054.帝都奪還の要②
作戦室での会議を終えたメルとココノアは、セロに案内されて別棟へ移動していた。作戦開始までの間、自由に使っても良い個室を与えられたためだ。緊急時ということもあり、多くの兵士や市民達は大広間で雑魚寝しなければならない状況であったが、魔王との直接対決に挑む役目を負った彼女達は今や最上級の客人として扱われている。
「へぇ、割といい部屋ね。思ってたより綺麗だし」
掃除の行き届いた部屋内をココノアは嬉しそうに見渡した。古風な石造りの外壁に似合わず、室内は高級ホテルかと見紛うほどに良く整えられている。北欧のアンティーク家具を彷彿とさせる重厚なテーブルやベッドは、ひと目見ただけでその質の良さが分かるほどだ。
「元は軍幹部が視察に来た時の歓待部屋として使われていたらしいぞ。ちなみに俺はこの1階下にある部屋を与えられている。リエーレもそこにいるだろう」
「なら後でリエーレにも挨拶しにいこうかな。ユキのことお願いしようと思ってるし」
ココノアとセロがそんな会話を繰り広げている隣で、メルはベッドに腰を降ろしてフカフカの触り心地を楽しんでいた。室内には大きめのベッドが2台あり、子供3人と大人1人なら十分に身体を休めることのできるスペースが確保されている。
「確かに素敵なお部屋です! ベッドは2つしかないですけど、大きめなので私とココノアちゃん、レモティーちゃんとユキちゃんがそれぞれ一緒に使えば問題なさそうですね♪」
「ちょ、ちょっと……! なんでうちとメルが一緒のベッドで寝る事になってんの!? そりゃベッドの数が少ないのは仕方ないけど、別にソファーもあるわけだし……」
「えー! せっかくなんですから一緒でいいじゃないですか! 修学旅行みたいで楽しいと思いますし!」
「修学旅行って……明後日には魔王と戦うっていうのに緊張感なさすぎじゃないの、このケモ娘は……」
そう言ってココノアは呆れ気味に溜息をついてみせたが、その頬は少し緩んでおりどことなく嬉しそうだ。心の奥に潜んでいた好意を自覚してから、彼女はメルと一緒に過ごす時間をとても愛おしく感じていた。だからこそ、ささやかな日常をこうして共に過ごすだけで幸せな気分になれる。
「フッ、相変わらずお前達は仲がいいな。心を許せる友がいるのは良いことだ。特に長命種であるエルフにとってはな……大切にするといい」
「う、うるさいわね! 言われなくても分かってるっての! そんなことより、セロも色々準備とかあるんでしょ? うちらはもう大丈夫だから、自分の事に集中して貰ってていいわよ」
「そうだな……リテラに冒険者団の状況を確認しておくか。では、またな」
軽く手を上げるとセロは転移魔法を使って、その場から一瞬で姿を消した。ココノアにも劣らない鮮やかな魔法の発動であり、大きな魔力の流れを生み出したというのに埃すら立たない。
「相変わらず転移魔法の腕は相当なもんね……それじゃ、うちらはレモティーを探そっか。あと、あのファベルっておっさんも」
「例の剣士さんのこと、尋ねるんですね! 実は会議のときからずっと聞きたくて、うずうずしてたのですよ」
「メルもやっぱり同じこと考えてたんだ。ま、そりゃそっか。どう聞いてもリセのことだもんね、アレ」
作戦室では聞かなかったが、反乱軍を率いるファベルが口にした事についてはココノアもずっと気になっていた。彼が言っていた"類稀なる力を持つ剣士"というフレーズは、まさしくリセを指しているのではないかと彼女達に直感させる。
「それでは行きましょう!」
元気よく響いた掛け声と共に、少女達は部屋を後にした。
――砦内 空中廊下――
別棟と本棟を繋ぐ通路に差し掛かったココノアの耳に、聞き覚えのある声が2つ飛び込んでくる。1つはレモティーのものであったが、もう1つはリギサンで戦ったダークエルフの子供であった。何か言い争っているような気配を感じた彼女は、そっと通路の壁から顔を出して様子を伺う。
「君はあの夜に見かけた女の子じゃないか……!」
「何よ、フランに何か用なの? 早く部屋に戻りたいから、そこをどいて欲しいんだけどぉ?」
風通しの良い通路の一角でレモティーと対峙するフラン。彼女は他の軍人とは全く異なるワンピース風の黒い軍服に身を包んでいた。リギサンで会った時も同じような衣服を纏っていたので、レモティーは目の前にいる相手が村を襲撃した一員であることにすぐ気づいたのだ。
「いいや、そういうわけにはいかない。リギサンを襲った君達の事を問い質すまではね!」
「リギサン……? まさかアンタ、王国領の山村で見かけた女……!?」
フランの顔が途端に険しくなった。彼女にとってリギサンは初めて敗北を味わった地だったからだ。自分より遥か格上の魔法使い相手に力の差を見せつけられ、敗走した苦い記憶が蘇る。
「そうだよ。ボクは採掘場で君や他の軍人と会ったんだ。あの時は色々あって逃してしまったけど、ここならその心配はなさそうだ!」
