053.帝都奪還の要①
偶然にもセロと合流したメル達一行は、帝都奪還の足掛かりとして設けられた軍事拠点へと移動した。そこは帝国が南方諸国を平定する前に築いていた古城であり、見た目こそ古ぼけているものの、帝都有事の際に民間人を収容できるようにと整備が続けられていたのだ。帝都を覆う不気味な暗雲がこの付近には及んでいないのもあり、現在は帝都奪還を目指す軍の残存兵と彼らに協力を申し出た有志の住民達が拠点として活用している。
そんな帝国軍最後の砦は四方を高い壁に囲まれており、分厚い鋼鉄製の門が南北に設けられていた。流石にトルンデインには劣るものの、辺境の集落程度ならそのまま格納可能な規模を誇る広大な城壁は人力で造られたとは思えぬほどに頑強である。そこへ風変わりな黄緑色の幌を持つ1台の馬車がやってきたことで、北門の見張り番をしている兵士達は警戒心を強めた。
「あの馬車、国内じゃ見かけない構造だな……馬の方は我が軍の馬にも見えるが」
「乗っているのは女と子供か……念の為、取り押さえろ。避難民を装った諜報員かもしれん」
城壁上からレモティーの姿を視認した見張り番はすぐに他の者に馬車を取り囲むように指示を出した。彼らは帝都の魔物だけでなく、この混乱に乗じて独立を目指す属国民にも警戒をしなければならなかったのだ。現にこれまで解放軍を名乗る一団が数回に渡りこの砦を襲っている。だがそんな大義名分とは裏腹に武装勢力の目的は食料や物資の強奪が主であり、もはや蛮族と変わりなかった。
「女、馬車から降りろ! ここに何をしに来た!」
門から出てきた10人ほどの兵士が武器を振りかざしながら馬車を取り囲む。その身には正規軍の所属を示す黒服に軽金属装甲を組み合わせた装いを纏っており、リギサンを襲った黒鎧の男達とは異なっていたが、背に刻まれた紋章から帝国軍人であることはひと目で分かった。
「随分と手荒い歓迎じゃないか……これだから軍人ってやつは嫌いなんだよ」
問答無用で剣や銃を突きつけられ、心底腹立たしそうに周囲を睨みつけるレモティー。ユキが怖がってしまうのでスキルで黙らせようかと思った彼女であったが、その前に荷台からセロが降りて彼らに事情を話した。馬車の一行が協力者であるという旨は伝わったようで、兵士達は一斉に武器を降ろす。
「フン……紛らわしいんだよ。門はあけてやるから、とっとと中に入れ。だが女子供ばかりとは、随分と頼もしい援軍じゃないか。夜の相手でもしてくれるなら大歓迎だがな?」
「ククッ……女子供、か。確かにそう見えるかもしれないが、お前達よりも彼女達の方が遥かに腕は立つぞ」
レモティーは皮肉に皮肉を返すセロの様子を見て、帝国軍とそれ以外の者があまり良い関係では無い事をなんとなく察した。魔王という未曾有の危機を前に手を結んだ彼らだったが、この期に及んでもまだ一枚岩にはなれなかったのである。
「門はすぐに閉めるぞ! 速やかに中へ入るんだ!」
兵士の声で門が開け放たれ、砦の内部がレモティー達の視界に映る。規則正しい石壁が目立つ建築物が城壁の中には複数存在しており、それぞれが連絡通路で結ばれている構造となっていた。また壁の外からは見えなかったが採水用ポンプのような魔道具が取り付けられた井戸や、軍馬がずらりと並んでいる馬小屋も併設されている。
「とりあえず、馬車はあのあたりに停めておくといいだろう」
「そうだね。馬は隣にある小屋で休ませてあげよう」
セロの指示でレモティーは砦内の片隅に馬車を置いた。隣には威圧感のある黒塗りの軍用馬車が3台並んでおり、ここが軍事施設であることを感じさせる。揃って馬車を降りた彼女達は小屋で馬の世話をしていた若い兵士に軍馬を預かってもらい、セロに連れられて砦の中へと入った。
「どこへ行くの? うち、挨拶回りとかは苦手なんだけど」
「まずはここの統括責任者、ランケア=エクエス殿に会ってもらう。彼に話を通しておけばここでも自由に動けるはずだ」
「発音しにくい名前ね……誰よそれ?」
「帝都防衛を任されていた古株の軍団長だ。いや、今となっては元と言った方が正しいか。もうまともな指揮系統は残されていないのだからな」
磨かれた石床からコツコツと音を鳴らしながらメル達はセロの後をついていく。玄関ホールを過ぎてさらに奥へ進むと一際重厚な扉が正面に待ち構えていた。壁には作戦室と書かれた札が貼り付けられており、扉の左右に立った帝国軍の兵士が無言のまま来訪者の挙動を監視する。
「ひえっ!?」
睨まれたと感じたのか、ユキがレモティーの後ろに隠れた。砦の物々しい雰囲気に呑まれた彼女はすっかり気後れしてしまっており、これ以上進めそうにない。自身の腰に張り付くようにして震える真っ白な頭を撫でると、レモティーはココノアに向けて口を開いた。
「申し訳ないけど、メルと2人で話を聞いておいてくれないかな。ボクはユキちゃんと一緒に外でも歩いてくるよ」
「……その方が良さそうね。気にせず行ってらっしゃいな」
