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うちの子転生!  作者: 千国丸
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067.華やかなる都③

バステト商会での買い物を済ませた後、レモティー達はダウンタウンからアップタウンへと続く大通りを歩いていた。白い石畳で覆われた道の表面は凸凹が少なく滑らかに仕上がっており、両側に歩行者用のスペースまで確保されている。そのためか道を行き交う馬車のスピードは街中と思えないほどに早い。

それを見た少女達は持参した馬車で移動する事も考えたが、思っていた以上に交通量が多かったので断念した。もし購入したベイヤールが指示した通り動かなければ大事故に繋がるかもしれないからだ。とはいえ久しぶりに踏み締める大地は心地よく、緩やかな登り坂を振り返れば近代的な街並みを一望できるため、徒歩であっても不思議と疲れは感じなかった。


「へぇ、ここから見る景色はなかなか良い眺めじゃない。今度時間がある時に、ゆっくり絵でも描いてみたいかも」


「うん、確かにいい景色だ。あんまり登ったって感じはしてないけど、この辺りはそれなりに高さがあるみたいだね。目的の迎賓館があるのはアップタウン、今歩いてる所がダウンタウンって名付けられてるみたいだし、土地の標高が区域の名前に関係しているのかもしれないよ」


「せっかくですし、少し眺めていきませんか! 海も見えて綺麗なのです!」


メルの提案で一行は立ち止まり、登ってきた道を見下ろす。明るい色の壁と濃い色の屋根のコントラストが青空に映えており、その向こうに広がる群青の海を背景に添えるだけで芸術作品として成り立つほどだ。

さらに遠目でも分かる道の美しさがそれに拍車をかける。整えられた石畳はよく清掃されており、ゴミの1つも落ちていなかった。商業の都として多くの商人や客が訪れる場所にしては考えられないほどに清掃が行き届いていたのだ。そんな美しい眺めを心を躍らせつつも、メルはレモティーが手にしていた冊子に気付く。


「そういえば、さっきお店で貰ったその本って何だったんですか?」


「ああ、これはこの街の観光情報誌だよ。本当は有料で売られているものらしいんだけど、新しいのが近日中に出るとかで処分予定だったのを貰ったんだ」


そう言ってレモティーは厚めの冊子を広げてメルに見せた。薄い紙に描かれた絵は色を纏っており、写真の如き鮮やかさを誇っていたので少女は思わずびっくりしてしまう。


「すごいですね、これ!? カラー印刷なんてこっちに来て初めてみましたよ!」


「あはは、ボクも同じ事を思ったよ! 紙の原材料になる木材が手に入りやすいから紙産業が盛んだってコレに書かれてたし、この国は印刷技術が他国に比べてかなり進んでるのかもしれないね」


彼女が言った通り、紙の生産と大量印刷においてオキデンスはこの世界でも類を見ない高度な技術力を有していた。そのため情報媒体としての本は住民にとっても身近なとなっている。しかし、現代日本のように極めて低コストで本を産み出すまでには至っていない。どんな薄い雑誌であっても銀貨1枚以上の価値はあるだろう。

それを無償で提供してくれたのは、バステト商会で少女達の案内を担当した獣人族の女性店員である。レモティーが気を利かせてチップを渡した際、彼女は最初慌てた様子で返した。それに対して「親切に案内してくれたお礼だよ」ともう一度手渡したところ、良かったらコレを持っていって欲しいと数日後に廃棄される予定だった情報誌を提供してくれたのだ。最新版では無いといえ基本的な知識は網羅されており、旅人にとって有り難い情報源となる。


「街も綺麗だし、これで奴隷云々の話さえなかったら住みやすそうな国なのに。そうだ、その辺の話ってそのパンフレットに書いてあるの?」


「いや、特にそれらしき記述は無かったかな。とにかく迎賓館に向かおうか。貴族議員っていうのが対応してくれるらしいから、そこで奴隷制度に関する話が少しでも聞けるかもしれない」


