表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの子転生!  作者: 千国丸
45/107

045.奴隷船①

――リギサンの山村 仮設住居1階――


「あうぅ……まさかあんな事になるなんて……」


美味しそうな匂いが漂う食堂の一角で、メルは木製テーブルに突っ伏していた。普段なら今日の夕ご飯は何かと尻尾を揺らしながら楽しみにしている時間帯であるが今日は全く様子が違っている。向かいの席に座るココノアとレモティーはその理由を知っているのもあり、落ち込む彼女に励ましの言葉を掛けた。


「NeCOでは想定外の仕様だから思った通りにならなかったのも仕方ないんじゃないかな……むしろ、あれはあれで使い道があるかもしれないし、前向きに考えようよ!」


「そうそう、レモティーの言う通りだって。それにまた次元結晶を見つければまた好きなスキルが取れるんだし、そんな気を落とさなくてもいいじゃない?」


2人の言葉にメルは「そうですかね……?」と顔を上げたものの、しばらくすると表情がどんどん曇っていき、再びガクンと頭を垂れた。彼女がここまで落ち込んている理由は次元結晶の力で得た新スキルにある。ココノアは弓マスタリー、レモティーは武器製造をそれぞれ取得していたが、これらは基礎系スキルでもあったため想定どおりの効果が得られていた。レモティーがスキルで作成した木弓は武具店で売られていても遜色のない仕上がりで武器としての性能も十分であったし、それを使ったココノアは300m程度離れたところの木の実を見事に狙い撃つほどの腕前を見せていたのだ。しかしメルが取得したコラプス・オブ・ロウは特殊スキルであるためか、彼女が期待していたような効果を得ることはできなかった。魔法系ジョブ(スペルユーザー)でありながら最重要ステータスの魔力が低いというアンバランス具合を解決できそうな唯一の望みが絶たれてしまい、意気消沈していたのである。


「まさかカーディナルが使うと攻撃魔法じゃなくて回復魔法にも適用されるなんて……NeCOじゃ想像もしなかったね」


「攻撃魔法の方も物体として具現化するとか、ちょっと斜め上過ぎる……」


レモティーとココノアは採掘場で見た光景を思い出していた。コラプス・オブ・ロウを使う事で魔法攻撃が物理判定となり、メルの魔法はどれも凄まじい威力に化けるかと思われたが、実際に彼女が聖属性の魔法弾を放つ初級魔法ホーリーライトを試した時に出現したのは野球ボール大の白い球体であった。物魔反転の影響を受けているためその球自体は魔法でもなんでもないのだが、2人が触った感じとしては単なる硬い石のようなもので、しばらくすると消えるという使い道の無さそうな物体でしかなかった。投擲武器としてならば活用できなくもないだろうが、それ単体では意味を成さない。

さらに追い打ちを掛けるように別の不具合も発生していた。本来適用外であるはずの回復魔法も物魔反転の効果を受けてしまい、いくら対象に詠唱しても回復効果が発動しないという事象が生じたのだ。その後の検証で、メルの手に回復効果を付与された状態となっていることが分かったものの、直接触れた所にのみにしか回復効果が現れず、本来魔法が持っていた射程という長所が単純に消えてしまっていた。


「うぅ……2人とも親切にアドバイスしてくれたのに、結局あまり意味のないスキルをとってしまいました。次があればいいんですけども……」


「回復魔法はコラプス・オブ・ロウを切った状態で使えばいいし、今まで通り素殴りでいいじゃない」


「そうそう、戦闘に関してはボクもいるしさ。メルは今まで通りで問題ないと思うな! ……おっと、婆ちゃんが作ってくれた夕食ができたみたいだ。ボクのオカズも少し分けてあげるから元気出しなよ!」


「ココノアちゃん……レモティーちゃん……!!」


友人の優しい言葉に元気を取り戻したメルは上半身を起こして笑顔を見せる。新スキルを得てもポンコツヒーラーの汚名は返上できなさそうな彼女であるが、ココノアが新たな戦闘スタイルを獲得し、レモティーも便利な生産スキルを身につけたため、パーティとしては順当に強化されていた。総合的に見れば十分な成果と言える。


