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うちの子転生!  作者: 千国丸
61/107

061.波に揺られて①

――帝都の決戦から3日後――


帝都に魔物の姿はなく、空を覆っていた暗雲も綺麗に消えていた。澄み渡った青色の下、帝都ウルズを南北に走る大通りでは軍人と民間人が協力して瓦礫の撤去作業に汗を流している。まだ早朝であるにも関わらず、大勢の人々が集まっているため熱気が凄まじい。瓦礫破砕用の魔道具から発せられる振動音に負けじと作業員達が声を張り上げるため、さながら大規模な土木工事の如き様相だ。


「おい! こっちを手伝ってくれ! あんた、軍人なら力はあるだろ?」


「荷車を持ってきてやったぞ! これでどうにかできないか?」


「まてまて! そんなやり方じゃむしろ仕事が増えちまうだろ! 俺にまかせてみろ!」


そこに身分や職業の違いはなく、人々は同じ目的のために力を尽くしていた。元々軍が大きな権力を握っていたデクシア帝国では横暴な軍人を毛嫌いする住民も少なくなかったが、彼らが身を挺して帝都を奪還してくれた事に感謝し、その大半が自ら軍へ協力を申し出ている。一方の軍人も自分達が担っていた平和の尊さを改めて実感し、魔族に脅かされない日常を噛み締めながら復興作業に精を出していた。

その甲斐もあり、この数日で帝都中央の広場に復興用の仮設拠点を築くことができた程度には順調だ。壊滅的な被害を受けてもなお、かつての美しい街並みを取り戻そうと奮起する帝国の民は強かであった。


「随分と片付いたのね、この辺。いくら人手があるからって、こんなにスムーズに進むもんなの?」


「恐らく、魔道具のおかげじゃないでしょうか? 電気や燃料がなくても魔力さえ与えれば動きますから、物資が足りない状況でも問題ないのかもしれません。それに、レモティーちゃんが提供した食糧もかなり役立ってそうです。これだけの人数がご飯の心配をしなくて済むのは、凄く大きな事ですよ」


「やっぱあの農家のスキル、チートすぎるって。無限に食材生み出せるとか、ある意味魔王より怖いんだけど」


広場の片隅でココノアとメルが作業の様子を眺めていた。その後ろには若草色の幌を被った馬車も置かれている。日の出と共に南砦から馬車で移動してきた彼女達は、ある目的のため帝都を訪れている。


「メルお姉ちゃん、ココノアお姉ちゃん! 朝ご飯ができたよ!」


可愛らしい声と共に馬車から白いツインテールが飛び出した。しばらくリエーレの元で留守番をさせられていたせいか、メル達と再会してからのユキは前にも増してベッタリの状態である。モフモフとした大きな狐耳を揺らしながら、満面の笑みでメル達を手招きしていた。その奥には皿に料理を盛り付けるレモティーとリセの姿もある。


「リセが焼いてくれたパン、かなり本格的だよ! 2人とも冷めない内に食べにきなって!」


香ばしい匂いが漂ってきたのでメルは無意識に鼻をスンスンと鳴らした。広場に設置されていた炊き出し用の窯を借りて、リセがパンを手作りしてくれたのだ。ただし広場にあったのは帝国内で流通しているのは普通の薪窯ではなく、魔道具が組み込まれた異世界特有の魔法窯である。剣士である友人がどこでその使い方を覚えたのか――仲間達は内心疑問に思っていたが、焼きたてパンが放つ魅力の前にはどうでも良くなった。


「確かにいい香りです! ココノアちゃん、食べに行きましょう!」


「ちょ、ちょっと! 引っ張られなくても行くから!」


手を握られたココノアは少し恥ずかしそうにしながらもその後を追う。リセが増えたことで少し密度が増した馬車内には、ささやかながらも美味しそうな朝食が用意されていた。本来なら今日は南の砦で食事を済ましてくる予定であった彼女達だが、やむを得ない理由により食べ物を口にせず出発している。というのも、筆頭冒険者であるレイルスが顔をあわせる度に仲間にならないかと声を掛けてくる事案が頻発していたのだ。そんな気はさらさら無いので断っていたのだが、執念深く食い下がってくるのでココノアはうんざりしていた。