レモティーが空中通路の壁に手を触れた瞬間、濃い緑色の蔦が一斉に壁を這った。荒縄をさらに何重にも太くしたような蔦がフランの背後にある通路を封鎖する。猫1匹通る隙間なく張り巡らされた緑の結界によって、彼女は退路を絶たれた。
「アンタみたいなザコ相手に逃げるわけないじゃない……! 馬鹿にして!」
その声と共にフランの周囲に赤い粒子が浮かび上がる。灼熱を帯びた炎属性の魔力が周囲の大気を熱したことで強制的に風の流れを産み出し、5m近く離れているレモティーのところにまで肌をジリジリと焼くような熱気を伝えた。
「フランに復讐したいなら付き合ってあげるわ! その代わり、大火傷しても知らないわよっ!」
漆黒に染まった長髪を靡かせながら、フランは緋色の瞳でレモティーを睨みつける。一方のレモティーも引く様子はなく、攻撃スキルをいつでも繰り出せるようにスタンバイしていた。リギサンでの話を聞き出すにしても、まずは少女を大人しくさせる必要があると考えていた彼女は、じわじわと距離を詰めながら仕掛けるタイミングを見計らう。しかし、思わぬ乱入者によって彼女達の武力衝突は回避されることになった。
「フラン様、お待ち下さい! この者は帝都奪還に参加する冒険者の仲間です」
上階の通路から飛び降りてきたと思しき男がレモティーとフランの間に割り込む。彼もまた黒い軍服を身に着けており、帝国軍の関係者であることは明らかであった。しかもレモティーにとっては見覚えのある相手でもある。
「お前……採掘場で戦った軍人じゃないかッ!」
ファベルの登場によってレモティーの声に力が入った。リギサンで直接刃を交えている上、村を襲撃した主犯格として認識している彼に対しては一際強い怒りが湧いてくる。
「確か、レモティーといったか……そちらも矛を収めてもらおう! ここには魔物の襲撃でケガをした者も多くいる。騒ぎを起こしたくはない」
「そんなことがよく言えたもんだ! 爺ちゃん達にあれだけの事をしておいて、自分達の方は許して欲しいなんて都合の良い事、聞けるわけないだろ!」
「待って! 恨むならファベルじゃなくてフランを恨めばいいのよ……! 村人を魔物の餌にするように指示したのは、フランなんだからぁ!」
「何だって……!?」
想像もしていなかった言葉に彼女は狼狽した。ココノアやメルとあまり見た目の変わらない少女が、あの惨劇を生み出した張本人だとは思わなかったからだ。一方ファベルはフランを庇うように前に立ちはだかり、レモティーの怒りをその身で受け止める。
「フラン様はゴーレムの性能調査のため合理的な手段を考案されただけのこと……お前が憎むべきは、実際に部下へ指示を出した私なのだ」
「……お前が責任を取るつもりなら、ここでその首を刈り取られても文句は言わないよな?」
「ああ……王国の民を殺めた罪はこの命で贖わせてもらう。だが帝都を奪還できるまでの間、猶予を貰えないだろうか。勝手なのは百も承知だが、どうしても助けたい者達がいるのでな……」
そう言ってファベルはその場で跪いて頭を下げた。いつでも首を差し出すと言わんばかりの毅然とした態度に、レモティーの怒りは急激に冷めていく。許せないという気持ちまで消えたわけではないが、それでも少女を庇う姿を目の当たりにした以上、問答無用で力を振るう気にはなれなかった。
「くそっ……そんな風にされるとボクが悪者みたいじゃないか。確かにここには無関係の人も大勢いるし、これ以上はもう止めておこう。でもリギサンを襲った理由だけは、この場で聞かせてもらうからな!」
そう言うとレモティーは蔦から手を離した。役目を終えた植物は一瞬で朽ち果て、茶色く変色した枯れ草と化す。フランの背後に続く通路も開放され、奥の建屋が見えるようになった。
「もうそっちの話は終わった? うちらもそこのおっさんに聞きたいことがあるのよ」
レモティーが背を向けていた通路から唐突にココノアの声が響く。亜麻色のミディアムヘアを揺らしながら歩いてくるエルフ少女を見た瞬間、フランの顔が青くなった。
「えっ、化け物エルフまでいるの……!?」
「フラン様、彼女も作戦への参加を志願した者です。そして隣にいる獣人の少女も」
「ウソでしょぉ……」
たった3人で軍団を壊滅させた上に、巨大ゴーレムをスクラップにした面々を前にして、フランは背筋が凍る思いであった。下手すればこの砦ごと跡形もなく消し飛ばしかねない相手ばかりじゃない――そう心の中で呟く彼女の額には数滴の冷や汗が浮かんでいた。
「やぁココノア、メル……こんなところで再会するとは思ってなかったよ。みっともないところを見せちゃったね」
「いえ、レモティーちゃんの怒りはもっともだと思います。とはいえ、ここで騒動を起こすとセロさんにも迷惑がかかってしまうので、ひとまず我慢しておいてくださいね。ところで、ユキちゃんはどうしたんですか? 姿が見当たりませんけど」
