043.決着③
巨大ゴーレムを討伐した後、少女達は村人と合流して鎮火に走り回った。予想以上に燃え広がっていた炎であったが、日付が変わるまでに全て消し去ることができたのは巨大化したメルの存在が大きい。農園用に張り巡らされていた水路から彼女が水を掬ってばら撒くだけで、炎は次々と潰えていった。すぐに解除されるかと思われた巨大化状態だが、超デカデカの実によるバフ継続時間はNeCOの時よりも大幅に伸びており、メルの怪力を遺憾なく発揮することが出来たのである。
しかし、そこからが大変だった。住居を失った村人のために寝床や食事の確保する必要が生じたからだ。彼らは互いに知恵を出し合い、比較的被害の少なかった住居から木材を取り出して仮設の避難所を作ることにした。とはいえ、リギサンに現役の建築士などいない。そこで老人達の持つ豊富な知識を参考にしつつ、住宅に詳しいレモティーが間取りを考え、その案をココノアが図面に起こし、実作業をメルが担当した。
夜間の作業であったため難航が予想されたが、意外にも帝国軍の資材が役に立つことになる。彼らが採掘場に持ち込んでいた照明器具を使うことで建築現場が明るく照らされ、作業性が格段に向上したのだ。そしてここでも巨女モードが大活躍する。大型クレーンに負けないどころか、小回りと微調整が効く分それ以上の働きを見せたメルによって、朝日が登る頃には仮設とは思えないほどの立派な集合住宅が完成した。まさに一夜城ならぬ一夜アパートである。
「この短時間でこんな立派な建物ができるとは思いませんでしたね! 村の人達も喜んでくれてたし、良かったのです♪」
「お疲れ様、メル。ボクもまさか朝までに完成するなんて思わなかったよ。まぁ資材は焼けちゃった家からの貰い物だし、ツギハギだらけだけどね」
白み始めた空を背にしてメルとレモティーは木造ニ階建ての仮設アパートを見上げていた。建築作業が終わってからすぐメルの巨大化効果は切れたので、今は普通の幼女と変わらぬ背丈に戻っている。超デカデカの実による効果はおよそ6時間が限界だったようだ。
「はぁ、マジで疲れた……徹夜なんて久々にしたわ。あっちでも締め切り前くらいでしかしなかったっていうのに……」
「あっココノアちゃん、お疲れさまです! これアヴィさんが淹れてくれたお茶なんですけど、良かったらどうぞ!」
捕らえた帝国兵達の様子を見に行っていたココノアが戻ってきた。暖かいお茶の入った金属製カップをメルから受け取ると、「ありがと」と唇をつける。素朴で優しい味わいが彼女の喉を潤した。
「マジ沁みるわぁ……」
見た目に反して老人臭いセリフを吐き出したココノアに苦笑いしつつ、レモティーは彼女を労う。
「ココノアの転移魔法のおかげで作業がかなり楽になって助かったよ。障害物を無視して資材を運び込めるなんて現実じゃ有り得ない工法だし、あれのおかげで搬入作業は倍以上早く終わってるんじゃないかな」
「何言ってんのよ、そっちの木材加工スキルと無限に湧き出る蔦ロープの方がよほど貢献してたじゃない。木材同士の連結に釘すら使わないなんて初めて見たし。何なの、宮大工でも目指してたの?」
「あはは、それはどちらかというとお爺ちゃん達の知恵かな。若い頃に大工をしてた人も居たから色々と教わったことがあるんだ。こんな場面で役立つとは思わなかったけどね。それに貢献っていうなら一番はメルだろうさ。なんたって殆ど1人で建築してくれたんだから!」
「えへへ、お役に立てて良かったのです!」
口元から尖った歯を覗かせて微笑むメル。レモティーの言うとおり、一番の立役者は彼女で間違いなのだろう。だがその作業風景を思い出したココノアは吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。
「ぷふっ! デカイ幼女が積み木で遊んでるような感じだったけどね」
「ああ、それはボクも思った! たまに部材の置き場所を間違ってるところとかも可愛かったなぁ」