「はぁ……あの優男が出会う度にナンパしてくるせいで、砦じゃちっとも落ち着けなかったわね。NeCOでもああいう空気の読めないタイプのプレイヤーはいたけど……って、このパン本当に美味しいじゃない!?」


サクリと小気味よい音を立ててパンを噛んだ瞬間、ココノアの口内に芳醇な小麦の味わいとほのかな甘みが広がる。日本に居た頃に有名ベーカリーで購入した高級パンにも負けない味に驚き、彼女は目を見開いた。


「ふふっ、口に合ったみたいで良かった」


「えっ、リセってリアルでパン職人でもしてたの? ただの不思議ちゃんじゃなかったんだ?」


「不思議ちゃんって……ココノアはリセのこと何だと思ってるんだい?」


レモティーは呆れた様子でココノアにツッコミを入れる。NeCOで毎日のように顔を合わしていても、お互いの現実(リアル)について語り合う事は少なかった。特にリセはあまり自分の事を話すタイプでは無かったので、彼女がこんな特技を持っていた事は誰も知らなかったのだ。なお彼女達が出会う契機にもなったバトルロワイヤルイベント以降、リセは自分を負かした相手に興味が湧いたという理由でメル達に付き纏っていた時期がある。そのせいで彼女に対するココノアの心証は"怪しいストーカー女"からスタートしており、打ち解けた今でも「何を考えてるのかさっぱり分からない子」と揶揄することが多かった。


「別に職人ってほどじゃないけど、趣味でお菓子とかは作ってたからね」


「凄いですよリセちゃん! これならお店を持つことも夢じゃないかもしれません! もし機会があれば私達で喫茶店を開くのもいいですね!」


「喫茶店……うん、メルならウェイトレス姿が似合いそうだし、そういうのもいいかもね。そうだ、あたしはあんまりお腹すいてないからこれも食べなよ」


リセはそう言ってパンが乗った皿を差し出した。それを見て目を輝かせたメルであったが、リセが他のサラダやスープにも殆ど口に付けてない事に気づき、表情を曇らせる。


「リセちゃん、殆ど食べてないじゃないですか。どこか悪かったりします? ヒールでもしましょうか……?」


「ああ、その件なんだけど……ボクから説明したほうが良いと思うから、少し喋らせてもらうよ」


リセとメルの会話に割って入るようにしてレモティーが口を開いた。彼女の申し出にリセは黙って頷く。


「悪いね、差し出がましくて。でもいつか分かることだろうから、ここで話しておいた方がいいと思うんだ」


そう切り出すとレモティーはメルとココノアの顔を見渡した。そしてこの異世界で互いが再開した時のことについて語り始める。


「実は昨晩、リセに鑑定スキルを使ったんだ。以前、メルやココノアにも掛けたことがあっただろ?」


「ああ、トルンデインの宿でしてもらったアレね」


ココノアは随分と前の事のように感じながら、レモティーに鑑定してもらった夜を思い返した。採集・生産系ジョブであるハーヴェストは、物の価値や使い方を調べるための便利な鑑定スキルを使える。それは人物に対しても効果を発揮するため、種族やレベルといった詳細情報を知る事が可能だ。故にレモティーは友人達へ向けて鑑定を発動し、異世界におけるステータスの変化具合を確認した事がある。


「そう、その鑑定スキルだよ。最初はリセのステータスを見せてもらうだけのつもりだったんだけど、種族にその……ちょっとした問題……いや、特徴があってね……」


急に歯切れが悪くなったレモティーは、他人に話を聞かれたくないような素振りで周囲を見渡し始めた。幸い馬車の近辺に人は見当たらず、復興作業の音も響き渡っているため会話が誰かの耳に入る危険性はない。それでも彼女はなかなか続きを言い出そうとはしなかった。


「なによ、勿体ぶって……見りゃ分かるっての。リセは人間族でしょ? 耳も長くないし尻尾もないんだから」


ココノアはそう呟くと水筒に口を付けて喉を潤す。一方、隣に座っていたメルの頭には全く異なる種族名が浮かんでいた。意を決したように一呼吸置くと、メルは視線を逸したままのレモティーに向けてその答えを突きつけた。