レモティーの言葉に頷いた一同は再び坂道を歩き始めた。通りに面する建物はどれも小洒落ており、観光者の目を楽しませる。だがそれらは酷く歪んだ身分制度と搾取制度の上に成り立った虚飾の美でしかないことを、彼女達はまだ知らなかった。




――ディア・メトロス内 上流区(アップタウン)――




侵入者を阻むための高い柵――白銀の格子に守られるようにしてアップタウンは存在していた。原則として特権階級の者以外の立ち入りが禁止されているため、人通りは極端に少ない。いかなる身分の者であっても、秩序維持を担う憲兵が常駐している検問所を通過しなければならず、入る資格を持たない者は1歩たりとも踏み入れることはできなかったのだ。

しかしその一方で、アップタウンは上流階級が住まう地として市民から羨望の眼差しが向けられていた。大手商会にも匹敵する大きな館を個人の住居として使っている上に、馬を数匹放し飼いにできそうなほどの広大な庭を持つ豪邸ばかりだからである。

密かにオキデンス中の富と権力が集まる地とも呼ばれるこの区画には、国王が住まう宮殿と議事堂を中心に貴族と豪商達の住居が放射状に配置されている。その中でも迎賓館は他国の要人を迎え入れるという重要な役割を担っているため、中央に近い場所に設けられていた。


「ここが迎賓館らしいけど……思ってた以上に大きいね!?」


「確かにこの敷地の広さは想像以上でした……」


迎賓館へ辿り着くなり、その大きさに感嘆の声をあげるレモティー達。国賓をもてなす施設であるそれは彼女達が気圧されるほどに巨大であった。佇まいも高級感に溢れており、白色岩から削り出された品のある外壁が荘厳な雰囲気を纏っている。さらに議事堂から目と鼻の先に建っており、立地も申し分ない。


「ここ、うちらみたいなのが勝手に入って良いところなの? 結構ガチなドレスコードとか存在する奴じゃない?」


「ん、帯剣したままで入ってもいいのかな。入口で没収とかされるのイヤなんだけど」


「いや、その剣は目立つし流石にダメでしょ……メルのポーチにでも入れておきなさいよ」


ココノアとリセがそんなやり取りを繰り広げていると、唐突に玄関扉が開け放たれた。そこから出てきた侍女と思しき5名の人間族女性が、建物の前で横一列に並ぶ。クラシックながらも華やかさを放つ清楚なメイド服に身を包んだ彼女達は深く一礼した後、レモティーに向かって恭しく挨拶をし始めた。


「お待ちしておりました、デクシア帝国の大使様。遠路はるばる我が国にお越しいただき、お礼申し上げます。お疲れのことと存じますが、記念式典を任されている責任者からご挨拶を申し上げたく思いますので、応接室までご足労いただいても宜しいでしょうか」


「あ、ああ……もちろんだとも!」


要人としての扱いになれていないレモティーは、ついうっかりいつもの調子で答えてしまう。だが相手の方は気にする素振りもみせず、丁寧に奥へと案内してくれた。


(あちゃー……失敗したなぁ。せっかく作法を教えてもらってたのに)


ウルズ船内で教わった貴人としての振る舞いを何一つ活かせず、付け焼き刃はダメだなと自省しながらレモティー達は女性の後を追う。そこだけでも生活できそうな広々とした廊下を突っ切り、少女達は1階の奥にある広間へと移動した。


「マルロフ公、帝国の方々がお越しになられました」


「いいよ、入って貰ってくれ」


「承知しました。それでは皆様、どうぞお入りください」


重厚な黒塗りの扉から響いた声に従い、侍女達が部屋の入口を開く。その直後、明るい窓の光が廊下に射し込んだ。眩く照らされた部屋の中には館の外観に負けない洗練された調度品の数々と、大きなソファーが複数用意されていた。そして部屋の中央ではオッドアイの瞳と朱色の髪を併せ持つ美青年が椅子に腰掛けていたのである。