その返事に頷き、レモティーは背を向けてユキを外へ連れて行く。一方ココノアはメルと共に作戦室へと踏み入るのであった。
「失礼する、エリクシア王国のセロだ。ギルド本部と国王の出した結論を伝えに来た」
そう言ってセロが扉を開けると、円卓状に配置された会議机が少女達の目に飛び込んできた。作戦室というだけあって重要な作戦会議を行うための部屋なのだろう。防音の術式が施された壁はわずかに魔力を帯びており、天井の照明類も高性能な魔道具で揃えられていた。おかげで砦の中であっても室内は驚くほどに明るく、そして静かである。
「セロ殿か……随分と早い帰りであったな。転移魔法が使えるというのは、まこと便利なものよ。では早速話を聞かせてもらおう」
円卓の一番奥に座っていた軍服の老人が顔をあげた。齢としては60代を思わせる風貌の人間族であるが、白髪混じりの髭は短く整えられており、清潔感がある。それにシャンと伸びた背筋と広い肩幅を備えた逞しい体付きをしていた。その左右にも幹部クラスと思しき軍人が座っているものの、貫禄の違いは一目瞭然である。彼がこの中で最も地位の高い人物であることはココノアとメルにもすぐ分かった。
「ああ、もちろんだ。だがこれは貴殿らだけでなく、周辺国家にとっても未来を左右する重要な話になる。関係する者は全て呼んでいただきたいのだが、構わないかランケア将軍」
「……既に必要な人数は揃っておる。先程まで帝都の状況について報告を受けていたところだ。このままで構わんよ」
ランケアと呼ばれた老人が周囲を指し示すように両手を拡げた。円卓には彼の側近だけでなく、他に数名の男女が座っていたのだ。ウェーブが特徴的な琥珀色の髪を持つ気品ある軍服の紳士、室内だというのに真っ赤なフルプレートメイルを纏っている筋骨隆々の男と龍鱗で出来た青い鎧を着た偉丈夫、そして冒険者ギルドの執務服を着た若い女性――セロ達を含めて総勢10名が一堂に介していた。
「確かに主たる面子は揃っているが、冒険者達と四魔導の少女がいないではないか」
「申し訳ありません、セロ様。北方に出現した盗賊団が避難民を襲っているとの報告を受けたため、冒険者団には早朝より対応を依頼しました。彼らへの伝言はわたくしからお伝えしますので、どうぞお話いただいて結構です」
ギルド職員と思しき女性はそう言うとセロに向かって軽く頭を下げた。続いてその向かい側に座っていた軍人も彼の方に顔を向け、要員不在の理由を告げる。
「フラン様は連日の出撃でお疲れなのだ。今しばらくは休息が必――」
紳士風の男はココノアとメルの姿に気付くと、目を見開いたまま椅子を倒して立ち上がる。そして腰に携えていたサーベルに手を伸ばし、いつでも引き抜ける体勢で構えた。
「お前達はあの時の亜人ではないか……ここに何をしに来た!」
「どっかで見たことあると思ったら、リギサンを襲撃した奴らじゃない。そりゃそうよね、ここは帝国なんだから」
冷ややかな言葉と共にココノアも杖を構えたことで、一触即発のピリピリとした空気が作戦室に満ちる。しかしランケアだけは落ち着いた様子であった。深く息を吸うと、威厳に満ちた声でその場を諌める。
「ファベル、ここで争っても家族を救うことはできないのだぞ。反乱を起こしたお前がここにいる意味、決して履き違えるでない」
「……そうだな。失礼した」
ファベルと呼ばれた男は自ら椅子を戻すと、何も無かったかのように腰を降ろした。その様子に納得のいかないココノアであったが、話が拗れてもややこしいだけだと思ったので素直に短杖を腰ベルトへ戻す。
「落ち着いたところで議論を再開したいが、その前にその少女達を紹介願えるかね、セロ殿。我々としても部外者をここへ招き入れる事は好ましく思っていないのだ」
「彼女達は帝都奪還の援軍だと思ってくれればいい。詳しくは後で紹介しようと思っていたが、この場で本人の口から述べてもらおう」
セロが2人を一瞥し、自己紹介を促した。面倒そうにしつつも渋々応じたココノアと違い、メルの方は最初に深く一礼してから話し始めたので、初見の者から見ても性格の違いが鮮烈に映る。
「ココノアって名乗ってる冒険者よ。登録証はあるから、身分証明が必要なら見せるわ」
「同じく冒険者のメルって言います。帝都でお友達を探すのが目的ですが、みなさんのお手伝いも出来ればと思ってやって来ました。宜しくお願いしますね!」
手短に自己紹介を終えると、彼女達は全員に見える位置で冒険者登録証をかざした。そこに刻まれたレベル60の文字を見たギルド職員の女性は驚きのあまり素っ頓狂な声をあげる。
「レベル60!? まだ子供にしか見えないのに、嘘でしょう……?」
その場に居た他の者も驚いた面持ちで彼女達の登録証を眺めていた。レベル30台でベテランと言われる冒険者界隈で60にまで達する者は滅多にいない。それまでに命を落とすか、衰えて成長が止まるかのどちらかだ。
