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うちの子転生!  作者: 千国丸
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052.新たなる門出④

盗賊団の襲撃から救助した難民を安全な場所まで送り届けた後、メル達は目的地を港から帝都ウルズへ変更し馬車を南東へ走らせていた。同じNeCOプレイヤーである"リセ"と非常によく似た特徴を持つ少女がそこにいると、助けた者から目撃情報を得たからだ。内乱の痕跡を思わせる焼け焦げた草原を掻き分け、彼女達は街道を突き進む。


「まさか本当にリセもこっちにやってきてたなんてね……薄々感じてはいたけど、ちょっと驚いたな」


「あら、私はリセちゃんもこっちに来てるって信じてましたよ。だって私達は4人で1つのパーティなんですから!」


「はは、確かにそうだ。サービス終了まで一緒に過ごしてたんだから、リセだけ居ない方が不自然か!」


荷台のメルにそう返すと、レモティーは地図を片手に手綱を操作した。目の前に見えている分岐をどちらに曲がればよいのか、地図に書かれた地名を見て確認する。


「帝国は領土を色々取り込んでるせいか地名がややこしすぎるんだよ……はぁ」


港までの道のりは入念に下調べしていたレモティーだったが、立ち寄る予定がなかった帝都までのルートは頭に入れておらず不安げにため息をつく。軍事目的にも使われているため道自体は良く整備されているが、本国に近づくにつれ街道は幾多にも分かれていくので、うっかりしていると道に迷う恐れがあった。土地勘のある者もいない今、地図だけが頼りである。


「……よし、ここを左に曲がればとりあえず帝都方面には辿り着くはず。歩行者や他の乗り物がいないから気楽だけど、それでも地図を見ながらの操縦はなかなか疲れるね。日本にあったカーナビが恋しいなぁ」


分岐路で馬車の向きを変えた後、元の世界で利用していた愛車のカーナビゲーションシステムを思い返すレモティー。その言葉の意味を同じ世界の出身であるメルとココノアはすぐに理解したが、ユキには何のことか分からなかったらしい。会話に出てきた"カーナビ"について尋ねようと荷台からひょっこり顔を出した。


「レモティーお姉ちゃん、"かーなび"ってなぁに?」


「ああそっか、ユキちゃんには分からないよね。カーナビっていうのは道を案内してくれる精霊みたいなものだって考えてくれればいいかな。行きたいところを伝えれば、そこへたどり着くまでの方法を教えてくれるんだよ」


「そうなんだー! 便利そうだね!」


子供にも想像しやすいようにとカーナビを精霊で例えたレモティーの判断は的確だった。この世界には存在しない物であったが、ユキは概ね理解できたようである。魔力で使役できる精霊はランプなどでよく使われているため、それが道案内をしているイメージを思い浮かべて彼女はウンウンと頷いた。


「そうだ、ユキちゃん。この後の事なんだけどね……」


そう切り出したレモティーは申し訳無さそうに眉尻を下げる。ユキを母親に会わせてあげると約束してたにも関わらず、急遽進路変更することになった事が彼女の心にしこりを残していたのだ。


「本当にごめん! お母さんのところに行くはずだったのに、寄り道しちゃうことになってさ……」


「ううん、大丈夫。お姉ちゃん達のお友達が待ってるんでしょ? なら迎えに行ってあげて! きっと待ってると思うから!」


レモティーの表情とは対称的に、明るい笑顔を見せるユキ。彼女にはリセを迎えに行く事を伝えて承諾も得ていたのだが、それでも母親との再会を待ち望む幼い少女の姿を見てきたレモティーにとっては悩ましい選択であった。しかも進路変更の理由が自分達の都合なので、尚更気にしてしまう。

一方、荷台の奥で物静かに座っていたココノアも行き先を変えた経緯について考えを巡らせていた。助けたビスとオーレアからリセの話を聞いて、先に帝都へ向かうべきだと言い出したメルへ顔を向けると、その理由について改めて問い質す。


「……そりゃ異世界に来てるわけだし心配なのは分かるけどさ、リセなら1人でも十分やっていけるんじゃない? こっちでも滅茶苦茶強いだろうし」


NeCO時代のリセを知るココノアからしてみれば、リスクを冒してまで危険な帝都へ行く必要性はさほど感じられなかった。NeCOで近接最強ジョブを習得していたリセは無類の強さを誇っており、大体の問題は1人で解決できると思ったからだ。


