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うちの子転生!  作者: 千国丸
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059.魔王に仇なす者③

音も無く放たれた剣閃は空を切った。ココノアが咄嗟に転移魔法を発動させ、辛うじて切り払いを回避したからだ。


「ノータイムで来るとか……!」


それでもココノアの白い首筋には薄っすらと赤い血が滲んでいる。狙いを事前に予測していたからこそ避けることも出来たものの、もしコンマ数秒でも反応が遅れていれば、彼女の頭は床に転がっていただろう。この異世界におけるこれまでの戦いがチュートリアルだと思えるほどに、リセの初撃は鮮やかで強烈なものであった。


「悪いけどこちらも全力でいくよ!」


リセの背後を取る形となったレモティーが反撃に転じる。その足元から一斉に蔦が生え出て、リセの動きを封じようと襲いかかった。四方八方から伸びる蔦は対象の逃げ場を封鎖していたが、銀色の剣が宙を舞った瞬間にバラバラにされてしまう。諦めずレモティーは蔦による捕縛技を何度も仕掛けるが、リセは常に動きながら剣を振るう戦闘スタイルであるため、足止めすら叶わない。


「邪魔だよ、それ……真空波斬(ソニック・ブーム)


リセは手前にあった柱を蹴るようにして飛び上がると、レモティーへ向けて十字の斬撃を刻んだ。その刹那、何も無い空間から蒼い輝きを帯びた波動が放たれる。スキル名が示す通り、音速に匹敵する衝撃波がレモティーを捉えた。金髪を振り乱しながら回避を試みる彼女であったが、リセの攻撃は相手の移動先を読んでおり、緩やかな曲線を伴って直撃コースを描く。


「くっ、偏差撃ちか……! 捻れ蔦の護り繭ツイステッド・プラント!」


スキルの発動と同時に出現した太くしなやかな蔦が、互いに絡み合うようにしてレモティーの体を覆う。そうして出来上がった頑丈な緑の繭は、リセの衝撃波を正面から受け止めた。だが植物の繊維は耐えきれずにブチブチと裂かれていき、防壁は呆気なく瓦解する。散り散りになった植物の繊維が舞い散った。


「まさか、蔦で肩代わりできるダメージ上限を超えてるっていうのか!? ココノア、メル! 一撃でも受けたら相当ヤバイよ、これ!」


自信のあった守りを突破され、危機感をあらわにするレモティー。ハーヴェストのスキルであればNeCOのボスモンスター相手でも攻撃を数発は防ぐことができたが、リセの攻撃力を前にしては無力であった。涼しい顔で剣を構え直す友人を前にして、彼女の額に冷や汗が流れる。


「ちょっとは大人しくしろっての!」


今度はココノアが仕掛けた。銃弾の如き光弾を乱射し、広範囲に弾幕を形成する。流星雨の如く降り注ぐ魔法弾は一見すると回避不可能のようにも思えた。しかしリセは部屋の柱を盾にしつつ、さらには足場として活用することで難なく攻撃から逃れる。


「視線が遮られるせいで全然狙えない……ッ!」


ココノアは杖の先端でリセを追い続けるが、その軌跡は柱の影に入るたび途切れてしまうため碌に狙いを付けられなかった。NeCOの魔法は対象への視線が通っていないと発動しないタイプが多く、異世界においてもその影響を受けている。そのため相手の姿が見えなくなると命中精度が著しく落ちるのだ。

対象の指定が不要な設置型のスキルなら自由に放つことができるが、そのタイプの魔法は範囲攻撃ばかりであり、室内のような狭所での戦闘には向いていなかった。故に今回は単体対象の魔法に頼らざるを得ない。


「消えた……!?」


柱の間でリセの姿を見失い、ココノアに焦りが生じた。薄暗い部屋と規則的に並んだ柱によって視覚情報が撹乱されていた事に気付いた彼女は、眼に頼らず耳を澄ましてリセの位置を探る。


――ヒュンッ!――


頭上に迫る風切り音を感じ取ったココノアは、その正体を確認することなく転移魔法を即時発動した。その直後、彼女がいた場所に土埃が生じる。天井から降りてきたリセが容赦なく剣を突き刺したためだ。