「少し早めだけど夕食にしない? 混んでくる前に食事して、お風呂に入っておきたいし」


新スキルに関する話題が落ち着いたので、ココノアが席を立って厨房の方へと向かう。この仮設住宅では住居を失った村民が生活を続けており、食事は村でも料理自慢の女性達が持ち回りで担当していた。焼けた農園はレモティーによって半分が復活している他、復興支援団が届けてくれた資材もあるため、幸い食べ物に関しては今の所困ってはいない。


「今日は大根ステーキだね。表面に切り目が入れてあって、味がよく染みてるんだ、これ!」


いくつかの料理が載せられた木製プレートを眺めながら、レモティーが声を弾ませた。その中でひと際目を引くのが焼き目のついた根菜の焼料理だ。アヴィの得意料理でもある特製大根ステーキは出汁で事前に煮込まれており、野菜を焼いただけとは思えないほどに濃厚な旨味を持つ絶品である。メルの好物でもあるため、彼女は厨房に向かってご飯は大盛りにして欲しいと注文を付けていた。


「それにしてもパン食ばっかりかと思ったら、米もあったのねこの世界。食文化が割と地球に似てるのは助かるけど、偶然にしては出来すぎてるというか、なんか怖くない? 大体、田んぼなんてこっちで見たことないんだけど」


炊きたてのふっくらとした米粒を見ながらココノアが首を傾ける。日本で一般的に食されているような白米ではなかったが、リギサンで食べられている米の味は悪くなく、異世界から来た彼女達の口にも合うものであった。ただ米が流通している点については腑に落ちない部分も多い。トルンデインでは専らパンが主食であったし、稲を育てるような水田を見かけたこともなかった。そんな素朴な疑問にレモティーが答える。


「確か稲作は別の大陸から伝わって来たって爺ちゃんから聞いたなぁ。この村から北西にある崖を降りていけば海岸に出るんだけど、そこに遭難して流れ着いていた異国人が大昔にいたらしいんだ。その人を助けたときに貰った籾をリギサンで育て始めたのがルーツらしいよ」


「あー、そういえばレモティーの農園には棚田みたいな場所もあったわね。あれがひょっとして稲作してた場所なの?」


「うん。休耕田にしてたから前は何もなかったけど、ハーヴェストのスキルを使って急遽復活させたんだ。蓄えてた米は火事で全部消失しちゃったからね」


リギサンの食事情について言葉を交わしながら、ココノアとレモティーはアヴィから夕食のプレートを受け取る。その後、メルより先にテーブルへ戻って彼女の到着を待っていると、さっきとは打って変わって機嫌の良さそうなケモ幼女が足早にやってきた。


「おまたせしました!」


ドン、という音と共にテーブルの上にプレートが置かれる。その上にはレモティー達と同じ大根ステーキや葉野菜の和え物、豆と芋のスープが載せられていた。だが何より目を引くのは木皿の上に聳え立つ山盛りのご飯だろう。サイズ比的にとてもメルの小さな体に収まるようには思えないが、彼女は毎食成人男性の倍以上は食べている。ココノアとレモティーが2人がかりでも食べれないような量でも、メルはペロリと平らげる事ができた。


「あ、相変わらずいっぱい食べるね……ボクの大根ステーキ、1切れあげるよ」


「ありがとうなのです!! えへへ、結構おなか空いちゃうんですよねこの体」


嬉しそうに八重歯を覗かせながら、メルはレモティーから大根ステーキを受け取った。準備が整ったので「いただきます」の合掌と共に食事が始まる。彼女達はそれからしばらく滋養に富むリギサン料理を楽しんでいたが、ふとココノアが海の存在について言及した。


「そういえばさっき、海があるって言ってたよね。こんな山の上で海に出られるところがあるなんて信じられないけど、本当に行けるなら一度行ってみない? メルがやたら食べるから、魚釣りでもして食材を増やしたほうがいいだろうし」


「ほとんど崖みたいな険しい道のりだけど、半時間もあれば海に出ることは可能だよ。昔に爺ちゃんに海へ抜ける道を教えてもらったんだ。長めの竿さえあれば釣りができるスポットはあるから、今度行ってみようか」


