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うちの子転生!  作者: 千国丸
58/107

058.魔王に仇なす者②

――砦南側 魔物との戦場跡――


アルラウーンの襲撃を受けた北門やワイバーンに襲われた城壁内と比べると、南門は随分と平穏であった。こちらも大量の魔物によって襲撃されていたが、類稀なる力を持つ少女2人が駆けつけ状況が一転して優勢となったからだ。今は帝国軍主力部隊にて逃げ散らばった魔物の掃討戦が行われている。南方に縁があるためか参戦していたダイダロス兵達の士気も高く、1時間以内に作戦は完了する見込みだ。


「北門の魔物がどうなったのか、まだ報告はないのか?」


「何もありません。上級魔族と思しき敵性存在が出現してからは連絡が途絶している模様です。ただ情報収集能力に秀でた者を数名派遣済みですので、間もなく戦況も判明するかと」


「ふむ……情報が入り次第伝えろ。援軍はファベルの部隊に任せたが、状況の見えないうちは我らも動けん」


前方に広がる丘陵地が良く見渡せる高台に築かれた即席の陣地。そこで軍服と黒金の鎧を組み合わせた指揮官専用の装いを纏い、老将ランケアは部下と言葉を交わしていた。彼は襲撃を察知するや否や、帝都奪還作戦の会議参加者達と共に主力部隊を率いて南門を固め、自ら前線指揮を執っている。作戦用の物資を配置した北門ではなく、南門を優先した目的は砦内の民間人を安全な場所へ逃がすことにあったが、幸い彼らを魔物がうろつく城壁外へ送り出す必要はなくなった。


「ランケア将軍、北門を偵察した部隊より連絡がありました! 被害は甚大であるものの、魔王討伐隊の活躍により上級魔族を仕留めることができたとの報告です。城壁内に入り込んでいたワイバーンも駆逐されておりますので、拠点の復旧に余剰兵を回します」


「よし、分かった。だが修復は最低限で良い、帝都を奪還すればこの砦に留まる理由はないのだからな」


部下から報告を受け、安堵のため息をつくランケア。彼は魔王に先手を打たれる可能性も考慮していたものの、まさかこの短期間で小国すら滅ぼせる規模の戦力を差し向けてくるとは想定していなかった。対応が後手に回った時は砦が死体の山になることを覚悟したが、そうならなかったのは例の少女達のおかげだと、改めてその強さに感嘆する。


「しかしあの数の魔物を一掃しただけでなく魔族すら屠るのか、あの少女達は。敵には決して回したくはないものだ。それにしてもセロ殿、王国があのような戦力を隠し持っていたのであれば、遅かれ早かれ帝国が潰える運命は定まっていたのではないか?」


「フッ……彼女達は私の友人ではあるが、王国側に味方する理由はない。無闇に力を振るうような者達でもないので、帝国の驚異にはならなかったはずだ。貴殿らが余計な手出しさえしなければ、な」


ランケアの隣では真紅のローブを靡かせながらセロが佇んでいた。ココノアとメルが本格的に参戦するまで魔物の軍勢を足止め出来ていたのは、強力な魔法攻撃で弾幕を張っていた彼のおかげである。その他にもダイダロス兵を率いるビスクとエルゴ、そして反乱軍を纏めていたファベルといった指揮官クラスの人員が南に集結していた。帝都への警戒として人員と古代兵器を配置していた北門と違い、南門は手薄であったため最大の戦力で応戦する必要があったのだ。


「……少々意見を伺いたい、セロ殿。帝都に潜んでいると推定されていた魔物の半数以上、そして寝返った四魔導と上級魔族……魔王は先手を打って潰しにきたと考えてもよいのだろうか」


「無論だ。こちらの動きを察知し、準備が整う前に叩きに来たのだろう。だが、まさか差し向けた自軍が壊滅しているとは魔王も想定していないはず。ならば今が反撃の好機であることは間違いない」


「やはりセロ殿もそう思うか……将は全滅、兵も壊滅という状況では魔王と言えども策を大きく練り直さなければならぬ。明日を待たずに攻め込む電撃作戦であれば、奴の虚を衝くことができる見込みはある。だが問題は戦力だ。北門の兵士と砦内の被害は相当に大きいだろう。果たして帝都住民を救出できるだけの余力が残っているか……」


