050.新たなる門出②
それから少女達の慌ただしい日々が始まった。大陸を渡る旅路に備え、事前の準備を入念に行う必要があったからだ。特に今回は内戦中の帝国領を通ることもあり、道中の村や街で資材を確保できるかは不明である。最悪港につくまでは補給できない可能性すらあったので、買い出し品目は多岐にわたった。
出発を決めてから3日後、晴れ渡った絶好のお出掛け日和にココノアとメルはトルンデインへ出掛けた。転移魔法を連続使用することで長距離の高速移動を可能にする多重転移加速が使えるため、レモティーの馬車がなくとも移動時間は数分で済む。ただ、リストアップされた買い出しメモが10枚近くあったせいで、買い物が終わる頃には夕方に差し掛かっていた。何十軒と店を回るのは流石に骨が折れるものであったが、久しぶりのショッピングということもあり少女達は上機嫌であった。
「大変でしたけど、楽しかったですね! こんなに盛りだくさんのお買い物するの、久しぶりでしたし! ただレモティーちゃんから貰ってた農園アルバイト料がすっからかんになりました……」
「お金の心配はいらないでしょ。うちらがギルドで稼いだ分がかなり残ってるんだから」
「あー……そういえば報酬でもらった金貨が丸々残ってました。それなら村に残って旅の準備をしてくれているレモティーちゃんに、何かお土産を買っちゃうのもいいかもしれないです♪」
街を東西に走る大通りを歩きながら楽しげに会話を交わすメルとココノア。購入した商品は全て収納魔法付きポーチに収納されているため、両手が塞がることはない。傍から見れば子供達が仲良くウインドーショッピングしているようにも見えるだろう。
「あ、ここすっかり元通りになってますよココノアちゃん。前は大きな穴が空いてたのに」
「へぇ、本当ね。あれからそんなに時間が経った憶えはないけど……」
街の中心部にある広場に差し掛かったメルは、綺麗に整えられた石畳を見て驚いた。しばらく前にあったドラゴンゾンビの襲撃によって広場ごと陥没していたのにも関わらず、今ではどこが崩落していたのか分からないほどに綺麗に補修されている。むしろ前よりも凸凹が抑えられ、歩きやすくなったと感じるほどだ。
「そういえばここ、厄介な宗教の教会が無かったっけ。メルが見つかったら因縁つけられそうだし、さっさと通り過ぎるわよ」
ココノアはメルの手を掴むと、足早に広場を通り過ぎた。アイリス聖教の教会は今も健在で、前にも増して豪華な装飾が建物に施されている。ただ教会を訪れる人はあまりいないようで、静かなものだった。
「そうだ、メル。ちょっとアクセサリでも見ていかない?」
商店が立ち並ぶ通路へ入った直後、ココノアはそう言ってメルの手を握り締める。そして返事も聞かずに以前に訪れたことのある装飾品の店へと引っ張った。一方、手を引かれながらメルはポカンとした表情を浮かべる。買い物リストにアクセサリは入ってなかったからだ。
「いらっしゃい。今日は何をお探しかね?」
華やかな装飾品がショーケースに飾られた店内に入ると、恰幅のいい店主がにこやかに出迎えた。メル達の顔を見た彼は、以前に商品を購入したことのある2人組だとすぐに気付く。獣人とエルフという珍しい組み合わせの客だったので、印象に残っていたのだ。
「前に買ってくれた商品は、その後どうだい? 天然水晶だから透き通ってて綺麗だろう?」
店主はそう言ってココノアの耳に光るイヤリングへと視線を移す。その耳飾りはサクラの花に似たデザインになっており、メルがココノアへのプレゼントとしてここで購入したものである。それ以降ココノアはその耳飾りをほぼ毎日身に着けていた。
「まあね。付け心地も悪くないし、上出来なんじゃない? 知り合いもイヤリングの事は褒めてくれてたわよ」
「はは、お嬢ちゃんみたいな可愛い子が付けてくれてるなら、うちもいい宣伝になって助かるよ」
「そう思うんなら、今日の買い物は少しくらい値引きしてくれてもいいと思うんだけど?」
その言葉に「お嬢ちゃんは買い物上手だなぁ」と笑う店主。ココノアは単なる冗談のつもりであったが、彼は聞き流すことなく応じた。他の客にはわからないように親指と人差し指で丸を作り、小声で「値引きはするよ」と付け加える。将来上客になってくれそうな少女へのサービスだったのかもしれないが、それに気を良くしたココノアは早速購入を予定していた商品について尋ねた。
「獣人族に似合うアクセサリを探してるの。何かオススメはある?」
「ああ、もちろんだとも。最近は尾につける装飾品が人気だね」
そう言って彼が指差した先には"獣人族向け"と書かれた専用コーナーが設けられていた。商品台には耳や尻尾につけるためのイヤリングやリボン、フリルのようなものが並べられている。また金や銀で作られた首輪や腕輪の類も多く展示されているが、こういった綺羅びやかな装飾品が獣人族に好まれるのには理由があった。