「リセちゃんは魔族、ですよね……レモティーちゃん?」


「ぶふっ!?」


想定外の言葉にココノアは水を吹き出しそうになった。魔族は好んで人類を喰らうヒト種の天敵であり、かつてこの世界で生きる人々を全滅寸前にまで追い込んだ諸悪の根源とも言われる存在だ。それが身内に居るとなれば、彼女がそんな反応を取るのもおかしくはないだろう。だが呑気にパンを頬張っているユキを除けば、驚いているのはココノアだけだった。レモティーはゆっくりと頷き、メルの言葉を肯定する。


「ああ、その通りだよ……リセは魔族だった。これは鑑定スキルの説明文章でわかった事なんだけど、魔族は食べ物がなくても近くにいる生物から漏れてくる魔力を吸い取るだけでも活動可能らしいんだ。だから食事は殆ど取らなくても大丈夫みたいだね」


「ん、元々日本(あっち)でも少食だったけどね」


「うーん……ひょっとしたらそれが影響してるのかなぁ。良質な魔力を持つ生物を見たら襲いたくなるっていう魔族特有の衝動が、リセには無いみたいなんだよ。本当なら真っ先にココノアに齧り付いててもおかしくはないんだけども」


「ん……たまに人の血が飲みたくなる時があるけど、甘いものを食べればすぐ紛れるかな。別に今まで困ったことはないから、この先も大丈夫だと思う」


他人に聞かれたら要らぬ誤解を呼びそうな会話を淡々と繰り広げるリセとレモティー。そんな彼女達をココノアは小声で捲し立てた。


「いやいやいやいや!? なんでそんなに冷静なのよ、アンタ達! 魔族ってことは、世界の敵みたいなもんじゃないの!?」


「落ち着いて下さい、ココノアちゃん。魔族さんが全員悪い人達だとは限らないんです。そのうちお話するつもりでしたけど、私がアスタロトさんから伺ったお話を簡単に共有しますね」


慌てた様子のココノアを宥めると、メルは心象世界で魔王から聞き出した話を掻い摘んで説明し始める。まずは今から何千年以上も前の古き時代、資源とより良い土地を求めて凄惨な戦争を起こしていたヒト種同士の在り方を嘆いた創世神が、彼らの争いを止めるべく魔族を生みだした事を話した。ここまではアスタロトが玉座で語っていた内容と同じだ。しかしそれ以降の歴史が徐々に異なってくる。


「当時は森に住むエルフ族さんと山に住むドワーフ族さんがかなり険悪だったので、それぞれの領地が接する所に中立の魔族領を作ることで戦争を断念させるのが女神さんの狙いだったみたいなんです。実際、魔力を吸収する特性を持っている魔族さんにはどの種族も敵わなかったので、エルフさんとドワーフさんは領土を広げるのを諦めて戦争は終結したと聞きました」


「思ってたより平和そうな話ね……あの痴女は魔族とヒトが全面戦争したって喋ってたのに」


「実は……そこから少しややこしい話になります。エルフ族さんが今度は魔族領がない場所へ領土を広げようとしたらしいんですよ。それで今度は同じ森に住んでた獣人族さんと争いになっちゃって……」


「ふんふん、それでまた女神とやらが魔族を派遣して仲裁したって流れかな?」


レモティーの推測にメルは首を縦に振った。筋力に優れる獣人族に対して魔法に長けるエルフ族の方が戦争では有利であり、快進撃を続けたエルフの領土は森の大半を占めるまでに及んだ。それを察知した魔族達は種族間のパワーバランスを再び是正しようと種族間戦闘に介入した。これによりエルフ族と獣人族の戦いは収まり、森に再び平和が訪れたのだが、複雑に入り混じった各種族の思惑が世界の在り方を狂わせ始める。


「魔族さんがエルフ族さんを食い止めたので、獣人族さんは領土を脅かされずに済むようになりました。でも一族を虐げられた憎しみは簡単に消えなかったのです。獣人族さんは他の種族に協力を求め、エルフ族さんに仕返ししようとしました」


「えぇ……随分と話の雲行きが怪しくなってきたじゃない……」


「ん、まぁよくある話だとは思うけどね。それで、どうなったの?」


「その相手というのが人間族さんだったのです。当時の人間族さんは強さという面では他の種族よりかなり劣ってましたけど、短命であった故に知識と技術を伝承し続け、他の亜人さん達に負けない知恵を習得していたそうです。知略を駆使すれば勝てると踏んだ人間族さん達は、獣人族さんから森の一部を譲り受ける契約を交わし、エルフ族さんに向けて戦争を仕掛けた……ってアスタロトさんが言ってました」


