している状況……まずは国内の守りを固めるべきです!」


「フフッ、オクトーベル卿は心配性だな。問題ない、策はあるさ。マイウス卿、彼に例の件を説明してあげてくれないか?」


「ええ、では私めからご報告申し上げましょう」


サンディクスが口にした策の説明役を任されたのは、国軍を統括するマイウスであった。右目に眼帯を嵌め、黒髪を後ろに撫で付けたその容貌は貴族というよりも軍人に近い。


「現在、我が国の正規軍は約3万程度……それに対し帝国が動かせる軍は少なく見積もっても7万、確かにこのままでは勝ち目はありますまい。しかし、ここに亜人の徴用兵5万を加えれば、どうなりますかな?」


「まさか貧民街とシニストラ自治区の亜人を全員徴用すると……!? 確かに人数はそれで水増しできましょうが、今や国民の生活は亜人の労働力が無ければ成り立たないのですぞ! それに練度と士気の低い兵など数のうちに入らない事はマイウス卿もよくご存知のはずでしょう!」


「クク……奴らを戦力として数えてはおりませんよ。亜人には亜人の使い道があるということです」


不気味な笑みを浮かべると、マイウスは机の上に魔道具の設計図と思しき大きな図面を広げた。魔道工学の専門用語で埋め尽くされているせいで、オクトーベルはすぐに理解が及ばない。しかしその紙面の端に刻まれていた"破滅への導き"という不穏な文字を見て顔色が変わった。


「こ、これは……まさか!?」


オクトーベルは衝撃を受けたように目を見開く。"破滅への導き"という言葉には覚えがあったからだ。オキデンス領内に存在するエルフの遺跡で発見された古代魔法の術式――それがまさしく図面に書かれた文字と同じ名称であった。


「……確か、数多の生贄を捧げることで同数の命を刈り取る事ができる禁忌の術式ですね。なるほど、確かにこれなら帝国軍を壊滅させることも不可能ではない」


「ご名答、流石魔道工学の権威でもあるデケンベル卿だ」


「お褒めに預かり光栄です」


整えられた口髭を撫でながらデケンベルは恭しく礼を述べた。学者を彷彿とさせる知的な外見に違わず彼は魔道工学に精通しており、古代魔法の知見も豊富に持つ。貴族でありながら一流の魔術師でもある彼のことをサンディクスは高く評価していた。


破滅への導き(ダムネイション)の術式自体は解析済みだったけど、その魔力消費の膨大さ故にこれまで扱える術者がいなかったのは、皆も知っての通りだよ。だから僕は魔道具を使って発動に足る魔力を集積することにした。そのための設計図がこれさ」


「し、しかしこれは対魔族用に編み出された禁術……! このようなものをヒトに向けて使おうものなら、各国からの非難を免れませんぞ!?」


席から立ち上がったオクトーベルがサンディクスに詰め寄る。彼はデケンベルほど魔法に詳しくはなかったが、それでもこの魔法の恐ろしさについては理解していた。


「非難などあろうはずがないよ、オクトーベル卿。破滅への導き(ダムネイション)を前にした国が選ぶ道は、我が国への服従だけなのだからね」


左右で色の異なる瞳は真っすぐに図面に向けられており、冗談の気配など微塵も感じさせない。禁術の行使に対する世間の目を歯牙にもかけないサンディクスの考えが理解できず、オクトーベルは唇を噛み締めた。


(マルロフ公は事の重大さを理解しておられるのか……!?)


遺跡に残された文献において、"破滅への導き"は魔族に対抗するべく古代エルフ族が編み出した魔法だと記されている。魔力で炎や雷を生み出す攻撃の魔法と異なり、直接的な死という結果だけを与えるこの魔法は例外的に魔族にも有効だったのだ。しかし生命体としての強度が異なる魔族相手に、古代エルフ族は極めて多くの犠牲を出すことになった。何千人という同胞の命を吸い上げて、ようやく滅する事ができたのは上級魔族1人だけである。故にこの術式には"破滅への導き"という忌み名が付けられた。


(魔族に対しては効果が薄いが、ヒト同士であれば話は別だ。虐殺になりかねないというのに!)