「軍団長として多くの命を預かっているのは貴殿だ。慎重になるのは理解する。だが十分な戦力を揃える時間は残されていない。いち早く魔王を倒さねば、この大陸……いや、世界が終焉を迎える事になるだろう。それでは志半ばに倒れていった者も浮かばれまい」


「……そうだったな。犠牲になった者達へ報いるためにも、我らはもう立ち止まれないのだ」


銀色の前髪から鋭い視線を覗かせるセロに視線を合わせると、ランケアは深く頷いた。時間を置けば魔王軍の体勢が整い、帝都の守りを固められてしまう可能性が高い。故に反転攻勢に打って出るのであれば今しかないと結論づけた。後ろに立っていた補佐官を数名を呼びつけ、矢継ぎ早に指示を出す。


「ビスクとエルゴに3時間内で帝都へ攻め込む用意を完了させろと伝えろ。ファベルにも現時点で出せる兵装は全て用意するように伝えておけ」


「はっ! 了解しました!」


「お前は全兵に出撃準備を通告せよ。民間人が避難するための物を除き、使える馬車と資材はすべて用意させるのだ」


「はい、仰せの通りに」


軍服姿の士官2名は颯爽と馬を駆ると、速やかにその場を立ち去った。その背を見送ったランケアは、続けてセロに注文を出す。


「悪いがセロ殿、ソルムの事を任されては貰えまいか。あの少女に敗北を喫したとはいえ、四魔導の1人である奴の驚異はまだ健在……我らの作戦行動を邪魔立てする可能性もある。しばらく動きを封じておいて欲しいのだ」


「分かった、魔法による呪縛で厳重な封印を施しておこう。もっとも、メルに敗れた後の様子を見た限りは、問題なさそうではあるがな……」


そう言ってセロは肉体派魔術師のソルムによる襲撃時の光景を振り返る。彼は魔王に与した理由を「さらに強大な帝国を築くためだ」と声高に叫び、南門へ進軍してきた。魔王の力によって進化した自己強化魔法――それによりヒトとしての限界を超えた筋肉の化け物に弓や剣といった物理攻撃は通じず、魔法すらも弾かれてしまう。無数の攻撃を受けても涼しい顔で突っ込んでくるその姿は、黄金の肉壁(ゴールデン・ウォール)という異名に恥じない恐ろしいものであった。

だがそんなソルムの快進撃は幼い少女の片手で止められることになる。一際目立つ桃色の髪を靡かせながら戦線に飛び出したメルが、その突進をぴたりと止めたのだ。それだけでなく彼女は自分の3倍以上もある巨躯を軽々と持ち上げると、勢い良く体を反らせて地面へと叩きつけた。火山の噴火でも起こったのかと見紛うほどの衝撃と共に、頭から腰のあたりまで大地に埋め込まれた格好となったソルムはそのまま気を失い、無力化されている。そして現在、彼は魔法を封じる枷を取り付けられた上で砦の最地下にある牢へ繋がれていた。魔王に関する情報を引き出すためである。


「あの男……ソルムは四魔導の中で最も忠誠心の強い男であった。だがそれは皇帝陛下やその臣民ではなく、国家に向けられたものだ。故に魔王が支配した帝都を目の当たりにしても、そこが自分の居場所だと信じ続けたのだろう。民のいない国に意味などないというのに……本当に哀れな奴だ」


ランケアがどこか悲しそうな目で語るのをセロは黙って聞いていた。帝都防衛にはランケアの軍団だけでなく四魔導からソルムが選ばれていた事を偶然にも聞き及んでいた彼は、ランケアとソルムの間に浅からぬ縁があったのだろうと推測する。


「……会話だけなら出来るように封印を工夫しておく。あの男と話したい事があれば後ほど地下に来ていただきたい」


そう言い残して、セロは転移魔法で姿を消した。魔力の残渣で生じる微風がランケアの白髪を揺らす。


「すまぬセロ殿、余計な気を遣わせてしまったようだな」


独り言を呟いた後、ランケアは残された部下達を振り返った。険しい表情で命令を待つ彼らへ帝都に攻め入る指示を言い渡そうとした瞬間、慌てた様子で走ってきた若い士官の姿が視界に入る。その様子にランケアは眉を顰めた。