「儂らは冒険者ではないがレベルを計測しても50がいいところだろう。無論、武人の強さはレベルだけでは語れないが、それでも強き者が味方として隣に立ってくれるのであれば心強いものだ。なぁエルゴよ」
「……ビスク、俺はお前を生涯の宿敵だと思っているが、その発言はどうかと思うぞ。こんな子供に頼るなど戦士として失格だ。しかし……今はそうも言ってはおれんな。ともかく歓迎しよう、幼き強者達よ」
赤鎧のビスクが掛けた言葉に対して、青鎧を身に着けたエルゴが口を尖らせる。レベル60ともなれば一騎当千の猛者に匹敵することを知る彼らは、ココノアとメルをそれなりに認めた様子で受け入れた。
「へぇ、この登録証ってちゃんと信じてもらえるのね」
登録証だけですんなりと認めて貰えたことに感心した素振りで呟くココノア。彼女は知らなかったが、ギルドから発行される登録証は偽造できないように魔力を含む特殊なインクを使われていた。冒険者ギルドがある国では一般常識として浸透している事なので、レベルの数字自体を疑うものは誰も居ない。しかしココノアとメルの実力を知るセロにしてみれば、レベル60程度で留まっているのが意外だったようだ。不可解な面持ちで彼女達へ疑問をぶつける。
「随分と低すぎるではないか。冒険者時代のリエーレがそれくらいだったのだから、お前達なら優に80を超えていてもおかしくないと思っていたぞ」
「レベル80!? そ、そんなの神話で語られる英雄に匹敵する領域ですよ……! そもそも、レベル60の時点でわたくしには信じられません。登録を行ったのはトルンデイン支部のようですが、記入間違いではないのですか……?」
鮮やかな赤色をした三編みを振り乱しながらギルド職員が詰め寄る。彼女は登録証自体は本物としつつも、数字の記載ミスではないかと疑っていた。厳しく管理されるレベル測定器の結果を偽る事は不可能だが、その数字を転記するのは職員であり、細心の注意を払っていてもミスをする可能性があったからだ。
「リテラ女史、信じられないのも無理はないがその2人は帝都の冒険者とは比べ物にならないほどの手練れだ。その点に関しては私が保証する」
リテラという名の職員を諭したのは、険しい顔をしたファベルであった。彼はリギサンでの一件を通してココノアやメル、レモティーの実力の一端を把握している。だからこそ横目で彼女達の一挙一動を監視するかの如く見張っており、一瞬も警戒を怠らなかった。
「堅物のファベルがそのように言う者達なのであれば、彼女達の素性と実力に問題はなかろう。それでは話の続きといこうじゃないか。空いている席について貰って構わない。セロ殿、報告を願う」
「ああ、そうさせてもらおう。メルとココノアも座るといい」
ランケアの対面席に腰掛けたセロの隣にココノアとメルも並ぶ。用意されていた椅子は大人用だったので座り難い上に足も浮いてしまうのだが、状況を考えると贅沢は言えなかった。彼女達は爪先を伸ばし、背伸びをする要領で腰を椅子に乗せる。長時間の会議にも耐えられるように設計されたそれは座り心地がとても良く、柔らかなクッションの感触を楽しみつつもメルは室内に貼られていた紙へと目をやった。
――"帝都東端が壊滅"、"救助困難"、"負傷者多数"、"食料残り少し"――
殴り書きの赤字が刻まれた地図や物資のリストが、壁を覆い隠す勢いでみっしりと並んでいる。どれを見ても暗い内容ばかりで、いかに砦が逼迫した状況であるかを伺わせた。この場にいる帝国関係者にもその危機感が表れており、ランケアやファベルは厳しい顔つきを崩さない。そんな重苦しい雰囲気が張り詰める中、セロが報告を始めた。
「まず帝都から発せられた強大な魔力反応と魔物の数から考えて、魔王かそれに匹敵する存在が出現したとみて間違いない――それがエクリシア国王と冒険者ギルド本部の出した結論だ。このまま放置すれば大陸の滅亡どころか世界の終焉にも繋がりかねない。可及的速やかに手を打つ必要がある」
「魔王……古代文明を語る際には必ず出てくるとされる秩序の破壊者か。なぜ今になってそんなものが出てきたのだ? しかも我らが都の中央に、だ」
「生憎だが、その問いに答えられる者は1人もいないだろう。何しろ前に魔王が出現した5000年前、ヒト種はその殆どが死に絶えているのだからな。当時の文明は破壊され、今や魔王に対抗するための兵器や魔術の研究をしていた痕跡が古代遺跡として僅かに残っているだけだ。帝国で生きてきた貴殿なら、この事はよくご存知ではないのか?」
「……そうだとも。我が国はそれを利用することで、今日までの繁栄を築いてきた。隣国を侵略し、幾多の国を飲み込んで領土を拡げてきたのも、全ては遺跡の発掘を目的としていた故だが……なるほど、魔王に目をつけられたのは自業自得だと、そう言いたいのだなセロ殿?」
ランケアは自嘲気味に笑みを浮かべた。帝国はこれまで古代遺跡の発掘調査を積極的に行っており、そこから得た技術や知識により抜きん出た発展をし続けている。しかしそれは他国の侵略を伴うことも多く、周辺諸国から見れば帝国は魔物より余程恐ろしい存在であった。