「いいですねお魚! 私、お魚も大好きです!」


大根ステーキをフォークで刺しながら、メルが獣耳をぴょこぴょこと揺らした。猫の獣人であるためか、彼女は魚介類も好物である。元いた世界では生臭さが気になってあまり魚を食べることはなかったが、こちらへ来てから一転してあの独特の匂いに惹かれるようになっていた。


「それじゃ決まり。実は趣味で釣りしてたんだよね、うち」


そう言って微笑むココノア。食事を終えてから1時間後、趣味で釣りを嗜む彼女から「釣り竿はこんな感じで作っといてね」とレモティーは綿密に描かれた図面を手渡された。その後しばらくの間、豊穣の乙女は釣り竿づくりに奮闘することになる。





――数日後――





メル達の尽力により農園ほぼ復旧し、住民たちの住居建設も支援団の手で順調に進んでいた。元の姿を取り戻すとまではいかないが、リギサンの山村は着実に復興しつつある。また、何故かデクシア帝国が国境から軍を退却させたことにより王国側の緊張状態も緩和され、トルンデインとの流通も復活した。農園で採れた野菜を売り出すことができるようになれば、焼けた家財等を購入するための資金もすぐに稼げる事だろう。

そんなある日、少女達は兼ねてから計画していた魚釣りへ出かけることになった。帝国軍の驚異は消え去ったので村を留守にしても心配は要らなさそうであったが、同じ轍は踏むまいとレモティーはある対策を施している。守りの要でもある村の門番に植物ペット達を抜擢したのだ。


「……ねぇレモティー、そのマンドラ大根とマンドラ人参ってずっと召喚されっぱなしじゃない? NeCOじゃ半時間くらいで消えてのに」


村の出口を挟むようにして立っている()()()()()()()()をココノアは興味深そうに見つめる。手足が生えて人型になった野菜達は、ハーヴェストのスキルで呼び出された戦闘用の下僕である。NeCOでのレベル換算上では熟練冒険者にも相当する強さを持っているため、召喚主であるレモティーによって門の見張り役に任命されていたのだ。


「ボクもびっくりしてるよ。どうやらこの世界は1度召喚したペットは消えないみたいなんだ。ま、そのほうが都合が良くていいけどさ」


「可愛いですよね、マンドラお野菜さんシリーズ。私も1匹ほしいくらいです!」


「メルはそれ食べるつもりでしょ? 大根ステーキを貪り食ってたし」


ココノアにからかわれて、メルは「そんなことしませんってば!」と頬を膨らませる。そのぷにぷにとした体からは想像はできないが、生物の限界を遥かに超えた筋力ステータスを持つ彼女はすぐにお腹を空かせてしまうデメリットも持ち合わせていた。とはいえ、植物ペット達を齧ってしまう程に理性がないわけではない。それに彼らにはつぶらな瞳と小さな口がついており、ともすればオモチャ屋でぬいぐるみとして売ってそうなほどに愛らしい。そんなマンドラ大根とマンドラ人参を純粋にペットとして欲しがるメルを微笑ましく思いながら、レモティーは村の外へと踏み出した。


「あはは……ともかく、あの子達に任せておけばあの連中がまたやってきても時間稼ぎくらいならできるだろうし、ひとまずは安心かな。海岸は近いからすぐに戻ってこれるしね」


「王国軍所属の人もいるから大丈夫でしょ。面倒事は任せちゃって、うちらはのんびりとレジャーを楽しんでも良いんじゃない?」


「レモティーちゃんに作ってもらった釣り竿もありますし、ぜひとも大物をゲットして村の人達にも振る舞いたいのです! 頑張りましょうね!」


木工スキルにより作成された立派な木製の釣り竿を片手に、少女達は意気揚々とリギサン北西にある海岸へと向かうのであった。




――数時間後――




海岸沿いにある岩場から3人は釣り糸を垂らしていた。レモティーは岩に腰掛けながら、背の低いメルとココノアは立った状態で釣り竿を握っている。青い空と澄んだ海を目の当たりした彼女達は絶好の釣り日和だと最初は喜んだが、肝心の釣果はさっぱりだ。1時間以上経っているが1匹も釣れていないため、このままでは海水しか入っていない桶を持ち帰ることになる。