「どうしたのだ。何かあったのか?」


「ランケア将軍にご報告します! 自分の言葉では信じていただけないかもしれませんが、北門防衛にて死亡した者達が復活したのです。これにより我軍の人的損害は10%にも満たない状況となりました。詳しくは――」


その言葉に続けて、士官は堰を切ったように喋り始めた。獣人の少女が不思議な魔法を使って死者を蘇生した事、蘇った者は全員生前と変わらぬ姿であり、むしろ以前と比べて生命力に満ちている事――信じられないような話が次々と飛び出す。


「……それは死体を操る死霊術ではないというのだな? だが死した生物が再び命を得ることなど、考えられん。幻影でも見せられていたのではないのか、お前は?」


「そんな事はありません! 自分以外にも大勢があの奇跡を目にしております!」


「ふむ……誰か、こいつを衛生兵のところまで連れて行ってやってくれ。随分と疲労が溜まっているようだ」


死者が蘇った事を大真面目に肯定する青年に対して、ランケアは呆れ顔で首を左右に振った。若い兵士が戦場で仲間の死と直面して取り乱した結果、現実逃避のため願望を現実だと思いこんでしまう事は良くある。だから彼も精神に病を患ったのだろうとランケアは思っていたのだ。しかしその考えは直後に否定されることになる。


「将軍、彼の言っていることは事実だ。私も今しがた北広場で確認してきた。冒険者達以外全滅したと思われた兵士達は全員五体満足だったぞ。ただ装備までは復元されていないので、その分を至急手配する必要はあるが」


ランケアに声を掛けたのは砦の方から歩いてきたファベルであった。軍でも冷静沈着な将校として定評のあったファベルの言葉まで否定できず、ランケアは蘇生が行われた事を信じざる得なかったのである。


「蘇生魔法などいう術式が本当に存在するのであれば、世界の理が覆ることになるではないか。死した兵を蘇らせて、永遠に戦わせることができるのだからな……そんなもの、奇跡ではなく呪いと言うべきだろう」


「……私も同意見だが、魔王の存在もまた禁忌なのだ。それによって死した者を蘇らせても摂理からは外れていないだろう。それにちょうど本人を見かけたので尋ねてみたのだが、蘇生魔法には厳しい制約があるらしい。死後数時間以内でなければ不可、死体が残ってなければ不可、本人が蘇生を拒否した場合も不成立……流石に創生の神話のようには万能ではないようだ。それでも、私達にとっては十分な奇跡ではあるが」


「フン……そんな奇跡の使い手が、魔王によって操られた時の事は考えたくもない。念のため我が目でも一度確認しておく。蘇生された者のところへ案内せよ」


そう吐き捨てるとランケアは若い士官と共に城壁内へと戻っていった。蘇生魔法の存在は軍に大きな衝撃を与えたものの、襲撃前と遜色ないレベルで兵力を維持出来たという事実は帝都奪還に大きく寄与することになる。なおメルが説明した"制約"の内容が、全てNeCOにおける蘇生条件に由来することを彼らは知らない。





――3時間後 城壁内の北側広場――





ランケアからの出撃準備の命を受け、北広場では騎兵および歩兵隊が規則正しく整列していた。ただし全てが正規の帝国軍人というわけではない。ビスクとエルゴが率いる反乱軍や有志の冒険者から成る小隊の姿もあり、異なる鎧や種族が入り混じった5000人規模の連合軍が出来上がっていた。その傍らには資材運搬用の黒塗りの軍用馬車がずらりと並んでおり、出撃のための体裁も既に整えられている。しかし短時間であったために食糧と武器、弾薬やポーション等の積載は少なめだ。短期間で決着を付けない限り、兵站が途切れる事になるが、魔王軍に時間を与えると市街地に大量の魔物を配置されてしまう懸念があった。その地下に身を寄せているであろう住民達を救うためには、素早い反転攻勢が必要だったのである。


「それでは本時刻より、終幕の魔城(カーテンフォール)作戦を開始する!」


ランケアの声と共に、列先頭の兵士が帝国旗を曇天の空へと掲げると軍人達は野太い声でそれに応じた。ゆっくりと城門が開き、魔物の死体が無数に転がった平野が前方に見えてくる。