「ああ、親切なメイドさんが面倒を見てくれているよ。ボクはメル達のことを探しに行こうと、砦の中をウロウロしてたんだ。とりあえず、あの後の事から話すね」
そう言ってレモティーは作戦室で別れた後の経緯を手短に話した。彼女はユキの気分転換になればと城壁の内側を散策していたのだが、その途中で飢えた若い軍人達が捨てられていた野菜のクズや魚の骨を食べているのを目撃してしまったと告げる。最初は無視するつもりだったものの、食糧不足に悩まされていたリギサンでオーティムから施しを受けた記憶が頭に浮かび、憎い相手とは思いつつも野菜や穀物を促成栽培スキルで生み出して与えたのだった。
「……で、そんな事をしてたら随分と感謝されてさ。ユキちゃんも喜んでくれたから、砦の中で一緒に小さな畑を作ってたんだけど、途中でユキちゃんが疲れちゃって眠そうにしてたんだよね。だから一旦馬車に戻ろうとしたんだけど、部屋のベッドを貸してくれるって言う綺麗な黒髪のメイドさんと出会ったんだ。で、お言葉に甘えてこの建物までやってきたんだけども……」
「ふぅん、大体事情は分かったわ。それでユキを預かってもらった後、うちらを探しに行こうとしてそこのガキンチョと遭遇したってことね。ちなみにそのメイド、スタイルのいい美人で肌が褐色のダークエルフだったでしょ? 違う?」
「えっ、どうして分かるんだい!? ボクはそこまで話してないと思うけど……」
レモティーの返事に「やっぱり」と呟くと、ココノアは懐かしそうに微笑みながらメルの顔を見る。自分達と同じく客用の個室を与えられているメイドなど、セロの付き人である彼女くらいなものだろうという推測は見事に当たっていた。
「リエーレがユキの世話をしてくれてるなら大丈夫でしょ。ちょうどレモティーもいるし、ここでリセの事を聞き出しておこうか」
「そうですね。ファベルさんと一緒にいた剣士さんが、リセちゃんかどうか確かめたいですし」
少女達の視線がファベルの方へ向けられたが、彼はリセの名前を聞いても驚く様子を見せず、むしろ聞かれるのを待っていたかの如く口を開いた。
「お前達がリセの友人だという話は本人から聞かされていた。作戦室で私が話した剣士というのは彼女のことで間違いない」
「へぇ、話が早いじゃない。ならリセが魔王とやらと一緒に消えたっていうのも本当なの?」
「ああ、その通りだ。皇帝の打倒を目指した私達にリセは力を貸してくれていた。だが玉座の間であの女魔族……魔王アスタロトが瞳を光らせた瞬間、彼女は沈黙して動かなくなってしまったのだ。そこからは話した通り、奴とリセは私達の前から姿を消している」
「リセがそう簡単にやられるとは思えないな……その話は本当なのか?」
リセの失踪に関する内容を初めて耳にし、怪訝そうな表情でメガネの位置を正すレモティー。彼女は作戦室での会議に参加していなかったので、魔王が持つ特性を知らなかった。
「何でもその魔王、人を操る力を持ってるらしいわよ。多分それで行動不能にされちゃった可能性が高いんじゃない?」
「人を操る……NeCOにもあった魅了系の状態異常かな? もしそうなら耐性を持たないリセがやられても仕方ないか。ただ本当に魅了状態なんだとしたら、襲いかかってくる可能性もあるね」
「そうですね……すぐに状態異常を解除できれば戦わなくても済むと思いますけど、リセちゃんならこちらが反応するよりも早く斬り込んでくると思います。そうなると対処はかなり難しくなるかもしれません」
深刻な面持ちでメルが呟く。ココノアとレモティーも彼女同様に難しい顔をして俯いた。その様子をしばらく見ていたファベルだったが、少女達の強さを知る彼の脳裏に1つの疑問が浮かぶ。
「リセが魔王の側についているのなら、帝国軍が総力を結集させても止める事はできないだろう。だが、お前達ほどの強さならば彼女を止めることも出来るのではないか……?」
その問いに対して、ココノアとレモティーは素っ気なく左右に首を振った。
「無理よ、普通に戦ってもうちらじゃ勝ち目なんて無いっての」
「神速斬りで一瞬で距離を詰められる上に、こちらの遠距離攻撃は弾道型魔法を含めて霞斬りで無効化……挙げ句に攻撃レンジに入った瞬間、高倍率の無限の剣閃がいくつも飛んでくるわけだからね……ボク達みたいな後衛寄りのジョブじゃ、正攻法でリセに勝つのは不可能だよ」
NeCOのスキル名が並ぶレモティーの解説はファベルとフランにとって理解が及ばない内容だったが、それでも彼女達がリセに勝てないという説明の意図は伝わっていた。恩人を助けることが想像以上に困難だと判明したことで、ファベルの表情が曇る。
「ウソよね……? もうリセを助けることは出来ないってこと?」
今度はフランが悲しそうな声をあげた。リセに並々ならぬ想い入れがあった彼女は、泣き出しそうなほどに大粒の涙を瞳に溜めたまま喉を震わせる。その雫には自力でリセを救えない不甲斐なさや悔しさといった感情も込められていた。