「どのように受け取られようと勝手だが、この状況下で魔王に対抗できるのは帝国を置いて他にいないという事実は変わらない。だからこそ力を貴殿らの借りたいのだ。帝都周辺域を軍隊で武力制圧した上で魔王を街ごと外界から隔離し、魔力の供給を百年単位で断つ……それしか対処法はない」
「帝都を封鎖しろというのか? まだあそこには大勢の市民が残っているのだぞ……それを見捨てることなど、軍人である我らに出来るものか!」
「それはどういうことだ……? 住民は既に脱出した後と聞いていたが、そうではないのか?」
セロは驚きを持った表情でランケアを見る。以前に帝都の状況について尋ねられた際、住民の多くは脱出済みだと彼は答えていた。しかし今のやり取りでは依然として帝都に大勢の人々が取り残されているような言い振りだ。
「その点については、私から説明させていただこう。セロ殿が王国へ戻られている間に行った現地調査にて判明したことがある」
ランケアの代わりにファベルが口を開く。右目に装着したモノクルにセロの顔を映しながら、彼は帝都で調査をしてきた結果を簡潔に説明した。
「脱出したと思われていた市民の半数以上は現在、帝都地下に点在する避難所に身を寄せている状況だ。いや、追い込まれたと言ったほうが正しいか。魔物の群れは逃げ惑う人々を自ら地下へ逃げ込むように誘導していたのだからな」
「避難所を把握した上でそこまで誘導したと……そんな芸当が魔物にできるというのか?」
「わたくしも先程聞いて、少し気になっていたのですが……それは本当の事なのですか? 魔物にそんな知恵があるとは思えませんが」
セロの質問にリテラも言葉を重ねる。魔物が策を弄してヒトを特定の場所へ追いやるなど、これまでの常識では考えられなかったからだ。それに対してファベルは客観的事実に基づく推論を淡々と述べた。
「救助できた住民達から得た情報を総合すると、そう結論づけるしかなかった。魔物は帝都外縁部を先に封鎖し、逃げ場を失った彼らをシェルターへと追い込んでいたらしい。大方、人質か何かのつもりなのだろう……」
「人質だと……まさか、こちらの思惑を見透かしているとでもいうのか?」
口元に片手を添えたセロは思案を巡らせる。半分といえど大陸で最大人口を誇る帝都の人口を考えれば、人質にされている命は相当な数だ。それを見捨てるような作戦を実行すれば、帝国本国だけでなく冒険者ギルドや王国も世界各国から非難されるのは目に見えていた。さらに言えばヒトという名の馳走が保管された食料庫がいくつも魔王の手元に収められている状態でもある。兵糧攻めの効き目が薄くなるのも明白だった。
「王国に遺されていた文献には、古代ドワーフ族が特殊な障壁を作り出して魔王を地底深くに隔離し、その力を削ぎ落とすことに成功したという記述があった。だがもし奴がそれを記憶しており、対策をしてきたというのならば……これまで実践されてきた他の対処法も通用しない可能性が高いな……」
沈痛な面持ちでそう吐き捨てたセロの言葉で、室内にしばしの沈黙が訪れる。一方、メルとココノアはきょとんとした様子で互いに顔を見合わせていた。初耳の話ばかりだったので、目まぐるしく展開される話に理解が追いついていない。
「フハハハ、相手は本当に魔王と呼ばれるような存在ならば、小細工など通用せんで当たり前だろう。ならば正面から正々堂々と戦を仕掛ければよい。そうは思わぬか、エルゴよ」
「同感だな。我らダイダロスの戦士は正面からのぶつかり合いでは負け知らず……100年前の戦では帝国の策略に嵌められたが、純粋な兵力であれば負けはしなかった」
静けさを破ったのはビスクとエルゴだった。彼らは帝国における属国の1つ、南方国家ダイダロスの出身である。帝国占領下となった今でこそ平和ではあるが、かつてダイダロスでは東の赤軍と西の青軍が国内統一を争い、気が遠くなるほどの年月をかけて戦をし続けていた。そのため兵士の練度だけで言えば帝国軍をも上回っていたのだ。故に指揮官から前線の歩兵に至るまで全員が実力者揃いであり、今回の帝都奪還作戦においても主戦力として期待されているが、彼らの物言いは帝国の大将軍に対して不快感を与えるものだった。
「ふん……あまつさえ反乱軍によって引き起こされた動乱に便乗し、独立を企てた貴様らに"正々堂々"などという潔い言葉は似合わんぞ」
「死にぞこないの老兵が言うではないか……儂らの力がなければ、この砦などとっくの昔に落とされていたというに」
ビスクとランケアが互いに視線をぶつける。帝国と属国、そして反乱を起こした者――同じ卓を囲んではいるが、目的と立場が異なる三者の心はまだ遠く離れていた。
「人々が街に残っている事が分かった今、言い争っている時間すら惜しいのですよ! それに帝都の魔物を何とかできなければ次に魔物の群れが矛先を向けるのは人口の多いダイダロスです。御両名とも何をすべきか冷静にお考えください!」