「皆の者、我らが帝都を奪還するのだ! 民を守るために悪しき者共を駆逐せよ!」


立派な軍馬に跨ったランケアは、主力となる正規軍とダイダロスの兵士達を連れて先に砦を出た。彼らが向かう先は帝都南西に位置する住民区画だ。地下避難所も多く点在しているため、住民の救助を行うためにはまずここから魔物を除去する必要がある。事前の作戦会議では大規模な戦闘が予想されていた場所ではあるが、相手の戦力が大きく削れている事とメルの蘇生により兵力を保つことができた事で、有利に立ち回れる公算が高い。

一方、ファベル隊はフランと共に魔力防壁のシステムを司る制御拠点へ向けて出発した。20名程度の少数精鋭であるがファベルの元部下のみで構成されており、古代兵器や魔道具の扱いには慣れている者ばかりだ。もっとも戦力としてはフラン1人だけで帝国軍人1000人規模の火力を出せるので、街中で魔物と戦う事になっても心配はない。目的地である帝都北西部を目指し、彼らは数台の馬車を走らせた。


「主力部隊が出陣したか……なら次はオレ達だな」


「無理をしないで、レイルス。すっかり治ってるとはいえ、かなり酷い状態だったのよ貴方」


レイルスとノルンは城門の内側から土埃を吐き出す軍隊を見送っていた。その隣には武器を剣から戦斧に持ち替えたコドルガもいる。彼は完璧に復元された相棒を握り締めて、嬉しそうに素振りしていたのだった。


「あのレモティーって女性は武器修理まで出来るのか……ココノアやメルといい、一体どういう集まりなんだあの一団は……」


コドルガの様子を見ながらレイルスが不思議そうに呟く。コドルガの武器は一般的に流通しているものではなく、冒険者ギルドの仕事をした際に偶然手に入れたものだった。エリクシア王国の国宝を悪徳商人が持ち出していたもの奪還した際、依頼報酬として国宝の中から与えられたものであり、希少な金属材料が使われている逸品だ。かなり古い時代に造られていたこともあり製法は不詳で、修理すらできないと言われていたのだが、レモティーを名乗る女性はあっさりと直してみせた。アルラウーンが放った腐毒のブレスを受けて腐食していたところも綺麗に戻っている。最初から作り直したとしか思えないほどの出来栄えだ。


「ヌハハ! どんな集まりでも別に構わんだろう! 俺様の腕やレイルスの怪我を治してくれた上に、相棒もこうやって元に戻してくれたんだぞ? アイツらは戦友……いや、盟友だろうが!」


少し前までメル達を難民の子供だと馬鹿にしていたとは思えないセリフを吐くコドルガ。そんな上機嫌な彼に対してノルンが呆れた様子で声を掛けた。


「ほら、そろそろ素振りは止めにして私達も出発するわよ。ココノア達を城まで送り届けるんだから」


「おっと、もうそんな時刻か。では行くとしよう!」


2人は足早に冒険者用の馬車に乗り込んだ。レイルスもその後に続いたが、ふと気になって城壁の影に停められていた黄緑色の幌馬車に視線を移す。そこには先程話題に出ていたレモティーの他、ココノアとメルが乗り込んでいた。


(あの少女達は冒険者になったばかりと言っていたな。この作戦が終わればぜひ仲間に誘いたいものだ)


レイルスはメルとココノアを自分達の一団に勧誘しようと考えを巡らせる。これまで筆頭冒険者の一団に入れてほしいと申し出てきた冒険者は多くいたが、彼は実力が足りない者を迎え入れようとはしなかった。下手をすれば命を落としかねないからだ。彼女達も冒険者登録を澄ましたばかりの駆け出しではあるが、その実力はノルンやコドルガも認めているほどに高い。特に癒やしの術や転移魔法を使える人材は貴重であり、誘わないという手は無かった。


(だが彼女達にも利点がなければ応じてはくれないだろう。どう誘えばいいものか……?)