「初めまして、偉大なるデクシア帝国の大使殿。僕はサンディクス=マルロフという者だよ。こう見えても公爵の立場にあってね……周囲の者はマルロフ公と呼ぶけど、呼び捨てでも構わない。その方がお互い気が楽だろ? おっと、立ち話をさせるつもりはなかったんだ。どうぞ座ってくれ。紅茶と菓子を準備させるからさ」


サンディクスに促されて少女達はソファーに腰を降ろした。この面子で最も代表者らしく見えるだろうという理由でレモティーが正面に座り、その左右にリセとココノアが座る。メルは緊張した面持ちのユキを落ち着かせるため、テーブルの側面にあった目立たない席へと移動した。


「ああ、最初に言っておくけど僕は堅苦しい言葉遣いは苦手なんだ。だから普段通りで喋らせてもらうよ。君達も気を遣ってくれなくて良いからさ」


「そう言ってもらえると助かるよ。こっちも丁寧な話し方を意識すると思うように話せなくてね」


「ハハハッ、言葉通りに応じてくれるとは思わなかった! これなら退屈せずに会話を楽しめそうだ。それにしても君、随分と若く見えるのに堂々としてるね。人間族に見えて、実は亜人の血が混じってたりするのかい?」


「うん……? どういう意味か分からないけど、ボクは純粋な人間族だよ。あと、若いのはそちらもだろ? こっちとそう違わないように見えるけどなぁ」


"若く見える"という言葉に、レモティーは違和感を持った。見た限り人間族であるサンディクスも年齢では自分とそう違わないと感じていたからだ。少なくとも青年と呼べる年齢からは外れていないだろう。訝しむ彼女に対して意味深な笑みだけで応えると、サンディクスは帝国に纏わる噂話を切り出した。


「そういえば貴国の皇帝陛下が崩御されたという噂を耳にしたんだ。そんな非常事態にも関わらず、我が国の要請に応じて貰ったことには深く感謝しているよ。それにアスタロトを名乗る魔王まで出没したというのに、よくここまで無事に来られたね。今の国内はどういう状況かな?」


帝都の混乱や魔王の出現は冒険者ギルドに報告されているため、オキデンスに知れ渡っていても不思議ではない。だがレモティーには腑に落ちないことがあった。


(この男、どうしてアスタロトの名前まで知ってるんだ……?)


魔王の名前を知るのは冒険者ギルドでも上層部だけで、一般の担当者や冒険者は単に魔王が出たという事しか知らされていない。アスタロトの名を出してしまうと他の魔族を刺激してしまう可能性があったからだ。帝都解放後、帝国内でもこの件については緘口令が敷かれている。


「申し訳ないけど、その件についてボク達が言えることは何も無いんだ。質問があるなら本国の方に問い合わせてもらえるかな?」


「おっと、これは失礼。つい口を滑らせてしまったよ。このような不謹慎な事、この場で会話するべきではなかったね。非礼を詫びよう」


そう言ってキザったらしく一礼した後も、サンディクスは飄々とした口振りで会話を続けた。貴族らしからぬその振る舞いは取っ付き易くはあるのだが、一方で何を考えているのか分からない不気味さを感じさせる。


「それにしても、軍事国家として名高いデクシア帝国の大使殿がこんなに美しい乙女とは思わなかった。君達2人がいれば、式典も一層華やかに盛り上がるはずさ」


「そう言われるとお世辞でも照れるね。式典にはもっと華やかなドレスを用意したほうがよさそうだ。なんせボクとリセにはこの服しか……って、まだ名乗って無かったっけな? まあ名前は事前に伝わってると思うけど、一応自己紹介しておくよ。ボクはレモティー、こっちは――」


自分に続けてレモティーは順番に友人達の名前を紹介した。しかしサンディクスが微笑んで相槌を打った相手はレモティーとリセだけだ。ココノア達に対しては視線すら合わさず、さしたる興味もない様子で聞き流したのである。明らかに態度が異なっていた事を疑問に感じたレモティーはその理由を推測する。