神獣と呼ばれる大いなる獣を祖先とする彼らは筋力と体格に優れているため、鍛えた自らの身体に絶対の自信を持つ者が大半である。故にその肉体を他者へ見せる事を誇りとしている者も多かった。このような特徴から、獣人族は他種族のように洒落た衣服を着飾るよりも、部分的な装飾品のみで肉体を引き立てた方が美しいという考えを根底に持っているのだ。
この商店でもそんなニーズに合わせたアクセサリを取り扱っている。わざわざ獣人族向けの特別コーナーを設けるほどに力を入れており、どれも洗練されたデザインなのが店主の自慢だ。生粋の獣人族ではないメルにとっても、それらは魅力的な商品ばかりに思えた。
「わぁ、どれも可愛いです! でもどうして獣人族用のアクセサリなんて見に来たんですか? 買い物リストには無かったと思いますけど」
「なんで、って……メルに買ってあげようと思ったからよ……」
「えっ、今なんて言いました? 声が小さくて聞こえなかったですよ?」
照れてボソボソ声になってしまったココノアの声が聞こえなかったらしく、メルは首を傾げながら問い直す。もう一度同じ事を言おうとしたココノアであったが、恥ずかしさで言葉に詰まってしまった。落ち着くために深呼吸した後、彼女は耳の先まで赤くしつつ共に大きな声で答えた。
「か、勘違いしないでよね! 前にこのイヤリングを買って貰ったお返しだから! そう、単なるお返し!」
そう言い切った直後、ココノアは照れ隠しにメルから視線を逸した。嬉しそうに尻尾を振って、キラキラと目を輝かせる彼女の瞳を直視できなくなったのだ。そもそも、以前に彼女はイヤリングのお礼を渡そうとしていたのだが、デミリッチ騒動のせいでその目的は未だに達成出来ていない。しかし偶然にもトルンデインに訪れる機会が出来たので、今度こそは絶対に装飾品店へ立ち寄ろうと決めていた。
「えへへ、そうですか? それじゃお言葉に甘えます! どれにしようかな~♪」
メルは鼻歌を奏でながらアクセサリを選び始める。獣人族用と書かれているだけあって、人間族が使うアクセサリに比べると特殊な物が多かった。獣耳カバーに宝石をあしらったものや、尻尾に通して使う貴金属のリングなどがその代表だろう。確かにどれもオシャレではあったが、生物の限界を超えたメルの動きに対応できそうな物は少なかった。せっかくのプレゼントを無くしてしまうのは嫌だったので、メルは外れにくく動きの邪魔にならないものに絞ることにした。
「……あっ、これがいいです! これ!」
彼女は商品棚に並んでいた首飾りらしき物を手に取る。随分と気に入ったようで、早速試着しようと自分の首に巻き付けていた。しばらくその様子を見ていたココノアだったが、チリンチリンと軽やかな音色を響かせるソレが子供向けのアクセサリであることに気付き、訝しげな表情を浮かべる。
「そんなのでいいの……? 遠慮せずにもっと高価なのを選べばいいじゃない」
ココノアはメルが金額を気にして安価な商品を選んだのだと思い込んでいた。というのも、彼女が手にしたのは2つの鈴らしきものが付いただけのシンプルな首リボンだったからだ。鮮やかな赤色の布地はピンク色の髪ともマッチしており、可愛らしくはある。しかし作りが簡素なだけあって値段も安く、ココノアのイヤリングに比べれば玩具のような代物だった。だから別の商品を選ぶように促したのだが、メルは「これがいいです!」と譲らない。
「ああ、それは幼児用の迷子防止で使われる"首鈴"という道具だね。この街じゃ路地に入った子供がなかなか見つからない事も多いから、音で居場所が分かるようにそういったものを身に着けさせる風習があるんだ」
ココノア達の背後から店主が声を掛けた。何を選んだのか気になったらしく、カウンターから出てきた上に頼んでもいない商品の説明をし始める。
「鈴は魔道具になっていてね、周囲の雑音に混じって消えてしまわないように特殊な加工がしてあるんだよ。特にエルフのお嬢ちゃんなら遠くの音がよく聞こえるだろう? その子がどこにいるかすぐに分かるようになるんじゃないかね」
「いや、別にそういう実用性はどうでもいいっていうか……そもそもこれ、うちからこの子へのプレゼントなのよ。それなのに親が子供に付けさせるようなのを贈るのも、なんか違うじゃない?」
「なるほど、イヤリングのお返しってわけかい。でもそのリボンはエルフのお嬢ちゃんが付けているイヤリングを作ったのと同じ職人が手掛けた一品物で、決して悪い品ではないよ。デザインじゃ他に引けを取らないし、素材も一流のものが使われている。プレゼントにはぴったりだと思うがね」