「ええ、もちろん。リセちゃんは対人戦でも最強のプレイヤーでしたから、私よりも遥かに強いと思います」


リセが自分達よりも優れた戦闘力を持っているという点に関してはメルもココノアと同意見である。特にリセの場合は"中の人"が飛び抜けた反射神経と判断力を併せ持っており、相手の行動を読むセンスといったプレイヤースキルでも右に出る者が居なかったほどの天才プレイヤーだった。かつて行なわれた対人イベントで刃を交えたことがあるため、彼女達もその強さはよく知っている。


「なら、ユキを親元に送り届けてからのほうが落ち着いて再会できると思うんだけど……メルはそんなにリセに会いたいの?」


やや嫉妬の籠もった目付きでココノアはメルの顔を見た。運転席のレモティーも彼女達の会話内容が気になっていたようで、静かに耳を傾ける。メルは考えを整理するかのようにしばらくの間をおくと、最初に説明不足を謝ってから帝都行きを優先した理由について述べ始めた。


「ごめんなさい、さっきは難民さん達も居たので詳しい理由までは口にしませんでした。私もリセちゃんなら1人でも問題ないとは思いますけど、ビスさん達の言ってた事が気になったんです。リセちゃんが軍人さん達と一緒に帝都に戻ってから、クーデターが起きたって……」


「ああ、そんな事を言ってたね。十中八九、リセが暴れたんだろうとは思う。ボクが言うのもなんだけど、彼女は目的のためなら手段を選ばないところがあるからさ」


「口数が少ない割に、やることは結構過激よね。何か目当てのものがあるときは特に」


レモティーの言葉に相槌を打つココノア。彼女達がビス達から聞いた話はこうだ。1ヶ月近く前に少数の軍人達が反旗を翻して、帝都中央にある皇帝の居城を襲撃するという事件があった。その戦力差からすぐに鎮圧されると思われたクーデターだが、無類の強さを誇る剣士が参戦していたことで反乱軍の進撃は止まらず、さらに強制徴用されていた属国出身の軍人達が反乱に加わり、ついに皇帝が討たれる事態へと陥る。また帝都近くにある軍本部も反乱軍に与した四魔導の襲撃によって壊滅し、帝国の国政機能は完全に沈黙したのだ。そしてこの一連の騒動が引き起こされていた帝都にて、ビスは顔見知りであるリセが反乱軍の一団に混じっているのを目撃したという。


「……リセちゃんがどうしてクーデターに参加していたのかは分かりませんが、その後に起こったという出来事があまりにも異常です。一夜にして帝都が大量の魔物に飲み込まれたなんて、何か大変な事が起こってるに違いありません」


メルが着目したのはクーデターが成された後の話だ。難民達は何の前触れもなく突如魔物が湧き始めたと口を揃えており、明らかに異常な状況であった事が判明している。しかも彼らの話を聞く限り、帝都を蹂躙した魔物の数は過去の歴史でも類を見ない規模だ。中には世界の終焉が始まったと嘆く者もいたほどで、原因不明の厄災により異世界の人類史が脅かされているという未曾有の危機を感じさせた。

ただし、それらの話はあくまで帝都の住人目線での話でしかない。自分達同様にNeCOのアバターから力を引き継いでいるリセが敗北するなど、ココノアは微塵も思っていなかった。


「そりゃ変な話だと思うけど……魔物なんて何千匹居てもリセの相手じゃないでしょ。うちらでも本気で制圧しに掛かれば、それくらい何とかできるだろうし」


「うん、リセはSTR-AGI特化型の剣闘士(グラディエイター)だったから回避力が半端なく高かったし、乱戦になっても十分戦えると思う。この前の巨大ゴーレムみたいなのが大量に出現しない限りは問題ないだろうね」


「もちろん私もリセちゃんならどんな相手にも負けないって信じてます。でもビスさんの話では反乱軍も魔物の襲撃を受けて帝都から撤退したと聞きました。リセちゃんが一緒にいたなら、恐らくそんな状況にはなっていなかったはずです。だから私達にも想像できない()()があったんじゃないかって、心配になって……」