「えぇー!? 頑張ったのに酷い言われ様なんですけど!」
メルは頬を膨らませて抗議するが、摘んだ木材をせっせと積み上げていくその姿は他の者にも玩具で遊ぶ子供のように見られていた。ただその微笑ましい光景のおかげで、村を焼き討ちにされて荒んでいた村人達の心が癒やされた面も確かにあったのだ。現に彼らはすっかり立ち直っており、この状況であっても前を向いて生きようとしている。
「レモティー、朝ごはんが出来たよ。メルとココノアもこっちにいらっしゃいなー!」
アヴィが建物の窓から顔を出した。仮設とはいえ食堂も必要だということで1階には大広間と台所が設けられており、村の住民達がそこで食事を作っていたのだ。焼け残っていた農園の野菜を使ったスープの美味しそうな香りが漂ってくる。メルは鼻をヒクヒクと動かしながら、嬉しそうに尻尾を揺らした。
「わぁ! 私、お腹ペコペコだったんですよ! ほらレモティーちゃん、ココノアちゃん、食べに行きましょうよ!」
「ああ、もちろん! 婆ちゃんの料理は人気だから、早くいかないと売り切れるだろうからね!」
「もしまだメルが巨大化したまんまだったら、一口で全部食べ尽くしてたんじゃないの? 食事前に解けてて本当に良かったわ」
「さ、流石に独り占めするほど食いしん坊ではないですよっ!」
そんな冗談を交わすと、3人は互いに微笑みながら顔を見合わせる。そして眩い朝日の中、仲良く村人達が待つ食堂へと向かうのであった。
――それから数日後――
慌ただしい日々はあっという間に過ぎ、帝国軍の襲撃から3日が経とうとしていた。仮設住居での生活に慣れ始めた村人達は、少しずつではあるが自らの住居再建にも取り掛かっている。最初は長年過ごした村が無惨に一変したショックと悲しみを隠せなかった老人達も今はすっかりやる気に満ちており、若者にも負けない程のそのエネルギッシュな姿を見せていた。彼ら曰く、あの夜を境になぜか腰痛や関節痛がなくなって調子が良くなった上、無性に力が滾っているとのことであるが、それがメルの蘇生による副次効果であることには誰も気付いていない。
一方、この件で大騒ぎになったのはエリクシア王国の王都であった。モルズによるトルンデイン襲撃の際は決定的な証拠である彼本人を取り逃した事もあり王国軍は傍観を決めていたが、今回は明らかな証拠がいくつも残っていたため、ようやくその重い腰を上げたのだ。捕らえた帝国の兵士達を尋問し、その目的や情報を聞き出した彼らはすぐさま国境線に防衛軍を配備した。また人道支援の名目でリギサンにも多くの支援団が派遣されている。おかげで村の復興は見違えるほどに加速したのだが、メル達にとっては少々面倒な事になっていた。
「レモティーさん、流石です! あの四魔導が率いていた帝国軍を追い返すなんて! 美しいだけではなく、強さまで兼ね揃えた貴女はまさに僕の憧れ……いや女神ですよ!」
「ええっと……ボクはあんまり何もできなかったんだけども……」
採掘場の一角で顔見知りの青年に両手を握り締められ、レモティーは困った顔を見せていた。国王の命によってトルインデインから派遣された支援団にはギルド職員、ケント=レーンヴィストの姿も含まれていたのである。彼は復興援助の傍ら、ギルド本部の指示で帝国軍の動向調査を行っており、重要参考人であるメル達3名を巨大ゴーレムが発見された採掘場に呼び出して詳しい話を聞き取っていた。ただしそれは仕事上の建前であり、実際には想いを寄せるレモティーに会いたかったのが本音だったようだ。最初は真面目な話で始まったものの、麗らかな午後の陽気に包まれていたせいか今ではすっかり雑談タイムと化している。
「しかし皆さんの話を伺う限り、ここに来ていたのは紅蓮の猛火と呼ばれる帝国最強の魔女と見て間違いないでしょう。高慢かつ癇が強い事で有名な奴です、もしかしたら報復しにくる可能性もあるかもしれませんね……」
「ま、仕返しに来たら来たで別にいいよ。あのガキンチョにはもうちょっと魔法の実験に付き合ってもらいたいし」