「製作者さんが同じってことは、ある意味ココノアちゃんとお揃いってことですね! ますます気に入りました、この鈴付きリボン!」
メルの表情がパァっと明るくなった。ココノアのイヤリングと同じ製作者の作品だという点が決め手になったらしく、彼女はそれを選ぶつもりで気持ちを固めているようだ。しかしココノアは素直にそれを贈る気にはなれなかった。メルは見た目こそ幼女そのものだが、精神は立派な大人である。そんな彼女には成人女性向けの高価な装飾品の方が好ましいのではないかという意識が消えなかったので、さらに説得を試みる。
「そりゃあ見た目はお子様だろうけど……本物の子供じゃないんだから、迷子になって困る事なんてないわよ。大体中身は大人なんだし、鈴なんて付けてたら恥ずかしいでしょ?」
「ふふっ、恥ずかしくなんてないですよ! だってこの音が聞こえたら、ココノアちゃんはいつでも私を見つけてくれますよね? なら私はどんな高級な指輪やイヤリングよりも、その方が嬉しいです!」
「なっ……何言ってんのよ!?」
そう言ってメルが見せた満面の笑顔に、ココノアは胸がドキンと高鳴った。同性であるにも関わらず、目前の少女を愛おしく想う気持ちが込み上げてきて、目眩すら感じてしまう。まともにメルの顔が見れなくなった彼女は、「それじゃ、これ買うから!」と店主に購入の意思を伝えると、そそくさとカウンターまで戻った。
「はは、仲が良くていいことだ。あの商品は首鈴としては値段が高めにはなってるが、約束通り少し値下げしておくかな。おまけも付けておくから、今後とも是非ご贔屓にしておくれ」
店主から提示された料金は値札よりも3割ほど安くなっていた。ココノアは財布からその分の金額を手渡すと、彼が言っていたおまけの確認もせずに店の扉を豪快に開け放って外へ出ていく。彼女がメルを待たずして先に出たのは、今顔を合わせると恥ずかしさで倒れてしまいかねないと思ったからだ。
(相手は一緒にネトゲしてただけの友達なのよ! それなのに……何考えてんの、うちは!?)
メルへ好意を抱いてることを今更になって自覚したココノアは、すっかり気が動転していた。今まで他者に興味のなかった彼女は、当然のごとく恋愛も経験したことがない。そのため胸に渦巻く甘酸っぱい気持ちが何なのかさっぱり気づかなかったようである。とはいえNeCOのプレイ時代から、彼女のメルに対する感情は特別なものだった。
(そりゃ、NeCOのときは毎日一緒に遊んでたわけだし、相方として気に入ってはいたけど……いやいや、そういう問題じゃなくて!)
胸の奥から込み上げてくる不思議な感情に戸惑いつつ、ココノアは気持ちを落ち着かせようと瞼を閉じる。するとNeCOをプレイしていた時の記憶が、彼女の脳裏にいくつも浮かび上がってきた。
(溜まり場に行ったら何も言わなくてもやってくるし、勝手に隣へ座って雑談を始めるのよね……毎日そんな調子だから慣れちゃってたけど、メルとチャットするのはやっぱり楽しかったかも)
メルに出会うまでのココノアは、他プレイヤーより強くなる事や希少アイテムを手に入れることがオンラインゲームの醍醐味なのだと思っていた。確かにそのような側面はあるが、それだけがMMORPGではない。それを身をもって示してくれたのがメルだった。
(うちの誕生日だからって、メルが綺麗な景色の場所に連れていってあげるとか言い出したこともあったわ。でも道を間違えてて、結果的にダンジョン3つくらい制覇する大冒険になっちゃったっけ。あと他にも――)
友人の奇抜な行動の数々を思い出し、ココノアは往来の片隅で優しい笑みを浮かべる。今から思えば振り回されてばかりだったが、メルと過ごす時間は今まで経験したどんなゲームよりも楽しかった。だからこそ彼女はNeCOが終わる最後の瞬間までメルと一緒に居たのだ。
(……そっか、あの頃から好きだったんだ)
共にNeCOで遊んでいた時から、メルに友達以上の想いを抱いていた事に気付くココノア。毎日のように言葉を交わし、様々な冒険を繰り広げる――そうやって長い時間を共に過ごすことで、メルはいつからか特別な存在になっていたのだ。ただそれを彼女はあくまで友情という形でしか認識していなかった。
しかし共にこの異世界へやってきたことで、ココノアとメルの関係に転機が訪れる。モニタ越しではなく、直に触れ合うことのできる肉体を得たからだ。しかもメルはココノアに対してストレートな好意を向けるので、いくら鈍感な彼女でも自分の気持ちに気づかずにはいられなくなった。
(ああもう、どうすりゃいいのこれ……女同士なのに恋愛感情が成立するなんて、普通思わないじゃない! これからどんな顔して接すれば……!?)