考え事をしながら大型馬車に乗り込んだレイルスであったが、居合わせた冒険者から一斉に頭を下げられて我に戻る。彼らは帝都の冒険者ギルド職員であるリテラが各地に連絡して集めた実力者の面々であった。それぞれが各ギルド支部を代表する程の腕前を持つが、それでも筆頭冒険者の肩書を持つレイルス達には一目を置いている。


「レイルスさん、お噂はかねがね伺っております。今回も北門の魔族を討伐するのに大きく貢献したとか。我々は砦内で応戦するだけで精一杯でしたが、やはり本部直属の方々は格が違いますね。今回の作戦では陣頭指揮をよろしくお願いします」


「ああ、任せてくれ。作戦地点に入った後はオレ達が先行するから、皆は後に続いて周囲の魔物を制圧して欲しい。厳しい戦いになると思うが、よろしく頼むぞ!」


そうは答えたものの、本当に格が違うのはメル達の方だろうと心の中で呟くレイルス。神の奇跡が顕現したとしか思えない天を貫く暖かな光を呼び寄せ、大勢の兵士を瞬時に癒やした女神の如き少女が瞼の裏から消えなかったのだ。


(そういえば彼女の仲間には前衛がいなかったな。聞けばメルは本来支援が専門だと言っていたし、騎士であるオレやコドルガのような戦士がいれば心強いだろう……よし、その線でいくか!)


馬車内で気合を入れる冒険者の面々をよそに、銀壁の守護者はメル達を口説くための台詞をひたすら考えていたのであった。





――数時間後、帝都ウルズ内――





夕暮れ時でも分厚い暗雲に包まれた空は薄暗いままであったが、帝都は煌々と燃え盛る炎と魔法攻撃による爆発で紅色に照らし出されていた。瓦礫ばかりの廃墟に降り注ぐ魔法弾は的確に魔物達を焼いていく。統制されていない魔物は帝国軍や冒険者達の奇襲に対応できず、逃げ回ることしかできなかった。ランケアの読み通り、防衛を固めることができなかった魔王軍は脆く、その中心部まで切り込むのも容易かったのだ。西部では住民の救助が恙無く進められ、地下に押し込められていた無辜の民はようやく自由を手にしたのである。

一方、東部においても戦況は有利であった。レイルス率いる制圧隊が順調に魔物を蹴散らしたため、メル達はさほど体力を消耗することなく皇帝の元居城へと辿り着いている。他の建物に比べると城の損壊はほとんど見られず、元の形状を保っていた。しかしその周囲に魔物や人の姿はなく、不自然なほどに静まり返っている。


「この城、外壁に魔法金属をコーティングしてるね。鑑定スキルで調べてみたけど、かなり堅い材質で出来てるみたいだよ」


黒く染まった金属質の壁を見上げながらレモティーが説明した。スキルの効果により、彼女は手を触れることなく城の建材に関する知識を得ている。その読み取り内容から、城を外から壊すのには大変な労力を要することが判明していた。彼女は後方で周囲を警戒していたココノアとメルを振り返ると、入口と思しき重厚な門扉を指差して声を張り上げる。


「ココノアの魔法なら壊せないこともないだろうけど、派手にやると周囲で戦ってる人達にも影響がでそうだし、素直に入口から入る方が良さそうだ。幸い門番はいないしさ」


「そうね。他の地域でリセの目撃情報は無かったみたいだし、この城にいるっぽいのは間違いないから、とっとと入って目を覚まさせてやるわよ。メル、そろそろ適当にバフを配っといて」


「ええ、任せてください! まずは――」


ココノアの要望に応え、メルは補助魔法をいくつか詠唱した。基礎ステータスを上昇させる魔法、状態異常への耐性を付与する魔法、自然回復力を向上させる魔法――カーディナル固有の補助スキルを効果時間が長い順に付与していく。その最中、メルは懐かしい気分に浸っていた。NeCOで友人達とダンジョン攻略する際も、こうやって事前にバフを掛けていたからだ。


「よし……っと、これで全部です。最低でも10分程度は持続すると思いますけど、切れたら掛け直しするので言ってくださいね」


「言ってくださいね、って……バフ欄が無いからわかんないってば」


「あっ、それもそうでした……」


「まぁなんとなく分かる気もするし、切れたと思ったら声掛けるからその時はお願い」


NeCOではキャラクターごとのバフやデバフを示すアイコンが専用窓内に点灯しているが、この世界ではそういったものは見えない。ココノアが言った通り、自分がどういった状態なのかを詳しく知る事はできなかったのだ。ただバフを付与された瞬間、身体に何か力が漲るような感覚を覚えたので彼女はそれを判断基準にするつもりであった。