(ココノアやメルが子供にしか見えないからか? いや……亜人だからって可能性もあるし、一応しっかり伝えておいたほうがよさそうだ)


亜人に対する視線が厳しい国とはいえ、他国の客人をそこまで蔑ろにはしないだろうとは思ったものの、彼女はそれとなく注意を促すことにした。


「見た目は幼いけど彼女達もデクシア帝国の正式な大使であり、ボクと同じ立場なんだ。驚くとは思うけど、扱いは()()にお願いするよ」


「ああ、分かっているとも。しかし……どうしてここに亜人を引き連れてきたのか理解できないな。帝国が実力主義で人材を揃えている事は理解しているけど、よりによってオキデンスの建国式典に獣人とエルフを立ち会わせるなんて、驚きしかないよ。もちろん、悪い意味でね」


棘のある言葉と共にココノア達へ冷ややかな視線を送るサンディクス。優しげな好青年を思わせる見た目とは裏腹に、亜人を見る彼の眼には仄暗い侮蔑の念が宿っていた。


「……どういう意味かな、それは?」


「意味も何も、言葉通りさ。輝かしい建国500年の式典に亜人を参列させるなんて、全く悪い冗談だよ、ハハハッ」


悪びれる様子もなくサンディクスは一笑に付す。厳密にはリセも人間族ではないのだが、見た目に亜人としての特徴が無いため、彼は人間族として扱っていた。それは良いとしても、ココノア達に対する振る舞いには納得できない。


(何だよ、コイツ……! 爵位を持つほどの人間でも亜人に対する差別意識は変わらないのか?)


レモティーは友人を蔑ろにされた怒りで顔を顰めた。しかし大使という立場の手前、ここで無用な波を立たせるわけにはいかない。喉まで出かかった言葉を飲み込み、彼女は会話を切り返す。この流れを利用してオキデンスにおける亜人差別に関する情報を聞き出すことにしたのだ。


「さっき君は式典に亜人を参加させるなんて悪い冗談だと言ったよね? それはどうしてだい? この国にも亜人が大勢いるじゃないか」


「ああ、成程……君達はこの国の歴史をよく知らないわけか。ならば、そのような疑問を持っても仕方ないかもしれないね」


「確かにボク達はこの国がどんな歴史を歩んでいたのかは知らない。それでも、亜人達を一方的に差別し続けることが正しいとは思えないな。特にあの能力を抑え込む首輪……先進的なこの国には似つかわしくない代物だと思うよ」


赤縁の眼鏡が鋭く光り、向かい側にいる男の姿を映す。バステト商会で店員が装着していた銀の首輪――それと近しい物を、少女達が街中で見かけた獣人達も身に付けさせられていた。それらが身体機能を制限する魔道具の一種であることを道中でココノアから聞き及んだ彼女は、その理不尽さを彼へ突き付ける。


「……へぇ、そんな意見を耳にしたのは久方ぶりだ。しかしアレが無いと弱い人間族がこの国で生き残ることは出来ないんだよ。亜人の残酷さは今も健在だからね。いつ寝首を掻かれるか分かったものじゃないのさ」


そう言い終えるなり立ち上がったサンディクスは、壁に掛けられていた巨大な地図まで移動した。色彩豊かに森や河川が描画されたそれは、航空写真にも近しいレベルでオキデンス領の全貌を表している。


「せっかく若い大使殿に来ていただいたのだから、ここでオキデンスの歴史を学んで貰おう。ちょうど良いところに我が国の地図もあることだしね」


彼は指先で視線を地図へ誘導すると、まずは地形の説明から入った。社交の場に慣れている貴族だけあってその声は聞き取りやすく、少女達の耳にすっと入ってくる。


「まずはこの西部森林、今は緑一色だけど2000年くらい前は獣人族の王国があった場所だ。今もその名残でいくつかの小さな村が残っているね」


示された場所には確かに森が広がっているだけで、国らしきものはなかった。しかし集落が残されているという話から、獣人族が今もそこで暮らしている可能性は高いのではないかとレモティーは推測する。


(方角も合ってるし、ユキちゃんの故郷はこの西部森林内にありそうだ……!)