"破滅への導き"は生贄にされた魂の総量と等しい分だけの命を奪う。故に国家間の戦争で使えば、デケンベルが言った通り"ほぼ同数の命を刈り取る"ことも可能だ。だが、そんな大量殺戮用の術式を躊躇なく使えば、あらゆる国から警戒されるのは間違いない。オキデンスという国の未来を想えばこそ、オクトーベルは禁術の使用には反対であった。そんな彼の表情から考えを読み取ったのか、サンディクスは鼻先で笑って話を続ける。


「勿論、オクトーベル卿の懸念については理解しているさ。労働力が無くなれば国民からは不満の声も出るだろう。しかし帝国に打ち勝てばより豊かな土地と資源、そして新たな奴隷が手に入るんだ。きっと彼らも理解してくれるはずだよ」


「そ、そういう問題では――」


「オクトーベル卿、そこまでにして貰おう。我らはマルロフ公の意思に従うのみ」


それまで黙っていた初老の貴人――ユリウスがオクトーベル卿に向けて腕を突き出した。この中で最も年配であり、国王の側近でもある彼の言葉には同じ爵位でも従わざるを得ない。言いたい事はあったが、オクトーベルは渋々自席へと戻った。


「儂は帝国への遠征に賛同致しましょう。それで……例の大使は如何でしたかな、マルロフ公?」


「ありがとう、ユリウス卿。デクシアの大使は……うん、特筆すべき事は何もないかな。ただ、今の帝国がいかに人材不足なのかはよく分かったよ。こちらに取り込んで、遠征に利用するのも悪くないと思っていたけど、それ以前の問題だったからね」


「……と、申しますのは?」


「フフッ、せっかくの面白い話なんだ。こんなところで話してしまうのは勿体ないし、次の晩餐会にでも取っておくとしよう。ただ、あれじゃ人質にも出来ないだろうし利用価値は無いかな。()()はマイウス卿に任せるよ」


「承知しました」


サンディクスの流し目を受け止めたマイウスは即座に頷いた。だが他国の大使を"始末"するには相応の後処理が必要となる。荒事を専門とする彼でも、流石に大使の暗殺を揉み消せるだけの力は持ち合わせていない。


「ですが、帝国にはどのように報告を? 送り出した大使に何かあったとなれば、あちらも看過しますまい……」


「ならば、ここは亜人解放団(レジスタンス)に汚名を被ってもらおうじゃないか。彼らの拠点は突き止めているんだろう?」


サンディクスの質問にマイウスは再び頷く。亜人を奴隷身分から解放しようと行動している秘密結社が存在することは、議会でも把握されていた。その調査をサンディスクは予め指示していたのである。そのため亜人解放団の一員であることが疑われる者には常に監視の目が付き纏っており、ともすれば報奨目当てのゴロツキに狙われることもあった。


「貧民街にある奴らの拠点は既に押さえております。ただ軍を動かすには少々狭い場所でして……少数精鋭の傭兵を使いますが、それでも宜しいですかな?」


「ああ、何でも構わないよ。亜人解放団(レジスタンス)が議会に物申すため要人誘拐を企てた結果、帝国の大使は死亡。その責を取るため我が国は亜人解放団の属する者を全て処刑した……この()()()()なら目障りな連中も消せて一石二鳥だろ?」


「なるほど、それであれば帝国も振り上げた拳を降ろす理由ができるというもの。肝心の大使の居場所もこの街にいるのであればすぐに見つかるでしょう。拠点を見張っている者に連絡しますので、私は先に失礼しますぞ」


そう言い残して控室から去っていくマイウス。その背を見つめながら、貴族議員唯一の穏健派であるオクトーベルはオキデンスの行く末を憂うのであった。




――亜人解放団の拠点周辺――




スラムの片隅にある古びた商館――誰も使っていないような廃墟同然の建物を、武装した男達が物陰から見張っていた。彼らは貴族議員から指示を受けた傭兵部隊である。幅広く人々の困り事を解決する冒険者と異なり、金さえ積めばどんな汚れ仕事も引き受けるのが傭兵だ。故に人を殺めることにも抵抗はなく、依頼として指示されればその通りに仕事をこなす。そしてその通知が今しがた部隊員に届いたところだ。