「それじゃ突っ込もう。レモティー、先頭行って」


「よし任された!」


レモティーは自分の胸を大げさに叩いて揺らせた後、勢い良く城の扉を開け放つ。彼女はハーヴェスト固有の防御スキル、捻れ蔦の護り繭ツイステッド・プラントを使えるため、タンク役のような立ち回りもできた。故にココノアはレモティーを先頭に据えたのである。一方メルはステータスだけで見ればその辺の戦士よりも余程前衛に向いているのだが、唯一のヒーラーということもあり、このパーティでは最後尾を担当していた。そしてココノアは彼女達に挟まされる立ち位置から、周囲の警戒役や魔法攻撃の砲台としての役目を担う。これはNeCOにおいて3人でダンジョンを攻略していた時に辿り着いた、最も探索が安定する隊列でもあった。


「びっくりするほど静かだね。魔物もいないし、罠って可能性もあるかな……?」


「この方が楽でいいじゃない。とりあえず玉座まで行けば罠かどうかは分かるでしょ」


3人は薄暗い玄関ホールを通り抜け、脇にあった階段を駆け上がる。壁や床に戦闘の痕跡があったが、肝心の魔物は1体も見当たらなかった。次に差し掛かった長い通路では魔法で生み出された青い炎が灯った燭台がずらりと並んでおり、不気味ながらも幻想的な光景を生み出していた。まるで少女達を奥へと誘っているかのようだ。


「くんくん……この蝋燭、匂いはしないんですね。本当に燃えてるわけじゃないのかもしれません」


「鑑定を掛けてみたけど、照明用の魔道具みたいだよ。熱もないから触れても火傷はしないと思う」


「黒い壁に青い炎って……内装まで魔王城みたいなことになってんのね。建物自体は近代的なのに、デザインだけ変な趣味に走りすぎてない?」


ココノアが警戒ついでに内装をチェックする。最新の建築技術を惜しみなく注ぎ込まれたと思われる皇城は、建築物としてはかなり立派な部類であった。高い天井を支える柱や梁は光沢を放つ鋼材で造られており、歪みのない美しい直線を描いている。床には鏡のように磨かれた石材が用いられているが、一切の継ぎ目が見当たらず、少女達にはどうやって据え付けられたのか想像もつかなかった。また壁や天井に設けられた照明器具や飾りはどれも凝った意匠が施されており、技術水準が他国よりも半世紀近く進んでいるようにすら思える。


「また階段か……これだけ技術力があるならエレベータくらいあってもいいだろうに」


何度も出現する階段に苦言を呈しつつ、レモティーは先頭を進んだ。青い炎が照らす道は必ずと行って言いほど登り階段に繋がっており、彼女達は着実に上層階へ近づいていく。そして5回目の階段を上がった先についに目的の部屋が見えてきた。


「随分と豪華な扉ね。装飾も今までの扉と全然違うじゃない。そろそろ本命?」


「扉の脇に"黒竜の間"って書いてあるね。国旗っぽいのも掲げられているし、皇帝の玉座があってもおかしくなさそうだ」


「それならメル、ここでバフの貼り直しをお願い」


「もちろんです!」


メルは元気よく返事し、突入時に使った補助魔法を再度詠唱し始める。NeCOでも彼女達はボス戦前に支援効果を全て最新の状態へ更新し、戦闘中に効果が切れてしまうのを防いでいた。特にメルは魔力が低いため魔法の効果時間が短く、ボス戦中に解除されてしまうことがよくあったからだ。そのためバフの貼り直し作業は手慣れたものである。


「これでよしっと、全部貼り直しできました!」


「ほいほい、それじゃ行こうか。もしリセがいたら初手はうちに来るだろうから、その隙を狙って状態異常解除の魔法を投げてね」


ココノアの指示にメルとレモティーは頷く。もし扉の向こうにリセがいれば即座に戦闘となる可能性は高かった。相手を倒すためなら手段を選ばない彼女相手に問答をしているような時間がないことは、彼女達が一番良く知っている。少しでもリセの動きが鈍った瞬間を狙い、メルの回復魔法で魔王の魅了を解くのが最優先事項だ。