「ははは……その子ならココノアが徹底的に立場を分からせたみたいだから、しばらくは来ないんじゃないかな?」
異世界の魔法でボロボロにされたフランの半泣き顔を思い出し、レモティーは軽く肩を竦めた。事実、帝国軍が再びリギサン方面へ侵攻してくる様子は今の所ない。ここ数日は周辺の森も含めて至って平和であったのだ。尤も、様々な高位魔法を使いこなすフランでさえココノアにとっては便利な検証相手程度の扱いであり、リベンジにやって来たとしても大して問題にはならないだろうが。
「そうだケントさん、デクシア帝国とエリクシア王国の状況ってどんな感じなんですか? すぐに戦争が始まる感じなのでしょうか?」
メルの質問にケントは難しそうな表情を浮かべると、「これはここだけの話だけども」と釘を刺してから会話を続ける。
「今の所、国境線で睨み合ってる状態なんだ。今回は帝国による侵略行為が明らかだったから、直ちに王国側は使者を派遣したものの、帝国はそれを完全に無視。流石にこれはすぐに開戦かと誰もが思ったけど、あちらは国境手前で軍を展開しただけで攻め込んでは来なかったみたいだね」
「こんな小さな村を滅茶苦茶にしたくせに、いざ戦争になると屁っ放り腰になるなんて情けない国すぎない? "帝国"だなんて大層な名前なのに、思ったほど大したことないのね」
デクシア帝国への心象がすこぶる悪いココノアのコメントは辛辣なものであった。異世界からやってきた彼女達にすれば、かの帝国は行く先々で冒険に横槍を入れてくる厄介な存在でしかない。しかしその驚異と隣り合わせで生きてきた王国民にとっては、膠着状態ですら有り難いものであった。まともにぶつかれば国土の半分以上が焼け野原になる可能性があるほどに、帝国軍が強大な力を持っていたからだ。
「正直、すぐに戦争になってたら王国が相当不利な状況になるのは分かってたから、むしろ国境で立ち止まってくれただけ御の字だったって意見も貴族達の間には多いんだ。王国軍の主力は王都のある西側に集中しているから、トルインデインで籠城したところで持ちこたえられなかっただろうし」
「でもそこまでやって来たのに攻めて来ないのはどうしてなのでしょうか? 何もしなくても大勢の人を用意するだけで結構な負担になりそうなのに」
「理由はハッキリしてないけど、まぁ思い当たる節はあるかな……」
切れ長の目をメルに向けるとケントは口元を緩めた。風に吹かれてそよぐ桃色の獣耳に手をのばすと、彼はメルの頭を優しく撫でる。
「君達のおかげ、なんだと思う」
トルンデインが襲撃された夜、ドラゴンゾンビを蹴り飛ばして住民を救けただけでなく四魔導のモルズすら右ストレート一撃で倒した小さな英雄の姿は、今でもケントの瞼に焼き付いていた。そしてその英雄と仲間達はこのリギサンで虐げられていた者達を救け、四魔導のフランを追い払って古代兵器と思しき巨大ゴーレムすらもその手で屠ったという――まさに昔憧れた英雄譚を体現するかのような彼女達を見て彼は確信する。帝国軍に対する抑止力となってるのはこの少女達なのだと。
「ちょっと、そこの優男! メルに色目使うのはやめてよね。あんたはレモティーだけ見てりゃいいんだから!」
「いや別に色目を使ってるわけじゃないと思うよ……」
呆れた様子のレモティーの隣ではココノアが口をへの字に結んでいた。ケントは「ごめん、ごめん」とメルから手を離すと、背を向けて村の方へと歩き始める。
「それじゃ、そろそろ時間だから僕は現場調査に戻るよ。レモティーさん、村の復興が落ち着いたら一緒に食事でもいきましょう。それでは!」
頭を軽く下げてから彼は村の方へと歩いていった。その行き先にはココノアが空けた大穴が存在しているが、レモティーが即興で作った蔓植物製の吊橋があるため通行は可能である。採掘場に残された少女達に予定は無かったので特段すぐに帰る必要もなかったが、話が早めに終わったことで手持ち無沙汰になってしまった。
「あのナンパ野郎……! うちらを呼び出したくせに1人で帰っていったし!」