そこで一旦呼吸を置くと、メルは帝都のある方角を見上げた。リギサンを出た時は快晴であったのに、帝国本土が近づいてからは常に黒い雲が立ち込めている。まるで、この先の運命を暗示しているかの如き不穏な空模様だ。


「それに、ですよ。リセちゃんですら太刀打ちできない相手が帝都にいるとすれば、それは私達にとっても大きな驚異になります。帝国のすぐ隣には王国がありますし、お世話になった人達が危険な目に遭うかもしれない状況を見過ごすことなんてできません!」


「……ふぅん、単にリセと会いたかったわけじゃないのね」


真剣な表情で語るメルの様子を見て、心の底から友人と知り合い達を心配しているのだと理解したココノアは頬を緩める。彼女が帝都行きを優先した背景には筋の通った明確な理由があったことが分かり、心のわだかまりが晴れたようだ。


「普段はアホの子みたいな事しか言わないのに、しっかり考えてるじゃないの。ちょっとメルのこと見直したかも」


「アホの子!? ちょっと酷くないですか、その言い様……!」


頬を膨らませて抗議するメルを見て笑いながら、ココノアは運転席にいるレモティーの方へ視線を移した。レモティーも同じ気持ちなのか確認するため、その意思を改めて問う。


「うちはあんまり危機感持ってなかったけど……メルの言う通り帝都が本当に不味い状態になってるなら、今のうちに魔物を抑えないと収拾つかなくなるわね。レモティーもそれで納得した?」


「ああ、勿論だよ。ここで食い止めないとリギサンにも影響がでるのは間違いないだろうし、メルの言う通りにしておいて正解だったかもしれない」


彼女もココノア同様にメルの考えを知り、意思を固めていた。仮にNeCOアバターの力を纏っているはずのリセでも倒せない存在がいるのであれば、それはこの大陸全土に危機が迫っていることと同義である。帝国領土と隣接するリギサンやトルンデインを守るという観点からも、帝国内で起こっている事象を無視するわけにはいかなくなった。


「そうと決まれば可能な限り急いで帝都に向かおう! 飛ばすから揺れに気をつけておくれよ!」


「はい! ユキちゃんはしっかり私が抱きしめておくので任せてください!」


「ダメだってば、そういう事言うと後ろが気になって運転に集中しなくなるから、あのロリコン女」


「うぐっ……! ココノアはエスパーの素質もあるみたいだね……心を見透かされてるみたいでたまに怖くなるよ……」


レモティーは気恥ずかしそうに頬を指先で掻くと手綱をしならせて馬車を加速させた。改めて心を1つにした少女達は目的をリセの捜索と魔物制圧へと切り替え、渦中の混沌都市ウルズへと向かう。




――翌日 帝都西の古戦場跡――




途中で夜営を含む休憩を何度かを挟みつつ、メル達は翌日の昼前に帝都近くの遺跡跡へ辿り着いた。既に総移動距離は100km近くに達しており相当な強行軍ではあったが、レモティーが用意していた栄養価の高い特別な飼葉や、対象の身体能力を引き上げるメルの支援魔法により、軍馬はこの世のあらゆる名馬を超えた働きをみせてくれている。


「よし……このあたりはまだ安全みたいだ。これまで運良く魔物に襲撃される事はなかったけど、ここから先はそうも行かないだろうし、ここでの休憩が最後になると思う。みんなしっかり休んでおいてよ」


草原にぽつんと残された石造りの壁に隠すようにして馬車を停め、レモティーは周囲を警戒しながら地面へと降り立った。そして荷台に積んでいた樽からを飲水を桶に汲み、馬へ与える。


「ありがとう、よく頑張ってくれたね!」


夜通し走ってくれた事に感謝しつつ、その労をねぎらうレモティー。彼女の気持ちが通じたのか、黒馬も嬉しそうに尻尾を振った。


「さてと、あれが帝都か……思ってたよりも大きいな」


帝都の影を見上げたレモティーの眼鏡に黒い煙を吐き出す建物群が映り込む。現代日本にも負けないほどに高層建築物が密集した都市は、離れた場所からでもその技術水準の高さが伺えた。しかしクーデターの余波なのか魔物によって破壊されたのかは定かではないが、殆どの建築物が無残に破壊された後だった。