「どんな出鱈目な動きしてんのよ……!」


自分の代わりに刺突を受け止めた床が大きく抉れているのを見て、ココノアの顔は一層険しくなる。リセは柱の間に姿をくらまし、天井近くまで飛び上がってココノアの死角へと回り込んでいたのだ。もし彼女が上を向いて確認しようとしていたら、今頃は串刺しにされていただろう。卓越した戦闘センスでこの部屋全てを自分の領域と化しているリセに対し、遠距離ジョブばかりの自パーティが圧倒的に不利であることをココノアは改めて認識した。


(このまま狙われ続けると危ないわね……)


ココノアは一旦リセから距離を取ることにした。リセを魔法弾で牽制しつつ、メルの隣まで転移して素早く耳打ちをする。この状況を打開するための作戦を伝えたのだ。


「はいっ、分かりました!」


与えられた指示に頷くと、メルは腰のポーチから弓矢のセットを取り出す。それは弓マスタリーを取得したココノアのためにレモティーが作製した木製の短弓であった。ココノアは新たな武器を受け取ると、矢を番えてリセの前に飛び出した。


「レモティー! 連携お願い!」


「ああ、もちろん!」


ココノアが弓を構えた瞬間、リセは少し驚いた顔を見せる。魔法使いである彼女が弓を使うとは想定していなかったのだろう。だがそれこそがココノアの狙いだった。ほんの僅かな時間、足が止まったリセに向けて素早く矢を放った。


――ヒュゥゥン!――


疾風の如く突き進む矢がリセを捉える。ココノアには腕力がないが、飛び抜けた器用さによって高い補正を受けており、マスタリー効果も併せて弓の腕前が劇的に強化されていた。従って放たれた矢も高い命中精度を誇り、回避型アタッカーですら避け辛い一撃となる。


「……霞斬り」


リセは回避を断念し、矢を迎撃するためのスキルを発動した。自分に放たれた弾道型攻撃を問答無用で叩き落とす妙技は魔法にすら有効であり、矢や銃弾も悉く無効化できる。白銀の軌跡が宙を舞った瞬間に、矢は中央から真っ二つに砕かれたのであった。しかしココノアの攻撃はまだ終わっていない。矢が防がれることを予測し、その矢羽に追撃用の魔弾を潜ませていたからだ。


「チッ……面倒な小細工」


舌打ちをするとリセは振り抜いた腕を強引に引き戻した。そして返す刃で2回目の霞斬りを発動する。着弾まではごく僅かな時間しか無かったが、彼女は超人的な反応速度で魔弾を無効化してしまうのだった。だが無理矢理にスキルを2連続で使った反動は大きく、体勢を崩していた。その隙をレモティーは見逃さない。


万緑の暴風(リーフ・テンペスト)ッ!」


レモティーの声と共に無数の緑葉がリセを取り囲んだ。空間指定により発動するこの範囲攻撃スキルは、その仕様上どうしても動き回る相手には当てづらいという弱点を持っていた。同じ所に留まるNPCと異なり、対人戦においては相手の動きを読んで、予測した移動先に()()()()()プレイヤースキルを要求されるからだ。そのため今まで使わずに温存していたが、リセの機動力が落ちたタイミングを狙って大技を仕掛ける。


「……よし! 動きは止めた!」


ココノアの奇策に合わせたレモティーの連携により、リセの動きは完全に止まったかと思われた。しかし彼女は静かに深呼吸すると、自らが持つ最大最強の攻撃スキル名と共に緑の嵐を打ち払ったのだった。


「――無限の剣閃(ジリオン・ブレイド)


凄まじい殺気と共に放たれた数多の斬撃は、銀色の旋風と化して周囲を吹き飛ばした。レモティーが作り出した樹葉を全て打ち消した上で、さらにリセの剣撃は続く。暴風雨の如く乱れ飛ぶ衝撃波が部屋の柱や壁を容赦なく削り取っていった。


「衝撃だけでコレって、どんな威力してんのよ!? 硬化の魔気(ソリッド・オーラ )!」


ココノアが防御魔法を唱えたことで、彼女達の眼前に円形の魔力壁が出現した。見た目は薄い紫色に染まった凸レンズのように見えるが、この術式は一定回数の物理攻撃を完全にシャットアウトする効果を持つ。それが例えカンストダメージを叩き出す攻撃であっても難なく防ぐことが可能だ。おかげでリセから飛んでくる衝撃波を防ぐ事が出来ている。


(こんなところでソリッドを使う羽目になるなんて!)