悶々と考え込むココノアの背後でチリンと音が鳴った。メルが店から出てきたのだ。赤い首鈴は試着からずっと付けられたままであり、彼女が歩くたびに澄んだ音色を響かせる。だがその音は今のココノアにとって少々刺激的だったようで、長いエルフ耳がビクンと揺れ動いた。
「ぴゃっ!?」
「あれれ? どうかしましたココノアちゃん? 随分と慌てて出ていったみたいですけど……」
急に挙動がおかしくなった友人を心配そうに覗き込むメル。しかしココノアは顔を背けたまま、「外の空気が吸いたくなっただけだから!」と誤魔化す事しかできなかった。落ち着くどころか大きくなる一方の心臓の鼓動に気づかれまいと、ゆっくりとその場から離れようとしたが、彼女の手はメルに握り締められてしまう。
「これ、おまけとして店主さんに貰ったのですよ。お揃いのペアリングです!」
メルが2つの指輪を片手に乗せてココノアへ差し出した。それらは子供用の小さな指輪ではあったが、金属や石で出来ているものではなく、独特の風合いを纏った木製のリングだった。一見するとママゴトで使う子供向け玩具のようにも見えるが、光沢を出すための加工が施されており、素材を生かした趣を感じさせる。
「指輪!? なんでおまけが指輪なのよ? しかも2人分って……!」
ココノアが戸惑った様子で扉越しに店の中を覗き込むと、カウンターで親指を立てて笑顔を見せる店主の姿があった。言葉こそ無いが、2人で仲良く付けて欲しいと表情が物語っている。
(そういえばあの店主、前来た時もやけに構いに来てたっけ。もしかして……)
ココノアは怪訝そうな表情で窓ガラス越しに店内に目を向けた。先程までは気づかなかったが、並んでいる商品の殆どが女性向けなのにも関わらず、カップル用のペア商品として売り出されている物があまりにも多い。それに訪れている客も妙に仲がいい2人組の女性ばかりであった。
(そういう店だったかー!!)
全てを察したココノアは、ここにメルを連れて入った数刻前の自分の行動を呪った。実はこの商店、知る人ぞ知る百合カップル向けアクセサリ店だったのである。値段に対して上等な商品を揃えており、店主が女性カップルを見るのが生き甲斐な変態親父であること以外はサービスも良いということで、トルンデインでも特に良心的な店としても知られていた。
(もっと普通の店にしとけば、こんな変な雰囲気になることもなかったのに! うちのバカ!)
いくら後悔しても仕方ないのだが、ココノアは自分を責めずにはいられない。こんな店で買った物を互いにプレゼントを贈り合うなんて、自分から恋人同士だと宣言しているようなものだと思ったからだ。ちなみに前回ここでイヤリングを購入した時、この店に入りたいと言い出したのはメルだったことを彼女は忘れている。
「えっと……ココノアちゃん、私のお話聞いてくれてました?」
「あ、うん……ごめん。ちょっと考え事してたの」
自分の世界に入り込んでいたココノアはメルの声で現実に引き戻された。メルが指輪について喋っていたことを全て聞き逃してしまっていたせいで、彼女は少し不満そうな表情を向けている。ココノアは素直に謝り、今度はちゃんと聞くからと耳を傾けた。
「指輪の事なんですけどね、店主さんによると、精霊樹っていう霊木の枝から作り出された希少品だそうです。しかも同じ枝から作られた指輪を付けた2人は決して離れることがなくなるんだとか! せっかくですし、ここで付けていきません?」
「へ、へぇ……そうなんだ。でもNeCOと違ってステータスが変わったりはしないんだし、別に付けなくても……って、何勝手につけようとしてんの!?」
友人の意見を無視して、メルはその左手の薬指にリングを嵌めようとしていた。慌ててココノアが手を引っ込めようとしても、STR値の差が大きすぎるせいでビクともしない。どうして10本からわざわざその指をチョイスしたのか小一時間問い詰めたくなる彼女であったが、上目遣いで「ダメですか……?」と尋ねてきた猫耳少女に対して、それ以上は何も言えなかった。
「ああもう……! 分かったわよ!」
恥ずかしさで顔から火を吹きそうになるのを我慢しながら、ココノアはメルの提案を受け入れる覚悟をした。メルが彼女の細い指に指輪をゆっくりと通していく。
「よしよし、ぴったりなのです!」