「まぁまぁココノアちゃん。実は私からもお話したいことがあったので、ここへ来る前にケントさんにお願いしてたんです。用事が終わったら先に帰ってて欲しいって」
「えっ、そうなの。それじゃ別にいいや。で、話したいことって何?」
首を傾げたココノアの疑問に答えるようにして、メルはポーチから大きな物体を取り出し始める。付与された空間圧縮の魔法によりポーチの中ではミニチュアサイズになっている収納物であるが、外に出た途端に膨張して元のサイズに戻るという性質があった。そのため出てくる瞬間は歪んで見えており、ココノアとレモティーにも何が出てくるのかは分からなかった。
「これの扱いなんですけど、試しにレモティーちゃんに鑑定してもらおうと思ってですね」
ゴトンと重そうな音を立てて地面に置かれたのは、メルが巨大ゴーレムの体内から引っ張り出した水晶球であった。巨大化した彼女が手にした時は小さく見えていたが、透明な球体はレモティーの身長よりも大きく、同じ位置で並ぶとその巨大さがよく分かる。それに表面に傷1つなく、真球のように歪み無く造られたそれはこの世界における技術の粋を集めても再現できるとは思えないほどに美しかった。
「これがあのゴーレムから取り出したっていうコアだね。確かに何か力を秘めてそうだし、調べてみる価値はあるかもしれない」
「はい。もし高値で売れるならリギサンの復興に役立ててもらおうと思いまして! もしくはこれを飾って観光名所にしてみたりとか……!」
「あはは、いいねぇそれ! それじゃ値打ちがあるものなのか、見てみようか!」
レモティーは水晶球へと歩み寄ると、その表面に手を触れた。青空を映した球体は美しい青色に染まっているが、中心部分には残渣のような淡い光を未だに灯しており、何らかの力を秘めていそうにも見える。期待感に満ちた「鑑定」という掛け声と共に、球体に関する情報が知識として彼女の脳内へ流れ込んだ。
「……ふむふむ、"次元結晶"っていう秘宝みたいだよ、これ」
「秘宝? お宝ってこと? やったじゃん!」
「うん、ボクもこんな単語が説明に入ってる道具を見たのは初めてだ。それじゃスキルで分かった内容を読み上げるからね」
頭に浮かんできた文字列に意識を集中させるべく瞼を閉じると、レモティーは次元結晶について得た知識を語り始める。
「次元結晶……それは創生の女神が零した涙。異なる次元から遍く力を引き出す。手にした者が新たなる力を得ることのできる秘宝として伝えられている……って感じの説明文だったわけだけども、理解できたかな?」
「なにそれ全然分からないんだけど……NeCOのアイテム説明みたいにふんわりしてない?」
「鑑定スキルがNeCO由来だからでしょうか……?」
レモティーの諳んじた内容ではアイテムの効果が推測できず、メルとココノアは困惑した。NeCOでもアイテムの説明文章はわざと分かり難く書かれており、ポエムのような記述に多くのプレイヤー達が頭を悩ませた事を彼女達はうっすらと思い出す。
「この説明を素直に解釈すると、あのゴーレムはこの水晶から違う次元のエネルギーを取り出してた事になるね。確かにそれなら外部からの魔力供給もなしに、あんな巨体を動かすことができた理由にはなりそうだけども……」
「これを使えば、うちらも力を引き出すことって出来るの? それなら試してみたいんだけど」
「いやぁ、そこまでは分からないなぁ。鑑定じゃ使い方までは分からなかったし……」
「適当に試してみればいいのよ、こういうのは!」
ココノアはニヤリと笑うと次元結晶の表面に両手を添えた。そしておもむろに魔力を流し込みつつ、変化が起こらないか様子を見る。しかし水晶球は依然として空を映しているだけで、ゴーレムの体内に組み込まれていた時のような青白い光を出することもなかった。
「ん……魔道具みたいに魔力を与えれば動くってわけでもないんだ。なら攻撃魔法でもぶつけてみるとか?」