「リセの友達なんでしょ? なら簡単に諦めないでよぉ! フランを負かしたアンタなら何とかできるかもって……思ってたのにっ!」
「急にどうしたのよ……アンタには関係ない事でしょ」
「フランはリセに命を助けられたのっ! バフォメットに襲われた時、リセがいなかったらきっとフランは産まれたことに絶望して死んでたはずだから……今度はこっちが助けてあげたいのよ!」
フランはそう呟いたきり俯いて顔をあげない。要領を得ない様子で3人が首をかしげていると、彼女の代わりにファベルがバフォメット来襲時の事を切々と語り始めた。フランが魔族に操られた皇族達によって生贄として生かされてきた存在であった事や、彼女が任務失敗の代償として魔族に捧げられようとした事、そしてそんな呪われた運命をリセが断ち切ってくれた事……全てを包み隠さず言の葉に乗せる。
「――リセと私達が出会った経緯は以上だ。フラン様はここしばらく毎日帝都に赴いて彼女を探しておられるのだが……まだ発見すらできていない状況でな」
「いくら倒しても無尽蔵に魔物が湧いてくるから帝都の中心までは探索できてないけど、リセはまだあそこにいるはず……だから何とかして連れ戻したいのよ!」
フランはこれまで何度もリセの救出を試みていた。だが紅蓮の猛火の異名を持つ彼女でさえ魔王が放った軍勢を突破することは困難であり、避難中の住民数十名を救出した程度に留まっている。
「ふむふむ、そういう事でしたか。お二人共、リセちゃんの事を心配してくれてたんですね!」
リセの事を恩人と呼び、本心からその身を心配している帝国軍人達に対して、メルは穏やかな表情を浮かべていた。親しい友人が異世界でも彼女のよく知る"リセ"として生きていた事が嬉しかったのだ。メル自身もNeCOにおいて彼女には色々助けてもらっていたので、ファベル達の恩を返したいという気持ちは良く分かる。
「ふふっ、リセちゃんは無愛想に見えますけど、結構面倒見がいいんですよ。私達もお世話になってましたし、何より大事なお友達なので、操られているのなら助けてあげたいという気持ちは皆さんと同じです!」
力強い輝きを抱いた瞳と共にメルはそう告げた。先程までの通夜のような雰囲気が嘘のように表情が明るい。
「任せてください! リセちゃんは私達が必ず助けてみせますので!」
「何か妙案があるのか? お前達は勝ち目がないと言っていたように思うが……」
「先程お話した事は全て事実です。普通に正攻法で挑むと確実に負けますから。でも私達流の戦い方ならリセちゃんに勝てる可能性はあります! ですよね、ココノアちゃん、レモティーちゃん!」
メルの言葉にココノアとレモティーが深く頷いた。彼女達はかつてNeCOで行われたバトルロワイヤル戦イベントでリセとの対人戦を経験している。始まって1時間もしないうちにリセが参加者の大半を単身で屠るという波乱の幕開けとなったが、最終的には大方の下馬評を覆してメル達が彼女を下し、見事勝利を収めていた。
「ま、あの時みたいに上手くいくかはわかんないけどね。特にメルはヘマやらかしそうだし?」
「ええっ!? そりゃ失敗したことはありましたけど、あの時もなんだかんだで上手くいったじゃないですか!」
「あはは、想定外なメルの動きもリセ攻略には有効だと思うよ! ボク達が3人揃っていれば、きっと勝ち筋はあるはずだ!」
友人である上に格上の強者と戦うことになるかもしれないのにも拘わらず、少女達に悲壮感は全く無かった。それどころか互いに軽口を交わすその姿を見たファベルは、長い年月をかけて築かれた確かな信頼関係を感じ取る。絶望的かとも思われたリセの救出作戦に光明が見えた気がした彼は、再び深く頭を下げた。
「……こんな事を言えた義理ではないが、リセを救ってやって欲しい。殺めた村人達の命を私の首だけで贖えるとは思っていないが、事が終われば償いは必ずしよう。だから宜しく頼む……!」
「フ、フランからもお願い……!」
プライドの高そうな普段の振る舞いからは想像も出来ないほどに腰を折り曲げ、ツヤのある長い黒髪を床に垂らすフラン。言葉の節々に出ている生意気な口調は相変わらずだが、かつての高慢さはすっかり鳴りを潜めていた。リセのことになると途端に素直になる素振りから、彼女を助けたいという気持ちがよく伝ってきたので、レモティーはリギサンの件を追及するのはもう止めようと決めた。その代わりに行き場を失った怒りを吐き捨てるかのように呟く。
「……勘違いしないでくれるかな? ボク達は何もお前達のためにリセを助けるんじゃない。友達だから助けに行くんだ。それだけは理解しておいてよ」
眼鏡レンズに反射する光で視線を隠しつつ、レモティー続く言葉を綴った。
「それに、リギサンじゃ誰も死んではいないよ。メルが回復と蘇生をしてくれたからね。彼女はこう見えても高位の回復魔法使いなのさ」