まるでココノアのために作られたのかと見紛うほどにリングはぴったりと嵌った。白い指を飾るそれはココノアの髪色にも似た明るいベージュをしており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「それじゃ、ココノアちゃん! 私の指にも付けて貰えますよね♪」
そう言ってメルは同じデザインの指輪をココノアに手渡し、自ら薬指を差し出した。人通りのある往来で友人に指輪を付けるのは相当な抵抗があった彼女だが、ここまで来たら後には引けないと意を決してメルの指へと触れる。
「……ん、これでどう? 痛くない?」
「はいっ、大丈夫です!」
指輪を付けてもらった左手を空高くかざし、嬉しそうにリングを見上げるメル。そんな彼女の無邪気な笑顔を見て、ココノアは1人で色々考えていたのが馬鹿らしく思えてきた。
(よく考えてみたらメルっていつもあんな調子なんだから、いちいち反応してたら身体が持たないわよね……)
メルへの恋心を受け入れた彼女ではあったが、仮にその想いを伝えた所で「私もココノアちゃんの事が好きですよ!」とあっさり返されるのが頭に浮かぶ。それが友人に対する"好き"なのか、それとも恋人としての"好き"なのかを問うこともマイペースなメル相手では難しそうなので、ココノアはこれまで通りに接することに決めた。
「わぁ、こうやって光に当てると綺麗ですよ! ほら!」
時折、手の角度を変えたりして薬指を幸せそうに眺めているメルに対して、「ほんと中身も子供みたいなんだから」とココノアは仕方無さそうに口元を緩めるのであった。
――その頃、リギサンの山村――
メルとココノアが買い出しを行っている最中、レモティーは仮設住宅裏に作ってある作業場で1人コツコツと移動用の馬車づくりに精を出していた。彼女が前に使っていた馬車は焼失していたので、新しく作り直す必要があったのだ。
「うん、我ながら良いものが出来たんじゃないかな! これでココノアも乗り心地が悪いなんて文句は言わないだろう!」
一人呟く彼女の目前には、4つの車輪と雨よけの幌を持つ馬車が佇んでいた。乗り心地を追求しただけあって、荷車として使っていた前の馬車に比べると少し大きくなっている。とはいえ単純に荷台の容積を増やしただけでなく、構造体にスキルで育てた希少な硬木を採用することで長旅にも十分耐える強度を実現していた。また幌部分は防具にも使われる頑丈な樹皮を材料として使用し、風雨に対する耐久性も高めている。さらには帝国領内の通過時に目立たないよう、森や草原に溶け込むような淡い黄緑色に染めたという、レモティー渾身の力作であった。
「さて、車輪のサスペンションが動くかテストしないと……」
車輪を固定していた留め具を外し、試験走行の準備を始めるレモティー。彼女の発案により、この馬車にはこの世界でも珍しい衝撃緩衝機構が組み込まれている。車輪の支持部に見えるバネと、植物油を封入した油圧シリンダーがまさにそれだ。凸凹した悪路でもこの部分が衝撃を吸収するため、荷台や運転席が揺れるのを防いでくれる優れものだが、動作試験をまだしていなかった。そのためレモティーは馬車が大体完成したら、まずは車輪の動きをチェックしようと心に決めていた。
「それっ!」
彼女は足元から生やした蔦を操り、空の馬車へと巻き付かせた。馬を用意するよりもこの方が早いとばかりに、自らのスキルを駆使して馬車を走らせ始める。ゆっくりと進む馬車の先には、余った木の板で作ったテストコースが設けられていた。
――ガタッ、ガタッ――
そこそこの重量があるため、障害物に乗り上げるたびに馬車は音を立てる。しかしサスペンションがその衝撃の大半を吸収してくれるので、荷台は殆ど揺れていなかった。加えて、太めに作製したシャフトと幅広の車輪が優れた安定性を実現している。これならば見た目以上の荷重に耐える事も可能だ。
「よしよし、実験は成功だね! なんとか出発には間に合いそうかな……?」
額に浮かぶ汗を手ぬぐいで拭きとり、レモティーは達成感に満ちた表情で自作の馬車を眺めた。元々モノづくりが得意だった彼女だが、この異世界ではハーヴェストのスキルのおかげで作れる道具の幅が大きく広がっている。さらに最近習得した武器製造スキルのおかげで、従来の木工と裁縫に加え金属部品も産み出せるようになっていた。サスペンションに用いられているバネなどがそれである。NeCOでは銃器などの製造過程で必要になるネジやバネといった金属の部品も、武器製造スキルの範疇に含まれていたのだ。従来の木工と裁縫スキルに加えて金属加工の能力を宿したレモティーは、あらゆる道具を作り出す生産ジョブのスペシャリストになったと言っても過言ではないだろう。