ココノアは魔力壁で時間を稼ぎながら次の作戦を練った。物理攻撃を無効化できるという性質から、対人戦では近接物理職を完封できる壊れスキルとして扱われてきたソリッドオーラだが、1度使うと次の再使用まで長い時間を要するという欠点も併せ持つ。故にリセのように手数の多い相手に対しては、使い所を慎重に選ぶ必要があったのだ。リセが対人戦のセオリーを無視し、ヒーラーのメルではなく自分を優先的に狙ったのも、この魔法を自由に使わせないためであることをココノアは勘付いていた。


再使用(リキャスト)までは約60秒。それまでにソリッドが剥がれる方が速いわね……)


殆どリセが消耗していないタイミングで虎の子を出さざるを得なくなった事を、ココノアは唇を噛んで悔やむ。この時点で彼女達の勝ち筋はかなり薄くなっていた。


――パリン! パリン!――


斬撃を防ぐたびに魔力壁にはヒビが入っていく。ジリオンブレイドのモーション終わりに次のジリオンブレイドを連携する――その緻密な操作を繰り返すことで超連撃を生み出すジリオン・ループは、NeCOにおいて最大のDPS(Damage Per Second:秒間ダメージ)を叩き出す絶技だ。直撃すれば即死しかねない衝撃が無数に飛び交う部屋の一角で、ココノアとレモティーは防御壁に身を隠すことしかできなかった。リセのように柱を盾にする案もあったが、その殆どが既に崩れており逃げ場はない。このままではジリ貧だとココノアが強い焦りを抱いた瞬間、彼女の耳にチリンチリンという鈴の音が聞こえてきた。


「何してんのよ、メル!?」


驚いたような声をあげるココノア。彼女の視界には飛翔する斬撃を全て避けながら、リセに近づいていくメルの姿が映っていた。ココノアが付与した防御壁を捨て、その身だけで華麗に攻撃を躱す動きはリセに劣らず人離れした反射神経を感じさせる。


「さすがリセちゃんです! ですが私も負けてはいませんよ!」


そう言って側面から飛び込んできたメルを、リセは鋭い目付きで捉えていた。剣の射程に入れば振り向いて袈裟斬りにしようと、軸足を僅かにずらす。その瞬間僅かにジリオンループの連携が鈍ったのを見て、ココノアがすぐさま反撃に移った。


「アンタの相手はこっちだっての! 魔光弾(エナジー・ショット)!」


弓を持っていない方の手を突き出し、即時発動が可能な初級魔法を放つ。低ランク魔法のため、他の魔法よりも攻撃倍率が低いが、エルフ補正で高まった魔力があれば油断できないダメージソースに化ける。真っ直ぐにリセへ向かった輝く球体はココノアの狙い通り、その注意を惹き付けた。


「こんなもの……!」


魔法球が体に触れる直前、リセはジリオンブレイドをキャンセルし、動きを止めずにそのまま霞斬りを繰り出した。視えないほどに加速した剣閃により魔法弾は真っ二つに切り裂かれ、淡い粒子となって消えていく。ココノアの攻撃はまたもや失敗に終わったが、ジリオンループを一旦解除したことでメルが踏み込めるだけの隙間が生じた。


「メル! ()()()()()でいくから!」


「了解です!」


自分達にしか分からない符丁を交わしたメルとココノアは、リセを挟むように立ち回る。一方リセはメルが何かを仕掛けてくると考え、ココノアを無視して彼女に攻撃を集中させた。繰り出される連撃は一撃一撃が的確に急所を狙ったものであったが、そのいずれもが宙を空振る。獣人族の補正を得たメルの素早さはリセに匹敵しており、さらに自身の補助魔法によりブーストされた事で超人的な領域に及んでいた。


「当たらない……!?」


自らの剣閃が掠りもしないことにリセは驚きを隠せなかった。移動先を予測しているにも関わらず、メルがそれ以上の速度で回避してくるからだ。しかも相手は徒手空拳であるにも関わらず、そこから繰り出される拳や蹴りは凄まじい衝撃を伴っている。それはもはや彼女が識っている一般的なヒーラーの姿ではなかった。


「リセ、避けれるもんなら避けてみなさい! 魔光飛槍(エナジー・スピア)ッ!」


メルの攻撃に気を取られていたリセの背後で、武器を杖に持ち替えたココノアが呪文を詠唱していた。その足元では2種類の魔法陣が重なっており、神秘的な輝きを放っている。魔法陣の1つは彼女が詠唱した攻撃魔法、エナジースピアの発動に伴うものだ。そしてもう1つは、セロから教えて貰った二重詠唱(デュアル・キャスト) により並列発動されたココノア達の秘策だった。