「今、蘇生と言ったのか……? アイリス聖教に属していないのであれば、我々の知る癒やしの術とは異なるのだろうが、そんな術式が存在したとしても魔力消費に肉体が耐えられないはずだ。それこそ、世界を創り出すほどの力を有していた神話の女神くらいしか扱えない魔法だぞ……?」
ファベルは信じられないような面持ちでメルへ視線を移す。巨人となって古代兵器であるゴーレムを奈落へ蹴り落としていた彼女が、癒やしの術まで習得していたとは想像もしていなかった。さらに死んだ者を蘇生するという人智を超えた魔法を行使できるという事実を知らされ、畏怖の念すら抱かざるを得ない。
「……恐らく、全て真実なのだろう。リセの強さを知った今なら、お前達の言葉は信用に値すると言い切れる。しかし巨大化まで可能な上に、失われた命すら救えるとはな……そんな者を相手に戦っていた自分の無謀さに嫌気がさすぞ……」
「いやまあ、デカデカ状態になってたのは偶然というか、そういうアイテムの恩恵があったからです。普段は微妙な回復魔法が使えるだけの、地味ヒーラーですよ!」
そう言って照れ笑いを浮かべるメルに対して、ファベルの口からは「地味には見えないが……」という独り言が零れ落ちた。猫の獣人族自体は珍しくはないが、創生の女神と同じ桃色の髪は際立って異質であり、身に纏っている独特のオーラからも彼女が特別な存在であることをヒシヒシと感じていたからだ。それ故に、今は彼女達が共に肩を並べる味方であることを彼は心強く感じている。
「……明後日、私達は正規軍と共に魔物の制圧と民間人の救助任務にあたる予定だ。お前達の援護はできそうにないが、リセのことは任せる他ない。無論それ以外に出来ることなら何でも協力しよう」
「援護なんて元々期待してないっての。でもそうね……帝都の詳しい地図があれば助かるわ。うちの魔法があれば魔物の群れくらいはどうにでもなるけど、地下の避難設備ごと吹き飛ばすわけにはいかないし。作戦当日までに渡してくれればいいから」
「あっ……そういえばアンタ、山に大きな穴を開けてたわね? あんな大出力の範囲魔法、帝都で撃っちゃ絶対ダメよぉ!?」
フランが慌てた様子でココノアに駆け寄る。リギサンでの対決でココノアが放った破滅へ誘う閃光は直径200m近いクレーターを生み出していた。もし同じ魔法を帝都で放とうものなら、地下の避難所ごと大地を穿ってしまうのは想像に容易い。
「心配されなくても出力は調整するわよ……うちも避難してる人は巻き込みたくないし」
「はぁ……なら別にいいけどぉ。帝都にはファベルの家族も残ってるかもしれないんだからね」
横目でファベルを見つめながらフランは安堵の溜息をついた。彼女が皇帝を打倒した後も帝都奪還を目指して残っていた理由――それはリセの救助だけでなく、ファベルの家族を救うことにもあったのだ。帝都暮らしであった彼の妻子は他の街へ形跡が無かった事から、調査班からまだ帝都にいる可能性が高いと言われている。
「帝都を壊滅させた一因である私がこんな事を言うのも可笑しいだろうが、せめて彼女達には平穏に暮らして欲しいのだ。生きているのであれば、命を賭してでも救う覚悟で私はここにいる……」
「そんな思いつめた顔しなくてもいいじゃない……フランも手伝ってあげるんだからぁ」
フランはそう言うと、握り締められたファベルの拳をそっと両手で包み込んだ。前に遭遇した時は癇癪持ちの性悪女というイメージが強かった彼女が、随分としおらしくなっている事に違和感を覚えるココノア。見た目だけなら親子ほど離れている彼らの関係性が少し気になってきた。
「大体話は分かったけど、アンタ達どういう関……いや、何でも無いわ」
興味本位で質問を口にしたココノアであったが、途中で思い直し、自ら遮ってしまう。逆に自分達の方がどういう関係なのか問われる光景が頭をよぎったからだ。メルなら「大切な友達ですよ」と答えるだろうと思う一方で、想いを寄せる相手に友人止まりだと断言されたくなかった彼女は、敢えて何も聞かないことにした。
「そろそろリエーレのとこ行こっか。ユキが待ってるかもだし」
「それではファベルさんとフランさん、失礼しますね!」
礼儀正しくお辞儀をした後、メルはココノアと共に踵を返す。レモティーは何か言いたげな表情を浮かべてしばらく残っていたが、結局何も言わずにその場を去った。その後姿を見送りながら、ファベルは彼女が伝えたかった事を察する。
「……お前達の情けはこの肝に銘じ、課せられた役目を果たそう」
リギサンで民間人を手に掛けた罪が未来永劫消えないことをファベルはよく理解していた。だからこそ今は家族を助けるための猶予を与えられたのだと考え、帝都奪還と住民救出に向けて決意の炎を滾らせる。彼はフランの小さな手を握り返し、明後日の作戦決行へ想いを馳せた。
――セロとリエーレ用の個室――