「あとは分解と組立の手順書を作って……あ、メル達が買い出しから帰ってきたら、材料を受け取ってユキちゃん向けの旅衣も作らないといけないな。うん、まだまだやることは多いぞ……頑張ろう!」
疲労を吹き飛ばすように自身を鼓舞すると、レモティーは次の仕事に取り掛かった。日本で過ごしていた頃に比べると目まぐるしいほどに忙しくなったが、不思議と心は軽い。気心の知れた友人達と同じ目標に向かって進んでいるからだろうか、などと考えながら彼女は満ち足りた時間をしばらく楽しんでいた。
――出発当日――
旅へ出発する日を迎えた早朝、レモティーとココノアは賑やかな食堂で朝食をとっていた。本来この時間は殆ど人がいないはずだが、今日に限っては満員状態である。というのも、オーティムとアヴィを始め、彼女達の出発に立ち会いたいと申し出た村民や移民達が所狭しと集まっていたからだ。
元々彼らは出発前日の夜に壮行会として宴を開催する提案をしていたのだが、自分達に余計な気を使わなくていいとレモティーが丁重に断っていた。人口が増えたとは言えリギサンはまだまだ貧しい。村への負担を考慮した上での回答だった。
しかしその結果、せめて見送りだけでもしたいと朝早くから村人達が集まることになってしまったのである。ひっそりと出ていくはずが、随分大事になってしまったと最初は頭を抱えていたレモティーであったが、思い思いの言葉を掛けてくれる村人達のおかげで彼女の周囲には笑顔が絶えなかった。その様子を見ていたココノアもどこか嬉しげな表情で紅茶を啜っている。
「ごめんねココノア、随分と騒がしい朝になっちゃってさ」
「別にいいわよ、これくらい賑やかな方が後で寂しくならなくていいだろうし。ところで、メルはどこいったの? 食べ物に目がないはずのあの子がいないなんて、気味悪いんだけど」
「ああ、ユキちゃんを呼びに行ってもらったんだよ。新しく用意した服に着替えさせてあげてほしかったしね」
「ふぅん……よく自分で行こうとしなかったわね。褒めてあげるわ」
「いやぁ本当はボクが着せてあげたかったんだけど、村のみんながこうして来てくれてるのに席を外すのも悪いかなって思ってさ」
そう言ってはにかむレモティーの前には、村人達からの贈り物が山を成していた。手製の編み物や陶器の食器、新品の釣り竿に加えて木製の折りたたみ椅子まである。さすがに割れ物や椅子は旅の前に持たせるようなものじゃないだろうと言いたくなったココノアだが、口には出さず胸の内にしまっておいた。レモティーが豊穣の乙女と讃えられる程の人望を持っており、村人達も彼女に心の底から感謝している事を知っているからだ。
痩せた土地であるため作物もロクに育たない上、唯一の収入源であった鉱山も閉鎖されて人口が減る一方であった村を立て直し、今やエリクシア王国でも有数の農村にまで発展させたレモティーの貢献は計り知れない。帝国軍によって焼き討ちされてしまったが、復興も彼女のおかげで随分と進んでいた。村人全員が感謝するのも当然だろう。お礼参りのような村人達の列が落ち着くまで、しばらくの時間を要した。
「ごめんなさい、おめかしするのに少し時間が掛かっちゃって!」
ようやく食堂が落ち着きを取り戻した頃、メルがユキを連れて戻ってきた。新しい服と髪型に慣れないのか、ユキは結わえられたツインテールの片方を落ち着かない様子で指先へ絡めている。
「ほらユキちゃん、素敵な衣装を見せてあげてくださいな!」
「う、うん……どうかなレモティーお姉ちゃん、ココノアお姉ちゃん……?」
恥ずかしそうな面持ちで2人の前に出た狐少女は、白を基調とした子供用の着物に袖を通していた。日本文化を彷彿とさせる清楚なデザインはココノアが考案したものであるが、異世界でも違和感が無いようにアレンジが加えられている。袖口やスカートは動きやすさを重視して緩めかつ短めに仕上がっており、見栄えを良くするピンク色の洋風フリルがあしらわれていた。腰帯も同じ色で統一されているので、真っ白な雪原に桃色の花が咲き誇っているかのような華やかな印象を感じさせる。
「な、なんて可愛いんだ!! お姉ちゃんにもっと見せてくれるかな!?」
レモティーは息を荒くして着飾ったユキへ詰め寄った。白い狐耳とミニスカ着物の組み合わせは抜群の破壊力で、すっかり彼女を虜にしてしまっていたのだ。純白に染まった足袋ニーハイソックスと淡い朱色の下駄風ブーツも良い和風テイストを醸し出しており、ユキの細くて長い足の魅力を抜群に引き出している。