その直感が正しいものなのか確認すべく、彼女は頭に浮かんだ地名について問うことにした。


「そこはシニストラ自治区っていう場所であってるかな?」


「ああ、そうだとも。ここはシニストラ自治区と呼ばれる地域で、自治権を与えられた獣人族が住んでいるよ。ただ観光には向いていないから、興味があっても行くのは止めた方がいい。無法地帯のようなものだからね」


「へぇ……無法地帯とは穏やかじゃないな。この国には立派な憲兵団がいたと思うけど、彼らは民と法を護るために存在しているんじゃないのかい?」


「それは市街地内での話さ。自治区というのは自由が保証される代わりに、全ての責任を自分達で負わなければならないんだ。獣や魔物には自ら対処しないといけないし、もし犯罪に巻き込まれても憲兵は一切関与しない。ケガをしたくないなら君達もディア・メトロスから外に出ない事をおすすめしておくよ」


「なるほど、大体どんな場所かは理解できたかな……」


眼鏡の位置を正しつつ、レモティーはサンディクスが話した内容を振り返った。かつてリギサン北部の海岸で遭遇した奴隷船の主――プラガが西大陸について語っていた内容と繋がりそうな気がしたからだ。

彼から聞き出した情報によると、西大陸の奴隷商は集落を襲い、そこで奴隷となる亜人を捕まえて売ることを生業としているそうだ。しかし街中にいる亜人奴隷は主人によって管理されている上、憲兵の眼もあるので奴隷商でも手の出しようがないだろう。ならば彼らが襲う集落というのは必然的に絞られる。サンディクスが無法地帯だと言い放った、シニストラ自治区である。


(犯罪にも憲兵が関与しない、って言葉は奴隷商による拉致や誘拐を黙認している事を示唆しているのかもしれないな。だとしたら、ユキちゃんの故郷は相当酷いことになっているんじゃないのか……?)


奴隷船で目の当たりにした光景を思い出し、心の内に激しい憤りを滾らせるレモティー。彼女の表情には少なからず感情の揺れ動きが出てしまっていたが、サンディクスは気にすることなく淡々と話を続ける。


「話を戻そうか。北部森林には大きな湖があってね。その(ほとり)を根城にしていたエルフ族の大国跡もあるんだ。あと南部の荒野にはドワーフ族や鳥人族が住み着いていた事もある。その他の亜人については省くけど、僕が伝えたかったのは亜人の強国がこの大陸に存在していたという事実さ。そして東側の海岸沿い――ここには太古から人間族が小さな国を作っていた」


彼が指を移動させた先は大陸東部の海沿いであった。海岸線に沿うようにして発展した街が縦長に連なっており、現在レモティー達が滞在しているディア・メトロスや、軍船ウルズが入港したフルーメン港もそこに含まれていることが地図から分かる。


「3000年くらい前までは、亜人国と人間国の関係は穏やかなものだったよ。互いに国交もあったし、交易もしていた。でもある時を境にして、平和の時代は終わる。あろうことか、亜人達が侵略戦争を初めたんだ。その理由は分かるかい、エルフのお嬢さん?」


「急に言われても分からないわよ」


無愛想なココノアの反応を見て、苦笑するサンディクス。彼はそれから間を置かず、大陸西側の森に大きなバツ印を描く仕草をしながら戦争の経緯を説明した。


「資源が枯渇したのさ。短命な人間族と違って、亜人の多くは長命種だ。だから際限なく増えて続けてしまい、食糧も土地も足りなくなった。そこで彼らは思い至ったわけだ、他から奪えば足りない分を補うことができるとね。そうして勃発したエルフと獣人の戦争は森を焼き払う勢いで熾烈になり、人間族にも少なくない被害が出たよ」