「ねぇ……なんにも釣れないんだけど!」


「あはは……なんでだろうね? エサは問題ないと思うし、魚影も見えるんだけどなぁ」


透き通った海面からは鮮やかな色をした数匹の海魚が見えていた。この海岸は周囲が岩壁で囲まれている関係で波が小さいため、大小様々な魚が生息している釣りの名所でもある。ただしリギサンから海へ至る道はともすれば転げ落ちそうなほどの急勾配が続いており、年老いたリギサンの住人達が訪れることは滅多になかった。


――ザザーン……ザザーン……――


海とはいうよりも湖に近いような穏やかな波音が響く。魔物や獣は1匹もおらず釣りに適している環境であったものの、小麦粉を練ったエサに魚が食い付くことはなかった。今回レモティーが用意した練り餌は水に少しずつ溶けるために魚をおびき寄せる効果があり、地球における海釣りでもよく使われている種類のエサである。従って彼女達の釣り方法に問題があるわけではなかった。


(むむむ……私はこうやってみんなでのんびりしてるだけでも楽しいけど、ココノアちゃんとレモティーちゃんがションボリしたまま帰ることになるのは避けたいところ……!)


つまらなさそうに動かないウキを見つめるココノア達を横目に、この状況をどうにかできないかと考えを巡らせるメル。とはいえ釣りに明るくない彼女に妙案は浮かばなかった。エサを変えるにしても魚が何を好むのかわからないし、糸や針といった仕掛けを釣りたい魚に合わせる方法も分からないからだ。色々と悩んだ末、辿り着いた答えはズバリ魚の手掴みであった。


「ひょっとして潜って獲りに行く方が早いのでは! 私が一度試してみます!」


そう言うなりメルは竿を置いて、着ている服を脱ぎ始めた。目前に広がる海は水深があるものの、潮の流れは緩やかであるため潜る事は可能だろう。彼女の素早さがあれば魚を手掴みにできる見込みもある。しかし元々釣りが目的であったため、当然のごとく水着は用意していなかった。


「何いきなり脱いでるのよ! 素っ裸で潜るつもり!?」


「えっ、そうですけど?」


「そうですけど、じゃないっての! ここはプライベートビーチでもなんでもなくて普通の海岸なんだから、服を着なさいってば!」


既に下着姿となっていた友人にココノアが慌てて服を着るように促す。しかしメルは平気な顔で「他の人は見せませんから大丈夫ですよ!」と、足先に至るまでの全てを脱ぎ去ってしまった。ココノアやレモティーを喜ばせてあげたいという想いに突き動かされた彼女にとって、恥ずかしさは二の次である。


「これでよし! あ、もちろん準備体操をしてから潜るので心配しないでくださいね♪」


そう言ってニッコリと微笑むと、産まれたままの姿となった少女は桃色の髪を潮風に靡かせながら腕や脚を伸ばし始めた。照り付ける日差しによって彼女の白い肌は眩しいほどに輝き、蒼い海との美しいコントラストを奏でる。


「なんで人前で裸を見せることに躊躇がないのよ!? 立ち振る舞いもなんだか子供っぽくなってるし、肉体に精神が引っ張られてたりするの……?」


戸惑った様子のココノアは心の内である疑念を抱いていた。NeCOで一緒に遊んでいた頃に比べると、異世界での"メル"は歳相応の理性が伴っていないように感じられる事が多々あるため、それが肉体による影響ではないかと推測していたのだ。


「うーん……言われてみると確かにメルは無防備すぎるというか、子供っぽい所が節々に感じられるね。ボクもこの体になってから地球にいた頃から色々と変化してるし、魂が肉体の影響を受けているっていう説は考えられるかもしれない。ただ個人的な見解を言わせてもらうと、今のメルの方が純真な幼女っぽくて微笑ましいかな!」


「ロリコンの意見は聞いてない! というかガン見するな!」


顔を真赤にして怒るココノアに背を向け、メルへ熱視線を送り続けるレモティー。細いウエストに似合わない巨大なバストと美しい金髪に加え、料理や裁縫の腕も人並み以上という完全無欠の美女として名高い彼女だが、()()()が重度の少女性愛者(ロリコン)としての性質を持ち合わせていた。そんな趣向を持つ人物が美少女であるメルの裸を前にして、拗らせた性癖を抑制することなど出来ようはずがない。特にプニっとした腹部から柔らかそうな臀部にかけての未成熟な腰周りはロリコン達にとって至高のラインを描いており、見るなと言う方が無理な話だった。


「言っても聞かないなら、力づくで見れなくしてやるんだから!」


唐突にレモティーの目の前が真っ暗になる。ココノアの小さな手が彼女の両目を覆い隠していたのだ。1mmの隙間もなく重ね合わせられた指のせいでメルの姿は完全に見えなくなった


「あれっ、この手はココノアかい!? これじゃ何も見えないよ!!」


「何も見なくていいの! あと、メルはとっとと服を着て!!