「はぁ……? そんな事してもまた魔族が介入しにくるだけでしょ? すぐに戦争を止められるパターンじゃない。古代の連中もいい加減学べばいいのに」


ココノアが抱いた疑問は尤もであった。魔族により戦争が食い止められてきたのは事実だからだ。だが当時の人間族において飛び抜けた才知と狡猾さを併せ持つ男の策謀により、戦いの流れは大きく変化する。彼は人間がほかの種族に比べて弱き存在であることを利用して、調停者たる魔族を唆したのだ。


「私もそう思ったんですけど……ある男の人が人間族を助けて欲しいと魔族さんへ訴え出た事で、状況が変わったんです。牙も爪も持たず、魔法を操る素質さえない人間族がエルフ族に襲われれば勝ち目はないので守ってほしい……そんな虚言に騙された魔族さんは、人間族を守るためにエルフ領へ侵攻してしまいました」


「うんうん……うん? それはおかしくないかい? 獣人族と同盟を結んだ人間族が戦争を仕掛けようとしてたんだから、魔族が戦うべき相手は人間達の方だろ?」


疑問を口にしたレモティーの方を向くと、メルは首を左右に振った。


「人間族さんは自分達が襲われている方だと巧妙に見せかけたんです。どうやったのかまでは聞けませんでしたけど、魔族さんは人間族さんが虐げられていると信じて疑いませんでした。結果的にエルフ族さんは森の端へ追いやられ、代わりに獣人族さんが森の支配権を得たそうです」


「ふーん……でもそんな極端にパワーバランスが崩れちゃうと、絶対別の紛争が起こるでしょ。例えばあたしがドワーフ族だとしたら、そのタイミングでエルフ領に攻め込むかな。千載一遇のチャンスだし」


「リセちゃんは察しが良いですね……! 実はその通りでして、ドワーフ族さんや他の種族さんがエルフ領に攻め込む事件があったので、それからも戦乱は続いたようです。それを目の当たりにしていた魔族さんは、やがて全ての種族を滅ぼさないと世界から戦争は根絶できないと考え始めました。そしてあらゆる種族に対して宣戦布告したのです」


「ああ、話が読めてきたわ。それがヒト種と魔族の戦争に繋がるわけね」


「ええ、そうです。そうして世界を力尽くで調停した魔族さんは再び戦争が怒らないように、各種族の勢力を削ることにしました。眷属である魔物さんを大量に大地へ解き放って、()()()しようとしたんです。それによって当時の文明は衰退し、多くの命が失われました……」


例え異世界の出来事であっても、メルにとっては痛ましく思える歴史であった。彼女は哀しそうな表情で俯きながら続きを述べる。


「その状況を見かねた女神さんは魔族さんと対話を試みました。でも何故か魔族さん達はそれを拒否してしまい、ヒト種への支配を弱めようとしませんでした。当時生き残っていた人達には魔族さんに立ち向かえるだけの力もなかったらしく、女神さんは別の次元から戦える人を召喚することで対抗せざる得なかったそうです。それがアスタロトさんが言ってた異界の勇者さん達ですね」


「そういえばその女神って所々で話題に出てくるけど、今はどこで何をしてるんだろうね? NeCOを通じてここにボク達を呼んだのも、その女神って可能性が高いはずなんだけども」


「私もそれは疑問に感じたので尋ねてみたんです。でもアスタロトさんによると、神様の魂に相当する神核っていうのが破壊されてしまったので、もうこの世界には存在していないんだとか。なので私達を呼んだのが誰かは謎のままだったり……」


「肝心な事はまだ何も分からないってことね。ところで、その神様は何て言う名前なの? 女神だの創世神だの言い難いから、呼び方があった方が良いでしょ?」


「ええと、確かお名前は――」


メルが神の名を口にしようとした瞬間、突如として幌に大きな人影が映った。その特徴的な出現方法から誰がやってきたのかは明白であったが、転移魔法に慣れていないユキはびっくりしてコップの水をこぼしてしまう。