「さっきからちょっと気になってたんだけど、その話し方は貴族特有のものなの? 随分と昔の話なのに、まるで見てきたような言い振りじゃない」


「……ああ、僕の話し方は()みたいなものだから、どうか気にしないでくれ。ただこれらが全て事実だということは理解して欲しいな」


「事実かどうかは全部聞いた上でうちらが判断するから」


素っ気ない反応を返すココノア。これが事実だと言って迫ってくる者が信用ならないことを彼女は知っていた。サンディクスは一瞬肩を竦めるような仕草をしてから話を続ける。


「それから500年続いた戦争で亜人も人間も疲弊してね、そこに魔族までやってきたから情勢は混迷を極めたんだ。追いやられた人間族は自分達の力では生きていけなくなり、獣人族とエルフ族の国を頼ることにした。森の中に人間族が生きるための土地を貰えないか交渉したんだ」


「それを断られたから、今になって仕返ししてるってこと?」


「いいや、亜人達は人間を森に迎え入れてくれたよ。でもそれは保護という名目の元に行われた生命の蹂躙でしかなかったんだ。彼らは魔族に勝てないことが分かると、人間族を生贄に差し出すことで自国の民を守ろうとしたのさ。まあ寿命でいえば彼らは人間族に比べて5倍以上も長く生きるから、短期間でよく増える都合の良い動物くらいにしか思ってなかったのかもしれないね」


「流石にそんな事はないと思いますけど……」


あまりにも露悪的な言い草にココノアとメルが眉を曇らせた。だがその様子を見てもサンディクスは言葉を止めない。


「人間族は耐え忍んで反逆の時を待ったよ。そして亜人達の勢力が弱まった隙をついて一斉に蜂起した。後にオキデンス建国戦争とも呼ばれる厳しい戦いに勝利した先祖達は、自分達を家畜のように扱ってきた亜人を支配下に置き、再び人間の国を再興させたってわけだ」


「ん……それが亜人の奴隷化を正当化する理由ってことでいいの? あたしには過去を引き摺り過ぎてるようにしか思えないけど」


「随分と辛辣な反応をしてくれるじゃないか。我が国における亜人の待遇について、君達はあまり良く思っていないようだね。でもこの歴史を背負ってきた者として言わせて貰えば、生かしてやってるだけまだ温情がある方だと言い切れるよ。こればかりは当事者でないと分からないだろうさ」


人間族が一方的な被害者であることをしきりに強調するサンディクスであったが、彼が語った一連の話はレモティー達が共感できるような内容ではなかった。確かに魔族が亜人同士の戦争に介入したという話は、アスタロトが心象世界でメルに述べた内容とも一致する。だからこそ序盤の歴史には一定の信憑性が感じられもしたのだが、そこからの展開は大きく異なっていたのだ。

アスタロトは人間族が魔族を唆して亜人の国を襲わせたと語っていた。それが事実であれば、サンディクスが語った悲劇の歴史と真っ向から矛盾する。仮に魔王が別の地域で起こった事を口にしていたのだとしても、ヒト同士の争いを調停するために生み出された魔族がこの地でヒトを積極的に襲い始めた理由が分からない。少女達はまだ知り得ない真実がこの国に潜んでいる事を予感していた。