「えっ、でもお魚食べたくないですか? 私こう見えて田舎育ちなので、泳ぎには自信があるのですよ!」


「そういう問題じゃないってば! 大体、タオルも無いのにその耳と尻尾をどうやって乾かすつもりなのよ!?」


ココノアの言葉にメルはハッとした様子で動きを止めた。今日はよく晴れた洗濯日和ということもあり、ポーチに入れていたタオル類は村で全て干してしまっていたのだ。水分を吸収させる物がなければ毛に覆われた耳と尻尾を乾かすのに相当な時間を要するし、かといって放っておいても気持ち悪い。そのためタオルがない状態で水に浸かるという行為は、獣人にとって苦行にも等しかった。


「そ、それもそうですね……」


残念そうな顔でメルは岩の上に置いていた服を身に付け始める。そこからしばらくの間、レモティーの視界は外界から遮断され続けることになったのだが、代わりに幼女エルフから押し付けられる薄い胸の感触を後頭部で感じることができ、「これはこれで悪くないね……」と満足そうに微笑んでいた。


「それにしても……どうしてお魚が釣れないんでしょうか? エサがつつかれる事もないですし」


服を着終えた後、動きのない竿に目をやったメルが呟いた。確かにここまで魚が反応しないのは明らかな異常である。技術と運が絡むとはいえ、基本的にエサさえ間違ってなければ魚は釣り針に食いつくものだ。だが今回、誰の竿も微動だにしていない。ココノアの手から解放されたレモティーが釣り糸を引き上げて確認したが、エサはまだふやけた団子のような形状を保っていた。やはり魚が食べに来た様子はない。


「うーん、どうにも魚達の動きが鈍いなぁ。ここまで食いつかないとは思ってなかったよ。何かを警戒してるのかも……?」


「ま、今度は投網でも持ってくればいいじゃない。うちが転移魔法で海上へ移動して網を投げてから、それをメルとレモティーが引っ張ればうまくやれそうだし」


「あっ、ナイスアイデアですね! それなら見えてるお魚を確実にゲットできます!」


次回は投網漁をしてみようと決心する3人。本来は網を投げ入れるために小船が必要となるが、ココノアが転移魔法を使えばその点は解決可能だ。また肝心の網についてはレモティーの植物を素材にして無尽蔵に作れる上、異世界なら日本のように漁業権で揉めることもないので、魚を獲る手段としては釣り以上に手軽だと言える。


「それじゃ、魚料理は次の楽しみにしてそろそろ帰ろうか。野菜ペット達に任せたとはいえ、村の様子が少し気になっちゃってさ」


「このまま続けてもボウズで終わりそうだしね。帰って別の食材採りに行ったほうが村の人にも喜ばれるでしょ」


「ぐぬぬ……みなさんとお魚を楽しみたかったのですが、釣れないなら仕方ないのです。せめて帰り道で何か食べれそうなものでも探してみましょう」


少女達は釣りを諦めて竿を片付け始めた。片付けと言ってもレモティー謹製の釣り竿は伸縮可能で継ぎ部がすべて元竿に収納できる構造になっているため、大して手間はかからない。この世界における釣り竿としては珍しい部類であるが、これは釣りを趣味としているココノアの提案図とレモティーの高度な木工スキルがあったからこそ完成したものであり、画期的な大発明でもあった。


「ん? なにか今、海の方で光った気がする。船が通りがかったのかな……?」


遠く離れた水平線でキラリと光った何かに気づき、レモティーは視線を沖合へと向ける。眼鏡の位置を正して目を凝らすと、ぼんやりとではあるが沖合を航行する船舶の姿が見えた。巨大な帆をいくつも広げた状態で彼女達のいる海岸へ向かって近づいて来ているようだ。