ヒートアップしそうな軍人達をリテラが凛とした声で諌める。冒険者ギルドとして中立の立場を貫く彼女は、事あるごとに諍いを始める彼らのブレーキ役であった。また王国からの正式な使者であるセロも同様であり、このような場合に場をまとめて頓挫した議論を再開させる役割を担っている。しかし今回はココノアが彼の代わりをしたのだった。
「アンタ達の小競り合いなんてどうでもいいっての。それより帝都に魔王とやらが出たときのこと教えてよ。そもそもどうやって帝都に魔物の群れが出現したのか分からないと対策の取りようもないし、封鎖どころか住民の救出もできないじゃない」
ココノアの堂々とした態度と発言に男達は目を丸くする。その愛らしい見た目からは想像もつかないほどにトゲのある言葉であったが、彼女の言うことには一理あった。それに孫娘にしか見えない年齢のエルフ少女に注意を促されては面目も立たなかったのだろう。彼らはしばし無言で睨み合った後、何事もなかったかのように襟を正した。そうして場が落ち着いた後、今度はファベルが発言する。
「帝都に魔物が現れたときの事は報告書で提出しているが、このように全員が集まっている場では話したことがなかった。良い機会だ、この場で改めて報告しよう。私達が現皇帝を討った時のことを……」
そう言うと彼は過去を思い返すように瞼を閉じて語り始めた。
「今から1ヶ月前、任務で失敗した私達は皇帝が差し向けた魔族に命を狙われていた。だからこそ自分の身と家族を守るべく、皇帝を含め軍上層部を相手に反乱を起こしたのだ。道中で出会った類稀なる力を持つ剣士と共にな」
「ふぅん……剣士、ね」
「皇帝を相手に戦を仕掛ければ、正規軍との正面衝突は避けられない。だがこちらは少人数である上、家族が住まう帝都を火の海にするつもりもなかった。故に軍本部と皇城を奇襲する2面作戦を展開し、これを成功させたのだ。しかし玉座に辿り着いた我々を待っていたのは皇帝ではなく、皇帝の形をした魔物であった。どうやら奴は一族共々、魔族に操られるだけの傀儡と化していたようだな……」
「少し待ってもらおう、ファベル殿。帝国は王国にも匹敵する長い歴史を持つ大国だ……その統治者が魔族の支配下にあったとは、にわかには信じ難いのだが」
会話の途中で、唐突にセロがストップを掛ける。彼もまた帝国に纏わる闇の歴史を初めて耳にする者であった。軍では上級士官であるファベル本人でさえ、対峙した魔族から聞くことがなければ知らないままだっただろう。だが帝都の守護を一任されるほどに信頼が厚かったランケアだけはその事実を把握していた。
「……セロ殿、そやつの言っている事は間違ってはおらん。歴代の皇帝陛下……いや、我が国は永きに渡って魔族と契約を結んでいた。国を栄えさせ、民を守るためにな」
「本当に魔族と取引をしていたというのか……!? 奴らの要求は次第に膨れ上がり、いずれ何もかも喰らい尽くすのだぞ。それはこれまでの歴史を見ても明らかだろう!」
「ああ、分かっていたとも……だがな、いくら忌々しくとも弱小国家であった祖国を守るためにはそれしか手がなかったのだ。無論、我らも何もせずに奴らの要求を受け入れてきたわけではない。古代の兵器や魔術を研究し、発展させることで魔族に対抗するための力を得てきたのだよ」
問い詰めるセロに対してランケアは悪びれることなく答えた。魔族と手を結ぶことは愚かだと認めながらも、搾取され続ける状況を打開するために自分達は対策を練ってきたと説明をする。だが真実を知るファベルはそれを鼻で笑った。
「フッ……詭弁だな。その兵器研究自体が皇帝一族の指示によるもの……つまり、最初から魔族の掌で踊らされていた可能性が高い。そして何よりも、この国が生み出した道具を魔族ではなく他国の民へ向け、その命を貪ってきたという事実は変わらないのだ。挙句の果てに四魔導などという名ばかりの生贄を生み出し、若者にツケを押し付けてきた。お前も私も、祖国のためと言いながら結局は魔族に使われていただけだろう!」
「ファベル、貴様……国のために仕えてきた我らを愚弄するか!」
再び室内に険悪なムードが漂い始めた。ランケアだけでなく、その両脇を守る士官も敵意を剥き出しにした目付きでファベルを睨みつける。今は協力関係にあるとはいえ、帝国正規軍とそれに反旗を翻した反乱軍という関係である彼らの相性は元より最悪だ。ちょっとした口論からも互いの感情に火が付いてしまう。しかしそんな緊迫した空気も、桃色の猫耳をぴょこぴょこと揺らせる獣人少女の前では無いも同然であった。
「お話してるとついついヒートアップして、本題が逸れちゃうことってよくありますよね。私の勤め先でも会議時間が長い割に結論は全然でない事が多かったのでよく分かります! でもそういう時こそ落ち着いて、議論の要旨を再確認しましょう! 組織人たるもの、問題を見誤ってはダメですよ?」
「あ、ああ……」
「うむ……」