「さて……少し喋りすぎたかな。喉が渇いたし、そろそろお茶にしようか」


サンディクスは座っていた位置に戻り、両手を2回叩いた。小気味よい音は廊下まで聞こえていたらしく、外から「今お持ちします」という女性の声が響く。


「最高級の茶葉で淹れた紅茶と、一流の職人に作らせた焼き菓子を用意させているんだ、是非味わって欲しい」


「いや、別にいいよ。ボク達はお茶会をしに来たわけじゃないからね」


「まあそう言わないでくれ。客人に茶の1つも出さないと知られたら、僕の立つ瀬が無いじゃないか」


「仕方ないな……それなら1杯だけ貰おうか」


そんな会話から数分も経たないうちに扉をノックする音が響いた。彼が入室を許可したと同時に、3名の侍女が入ってくる。


「紅茶と菓子をお持ちしました」


侍女達は入口で一礼すると、手慣れた様子でティーカップとクッキーのような菓子を載せた皿をテーブルへと並べ始めた。しかしそれらが置かれたのはレモティーとリセの前だけである。亜人の幼子達には何一つ提供されなかった。


「待ってくれ……これはどういうことだい? 彼女達も平等に扱ってほしいと伝えたはずだけども!」


「ああ、僕としたことが伝えておくのを忘れていたよ。君、子供達にも同じものをお出しするんだ」


「同じもの、ですね。かしこまりました」


指示を受けた侍女は表情を変えずに部屋から出ていく。不備があったと自省するような素振りは彼女に一切見られず、あたかもそれが自然な事であるような振る舞いであった。貴族だけでなく、メイドにすら亜人差別の意識が浸透していることにレモティーは動揺を禁じえない。


「悪気があったわけじゃないんだ。ただ、彼女達には亜人の子をヒトとして扱うような文化がなくてさ。ここでは犬や猫と同じ、愛玩動物(ペット)のようなものだからね」


「ペット……!? ヒトなんだぞ!?」


あまりにも酷い発言にレモティーは耳を疑った。大切な友人に対する礼を失した数々の振る舞いに、ついに堪忍袋の緒が切れる。早々にこの場を立ち去ることを決心した彼女は、半ば強引に会談を終わらせることにした。しかしその矢先、再び扉にノックの音が響く。


「おっと、彼女達の分が届いたようだ。入っていいよ」


「失礼致します」


銀のトレイを持った侍女達が再び部屋に入ってくる。彼女達は何食わぬ顔でメルとココノア、そしてユキの前にティーカップと菓子皿を置いた。さらに爽やかな香りを放つ果実の輪切りが入った大皿がテーブルの中央に配置される。黄色い皮と果肉から、レモティーはすぐにそれが馴染みのあるフルーツであることに気付いた。


「これは我が国原産の希少な果物でね。紅茶に入れると香りが引き立つんだ。温かい海岸沿いでしか育たないから、帝国内ではかなり珍しいものだろう? 遠慮せずに食して貰って構わないよ」


そう言って微笑むとサンディクスは銀色の果物トングでレモンを掴み、自らの紅茶カップへと浸した。彼が言った通りレモンは東大陸の西海岸沿いでしか育たなかったため、デクシア帝国は専ら輸入に頼っている。それでも酸味のある果物は料理や菓子作りに重宝され、帝国では根強い人気があったのだ。

しかし長距離の輸送で傷みやすいことから、同量の穀物に対して10倍以上という馬鹿げた相場で購入せざるを得なかった。それを逆手に取り、オキデンスは帝国との交易において黒字を出せる柑橘果物の栽培を国家政策として推し進めていたのである。主要港に冷凍倉庫が設けられているのも、そういった生鮮品の鮮度を維持して輸送するためであった。もっとも、帝国人ではないどころかリギサンでレモンを自作していた豊穣の乙女にとってそれは珍しい果物ではない。


「悪いけど、そろそろ本題に入ってくれないか。式典について教えてくれればそれで構わないから」


「おや、珍しいな。帝国の客人には紅茶とレモンを出せば間違いないと思っていたんだけど……いや、ここ最近になって野菜や果物の輸出量が急落したという話を聞いたな。ひょっとして帝国は気候に左右されない農作物の栽培方法でも編み出したのかい?」