「どう、何か感じる? 魔物の匂いとかそういうの。うちは魔物の鳴き声っぽいのが聞こえるかな。この近くじゃなくて帝都の方からだけど」


「クンクン……街の方から流れてくる焦げた臭いが強すぎてあまり鼻は効きませんけど、独特の獣臭さが混ざってるので、難民さん達が言ってたように魔物だらけの予感がします」


荷台から降りてきたココノアとメルは優れた感覚器官を頼りに帝都の状況を探る。遺跡周囲に魔物の気配はなく、穏やかな草原が広がるだけであったが、街の方からは明らかに異常を感じさせる音や匂いが流れてきていた。未だに魔物の大群はまだ街内に居座っているのだろう。


「そういえば"何かを守ってるみたいだ"って言ってた人もいたなぁ。魔物達があそこに残ってる理由は何なんだろう……ボクにはさっぱり思いつかないけども」


「脱出してきた人達によると、魔物が出てきたのは帝都中央にあるお城なんですよね。ということはお城の中に何かしらの原因がありそうです」


メルは道中で擦れ違ってきた元住人達の話を思い返す。魔物に支配された都市から着の身着のままで逃げてきた彼らは碌に食料も持ってなかったのでレモティーが作物を即席栽培して分け与えたのだが、その際に帝都の状況について話を聞いていた。


「あと街の人は魔物が出る前まで反乱軍がお城を制圧していたとも言ってました。ということはリセちゃんが中にいた可能性も高いのではないでしょうか?」


反乱軍が現皇帝が討ち、臨時政府を樹立したところまでは人同士の争いで済んでいたことも住民からの聞き取りで判明している。しかしそれからしばらくして皇城の上空に暗雲が広がった直後に災禍は放たれた。人型や獣型だけに留まらず、蟲種や不死種といった様々な魔物が群れを成して人々を見境なく喰い殺したのだ。種族の異なる魔物同士が群れを為すことは通常ありえないとされるため、その背後に魔族と呼ばれる者達がいることは明らかだと難民達は揃って口にしていた。


「話を聞く限り、この変な空模様も魔物の出現に関係ありそうです。こんな広範囲の天候すら変えてしまうんですから、相当な力を持ってる相手がいてもおかしくはありません」


険しい顔つきでメルが空を指し示す。帝都を含む付近一帯には真っ黒な雲が集まっており、太陽の光を遮っていた。昼間だというのに周囲が薄暗いのも、この曇天が原因である。皇城に至っては雷鳴すら轟いてそうな黒雲を冠しており、不気味に佇むその姿は彼女達にRPGの魔王城を思わせた。


「ところでレモティー、突入時の隊列とかは考えてる?」


「一応はね。ココノアのバリア魔法やボクの防御スキルで馬車を守るつもりだから、ボク達は馬車の外に出ておくことにしよう。メルはユキと一緒に荷台で待機しつつ、状況に応じてバフ魔法や回復魔法をかけてほしいな」


「わかりました! あまり回復量は高くないヒーラーですけど、支援スキルは結構取得してるので援護は任せてください!」


膨らみかけの小さな胸を張って、パーティを支える大役を引き受けるメル。これまでは低い魔力を回復魔法自体の倍率でフォロー出来ていたが、異世界人に比べて飛び抜けて高い生命力を誇るレモティーやココノアに対しては十分な回復値が期待できない事を彼女は理解していた。ただ同時に友人達もメルの回復魔法がアテにならない事を承知した上で動いてくれるので、パーティプレイにおいて大きな問題にはならない。長年一緒に冒険を繰り広げてきたフレンド同士だからこそ、彼女達は互いの短所をフォローできるチームワークを身に着けていた。


「……あら、ユキちゃんどうでしたんですか?」


ふとメルはユキが荷台から降りてこようとしないことに気付く。いつもなら真っ先に飛び出してきてもおかしくないのにと、心配そうに彼女の様子を伺った。


「どこか身体が痛かったり、気分が悪かったりします?」


「ううん……そうじゃないの。でも、ピリピリって胸のあたりに嫌な感じがして……」


荷台からそろりと顔を覗かせたユキは、すっかり怯えた表情を浮かべていた。そんな心情を表したかのように、狐耳と尻尾の毛も逆立っている。しばらくしてユキの挙動がおかしいことに気づいたレモティーも彼女の顔を見に荷台へとやってきた。