――ギィィィィ――


レモティーが慎重に"黒竜の間"へと続く扉を開ける。中から攻撃が飛んでこないことを確認した彼女は部屋へ飛び込んだ。ひんやりとした冷たい空気が足元を這うのを感じながら、ココノアとメルも広間に突入する。

そこには劇場ホールのような異質の空間が広がっていた。アーチ状の重厚な天井を支えるため、太い円柱がいくつも並んでいる。柱の列は部屋の一番奥まで続いており、壁際近くに玉座と思しき立派な椅子が置かれていた。


「ようやく来たか、異界の勇者達よ」


青い炎で照らされた部屋に女性の声が響く。玉座に足を組んで座っている声の主を見て、レモティー達はそれが魔王アスタロト本人だとすぐに気付いた。丸みを帯びた身体のラインは人間族の成人女性と似てはいるが、青色の肌と巨大な角が生えた頭部は異質そのものである。また露出された肩や腰には崩した古代文字を思わせるタトゥーが刻み込まれており、暗い部屋の中で怪しげな輝きを放っていた。


「へぇ、()()魔王が出てくるとは思ってなかったわ。しかも取り巻きなしで1人で出迎えてくれるなんて、随分と気が利いてるじゃない?」


「余なりに誠意を示さねばと思ってな。お前達には配下に加わって貰いたいのだ」


そう言うなりアスタロトは玉座から立ち上がり、金色の瞳で3人の冒険者を捉える。その直後、ココノアとレモティーの身に痺れるような感覚が走った。一瞬だけ身体の自由を奪われそうになったものの、すぐに2人の身体から違和感は消え去った。メルが付与していた状態異常の耐性により無効化(レジスト)することが出来たのだ。一方、メル本人は完全な耐性を持つため違和感すら感じてはいない。


「何が誠意だッ! 今、リセみたいにボク達の事も操ろうとしただろう!」


「成程……無策で来たわけではないということか。余の力が通じぬとはな」


魅了の魔法が効かない事を悟ると、アスタロトは深い青色をたたえた長髪を揺らせて再び玉座へ腰を降ろす。胸と下腹部を隠しただけの扇情的な装いを纏った彼女は、魔王と呼ぶにはあまりに無防備だ。しかし全身から放たれる異常な魔力が黒いオーラとなって充満しており、広間中に重圧を掛けている。並大抵の人間はこの魔力に押し潰されてしまい、身動き1つ取れなくなるだろう。


「まぁよい。ここまで来たお前達には面白い話を聞かせてやろう」


アスタロトは妖艶な笑みを浮かべ、玉座に頬杖を付いた。そして濃い紫色の唇を開くと、おもむろに話をし始めたのだった。


「かつてこの世界の文明は今よりも遥かに優れ、ヒトや獣も大いに生を育んでいた。だが豊かすぎる営みは星を消耗させ、次第に歪みを生み始めたのだ。汚染されていない大地、限られた資源……そういった物を奪い合い、国家間の争いが勃発した……お前達の世界でも、覚えがあるのではないか?」


「……なによ、アンタはうちらの世界の事も知ってるっていうの?」


「余は異界から呼ばれた勇者と何度も刃を交えたことがある。粗奴らの記憶を垣間見ただけだが、どの世界も等しく同じ末路を辿っていたぞ。争いの果てに何もかもが失われる結末をな」


「随分な言われようだけど、ボク達が生きてた世界は平和だったさ。勝手な事を言わないでほしいな!」


「それは仮初の平和ではなかったか? 隅々まで見た上で、本当に平穏だったと言えるのか?」


魔王の問いにレモティーは視線を逸した。日本はまだ平和な方ではあったが、他の国では戦争や紛争が絶えず起こっていたからだ。冷戦をなんとか切り抜けたものの、地球の平和は未だに綱渡り状態である。第三次世界大戦が引き起こされる要素は各地に点在していた。