「ココノアの魔法が当たったら砕けるんじゃないかなぁ……」
「なら次はレモティーが試してみなさいよ。ほらほら!」
ココノアはレモティーの背中側に回り込むと、彼女を水晶球の前へと押し出した。戸惑いつつもレモティーは水晶玉に手をかざす。しばらく念じるように手の平に力を込めていたが、結果はココノアの時と同様だった。
「……やっぱり無理みたいだ。魔力を流し込んでみたけど全然反応してくれないよ。大体、魔力を使うなら一番ココノアが向いてるんだから、それでダメならボクやメルじゃどうしようもないのでは?」
「何言ってんのよ、波長的なモノがガッチリ合うとかあるかもしれないじゃない。次はメルの番だけど、勢い余って割ったりしないでね?」
「そんなドジっ子ではないですから! 大体、アイテムとして使えなくてもこんなに綺麗なんですし、村の高台に飾っておくだけでも素敵じゃないですか♪」
そう言いながらメルが水晶の表面を撫でた瞬間であった。わずかではあったが水晶の中心で青白い光が灯り、レモティーとココノアは目を丸くする。
「えっ、なんか光らなかった?」
「光ったよね、今」
「メル! もっかい今のやって! できるだけ長時間!」
「えっ、特に何もしてませんけど……あ、撫でたらいいんですかね?」
再びメルは透き通った球面に指を這わせた。つるつるとした表面はひんやりとしており、触り心地が良い。上機嫌な様子で彼女が次元結晶を撫で続けると、その中心部分から青白い光が沸き起こった。
「マジで光ってるし……」
「すごいやメル! まさか起動させる方法を見つけるなんて!」
驚いた様子でココノアとレモティーは次元結晶に詰め寄る。一度灯った水晶の光は消えることなく、仄かな明滅を繰り返していた。
「でもここから何をすればいいのか分かんないわね。これ以上撫でても意味なさそうだし……あっ!」
不意にココノアが声をあげた。覗き込むように眺めていた水晶の表面に文字が浮かんできたことに気付いたからだ。しかもその内容は彼女達がNeCOで見たことのあるものであった。
「これ、うちのスキルツリーじゃない……?」
「わお、ほんとだね! フォースマスターのスキルツリーそっくりだ。スキルの取り方もココノアの構成通りだし」
「他のジョブをやったことないのでよく分からないですけど、ココノアちゃんのスキルツリーが表示されてるってことですか?」
メルの質問に対して首を縦に振るココノア。透明な球面に浮かび上がったのは紛れもなくNeCOにおける"ココノア"のスキルツリーだったのだ。スキルツリーというのはMMORPGでよく採用される成長システムの事であり、キャラクターが取得したスキルを枝状に繋げたような形をしている。プレイヤーの数だけスキルツリーは存在するため、よく見ればそれが自分のものかどうかは判別できる。
「ココノア、ツリーの下側を見てみなよ。新たに取得できるスキルがあります、って書いてあるよ」
「あ、ほんとだ。でもこのスキル群、フォースマスター用のじゃなくない?」
レモティーに促され、ココノアが視線を落とした先にあったのは彼女が取得していないスキル名の羅列であった。しかしそれらは本来フォースマスターでは覚えられないはずのスキルばかりで、どうにも様子がおかしい。
「刀剣マスタリーだの弓マスタリーだの……それに回復魔法や属性魔法まで並んでるし、どうなってんのこれ?」
「この世界にはないはずのNeCOのスキルが表示された上に、ジョブ関係なしで取得可能スキルの一覧が出ているなんて……まさか、異なる次元から力を得るっていうのはそういう意味だったのか!?」
「ちょっと! 自分だけ納得してないで、うちらにも説明してよ」
説明を求められたレモティーは眼鏡の位置を正しつつ、自分の考えを述べた。理論的に物事を捉えて考察できる彼女に一目置いていた2人は静かに耳を傾ける。
「これはあくまで推測だけど……この世界から見た異なる次元っていうのは、地球のことなんだと思う。そしてそこから得られる力っていうのは、ボク達の場合だとNeCOにおける全スキルから自由に選択して取得できる権利に変換されたんじゃないかな?」