「ココノアちゃんのデザイン力はすごいのですよ! こんなに可愛い服のデザインがすぐに思いつくなんて、さすがプロです!」
「こっちにきてから風景画ばっかり描いてるけど、元々はそういうのが本業よ。アニメ雑誌の表紙を描いたりとか、タペストリー用の一枚絵を提供したりとかね。でも今回は3日で形にしてくれなんて言われたから、仕事してた時よりも根を詰めてた気がするわ……」
ココノアはそう言うと、少し不安げにユキへと視線を移す。見た目のデザインだけでなく、尻尾を出すための穴を設けたりと実用面も考慮していたものの、時間不足で細部まで練れなかった事が気になっていたのだ。ある程度は作る際にレモティーが補正する事になっていたが、実際に誰かが着る服を設計したのはこれが初めてなので、着心地が悪くないかと心配していた。
「ユキ、着てみた感じはどう? 気持ち悪いところとか、動きにくいところとかない?」
「大丈夫だよ、ココノアお姉ちゃん! こんなキレイな服を着たのは初めてだったから、嬉しくてちょっとドキドキしてる!」
ユキの無垢な笑顔を見て、ココノアは安堵したように頬を緩める。そして誰にも聞こえないような小声で「これならメル用のも作れそうね」と呟いた。実は元々、この衣装はメル向けのデザインとして彼女が暖めていたものだった。いずれ完成させてサプライズプレゼントしようと思っていたが、その前に試作品を作る機会に恵まれたので、ちょうどよかったと感じている。
「それじゃ、ユキの準備も出来たみたいだし、うちらも出ていく段取りしないと。メルとユキは朝食まだよね? しばらくゆっくり食べてなさいよ」
「それではお言葉に甘えて、朝ごはんにしましょう! ユキちゃんも一緒に食べましょうね♪」
「うん、メルお姉ちゃん!」
仲良く配食カウンターへと向かう姉妹のように仲睦まじい獣人少女達。そんな2人の後に続こうとしたレモティーであったが、ココノアに服の裾を掴まれてしまったので背中を見送ることしかできなかった。
「レモティーはそのプレゼントの山を整理しておきなさい。後でメルのポーチに入れるにしても、何があるのかくらいは把握しとかないと出す時に面倒でしょ」
「そ、そうだね……うん……」
美少女達との触れ合いチャンスを取り上げられ、レモティーは力なく肩を落とした。
――1時間後、リギサンの入口ゲート――
食事と仕度を終えたメル達はリギサンの玄関口へとやってきていた。街道の方を向いて堂々と構えている馬車には帝国軍が残していった立派な軍馬が繋がれており、いつでも出立できる状態になっている。ただし運び入れた荷物の最終チェックだけがまだ終わっていなかったので、見送りにやってきたオーティムとアヴィ達に見守られつつ、レモティーは仕上げに取り掛かっていた。
「寝泊まり用の毛布ヨシ、ランプ類ヨシ、非常食ヨシ……うん、こんなものかな!」
「意外とレモティーってマメよね。うちならチェック表まで作って点検なんてしないわ」
「あはは、心配性なだけだよ。まあスキルがあれば大体はなんとでもなりそうだけど、出発してから忘れものを思い出すのも嫌だろ?」
「ま、そういうのは全部任してるから、気が済むまでやっておいて。ところで、どうしていつもの馬じゃないの? リギサンの馬を使うもんだと思ってたんだけど」
腑に落ちないとばかりにココノアは逞しい顔つきの黒馬を見上げる。以前にリギサンを訪れた時には栗毛の馬を駆っていた記憶があったからだ。わざわざ帝国軍が捨てていった馬を使わなくてもいいのではと思う彼女であったが、レモティーには考えがあった。
「あの馬は爺ちゃんが家族同然に育てた大事な存在だから、この村の足として活躍してほしいんだよ。それにこれから行くのは帝国なんだし、軍馬の方が走り慣れてそうだと思わないかい?」
「へぇ、そういうことだったんだ。多分この馬も帝国からここまでやってきたんだろうし、確かに適正はあるのかもね」
「あと、西大陸行きの船に乗るときはお別れになるはずだ。元軍馬なら放っておいても軍人が保護して面倒見てくれると思ってさ」
道中だけでなく、港へ着いてからの事もしっかり考えていた友人に対してココノアは感心したように頷いた。海を渡る時は置いていかないといけない事を考慮すると、リギサンの馬を使うわけにいかないのも頷ける。