メルの言葉に押し切られるようにして口論を止めるファベルとランケア。その様子を見てメルは「分かって貰えれば良いのです!」と口から八重歯を覗かせた。だが彼らは自らの短気を反省したわけではなく、10歳前後の幼女が口にするとは思えないセリフが飛び出したことで唖然としていただけだった。
「ところで、そろそろ皇帝さんをやっつけたときの話を聞きたいのですけども!」
「そうだな……話を元に戻そう」
ファベルはコホンと咳払いをしてから話を再開させる。
「私達が城へ踏み込んだ際、皇族達は既に自分の意志を持たぬ人形となり操られていた。そして奴らは魔族の使う術式で魔物を呼び出し、けしかけて来たのだ。故に我らは仲間の剣士と共に連中を倒したのだが……そこからが問題だった」
「むむ……? 倒して終わり、じゃないんですか?」
「いや、突如その場に高位魔族と思しき女が現れ、剣士を連れて闇へと消えてしまってな。それからその剣士と会うことはなかった。もっとも、私は帝都の混乱を抑えるために臨時政府を立ち上げる必要があり、人探しをする余裕は無かったのだ。そしてその数日後、城から凄まじい魔力の奔流が放たれて魔物が湧き出た。新政府は壊滅し、辛うじて生き残った我々は追われるようにして帝都から脱出……これが話すことのできる全てだ」
「はぁ……まったく、そこに至るまでの話が長いのよ。つまり反乱軍は魔族に支配されてた皇帝とやらを倒したけど、操ってた張本人っぽいのが出てきて街ごと奪われたってことでしょ? なら、流れ的にそいつが魔王って考えてよさそうね」
「そうだな……あの魔族が魔王だった、という可能性は十分に考えられる」
ココノアの意見に頷くファベル。彼は以前に刃を交えた高位魔族バフォメットがさらに上位の存在を仄めかしていたのを思い出していた。バフォメットでさえヒト種の力ではどうしようもなかったというのに、それよりも遥かに強き力を持った者が帝都に居座っているというのは絶望でしかない。
「闇を生み出してそこに潜む能力、そしてヒトを操る能力か……5000年前、この大陸に出現した魔王はそれと近しい力を持っていたと言い伝えられている。灰燼の招き手、アスタロトと呼ばれていた者だ――」
セロはファベルの話から古文書の一節にあった名前に行き着いた。遺された記録では当時のエルフやドワーフ達による連合軍を、アスタロト率いる魔物の軍勢が滅ぼしたことが語られている。その中でも恐ろしいのはそれが単純な力の差によって引き起こされた事ではなく、人の心に入り込んで意のままに操るという魔王の恐るべき力によって成されたことだ。互いに疑心暗鬼になり、同士討ちをし始めた連合軍は決戦の前に敗北を喫していたのである。この一連の内容について彼は円卓の面々へ伝えた。
「……以上が、アスタロトに関して残っている記述だ。相手が心を操るという能力を持っている以上、軍勢による討伐を挑むのはやはり無謀だろう。街ごと隔離ができない今、せめて魔王だけでも結界内に封じる方向で検討を進めるべきだな」
「我が軍の計測班によれば、悍ましい魔力の反応は皇城を中心に渦巻いておる。恐らく魔王がいるとすればその中だ。街の魔物を制圧できれば、城の周囲に配置されている防壁システムを逆利用して外界から途絶させることは可能だと思うが……」
そう告げるとランケアが右側にいた士官へ目配せした。軍帽を深めに被った男性士官はそれに応じて立ち上がり、資料を配布し始める。メルとココノアの前にも1枚の紙切れが置かれた。そこには帝都の概略図と防衛設備の配置、そして魔物の規模と思しき数字が記載されている。
「部下に配らせたのは帝都の軍用地図だ。元々、皇城には緊急時に備えて防護魔法による魔障壁を展開する設備が組み込まれている。城の周囲にある破線はそれを示したものだが、これを外部から起動できるように改造すれば隔離も可能になる……ファベル、それで合っておるな?」
「ああ、その通りだ。防壁は古代兵器を転用しており、魔力を喰らう魔族にも対抗できるように常時属性を変化させて魔力を吸収できなくする機構が備わっている。それが魔王にどこまで通用するかは未知数だが、瞬時に突破されることはないだろう。だが城に侵入した際に制御システムの一部を破壊したため、修理の時間も必要だ。それを魔王が悠長に待ってくれるだろうか……」
兵器技師長でもあったファベルは帝国内の魔道具や兵器に精通していた。軍本部や帝都の防衛システムの基幹設計にも携わっていたので、そのほぼ全てを把握している。十分な戦力を持たない反乱軍が短期間で皇帝の喉元まで迫れたのも彼の手腕によるところが大きかった。
「ふむ……魔王はあらゆる魔力を喰らうとされているが、古代遺跡にあったものであれば通用する可能性もあるかもしれない。だがファベル殿が懸念している通り、魔王をどうにか足止めできねば成り立たない策だ。なにか良い案はないものか……」