「あらら! 布巾を出しますから少し待っててくださいね」


「ごめんなさい、メルお姉ちゃん……」


「別に謝らなくていいわよ。こんな登場の仕方するセロが悪いんだから」


剣呑なココノアの台詞が聞こえていたのか、幌の中に顔を覗かせた本人は少し申し訳無さそうな顔をしていた。


「……すまないな、驚かせてしまったようだ」


「せめて転移するならもうちょっと離れた所を選べばいいのに。で、お願いしてた件はどうなったの? 帝国軍と話をつけてくれた?」


「ああ、勿論だ。西大陸に向かうための船は責任を持って手配すると、ランケア将軍が約束してくれたぞ」


眩しい銀髪の持ち主がもたらした吉報に馬車の中がにわかに活気づく。望んでいた通りの回答が得られたことで、少女達の旅路に光が射した。


「ありがとう! これでユキちゃんを家族のところへ送り届ける目処がついたよ。大陸を渡るための船は北の港町にあるんだっけ?」


「ああ、帝都北端のポルトスという街だ。そこでオキデンス行きの客船が確保できるらしい。既に現地には案内者が向かっていると聞いたぞ」


「なら早速出発しようか。随分と寄り道しちゃったしね」


レモティーの言葉に頷く一同。元々、彼女達はユキを故郷へ連れて行くため帝国領内を通過しようとしていただけである。成り行きで魔王を討滅するという偉業を成し遂げる形にはなったが、本来の目的は忘れていない。故にココノアは帝都奪還に協力する見返りとして、ランケアに対して2つの条件を突き付けていた。1つ目が商業国家オキデンスへ行く船の調達である。当初、兵器の輸送船に密航する計画を立てていたものの、帝国側の協力が得られるのであればそんなリスクを追う必要は無くなるからだ。


「もう片方の条件はどうだったの? 帝国に身分保障してもらう件、許可してもらえた?」


「そちらも問題ない。帝国の恩人にこの程度の礼しかできず申し訳ないと逆に謝られたくらいだ」


そう言ってセロは馬車の外から小綺麗な黒い箱を手渡す。それを手に取ったココノアが蓋を開けてみると、帝国の紋章が刻まれたバッジのようなものが人数分収められていた。淡い光を放つ金属で造られたそれには職人技とも言うべき見事な彫刻が施されている。


「帝国の特派大使を示す記章だ。それを身に着けておけば西大陸での行動に支障は出ないだろう」


「アクセサリにしか見えないけど、そんな効力を持ってるのこれ? 小さいし簡単に複製できそうじゃない」


「その点については心配ない。独自の製法で造られたそれは偽造や改竄が不可能な事が証明されているからな。だからこそ対外的にも正式な記章として認められているのだ」


「へぇ、それなら問題なさそうね。それじゃ、みんなこれを服に付けておいて」


セロの説明に納得するとココノアは記章を仲間へ配り始めた。受け取った者は各自で襟元や胸元といったわかりやすい位置にバッジを付けていく。彼女達が要求していた2つ目の報酬――それは西大陸で自由な活動が出来るように帝国に保証してもらう、というものであった。

亜人差別が根強く残る西大陸において人間族以外の種族は、奴隷に近しい扱いを受けることになる。それをケントから聞き及んでいたココノアは、帝国のネームバリューを利用することを思いついた。東大陸随一の大国であるデクシア帝国はオキデンスに対しても多大な影響力を持つため、帝国の使者であれば亜人であっても例外的に待遇が良くなる。従って密航などせずとも堂々と入国することが可能だ。


「ランケア将軍はお前達に名誉帝国民の称号を授与する式典を開催したいとも言っていたな。無論、復興作業が落ち着いた後にはなるだろうが……」


「いや、それは別にいらないかな……ボク達そういうの興味ないからさ」


リギサンでの禍根を忘れられないレモティーは素っ気なく首を振った。まだ彼女の中では帝国との関係に割り切れていない部分も多い。それでもユキのためだと思えば、大使のバッジを身につけることはできた。複雑な感情を顔に浮かべる友人を横目に、ココノアはセロに向けて別れの挨拶を口にする。


「色々と世話になったわね。今朝リエーレにも伝えたけど、色々用事を終えたらあの館に土産話でも持ち帰ってあげるから、楽しみに待ってて」


「フッ……それは僥倖だな。もっとも、魔王すら倒してしまうお前達の事だ。どこで何をしてもその活躍は勝手に耳へ入るだろう。それにしても……本当に良かったのか? 魔王討伐の手柄をわざわざ帝国や他の冒険者達に譲渡する必要はなかったと思うが」