メル達に与えられた部屋のちょうど真下がセロの個室であった。レモティーの案内で部屋の前まで行き着いたココノアは、重厚感のある黒い扉を軽くノックをする。
「どちら様でしょうか。今、我が主は不在のため留守を預かっている私しかおりませんが……」
扉越しに聞き覚えのある声が聞こえ、ココノアとメルは懐かしそうに微笑んだ。久々の再会でもあるので少し驚かせようと思った2人は、名乗らずに扉を開け放つ。
「リエーレ、久しぶりね!」
「お久しぶりです、リエーレさん!」
「ココノア様とメル様ではないですか……!」
顔を覗かせた2人を見るなり、部屋に居たメイド服の女性――リエーレが嬉しそうな様子で駆け寄った。後頭部で結わえられた黒髪の束を可憐に揺らす彼女に「相変わらず綺麗ね」とココノアは褒め言葉を贈る。
「ふふ、ありがとうございます。ココノア様とメル様もお変わり無くお過ごしのようで何よりです。ところで、どうしてお二人が帝国領におられるのでしょうか……?」
「ちょっと用事があって帝都近くまで来てたんだけど、途中でセロに会ってね。帝都奪還に手を貸すことになったのよ。明後日の作戦にはうちらも参加するから、リエーレにはそこのベッドで寝てる子を預かってもらいたいの」
ココノアが目線を移した先には、ベッドの上で気持ちよさそうに眠るユキの姿があった。レモティーを含め、2人がココノア達の仲間であることに気付いたリエーレは「勿論構いませんよ」と笑顔で答える。
「リエーレさん、さっきは声を掛けてくれてありがとう。馬車でユキちゃんを1人で寝かせておくわけには行かなかったし、預かってもらえて助かったよ!」
「いえ、お気になさらないでください。ココノア様とメル様のご友人ということであれば、誠心誠意尽くさせていただきますので、どうぞ何なりとお申し付けください」
「えっ、いやその……どうぞ、お構いなく……」
仰々しく頭を下げるリエーレに、レモティーはぎこちなく返事した。現代日本では見かけることのなかった本物のメイド相手にどんな振る舞いをすればいいのか分からなくなり、彼女は苦笑いを浮かべる。そんな友人に助け舟を出すかの如くメルがやってきて、リエーレに質問を繰り出した。
「そういえばリエーレさんは帝都奪還作戦に参加しないんですか?」
「ええ、私は主の身の回りを世話するためにやって参りました。ただ、有事の際にはこの砦を守るようにも言われております。ここには市民やギルド職員を含め、戦えない者もおりますので」
「確かにリエーレなら魔物相手でも負けないだろうしね。でもそんなに色々仕事を押し付けられてるなら、たまには文句の1つくらい言ったほうがいいんじゃないの?」
「お気遣いありがとうございます。しかし、これは私の恩返しのようなものですので……少しでも主の役に立てれば、それが私の本望です」
そう言ってリエーレはココノアに柔らかな笑みを向ける。リエーレは元冒険者であり、現役時代には当時最高レベルの60に達していた一流の剣士だ。かつて恋仲であった人間族の男性と窮地に陥った時にセロに助けられたことから、その恩に報いるべく今はメイドとして働いている。しかし磨かれた体術や剣術は今も健在であり、メルがこの世界にやってきた際には格闘技の基本を伝授した。そのためメルから見れば師匠のような存在でもある。
「困ってたボクを何も聞かずに手助けしてくれたし、メル達が話してた通りの良い人だなぁ……」
レモティーがリエーレと出会ったのは今日が初めてだったものの、友人達が世話になっていた話は以前から聞いていた。そのためユキに寝床を貸してくれた分も含め、何か礼をしておきたいと思案する。
「そうだ……リエーレさん、必要な食材なんかはあったりするかな? ボクは植物を魔力で高速栽培する事ができるんだけど、良ければユキちゃんを預かってくれたお礼に何か作ってみるからさ」
「そのような事が可能なのですか……!? しかしココノア様とメル様のご友人でもあらせられる方に、お手間を取らせてしまうのは心苦しく存じます。今回はお気持ちだけで……」
「手間というほどの事でもないから、気にしないでほしいな! メルとココノアも随分とお世話になったみたいだしね。それくらいはさせて欲しいんだよ」
「そのように仰っていただけるのであれば、お言葉に甘えさせていただきますね。ちょうど持参していた食材が切れ始めていたので助かります。できればでいいのですが、たとえば――」
そう言ってリエーレが提示した食材は一般的に流通している作物ばかりであった。気を遣って入手困難なものをわざと避けたのかもしれないと感じつつ、レモティーは快諾する。どれもリギサンで栽培していたものだったので、種子を用意する手間も必要なかった。それならもう少し色々作って提供してみようと、彼女はリギサンで生み出した地球の果物について説明をし始める。
「よかったらバナナも一緒につくってみるよ。あ、バナナっていうのはね――」