「次元を超えて地球に干渉してるとか、なんかちょっとSFじみてない? でもそれが正解だったとすると、このスキル一覧から好きなのを選び放題ってことね。あっちで他ジョブのスキルまで取得できたらバランスブレイカーもいいところだったけど、異世界なら別にいっか。運営がいるわけでもないし」
水晶の表面を人差し指でなぞるようにしてココノアはスキルを選び始めた。風や氷などを操る属性魔法や姿を消す技術、生産系の特技なども一通りチェックした後、彼女はあるスキル名へと狙いを定める。
「よし、弓マスタリーに決めた! うちはこれにする!」
「確かにエルフさんは弓使いのイメージありますけど……ココノアちゃん、筋力のステータスが低いのに大丈夫ですか? 弦を引っ張れなかったりしません?」
「NeCOと同じ仕様なら弓の扱いは器用さと知性に大きく依存するから、ココノアなら問題なく扱えるんじゃないかな。筋力が低くてもなんとかなると思う。もちろんあったほうが良いのは事実だけども」
レモティーの言葉に「そうなんですか?」と不思議そうな表情を浮かべるメル。遠距離物理ジョブを経験していない彼女は知らなかったが、NeCOにおける弓や銃は近接武器とダメージや命中の計算式が異なっており、依存するステータスも違っていた。以前のレモティーによる鑑定ではココノアのDEXは180、INTも150あったので、低すぎるSTRのことを考慮しても彼女は弓使いとして一流のステータスを備えた人物だと言える。
「それにしても、ボクはてっきり属性魔法を選ぶとばかり思ってたよ。どうして魔法を選ばなかったんだい? ココノアならどんな魔法でも使いこなせるだろうに」
「ここへ来る時に2人とも見たでしょ、あの大穴。範囲魔法をぶっ放しただけであんな影響が出るんだから、自由に使えたもんじゃないのよ。それに今回のゴーレムみたいに魔法反射してくるような相手の対策にもなるしね、武器が使えれば」
ココノアの説明にレモティーとメルは「確かに」と相槌を打った。彼女の使う新生魔法は威力と範囲に優れるが、その強大過ぎる力は返って扱いづらかったのだ。魔法が効かない相手への対策という意味でも、物理攻撃可能な戦闘スタイルを増やすことは合理的だろう。それに弓マスタリーがあれば弓を扱えるようになるだけでなく、射程や命中精度、威力といった重要な要素が軒並み達人レベルまで引き上げられるため素人でも即戦力になれる。
「それじゃ、選択っと」
ココノアは"弓マスタリー"の文字に指先を重ねた。すると水晶の中が波打ったように揺れ、スキル名が徐々に青い光で彩られていく。その後、球面に浮かび上がった"スキル取得完了"の文字を見て、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「よし、これで弓が使えるようになったかな。それじゃ、次のスキルを――」
続けて別のスキルを選ぼうとしたココノアであったが、次元結晶に表示されていたスキルツリーが唐突に消えてしまった。ぽかんと口を空けたまま硬直する彼女にレモティーが声を掛ける。
「ひょっとしたら、スキルは1個しか取得できないのかもしれないね……」
「えっなにそれ、まだ攻撃スキルを取ってないんだけど!?」
「大丈夫ですよ、ココノアちゃん! 私は攻撃スキルがなくても何とかなってますから!」
メルは親指をビシっと立てた。まともな攻撃スキルを持っておらずとも、彼女は素殴りだけで魔物やゴーレムと渡り合っている。ココノアもそれは良く知っていたが、「それはそうだけど……」と諦めきれない様子で呟いた。しかし選んでしまったものは仕方ない。長い溜息を吐き出しつつ、彼女はレモティーと位置を代わった。
「それじゃあボクもスキルが取得できるか、試してみるかな!」
今度はレモティーが水晶の前に立つ。先程とは異なるスキルツリーが浮かび上がり、球面へと映し出されていった。