「確か、難民達にもユキちゃんと似たような事を言ってた人がいたね。ひょっとしたら、帝都で起こっている異常な状況に対して生存本能が敏感に反応しているのかもしれない。魔物の大群なんて、この世界で生きる人には死活問題だろうからさ」


自分の考えを述べるとレモティーは荷台の中へと上がり、ユキの隣に寄り添った。そして恐怖で震える肩を優しく抱き寄せると、かつて自分が祖母にしてもらったように髪を撫でて彼女を安心させる。


「よしよし、ユキちゃんは何の心配もしなくていいよ。ボク達が絶対に守ってあげるからね!」


「うん……ありがとう、レモティーお姉ちゃん」


不安が解消されて落ち着いたユキは、いつもと変わらない笑顔を見せた。それにつられるようにしてレモティーとメルも微笑む。だがそんな和やかな時間は長く続かなかった。ココノアが異常な魔力変化を感じ取ったからだ。


「メル、レモティー! 構えて、何か転移してくるから!」


周囲を見渡しながらココノアが腰ベルトから短杖を抜いた直後、彼女達の目前に広がっていた景色が急に歪み始めた。徐々に空中に波紋のようなものが浮かび上がり、その中心から深い真紅のローブの青年が現れる。


「見知った魔力を感じると思って来てみたが……まさかお前達だったとはな」


そう言ってココノアとメルの前に歩み出たのは、かつて彼女達がこの世界にやってきた頃に世話になったエルフ族の男性、セロであった。青い瞳と銀色の髪を持つ彼は風貌こそ20台半ばといったところだが、実年齢としては200歳を超えるベテラン魔術師である。エリクシア王国では最高峰の術者と謳われるほどの天才魔法使いの1人だ。


「もう、びっくりさせないでよ! ……っていうか、どうしてセロがこんなところにいるの?」


「それは俺の台詞だ。しかし丁度良い、お前達にも魔王討伐を手伝ってもらうぞ」


「魔王……?」


セロの言葉に首を捻るココノア。彼から魔物の存在については教えてもらっていたが、その時に魔王という単語は一切出てこなかった。同じくメルとレモティーもこの世界に魔王と呼ばれる存在がいるとは思いもしていない。


「魔王というのは魔物や魔族を統べる存在のことだが、そもそもここ数千年間は姿を表していなかったからな……俺も最近までは御伽噺の類いかと思っていたくらいだ。だが古代の文献には魔王に関する記述があってだな、遥か昔に女神が封印を施して――」


その後しばらくの間、セロは魔王に関する説明を捲し立てた。久しぶりの再会だというのにロクな挨拶もなしに話を続ける彼に、ココノアはポカンとした表情を浮かべる。おかげで説明内容もあまり頭に入ってこなかった。


「ちょ、ちょっと! いきなりそんな説明されてもわかんないっての! そもそも久々に再会したんだし、もっと掛けるべき別の言葉があるでしょ! 元気だったか?とか旅は順調か?とか!」


「ふむ……? 久々と感じるほどの時間は経っていないと思うのだが……まあ説明が分かりにくかった事はについては謝罪しよう。最近話し相手が居なかったせいか、つい張り切りすぎたようだ」


照れ隠しにセロは視線を逸らせる。彼は千年を生きるとされる古代エルフ族の血を引いており、その時間感覚は人間族に比べて大きく乖離してる。故に彼女達を送り出したのもつい最近の出来事のように思っていた。このような認識のズレはこの世界ではよくあるのだが、ココノアとメルは長命種でありながら体感時間は元の日本人から変わっていないため、レモティー達とのコミュニケーションにおいて違和感を持った事はない。


「ともかく、大昔に封印された魔王っていうのが居たってことまでは分かったわ。それが帝都の魔物騒ぎと何の関係あるのよ?」


最初から話を整理するべく、ココノアは引っかかった内容を1項目ずつ確認することにした。セロもそれに応じて答えを返す。


「ならば順を追って話そう。俺には王国南東に広がる森を管理する役目がある事は前に話したと思うが、帝国の動向に異常があれば対応する任務も託されている。そして数日前、帝国方面に尋常ではない魔力反応が突如現れたので俺は現地へ急ぎ調査へ向かったのだ」