「なるほど……栄養価も高いということであれば、是非とも主の朝食に――」
そんな食材トークを繰り広げる2人に蚊帳の外へ置かれたココノアとメルは、大きく実った4つの果実をジト目で見上げていた。リエーレが着ているメイド服とレモティーが纏っているワンピースは共にゆったりとしたデザインであったが、それでも収まりきらない勢いで豊満な乳房の自己主張が激しい。
「リエーレとレモティーが並ぶと、なんていうかこう……」
「ええ、分かります……お胸の格差社会を感じますよね……」
大人の女性達に比べて貧相すぎる自分の胸を見下ろし、悲しそうに溜息を付く幼女達であった。
――その夜 メル達の個室――
大地の収穫者であるレモティーの介入により、食糧不足で悩まされていた砦の台所事情は劇的に改善された。おかげでこれまで碌な食べ物にありつけなかった軍人達から彼女は神様のように崇められている。ただし帝国軍にあまり良いイメージを持たない本人にとってはいい迷惑だったようだ。彼女は食堂での食事を終えるなり、ユキを連れて足早に自室へと戻っている。
軍事要塞といえど、整えられた家具のおかげで個室で過ごす夜は少女達にとって快適なものであった。少なくとも馬車の上で一夜を過ごすよりは余程身体に良いし、なにより個室に備え付けられたシャワールームの存在が嬉しい。ただお湯の節約のため、可能な限り2人以上で使うように張り紙がされていたので、メルとココノア、レモティーとユキのペアが交代で使うことになった。先にシャワーで1日の疲れを洗い流したメル&ココノア組は、同じベッドに腰掛けながら異国の地で迎えた2日目の夜をのんびりと過ごす。
「あのロリコン女、ユキに変なことしてないでしょうね……キャーキャー聞こえてくるから、ちょっと不安になるんだけど!」
「あら、そうですか? 仲が良そうな感じでいいじゃないですか♪」
「メルが言う仲良しの定義もかなり怪しいのを忘れてたわ……ああいう事、いくら友達だからって普通しないからね!?」
メルと一緒にシャワールームを使った時の思い出して、ココノアは長い耳の先を赤く染めた。シャワールームに入るなり、子供の体だと全身を洗うのが大変なので互いの背中を洗いっこしようとメルが提案したのだ。戸惑いながらもココノアは尻尾の生えた背を洗ってやったのだが、その後が大変であった。メルがココノアの背中を流す番になった直後、体をピッタリと重ねるように触れさせてきたのである。彼女曰く「こうしたほうが隅々まで手が届きやすいですから♪」とのことであったが、発展途上の柔らかな感触を直接肌に押し付けられたココノアは頭が真っ白になってしまっていた。そんな衝撃的な経験をしたせいか以降の記憶はぼんやりとしており、気がついたらシャワータイムが終わっていたほどだ。
「えっ、さっきの事ですか? 女同士ですし、あれくらい普通では?」
「いやいや、絶対に普通じゃないからっ!」
見た目だけなら幼い少女でしかないメルに振り回されてしまい、ココノアはすっかり疲れ果てていた。しかも今夜は同じベッドで眠ることが彼女によって強制的に決められてしまったので、何かとんでもない間違いが起こってしまわないかと余計な心配をしてしまう。
「ふぅ、魔道具を使った温水シャワーっていうのも悪くはないね。美容院顔負けの高出力ドライヤーが備え付けられているのも便利だし。ああいうの、リギサンにもいくつか欲しいな」
ココノアが悶々としていると、ガチャリという音と共にレモティーがシャワールームから出てきた。大人の雰囲気が漂う露出多めなネグリジェに着替えた彼女の隣では、綿毛のように膨らんだ尻尾を抱えたユキが満面の笑みを浮かべている。
「見て見て! レモティーお姉ちゃんに洗ってもらったら、こんなにフワフワになったの! ほら!」
ユキが言う通り、白い毛に覆われた尾は普段の倍くらいのボリュームになっていた。あまりのフワフワ感にココノアとメルも思わず触りたくなる衝動に駆られる。
「ユキちゃんは狐の獣人だけあって尻尾も耳もモフモフなんだよね。NeCOにこんな子がいたら、きっと人気投票の上位入りは間違いなかったはずだよ!」
「あー……そういえばNeCOにも似たような背格好のパートナーいなかったっけ? ほら滅茶苦茶人気だった子」
「ああ、いましたね! タマモちゃん!」
ココノアの言葉にメルが相槌を打った。パートナーというのはNeCOにおけるサポートキャラであり、設定されたAIに応じてプレイヤーの冒険を支援してくれる存在である。NeCOはアバターに加えてパートナーを推していたMMOでもあったので、毎月のように魅力的な新パートナーが発表されていた。
「タマモガチャ……うっ、頭が痛くなってきた」
タマモ実装時に消費した金額を思い出し、苦虫を噛み潰した顔で呟くレモティー。彼女が漏らした言葉にもある通り、パートナーは課金ガチャで提供されていた。