――ヒュゥゥゥン!――


魔力によって形成された幻影の槍が高速で射出される。だがリセはココノアの動きを感知しており、体を捻って振り返ると閃光の如き瞬撃すらも斬り伏せた。彼女の繰り出した霞斬りによって、あらゆる弾道型魔法は等しく無効化される――筈であった。


「な……ッ!?」


リセの表情に焦りが色濃く映る。斬ったはずの魔法が消えなかったからだ。だが彼女は冷静さまでは失ってはおらず、落ち着いて対処した。角度や速度から魔槍のルートを導き出して最小限の動きで直撃を躱す。ギリギリのところでリセの脇腹を掠った魔法はそのまま飛翔し、あろうことかメルへ向かった。


「……ふふっ、同士討ちね」


相手のミスを嘲笑うリセ。だがココノアとメルに動揺は一切なかった。互いに信頼し合っている彼女達は、それが予定調和であったかのように動きを合わせる。


「同士討ちではないですよ! 私とココノアちゃんの連携技です!」


メルがそう叫んだ瞬間、その前面に水晶の板が出現した。紫色に輝くそれはソリッドオーラではなく、魔法反射(リフレクション)の術式によって生み出されたものだ。あらゆる魔法を1度だけ跳ね返す効果を持つ特殊魔法――それがココノアが描いた2つめの魔法陣の正体だった。


「最初からこれを狙って……!?」


「この距離なら霞斬りは出せないでしょう、リセちゃん!」


結界による反射作用を受け、魔法の槍はメルに当たる直前で反転した。その矛先は再びリセの方を向いており、彼女目掛けて飛んでいく。その光景にデジャブを感じたリセは、かつてNeCOで行われた対人イベントで唯一敗北した3人組の事を思い出していた。昂ぶった感情により魔王の支配が薄まり、霞がかかっていた記憶が鮮明になっていく。


――バチバチバチバチツ!――


雷光にも似た眩い閃光がリセの胴を貫いた。だが一撃で倒れるほど剣闘士(グラディエイター)の体力は低く無い。全身が痺れるような痛みに耐えながらも彼女は剣を構え、メルの首を斬り落とそうと腕を振り上げる。


「メル! リセの動きはボクが封じるよ!」


レモティーがリセの側面に颯爽と飛び出した。メルとココノアによる連携プレーが繰り広げられている間、注意が薄くなる利き腕の反対側へと回り込んでいたのだ。仲間達の癖や特徴を細かく掴んでいる彼女だからこそ、最も警戒され難いルートから仕掛ける事ができる。


黒薔薇の園(ブラック・ローズ)ッ!」


スキル名称をトリガーにして、毒々しい黒花を付けた蔓薔薇がリセの体に巻き付いた。蔓には鋭い棘がついており、不用意に動くと自傷する事になる。ココノアの魔法攻撃により消耗した状態でこれ以上ダメージを受けると自滅しかねなかった。ただし前衛ジョブである剣闘士には時間経過による体力の自動回復スキルが備わっている。数秒もあれば蔓を強引に引き裂いて脱出できると考えたリセは、体から無駄な力を抜いたのだった。

だがその僅かな待ち時間が致命的な隙を生じる。詠唱の時間が出来たことを察したメルは、リセに向けて手をかざした。


「正気に戻ってください、リセちゃん! 全状態異常解除キュア・コンディション!」


魔法の発動と共に、優しい緑色に染まった光がリセの体を包み込んだ。すると彼女の体から憑き物が落ちるかのように黒いモヤが立ち昇り、天井へと消えていった。魔王が掛けていた魅了の術が解除されたのだ。本来の記憶と自我を取り戻した彼女は懐かしむように友人達をゆっくりと見渡す。


「……そっか、あたし操られてたんだ。ごめん、手間かけさせたね」


「よかった……元のリセに戻ってくれたみたいだ」


リセが正気になったことを確信したレモティーは、その身を拘束していた黒薔薇を即座に解除した。体力の消耗が激しかったのか、前のめりに倒れそうになったリセをレモティーは両手で抱きかかえる。


「メル、リセの手当をお願いしてもいいかな?」


「勿論です! 今、回復しますからね!」


メルが回復魔法を唱えると、リセの表情は一気に和らいだ。続けて彼女は補助魔法で状態異常の耐性を付与し、友人が再び魔王の術中に陥らないように保護する。一方、ココノアは少し離れたところからアスタロトの動きを探っていた。まだ動きはないが、リセの支配が解けたことで次の手を仕掛けてくる可能性が高いと判断したからだ。しかし一向に魔王は姿を現そうとしない。