「そういえば、うちらと出会った時も魔力に反応したって言ってたわね。そんな遠くの魔力変化まで感知できるとか、どんな特異能力なのよ……」


「魔力探査は俺の特技でもあるからな、帝国領内ならば感知範囲内だ。だが、まさか禍々しい魔力が渦になって天に迸る光景を目の当たりにする事になるとは思っていなかったぞ。しかも漆黒の奔流からは街を覆い尽くすほどの魔物が這い出てきたせいで、単身では詳しく調査することもままならなかったのだ」


「少し待ってよ。魔物って魔力の影響で生き物が変質したものだって前に教えてもらったけど、直接産み出すことができるものなの……?」


「何百年と生きてきた力のある魔族なら可能だ。しかし俺が見たのはここ千年近くは観測されていない規模の魔力だった。最低でも数千年以上は生きてきた魔族だろう……だからこそ、俺の報告を受けた国王と冒険者ギルドの幹部は帝都に鎮座している魔物の主を暫定的に"魔王"と定義した」


そこで一旦話を区切るとセロは鋭い目付きで帝都を睨みつけた。この世界でも類稀なる魔法の才能を持つ彼が危機感を露わにする様子を見て、ココノア達はそこに魔王がいることを改めて実感する。


「……うん、大体掴めてきたかも。で、セロはその魔王とやらを倒しに来たってわけ?」


「いや、俺だけでは到底無理だ。もし古の伝承が本当であれば魔王は()()()()倒せないのだからな。仮に出来たとしても封印だけだろう」


「倒せないって、どういうことですか……?」


今度はメルが口を開いた。セロの口から古の伝承なる言葉が飛び出したのが気になり、その内容を知りたくなったのだ。彼はそんな彼女の質問に丁寧に応える。


「魔王はこの世界に属するあらゆる魔力を喰らう存在と言い伝えられている。それが本当であれば、ヒトが総力戦を挑んだどころで勝ち目は薄い、というのが国王と冒険者ギルドが出した結論だ。しかし目覚めたばかりの奴はまだ満足に動く事はできないようでな。今のうちに帝都を完全に封鎖し、数百年単位で外界との接触を断てば、魔力切れを起こして再び眠りに付く可能性があると踏んでいる」


「えっ、何よそれ!? そんな遠回しな対策しかないわけ? でもそれを女神とやらは何とかしたんでしょ」


「ああ。伝承の一節によると、創生の女神はこの世界の生命を守るために、こことは異なる別世界から勇者と呼ばれる者たちを呼び寄せて対抗していたらしい。成り立ちの理が異なる彼らの力は魔王に対抗する唯一の武器となり、封印する手前まで追い詰めることが出来た……と、記録には残されていた。もっとも、これらは全て神話に綴られていた事だ。真実かどうかは眉唾だな……」


「はぁ……聞いてるこっちが疲れてくる話ね。創生の女神だの、別の世界から呼ばれた勇者だの、一気にスケールが大きくなりすぎじゃない? そんなの、誰かが考えた空想の物語か何かじゃ――」


あまりに突拍子もない話に呆れたように首を振っていたココノアだったが、途中である事に気付いて表情を変えた。セロの話に出たワードと近しいものをつい最近見ていた事を思い出し、メルやレモティーと顔を合わせる。


「「「次元結晶!」」」


3人の声がぴったりと合わさった。巨大ゴーレムに内蔵されていた巨大水晶をレモティーが鑑定した際、その詳細説明にはこう記されていたからだ。"次元結晶、それは創生の女神が零した涙。異なる次元から遍く力を引き出す。手にした者が新たなる力を得ることのできる秘宝として伝えられている"――まさにその内容は神話に関連している事を示唆しており、彼女達は何か運命的なものを感じた。


「……ってことは、うちらは駄ネコに勇者として召喚されてたってこと?」


「タイニーキャットが言ってた"世界を救って欲しい"っていう台詞が魔王を倒せって意味なら、ボク達がその勇者とやらでもおかしくはないね……確証はないけども」


駄ネコこと、NeCOのマスコット的存在であるタイニーキャットはメル達を地球からこの世界へ引き寄せた張本人だ。この世界の女神と何の関係があるかまでは分からないが、これまで一切不明であった異世界への転移理由が薄っすらと判明してきた事に驚きを隠せない。