セロの問いにファベルとランケアは押し黙った。ビスクとエルゴに加えリテラも険しい顔で首を振る。通常の魔族ですらヒト種とはかけ離れた力を持っており、大隊規模で対処しなければならない相手だ。現状の戦力を考えると、魔王の足止めなど命を捨てるに等しかった。だが、そんな中で唯一表情に暗さを感じさせない者がいる――ココノアとメルだ。
「そこまで条件が揃ってるなら話は早いですね! まずはアスタロトさんとやらがお城に引き篭もってる間に、街の魔物さんをやっつけて地下の避難所から救出するじゃないですか。その次は私達がお城に入ってアスタロトさんを倒せば、それでハッピーエンドです! 防護壁があれば多少派手にやっても街に影響は無さそうですし、思う存分やれますよねココノアちゃん?」
「あれだけボロボロなんだし、もう気を使う必要もないだろうけど……まあでもメルの言うとおりね。魔王はうちらに任せておけばいいから。その代わりアンタ達は住民の救助と防護壁の修理に集中してて」
「……待て」
2人の言葉にいち早く反応したのはランケアだった。将軍として何千もの兵を預かる彼には作戦の成否を見極める責任がある。だからこそ魔王討伐という難中の難事を可能だと言い切る彼女達の言い分を簡単に信用することは出来なかった。
「……普段なら子供の戯言と聞き流すところだが、敢えて言おう。いくらお前達が精鋭の冒険者と言えど、数人であの魔城に挑むなど無謀が過ぎるぞ。もし我らの動きを察知した魔王が城を捨てれば、その時こそ我が国は終焉を迎える……そのような愚策、到底承服できん」
「そんなに慎重に進めたいのなら、尚更こっちに任せるべきね。仮にうちらが魔王討伐に失敗したとしても防壁を修理するまでの時間にはなるでしょうよ。どのみち、このまま何もしなければ住民を見殺しにすることになるし、魔王だっていつ出てくるか分からないじゃない。それなら先手を打ってコチラから仕掛けるべき。アンタ達にとって損はないんだから、それでいいでしょ?」
「損はない、と来たか……確かにそうではあるが……」
ココノアは帝国軍にとってのメリットとデメリットを明確に示すことで判断を促した。彼女が言う通り、誰かが魔王を相手取って時間を稼がなければ城を封鎖することはできない。住民の救出や魔物への対処で人手が足りない今、ランケアに高レベル冒険者からの申し出を断る理由はなかった。
「よかろう……そこまで言い切るのであれば、ここはお前達の言う事を信じてみよう。だが窮地に陥っても我々が助けに来るとは思わないことだ。此方の目的は住民の保護と魔王の封印……それが終われば速やかに撤退する。セロ殿もそれでよろしいか?」
「将軍、待っていただきたい。彼女達に魔王を任せる事に異論はないが、その前に確認しておくべきことがある」
ココノアとメルの方を向いたセロは眉を顰めていた。この中で魔王と相対できるのは彼女達しかいないとは理解しているものの、レモティーを含めて3人だけで挑むのは無謀に思えたからだ。特に魔王は従来の魔物や魔族には無かった厄介な力を持っている。
「アスタロトは人の心を操るのだぞ。現に皇帝とその身内は全て操られていたのだから、お前達とて例外ではないだろう。どう対処するつもりだ……?」
「メルには状態異常への耐性を仲間に付与する魔法があるし、解除する魔法もある。どうやって操ってるかは分からないけど、それで対処できるはずよ」
「ええ、魅了や洗脳の類いは無効化できます。なので私達だけであれば、何とかなるはずです!」
メルの回答を聞いてセロは「そんな事まで出来たのか」と感嘆する。それと同時に彼女の言い草から、他の者が居たところで足手まといになりかねない事も察した。
「ならば何も言うまい。俺と冒険者部隊は帝都突入の援護を担おう。ギルドの方もそれでいいな?」
「ええ、セロ様のご意見に異論はございません。冒険者達には後でわたくしから説明しておきましょう」
リテラはそう言うと深々と腰を折った。王国の守護者でもあるセロはギルド本部に所属する幹部達との付き合いも長く、彼女のような支部職員から見れば雲の上と言っても過言ではない。彼自身がそのように振る舞うことはないが、職員達は最大限の敬意を持って接していた。
「話は決まったか……ならばセロ殿とギルドが集めた冒険者には魔王討滅隊の補佐を願おう。我ら帝国正規軍とファベル率いる反乱軍は帝都の魔物を駆逐し、まずは住民の救出を図る。その後、討滅隊が魔王を抑えている間に皇城の防護壁を起動させて城を隔離する――この作戦でよいな?」
円卓に座った者達のうち、ビスクとエルゴを除いた全員が頷く。これでココノアが提案した内容に賛成の意を示した者は半数を超えた。しかしダイダロス民の戦力が反乱軍に加わらなければこの作戦の成功率は厳しいものになるだろう。自然と鎧の両名へと視線が集まる。
「我らの意見が求められているようだぞ、エルゴ。儂は作戦自体には賛成しておるが、お前はどうだ?」