「……どこにいったのよ、あの痴女」


怪訝そうに呟くココノア。リセを戦わせておいて自分は隠れているだけなのかと憤る彼女であったが、心の片隅では安堵もしていた。リセを相手にするだけで手一杯だったのだから、魔王が参戦していれば違う結末が待っていた可能性が高い。


(メルが妙に強いから何とかなったけど……結構危なかったわね)


やれやれといった風に溜息を付くと、ココノアは友人達のところへ歩み寄った。治療を終えたリセはすっかり元気になっており、何も無かったかのようにメルと談笑している。そんな光景に微笑みながら、彼女はリセに皮肉を投げかける。


「ほんとヒヤヒヤさせないでよ? 殺されるかと思ったじゃない」


「ジリオンループが始まった時は全滅が見えたからね……ココノアがソリッドオーラを使ってくれなかったらボクは今頃微塵切りにされてたところさ」


「ん……あたしはココノアにソリッドを使い切らせて押し切るつもりだった。けど、まさかメルが来るなんて思ってなかったし、そっちの作戦勝ちだよ」


「いや、あれはうちも想定外だったんだけど……」


久々の再会ということもあり、少女達の会話に花が咲く。アスタロトが姿を消したままなのは気にかかっていたが、ココノアもそれに加わることにした。すると思い出したようにレモティーが彼女に話題を投げかけた。


「それにしてもココノア、よくこの世界でもNeCOのスキル仕様が反映されるって分かったね。ほら、自分以外を対象にした攻撃は霞斬りで防げないところとかさ」


「セロの所で過ごしてた時にメルと色々検証してたんだけど、ほとんどNeCOの仕様通りだったんだよね。だからリセのスキルもそうだと思ったのよ」


そう言ってココノアは自慢げに指を振る。彼女が放ったエナジースピアが霞斬りで無効化されなかったのは、指定した対象がリセではなくメルだった事に起因していた。NeCOにおけるカウンタースキルは自分を対象にした攻撃にしか発動しないように制限されているので、リセの霞斬りも空振りに終わったのだ。


「あの手を2回も喰らう事になるなんて、ね」


ココノアの繰り出したフェイントを以前にも経験していたリセは苦笑いを浮かべた。味方へ向けて撃った魔法を反射させて死角から攻撃する――言葉にすれば簡単そうにも思えるが、互いに強い信頼があるからこそ可能になる高度な連携プレーだ。もし魔法反射の付与が少しでも遅れたら同士討ちになってしまう一方で、反射役が怖がって回避行動を取った場合も連携が成立しない。それに反射した魔法を任意の対象に当てるには繊細な位置調整が求められるため、相当息が合った者同士でないと不可能だ。実戦においてそんな芸当ができるのは、NeCOでもココノアとメルだけだろう。


「ふふっ、リセちゃんと初めて出会った時を思い出します!」


「うん……あれがあたしにとって初めての負けだったから、よく覚えてるよ」


リセはNeCOで開催された全プレイヤー参加型のバトルロイヤルイベントを振り返った。当時対人戦において最強と謳われた彼女は、多くのプレイヤーに勝負を挑まれ、その全てを単独(ソロ)で返り討ちにしている。個人であろうとパーティであろうと、リセの人並み外れた判断力と反射神経の前では無力だった。イベント開始後に参加者の半数が彼女によって倒されるという、波乱の幕開けとなったバトルロイヤルの終盤――生き残っていたメルとココノア、レモティーの3人組とリセは優勝を賭けて対決することになる。

その様子を観戦カメラを通して見ていたプレイヤーの多くは、殴りヒーラーを採用したバランスの悪い無名パーティではリセに勝てないと考えていた。しかしバトルは予想外の展開を迎える。魔法攻撃を想定して装備を変えていたリセに対し、物理アタッカー寄りであったメルの攻撃は彼女の綿密なダメージ計算にズレを生じさせる要因となったのだ。回復ポーションのタイミングを悉く狂わせられた彼女に対し、レモティーの搦手も功を奏している。デバフの解除が間に合わず、動きが鈍ったところに先程の()()()()()と名付けられたコンビネーションアタックが炸裂した。その結果リセの操るキャラクターは地面に伏し、初代チャンピョンの称号はメル達が手にしたのだ。