「荷物チェックは終わったし、そろそろ出ようと思う。ココノアはそろそろ荷台に乗ってくれないかな。メルとユキちゃんは準備いいかい?」
「ええ、私達は大丈夫ですよ。ユキちゃんなんて、ここに来た時からワクワクが止まらない様子ですし!」
先に荷台へ入っていたメル達へ声を掛けたレモティーは、運転席側を見て「ほんとだ」と微笑む。その視線の先には身を乗り出すようにして出発を待ちわびているユキの姿があった。これから母親のところへ帰れるという嬉しさと、まだ見ぬ世界への期待感が入り混じり、興奮がさめやらない様子だ。
「ユキちゃん、落ちないようにね」
「うん、分かってるよレモティーお姉ちゃん! 落ちないように気をつける!」
「あはは、大丈夫そうで安心したよ」
ふさふさ尻尾を振り回すユキに頷いて返すと、レモティーは馬車の先頭にある運転席に目を向ける。車輪を固定するためのブレーキペダルと、馬を操作するための手綱やハーネスがある点は通常の馬車と同じだが、後方を確認できるミラーが左右に設けられているのは彼女の工夫であった。
「よーし、出発しようか!」
威勢の良い掛け声と共に自席へと颯爽と飛び乗ると、レモティーはアヴィから貰った手製クッションに腰を下ろした。座り心地が良いだけでなく、愛情が篭もった贈り物は少し大きめの尻を優しく包み込む。
「婆ちゃん、ありがとう! これならお尻を痛くしないで済みそうだよ!」
「つまらないものしか贈ってやれなくて済まないねぇ……旅先でも体に気をつけて過ごすんだよ?」
「ああ、分かってる! 婆ちゃんと爺ちゃんこそ元気でね!」
「辛くなったら、いつでも帰ってきていいんじゃぞ! いつでもわしらは待っとるからのぅ」
「うん! いつかまた戻ってくるからさ! それじゃ、またね!」
大きく手を振る老夫婦に笑顔で別れを告げると、レモティーは手綱を握りしめた。軍によって厳しく調教されていた軍馬はすぐに反応し、馬車を引いて走り出す。
「みなさん、ありがとうございましたー!」
荷台の後方部からメルが見送りの者達へ両手を振った。下り坂を進んでいるため彼らの姿はすぐに見えなくなり、村を守るために立てられた分厚い木板の塀もどんどん遠くなっていく。
「そういえば来たときはもっと簡単な柵だったのに、随分と立派になりましたね」
「ま、あれなら魔物に襲撃されても持ち堪えられるでしょ。優秀な門番もいるんだし」
ココノアはオーティム達の隣で馬車を見送っていたマンドラ大根&マンドラ人参のことを思い出していた。もう既に姿は見えなくなっているが、レモティーの代わりにリギサンを守るという重要な役割を担うのは彼らである。日光と水さえあれば半永久的に生きていける上にベテラン冒険者並の強さを持つという反則じみた特性を有しているので、この先リギサンのマスコット兼優秀なガードマンとして立派に役目を果たすことだろう。
――パカラッ! パカラッ!――
力強い蹄音と共に馬車は街道を下り、山の裾野へと突入した。道なりに真っ直ぐ行けばトルンデイン方面へでるが、今回の目的地は帝国領内である。そのため途中で左へと逸れて、鬱蒼とした森へと入った。
「トルンデインに向かう街道と違って狭いし道も悪いから、舌を噛まないように気をつけててね」
「大丈夫よ、ほとんど揺れてないもの。サスペンションが効いてるみたいね」
「確かにあまり揺れていませんし、これならココノアちゃんも酔わずに済みそうです!」
「そういえばそんな事もあった……って、嫌なこと思い出させないでよ!?」
来る時に酷く馬車酔いしていた記憶が蘇り、ココノアは顔をしかめた。しかしメルの言う通り、道なき道を走っている割には辛くない。レモティーの施した緩衝装置が十分な性能を発揮したおかげで、一行は快適な旅のスタートを切ることが出来たようだ。
「前より広々としてるから、足を伸ばせるのが有り難いわね。ほら、ユキもこっちに来て座ってなさいよ。結構長旅になるだろから、今からそんなんだと疲れるわよ?」
「ううん、ここでいい!」
そう言ってユキはレモティーの背中から離れようとしない。頭の両端部から伸びる2つの髪束を靡かせながら、目まぐるしく通過していく森の風景にひたすら目を奪われていたのだった。あどけない彼女のそんな姿にレモティーも終始ニッコリとしている。
「メルにココノアにユキちゃん……可愛い幼女達との旅は本当にいいものだね!」
的確に軍馬を使役する勇ましい姿とは正反対の台詞を漏らすと、金髪の美女はやる気十分とばかりに馬車を勢いよく走らせた。