「言うまでもなかろう。だが討滅隊が魔王を抑えられなければ帝国軍と反乱軍の全滅は必至……ダイダロスの兵達の未来を斯様な幼子に任せるなど、大将として然諾できるはずがない。やはり自らの手で確かめなければなるまいて」
「ガハハハ、言うと思わったわ! ならば、手合わせといくかのう!」
ビスクは一際大きな笑い声をあげると椅子から立ち上がり、壁に立て掛けてあった巨大な刀剣を手にした。無骨な革製の鞘には収まってはいるものの、肉切り包丁のような形状のそれは刃渡りだけでメルの身長を超えるだろう。
「自分達だけで魔王を相手にするという覚悟、気に入ったぞ小娘共! もう少し歳をとっていれば息子の嫁にしたいくらいだ! だが、そこまで言うからには相応の実力があるか確かめんといかん。儂らにその実力を見せてみよ!」
「魔王を滅すると謳うほどの強者ならば、その実力を測っておくのは至極当然の道理。ランケア将軍、裏手にある訓練場を借りるぞ。娘達よ、我ら相手にどこまで戦えるか見てやろう」
「フン、蛮族共めが……好きにするが良い」
ランケアの承諾を得たエルゴは、おもむろに背後の壁へ掛けられていた槍を手に取る。天井を高く作ってある軍事要塞内でさえ、先端が触れてしまいかねないほどの長槍――その穂先には斧のような巨大刃が設けられており、遠心力を生かした強烈な一撃を繰り出せるように工夫が施されていた。その分扱いも難しいのだが、彼は室内でも難なく取り回す。
「はぁ……めんどくさ。メル、任せてもいい?」
「はい、お任せあれなのです! ココノアちゃんはここで待っててくださいね!」
ココノアにそう伝えると、メルは意気揚々と部屋の外へと出ていく。その様子にビスクは戸惑った様子で声をかけた。
「待て待て! 死なん程度に手加減はしてやるつもりだが、さすがに1人で儂らを相手にするのは無茶というものだ。せめて2人で掛かって来ぬか!」
「手加減するのはメルの方よ。ほら、さっさと行った行った」
「ほう、よほど自信があるのだな……良いだろう。子供の躾は大人の役目、その鼻っ柱を圧し折ってやろうではないか」
エルゴはココノアの発言に腹立たしそうに顔を顰めると、メルを追って外へ出ていった。ビスクも釈然としない様子でその後に続く。3人が部屋から居なくなった後、セロが心配そうな表情でココノアの方を見た。
「いいのか、ココノア? あの2人は兵千人にも匹敵する武神の異名を持つと聞いたことがあるが……」
「心配しなくていいわよ。メルは絶対負けないし、あのおっさん共がケガしても回復魔法で治せるから適任なの。それにうちが混ざると手加減できなくて、消し飛ばしちゃうかもしれないしね」
「そ、そうか……」
ココノアから感じる怒りの気配に思わずセロは口を噤んだ。彼女の機嫌が悪くなった理由はビスクが放った"息子の嫁にしたい"という発言にあるのだが、誰も気づかないだろう。
「メルは誰かの嫁になったりはしないんだから……」
ボソリと呟かれた嫉妬深いエルフ少女の一言は、誰の耳にも入らず円卓の中央へと消えていった。
――10分後――
ガチャリという音とともに扉が開き、元気よくメルが飛び込んできた。身体にケガ1つないどころか、衣服に砂すらついていない。とても模擬戦をしていたようには見えなかった。
「お疲れ様、思ったより早かったわね」
「ええ、すぐに私達なら大丈夫だって事が分かって貰えたみたいなので!」
ニッコリと笑いながらメルはココノアの隣へと腰を掛ける。足のつかない椅子で爪先をぷらぷらと揺らせる彼女を見て、セロも安堵の溜息を付いた。一方、ビスクとエルゴは少し遅れて部屋へと戻ってきた。ケガこそないが2人共に顔つきはゲッソリとしており、自慢の鎧と武器はボロボロになってしまっている。手合わせどころか、戦場から逃げ帰ってきた敗戦兵のようだ。
「よもや儂の剣神乱舞が右手で止められるとは思わなんだ……」
「俺の死に至る虚空がまさか左手1つで捻じ曲げられるとはな……」
ボコボコに凹んだ鎧から歪な音を鳴らしながら、ぐったりとした様子で椅子に座るダイダロスの戦士達。歴戦の強者である彼らが満身創痍となっている様子を見て、ファベルとランケアも思わず息を呑む。
「認めようではないか……この者達ならば魔王相手でも十二分に役目を果たすだろう。儂らダイダロス兵の命を預けるに相応しい戦士だ」
「俺も異論無い……こちらは帝国軍と共に帝都奪還に専念しよう。宜しく頼むぞ、幼き勇者よ」
ビスク達も合意し、これで円卓を囲む全員が帝都奪還戦に賛成したことになる。ランケアは代表者達の顔を見渡して深く頷くと、力強い口調で議事を進めた。
「……ではこの場にいる全員の承諾を以って、本作戦を明後日の夜明けと共に実行へ移す事とする。作戦名は"終幕の魔城"! 細かい指示は追って伝達するが、それまで各自で戦の準備を進めておくのだぞ」
こうして、皇城を覆う防護壁をカーテンに見立てた作戦名と共に帝都攻略への道筋は拓かれた。友人との再会を果たし、親しい人達を守るため――メル達は強大な魔王との戦いに身を投じていく。