「……あの時は3人掛かりだったし、今回もタイマンでやってたらこっちが全滅してたっての。そんなに強いんだから、魔王の始末はリセが責任もってやってよね?」


ココノアはそう告げると自分の首を手で擦った。リセの初撃によって刻まれた切り傷が疼いたのだ。赤い線を滲ませて腫れているその部分を目にしたメルは、心配そうな表情で彼女へ駆け寄る。


「ココノアちゃんもケガしてるじゃないですか! 今治しますから!!」


「いや、こんなの掠り傷だし。放っておけば治るってば」


「ダメです! バイキンが入ったら大変ですよ!」


メルが唱えたヒールの魔法により、瞬く間にココノアの傷が消え去る。それでもメルは跡が残っているかもしれないと、ココノアの首元を丹念にチェックし始めた。抱きつくようにして体を密着させる友人に対して、ココノアは顔を赤く染めて離れようとする……が、なかなか逃しては貰えない。


「ちょ、ちょっと! もう大丈夫だから!」


「ココノアちゃんの綺麗なお肌に傷を残してしまうわけにはいきません! みっちり調べないと! ひょっとしたら腕とか脚もケガしてるかもしれませんし、今すぐ調べますね!」


「なんでそんな所まで触ってるのよ!? いや触るのはいいんだけど、もうちょっとこう、時と場合を選んで欲しいっていうか……!」


そんな風に戯れ合う賑やかな友人達を、リセとレモティーは微笑ましく見守っていた。このまま後は魔王を討伐すれば何事もなく終わるかと思われた帝都の決戦であったが、彼女達の他にもう1人、メルへ視線を向けていた者がいる。それはメルの影に潜み、その挙動をずっと監視していたのだ。


「成程、お前が一番()()そうだ」


不意にメルの足元から魔王の声が響いた直後、影の色が濃くなり漆黒の闇が球状に広がった。その中から這い上がるようにして姿を現したアスタロトは、手の先から黒い膜を放ってメルを包み込もうとする。投網のように広がった暗黒はメルとココノアを捕らえるのには十分すぎるほど大きかった。それを目撃していたレモティーとリセはメル達を助けようとしたが、僅かな差で間に合わない。


「ココノアちゃん……ごめんなさい!」


「メル!?」


狙われた自分と一緒にココノアが魔王の攻撃に巻き込まれるのを避けるため、メルは彼女の体を突き放した。そのおかげでココノアは魔王が作り出した暗黒の結界から脱出することができた。しかしメルは逃げる間もなく、たった1人で真っ黒な空間に捕らわれてしまうのだった。





――亜空間――





気がつくとメルは見知らぬ場所で魔王と対峙していた。周囲には一寸の光も射してはおらず、友人達の声も聞こえない。漆黒がどこまでも広がっているだけの寂しい場所であった。ただアスタロトの姿だけは妙にくっきりと見えている。


「ここはどこですか? 元の場所に戻してください!」


「それは叶わぬ。その体、随分と使い勝手が良さそうなのでな。魅了が効かぬのであれば、魂を乗っ取るまでよ……」


そう告げたアスタロトが金色の瞳を怪しく光らせた瞬間、メルは意識が薄れていくのを自覚した。深い眠りに落ちていくように全身から力が抜けていくが、それに抗う術はない。状態異常に耐性を持つ彼女でも、魂を支配する憑依術までは無効化できなかったのだ。ニヤリと笑う魔王の口元を最後に、彼女の視界は暗闇に閉ざされる。


「ククク……お前の体は余が有効活用してやる。安心して闇に堕ちろ」


獣人少女の体へ乗り移りながらアスタロトは次の策を考えていた。リセやココノアの能力は魔王にとっても厄介ではあったが、従わせることができれば失った配下を補って余りある戦力となる。だからこそメルの体を乗っ取ることで人質にする事を思い至ったのだ。絆を利用して少女達の精神を縛り、思うがままに洗脳するための卑劣な考えを巡らせながらアスタロトはほくそ笑む。

だがこの時、彼女は自分が致命的なミスを冒してしまった事に気付いていなかった。憑依は肉体だけでなく魂と記憶をも共有する行為であり、自らの中に別の人格を迎え入れる事にも等しい。下手をすれば相手の精神体によって、逆に自身の精神が蝕まれてしまう恐れすらあった。故に対象を十分に吟味した上で実行に移すべきだったのだ。どうしてあの時、よりによって憑依先にメルを選んでしまったのか――それを魔王は酷く後悔することになる。

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