「ボクならスキルツリーが出るところをみると、1人1個までなら新しいスキルをゲットできると見て良さそうだね。ココノアが弓を使うなら、取るべきスキルはこれ一択……!」
表示された取得可能スキル一覧からレモティーが選んだのは武器製造スキルであった。ハーヴェストは栽培や裁縫だけでなく木材加工、薬品製造といったスキルが取得できるが、武器製造は他のジョブ専用であるため使えない。従ってココノアのために弓や矢を作るのであれば、武器製造スキルが必須となるなのだ。
「えっ、いいの? レモティーには何のメリットもないじゃない、それ……」
「リギサンを一緒に守ってくれたお礼も兼ねてるから、気にしなくていいよ! それに武器を作れるスキルがあればこの世界で生きていく上でも色々と便利そうだからね」
戸惑うココノアにウインクを返すと、レモティーは迷いなく武器製造スキルへ指を触れた。スキル名称が青く輝いた後、"スキル取得完了"の文字が刻まれていく。
「これでボクの番はおしまい。次はメルだよ!」
「うーん、悩みますね……欲しいスキルはいっぱいあるので」
メルは悩ましげな表情で次元結晶の前に立った。ココノア達の時と同じく、取得できるスキル名が球面へと表示される。
「ボクは打撃系の攻撃スキルをオススメするかな。メルなら使いこなせるだろうし。あとは、ココノアみたいに武器マスタリーを取るのもアリかもしれない。スキルに応じた武器が使えるようになるからね」
右側から聞こえてきたレモティーのアドバイスに「むむむ……」と唸るメル。今の彼女は武器マスタリー系スキルを取得していないため、武器を装備したくてもできないという問題を抱えていた。例えば、剣を握ることは出来てもその力を発揮させることはできず、素手で殴った方が破壊力が出るという不可思議な現象を引きこすのである。NeCOのアバターによって様々な能力を得ている彼女達であるが、その仕様も引き継いでいる事で不便を強いられている面もあった。
「元々回復魔法と支援魔法が使えるんだから、ペットを呼び出すスキルなんかを取ってみたらいいんじゃないの? 単純に手数も増えるし、悪くないと思うけど」
今度は左側からココノアが助言する。彼女の言う通り、NeCOでは下僕やペットを呼び出して共に戦うスキルやアイテムが多数存在していた。レモティーが帝国軍との戦いで使用した魔法植物生成もその一種である。共に戦う事ができるペットの幅は非常に広く、鳥や狼といったオーソドックスな獣から巨大な芋虫やロボットまで、多種多様な仲間が揃っていた。回復と支援に長けたカーディナルであればペットの運用や強化面でのシナジーもあるため、一理あるだろう。
「確かにレモティーちゃんの言うことも、ココノアちゃんの提案もそれぞれ魅力的なのです。でも私はこのスキルが気になってたり……!」
そう言ってメルが指差したのは、"コラプス・オブ・ロウ"という文字だった。カーディナルとは対を為す闇魔法の使い手、魂の収奪者 のみが取得できるそのスキルは、NeCOでもかなり特殊な部類に入る自己バフである。その効果を知っていたレモティーはメルの意図を察し、「そうきたか!」と感心したように声をあげた。
「考えたね、メル! 物魔の反転 は魔法攻撃スキルと物理攻撃スキルの依存先を入れ替える効果がある……つまり今のメルにとっては最強の強化バフだ!」
「どういうことなの、それ? ステータスの参照先をひっくり返すって、要は魔法攻撃が筋力依存の物理攻撃になるってこと?」
「うん、コラプス・オブ・ロウが発動している間、全ての魔法攻撃は筋力を参照する物理攻撃になって、逆に物理攻撃スキルのダメージは魔力に依存する魔法攻撃になる。メルの場合だと、魔法での攻撃が物理攻撃判定になって高い筋力でダメージ計算されるようになるから、威力は跳ね上がるだろうね。一方、物理攻撃スキルは低い魔力の方に依存してしまうけど、メルは通常攻撃しかしないから実質デメリット無しで使えるってわけさ!」