「心の底から争いが無かったなどと、到底言い切れぬだろう。この世界もそうだ。醜い闘争により星は病み、ヒト以外の生命は潰えていった。故に神はヒトを諫める役割を持つ、新たな生命を生み出したのだ。それが我ら、魔族と呼ばれる存在だ」


「待ちなさいよ、神様が魔族を生み出したってこと? 創生の女神が魔族を倒すために別次元から助っ人を呼んだ話と、思い切り食い違ってるんだけど!」


ココノアが怪訝そうな表情で問い詰める。アスタロトの話はセロから聞いていた魔王に纏わるエピソードと全く異なっていた。しかしそんな彼女の反応も想定済みだとばかりにアスタロトは遠慮なく言葉を続ける。


「天敵の出現によってヒト共は争いをやめ、手を取り合って魔族と戦う道を選んだ。もしその時、魔族が滅びれていれば神の思惑は無事に完遂されただろう。しかしそうはならなかった。魔族はヒトに比べ遥かに強く、創造主である神すら超える力を手にしていたからだ」


「神を超えるって……とんだ設計ミスじゃない……」


「魔族がヒトを支配するようになり、世界には平穏が訪れた。だが神は本来の役目とは異なることを理由に、我らを駆逐しようと異界から力を持つ者達を呼び寄せた。それが勇者と魔族の戦いにおける始まりだ。ここまで言えば分かるだろう。お前達は神によって利用されているに過ぎない」


アスタロトは玉座から手を伸ばし、レモティー達に自らの傍に来るように手招きした。母親のように柔らかく微笑むその表情は一切の敵意を感じさせない。


「真実を知ったのであれば我らを見る目も変わろう。どうだ、共に穏やかな世界を作ろうではないか。余とお前達が絶対的強者として君臨すれば、この世界から争いは消えて、完全なる平和が訪れるのだぞ?」


「完全なる平和……か」


アスタロトの言葉にレモティーは心が揺れ動いていた。古代遺跡目当ての軍人達によって無抵抗の村人達が焼き討ちされただけでなく、ユキのような少女も奴隷にされてしまう歪な世界は本当に正しいのかと思ってしまったからだ。しかしメルとココノアはそんな甘言にも釣られることなく、意思を貫いて見せた。


「いいえ、お断りします! 恐怖で縛って得た平和は誰も幸せになれません! それにこの世界の人達はあなたが言うほど酷くはなかったです! 互いに助け合って生きていくことができてましたから!」


「メルの言う通りね。大体皇帝を操って好き放題してたような奴の言う事なんか、信じられるわけないでしょ。ほら、レモティーもなんか言ってやりなって」


「……ああ、そうだね! 爺ちゃん達やユキちゃんが何かに怯えて生きることになる"平和"なんて、ボクは望んでいない! さぁ大人しくリセを返してもらうよ!」


メルは拳でファイティングポーズを取り、ココノアは短杖の先をアスタロトへと向ける。レモティーも植物で出来た緑の鎌を生み出し、眼前の敵に構えてみせた。


「そうか……お前達も神に従う事の愚かしさを理解できぬとはな。無駄にその命を散らすのが本望というのであれば何も言うまい。せめて、同郷の手によって葬ってやろう……リセ、後は任せるぞ」


アスタロトはそう言うと玉座の裏へと回った。漆黒が広がるその影に彼女が入った瞬間、その姿は闇に溶け込むようにして消えてしまったのである。そして魔王と交代するかの如く、闇の中からメル達にも見覚えのある少女が出てきた。


「リセちゃん……!」


紫色のポニーテールを携えた若い女剣士は一振りの長剣を握り締め、レモティー達を一瞥する。コバルトブルーに染まった瞳から投げられる視線は冷たく、とても友人達に向けるようなものではなかった。しかしその背格好は紛れもなくメル達の知るリセ本人のものである。黒を基調としたデザインのゴシックロリータ風衣装に篭手や胴鎧を組み合わせた装いも、かつて彼女がNeCOで愛用していたジョブ専用服によく似ていた。


「……神速斬り」


リセが唯一発した言葉は、剣闘士(グラディエイター)の固有スキルの名称であった。スキル発動と同時に彼女の姿は消え、瞬間移動にも等しい速度でレモティーの横を通り抜ける。その直後、鋭い銀色の軌跡がココノアの首元を捉えたのだった。

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