「あの船、こっちに向かっているみたいだね。でもこの辺りに港なんてないんだけどな」


「どこに船なんているのよ……って、見えたわ。確かに結構大きいわね」


エルフ族は人間族に比べて視力が良いため、ココノアの瞳には船の形がくっきりと見えている。目視だけでその大きさを測るのは流石に難しいが、4本ものマストを生やした丸みを帯びた船体、そして高い船首と船尾は大型船の特徴であることを彼女は知っていた。


「あれは……俗に言うキャラック船って奴かもね。遠洋航海で使われる貿易船か何かだろうけど、こんな陸地の近くで見かけるのって珍しいと思う」


「へぇ~、そうなんですね! ココノアちゃんはお船に詳しくて凄いのです!」


「仕事で船を描くこともあったから資料を読み漁ってたことがあってさ。知識だけは無駄にあるわけ」


メルに褒められて気分が乗ったココノアは、続けてキャラック船の構造について簡単に説明した。長距離航海に有利な広い船倉を持っており、食料などの物資に加え多くの交易品を格納できることや、巨大であるため建造費も凄まじく、海を渡って貿易ができるだけの有力な大商会くらいでしか持ってない事を淡々と述べる。


「なるほど、たしかに帆に描いてある模様は商売人っぽい雰囲気がありますよね」


メルが指差した帆には天秤を模したような紋様が描かれていた。物の価値を正しく測るための計器である天秤は、商人が好んで使うシンボルでもある。彼女達の前に姿を現した大型帆船も商会やそれに類するものと関係があるのかもしれない。


「……おや? 帆を下げ始めたな、あの船」


「あら、本当ですね。故障でもしたのでしょうか?」


船は急に帆を降ろして動かなくなった。不具合で停留したのかと心配するメル達であったが、沖までは1km以上離れており直接で向いて様子を伺う事はできない。しばらくすると大型船から数艘の小舟が降ろされた。その船に数人の男性が飛び乗ったかと思うと、手漕ぎで海岸へ向けて移動し始める。


「何あれ? こっちに来てるけど、リギサンってああいう客も来るわけ?」


「ううん、港でもないこんな場所に船で上がってくる人なんて聞いたことないよ。たださっき、船の上でレンズか何かが光るのが見えたんだよね。望遠鏡か何かでボク達のことを見つけたのかも?」


しばらく小舟が近づいてくるのを眺めていたレモティーであったが、乗っていた者達の風貌を見て眉をひそめる。上品とは言えないラフな布服を着崩した男達が、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていたからだ。その腰には野蛮な刀剣も携えられており、見るからに怪しい。


「……2人とも、一応戦闘準備をしておこう。道を尋ねたいわけじゃなさそうだ」


「言われなくても出来てるよ。こっちは女子供しかいないのに、男6人がかりでやってくる連中なんてロクなもんじゃないでしょ」


「顔つきからして如何にもって感じですしね……」


ココノアとメルもレモティーと同様の考えであった。とはいえ彼女達は先制して攻撃するような真似はしない。単に助けを求めている可能性も捨てきれなかったため、害を成そうとする者なのかを見定めてから判断することにしたのだ。


――ガコン!――


勢いよくやってきた最初の小舟が強引に岩場に乗り上げた。残り2艘も続けて到着し、そこに乗っていた強面の男達が次々と上陸してくる。彼らは日に焼けた浅黒い筋肉を見せつけながら腰の刀剣を抜くと、メル達を品定めするような下卑た視線を向けた。


「こいつは驚いた! こんな辺鄙な所に上玉の女と亜人のガキもいやがるなんてよぉ! 特にあの乳のデカイ女は市場に出せばかなりの高値になるぞ。良い拾いもんしたぜ!」


「待て待て、船に連れて帰る前に()()しちまわないか? 安い報酬でコキ使われてんだから、たまにはオレ達が良い思いをしてもいいよなぁ?」


「何バカな事言ってんだテメェ。売り物にするんだから全員無傷で捕まえて帰るに決まってんだろ! 亜人の方は幼すぎるが、ションベン臭いのが好きな連中には高値で売れるからな。絶対に逃すなよ!」