「悪いけどボク達はそういった事には明るくなくてね。出せる情報は何もないよ」


「そうか、それは残念だ。実は次の議会で貴族議員側から提出する政策が果樹園の拡大に関する内容でさ。何か参考にできればと思ったんだけども、情報が無いなら仕方ないか……とりあえず貴国に良質な商品を提供できるよう、農園の拡大は前向きに進めておくよ。希少果物は数少ない貿易黒字品目だからね」


サンディクスはニヤリと口の端を吊り上げた。他愛の無い雑談にすら相手の内情を聞き出すための罠を仕込むのは、貴族の常套手段だ。しかしレモティーは無意識の内に全て無難にやり過ごしている。それどころか、オキデンスにおける農作物輸出量激減の原因は彼女にあった。

彼女がリギサンのために作った農場では今も数多くの品種が栽培されている。その中にはオキデンスが主力とする希少な果物も多く含まれていたのだ。それらが大量に出荷され続けた事で、エリクシア王国に隣接するデクシア帝国においても庶民が手軽に購入できるような値段まで希少作物の価格が押し下げられている。このしばらく後、貴族議員団による農園の拡大提案は大失敗に終わり、市民議員から激しい突き上げを喰らうことになるのだが、豊穣の乙女がそんな事を知る由もない。


「やっぱり我が国のレモンは香り高くて良い。君達も遠慮しなくていい」


テーブルを囲んだ者でティーカップを持ち上げたのはサンディクスだけであった。それ以外は誰も紅茶に手を伸ばしていない。真っ先に菓子へ興味を示しそうなユキでさえ、じっと我慢していた。自分が招かれざる客であることを、冷淡な男の視線から察していたからだ。

いくら立場があると言えども、幼気な子供に気を遣わせるような相手に付きやってやる義理はない――そう判断したレモティー達は出されたものに手をつけない事で、相手に本題を急かせた。


「……お気に召さないか、仕方ないね。今日は式典の予定だけ伝えることにして、この続きはまた別の機会にでもしよう。式典は2週間後に議事堂の隣にある王宮前の広場で執り行われる予定だよ。国王による式辞の後、国軍がディア・メトロス内を行進するんだ。ただ、国王とは言っても国家行事でしか出番のない象徴のような存在だけどね。詳しい予定は式典の案内状に記載してあるから、また侍女から受け取っておいて欲しい」


「ああ、わかった。その式典には参加するけど、それまでは自由にさせてもらうよ。こちらも色々とやりたい事があるんだ」


「自由に、か……そんな勝手な事をされては困るなぁ。我が国の素晴らしさを知っていただこうと思って、様々な視察や会合の場を用意していたというのに。それにもし大使殿の身に何かあれば、責められるのは僕だしさ」


迎賓館の世話にならない事を公言したレモティー達をサンディクスは不機嫌そうに諫めた。綿密に計画していた国賓用のスケジュールを蹴られることは、式典の責任者である彼にとって顔に泥を塗られるにも等しい。それまで余裕のあった表情が険しい顔つきに変化していくが、レモティーの意思は硬かった。


「大事な仲間をペット扱いされて我慢できるほど、ボクは温厚じゃないんだ。行こう、みんな」


レモティーの言葉に頷き、ココノア達も席を立った。一斉に退出していく少女達の背を、青と黄の2色に染まった瞳が追う。


「分かった分かった、もう好きにしてくれて構わないよ。式典にさえ出てくれれば体裁は整うし、僕としてはそれで十分だ。ただ、何があってもこちらが面倒を見ることは無いと理解しておいて欲しい。君達が選んだ事なんだ……それくらいは当然だろう?」


大げさな身振りで天井を仰ぐサンディクス。しかしその表情には不敵な笑みが浮かんでいた。彼が放った意味ありげな言葉を脅しとして受け取ったレモティーは、部屋を出る直前に後ろを振り返る。


「ああ、その通りだ。でも何か企んでいるのなら止めておいたほうがいい。ボク達に手を出して後悔するのは、きっと君だからね……!」


強めの口調で決別の言葉を突き付け、彼女は勢いよく扉を閉めたのであった。

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