「どうしたんだお前達、何の話をしている……? 神話がそんなに気になったのか?」


「あっ、別になんでもない。大丈夫だから気にしないで。ともかく、セロはその魔王とやらの対策のために来たってことはよく分かったわ。うちらも実は目的があってここに来たんだけど――」


訝しげに首を捻るセロに対して慌てて取り繕うと、ココノアは自分達がここにやってきた理由を話し始めた。神話の件もあるので自分達が異世界から来た存在であることは伏せつつも、セロの館を出てからどんな冒険をしていたのかを語る彼女の言葉にセロは深く頷く。


「成程、大体の事情は掴めた。つまるところ、お前達の目的も帝都攻略だということか。そうであれば、我々に力を貸してくれると考えていいな?」


「まあね、うちらはリセを探すついでに邪魔な魔物を蹴散らすつもりだし、それなりに協力はできるとは思う」


「そうか、なら帝都の近くで拠点を構えている仲間のところへ案内しよう。先行しているリエーレもそこにいるはずだ。その少女の面倒は任せておけばいい」


セロはそう言って馬車に隠れていたユキの方を見た。知らない大人が突然やってきたので彼女は驚いて荷台へ引っ込んでいたのである。


「リエーレさんが居てくれるならユキちゃんも安心して任せられますね! ところでそのお仲間っていうのは、どういう集まりなんですか? セロさんのお友達とか……?」


「いや、魔王の存在を確認するために冒険者ギルドから派遣された手練れの冒険者達と、帝都を奪還しようとしている帝国軍の軍人達だ。中には件の反乱を起こした首謀者も含まれていると聞いた。おかしく思うかもしれないが、今回は大陸の命運が掛かった緊急事態なのでな……折り合いがつかない者同士でも、今は協力関係を結んでいる」


「帝国軍、か……」


レモティーの目元がピクリと動いた。リギサンの襲撃事件以降、帝国軍人を毛嫌いしている彼女は素直に彼らと手を結ぶ気にはならなかったのだ。その心情を察したココノアは小声で囁く。


「うちらはあくまでもリセの捜索と魔物の殲滅が目的。それ以外の事情に付き合う必要なんてないから、連中の事は適当に無視しとけばいいのよ」


「うん……そうしておくよ。また気を使わせてしまったみたいで、すまないね」


ココノアにそう述べるとレモティーは馬車へと戻った。セロが仲間と言い表した者達のところへ向かう準備を進めるためである。一方セロは黙々と馬にハーネスや手綱を取り付ける彼女を一瞥すると、興味深そうな口調で話しかけた。


「それにしてもココノアやメル以外にも類稀なる力を持つ者が2人もいるとはな……お前の植物を操る魔法とやら、是非この目で見てみたいものだ」


「あはは、また機会があればどこかで披露させてもらうよ」


古今東西の魔法に精通する魔法研究者としての側面も持つセロは、ココノアから聞き及んだハーヴェストのスキルを魔法の一種だと捉えていたようだ。スキル効果は魔力のステータスを参照するものの、厳密には魔法と異なる特殊なスキルなので彼女は言葉を濁した。


「ほらセロ、仲間とやらのところへ案内してよ。馬車に乗ってもいいから」


「ならそうさせて貰うか。お前と違って俺は転移魔法を連発できないのでな、運んでもらえると助かる」


セロは馬車後方にあるステップを上がって荷台へと乗り込んだ。しかし幌は成人男性の背に対してかなり低めになっていたので、頭を屈めないと入れない。彼は体の線こそ細いが背丈が2m近くあったので、女性向けに設計された馬車内は窮屈で仕方なかった。


「ごめんなさい……私達が使うことを前提にして作られているので、セロさんには少し狭いかもしれません」


「構わんさ。だがここに居ると、まるで子守をさせられているような気分になるな……フフッ」


幼い少女しかいない荷台の中に腰を下ろしたセロは、独身の自分には似つかわしくない景色だと苦笑を浮かべるのであった。

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