「構わないわよ。逆にそれで有名になっても動きにくくなりそうだし」


「歴史に名を刻むつもりはないか……ククッ、お前達らしいな」


セロが口にした通り、メル達は魔王アスタロトを討伐した冒険者として異世界史に名前が残ってもおかしくはなかった。だが自分達には名誉も金銭も必要ないと、有無を言わさず断っていたのだ。そのため、今回の事件に関する記録には帝国軍とそれに協力した冒険者達によって魔王が滅ぼされた、という一文のみが綴られている。冒険者ギルドから支払われる予定であった報酬も帝都の復興資金や冒険者達への報奨金として分配される予定である。


「それに帝国がこれからどうなるかわかんないけど、裏で操ってた魔王がいなくなったらちょっとはマシになるでしょ。下手に潰れて周辺国に影響がでるより、さっさと復興してくれたほうがいいじゃない」


「ん、それは一理あると思う。帝国一強の状態が崩れれば、覇権争いが始まって戦火が飛び火する可能性も十分あるから」


ココノアの意見に同意の言葉を添えるリセ。帝国の内情をファベルから聞き及んでいた彼女は、属国が一斉蜂起した場合に各地で戦乱が生じる可能性を懸念していた。だがこの状況で国としての体裁を保ち続けるためには、魔族に操られていたという失態を上回るだけの功績を広く知らしめる必要がある。魔王とその一派を討伐したという事実は、それを成すのに都合が良かったのだ。

ただ、彼女達が帝国の復興を支持する気になった理由はそれだけではない。帝都が解放された翌日、暫定的な代表執政者となったランケアは、全国民に向けてこれまでの経緯と真実について語った。皇帝一族が魔王に操られていたことや、帝国が属国の人々を魔族の生贄に捧げていた事が白日のもとに晒されたのである。罪を冒していた過去は消えないが、それを誤魔化すことなく正直に認めた帝国の新体制を評価する想いもあった。


「そうか……ならば何も言うまい。俺はエリクシア王国に戻り、この一件を国王に報告することにしよう。旅の無事を祈っているぞ」


「はい、セロさん達もお元気で!」


ペコリと頭を下げたメル達に見送られ、セロは微笑みながら姿を消した。転移魔法の残渣で生じた僅かな風のそよぎを頬で感じつつも、ココノアはレモティーへと視線を移す。


「朝食を終えたら出発よ。レモティー、悪いけど馬車を任せてもいい?」


「ああ、勿論だとも。ボクにしかできない事だからね!」


そう言ってメガネの位置を正すと、金髪の乙女は自信ありげに笑ってみせた。異世界に来てから馬を扱う機会が増えたレモティーにとって、馬車を走らせるのは自動車の運転と同じくらい慣れ親しんだものである。意気揚々と外に飛び出した彼女は手慣れた様子で出発の支度を始めるのであった。




――デクシア帝国北部 港町ポルトス――




帝都から北上すること6時間、草色の馬車は目的地である港町へと到着した。街の入口は海よりも高台に位置しているため、ここに訪れた者はまず海を見下ろすことになる。段々に並んだ建物の屋根が視線を海へ誘うようにして美しいカーブを描いていたので、馬車から降り立った少女達の視界には港の様子が真っ先に飛び込んできた。


「へぇ、結構大きな港町じゃない。人も多いし、これなら西大陸に行く船はすぐ見つかりそうね」


「海からはまだ少し離れていますけど、濃い潮の香りが一面に漂っています。海産物とかも多く売られてたりするのでしょうか……?」


デクシア帝国でも1,2を争う海の玄関口は、帝都にも劣らず目覚ましい発展を遂げている。多くの大型商船が係留された石造りの港からも、その賑わい振りが分かった。


「すごい!すごい! お船がいっぱいあるよ、レモティーお姉ちゃん!」


「うん、確かにこれは迫力があるね。あんなに大量の船があるとは思ってなかったよ」


興奮して尻尾を振るユキの隣に立ち、レモティーは初めて訪れる港町の景色を見渡した。見下ろした先にある湾港では穏やかな波が行き交う船を出迎えており、数日前まで魔王が居た国とは信じられないほどに平和だ。その奥に広がる海面も鮮やかなマリンブルーに輝き、晴れ渡った空と共に少女達の心を躍らせる。