「隊長、依頼主から指示がでました。全員逃さず殺せ、と」


「ようやくか……路地はネズミ1匹逃さないように封鎖しとけ。あと裏口と下水道もしっかり見張っとけよ。あいつらの方がここの地形には詳しいからな」


仲間から隊長と呼ばれた男が淡々と部下に指示を出す。ロープ状の毛束を無数に頭から生やした髪型が特徴的な彼は、他者に比べても抜きん出た巨躯を誇っていた。鋼のように鍛えられたその筋肉を見れば、大抵の者は勝負を挑む気すら失せるだろう。だがその一方で左腕と右脚は失われており、武器を仕込んだ義手と義足で補っている。


「……おい、マイウスの野郎は他に何か言ってなかったか」


「ああ、そういえばツケの分はしっかり働けなどとも言っていました。それがどうかしたのですか……?」


「この腕と脚の事を言ってやがるんだ。あのクソ貴族、()き使いやがって!」


忌々しそうに吐き捨て、ドレッドヘアーの男は機械化された左腕に険しい視線を投げる。彼はかつて、大陸間の奴隷交易において大きな富と力を得た奴隷商人でもあった。しかし航行中、()()()()()に巻き込まれて生死の境を彷徨った挙げ句、所有していた帆船と身体の一部を失ってしまう。

船の破片に捕まり海面を漂っていたところをツテのあった貴族に助けられたものの、母国に戻った男に待っていたのは地獄のような借金苦であった。残っていた部下に財産を持ち逃げされたせいで商売は破綻、彼自身も無一文になったのだ。それでも魔道具で作られた高価な義手と義足の対価を支払う必要があったため、かつて亜人狩りをしていた経験を生かして傭兵稼業に転向している。


「隊長! 路地を見張ってた連中から亜人解放団(レジスタンス)と思しき集団を見つけたと連絡がありました。数は子供を含めて7人、拠点に入るまでに仕留めますか?」


「いちいちオレに聞くんじゃねぇよ。当たり前だろうが! だが、亜人は耳がいいからな……外で騒がれたら中の奴らに逃げられる可能性がある。騒がせずに一撃で仕留めろよ。で、どこにいやがるんだその連中は?」


「東側の通路からこちらへ向かっています。もうすぐここからでも見える頃かと」


「なら挟撃を仕掛けて逃げ道を塞げ。だがその前に、亜人を奴隷から解放するなんて夢を見てる奴の馬鹿面を拝んでおいてやるか」


部下の返事を聞いた男は来訪者の様子を伺うことにした。過去の経験から亜人が聴覚や嗅覚に優れている事を熟知しているため、風下かつ相手に気取られない死角を選ぶ。部下と共に慣れた様子で最適な位置まで移動した彼は、壁から顔を出して標的の一団を視界に収めた。


「先頭の2人は監視対象になっていた獣人だな。その後ろのは……おい、嘘だろ!? あの時のガキ共じゃねぇか! なんでアイツらがここにいるんだよッ!」


「ど、どうかしたんですか……?」


悲鳴にも似た声をあげた隊長を目の当たりにし、戸惑う他の傭兵達。普段の堂々とした振る舞いからは想像できないほどの狼狽えっぷりだったからだ。強面の表情は情けなく崩れ、血の気が失せてしまっている。極めつけは額から流れ落ちる大量の汗だ。明らかに異常な様子を心配した部下の1人が慌てて声を掛けた。


「隊長……プラガ隊長! お気を確かに!」


「なっ、なんでもねぇ! だが今日の仕事は止めだ! 帰るぞ!」


亜人解放団(レジスタンス)の殲滅任務を中止するのですか!? しかし依頼主には速やかに実行しろと言われています。どう説明をしたものか……」


「まだ泳がせておくとでも言っとけ! お前らも死にたくなかったら、あの連中には絶対手を出すなよッ!」


傭兵部隊を率いていたのはプラガという名前の人間であった。奴隷商であった頃、彼は東大陸北部の海岸において目撃した人物達と既に遭遇している。そこで亜人の少女達を拐おうとして返り討ちに遭った苦い記憶は、今もなお彼の心を恐怖で縛っていたのだ。

商館から逃げるように立ち去っていく隊長を目で追いながら、残された部下達は腑に落ちない様子で首を捻る。しかし指揮なしで仕事を進めることもできず、慌ただしく持ち場から退却した。こうして亜人解放団の危機は人知れず去ったのである。

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