「あのガチャ、よく回す気になったわね。2~3回引く分でそこそこのランチ食べられるってのに」
「はは……あの時はつい勢いに任せちゃってね。諭吉さんが何人か犠牲になったのに、肝心のタマモちゃんが出ないまま倉庫がハズレアイテムで埋め尽くされた時は流石に堪えたなぁ」
かつて味わった絶望から目を逸らすからの如く、レモティーは遠い目をする。モチーフが日本の古典に出てくる絶世の美女"玉藻の前"ということもあり、タマモの見た目はプレイヤーキャラをも凌ぐ美少女として作られていた。さらに九つの尻尾と狐耳、お節介な妹属性まで付け加えられていたので、可愛いロリータをこよなく愛する彼女としてはどうしても手に入れたかったのだ。
だが可愛らしいパートナーに射幸心を煽られたプレイヤー達の末路は大体悲惨なものである。当時は法整備が遅れていたのもあり、パートナーが出る確率は明示されていなかったが、多くのプレイヤー達の間では1%未満だと言われていた。それでいてガチャ単価が他のアイテム課金型MMOに比べて高かったのもあり、多くの悲しき爆死者を生み出した業の深さは国産MMO随一と言っても過言ではない。
「まぁでも、あの散財のおかげでNeCOの寿命が少しでも伸びたと思えば、爆死も気にならないさ! さて、悲しい話題はこの辺にしておいてそろそろ寝ようか。明日も色々と会議やら準備があるんだろ?」
「うん、うちらと帝都の中心地を目指す冒険者達と計画を練らないといけないし、やることが何かと多いのよ。こっちはリセの対策に時間を割きたいのに、ほんと勘弁して欲しいわね」
ココノアが不満そうに文句を垂れた。魔王を討滅する役目である彼女達は、城に入るまで力を温存するため冒険者隊の援護を受けることになっている。帝都で仕事をしていた高レベル冒険者に加え、最寄りである王国から急遽派遣された腕利き達が揃っていると聞いているものの、彼らは別任務で不在であったため、詳しい打ち合わせは翌日実施することになっていたのだ。
「なら尚更疲れはしっかり取っておこう! 灯りを消すよ」
「はい、お願いしますね! それではおやすみなさいなのです!」
「お姉ちゃん達、おやすみなさい~!」
レモティーがベッドの枕元に置かれていた魔法球に手を伸ばした直後、天井のランプが全て消え去り部屋に静寂が訪れた。だがすぐに荒い鼻息が部屋中に響き始める。甘えん坊なユキに抱きつかれた事でレモティーがすっかり興奮してしまったためだ。その小さな身体を力いっぱい抱きしめたくなる彼女であったが、実姉のように慕ってくれている無垢な少女に手を出すわけにはいかないと理性のブレーキで必死に耐える。鼻息の音はそんな葛藤の証でもあった。
一方、その隣に置かれたベッドでも、メルと寝床を共にする事になったココノアが激しい鼓動を鳴らしていた。
「ココノアちゃん、手を繋いでもいいですか?」
「べ、別にそれくらいなら良いけど……どうしたのよ」
「えへへ……こうしておけば魔王さんがやってきても、ココノアちゃんは連れて行かれないはずですから♪」
「そんな心配してたの……? 意外と心配性なんだから」
シーツの下でメルの暖かい手を掴むココノア。彼女はいつもよりグイグイくるメルにドギマギしながらも、メルが他者と肌を触れ合わせることで不安から逃れようとしているのではないかと考えていた。昼間は威勢よくリセを助けてみせると宣言していたものの、ここはゲーム世界ではなく異世界という名の現実だ。リセと対峙した際にヒーラーが対応を誤れば自らの命を失うだけでなく、パーティ全滅という結末もありえる――だからせめてメルが望むことは全部受け入れてあげて、その肩に掛かっているプレッシャーを和らげてあげたいと彼女なりに気遣う。
「えっと、もう少し寄ってもいいですか? シャワーしてから時間が経ってるせいか、身体が冷えちゃったみたいで」
「……好きにしなさいよ」
小声でのやり取りの後、メルは嬉しそうに頷くとココノアと肩が触れ合う距離まで体を寄せた。暗闇でもよく分かる彼女の赤い瞳が自身に向けられているのを感じて、ココノアは頬を赤く染める。
「ち、近すぎるんだけど……!」
「ふふっ、ココノアちゃんの体温が伝わってきて暖かいです♪ この距離なら私の温かさも伝わってるのでしょうか?」
「ひゃう……!?」
吐息のかかる距離で囁かれ、ココノアは思わず声を漏らしてしまった。さらにメルから漂ってきた甘い香りに鼻腔をくすぐられたことで思考が回らなくなる。同じシャンプーを使っているのに、メルの匂いには何故か惹かれてしまう事をココノアは自覚していた。そしてそんな彼女へ愛撫を施すように、メルは繋ぎ合った指同士を深く絡ませてくる。
(これってどういう状況!? うちはどうすればいいの!?)
友人の大胆な行動が本当に不安からきているものなのか、それとも全く別の想いによるものなのか図りかねるココノア。彼女はこの後、メルが寝息をたて始めるまで身悶えし続けることになる。