考えていた事を分かりやすく言ってくれたレモティーの解説に、メルはコクコクと頭を振る。彼女はNeCOのプレイ中に他プレイヤーが話していたこのスキルの内容を偶然耳にしていた。そして密かに興味を持っていたのだ。ただし街中ですれ違ったプレイヤーが口にしていたのはコラプス・オブ・ロウの良い所ではなく、むしろ悪評である。
物理と魔法の攻撃スキルを両方扱えるソウルテイカーは、相手にするモンスターによってスキルの物理属性と魔法属性をスイッチして有利に立ち回る事を想定したテクニカルなジョブだった。それ故に攻撃スキルのダメージ参照元を入れ替えるという一風変わった専用スキルが組み込まれている。だがプレイヤー達からすれば、それは使い勝手の悪い罠スキルも同然であった。何故ならNeCOでは魔法に弱いタイプと物理に弱いタイプの魔物が同じ場所に配置されており、スイッチを頻繁に繰り返す羽目に陥るためである。テンポが悪い爽快感皆無のバトルに魅力を感じる者はいない。設計者の考えとは裏腹に、コラプス・オブ・ロウは全く使われていなかった不遇のスキルであった。
「……NeCOでは使ってる人殆ど見なかったけど、確かに今のメルにとっては色々と便利そうなスキルよね。うちらの言ったことは気にしないでいいから、それにしとけば?」
「うん、ボクもそれでいいと思う。何より、デタラメなステータス振りをしてたメルだからこそ使いこなせるっていうところに、運命すら感じるからね!」
「えへへ、みなさんにそう言ってもらうと迷いなく取得できます! それでは!」
迷いの無い顔でメルはコラプス・オブ・ロウの文字にタッチする。スキル名称が青く染まり、透き通る水晶の表面に"スキル取得完了"が表示された。体には何の変化もなかったが、なんとなく身体の奥底から力が湧き出た気がしてメルは嬉しくなった。
「どうやら3人分の力を引き出したせいで次元結晶の力は無くなったみたいだ。最初は中心部が少し光ってた気がするけど、今はただの水晶球にしかみえないや」
「1人1個だけしかスキルをくれないとか、女神の秘宝?とやらもケチよね。またこういうのどっかで見つけられるのを期待するしかないのかな」
レモティーとココノアが球面を覗き込むようにして内部の様子を伺う。しかし次元結晶は役目を終えたとばかりに沈黙しており、3人の誰が触れてもスキルツリーが再び表示されることはなかった。メルが撫でても再起動する気配はない。
「うーん、やっぱりダメっぽいです……いくら撫でても光らなくなっちゃいました。いずれまた使える可能性もあるかもしれないですけど、どうしましょうこれ? リギサンのために寄付しちゃいましょうか?」
「その気持ちは嬉しいけど、復興なら支援団の援助もあるし、農園を作り直せばお金の心配もなくなると思うんだ。だからそれはポーチに入れておいてくれないかな。ひょっとしたらまた出番があるかもしれないからさ」
「ま、それが妥当よね。もし帝国の連中がこれを狙ってきたら村も困るでしょ」
「確かにそれはそうかも……それじゃ、ポーチに仕舞っておきます!」
自身の2倍以上ある水晶球を持ち上げると、メルはポーチへ押し込んだ。空間圧縮の魔法が発動し、巨大な球が歪み始める。そしてブラックホールにでも吸い込まれるようにして、小さなポーチの中へと収まったのであった。そんな様子を某国民的アニメのネコ型ロボットみたいだと思いつつも、ココノアはある提案を口にした。
「ねぇ、せっかくだし新スキルを試してみない? 弓を射りたいんだけど」
「ならボクも武器作成を試してみるかな! 裁縫スキルと同じなら材料さえあれば作れるだろうし、近くにある木を使えば簡素な弓矢ならすぐ出来ると思う」
「私も攻撃魔法がどれだけ強くなったか、調べてみたいです!」
「それじゃ決まりね。この広場なら誰の邪魔にもならないし、やってみようよ」
偶然にも新たなスキルを得ることができた少女達は、好奇心で目を輝かせながら早速その力を試してみるのであった。