如何にも小悪党といったセリフを吐く男達に対して、呆れた様子でココノアはため息をつく。彼らが人攫いであることに疑いようはなく、慈悲を与える必要もないと判断した彼女は指先を近寄ってきた男へと突き出した。


「オイ、そこのエルフのガキ! 痛い思いをしたくなかったら大人しくしてろよ? 抵抗するなら――」


暴漢がココノアに向けて湾曲した片手剣を突き出した瞬間であった。無詠唱で放たれた即効魔法によって、その右手は破裂する風船のごとくパンと音を立てて消し飛んだ。刀剣が地面に落ちるのと同時に血飛沫が飛び散り、周囲を赤く染める。


「ぐあぁぁぁ!?」


男は悶ながらその場に崩れ落ちた。彼の腕を穿ったのは最低出力に調整された初級魔法"エナジーショット"である。魔力により生成されたビー玉サイズの光球は彼の肌に触れた瞬間に小規模な爆発を起こし、その血肉を容赦なく抉ったのだ。


「このガキッ!!」


「死にてぇのか!!」


仲間がやられた事に逆上し、他の男達が一斉にココノアへ襲いかかる。だがそんな彼らの体がそれ以上に彼女へ近づく事はなかった。レモティーが岩の隙間から生やした細長い蔦がその肉体を固く縛っており、身動き一つとれない状態にしていたからだ。


「う、動けねぇ……!?」


「何だよ、この変な蔓は……いぎぃ!? 痛ぇぇ!」


生きた縛縄に強く締め付けられ、男達の体に激痛が走った。植物とはいえレモティーの魔力が宿った蔦は金属鎧でさえ圧し折ることのできる力を持つ。それに荒縄を何重にも束ねたような強度も備えているため、屈強な肉体を持つ者であっても引き千切ることは不可能だ。首へと巻き付いた蔦が徐々に締まってきた事で命の危機を感じたのか、上陸者のリーダーと思しきスキンヘッドの男が必死に赦しを請い始める。


「ま、待ってくれ! 俺らは親分に言われて奴隷にできそうな奴を連れてこいって言われただけなんだ! アンタ達にはもう手を出さないッ!」


「奴隷……? ということは、あの船は奴隷を運ぶ船なのか?」


「あ、ああ……攫ってきた亜人を運んでいる。だが俺らは悪くないぜ、王国じゃ奴隷の売買は禁止されているが、帝国領や西大陸なら罪に問われることもないんだからよ! だから見逃してくれ! なぁ!?」


恐怖と焦りで顔を引き攣らせた男は何度も頭を下げたが、蔦の締め付けは強くなる一方だ。奴隷の存在がこの世界で珍しくなかったとしても、それを理由に襲いかかってくるような連中を簡単に許してやるつもりなどレモティーには微塵もない。ココノアも同じ想いであり、険しい表情を崩す事はなかった。


「売買って……人を物みたいに!」


怒気を孕んだ声で不快感をあらわにするメル。欲望のためなら他人の尊厳を貶めることも厭わない男達の自分勝手な考え方に、彼女は強い憤りを感じていた。


(リギサンの住民さん達みたいに苦しんでいる人達が、あの船にも大勢乗ってるはず……それを見過ごすなんてできない!)


帝国軍が放った炎で無惨に焼かれたリギサンを思い出し、メルは唇を噛む。住み慣れた村を失っただけではなく命まで奪われた彼らと同じく、過酷な運命を背負わされた人々が暗い船倉に押し詰められている光景を想像した彼女は、意を決した表情で沖合に佇む船影を指差した。


「ココノアちゃん、レモティーちゃん! あの船に囚われている人達を助けに行きましょう!」


「……絶対言うと思った! 別にうちらが顔突っ込む話でも無くない? でも、放っておいたら目覚めが悪そうだし、付き合ってあげるかな」


「ボクも同じ意見だよ。冒険者として困っている人を助けるのは当然のことさ! それに、いたいけな幼女を誘拐するロリコンの風上にも置けない奴らは、この手で成敗してやらないとね!」


メルの言葉に頷き、共に奴隷船を睨みつけるレモティーとココノア。今まで知ることのなかった異世界の闇に触れ、少女達の冒険は新たな局面を迎えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