「あっ、見てくださいよ! 大通りでバザーっぽいのが開かれていますよ! あとで行ってみましょう!」


人通りの多い賑やかな通路を指さしてメルが声を弾ませた。ユキも買い物に行きたいのか、その横でピョンピョンと飛び跳ねている。しかしそんな獣人幼女組とは対称的に、ココノアとリセは少しぐったりした様子で馬車にもたれ掛かった。


「メルとユキはほんと元気ね……うちはちょっと休みたいわ」


「ん……あたしも休憩したいかな……」


彼女達が疲れている原因はユキとメルにある。面倒見が良いリセは移動の間ユキの遊び相手をしてやっていたのだが、予想以上に元気な彼女にすっかり振り回されてしまっていた。一方ココノアは馬車が揺れる度に身体を寄せてくるメルのせいで感情を抑えるのに四苦八苦しており、精神的に消耗していたのである。


「ははは……2人共随分とお疲れのようだから、まずは食事にしようか。船を手配してくれた人に会いに行くのはそれからでいいだろうし」


「お食事、いいですね! ここなら新鮮なお魚料理がいっぱい食べられそうです!」


桃色の尻尾と猫耳が激しく左右に振れる。好物である魚料理への期待感を全身で表現するメルの姿に、思わずココノア頬を緩ませた。


「まったく……食いしん坊なんだから」


「く、食いしん坊さんではないですよ! ココノアちゃんとリセちゃんはお疲れみたいですし、美味しいごはんを食べて元気になってもらうのも良いかなって思っただけなんですから!」


涎が出ていた口元を両手で隠し、メルは周囲を見渡し始める。食事ができそうな店を探すためだ。しかしその赤い瞳が捉えたのは期待したものと全く別の光景であった。港へ続く道の傍らで男女が大声で揉めている様子が彼女の目に映る。


「どうしてですの!? アイリス聖教国の使者であるわたくしが、どうして下賤な貧民と同じ船に乗らなければならないのです!」


「そんな事言っても仕方ねぇだろ! 皇帝の崩御だの属国の反乱だので滞ってた物流が、一気に増えてんだよ! 西大陸に向かう便なんて少なくなるに決まってんだろうが! 我儘言うんじゃねぇ!」


修道服のような特徴的な衣装を纏った女性と船乗りと思しき厳しい男性が激しい応酬を繰り広げていた。耳をつんざくような甲高い声が耳に障り、ココノアは顔を顰める。


「アイリス様のご加護を授かったわたくしに向かってその言い様……許されませんわ! これだから男なんていう下劣な生物は嫌いですのよ!」


「好き勝手言いやがって、このクソ女! 船に乗りてぇなら他を当たれ!」


「な、なんですってぇ!? わたくしを侮辱することは、アイリス聖教を蔑ろにするのと同義ですのよ! この世界で最も尊く気高い女神であるアイリス様を馬鹿にしたあなたには、きっと死の苦痛すら生温い天罰が下りますわ!」


「アイリス、アイリスってうるせぇな! 本当に居るのかも分からねぇ神なんか、何の役にも立たねぇよ!」


ヒートアップしていく言い争いは当分静まりそうにない。前を通りがかっただけでも巻き込まれそうな上、アイリス聖教の信徒と相性が悪いメルは見て見ぬふりをして踵を返した。


「こっちの道はやめておきましょうか……」


「それが無難ね。ところでメル、ちょうど今思い出したんだけどさ――」


そう切り出したココノアは嫌な事でも思い出したような渋い表情を浮かべている。その様子にメルが首を傾げていると、彼女はおもむろに続きの言葉を発した。


「聞きそびれてた創世神の名前……教えてくれない? 悪い予感しかしないけど」


「そういえばお伝えして無かったですね。えっと、その女神さんのお名前は確か……"アイリス"でした!」


「はぁぁぁ……最悪の展開だわ……」


深い溜息を吐き出し、空を仰ぐココノア。この世界に自分達を呼び寄せた張本人が怪しげな宗教組織から盛大に祀られていることに、彼女は一抹の不安を覚えるのであった。

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